家畜飼料中にトキソプラズマの原虫が混入していたため飼育中の母豚にトキソプラズマ病が集団発生した事故につき、右飼料の製造業者及び販売業者に損害賠償責任が認められた事例(岐阜地高山支判平4・3・17、判時1448・155)→ (一部)控訴


last update 02 December 1999

□家畜飼料中にトキソプラズマの原虫が混入していたため飼育中の母豚にトキソプラズマ病が集団発生した事故につき、右飼料の製造業者及び販売業者に損害賠償責任が認められた事例

損害賠償請求、売掛代金請求事件、岐阜地裁高山支部昭和63(ワ)一一号事件(甲事件)・二九号(乙事件)、平4・3・17判決、甲事件一部認容・一部棄却、乙事件棄却(控訴)

判例時報1448号155頁。

《参照条文》民法四一五条・四一六条・七〇九条

 

甲事件原告、乙事件被告  P

右訴訟代理人弁護士    ------

甲事件被告、乙事件原告  株式会社d1商店

右代表者代表取締役    D1

右訴訟代理人弁護士    ------

甲事件被告        d2株式会社

右代表者代表取締役    D2

右訴訟代理人弁護士    ------

 

主 文

一 甲事件被告らは、甲事件原告に対し、連帯して金四三七万八一一〇円とこれに対する昭和六三年四月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 甲事件原告のその余の請求を棄却する。

三 乙事件原告の請求を棄却する。

四 訴訟費用は、甲事件・乙事件を通じ、これを十分し、その七を甲事件原告(乙事件被告)の、その三を甲事件被告d2株式会社及び甲事件被告(乙事件原告)d1商店の負担とする。

五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 当事者の求める裁判

 ・ 甲事件

 一 甲事件原告(甲事件請求の趣旨)

 1 甲事件被告らは、連帯して甲事件原告に対し、金一九九〇万九八五〇円とこれに対する昭和六三年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

 2 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする

 3 仮執行宣言

 二 甲事件被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

 1 甲事件原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

 ・ 乙事件

 一 乙事件原告(乙事件請求の趣旨)

 1 乙事件被告は乙事件原告に対し、金一九八万一二〇〇円とこれに対する昭和六三年三月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

 2 訴訟費用は乙事件被告の負担とする。

 3 仮執行宣言

 二 乙事件被告(乙事件請求の趣旨に対する答弁)

 1 主文第三項と同旨の判決

 2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二 事案の概要

 甲事件は、肉用豚の繁殖・飼育を業とする甲事件原告が、甲事件被告d2株式会社製造、甲事件被告株式会社d1商店販売にかかる商品名天然ミネラルなる飼料中にトキソプラズマ原虫が混入していたため、その給与を受けた原告飼育にかかる母豚一三頭が死亡し、一六頭が流産するなどの被害を受けたとして、被告d2株式会社に対し、不法行為に基づき、被告株式会社d1商店に対し、不法行為、不完全履行責任、売主の瑕疵担保責任、又は製造者責任に基づき、その損害賠償を求めた事案である。

 乙事件は乙事件原告(甲事件被告株式会社d1商店)の乙事件被告(甲事件原告)に対する売掛金請求事件であって、売掛金の存在・金額等の事実関係については当事者間に争いがないのであるが、乙事件被告が甲事件の損害賠償を反対債権とする相殺を主張する関係で甲事件と争点が同一の事件である。

第三 証拠上比較的容易に認定できる事実(争いのない事実を含む)

 ・ 甲事件

 一 当事者

 甲事件原告(乙事件被告。以下「原告」という)は、p畜産の商号で肉用豚の繁殖・飼育を業とするものである。その生産した子豚はすべて自らが代表者である有限会社A畜産(ただし、同会社は後記株式会社B畜販の代表者と半額ずつ出資して設立された会社である)に販売し、販売された子豚は同会社で飼育されて株式会社B畜販に販売されていた。

 甲事件被告株式会社d1商店(乙事件原告。以下、「被告d1商店」という)は肥料及び家畜等の飼料の製造・加工・販売を業とする株式会社であって、昭和五四年四月ころから原告に対し継続して各種飼料を販売していたもの、甲事件被告d2株式会社(以下「被告d2」という)は肥料・家畜飼料等の製造・販売を業とする株式会社であって、自らが採掘して商品化した本件商品(後記のとおり)を被告d1商店に卸し販売していたものである。

