避妊手術を施した猫が手術の3日後に死亡したことについて、獣医師が避妊手術の際に誤って左右双方の尿管を卵巣動脈とともに結紮した過失によるものと認定して獣医師に求めた損害賠償請求が認容された事例[93万2500円を認容。うち死亡による精神的苦痛についての慰謝料は20万円](平成14・3・28宇都宮地裁)

--------便宜のためのテキスト表示(改行が不正確となっている箇所あり)------

主文
1 被告は,原告に対し,93万2500円及びこれに対する平成8年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,223万5500円及びこれに対する平成8年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,被告が避妊手術を施した猫が手術の3日後に死亡したことから,その飼い主である原告が,被告に対し,猫の死は,被告が避妊手術を行うに際して誤って左右双方の尿管を結紮した過失によるものであると主張して,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

1 争いのない事実
 (1) 原告は,アメリカンショートヘアー種の猫である亡アレキサンドライト・ミューズ・オブ・フエリスカートス(以下「亡ミューズ」という。)の飼い主であった者であり,被告は,住所地においてA動物病院(以下「被告病院」という。)を開設する獣医師である。

 (2) 原告は,平成6年1月から被告病院に亡ミューズを受診させるようになり,平成8年11月21日(以下,月日のみの記載は平成8年を指す。),被告病院に亡ミューズの避妊手術(以下「本件手術」という。)を依頼し,同月22日,亡ミューズを連れて同病院に来院した。
 亡ミューズは,当時5歳の雌猫であり,体重は4.5キログラムであった。
 原告によれば,手術前の亡ミューズに異常は認められず,元気だということであったため,被告は,避妊手術の際に通常行う血液検査等の術前検査を行うことなく,本件手術を開始した。

 (3) 亡ミューズは,同月23日午後7時ころ,点滴用の静脈留置を残し,アニマルネッカーを装着した状態で被告病院を退院した。
 原告は,同月24日午後6時ないし7時ころ,亡ミューズを連れて被告病院を来院した。その際,被告は,亡ミューズに皮下点滴等を施すと共に,アニマルネッカーと静脈留置を取り外し,原告に対しては,避妊手術後2,3日は食べない猫もいるので心配ないこと等を説明し,食欲がなければ明日も来院するように指示した。

 (4) 原告の妻が,同月25日午後3時40分ころ,亡ミューズを宇都宮市a町所在のB犬猫病院に連れていったところ,亡ミューズは既に死亡していた。

 2 争点
  (1) 被告が本件手術において,誤って左右の尿管を結紮したという注意義務違反ないしは過失の有無
  (2) 原告の損害発生の有無と損害の内容

 3 争点に関する原告の主張
  (1) 争点(1)について
   ア被告は,本件手術において,卵巣動脈を結紮するにあたっては,尿管を巻き込まないようにすべき注意義務があるにもかかわらず,尿管と卵巣動脈が交差する部位において,左右いずれも尿管を巻き込み,卵巣動脈と共に結紮した。
  その結果,亡ミューズは,尿路障害を起こし,体外に尿を排泄することができず,尿毒症によって死亡した。

   イ 被告が誤って左右の尿管を結紮した事実は,亡ミューズの死後まもなく,原告の妻からの依頼で亡ミューズを解剖したB獣医師の2度にわたる証言,解剖所見及び同獣医師が解剖時に摘出して保存した結紮部位の組織(検甲1)から明らかである。

  (2) 争点(2)について

   ア 財産的損害 100万円
     亡ミューズは,優秀な血統を持つショーキャットであり,平成4年度の年間総合成績でアメリカンショートヘアー種日本第1位,全種でも第5位に入賞した実績を有し,今後もアルタークラスへの出陳が見込まれていたものであるから,その価格は100万円を下らない。

   イ 慰謝料 100万円
     亡ミューズは,原告が家族の一員として愛情をもって育ててきた伴侶動物であって,亡ミューズの死亡は,原告に,ペットロスといわれる精神的な打撃を与えたのであり,これに対する慰謝料額は100万円を下らない。

   ウ 医療費等 3万2500円
     原告は,被告に対し,本件手術及びその後の治療費として2万5500円を,B犬猫病院に対し,亡ミューズの解剖のための費用として7000円をそれぞれ支払ったが,これらは被告の債務不履行又は不法行為によって支出を余儀なくされたものである。

    エ 弁護士費用 20万3000円
      原告は,本件訴訟追行を代理人弁護士に依頼したため,その弁護士費用として,請求金額の約10パーセントにあたる20万3000円の支払が見込まれる。

    オ 以上によれば,原告が被告の債務不履行又は不法行為によって被った損害額の合計は,223万5500円となる。

 よって,原告は,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,223万5500円及びこれに対する本件医療事故の日である平成8年11月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

