林道の建設により、貴重な自然環境が破壊されてしまうことを実質的理由として、県の広域基幹林道大滝線博士工区林道事業の違法性を争った事案 (平成14・5・14福島地裁)平成8(行ウ)10 公金支出損害賠償等請求[棄却]

林道の建設により、貴重な自然環境が破壊されてしまうことを実質的理由として、会津高田町の広域基幹林道大滝線博士工区林道事業の違法性を争った事案 (平成14・5・14福島地裁)平成8(行ウ)8 公金支出損害賠償等請求[棄却]

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判決要旨


          判         決

          主         文
       原告らの請求をいずれも棄却する。
       訴訟費用は原告らの負担とする。

          事         実
第1 当事者の求めた裁判
 1 請求の趣旨
  (1) 被告Aは,福島県に対し,金2億3361万9671円及び内金1071万円に対する平成8年10月2日から,内金612万8500円に対する同月11日から,内金1628万8360円に対する同年12月26日から,内金1554万円に対する平成9年8月20日から,内金2372万4750円に対する同年12月26日から,内金1356万円に対する平成10年7月13日から,内金2473万7700円に対する同年12月28日から,内金1169万3850円に対する平成11年3月5日から,内金1415万円に対する同年7月28日から,内金2311万9750円に対する同年12月20日から,内金1986万円に対する平成12年6月26日から,内金3289万6761円に対する同年12月26日から,内金2121万円に対する平成13年7月5日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 被告福島県知事Aは,広域基幹林道大滝線博士工区林道事業に関する平成13年度の残金3181万5000円及び平成14年度以降の同事業に関して,一切の公金支出をしてはならない。
  (3) 訴訟費用は被告らの負担とする。
  (4) 上記(1)につき仮執行の宣言

 2 請求の趣旨に対する本案前の答弁
  (1) 本件訴えをいずれも却下する。
  (2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

 3 請求の趣旨に対する答弁
   主文同旨

第2 事案の概要及び当事者の主張
 1 争いのない事実等
  (1) 原告らは,福島県の住民であり,被告Aは,同県の知事である。
  (2) 昭和57年2月26日策定された,昭和57年度を初年度とする地域森林計画(会津森林計画区)で開設すべき延長5600mの林道とされていた林道大滝線(乙6)が,昭和60年5月8日付けで林野庁の路線調査対象路線として指定され,事業の実施に移されることとなった。
    昭和60年5月に,福島県,会津高田町が合同で路線計画の事前調査を実施し,林道大滝線の概略の計画を取りまとめ,同年9月9日に,林野庁による現地路線調査が福島県及び会津高田町の立会いのもとに同概略計画と照合しながら進められた。福島県は,同路線調査を踏まえて,昭和61年1月,広域基幹林道として事業実施計画書を策定した(乙8)。
    昭和61年4月1日,同事業実施計画に即して新規路線として事業実施することが,民有林林道開設事業国庫補助要領に基づき林野庁により承認され,国の林業関係事業補助金等交付要綱に基づき,昭和61年度の事業実施に対して補助金が交付されることとなった。
    福島県は,同年4月から8月までの間,林野庁林道課長通知(乙11)に基づく全体計画調査を社団法人福島県林業協会(以下「県林業協会」という。)に委託して行い,その結果をふまえて,同月,林道大滝線全体計画調査報告書(乙12)を作成した(以下,この調査を「本件全体調査」という。)。福島県は,昭和62年度事業の実施計画を同全体調査計画報告書に基づき作成し,昭和62年4月1日付けで林野庁により実施計画が承認され,昭和62年度を初年度とする地域森林計画において,林道大滝線の現計画規模(延長1万6664m)が決定された(乙13。以下,同地域森林計画において決定された計画内容の林道大滝線を「本件林道」といい,本件林道開設事業を「本件事業」という。)。
    福島県は,昭和62年度予算から県議会の議決を経て予算措置を講じ,国庫補助金を得て(補助率65%),昭和62年,本件事業の工区を博士山周辺の博士工区と谷ヶ地工区の二つに区分して,建設工事に着手した。
  (3) 工事着手後,博士工区に係る本件林道の予定地にブナ林が存在していたため,福島県は,平成3年9月から同4年2月までの間,ブナ林を対象とした環境調査を社団法人日本林業技術協会(以下「日本林業協会」という。)に委託して行い,その結果を踏まえて,同月,広域基幹林道大滝線環境調査報告書(乙16)を作成した(以下,この調査を「本件ブナ林調査」という。)。
    また,平成4年5月,博士工区に係る本件林道の利用区域内でイヌワシの生息が確認されたため,福島県は,平成4年度から同6年度にかけて,その生息調査を日本林業協会に委託して行い,その結果をふまえて,平成7年3月,平成6年度イヌワシ生息調査報告書(乙18)を作成した(以下,この調査を「本件イヌワシ調査」という。)。
    さらに,本件イヌワシ調査において,博士工区に係る本件林道の利用区域内でクマタカ及びオオタカの飛翔が確認されたため,福島県は,平成7年5月8日から同月29日までの間,その生息調査を日本林業協会に委託して行い,その結果をふまえて,同年5月,平成7年度広域基幹林道大滝線クマタカ・オオタカ営巣地調査報告書(乙17)を作成した(以下,この調査を「本件クマタカ調査」という。)。
  (4) 地方自治法153条1項前段を受けて福島県知事が定めた福島県財務規則(昭和39年福島県規則17号)4条2項2号及び3号に基づき,同県知事からその事務の委任を受けた福島県会津若松林業事務所長Bは,平成7年11月9日,株式会社Cとの間で,請負代金を612万8500円として本件林道の博士工区部分の工事請負契約を締結した(乙44の1)。その後,同契約に係る支出が平成7年度の会計年度内に終わらない見込みが生じたため,同所長は,大蔵省東北財務局長の承認及び福島県議会の繰越予算の議決を得た上で,平成8年3月15日,Cとの間で,契約工期を平成8年8月30日までとする変更契約を締結した(乙44の3)。これを踏まえて,同所長は,平成8年4月1日付けで明許繰越による同額の支出負担行為を行い(乙46),平成8年10月11日,同額の支出を福島県出納長に命じ,これを支出させた(乙47)。同所長は,その後も,平成8年6月6日に同様の工事請負契約を請負代金2678万円で締結し,同年11月5日にこれを2699万8360円に増額した上で,同年10月2日に内金1071万円,同年12月26日に内金1628万8360円の支出を行わせ(乙29の1及び2,31,32),平成9年6月24日に同様の工事請負契約を請負代金3885万円で締結し,同年11月7日にこれを3926万4750円に増額した上で,同年8月20日に内金1554万円,同年12月26日に内金2372万4750円の支出を行わせた(乙33の1及び2,35,36)。
    同じく福島県財務規則4条2項2号及び3号に基づき,福島県知事からその事務の委任を受けた福島県会津農林事務所長Dは,平成10年6月22日,株式会社Cとの間で同様の工事請負契約を請負代金3391万5000円で締結し,同年11月10日にこれを3829万7700円に増額した上で,同年7月13日に1356万円,同年12月28日に2473万7700円の支出を福島県出納長に行わせ(乙37の1及び2,39,40),平成11年6月30日に同様の工事請負契約を請負代金3538万5000円で締結し,同年11月4日にこれを3726万9750円に増額した上で,平成11年7月28日に内金1415万円,同年12月20日に内金2311万9750円の支出を行わせ(乙49の1及び2,51,52),後任のE所長は,平成12年6月1日,株式会社Fとの間で同様の工事請負契約を請負代金4966万5000円で締結し,同年11月9日にこれを5204万4300円に増額した上で,同年6月26日に1986万円,同年12月26日に3218万4300円の支出を福島県出納長に行わせ(乙77の1及び2,78の1及び2,79,80),平成13年5月31日に同様の工事請負契約を請負代金5302万5000円で締結し,同年7月5日に内金2121万円の支出を行わせた(乙84,85,86)(以下,福島県会津若松林業事務所長及び福島県会津農林事務所長が行った各工事請負契約を「本件請負契約」と,各支出命令を「本件支出命令1」と,本件請負契約と本件支出命令1とを併せて「本件財務会計行為1」という。)。
    また,福島県会津農林事務所長Dは,平成10年5月28日,県林業協会との間で,委託料金を1149万7500円として本件林道の博士工区部分の測量・設計委託契約を締結し,同年12月4日,同委託料金を1169万3850円に増額した上で,平成11年2月8日,同額の支出を福島県出納長に命じ,同年3月5日,これを支出させた(乙41及び42の各1及び2,43)(以下,この契約を「本件委託契約」と,この支出命令を「本件支出命令2」と,本件委託契約と本件支出命令2とを併せて「本件財務会計行為2」という。)。
    さらに,福島県会津農林事務所長Eは,平成12年11月13日,Gとの間で立木損失補償代金を71万2461円とする立木補償契約を締結し,同年12月26日に同額の支出を福島県出納長に行わせた(乙81,82,83)(以下,この契約を「本件補償契約」と,この支出命令を「本件支出命令3」と,本件補償契約と本件支出命令3とを併せて「本件財務会計行為3」と,本件財務会計行為1ないし3を併せて「本件各財務会計行為」という。)。
  (5) 原告らは,平成8年9月3日付けで,本件各財務会計行為に先立つ本件事業の博士工区に関する平成7年度分の工事請負代金の支出等が違法である旨主張して,福島県監査委員に対して監査請求を行った。同委員は,同年10月9日付けで,原告らの監査請求を不適法と判断し,これを却下する旨の通知をした。原告らは,これを不服として,同年11月5日,本件訴えを提起した。