 二 本件売買契約

 原告は、被告d1商店から、昭和六二年一一月三日、ミネラル分を含有する飼料一袋二〇キログラム入り一〇〇袋(商品名「天然ミネラル」。以下「本件商品」という)を代金一二万円で買い受けた。

 三 本件商品

 本件商品は、被告d2製造にかかる飼料ないし飼料添加物であり、被告d1商店が被告d2から仕入れてこれを原告に販売したりん鉱石灰石を原料とする商品である。同飼料のほとんどは訴外C微生物販売株式会社(以下「C微生物販売」という)に納入され、同社を総販売元として、ニューソフト・ミネラル(有効菌活性化ミネラル材)の商品名で右C微生物販売が販売していたが、従前から取引のあった被告d1商店は被告d2と協議のうえ、右C微生物販売への配慮から、商品名を変え、袋には「発売元E産業有限会社」と表示して本件商品を販売していた。

 E 産業有限会社(以下「E産業」という)は被告d1商店の代表者がその代表者を兼ねるいわゆる休眠会社であって、営業活動は行っていない。前記のとおり、C 微生物販売との関係で被告d1商店の名を出せないため、被告d1商店が単に便宜上その名義を使用して、本件商品を販売したものであった。

 四 被告d2による本件商品の生産及びトキソプラズマ病集団発生以降の対応

  ・ 同被告はパートを含め従業員数六名の飼料及び肥料の生産販売を目的とする会社であって、特殊飼料(商品名ニューソフトミネラル)及び特殊肥料(商品名貝化石)がその主力商品である。

  ・ 本件商品の製造工程の概要は次のとおり

 人家より約一・五キロメートル離れた鉱山の貝化石層から右各商品の共通の原料であるリン鉱石灰石(カキの化石)を採取し、工場に隣接する約一五〇坪の乾燥場で約四、五時間天日乾燥しながら粗砕撹はんした上、ホッパーに搬入し、粉砕、ふるい、乾燥、冷却の工程(約一五分)を経て、袋詰めされる。

  ・ 本件トキソプラズマ病の集団発生に伴い、昭和六二年一二月一九日以降、本件商品と同一の飼料の返品が相次ぎ、被告d2において、返品された飼料を埋立処分した。

  ・ 従前、本件商品につき肉眼で検査する以外の品質管理は行われておらず、加熱処理をすることもなかったが、C微生物販売からの指示により、本件トキソプラズマ病の集団発生後である昭和六二年一二月中旬から、原虫駆除目的のため、摂氏一二〇度ないし一五〇度で加熱処理したうえで出荷するようになった。

 五 トキソプラズマ病の発生

  ・ 原告は、昭和六二年一一月五日ころから同年一二月二〇日ころまでの間、飼育していた母豚(種雌豚)約七〇頭に本件商品(総量約八〇〇キログラム)を給与したところ、発熱、食欲不振などの症状が発現し、同年一一月一八日から同年一二月一五日までの間に、母豚一三頭が病死し(ただし、淘汰殺一頭を含む)、一六頭が流産した(以下、「本件事故」という)。そして、同年一一月二四日に行われた淘汰豚の臨床所見及び剖検所見により、右病気はトキソプラズマ病と確定診断された。そして、獣医によるフリートミン(薬剤)の投与等の治療により、同月二八日、右トキソプラズマ病集団発生は終息した。

  ・ トキソプラズマ病は、原虫の一種であるトキソプラズマが寄生して発生する人畜共通の病気である。豚への感染経路は、体内感染・感染豚との同居・経口感染等多岐にわたるが、感染した猫等の糞便中のオーシスト(トキソプラズマの一形態)の経口感染が最も一般的なものであるとされ、豚のトキソプラズマ抗体保有率と豚舎付近で捕獲した猫の抗体保有率との間には有意な正関係がある旨の報告もあり、豚の感染に猫が関与していることは疫学的にも証明されている。オーシストは抵抗性が強く、一般の消毒薬は全く無効であるが、熱に対する抵抗は弱く、摂氏七〇度で二分、摂氏八〇度で一分で死滅する。