 2 原告らの主張
   本件各財務会計行為には,以下のとおり違法がある。
   被告Aは,会津若松林業事務所長又は会津農林事務所長が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は重大な過失により同所長らが財務会計行為上の違法行為をすることを阻止しなかった結果,福島県に,本件各財務会計行為に係る支出額相当の損害を与えた。
   また,被告福島県知事は,平成13年度以降も,同様に違法な支出をしようとしているところ,これにより福島県に回復の困難な損害が生じるおそれがあるから,被告福島県知事の上記行為を差し止める必要がある。
  (1) 財務会計法規上の違法性について
    地方財政法4条1項違反
   ア 同条項は,地方公共団体に対し,経費を,目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて支出してはならない旨定めている。
     本件事業の目的は,各種の森林・林業施策を推進し,森林の整備を進めるとともに,林業生産活動を活発化させ,山林地域の総合的な整備育成を図ることにあるとされるが,本件事業は水没地域住民の特用林産物収入の確保効果,林業振興効果,国有林を通す必要性,事業の損失としての自然破壊についての必要な調査の実施をいずれも欠いており,地域住民の本件林道への依存度は低く,本件林道によって地域林業が活発化するという効果は希少であるのに対して,本件林道の博士工区周辺には,イヌワシ,クマタカ,オオタカ,ハイタカ,ハチクマ,ヤマネ,ニホンカモシカが生息しているほか,ブナ林等が存しているところ,本件林道が建設されると,かかる貴重な自然環境が破壊されてしまうこととなり,本件事業に伴う自然破壊の程度は甚大であるから,本件林道は開設すべきでないことは明白であり,本件各財務会計行為に係る支出は,目的を達成するための必要最小限度を超えているというべきである。
     よって,本件各財務会計行為は,同項に反する違法なものである。
   イ この点,林業効果指数は林道の必要性の根拠にならない。
     そもそもこの林業効果指数というのは極めて概括的にある森林についての林業の可能性を算出するだけのものであって,具体的に林業の実態を予測する数値があてはめられているものではない。
     仮に,この林業効果指数を採用し,本件林道に適用するにしても,本件林道は,現状では,国が定める広域基幹林道の採択基準を下回っており,もはや広域基幹林道として建設することは許されない。
     すなわち,福島県は拡大造林を中止して長伐期広葉樹施業を行うというのであるから(甲60・23頁,甲61),計算においては,スギとカラマツ人工林伐採材積だけが対象となる。
     その結果,林業効果指数は,0.897となる。
     この数値は広域基幹林道の採択基準である1.2を下回り,本件林道の設置は許されない。
   ウ また,被告らの費用対効果分析には全く根拠がない。
     被告らによる費用対効果比はあまりにも多額の実態のない水増しされた効果額が含まれており,本件林道の必要性として非科学的で到底その根拠にはならない。
     試算の最大の問題点は,林道開設による負の効果を全く無視し,計算に入れていないことである。
     また,この費用対効果において,「森林の公益的機能確保効果」なる極めて大雑把な効果額がその算定の根拠にされている。そもそも林道事業の効果が発揮されるのは,「森林施業が適切に行われること」である(甲62,4頁)。しかるに本件森林区域では,少なくとも博士工区については施業されることは見込まれず,また谷ヶ地工区については共有林は存在するが,これについては前述のとおり造林は行われないというのであり,また具体的に誰がどの程度の施業をするのかについて被告らはそれを裏付けるに足りる資料を提出できていない。
     しかも,「森林の公益的機能確保効果」に関しては,水増しとしかいえない効果額が堂々と本件林道の効果として算定されている。費用対効果分析は基本的に林野庁の事務連絡(甲62)が根拠となっているが,林野庁の「森林の公益的機能の評価額について」(甲63)によれば,林野庁は,平成12年に新たに水質の浄化や二酸化炭素の吸収などに対する評価を加え,森林の公益的機能は実に年間74兆9900億円であると試算した(同2頁の表)。しかし森林の公益的機能は,本件林道を建設するまでもなく,既存の林道で十分本件森林区域は適切に維持され,その効果を発揮することが明らかである。
     したがって,本件林道においてこの「公益効果」を除いて修正計算すると,費用対効果は1を割ることになり,本件林道の設置は許されない。
  (2) 本件各財務会計行為における原因行為たる本件事業の違法性の承継
    本件事業は,以下に述べるとおり,著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するものというべきであるから,本件事業を原因行為とする本件各財務会計行為は,財務会計法規上の義務に違反する違法なものである。
   ア 環境アセスメント義務違反
    (ア) 環境基本法20条は,事業者が,環境影響評価を実施し,環境に配慮するために国が必要な措置を講じる旨規定し,同法7条は,地方公共団体は,環境の保全に関し,国の施策に準じた施策等を策定し,実施する責務を有する旨規定する。さらに福島県は,福島県環境基本条例を制定し,その12条において,事業者が,環境影響評価を実施し,環境に配慮するために県が必要な措置を講じるよう規定している。これらの規定によれば,福島県知事は,本件林道事業の実施に際して,十分な環境影響調査を実施すべき義務を負っているというべきである。環境基本法の制定は平成5年であり,福島県環境基本条例の制定は平成8年であるが,本件事業の事業実施計画書が策定された昭和61年の時点においては,既に昭和59年8月28日付けで「環境影響評価の実施について」と題する閣議決定が行われ,道路の新設等の事業で,規模が大きく,その実施により環境に著しい影響を及ぼすおそれがある事業については環境影響評価を実施するよう地方公共団体に要請することとされ,同年11月には,評価対象とすべき環境項目について,「原生の自然環境,学術上,文化上特に価値の高い自然物等のかけがえのないもの,すぐれた自然環境や野生動物の生息地」等について,調査,予測及び評価をすべきものとされていた。のみならず,本件林道工事実施中も,平成3年6月1日に,福島県環境影響評価要綱が制定されたのであるから,いわゆるモニタリングとしての事業について環境保全のための必要な措置として(同要綱22条2項),特にブナやイヌワシ等の猛禽類について詳細な環境アセスメントを実施すべき義務があるというべきである。なお林野庁は大規模林道については着工済みでも環境アセスメントを実施している(甲3)。
      福島県知事である被告Aは,本件全体調査,本件ブナ林調査,本件イヌワシ調査及び本件クマタカ調査の各調査を行っているが,いずれの調査も本件事業による生態系全体への影響を総合的に検討しておらず,十分な根拠を示すことなく,断定的な結論を示していたり,ずさんな統計処理を行っている等,内容的に極めて不十分なものであり,環境影響調査を実施したと評価できないものであって,本件事業には,上記義務に違反した違法がある。
    (イ) なお,原告らが主張するイヌワシ・クマタカ等猛禽類の生息状況
は,以下のとおりである。
     a イヌワシの営巣地
       昭和59年から日本イヌワシ研究会による調査がおこなわれ,イヌワシの飛翔が観察されていたが(甲10・「会津博士山のイヌワシについて」),平成3年には営巣地を特定した。平成4年には博士山で県内で公式調査としてはじめてイヌワシの営巣地が確認された(甲3・新聞記事)。
     b イヌワシ調査報告書(甲16)
       この調査は1991年(平成3年)から92年までの調査結果をまとめたものである。この調査によると,本件林道予定地はイヌワシの行動圏と重なり,いずれの調査期間とも周年行動圏の中に位置する(18頁)。
     c 日本イヌワシの現状(甲18の8)
       この報告書は,日本ではイヌワシはわずか124ペアしかいないことを指摘し,また繁殖成功率は44%にすぎないことを述べている。
     d 文化庁「福島県植生図・主要動植物地図」(甲39)
       この文書では,博士山のブナ林が,学術上価値が高い生物群集とされている(31項)(添付地図)。
      以上のとおり,本件工事予定区域にはイヌワシ・クマタカの営巣地があり,その生息地として保護すべきであることが明らかであり,またブナ原生林など価値の高い樹木が存在しているが,道路を通すことでその生育を阻害してはならない。
      本件事業の実施及び続行において,被告らには環境アセスメント義務があるにもかかわらず,これを怠っているため,このような貴重な自然が破壊されるという結果を生じている。
   イ 「公の施設」である本件林道についての条例制定義務違反
     地方自冶法244条の2第1項は,地方公共団体は,公の施設の設置及び管理に関する事項は,これを条例で定めなければならない旨規定している。本件林道は,公の施設であるから,その設置及び管理について,福島県には,条例を制定しなければならない義務がある。
     本件林道は,森林生産とそれによる公益機能増進のための基盤的施設という目的で設置され,国有林に当たる部分の敷地権原を国から自治体に移し,常設の自動車道として開設が進められているものである。
     民有林の生産基盤として林業家の利用に供するというだけでも,住民の福祉のための施設であり,公の施設という要件を充たすに十分であるが,そればかりでなく,きのこや山菜等の森林特産物,新宮川ダムと結んだ保健休養産業等による地域振興も見込まれているのであるから,本件林道が公の施設としての性格を有することを否定することはできない。
     また本件林道は国道のう回路としての機能も有するものと位置付けられており,公の施設であるということはこの点からも明らかである。
     加えて,国の一般事業費から補助される山村振興法や過疎対策林道は,個別的目的性を有するのに対し(これもその地域にとっての住民福祉に資するものであるが),公共事業費は国家経済全体の視点から個別利益を超えて投資されるものであり,それを補助金とする広域基幹林道はこの意味からも公の施設であるといえる。
     しかし,福島県は,本件林道が広く一般住民のために開設されるものではないとして同義務に違反して,本件林道の設置及び管理に関して条例を制定していないのであり,本件事業には,同法に違反した違法がある。

 3 被告らの主張
  (1) 本案前の被告らの主張
   ア 財務会計法規上の違法性(地方財政法4条1項違反)を理由とする訴えについて
     原告らは地方財政法4条1項違反を理由とする訴えについて博士工区のみを対象としている。
     地方財政法4条1項の規定がどのようにして本件事業のうち博士工区の工事請負契約締結及び工事代金の支出の違法に結びつくのか具体的理由は全く示されていない。
     結局,原告らの主張は博士工区の林道開設はすべきでないという自然環境保護の観点からの違法主張であって,本件財務会計行為そのものの違法を主張するものではない。
     地方財政法4条1項違反と主張すれば,主張自体は財務会計行為の違法を主張する如くであるが,実質は異なるのである。
     よって,この点を理由とする訴えは住民訴訟として不適法であり,却下を免れない。
   イ 違法性の承継を理由とする訴えについて
     原告らが本件事業の違法事由として主張するところは,いずれも,もっぱら本件林道の博士工区と周辺の自然環境保護の観点から本件事業の違法を問題とするものである。
     したがって,もっぱら博士工区周辺の自然環境保護の観点から本件事業の違法を問題として提起されたものと認められる本件訴え(林道事業の違法性承継を理由する訴え)は住民訴訟として不適法であり,却下を免れない。
   ウ 以上のとおり,原告らの訴えはいずれも却下されるべきものである(乙75の1及び2,乙87の1及び2参照)。
  (2) 本案の被告らの主張
   ア 財務会計法規上の違法性についてー地方財政法4条1項違反について
    (ア) 地方財政法4条1項は「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない」と規定しているが,上記規定は地方自治法2条14項の定めるところである最少経費による最大効果の原則を予算執行の実際的なあり方の面から表現したものである。
      予算の執行は,個々の具体的な事情に基づいて,最も少ない額で目的を達成するように努めるべき執行機関に課せられた当然の義務を示したものであって,地方公共団体の支出について,具体的規制をするものではない。
      本件事業の実施にあたって経費の支出は,適正な手続のもとに執行されており,不必要な支出であることにはならないことから,本件事業の実施が地方財政法4条1項に違反するとの原告らの主張はそれ自体失当である。
    (イ) 林業効果指数
      林道事業の補助採択にあっては,森林法施行令(昭和26年7月31日政令第276号)(乙71の2)第12条第2項第1号の定める別表3において「農林水産大臣が当該林道に係る森林の利用区域面積,当該森林の蓄積等を考慮して定める基準に該当する林道に係るもの」と規定しており,大臣の定める事項は,「森林法施行令第11条第6号,第12条第1項,別表第3及び別表第4の規定に基づき農林水産大臣が定める事項及び基準について」(昭和52年4月15日付51林野政第1109号農林事務次官依命通達)(乙71の3)第3,1(2)において,算出される数値(林業効果指数)が1.2以上であるとされ,その算出式が規定されている。
      これは,現在も林道事業の採択の基準として使用されている。
      この算出方法よる本件林道の採択時の指数は,林道大滝線全体計画調査報告書(乙12)12ぺ一ジにおいて計算を行っている。この指数の計算結果は,2.251となっており,採択基準の1.2以上を満たしている。
    (ウ) 費用対効果分析
      費用対効果分析は,平成9年度の一部及び平成10年度からの新規着工路線で実施されてきたが,林野公共事業おいて費用対効果分析による事業効果の測定等を行う事前評価を規定した「林野公共事業の事業評価実施要領」(平成12年3月13日付12林野計第73号林野庁長官通達)が制定され,平成12年度の新規採択事業から実施されている(乙66)。
      本件林道の費用対効果分析は,平成11年7月12日に開催された福島県公共事業評価委員会第二部会において,部会長から,広域基幹林道大滝線を審議する際の参考とするとの要請を受けて試算し,その結果について同年9月27日に開催された同委員会第二部会において報告したものである。
      上記のとおり,事前評価における新規採択路線の費用対効果分析は,平成12年度から実施する事業からおこなわれるものであって昭和60年度に採択された本件林道については,費用対効果分析を実施する必要はないことは明かである。
   イ 本件事業の違法性の承継の主張に対する反論
     本件事業は,公益的事業として相当なものであり,以下に述べるとおり,何ら違法性を有していない。それ故,本件事業に著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から見過ごし得ない瑕疵があったとはいえず,本件各財務会計行為に違法はない。
    (ア) 環境影響調査を怠ったことの違法の主張について
     a(a) 環境影響評価実施要綱の対象事業について
       昭和59年に閣議決定された環境影響評価実施要綱では,国の行政機関が環境庁と協議して各事業毎の具体的な技術指針の策定を行い,事業者に対し環境影響評価を行うように行政指導することとされ,対象事業は,国が実施し,又は免許等で関与する事業で,規模が大きく,環境に著しい影響を及ぼすおそれのあるものとして高速自動車国道,ダム,飛行場等11種類の事業が定められた。
        なお,林道事業については,対象事業に指定されていない(乙22)。
        また,福島県環境影響評価要綱(平成3年6月1日福島県告示第508号)別表第1に定める対象事業にも該当しない(乙23)。
      (b) 環境基本法について
平成5年に制定された環境基本法は,規制的措置を中心とした行政から経済的措置や自発的活動の促進のための措置など多種多様な施策を適切に組み合わせて,多様化する環境行政の課題に取り組む方向が示されており,環境影響評価は,多様な環境保全施策のなかで,環境破壊を未然に防止するための中心となるべき施策として位置づけられた。
      (c) 福島県環境基本条例について
        平成8年に制定された福島県環境基本条例(平成8年3月26日福島県条例第11号)(乙24)は,福島県の環境保全の分野について基本理念を定めるとともに環境保全に関する施策の基本となる事項を定めたものであり,個別の具体的施策は条例の趣旨を踏まえた個別の措置等に委ねられるものである。福島県環境基本条例の前文は,環境保全に関する理念及び今後環境保全に向けての決意を表明・宣言し,福島県環境基本条例の趣旨を明らかにしたものであり本文各条項に運営上の指針として機能するものである。
       ① 第9条(施策の基本方針)
         本条項は,環境保全に関する施策の指針を明かにしたものであ
る。
       ② 第17条(森林及び緑地の保全)
         本条項は,快適な生活環境を保全し,生物の多様性の確保に資するため,森林及び緑地の保全に関して必要な措置を講ずるように努めることを規定したものである。
         上記のような福島県環境基本条例の性格から,本件林道事業は福島県環境基本条例に違反するものではない。
      (d) 環境影響評価法について
        平成9年に制定された環境影響評価法(平成9年6月13日法律第81号)(乙73の1),同施行令(平成9年12月3日政令第346号)の別表第1の1のトの事業に,本件林道は該当しない(乙73の2)。
      (e) 福島県環境影響評価条例について
        平成10年に制定された福島県環境影響評価条例(平成10年12月22日福島県条例第64号)(乙74の1),同施行規則(平成11年4月9日福島県規則第69号)第2条及び第3条の規定に基づく別表第1の1のウの事業には該当しない(乙74の2)。
     b 上記のとおり,本件事業は,環境影響評価実施要綱等対象事業に該当するものではなく,環境アセスメントに基づく法律的な義務はないことについて明らかであり,原告らも本件林道の実施にあたりその義務がないことを認めている。
       しかしながら,県は本件林道事業を実施するにあたって,全体調査,本件ブナ林調査,本件クマタカ調査,本件イヌワシ調査などの本件地域の自然環境に関する各種調査を適切に行い,自然環境に関する必要な情報を把握しながら事業を実施していることは明白な事実である。
       しかも,本件林道の工事実施にあたっては,上記の調査の留意事項等に配慮しつつ,事業を実施してきた。
      (a) 自然環境にやさしい工法の導入
        自然環境との調和を図るため,林道の下方部に落石防止柵を設置し土砂の流出を防ぐとともに林道法面及び裸地については緑化を行い水質の汚濁防止を図ってきたところであり,今後も小動物の生息環境に配慮した工法など自然環境にやさしい工法の積極的な導入を図ることとしている。
      (b) 工事施行にあたっての対策
        平成4年以降営巣期間となる12月から翌年の6月までは工事を休止し,また工事中にあってはイヌワシに異常な刺激を与えないよう工事車両の走行速度の制限及び工事用ダイナマイトの使用自粛等による騒音の防止対策を講じてきた。
       以上のことから本件林道が建設されると貴重な自然環境が破壊されてしまうこととなり,本件事業に伴う自然破壊の程度は甚大であるから,本件林道は開設すべきでないことは明白であるという原告らの主張は失当である。
     c 本件のような財務会計行為の原因行為たる本件事業の違法性の承継については,先行行為となる林道開設事業に不存在又は重大かつ明白な瑕疵がある等として予算執行の適正確保の見地から看過し得ないような事情がある場合にのみ違法となると解すべきである。
       以上に述べたとおり,本件事業は,公益事業として相当なものであり何ら違法はなく,まして重大かつ明白な違法など認められる余地がない。また,本件事業に著しく合理性を欠き,そのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があったとはいえない。
       したがって,原告らの違法性承継の主張は,本件住民訴訟において全く失当である。
    (イ) 本件林道に関する条例を制定しない違法について
      林道は,森林の総合的かつ合理的な管理・経営を行うために必要な交通の確保を目的として造られる,森林の内外に通じる恒久的な施設である。林道は,主としてその利用区域内に森林を有する森林所有者の共同利用施設として用いられるものであり,広く一般住民のために開設されるものでないから,「公の施設」(地方自治法244条1項)に当たらない。したがって,同法244条の2第1項の適用はなく,本件林道の設置及び管理に関して条例を制定する必要はないから,福島県に,原告らが主張するような義務違反は存しない。特に本件林道は会津高田町が管理するものであり,福島県が管理するものではないことから,そもそも福島県が本件林道の設置及び管理に関する条例を制定する理由は存在しない。仮に,本件林道の設置及びその管理に関する事項につき条例で定めを要するとした場合でも,本件林道の開設は広く公共の利益の実現をその責務とする地方公共団体が行う事業として相当なものであって,それ自体違法なものではないのであるから,このような手続上の瑕疵のために,直ちに本件林道の開設のためにする公金の支出が違法となるわけではない。
      なお,会津高田町は,林道の管理について,会津高田町林道管理規程(乙53)を制定しており,林道の使用により著しく損傷する恐れがある場合や非常災害時における防備に違反したものなどに対しては使用禁止等の制限をすることとしている。


          理         由
1 本案前の被告の主張について
  被告らは,原告らの主張する実質が自然環境の保護の観点からの違法を主張するものであって住民訴訟として不適法である旨主張する。
  しかしながら,地方財政法4条1項は予算の執行面における基本原則を定めるものとして,合理的な理由のない経費の支出は違法との評価を免れず,原告らは,本件事業が著しく合理性を欠き予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があり,この原因行為の違法性を本件各財務会計行為が承継していると主張するものであるから,本件事業に重大かつ明白な瑕疵があると認められるような場合には本件各財務会計行為は違法となるのであって,本件訴えは適法であるというべきである。
  したがって,被告らの本案前の主張には理由がないから,以下本案について検
討する。

2 財務会計法規上の違法性について
 (1) 本件各財務会計行為の支出金額自体は争いがない。
 (2) 原告らは,被告らの本件各財務会計行為は,本件事業の目的に対し,本件林道の必要性は低く自然環境が破壊されることから目的を達成するための必要最少限度を超えているとして地方財政法4条1項に違反するとを主張する。
   そこで,以下,本件事業の目的及び本件林道の必要性について検討するが,まず,本件林道及びその周辺の状況について概観する。
 (3) 本件林道及びその周辺の状況
  ア 本件林道及びその周辺の林相等
    証拠(甲45,71ないし73,74の1,2,87ないし89,乙12,16,65,92の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
    本件林道は,会津高田町を縦断する国道401号から分岐し,大滝川沿いに延びる町道2031号線の終点,大字松坂字大滝地内を起点としている。線形は大滝川沿いに南進して,沼沢と岩重沢の合流点から西方に向かい,いったん,見沢山の手前から昭和村の国有林を通過して再び会津高田町側へ戻り,博士峠付近の大字松坂字博士地内で国道401号に接続し,これを終点としている総延長1万6664mの林道である。規格は自動車道1級1車線で車道幅員4.0m,路肩幅員0.5m,林道幅員5.0mとなっており,平成12年2月時点で6308mが開設済みである。
    本件林道利用区域は,会津高田町南西部と昭和村の東端を含む範囲で,利用区域南部は一部会津高田町南端部,すなわち,三引山,大滝山,横山からなる町界と重なっており,その他,利用区域は博士峠や滝の沢山等へ続く稜線沿いに引かれており,大滝川の上流域を取り囲んだ形になっている。利用区域総面積2950haのうち,民有林2812ha,国有林138ha,蓄積は25万9627‰,人工林面積158ha,天然林面積2792haで,人工林は51.9%が26年から30年生,27.8%が16年から20年生等の要間伐林分が多いのに対し,天然林は46年から50年生が42.5%,41年から45年生が25.4%等壮齢林が多い。利用区域はタケノコ(ジダケ)などの特用林産物も豊富である。
    林相は針葉樹林はスギとカラマツが主で広葉樹林はブナ,ホオノキ,トチノキが主である。
    谷ヶ地工区に入るとすぐに人工林があり,別紙地図中(乙61)大滝川と記載してある箇所の周辺,大滝川右岸に記載されている針葉樹林の印がついた箇所,西ノ沢東側と本件林道の間にはスギの人工林が植林されている。そして宮川沿いの沼沢と岩重沢の合流点の手前付近にもスギの人工林が植林されている。
    一方,博士峠から南東に向けた尾根にはスギの人工造林があり,本件林道をさらに進むと,国有林のブナ林,別紙地図中の会津高田町と記載してある南側の昭和村側,里沢の主に南側に国有林のカラマツの植林地となり,里沢から東に入って別紙地図に会津高田町と記載してあるあたり周辺からブナ等を主体とする広葉樹の二次林の民有林となっている。
    詳しい現況森林の林相区分は,別紙「現況森林の林相区分図」(乙65)のとおりである。
    新宮川ダムの水源地域は,北側が国道401号線と松倉川の間の稜線,西側が博士峠から大滝山に向かって南南東に南下した線,南側が大滝山,東側は大滝山から横山,滝ノ沢山に至る稜線で囲まれた地域であり,この地域の大部分が水源かん養保安林に指定されており,その地質は安山岩地質の凝灰岩である。
    本件林道の利用区域面積2950haのうち,63.3%が水源かん養保安林(水源地内の森林が指定される。その流域に降った雨を徐々に河川に流すことで流量を一定に保ち,安定的な用水の確保に効果を発揮する。また,洪水や渇水を防止する機能もある。)として,0.1%が土砂流出防備保安林(地面を被う落ち葉や下草,木々の根が雨などによる表土の浸食,崩壊による土石流などを防ぐ。)として,33.2%が保健保安林(森林レクレーション活動の場として生活にゆとりを提供する。また,空気の浄化や騒音の緩和に役立ち,生活環境を守る。)として(重複指定部分あり。)指定されている。
  イ 本件林道及び周辺の作業道等の状況
    証拠(甲71ないし73,74の1,2,75の1ないし3,76,87ないし90,乙91,92の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
    本件林道の谷ヶ地工区側から完成している部分の道路は概ね幅員5.0mで砂利道となっているがアスファルト舗装はされていない。これに対し,いまだ完成していない部分の道路は,幅員2mあるかないかの未舗装の道路である上,橋に用いられている木材が一部朽ちていたり,草が生い茂るなどして自動車が通行できるような状態ではない部分がある。
    本件林道の博士工区側から完成している部分の道路は,概ね幅員5mで砂利道となっているがアスファルト舗装はされていない。
    西ノ沢沿いの新宮川ダムの残土捨場脇を通っている作業道は,上り勾配20%程度で幅員3mあるかないかの砂利等もしかれていない状態であり,必ずしも轍部分が完全に残っているわけではなく,草が生えてしまっている箇所もあり,また,場所によっては雨等によりぬかるんで自動車による通行に支障が生じるような状態になっている。
    天沼沢沿いの作業道は,入口の幅員は3m程度の道があるが,徐々に狭くなり,草木に覆われついには沢に阻まれて行き止まりになっている。
    里沢沿いの道は,木橋が落ちていて通行不能であったり,草木が茂り通行できる状態ではない部分がある。
    昭和村から松坂地区まで荷物を運搬していたトロッコ道は,現在は道形もなく通行することができない。

 (4) 本件事業の目的
  ア 福島県作成の会津地域森林計画書(自 昭和57年4月1日 至 昭和67年3月31日)(乙6)には,会津地域森林計画の基本方針として以下のように記載されている。
    会津地域森林計画区は,県土の22%に相当する30万0059haの面積を有し,その76.4%が森林である。なお,民有林は,13万8485haで県内6森林計画区のなかで最も広い。これらの森林は木材生産機能のみならず,さまざまな公益的機能を発揮し県民生活に大きく寄与している。
    しかし,豪雪などの厳しい自然条件,入会林野が20%近くを占めるといった経営基盤の弱さ,林道などの生産基盤の立ち遅れなどが基因して,現在までの人工林率は20.7%で県平均の32.9%をかなり下回り,林業経営上,また森林の活用面等からみれば低位の地域に属する。加えて,その人工林の内容もスギ,カラマツ,アカマツが主体であるが,20年以下の幼令林が53%を占め,直接木材の生産に結びつく林分が少ない。
    一方,本件計画区の森林は,阿賀野川をはじめとする重要な河川の源流に所在しているので,水資源の確保や流域の保全機能を強く要請されており,また磐梯朝日国立公園を始めとする数多くの山岳,景勝地,湖沼群などすぐれた自然景観に恵まれ,広く県民のレクリェーションや保健休養の場としての活用が近年とみに増加する等,森林の公益的機能の要請も極めて高いことから,森林資源の開発,山村の生活環境の整備,輸送力の向上と通行の安全を図ることに留意して林道整備を図ることとしている。
  イ 昭和61年8月付け林道大滝線全体計画調査報告書(乙12)には以下のとおり記載されている。
    土地利用としては,森林については所有面積の零細性や林業労働力の減少,高齢化に加え,林道等の生産基盤の未整備などから,広大な森林資源の活用が十分になされていないとしている。産業としては,第1次産業に占める林業生産額は1.7億円であり,5.6%と低く,林道等生産基盤の施設が早急に整備されることが望まれているとしている。
    林道としては,本地域の民有林林道の現況は,昭和58年度末現在で10路線4万1602mで地域の林道密度は2.7m/haと極めて低く,森林の有効的な活用のため林道網の整備が強く望まれているとしている。
    素材生産としては,針葉樹の素材生産は人工林率の低いことや,また,木材市況の長期低迷とあいまって極めて少ない現況にあり,広葉樹においてはおもにチップ・パルプ材として利用され,他はシイタケ・ナメコ用の原木等の特用林産物の生産にあてられているとしている。
    特用林産物としては農林家の副収入源としてシイタケ・ナメコの栽培が行われているが,その規模は零細なものが多く,また,山菜類は豊富でワラビ・ゼンマイ・ジダケ等の収穫が盛んであり,山菜加工等も行われているとしている。
    森林整備の方針としては,適地適木による造林の拡大及び間伐,保育の促進,林道,作業道等の生産基盤の整備,特用林産物の振興等を掲げている。
    計画路線は,整備区域内に南北に開設されている県道及び町道等を軸にこれらを東西に連絡するとともに,将来においては当該林道整備区域内に隣接する他町村の整備区域の道路網と連絡させ広域的な路網を形成することで,地域森林の整備,開発に寄与することを目的としている。特に当該林道整備区域の南西部に隣接する下郷町,昭和村地内には10路線余りの国有林林道が開設されていることから,計画路線の支線及び分線とこれら国有林林道を連絡させることで,国有林を含めた地域林業の振興を目指すものであるとしている。