 六 各地における同時期のトキソプラズマ病の集団発生

  ・ 北海道外全国七県において、昭和六二年一二月一か月間に、一一月までの発生件数一三〇頭を大きく上回る二一三〇頭の豚にトキソプラズマ病が発生したが、石川県及び徳島県を除くほとんどの発生県において、特定の飼料を給与した豚に限局的に発生しており、治療に加え、原因として疑われた飼料の給与を中止したことにより右疾病は終息した(農林水産省畜産局衛生課発行にかかる家畜衛生週報昭和六三年二月二九日号掲載記事。甲第七号証)。なお、右記事につき、同年三月一四日号に、「しかし、本病と飼料との関連は不明であり、原因は究明中である」旨追加訂正の記事が掲載された。

  ・ 昭和六三年五月一九日に開催された第二九回全国家畜保健衛生業績発表会において、三重県中勢家畜保健衛生所所員が、管内五養豚場において、昭和六二年一〇月から一二月にかけて市販飼料添加物質(発酵生成物+鉱物・以下「M」という)の給与に起因するトキソプラズマ病が発生し、再現試験(以下「再現試験」という)で原因物質がMであることを確認した旨の報告がなされた。M物質とは、バイオプレミックス《C微生物販売のクリナップエースと被告d2製造の商品(ニューソフトミネラル)とを一対三の割合で養豚業者側で混合した飼料》である(三重県庁農林水産部畜産課に対する調査委託の結果)。

  ・ 岐阜県飛騨家畜保健衛生所管内で、原告以外に、昭和六二年一一月下旬から同年一二月上旬にかけて、高山市--所在の養豚家F豚舎および益田郡--町所在のG豚舎において、トキソプラズマ病の集団発生が生じた。いずれの養豚家も本件商品をトキソプラズマ病になった豚に給与していた。

 ・ 乙事件

 乙事件原告は乙事件被告に対し、昭和六二年一一月二日から昭和六三年二月一〇日までに飼料等を代金一九八万一二〇〇円で売り渡した。乙事件被告は乙事件原告に対し、昭和六三年四月二八日の口頭弁論期日において、甲事件の損害賠償請求権をもって、本件売掛債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした(すべて争いがない)。

第四 争点及び当事者の主張

 一 本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたため生じた事故であるか否か。

 1 原告の主張

 本件事故が本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じた事故であることは明らかである。

  ・ 本件事故と同一時期に全国的に本件商品と同一の飼料の給与を受けた豚につきトキソプラズマ病が集団発生しているところ、いずれの場合も、本件商品と同一の飼料の給与を中止することにより終息した。また、三重県及び静岡県の家畜保健衛生所は、本件商品と同一の飼料を無菌豚に給与して経過観察をする再現試験を行った結果、右トキソプラズマ病の集団発生の原因は、右飼料中に混入していたトキソプラズマ原虫にある旨断定した。

  ・ 飼料の製造・加工・販売過程で飼料中にトキソプラズマ原虫が混入し、これを経口摂取した豚がトキソプラズマに感染する型の感染を仮に人工感染(以下「人工感染」という)と呼び、人工感染を除く、豚飼育そのものの過程で何らかの形で原虫が豚の体内に侵入する型の感染を野外感染(以下「野外感染」という)と定義するならば、野外感染によって、本件被害豚のごとき体重六〇キログラムを優に越える母豚にトキソプラズマ病が集団発生することはありえないというのあ異論のない定説といってよい。本件の場合、本件商品の給与を受けた母豚のみにトキソプラズマ病が発生している。

  ・ 同種事故に対して、本件商品と同一の飼料を被告d2から仕入れ養豚家に販売したC微生物販売は、見舞金名下に相当数の養豚家に損害賠償金を支払っている。

  ・ 原告は、購入した飼料を当座必要な分量のみ開封して、ミキサー内で配合した上、密封状態の製品タンクに貯蔵しており、少量であっても飼料を開封したまま放置したことはなく、製品タンクから当日給与すべき飼料を取り出した場合は、ただちに豚舎の給与箱で給与しており、原告の支配領域で猫の糞が飼料に混入する余地は全くない。