  ウ 会津地域森林計画書(自 昭和62年4月1日 至 昭和72年3月31日)(乙13)には,以下のとおり記載されている。
    会津森林計画区は,本地域が日本有数の豪雪地帯であること,入会林野等の面積が多いこと,天然広葉樹林面積が多いこと及び重要河川である阿賀野川上流地域の水源地帯に位置すること,磐梯朝日国立公園地域が存在すること等,森林のもつ,水資源かん養,山地災害防止,保健保全機能の高度発揮の必要な林分が極めて高い地域があることを踏まえ,地域の社会経済の発展に対応しつつ森林の持つ公益的機能との調和を図りながら「国産材時代」創出の基礎的条件をより確かなものとするための基本的事項を定めるとして,林道は,林業経営の合理化及び森林の集約的管理にとって基盤となる施設であり,造林の推進,木材などの林産物の搬出のみならず,森林の持つ多面的機能を発揮させるため適切な森林施業を実施するために欠くことのできない施設であるとともに地域住民の日常生活と地域生産の振興,住民の福祉向上に大きな役割を果たしているものであり,林地の保全に努めながら,林業振興地域の整備育成を図るため,林道の開設を促進する,国有林道との調整を図りながら効果的な林道を開設する,森林資源の現状から間伐促進のための林道の整備拡張を図るなどの点に留意して計画するものとするとしている。

  エ 会津高田町南西部の森林地域における「森林施業と鳥獣保護及び路網整備」に関する基本計画(乙64)には以下のとおり記載されている。
    会津高田町南西部の森林地域は,水源地域対策特別措置法に基づく「阿賀野川水系宮川新宮川ダム」の上流に位置し,水資源の確保に重要な役割を果たしている。近年では,快適な生活環境や良好な景観の維持,創造に向けて,森林に対する国民の要求が一層高まってきており,新たな観点からの森林整備の推進が求められているとしている。

  オ 森林・林業基本計画の概要(乙89の1),森林・林業基本計画(乙89の2)には,以下のとおり記載されている。
    森林・林業基本計画は,21世紀の森林・林業政策の基本理念である森林の有する多面的機能の発揮,林業の持続的かつ健全な発展の実現に向けて森林・林業に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため策定するものであるとして,森林及び林業に関する施策についての基本的な方針として森林の適正な整備・保全,林業の持続的かつ健全な発展,林産物の供給・利用の確保が図られることの必要性を掲げ,森林の有する多面的機能の発揮並びに林産物の供給及び利用に関する目標としては,水土保全林は高齢級の森林及び広葉樹導入を含めた複層林への誘導等,森林と人との共生林は自然環境等の保全及び森林環境教育や健康づくりの場の創出等,資源の循環利用林は適切な施業の選択及び効率的・安定的な木材資源の活用等を掲げている。

  カ 以上の本件事業を含めた森林・林業に関する各種基本計画からすると,本件事業の目的は,①木材生産機能,②水資源の確保,流域の保全機能,③特用林産物の生産機能を発揮し,④県民のレクリェーションの場としての活用,⑤山村の生活環境の整備,⑥輸送力向上,通行の安全,⑦広域的道路網の整備を図ること等にあるものといえる。

 (5) 本件林道の必要性
   証拠(甲8,34の1,2,35の3,乙1,12,54ないし57,60,62,63,65,66の1ないし4,67の1ないし3,68の1,2,69,70,76,証人Hの証言)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

  ア 新宮川ダムの水源地域は,そのほとんどが山林であり,ダムの建設に伴い,総面積89.2ヘクタール,住宅58戸が水没するため,関係住民にとって林産資源の活用と森林の管理育成に支障となることが懸念された。そのため,福島県では,水資源地域対策特別措置法に基づき,その周辺地域の生活環境,産業基盤等を整備することになった。この整備計画では,土地改良事業及び治山事業林道整備事業など多岐にわたり計画された。特に,水没移転者は,従来から主として林業を生活基盤としており,地区外への移転後も引き続き,山菜等の特用林産物の生産など広大な森林を活用することが必要であり,その基盤となる林道整備が不可欠であるとして,本件事業が計画された。

    本件林道は,広大な森林資源を有する地域において,森林施業の効率化,生産性の向上,さらには適正な森林管理による水資源かん養など公益的機能の発揮に不可欠な施設であり,森林内への唯一の到達道(自動車道)として開設が強く求められたものである。

    具体的には,昭和60年5月に会津高田町長から林道事業の要望書が提出されている。

    会津高田町長及びI作成による福島県農林水産部森林土木課宛平成12年10月17日付け要望書には,「森林資源の高度利用による生活基盤の確保は重要な課題であり,林道大滝線の早期完成を待望している」「林道大滝線の早期開通による当該地域の広大な森林資源の有効活用は,当町の林産業の活性化を図ることから,地域振興計画を進める上で重要な課題」等と記載されている。

    このような要望をふまえて,昭和60年5月,本件林道が林野庁の路線調査対象路線として指定されたことから,福島県会津若松林業事務所と会津高田町と地元の人たちで現地を歩いて概略の線形などを検討する事前調査を行った。その結果,会津高田町の意見も聞いた上で,福島県会津若松林業事務所により福島県農林水産部森林土木課と調整しながら概略の計画がまとめられた。

    その上で昭和60年9月,林野庁が福島県及び会津高田町立会の上,現地で路線調査を行った。その際,博士峠付近の地区で民有林の部分がかなり急峻で荒廃しているところがあったため,法面が大きくなるなど森林を荒らすおそれがあるので線形上楽なところ,いわゆる尾根沿いのところを通るということで昭和村側を渡る線形に一部変更した。その結果,国有林を通ることになった。

  イ 新宮川ダムの水没地区の住民で移転した58戸の住民のうち40戸程度の住民が移転する前は山菜を採るなどして年間50ないし60万円の収入を得ており森林に基盤をおいた生活をしていた。すなわち,本件事業により松坂から移転する以前はジダケ採りに30人以上ぐらいの人が山菜採りに行っており山菜集めに毎日2トン車2台を要していた。採ってきたジダケは,問屋がもっていったほか,缶詰工場で加工していた。

    新宮川ダム建設により移転することを余儀なくされた松坂の住民の中には,今後の移転先での生活に対する不安を述べる者などがおり,いままで林業に従事してきたが,今後も同じ仕事をしたいとする者もいる。

  ウ 現在,本件林道周辺の道の状況は前記(3)イのとおりであるが,西ノ沢沿いの道は,Iが私道として造った山道であり,現在の作業道は,新宮川ダム建設の関連で緊急治山として植林するために山道の奥の方に造ったものであるが,四輪駆動の自動車で通行することはできるが,新宮川ダムの土捨場になっている関係で一般の自動車は通行できない状況にある。また,別紙地図の大滝と記載してあるあたりから250から300m上流にある木造の片桟橋を修理しながら使用しており,他にも小さいものを合わせると10箇所ぐらい片桟橋があるが,片桟橋は本件林道が5年か10年程度で完成する前提でそのくらいの期間耐えればよいものとして造っているので現在人間が歩くのは危険な状態である。この片桟橋から先は現在橋もなくなり手入れも行っていないので通行できない。

    天沼沢沿いの道は,昔材木を搬出するために造った道路であるが,河川沿いを通っているので流されるなどしており,原形で残っているところは1,2割にとどまる。天沼沢の奥には杉を植えた山があり行くには沢を歩くしかなく作業道がなければ山の木を搬出することもできない。山菜を取りに行っても車が通ることができないため,採った山菜は人が背負って運んでくるしかなく,多くの山菜を採ることはできない。

    昭和村から松坂地区まで荷物を運搬していたトロッコ道は,現在はほとんど跡形がなくなっており,藪や木立が生えており人間が歩くのにやっとの道で荷物を運搬するには全く役に立たない。

 エ 本件林道は,山菜の収穫,なめこの栽培,木材の搬出に役立つものであり,本件林道から作業道としての支線を広げていくことで森林の有効活用が考えられる(もっとも,現在,山菜取り等を生活手段としている者はいない。)。

    本件林道ではなくて既存の作業道等を補修することで山菜取りはできても,個人所有している木材を搬出するのは困難であるとの意見も出ている。すなわち,谷間に稜線からワイヤーを引いて搬出するのは搬出距離が1㎞までしかできないので,本件林道は必要であるし,西ノ沢の旧道や大滝の方に開設路を設けて木材を搬出することはワイヤーを張って搬出するにも線が引けないことから無理であるとの意見もある。

    伐採したブナは,ほとんどはチップ材としてヘクタールあたり10万円くらいの収入にしかないならないため,本件林道がなければ木材を搬出してチップ材として売却することは困難な状態にある。

  オ 本件事業着工後の平成11年から12年にかけて福島県による聞き取り調査の結果,森林施業等に関する地元の考えとしては,下谷ヶ地財産区,入谷ヶ地財産区,中在家財産区,中村財産区は,そろって広葉樹の大径木にする施業や特用林産物(ジダケなど)の活用を望んでおり,その他所有者の意向調査の結果,個人所有の林分については,素材生産を目的として森林施業をする意思があること,拡大造林は地域として反対であること,広葉樹の大径木を育てる施業を行いたいなどとしている。

    その際,民有林を全部伐採することはなく,だいたい70年周期ぐらいで伐採することを考えており,最初の10年,20年は10から15ヘクタールぐらい伐採するとしても,その後は100年木になるから伐採面積は半分ないし3分の1ですむと考えている。

    伐採後は萌芽したものを育ててそのままの自然林として再生することを考えている。再生が十分でない場合には広葉樹を補植することを考えており,スギの植林は採算性がないので伐採跡地にスギを造林することは考えていない。

    地元住民による広葉樹を育てるなどの施業についての規制力については,改良普及員制度を通じて地元の理解を得ながら計画を推進することは十分可能である。

 (6)ア 以上によれば,本件林道については,針葉樹の木材生産機能等を発揮するといった目的と地元住民が必要とする理由とが一致しているとまではいえないが,広葉樹や特用林産物の生産機能を発揮するといった目的は地元住民の要望と一致するものであり,いずれにしても地元住民は本件林道を相当程度必要としていることが認められる。

  イ この点,本件全体調査報告書(乙12)によれば,林業効果指数は,林業効果指数=生産指数+育林指数とする式を用いて算出しており,このうち,生産指数=利用区域の民有林の蓄積(‰)÷(100×利用区域の民有林の針葉樹林の面積(ha)+30×利用区域の民有林の広葉樹林の面積(ha)),育林指数=(利用区域の民有林の人工造林予定面積(ha)+利用区域の民有林のⅢ令級(林齢15年)以下の人工林面積(ha))÷(利用区域の民有林の針葉樹林の面積(ha)+利用区域の民有林の広葉樹林の面積(ha))との式を用いて算出していることが認められる。そして,同調査報告書の調査結果に基づき各数値を当てはめて林業効果指数を算出すると,生産指数は2.058,育林指数は0.193となり,林業効果指数は合計2.251となることが認められる。

    福島県農林水産部森林土木課作成の平成8年度福島県の民有林林道事業[制度編](乙1)及び日本林道協会作成の民有林林道事業のあらまし(乙5)には,広域基幹林道について,山村地域の骨格的な林道であり,施業の広域化・組織化に伴う林業労働力の有効活用及び生産性の向上,適正な森林管理による水資源のかん養,森林レクリェーションの場の提供など多目的とする林道である旨説明しており,採択基準としては,利用区域森林面積1000ha以上,林業効果指数1.2以上,全体計画延長5.0㎞以上としている。

    したがって,本件林道は,林業効果指数については広域基幹林道としての採択基準を満たしていることになる。

    この点,原告らは,平成14年度以降,林業公社が840haの拡大造林を行わないとすると,林業効果指数は1.2を下回る0.91となると主張する。

    しかしながら,原告らの根拠とするJ作成の「林業効果指数の計算例」(甲67)は,「2) 変更地域森林計画」において,林業効果指数を求める際のV(当該林道に係る森林の蓄積)の数値として,スギ人工林伐採材積及びカラマツ人工林材積のみの蓄積として計算を行っているが,林業効果指数を求めるためのVには,本件林道利用区域のスギ,カラマツ,その他針葉樹及び広葉樹の全体の蓄積(国有林を除く。甲59によると23万6245‰)を算入すべきである。そして,本件林道の利用区域には相当量の広葉樹の蓄積があることから,広葉樹の材積を全く加えないで計算を行っている以上,それが長伐期広葉樹施業を行うことを理由とするものであったとしても正確な数値ということはできない。このことは作成者であるJ自身上記作成書面のなかで認めているところである。

    したがって,原告らが主張するように,本件林道の林業効果指数が採択基準を下回っているとまで認めることはできず,本件林道は広域基幹林道としての採択基準を満たすものであるといわざるを得ない。

  ウ 一方,費用対効果の分析の手法は,事業採択年度を基準年度として工事期間と完成後40年間に生ずる効果額,費用額を算出し比較するものであるところ,証拠(甲62,乙55)によれば,林道事業に関する費用対効果分析は平成9年度から整備効果の算定因子の選定及び具体的な算出方法など評価手法の検討を進め,新規計画路線を対象として導入されることになったものであることから,福島県は,この費用対効果の分析の手法を本件林道事業の実施を決定する時点において用いていないことが認められる。

    したがって,この分析に基づいて本件林道の効果を判断することはできない。

  エ これに加えて,平成11年公共事業評価対象事業にかかる県の対応方針(案)に対する福島県公共事業評価委員会の意見書(乙54)でも,一定の条件が付されてはいるが,本件林道については,森林の適切な施業・管理,水没移転者の生活安定,水源かん養等保安林機能の維持管理に供する林道であり,希少猛禽類等の生息に対する配慮も一定程度なされていること,地元関係者の要望も強いことなどから平成12年度については「事業継続」が適当と認められるとし,また,平成12年公共事業評価対象事業にかかる県の対応方針(案)に対する同意見書(乙69)でも,同じく一定の条件が付されてはいるが,利用区域内の森林を経済財,生活補償財,公共財として適切に維持・管理していくために必要な林道であること,希少猛禽類等野生生物に対する保護対策について,森林における動植物の多様性を維持し希少猛禽類等野生生物との共存を図るための森林施業計画がまとめられていること,希少猛禽類保護に配慮した工事を実施していること,地元関係者から林道の早期完成の要望が強いことから「事業継続」が妥当と認められるとしている。

  オ 以上の事実を総合して判断すると,本件林道は地域住民にとって不可欠のものであるとまではいいがたいが,これを開設する合理的な理由及び必要性があることは否定できない。また,本件事業の目的と本件林道を必要とする諸事情を総合勘案すると,本件事業のための支出をもってただちに不合理なものであるということはできない。そして,地方財政法4条1項は,「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない。」と規定しており,前記のとおり,これは合理的な理由のない経費の支出を違法とすることを定めているというべきであるが,本件各財務会計行為の適否を判断するに際しては,本件事業の目的,本件林道開設の合理性,必要性を総合的に検討しなければならず,その判断には,被告らに広範な裁量権が認められているというべきである。そして,本件林道については,これを開設する合理的な理由及びその必要性を否定できないのであるから,本件各財務会計行為をもってただちに違法であるとすることはできない。

なお,原告らは,被告が会津高田町に対し,その受益の限度を超えて経費の一部を負担させたとし,地方財政法27条に違反する旨主張するようであるが,そのこと自体は本件における被告らの行為の違法性を基礎づけるものということはできず,主張自体失当というべきである。

 (7) 以上により,被告らの本件各財務会計行為に財務会計法規上の違法性は認められない。

3 本件各財務会計行為における原因行為たる本件事業の違法性の承継
 (1) 環境アセスメント義務違反について
  ア 確かに,被告らの主張するように,本件林道は,昭和59年に閣議決定された環境影響評価実施要綱(乙22),福島県環境影響評価要綱(平成3年6月1日福島県告示第508号)(乙23),平成9年に制定された環境影響評価法(平成9年6月13日法律第81号)(乙73の1),同施行令(平成9年12月3日政令第346号)(乙73の2),平成10年に制定された福島県環境影響評価条例(平成10年12月22日福島県条例第64号)(乙74の1),同施行規則(平成11年4月9日福島県規則第69号)(乙74の2)に定める対象事業に指定されていない。

    もっとも,平成5年に制定された環境基本法は,環境の保全について基本理念を定め,並びに国,地方公共団体,事業者及び国民の責務を明らかにするとともに,環境の保全に関する施策の基本となる事項を定めることにより,環境の保全に関する施策を総合的かつ計画的に推進し,もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的(第1条)とし,平成8年に制定された福島県環境基本条例(平成8年3月26日福島県条例第11号)(乙24)も,県のレベルで同様の目的(第1条)として制定されたものであり,いずれも個別具体的な施策に関するとり決めをしたものではないが,その趣旨は,本件事業にも生かされなければならない。

    そこで,本件事業にあたって,環境に対してどのような配慮がされているかについて検討する。

  イ まず,本件林道の開設にあたり国土保全,自然環境上特に留意されるべき箇所・事項等を調査し,環境保全を考慮した路線を選定し,地域森林整備の円滑なる推進に役立てることを目的として,福島県から委託を受けた県林業協会により本件全体調査報告書(乙12)が作成された。この中では,環境アセスメントとしては,調査区域とその調査区域の現況,国土保全上留意すべき箇所・事項の調査,自然環境上留意すべき箇所・事項の調査,総合評価が実施されている。具体的には以下のとおりである。

   (ア) 調査区域は本件林道の利用区域全域としている。
   (イ) 調査区域の現況としては,地形,水系,地質,土壌,気象,植生,動物,土地利用及び法的規制他,荒廃現況について調査されている。
   (ウ) 国土保全上留意すべき箇所・事項の調査としては,崩壊地の分布と地形・地質・植生との関係,山地保全図の作成,路線開設上の留意事項と対策,国土保全上の留意事項と対策,風致・自然保護上の留意事項と対策について調査している。
   (エ) 自然環境上留意すべき箇所・事項の調査としては,特に保護すべき鳥獣類の生息はないものと考えられるが,ニホンカモシカの出現が予想されることから,生息分布や行動範囲が究明された時点でその対策を講ずる必要があるとしている。また,大滝川及びその支流の路線通過に際しては,汚濁水の発生を防止し水質の保全を図る必要があるため,切取土石類の飛散ならびに逸散を防止して,渓流への土石類の流入を防止すること,工事施工中の土石類が台風,集中豪雨等の降雨時に渓流へ流出しないように配慮すること,沢近傍へ土捨場を設置する必要がある場合は,その捨土量に応じて必要な工作物を設置することを対策として掲げている。植生については,開設工事による損傷,破壊を起こさないよう十分配慮する必要があるとしている。本調査区域は新宮川ダムにとって重要な水源地となっているから,本件林道開設にあたっては水資源の確保,ダム機能の保全のために土砂の流出防止,並びに水源かん養機能の低下をもたらさないよう十分な配慮と対策を講ずる必要があるとしている。
   (オ) 総合評価としては,普通林,保安林及び砂防指定地,崩壊地,渓流地に分けて評価しており,普通林については開設位置は木材生産機能を重視する普通林内に開設されるのが望ましいとしながら,やむを得ず危険側を通過する場合は,その区間の短縮を図るとともに危険を除去しうる工種,工法の検討を図る必要があるとしている。保安林についてはその指定の目的を良く理解し,その機能を保持できる開設法を検討する必要があるとし,土砂の流出や崩落等を防止し,地表水を安全に林地へ還元するなど適切な工法を選定して保安林機能の低下を防ぐことが必要であるなどとしている。砂防指定地については,これら地域を通過することは避けるべきとして本調査地内の砂防指定地は,土工量も少なく,土石類は区域外の安全な箇所に処理することとし,その機能を妨げないよう配慮するとしている。崩壊地についてはやむを得ず通過する場合は,その規模に対応した工作物を設置して路線の開設が崩壊地の拡大を招く誘因とならないよう配慮する必要があるとしている。渓流地については,土砂及び汚濁水の流入を防止し,常時水質の保全に努める必要があるとしている。
   (カ) また,路線の選定にあたっては,環境アセスメントの総合評価と環境調査図を勘案し,また森林施業上の必要な支線,分線,作業道との連絡線形を十分検討しながら経済性,施工性,維持管理面等を考慮して,森林施業上効率的な利用が図れる路線を選定することにするとした上で,規格及び構造,森林施業上の検討,特別重要水源山地整備事業との関連,路線の選定,選定路線の留意事項について調査している。
     路線の選定については,森林基本図をもとに環境アセスメントの結果を考慮し,空中写真を参考にしながら計画路線の主要通過地点を設定した。また区間ごとに構造諸元との適用を判断するとともに,地形構造,崩壊地,渓流の渡河位置,補完路線の計画等を検討しながら,もっとも有利となる線形を求めこれを連絡することで全路線位置を決め,これを現地に測設するとしている。
     現地測設にあたっては,森林基本図上で選定された路線の位置を確認するとともに,基本図及び空中写真等で判定不可能であった地形細部を把握して,補正の要する区間は現地補正を行うとしている。
     上記要領に基づき路線の選定を行ったが,図上選定に際して留意した事項は以下のとおりである。
     計画路線は奥地林(特にブナ林)の整備,活用を主に人工林(60ha)の保育,間伐等の事業を促進するための基幹林道であることから,今後の森林施業においてより効果的な利用のできる路線位置となるよう配慮する。
     広大な広葉樹林の活用,林種転換等森林施業上必要な補完路線の配置が容易となるような路線位置を選定する。
     利用区域の地形的な関係から,計画路線の起点は市場に近い大滝側とし,終点は博士峠とする。調査路線の起点は会津高田町大字松坂地内の既設林道大滝線の終点とし,終点は同地内県道会津若松〜伊南線の博士峠付近とする。
     起点から岩重沢の区間(約1500m)については,地形が急峻であり,急崖地を呈しているので経済性及び林地保全上から既設作業道を極力利用することにする。
     区間によっては,縦断勾配の緩和を図るためにヘアーピン線形を設定することや,地形が急峻なこと及び天沼沢上流部には地すべり性崩壊跡地が見られることから,林地保全を考慮して国有林内を通過する線形とするとしている。
   (キ) その他,概略設計として土工定規,構造物,排水施設,残土処理計画,主要事業量などについて調査している。

  ウ その後,平成9年11月,福島県会津若松林業事業所は,会津高田町南西部の森林地域における「森林施業と鳥獣保護及び路網整備」に関する基本計画(乙64)を作成し,この中で森林整備基本計画として森林施業や鳥獣保護について計画を立て,森林施業については,伐採方法,人工造林,広葉樹施業等について触れ,鳥獣保護についてはイヌワシ等の保護対策等について触れている。
    特に,伐採方法については,大面積の皆伐は極力避け,回帰年による群状択伐や小面積モザイク状皆伐等の天然更新を原則とし,伐期100年以上を目指した長伐期優良天然材生産を目指す。短伐期施業としてパルプやきのこ原木の生産を実施するとともに,猛禽類のための餌場確保ため小面積モザイク状皆伐を実施するとしている。
    人工造林については,収穫目標はスギ60から80年高齢級優良材生産を目標とし,多間伐を重視した非皆伐施業を原則とするとしている。
    広葉樹施業については,育成天然林施業を実施するにあたり森林所有者と協議を進め,長伐期,短伐期を複合した総合的な広葉樹利活用計画を早急に作成するとしている。
    イヌワシ等の保護対策としては,営巣地から約1.2㎞以内の区域においては営巣期間中の伐採,林内立入の自粛,工事車両走行速度の減速,重機等の騒音対策を図るとしている。営巣地の周辺約90haについては,年間を通じて伐採を行わないように努めるとしている。