 2 被告d2の主張

 本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じた事故ではない。

  ・ 原告主張の全国的なトキソプラズマ病の集団発生について、本件商品(ニューソフトミネラルなる商品名そのものを含む)がその発生源ではないかと疑われたことは事実であるが、各機関の調査の結果、その旨断定できないとされて現在に至っている。

  ・ 同被告は、昭和六三年一月二七日、農林水産省仙台肥料検査所の飼料立入検査(飼料の安全性及び品質の改善に関する法律二一条五項に基づくもの)を受けたが、検査結果に異常はなく(飼料検査昭和六三年六月号、丙第二号証の一)、その後なんらの行政処分も受けていない。また、その後の立入検査(販売会社であるH商店から昭和六三年一月から三月にかけて収去したニューソフトミネラルを検体とするものであって、本件事故前の検体である可能性が濃い)でも同様であった。右事実は、本件商品が右トキソプラズマ病集団発生の発生源であると断定できなかったことを示すものである。

  ・ 同被告がC微生物販売を介して、社団法人日本科学飼料協会に対し本件飼料につき依頼した急性毒性試験の結果によっても、異常はなかった。

  ・ トキソプラズマ病の最大の感染源は猫の糞であるところ、同被告の本件商品採掘現場(人家から離れた山中にある)に猫が寄り付くことはおよそ考えられない点からも本件商品が発生源であるとは考えられない。

  ・ 原告主張の再現試験については、次の二点に注意すべきである。第一は、右試験により原因物質とされた物質Mはバイオプレミックスであること、従って、本件商品あるいはクリナップエースのいずれかが原因物質であるとされたにすぎないことである。そして、原告がクリナップエースを購入していたことは明らかであるから、本件事故についても、少なくとも、クリナップエースが原因物質か、本件商品がそうなのかは不明といわねばならない。第二に、トキソプラズマ病の発生した養豚場に残っていた物質Mを試験材料としていること、従って、開封された物質Mの残が試験材料にされた可能性が強く、すでにトキソプラズマ病に汚染された養豚場に残された飼料は事後的にトキソプラズマ病に汚染されているであろうから、このような試験は無意味であることである。

  ・ トキソプラズマ原虫は汚染された豚舎周辺の土中に常に存在し、豚がこれをなめるためにその体内に摂取される。豚舎をコンクリート敷にするなどの衛生管理をしても豚の体内にトキソプラズマ原虫がいない状態にするのは困難である。豚の体内にトキソプラズマ原虫が潜伏していても、通常は発病せず、体力が落ちると一挙に原虫が繁殖して顕在化しトキソプラズマ病の集団発生の事態となる。本件もこのような野外感染によるものであった可能性が強いのである。

 3 被告d1商店の主張

 本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じた事故ではない。野外感染による事故の可能性が大である。

 二 被告d2の責任原因

 1 原告の主張

 同被告は、究極的には消費者の食事に供される豚など食肉用家畜飼料の製造業者として、飼料購入者に対し、安全な飼料を供給するため、その製造の過程において、トキソプラズマ原虫などの有害な生物が混入しないように、万全の管理をなし、あるいは原虫の混入した場合に備え、原虫駆除目的の加熱処理をするなどし、もって、本件のごとき事故の発生を防止すべき高度の注意義務があったのにこれを怠った。

 従って、同被告は、民法七一九条一項、七〇九条により、販売業者である共同不法行為者被告d1商店と連帯して後記損害を賠償する責任がある。

 2 被告d2の主張

 争う。

 三 被告d1商店の責任原因

 1 原告の主張

  ・ 不法行為責任

 同被告は、家畜飼料の販売業者として、飼料購入者に対し、安全な飼料を供給するため、その販売の過程において、出荷前には安全性を確認するに足りる十分な点検を行うなどして、商品をして、トキソプラズマ原虫などの有害な生物の混入しない状態で購入者に販売できるように、万全の管理をなし、もって、本件のごとき事故の発生を防止すべき高度の注意義務があったのにこれを怠った(民法七〇九条)。