  エ その一方で,ブナ林,イヌワシ・クマタカ等の個別の専門的調査も行われている。
   (ア) すなわち,植生図・主要動植物地図(甲39)には,学術上価値の高い生物群集及び生物所在地として博士山のブナ林があげられており,「博士山は大沼郡会津高田町,昭和村,及び河沼郡柳津町の3町村の境界にそびえる標高1482mの山である。この西斜面一帯にブナを主とし,ミズナラ,イタヤカエデ,サワグルミ,チシマザサ,ヒメモチ等を含む自然林が広がっている。これより西方の只見渓谷一帯にみられるブナ林はユキツバキを主な下生とするもので,チシマザサを主とする博士山のブナ林とは異なる。このようにユキツバキ型のブナ林に隣接するチシマザサ型のブナ林として博士山に残るブナの自然林の意義は大きい。」と説明されており,博士山のブナ林の自然林の生物学上の重要性が認められる。
     これに対して,福島県では,本件ブナ林調査(乙16)を実施している。
     本件事業の実施にあたり,利用区域西端に位置する国有林内のブナ林について路線開設に伴う伐採等による周辺環境に及ぼす影響をブナ林を主体とした植生の面から予測し評価を行い,ブナ林を主体とした植生と調和のとれた線形あるいは工法等についての基礎資料を得ることを目的として平成3年9月18日から同4年2月29日にかけて福島県の委託を受けて日本林業協会により調査された。
     調査地の現況としては,気象,地況,植生について調査され,影響の予測・評価と対策として,気象については林木の風害につきまとまった林孔をつくることを避けるとか,雪崩及び雪の移動につき伐開により雪庇や吹きだまりができその崩落による受蝕地の拡大につながらないよう配慮すべきであるといった注意点を指摘し,水象については,水流出量の変化は極めて小さいと評価しており,土砂流出量の変化については土地の形質変化を伴う開発行為については土砂の流出防止対策が重要である旨指摘しており,水質の変化については影響は少ないと評価しており,地象については地形・地質,土壌について概ね問題がない旨評価しており,植生について道路沿いのブナ林における林木の被害状況として林縁に近い調査区の枯損木が若干高い数値になっているものの,林内の奥へ波及するおそれはないと調査しており,総合所見としても,上記注意点に留意するなどすれば本件林道事業によるブナ林への影響を回避・軽減できるとまとめている。
   (イ)a 証拠(甲1,3,26,28,乙57,60)によれば,イヌワシが古くから博士山周辺に生息しており,少なくとも昭和59年ころからは実際に生息を確認されているところであるが,平成4年5月8日,9日のイヌワシ生息確認調査の結果,営巣地の場所,本年営巣の証拠物の発見,雌成鳥とみられる1個体の飛翔が目撃されており,博士山東山麓にイヌワシ1つがいが新宮川ダムから直線距離にして約5㎞の地点に営巣地をもって生息していることが間違いないと判断され,会津高田町では,営巣地が確認された後,周辺への入山自粛の協力,周辺森林等の伐採の自粛を森林所有者に要請し,さらには渓流釣りの人などにも極力入山を自粛するようにと立て看板を立てるなどしたことが認められる。
    b その上で,平成4年度からイヌワシ生息調査(甲43)が行われることとなった。
      すなわち,福島県大沼郡会津高田町松坂周辺に生息する天然記念物イヌワシの行動範囲をはじめ,採餌物,繁殖行動等の実態,及び本地域の自然的・社会的条件を調査し,イヌワシの生態及び生息環境を明らかにするとともに,保護の方途について総合的に検討することを目的としている。
      調査検討委員会のメンバーとしては,財団法人自然環境研究センターや森林総合研究所等の専門的知見を有する研究員も含まれている。
      調査にあたっては,財団法人日本野鳥の会福島県支部会津若松方部会も協力に応じている(甲11)。
      調査は平成4年度から同6年度まで3年間にかけて実施され,周辺環境調査,イヌワシ生息調査,食餌動物調査,イヌワシに関する既存調査結果について評価,分析を行い,提言をすることとしている。
      具体的には,平成4年度はイヌワシの生態調査,食餌動物調査,自然・社会環境調査を実施し,同5年度は上記調査の他,食餌動物の過不足の現況推定,食餌動物賦存量の将来予測について調査を実施し,同6年度はイヌワシの生態調査,食餌動物調査,食餌動物の過不足の現況推定,食餌動物賦存量の将来予測,食餌動物の過不足の将来予測,開発等によるイヌワシ生息への影響検討を行うこととしている。
      平成4年度は飛翔等の行動状況と餌の賦存状況について調査方法の検討も含めて実施したものである。
      なお,イヌワシ生息が確認された平成4年度からは繁殖期(11月から6月)の工事は見合わせることとしている。
      平成4年度の観測は1月から3月の冬季のみであり,積雪や天候の関係から観測ステーション数も十分でなく,行動圏や採餌行動を十分把握しきれなかったものの,イヌワシを観測できた日は16日,観察中にクマタカが3日間目撃された。観測ステーション数の増加とともに確認回数が多くなっている。飛翔範囲については飛翔ルートを確認できたものを地図中に書き込んでおり,全体的にみると営巣地を中心に外側にいくほど飛翔密度が薄くなる傾向がある。
      そして,その他,イヌワシの飛翔時刻や全行動記録などの調査結果を記載している。
      調査結果に対しては,調査期間が短くデータの蓄積も少ないこともあって評価を差し控えているが,観察ステーションを広域にセットする必要性やノウサギの生息数の調査方法等につき検討を要する旨あとがきで記載している。
    c そして,平成6年度イヌワシ生息調査報告書(乙18)では以下のとおり調査,分析されている。
      イヌワシの生態調査については,調査体制としては,イヌワシの行動圏と繁殖状況について,固定的な観察ステーションを設けて途中行動圏域が広範囲であることが判明してからは観察ステーションを増やして調査を行った。
      イヌワシが大滝川上流,松倉川上流,滝谷川上流,東川上流などを飛行するときには必ずしも十分に観察できないものの,それ以外については観察ステーションにより調査範囲はほぼカバーできる。
      観察は原則として月2回行われ,冬期には観察ステーションを限定し,繁殖期には高頻度で観察を行った。
      平成5年10月,11月及び平成6年7月以降はイヌワシを確認することはできなかった。
      本件林道の工事現場から2㎞以上離れた営巣地付近では,調査期間中に平均して1時間に0.23回イヌワシが出現していたことになり,調査範囲内で最も高い密度となっている。出現密度は営巣地を中心に会津高田町が高い数値を示しており,営巣地を含む2200haが主要行動域となりこの圏域についてはイヌワシを取り巻く森林環境などの保全を図っていく必要があるとしている。
      調査期間中のイヌワシの繁殖などの行動パターン,飛翔地域の植生等の環境,採餌・給餌行動等についても調査,分析を行っている。
      その他,他地域におけるイヌワシの生態と周辺環境についても分析しており,その中では,人為的な開発との関係や保護対策の方法などについては,イヌワシに与える影響などの因果関係を実証しにくいことから議論になっていることにも言及している。
      その上で,自然環境の特徴,人為環境の特徴,行動圏の面積的特徴,採餌行動・採餌物,繁殖行動,他の鳥類との競合,各種開発等のイヌワシへの影響等について考察を加えている。
      自然環境としては,他地域と比較すると,博士山周辺の地形は急峻地が多く,一部拡大造林により人工林へと転換されてきたスギ林が林冠が閉鎖される程度まで成長しておりイヌワシの重要な食餌動物であるノウサギなどの野生動物の生息環境としてものぞましい状態にないことなどの点において異なった自然環境を呈しているとしている。
      人為環境としては,他地域と比較するとこれまで人工構造物などが少ない地域であったと評価されるが,今後は既存の人工構造物にさらに,現在工事が進められている各種施設が完成しても田沢湖や長門町のような人為環境にまではならないものと考えられるとしている。
      行動圏の面積としては,外接して別のイヌワシが生息しているという報告がないこと,ノウサギなどの餌の賦存量も豊富といえないこと,林相の閉鎖性なども行動圏を広げている要因と考えられるとしている。
      他の鳥類との競合としては,イヌワシと食餌動物を競合するクマタカ,オオタカ,ハイタカ,ハチクマ,サシバ,ノスリ,トビ,ツミ,カラスなど多くの鳥類が存在し,調査期間中に多くの競合する鳥類が観察されたことから,餌をめぐる激しい生存競争が展開されているものと推察されるとしている。
      各種開発等のイヌワシへの影響としては,イヌワシの繁殖成功率が年々減少し,生息数が減少傾向にあるとした上で,その理由として広義には生態系,生物群集,個体群,種,遺伝子などさまざまなレベルでの多様性の欠如にあるとし,個別的には人間活動による生息地の攪乱やこれに起因する餌不足であると考えられるとして,これら数多くの要因の複合的な作用の結果,イヌワシの繁殖成功率が減少しているとする。
      その上で,食餌動物や採餌機会の減少と各種開発の影響について考察を加えている。
      特に各種開発の影響についてはイヌワシの行動圏面積に対し,開発面積は1.2%であり,既設のものを加えても4.1%程度であり,他地域と比較してもそれほど大きいものではないとしている。開発種別については博士山周辺の既設林道をみてもさほど周辺森林に影響を与えたような事例もなく開設自体の影響はほとんどないものと考えられるとしている。
      ただし,林道開設に伴う伐採などの施業は適切な方法で行うことや維持管理方法についての検討の必要性,土砂流出,水質保全,騒音等に関しての配慮の必要性を指摘している。
      なお,証拠(甲3,21)によれば,餌取り行動や飛行行動について一部転記ミスがあるものの,イヌワシの生息エリアの特定には影響を及ぼすものではなく,これら転記ミスについてはイヌワシ生息調査検討委員会に示しており,同報告書に影響を及ぼすものではないことが認められる。
    d 一方,博士山ブナ林を守る会と博士山の生息系を守る市民会議は,平成3年11月から3年間の計画で調査を実施し,同年6月から10月までの5か月間の予備調査と同年11月から同4年12月までの14か月間の調査結果を平成5年1月13日付け福島県会津・博士山イヌワシ調査第一回中間報告書(甲16)にまとめている。
      調査結果は,本件林道工事がイヌワシの行動に影響を与えているとしており,具体的には本件林道工事が始まるまでは大滝川流域を採餌場所として利用したが,本件林道工事中は使用せず,工事区間への飛来も観察できなかったとしている。しかしながら,これまでの調査結果だけでは不明として明確な結論を導いていない。その上でイヌワシの生息地の将来に直接関係してくることが考えられるとしている。
    e その後,林野庁は,平成6年12月9日付け「民有林林道事業における希少な鳥類への対応マニュアルについて」と題するマニュアル(乙26,以下「マニュアル」という。)を作成し,これに基づき,以後,調査が行われるようになった。
      同マニュアルには,「営巣地等の確認調査の実施に当たっては,調査対象とした鳥類の(1)主な営巣場所,(2)ライフサイクル等の生態的特性を十分念頭に置き,営巣場所等の確認,生息環境の保全等に努め」るよう記載してある。そして距離区分として希少な鳥類が工事箇所周辺の上空を比較的頻繁に旋回飛行しており,施設の設置及び工事の実施が当該鳥類の生息に極めて悪影響を及ぼすおそれがある場合(距離区分A),希少な鳥類の営巣期間中の工事の実施は,当該鳥類の生息に悪影響を及ぼすおそれがある場合(距離区分B),希少な鳥類が工事箇所周辺の上空を旋回飛行することが極めてまれであり,工事の実施が当該鳥類の生息にほとんど影響を及ぼさないと判断される場合(距離区分C)に分類し,この距離区分をひとつの目安として営巣地周辺の生息環境,地形等の要因を加味し,現地における総合的な判断により弾力的かつ適切に対処するよう記載してある。
      距離区分の鳥類の種類と営巣地から工事箇所までの距離区分の目安としては,イヌワシ・クマタカ・オオタカの順で距離区分Aは1.2㎞未満・300m未満・200m未満,距離区分Bは1.2㎞から2㎞未満・300mから1.2㎞未満・200mから300m未満,距離区分Cは2㎞以上・1.2㎞以上・300m以上となっている。
      モニタリング調査は,林道工事の実施が希少な鳥類に及ぼす影響とその適切な保護の方法を調査するとともに,上記距離区分等について現地でさらに検証することを目的として実施するものであり,距離区分ごとに記載されている。距離区分Aは,営巣年に工事を再開する場合には,専門家の指導を受けて実施すること,距離区分Bは,営巣活動を開始する初冬(11月下旬から12月上旬ころ)に鳥類が巣に近づくか観察(騒音時に工事箇所周辺の上空を旋回飛行する場合には,工事を一時停止し,騒音対策を講じつつ,再度モニタリング調査を実施)すること,距離区分Cは,ダイナマイト等の使用時に鳥類の反応を観察(騒音時に離巣又は工事箇所周辺の上空を旋回飛行する場合には,工事を一時停止し,騒音対策を講じつつ,再度モニタリング調査を実施)することとしている。
    f さらに,平成4年5月に林道の利用区域内でイヌワシの生息が確認されてから3年にわたり生息調査を行った結果,その中でクマタカ・オオタカの飛翔も確認されたため,営巣地を現地調査によって確認し,これらの鳥類に配慮した林道建設のあり方の検討に資することを目的として本件クマタカ調査(乙17)が平成7年5月福島県が日本林業協会に調査を委託して行われた。
      調査は,「広域基幹林道大滝線クマタカ・オオタカ営巣地調査委託事業仕様書」(マニュアル(乙26)と同じものと思われる。)に基づき,本件林道の内平成7年度の工事予定工区を含む3800mの林道中心線より片側1200mずつの範囲内で距離区分ごとに定められた調査方法に従い行った。
      調査期間中に確認できた営巣地については1箇所を除きクマタカ・オオタカの巣ではなく,その1箇所も巣が崩れ落ちているなど相当古く現在は使用されていない状態であった。
      調査対象区域内ではノスリを2回確認している。
    g そして,平成4年度から実施してきた博士山イヌワシ生息調査結果等に基づいて,博士山イヌワシ生息調査検討委員会が作成した博士山イヌワシの保護対策ー提言ー(平成7年8月)(乙27)は以下のとおり提言している。
     (a) 環境整備を必要とする区域と区域毎の対応
      ① 立入規制区域
        博士山イヌワシの営巣地は,現在(平成7年)のところ宮川本流に流入するI沢とY沢の下流部に存在が確認されている。I沢の渓流長は約3㎞の延長があるが,営巣地の存在する下部約1㎞の流域は広葉樹の天然生林に被覆されている。Y沢の渓流延長は約1㎞と短く流域のほとんどが広葉樹の天然生林で被覆されている。今年(平成7年)は営巣が確認されていないが,再び利用することが十分考えられることから繁殖地としての重要性にかんがみ,営巣地周辺のこの天然生林約90haは将来にわたり伐採を規制するとともに,巣から半径1.2㎞内は国道401号を除き地勢線等を考慮しながら営巣期(11から6月)に伐採や立入等を規制する立入規制区域とすることが望ましい。
      ② 環境保護区域
        イヌワシの行動圏全体に対し出現密度が高いいわゆる主要行動域は,調査の結果から約2200ha強となっている。この主要行動域は,頻繁に採餌行動が見られた区域でもありイヌワシを保護するために積極的に環境を保全していく必要のある区域であることから,環境保護区域として次のような取扱いをすることが望ましい。