  ・ 不完全履行

 同被告は、売主として、原告に対し、トキソプラズマ原虫の混入していない安全な飼料を給付すべき注意義務があるのにこれを怠った(民法四一五条)。

  ・ 原告は、本件売買契約により、本件商品の引渡を受け、これを履行として認容して受領したところ、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していた。右瑕疵は、一般取引において、通常払われる注意をもってしては、容易に知ることができない瑕疵である(民法五七〇条)。

  ・ 製造物責任

 E 産業有限会社こと同被告は、包装された本件商品にE産業有限会社という自らの商号を表示してこれを流通させていたから、社会的・法的にその製造主体として認識されるべき地位にあった。従って、同被告は、本件商品を、総発売元として、被告d2に製造させて原告に販売していたともいうべきであるから、被告d2と同一の責任がある(民法七〇九条)。

 2 被告d1商店の主張

 同被告は、他から仕入れた飼料販売を目的とする会社であるから、個々の商品について、トキソプラズマ原虫が混入していることをも予測して、販売業者において、専門家に調査を依頼してその安全を確認してから商品を販売することは不可能というべきである。原告主張の注意義務は同被告にはない。

 また、原告は本件商品の製造者が被告d2であることを熟知していたから、同被告に製造者と同一の責任があるとの原告の主張には理由がない。

 四 損害

 1 原告の主張            金一九九〇万九八五〇円

  ・ 死亡母豚の損害金              一〇四万円

 母豚一頭の損害八万円の一三頭分

  ・ 母豚死亡・流産に伴う損害     金七九四万七〇〇〇円 

 死亡豚及び流産豚は一分娩あたり少なくとも九頭の子豚を出産し、その後、少なくとも三回の分娩が見込まれる。子豚一頭の当時の売却利益は、一万七〇〇〇円を下回らないから、流産豚の子豚流産による損害は二四四万八〇〇〇円(一六頭×九頭×一・七万円=)となり、死亡豚の子豚分娩不能に伴う損害金は五四九万九〇〇〇円《一回目の分娩子豚一頭につき一万七〇〇〇円、その後の分娩子豚一頭につき一万円として計算。(一三頭×九頭×一・七万円)+(一三頭×九頭× 三回×一万円)=》となる。

  ・ 医薬品代             金九二万二八〇五〇円

  ・ その他の損害              金一〇〇〇万円

 原告は、本件事故発生五、約一か月間にわたり、発病豚の看護・治療等に奔走し、同時にトキソプラズマ病に汚染された養豚場として経営が破綻する恐怖心に襲われた。また、病死・流産を免れた母豚七六頭について、家畜保健衛生所から保菌豚の認定を受け、現在もなお発病防止のための薬剤投与を続けており、さらに、トキソプラズマ病は人間にも感染するため、原告及びその家族は、保健所から移動制限を受けた。原告は、トキソプラズマ病汚染農家として、今後長期にわたりトキソプラズマ病と苦闘せねばならない。右のとおり、原告が本件事故により被った肉体的・精神的そのた無形の損害は、金一〇〇〇万円を下回ることはない。

 2 被告両名

 仮に乙事件で原告の相殺の抗弁が認められた場合は、同額の損害てんぽとして斟酌されるべきである。

第五 争点に対する判断

 一 本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じたものかいなか(争点一)。

 前記第三・・・五・・(本件事故の発生、トキソプラズマ病の感染経路等)、六・・・(同時期の全国的トキソプラズマ病の集団発生、再現試験結果、飛騨地区における同時期のトキソプラズマ病の集団発生)の事実に加えて、原告豚舎は管理衛生面では高山市内でも優秀な豚舎であったこと(昭和六二年九月一七日に行われたトキソプラズマ病抗体検査では、検査をうけた豚七六頭中、抗体価陽性豚はなく、擬陽性豚が四頭いたのみであった。)、本件トキソプラズマ病は生育した豚にものみ集団的に発生しており、なんらかの形(経口的又は経皮的)で相当量のトキソプラズマ原虫が急激に豚の体内に入り込んだため発生したと推定されることを考慮すると、本件事故は、当時、原告飼育豚に給与した本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたため発生した本件事故と認めるのが相当である。