       ⅰ 保護区の設定
         イヌワシの主要な食餌動物であるノウサギやヤマドリをはじめ多種多様な野生動物の旺盛な繁殖を可能とするよう「鳥獣保護区」あるいは「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(以下「種の保存法」という)の生息地等保護区等に指定することが望まれる。この際,環境保護区域内に含まれる前記の立入規制区域は,鳥獣保護区内であれば「特別保護区」に,種の保存法における生息地等保護区域内であれば「立入制限地区」に指定することも考えられる。なお,主要行動域はメッシュ単位に示されているが,保護区の指定にあたっては平成4年11月1日に設定された休猟区(面積2166ha)に左敷川原上流域を加え地勢線などを考慮して設定することが妥当と考えられる。
       ⅱ 森林の取扱いについて
         この区域の林相は,博士峠周辺に広く分布する樹高5m前後のスギ人工林と,かつて薪炭林施業が行われた樹高10〜15mの広葉樹二次林を主体としている。
         標高が900m以上に生立しているスギ人工林は,積雪も多いことから今まで本数密度が低く下層植生が豊富であり,イヌワシの餌であるノウサギの格好の生息地であった。しかし今後は成長に伴って徐々に樹冠が閉鎖し,下層植生が貧弱となりノウサギの生息地として適さなくなることや,イヌワシの採餌場所としても適さなくなることが予想される。造林地内に生立している有用広葉樹の積極的保残や間伐の適切な実施など森林の施業を通じて豊かな植生相を確保していく必要があろう。
         かつて薪炭林施業が行われていた広葉樹二次林は,適度の伐採が繰り返されてきたことから林齢配置が変化に富み林分全体として多種多様の植物が生育していた。このため林内に生息する野生動物も豊富であり,イヌワシを含めた豊かな動物生態系が保たれてきたものと考えられる。しかし,施業が行われなくなってきた現在は,林分全体が高密度一斉林化しその多様性が失われつつある傾向が見受けられる。このため有用広葉樹の多い林分では積極的に高齢級林への誘導を行うとともに,林分の一部については餌場供与の面から伐採跡地が小面積に適度に供給されるよう施業を計画し,萌芽による更新を図るなど高齢級林から幼齢林まで適度に配置されるような計画的な森林施業をすすめ多様な動植物相の存在を確保していく必要があると考えられる。
         標高の高い奥地に部分的に残存するブナなどの大径林は,立木密度がそれほど高くなく植生も豊富であることから当分は人手を加えず野生鳥獣の生息拠点として存置していくことが妥当と考えられる。
      ③ 環境保護区域の外側の行動圏域
        イヌワシの飛翔が確認されている行動圏域には,主要な人工構造物として国道401号や点在する集落・農用地,及び現在建設が進められている新宮川ダム,本件林道,大規模林道飯豊檜枝岐線などがある。林相は,会津高田町においては大滝川の上流域に広葉樹林が広く分布し,柳津町ではスギ林と広葉樹林がモザイク状に分布している。また,昭和村では国有林を中心にブナを主とする広葉樹天然生林やカラマツ造林地が分布している。
        環境保護区域も含めこれらの人工構造物や農耕地,水面,うっ閉人工林などの生息不適地の面積率は,他の地域におけるイヌワシの生息環境の例等を参考として総量規制する必要があろう。
        森林については次のように取扱うことがのぞまれる。
       ⅰ 会津高田町の広葉樹林
         比較的標高の低い地域に分布する二次林は,現在ほとんどが閉鎖林分になっていることから部分的に小面積の伐採を計画し,萌芽による広葉樹の更新を行うなどにより多様な動植物相の存在を確保する。
         標高の高い奥地に部分的に残存するブナなどの大径林は,水土保全などの公益的構能の高度発揮のためにもできるだけ人手を加えず野生鳥獣の生息拠点として位置づける。
       ⅱ 柳津町のモザイク状のスギ林と広葉樹林
         スギ林については間伐などを積極的に行い下層植生の繁茂をうながし,また有用広葉樹を残すなど豊かな生態系を形成する。長伐期及び齢級構成の平準化を指向し,伐採跡地には適地を選定しスギなどを再造林したり広葉樹林への一部移行を図る。
         広葉樹林については伐採を行う場合には分散的に小面積に行い,萌芽などによる広葉樹の更新を期する。
         博士山北西部のブナ大径林は,その一部が特に地元の要請に応え国有林保護林(郷土の森)にも指定されており,野生鳥獣の生息拠点としても重要で,また多くの公益的機能を有することから将来にわたって存置していく。
       ⅲ 昭和村のブナ天然生林など
         奥地に広く分布するブナなどの大径林のうち,高標高地に生立する林分は,林相的にも優れており,水土保全などの公益的機能の高度発揮のためにもできるだけ人手を加えず,良好な自然環境を保持し多種多様な野生生物の生息拠点として位置づける。
         カラマツの人工林については必要に応じて除間伐を行う。
       ⅳ その他
         森林の面積に対するうっ閉人工林の面積比は他の地域の例などを参考にし一定以上にならないよう規制する。さらに生息環境の整備・餌場供与の面からも適度な空間地が逐次供給されるよう施業を行い,林相の適性化や齢級構成の平準化を図る必要がある。
     (b) 各種開発について
       本件林道建設における留意事項
       イヌワシの営巣地から最短南約2.5㎞に建設が進められているこの林道は,巣から距離があり,また年々の工事規模もそれほど大きくないことから直接的な影響は少ないと考えられる。しかし環境保全のため,土砂流出・水質・騒音等については慎重に配慮し対策を講じる必要がある。また,今後開設が予定され延長上については,イヌワシ・クマタカ・オオタカの営巣地等の確認作業を行い,営巣地が確認されたならばマニュアル(乙26)に準拠した対応をする必要がある。
       林道開設後の対応については,前記のような施業を行い森林を活性化させ多様な動植物の生息を可能とするような環境を創造していく必要がある。また,環境保護区域にかかる区間は路面上でのヘビ類捕獲などイヌワシが狩り場としても利用するので極力林業者以外には利用させないよう配慮する必要がある。
     (c) 食餌動物の確保について
       ノウサギについては調査の結果,平成5年度にはhaあたり0.086〜0.107羽,6年度には0.103〜0.124羽と推定され,この2年間に変化はなかった(統計的にみて有意差はない)。推定された頭数は決して少ないものではないが,近年全国的に減少傾向にあるものといわれていることから,森林の施業を通じて林床にノウサギの餌となる下層植生の繁茂を促し,小面積の伐採による一時的な草地の出現を促すなどの対策も必要であろう。また狩猟者の協力を得て前記のような保護区の設定や休猟区の設定などを行い,ある程度狩猟の増加を抑制する必要もある。
       ヤマドリについては広葉樹林の堅果に依存するので,前述のとおり環境保護区の内外を通じて高齢広葉樹を適切に配置するような森林施業を行う必要がある。
       いずれにせよ森林施業を通じて多種多様な野生動物の生息を可能とするような豊かな森林に導くことが期待される。
     (d) その他
       イヌワシを巡る本地域の環境は,我が国の他のイヌワシ生息地の環境と比較して地形が急峻であり,またうっ閉した森林の比率が高いなど特異な環境にあるといえる。このことが原因しているかどうか断定はできないが,本地区のイヌワシは繁殖の成功率が全国平均に比較して低い。今後とも引き続きイヌワシの行動を追跡し,たとえ未確認の期間が長期にわたるような事態になったとしても今まで述べてきた保護対策を着実に実行していくことが肝要と考えられる。我が国のイヌワシの生息域は年々狭められてきているが,種の保存の観点からすれば連続した地域内にある程度の個体群がいなければ種の維持は困難である。たとえ現在ここに生息しているイヌワシが何らかの事故に遭遇したとしても,他の地域で生まれ育った幼鳥が新たなテリトリーを求めて飛来してくる可能性も十分にあることを付け加えておく。
    h また,環境庁自然保護局野生生物課が編集した「猛禽類保護の進め方(特にイヌワシ,クマタカ,オオタカについて)」(甲25)が平成8年8月刊行された。
      これには,猛禽類の保護の現状と保護対策の基本方向を示すとともに,特にイヌワシ,クマタカ,オオタカについてはその生息地周辺に各種開発行為等が及ぶおそれがある場合にこれら3種を保護するうえでの必要な事項を示している。
      保護対策の基本方向として生存を圧迫している要因の除去・軽減に加え,個体の生息に適した条件を積極的に整備し,個体数の維持・回復を図ることとしており,その前提として全国的なレベルでの分布,生息動向,生態,繁殖状況,生息環境といったそれぞれの種の生息状況を把握する必要があり,それを踏まえて種の特性及び現状に応じた保護の手段を検討するとしている。
      そして,個体レベルの保護としては国内希少野生動植物種の指定等,生息環境の保全としては鳥獣保護区,生息地等保護区,自然環境保全地域,土地利用及び各種開発行為との調整等,保護繁殖の実施としては生息環境の維持改善,人工増殖,雛の活用等があげられている。
      このうち,イヌワシ,クマタカ,オオタカは,国内希少野生動植物種の指定されており,博士山周辺は鳥獣保護区に指定されている。保護繁殖事業としては生息・繁殖状況等の把握・モニタリング,繁殖地における環境の把握と維持・改善,卵及び雛の移入等を内容とする保護繁殖事業計画を環境庁及び農林水産省が平成8年6月に策定しており,現に本件林道事業を行うにあたっても,モニタリングは必要に応じて行われることとしている。
      また,調査結果を解析した上で事業計画上の配慮,事業実行上の配慮,事業完了後の配慮,保全区域設定の必要性等の保護方策の検討を行うこととしている。
      本件林道事業に際しても,工期,工法の調整による騒音等の対策,中断等を実施している。
      その上で,猛禽類3種の生息状況,保護のための調査と保護方策,この後の課題等について触れているが,平成6年度イヌワシ生息調査報告書(乙18)の調査に際しては,この保護のための調査方法の記載にしたがった調査が概ね行われている。
    i 上記マニュアル(乙26)や「猛禽類保護の進め方(特にイヌワシ,クマタカ,オオタカについて)」(甲25)が作成された後に,これらに従って,平成12年2月,平成11年度林道関係調査委託事業大滝線調査報告書(甲45)が作成された。
      これは,本件林道の開設にあたり,平成10年度に実施した自然環境配慮工法適用調査を踏まえ,希少猛禽類の生息状況詳細調査と文献調査の結果から生息の可能性があるとされた一般動植物の生息・生育について現地調査を行い,平成10年度作成の自然配慮工法適用フローチャート等指針に従い,具体的な工法・措置を検討することを目的として実施された。
      調査は平成11年5月から同12年2月にかけて行われた。
      現況調査としては,希少猛禽類モニタリング調査,希少猛禽類営巣状況調査,植物調査,一般動物調査が行われている。
      特に,希少猛禽類についての調査結果としては,イヌワシは本件林道利用区域の南東上空を飛翔する個体を1回観察したが,その後は全く観察していない。クマタカは平成11年5月から12月の間に合計98回の観察があり,正確な場所は黒塗りされていることから明らかでないが,本件林道の利用区域おいても行動している。平成11年に巣立ったと思われる幼鳥も観察された。その他,オオタカも1回観察されている。
      希少猛禽類営巣状況調査結果としては,本件林道の計画路線及びその周辺で営巣木は確認しなかったこと,計画路線上には,クマタカやオオタカの営巣に適するような大径木がなく,地形的条件からも営巣の可能性は小さいものと考えられたこと,平成7年の調査により確認された猛禽類のものと思われる古巣を再確認することはできなかったことが記載されている。
      植物調査による植生概要としては,博士工区側始点からしばらくは,カラマツの植林地が続き,造林地に入る。その先にはブナ林がある。一方,谷ヶ地工区側ではケヤキの高木が多く,その他範囲全域でリョウブ,ヤグルマソウ,ネジキ等が多くみられた。
      その上で,環境配慮事項の検討として希少猛禽類に対する配慮事項,植物に対する配慮事項,一般動物に対する配慮事項,景観に対する配慮事項について検討し,環境配慮事項の総括,環境配慮事項に対する措置の検討が行われている。
      希少猛禽類に対する配慮事項のうち,特にクマタカの行動圏の解析としてはマニュアル(乙26)や「猛禽類保護の進め方(特にイヌワシ,クマタカ,オオタカについて)」(甲25)に基づき利用域の分析を行っている。
      その結果,黒塗りされていることもあって正確には定かでないものの,本件林道の計画路線の一部は営巣中心域や高度利用域に含まれているが,林道の存在自体は特に脅威を与えていない様子が窺えるとしている。また,営巣地から2㎞以上離れており,大部分の区間は最大行動圏からも外れていることから,未施工区間についても,施工済区間と同様の改変程度であれば特に問題はないと判断されるとしている。
      環境配慮事項の総括として,希少猛禽類については,モニタリングの継続実施をすること,谷ヶ地工区の施工時期に関しては当面現行どおりとし,今後のモニタリング結果を勘案しながら検討すること,ノウサギの生息環境を復元・保全すること,林齢の高い林分や草地等がパッチ状になった環境を復元・保全することを掲げている。
      また工種ごとの対応措置として,路側施設,移植工,法面保護工,排水施設について検討しており,その他,谷ヶ地工区の施工時期は,12月上旬にクマタカが狩りをしている状況を観察していることから7月から11月とし,モニタリングについては今後とも継続して行っていく必要があるとしている。
      この調査報告書(甲45)には,クマタカの調査について黒塗りにされていることもあって,本件林道との関連性についての分析が合理的なものであるか否か判断することはできないが,黒塗りにしている理由は,イヌワシやクマタカ等の希少猛禽類の保護の原則から営巣地が特定されるような表現箇所は公表しないことを原則としているからであって,調査自体を意図的に行っていないとか事実を改ざんするなどといった事情は窺えない。
    j そして最終的には,証拠(乙60,65)によれば,イヌワシ保護の観点から,工事期間の制約ということで12月から6月までは工事を実施していないこと,ダイナマイト等で大きな音を出すものについても実施していないこと,車などの制限速度を20㎞/hと定めて騒音等に気をつけて実施していること,森林所有者に対し営巣地周辺の伐採を自粛するよう指導していること,イヌワシの営巣地を中心に博士山周辺の2618haを平成8年11月1日から同18年10月30日までの間鳥獣保護区(指定区域内での銃,ワナ等による鳥獣の捕獲を禁止するもの。森林の伐採,工事等について規制するものではない。)に指定したこと,動植物の生息・生育環境を維持するため,平成10年度に自然環境配慮工法適用調査を行い,自然環境に配慮した工法等の選定指針の検討を行ったこと,同調査に基づき,小動物に配慮した側溝や近自然工法を用いた林道開設の実施をしていることが認められる。