 被告d2は、原告が給与した飼料(ないし飼料添加物、以下同じ)は、バイオプレミックスであり、再現試験によって原因物質であるとされた物質もバイオプレミックスであるから、仮に原告が給与した飼料により本件事故が発生したものとしても、原因物質がクリナップエースか本件商品かは不明であると主張する。原告はクリナップエースを給与したことはないと供述するが、被告d1商店作成の売上日誌によれば、昭和六二年四月二五日原告がクリナップエース一〇袋を購入したことが認められるから、本件証拠上、その可能性は少ないとはいうものの、本件事故発生直前に原告が豚に給与した飼料がクリナップエースを含むバイオプレミックスでなかったと断定するまでには至らない。しかしながら、本件商品を購入し、その給与開始後約二週間たって本件事故が発生していること、同一商品を購入《同一のトラックで運搬された。》した前記F養豚場でもほぼ同一時期にトキソプラズマ病の集団発生があったことを考慮すると、原因物質は本件商品と認めるのが相当である。

 また、被告d2は再現試験は汚染された飼料を検体とした可能性があると主張するところ、残存飼料が事後的に汚染される状態で放置されていた可能性は少ないと考えられるうえ、専門家である検査者がこのような検体選択上の初歩的な注意を怠るものとは考えにくいから、その可能性は少ないものと認められるが、その可能性を完全には否定できない点で右再現試験には自然科学的意味で厳密さが欠けることは否めない。しかしながら、「訴訟上の因果関係の立証は一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らした高度の蓋然性の証明で足りるもの」と解される。本件においては、クリナップエースは発酵生成物であり、その製造工程におけるトキソプラズマ原虫の混入は考えにくいこと、本件事故と同時期に全国的に発生したトキソプラズマ病の集団発生事故につき、C微生物販売はトキソプラズマ病でお騒がせしたこをお詫びする旨関係者各位あて書面で明らかにしあるいは被害農家に見舞金を支給したが、被告d2はその一部負担を求められ、金五〇〇万円を負担したこと、被告d2は同時期に返品された大量の商品を埋立して廃棄処分したことが認められるところ、右各事実は、いずれも本件商品が本件事故の原因物質であったことを疑わせる補助資料となるものというべきである(なお、前掲丙第四号証によれば、本件商品を含む被告d2が出荷した飼料には、製造年月日、製造業者の名称などの表示がなかったことが認められるところ、飼料の製造年月日が不明であったことが、事後的な厳密な意味での原因物質検査を困難にした一つの理由であった)。

 二 被告d2の責任原因(争点二)

 同被告には、家畜の飼料製造業者として、飼料購入者に対し、安全な飼料を供給するため、商品の品質管理に万全を尽くす義務があったものと解すべきであり、本件に即して、トキソプラズマ病関係についていえば、トキソプラズマ原虫は製造工程における熱処理により駆除可能であるから、飼料製造業者である被告d2は、トキソプラズマ原虫が商品たる飼料中に混入したまま出荷することのないよう商品製造工程で加熱処理するなどし、もって、購入者たる養豚農家に本件事故のごときトキソプラズマ病の集団発生事故が生じないようにする注意義務があったものと解すべきである。

 前記第三・・・四のとおり、被告被告d2は、同一原料から本件商品と肥料「貝化石」を製造していたが、その品質管理は全く同一で、家畜飼料たる本件商品につき、肥料とは異なった格別の品質管理をすることは全くなかったうえ、本件事故まで、同被告代表者にはトキソプラズマ原虫が加熱処理により死滅するとの知識はなく、加熱処理をしないで本件商品を出荷していたから(《証拠略》によれば、本件事故後、C微生物販売からの指示により新たに加熱処理工程を加えたことが認められる)、同被告には右注意義務に違反した過失がある。

 三 被告d1商店の責任原因(争点三)

 1 前記第三・・・三の事実のほか、《証拠略》によれば、

 遅くとも、昭和四〇年ころから、被告d1商店は、被告d2から、強化ミネラルの商品名で本件商品と同一の商品を仕入れて販売していたこと、昭和五三年ころから、被告d2は、本件商品と同一の飼料をニューソフトミネラルとの商品名で、C微生物販売を総販売元として、同社に納入するようになり、C微生物販売は、同社の製造部門である株式会社C微生物研究所製造にかかるクリナップエースとセットでクリナップエースとニューソフトミネラルとの混合飼料給与を「バイオプレミックス養豚法」と名付けて全国的に販売したこと、その間、被告d1商店は、従前どおり、本件商品と同一の商品を、被告d2から仕入れて販売していたが、昭和五六年ころから、被告d2の要請により、商品の袋を無地のものとするなど、総発売元であるC微生物販売に隠れて販売を続けていたこと、昭和六二年春ころから、C微生物販売が右無地袋の商品についても疑いを抱くようになったため、無地袋のままでは販売継続が困難となったこと、被告d2代表者と被告d1商店の代表者は、協議により、『発売元の表示としては、「E産業有限会社」とする(E産業はもともと被告d1商店が販売する特殊肥料を製造する会社であったが当時はいわゆる休眠株式会社であって実体のない会社であった)、商品名は「天然ミネラル」とする、養豚家への販売価格は一袋一二〇〇円(C微生物販売を介して販売する場合の約半値)とする』と取決めたこと、右取決めは、被告d1商店において、販売シェアーの拡大をめざすにはやむを得ない措置と考えたためであること、そして、被告d2において、商品名として「天然ミネラル」と表示し、「発売元E産業有限会社」と表示した包装袋を製作・使用して、本件商品を袋詰めして出荷し、被告d1商店において販売していたこと、被告d1商店は昭和六二年一〇月一六日、被告d2から右商品名天然ミネラルの飼料を初めて仕入れ、これを原告に販売したこと

以上の事実が認められる。

 2 右事実関係を前提に被告d1商店の責任について検討する。

 前記のとおり、本件売買契約当時、本件商品中にはトキソプラズマ原虫が混入していたものと認めるべきところ、被告d1商店には、本件売買契約の売主として、本件商品の納入義務のほか、抽象的には、契約当事者間の信義則上の付随義務として、商品である食肉用家畜飼料にトキソプラズマ原虫のごとき病気の原因体が混入しない状態でこれを買主に引き渡すべき注意義務があったものと解するのが相当であり、売主において、右注意義務違反のなかったことを主張・立証しない限り、不完全履行として、民法四一五条により買主に対し損害賠償義務があると解するのが相当である。他方、商品に本件のごとき欠陥のあった場合であっても、民法の過失責任の原則からすると、売主が、商品の安全性を点検できる立場にない単なる小売業者にすぎない場合には、その結果回避可能性がないから、具体的には右注意義務は発生せず、その責任を認めるのは相当でない。

 これを本件につき検討するに、本件のごとき、本件商品に総発売元として自己の名を表示した販売業者である被告d1商店は、前記1認定の事実によれば、製造者である被告d2との間において、本件商品の流通を支配する契約関係を締結していたものと認められ、従って、買い手に対しては、その商品につき、製造業者とともにその製造・販売の過程で生じた商品の瑕疵につき、責任を負う立場にあったものというべきであり、他方、製造者である被告d2に対しては、製造過程において欠陥商品が生産されることのないよう、指示・監督する立場にあったものと解するのが相当である。

 もっとも、本件はやや特殊であって、元来、本件商品と同一の商品であるニューソフトミネラルについては、C微生物販売が、総発売元としてその商品につき欠陥があった場合には、その賠償をなすべき立場にあったものであり(現にC微生物販売は見舞金を各養豚農家に支払っていることは前認定のとおり)、かつ、C 微生物販売がニューソフトミネラルの品質管理等について被告d2を指揮・監督しうる立場にあったものであるが、被告d1商店は、右C微生物販売に隠れて本件商品を総発売元として販売していたのであるから、具体的な指揮・監督関係の存否に拘わりなく、損害賠償については、右C微生物販売と同様の地位にあったものというべきである。従って、その余の責任原因について判断するまでもなく、被告d1商店は本件損害につき損害賠償責任がある。