  エ 以上のとおり,福島県及び会津高田町は,数年間に渡って詳細なブナ林等の植物やイヌワシ等猛禽類の調査を行い,これら調査結果に基づいて保護措置を検討した上で本件事業を進めているのであり,これら調査の実施から相当程度自然環境に配慮していることは窺えるのであって,本件事業にあたっての環境調査が不十分であるとする原告らの主張はあたらず,本件事業を環境アセスメント義務違反として違法であるということはできない。

 (2) 「公の施設」である本件林道についての条例制定義務違反
  ア 証拠(甲34の1,2,35の1ないし3,40,44,50,51,59,60,66,71ないし73,74の1,2,75の1ないし3,87ないし89,乙1ないし3,5,6,12,13,53ないし55,57,60,62ないし65,70,76,88,89の1,2,91,92の1,2,証人Hの証言)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
    本件林道は,森林の持つ水資源のかん養等の公益的機能の高度発揮を図るための森林管理に必要不可欠な施設であり,国道401号線及び同線から分かれる町道2031号線等の公道と接続される等地域の道路網を構成し,道路としての一貫性を有しており,農山村の生活路や一般住民の森林レクリェーションのためのアクセス道路,さらには災害時のう回路としての利用等林業関係者以外の公共的利用に供されることを予定している。
    その一方で,林道は,道路としての公共性により一般人の通行を禁止することは好ましくないとされているものの,本件林道は林道本来の機能を害する場合及び森林所有者の共同使用を妨げるなどの目的外使用等については通行制限ができるとされており(会津高田町林道管理規程12条ないし15条),林道の管理者は会津高田町長とすることとされており(同規程2条),現在,本件林道工事中の危険防止等を図るため本件林道入口にはゲートが設置されており,特に通行する必要が生じたときには会津高田町に利用申請を提出した上で許可を得て通行しており,一般人の通行を制限している。しかも,本件林道はいまだ全面開通しておらず,広く一般住民に生活道路として開放されているものではない。
  イ 以上の事実によれば,本件林道は地方自治法244条の2第1項にいう「公の施設」に該当し,本件林道の設置及びその管理に関する事項は設置する福島県ないし管理する会津高田町はそれぞれ条例で定めなければならないことになる。
    しかし,公の施設の「設置」とは公の施設を住民の利用に供して使用を開始することをいうのであって,使用開始以前の事項についてまで条例による定めをしなければならないものではない。
また本件林道の管理に関しては,条例ではないものの会津高田町林道管理規程があることは前述のとおりである。
    本件林道はいまだ全面開通しておらず,一般人の通行を制限している状態にあるから,本件林道の設置及びその管理に関する事項を条例で定めていないことをもって違法とすることはできない。また,本件林道事業の目的もこれまで認定してきたとおり,①木材生産機能,②水資源の確保,流域の保全機能,③特用林産物の生産機能の発揮,④県民のレクリェーションの場としての活用,⑤山村の生活環境の整備,⑥輸送力向上,通行の安全,⑦広域的道路網の整備等を図ることにあるのであって本件林道開設は公益性を有しそれ自体何ら違法なものではないことから公金の支出を直ちに違法ということもできない。
    したがって,原告らの主張には理由がない。

4 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項を適用して,主文のとおり判決する。

     福島地方裁判所民事第一部

         裁判長裁判官   吉   田       徹
            裁判官    久   保   孝   二

裁判官高橋光雄は,填補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官   吉   田       徹
     

別紙地図及び別紙「現況森林の林相区分図」 (省略)


           判 決 要 旨

   判決主文  原告らの請求をいずれも棄却する。
         訴訟費用は原告らの負担とする。

1 事案の概要
  本件は,昭和57年度を初年度とする地域森林計画(会津森林計画区)に基づく広域基幹林道大滝線開設事業の内,博士山周辺の林道建設工事に伴う公金支出に関して,被告A個人に対する福島県への損害賠償請求と被告福島県知事Aに対する平成13年度以降の公金支出の差止めを求めている事案である。

2 原告らの請求理由
 (1) 地方財政法4条1項違反
   本件林道の博士工区周辺には,イヌワシ,クマタカ等の希少猛禽類が生息しているほか,ブナ林等が存しているところ,本件林道の建設により貴重な自然環境が破壊されてしまうこととなり,本件事業に伴う自然破壊の程度は甚大であるから,本件林道は開設すべきでないことは明白であり,本件支出は,目的を達成するための必要最小限度を超えており,地方公共団体に対し経費を目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて支出してはならないとする地方財政法4条1項に違反する。
 (2) 環境アセスメント義務違反
   福島県知事である被告Aは,ブナ林やイヌワシ・クマタカ等の各調査を行っているが,いずれの調査も本件事業による生態系全体への影響を総合的に検討しておらず,十分な根拠を示すことなく,断定的な結論を示していたり,ずさんな統計処理を行っている等,内容的に極めて不十分なものであり,環境影響調査を実施したと評価できないものであって,本件事業には,環境アセスメント義務に違反した違法がある。
 (3) 地方自治法244条の2第1項違反
   本件林道は「公の施設」であるから,その設置及び管理について,福島県は,条例を制定する義務があるにもかかわらず,本件林道が広く一般住民のために開設されるものではないとして,本件林道の設置及び管理に関して条例を制定しておらず,同法に違反した違法がある。

3 当裁判所の判断
 (1) 地方財政法4条1項違反について

   本件事業の目的は,①木材生産機能,②水資源の確保,流域の保全機能,③特用林産物の生産機能を発揮し,④県民のレクリェーションの場としての活用,⑤山村の生活環境の整備,⑥輸送力向上,通行の安全,⑦広域的道路網の整備を図ること等にある。

   これに対し,本件林道の必要性については,針葉樹の木材生産機能等を発揮するといった目的と地元住民が必要とする理由とが一致しているとまではいえないが,広葉樹や特用林産物の生産機能を発揮するといった目的は地元住民の要望と一致するものであり,いずれにしても地元住民は本件林道を相当程度必要としていることが認められる。本件林道は地域住民にとって不可欠のものであるとまではいいがたいが,これを開設する合理的な理由及び必要性があることは否定できない。

   以上の本件事業の目的と本件林道を必要とする諸事情を総合勘案すると,本件事業のための支出をもってただちに不合理なものであるということはできない。地方財政法4条1項は,合理的な理由のない経費の支出を違法とすることを定めているというべきであるが,本件各財務会計行為の適否を判断するに際しては,本件事業の目的,本件林道の合理性,必要性を総合的に検討しなければならず,その判断には,被告らに広範な裁量権が認められているというべきである。そして,本件林道については,これを開設する合理的な理由及びその必要性を否定できないのであるから,本件各財務会計行為をもってただちに違法であるとすることはできない。

 (2) 環境アセスメント義務違反について
   福島県及び会津高田町は,数年間に渡って詳細なブナ林等の植物やイヌワシ等猛禽類の調査を行い,これら調査結果に基づいて保護措置を検討した上で本件事業を進めているのであり,これら調査の実施から相当程度自然環境に配慮していることは窺えるのであって,本件事業にあたっての環境調査が不十分であるとする原告らの主張はあたらず,本件事業を環境アセスメント義務違反として違法であるということはできない。

 (3) 地方自治法244条の2第1項違反について
   本件林道は地方自治法244条の2第1項にいう「公の施設」に該当し,本件林道の設置及びその管理に関する事項は設置する福島県ないし管理する会津高田町はそれぞれ条例で定めなければならないが,公の施設の「設置」とは公の施設を住民の利用に供して使用を開始することをいうのであって,使用開始以前の事項についてまで条例による定めをしなければならないものではない。
   本件林道はいまだ全面開通しておらず,一般人の通行を制限している状態にあるから,本件林道の設置及びその管理に関する事項を条例で定めていないことをもって違法とすることはできない。また,本件林道事業の目的からしても,本件林道開設は公益性を有しそれ自体何ら違法なものではないことから公金の支出を直ちに違法ということもできない。

 (4) 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がない。