 なお、個々の商品について、その安全性を専門家に委託して検査するなどして販売する義務はない旨被告d1商店は主張するが、被告d1商店は、単なる流通業者ではなく、総発売元として、本件商品の製造・販売の過程に包括的に関与しうる立場にあったもの、あるいはこれと同視すべき立場にあったものというべきであるから、右被告d1商店の主張には理由がない。

 四 損害(争点四)

 1・ 死亡した母豚の損害        金一〇四万〇〇〇〇円

 前認定のとおり、本件事故により死亡した母豚は一三頭である。その補充をするため原告が購入した同数の母豚購入費用は本件事故と相当因果関係のある損害というべきところ、その一頭あたりの購入価格は金八万円であると認められるから、その一三頭分は金一〇四万円となる。

  ・ 母豚流産による損害        金二三〇万四〇〇〇円

 前認定のとおり、本件事故により流産した母豚は一六頭である。母豚一頭あたり一分娩につき出産する子豚の数は平均九頭であると認められるから、本件事故がなかったならば出産したであろう子豚は合計一四四頭となる。そして、右子豚の得べかりし売却利益は本件事故と相当因果関係のある損害というべきところ、当時の子豚一頭あたりの平均売却利益は金一万六〇〇〇円を下回らないことが認められるから、その一四四頭分は、金二三〇万円四〇〇〇円となる。

  ・ 医薬品代              金九二万二八五〇円

 本件事故により、原告が、昭和六二年一一月二三日から平成二年一月一九日までの間、その飼育する豚に投与した薬品購入費用及び治療費の合計は、金九二万二八五〇円であると認められるところ、右は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる(甲第一四号証)。

  ・ その余の損害           金二〇〇万〇〇〇〇円

 トキソプラズマ病は、その生体内のシストに対する処置法が不明であるため(シストを殺滅する薬剤は現在のところない)、いったんこれに汚染された養豚場は、事後、相当期間保菌豚を抱え、トキソプラズマ病の予防・治療を続けなければならないこと、原告は子豚を生産し、そのすべてを原告が代表者である有限会社A畜産に販売し、同会社で肥育して、そのすべての食用豚を株式会社B畜販に納入していたが、本件事故により、原告養豚場は、トキソプラズマ原虫に汚染された養豚場として、消費者等の評価を落としたこと、原告が本件事故によって被った精神的苦痛その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある原告の無形損害としては、金二〇〇万円をもって相当であると認める。

  ・ 原告主張のその余の損害は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるに足りない。

  ・ 以上合計は金六二六万六八五〇円となる。

 1040000+2304000+922850+2000000=6266850

 2 相殺(損害てんぽ)         金一九九万〇六一九円

 乙事件において、本件損害賠償債権と乙事件売掛債権との相殺がなされたので、本件損害てんぽ額は、次の計算式のとおり、金一九九万〇六一九円となる(ただし、損害てんぽ額は、乙事件売掛金元本に損害金請求日だえる昭和六三年三月三一日から相殺日である昭和六三年四月二八日までの二九日間の年六分の割合による遅延損害金を合算した金額となる)。

 1981200+1981200×29÷366×0.06=1990619(円未満四捨五入。以下同じ)

 3 損害てんぽ後の損害額

 従って、損害てんぽ後の損害額は、金四三七万八一一〇円となる。

 6368729-1990619=4378110

 《ただし、六三六万八七二九円は、右損害金元本に昭和六三年一月一日から同年四月二八日(相殺日)までの一一九日間の年五分の割合の遅延損害金を合算した金額。

 6266850+6266850×119÷366×0.05=6368729》

第五 乙事件

 乙事件原告の乙事件被告に対する売掛金債権の存在は当事者間に争いがない。そして、右売掛金元本とその相殺日までの遅延損害金一九九万〇六一九円について、昭和六三年四月二八日、乙事件被告は乙事件原告に対し、本件口頭弁論期日において、甲事件の損害金債権と対当額で相殺する旨意思表示した(本件記録上明らかである)から、乙事件原告の乙事件被告に対する乙事件請求は理由がない。

第六 結論

 よって、甲事件原告の甲事件被告各自に対する甲事件請求は、金四三七万八一一〇円とこれに対する本件事故後である昭和六三年四月二九日(相殺日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、乙事件原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九三条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

 裁判官 杉森 研二