 4 争点に関する被告の主張
 (1) 争点(1)について
 ア 被告は,11月22日,本件手術を次の要領で実施した。
 被告は,午後1時ころ,亡ミューズに,麻酔としてケタミンとキシラジンの筋肉注射を行い,次いで,亡ミューズを仰臥位に保定し,剃毛,消毒して尾側正中切開を,通常より大きく行った。

  被告は,切開創から子宮角を引き出してつり上げ,卵巣と子宮との間の靱帯に止血鉗子をかけ,それを助手に持ち上げさせて,卵巣の近位の卵巣靱帯を絹糸で結紮し,結紮の遠位5ミリメートルのところで切断した。亡ミューズは肥満であったため,卵巣を持ち上げるのが困難で,完全には体表外に引き出せなかったが,直視下で確認しながら結紮を行った。

  被告は,左右両側の卵巣を外してから両側の子宮角を引っ張って子宮体部を体表外に引き出し,子宮体と子宮角の分岐部の直ぐ下部付近に止血鉗子をかけ,止血鉗子の上部を結紮し,結紮の遠位5ミリメートルのところで切断した。その後,近位の切断面を単純連続縫合で絹糸を使用して閉じた。子宮体部についても,脂肪組織のために十分体表に出すことができなかったため,子宮体部の子宮角に近い部位,子宮体と子宮角の分岐部の直ぐ下部付近を結紮した。

  被告は,卵巣及び子宮を摘出した後,出血等の異常がないことを確認して閉腹し,午後2時10分ころ,手術を終えた。

  被告は,本件手術後,静脈を確保し,乳酸加リンゲルを点滴で投与し,抗生物質製剤・ステロイド剤・ビタミン剤・強肝剤を皮下注射で投与した。

  亡ミューズは,術後3時間ないし4時間で覚醒し,その後はゲージの中でおとなしくしており,特に異常はなかった。

 イ 本件手術中の出血については,皮膚及び腹壁を通常より大きく切開したため,切開創からのにじみ出るような出血が通常より多かったが,腹腔内の出血はなく,止血のための結紮は行っていない。

 したがって,被告は,本件手術において,左右卵巣部及び子宮体部の三箇所を結紮した以外に結紮糸を用いた結紮操作を行っていない。

 また,臨床獣医療において,卵巣動脈からの出血に備えて予め,左右卵巣部及び子宮体部の3か所以外に,尿管と卵巣動脈が交差する部位で卵巣動脈の結紮を行うなどという手術方法は採られておらず,被告も,本件手術において,上記3か所以外に卵巣動脈を結紮したことはない。

 したがって,本件手術において,原告主張の部位で,卵巣動脈の結紮糸が尿管を巻き込むことはそもそもあり得ない。

  (2) 争点(2)について
 原告主張の各損害の発生及び損害額は,否認ないし不知。  原告は,いわゆるブリーダーとして,繁殖させて経済的利益をあげる目的で亡ミューズを飼育してきたものであり,繁殖を断念して避妊手術を施すこととした亡ミューズに財産的価値はないし,ペットロスとも無縁である。
 また,生後かなりの期間が経過すると新たな飼い主に慣れないという猫の属性から,当時5歳であった亡ミューズに市場での交換価値はない。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
 (1) 証拠(甲3,8,17,乙9,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  亡ミューズは,手術前,特に異常は認められず,元気な状態であった。本件手術では,通常の手技のとおり,片側の子宮角,卵巣を鉤で引き上げた。ところが,左右の卵巣を体外に十分露出させることができなかった。そこで,被告は,亡ミューズの体内で,結紮操作,卵巣切除術を行った。本件手術は,午後1時30分ころ開腹し,午後2時10分ころ終了し,この間,約40ないし50分要しており,通常の所要時間が約20分程度であるのに比して約2倍の時間を要している。
  本件手術後,被告は,原告の妻に対し,「皮下脂肪が多く卵巣を捜すのに手間取り,しかも靱帯が強かったので手術時間が長くなりました。」と説明している。
  亡ミューズの体重は本件手術前,4.5キログラムであったが,死亡直後のB犬猫病院での解剖時は,5.6キログラムと増加していた。この間,体重増加の要因としては,被告が本件手術後退院までに約1リットルを点滴したほか,死亡の前日に,被告が約200ミリリットルの皮下点滴をしている。亡ミューズは,本件手術による退院後,原告方ではほとんど水等を飲むことがなく,食事にも手をつけなかった。排尿行動に出ることはあったが,尿はごく少量しか出なかった。
  以上,本件手術前は特に異常が認められず,元気であった亡ミューズが,本件手術後は,ほとんど体外に尿を排出することなく,被告が点滴等行った水分がほぼそのまま体重の増加となって現れていることからして,本件手術により,腎臓を含めた尿の排出経路に何らかの異常が生じたと解するのが相当である。

  (2) 原告は,排出経路に生じた異常は,被告が左右の卵巣動脈を結紮する際に,いずれも尿管を巻き込み,卵巣動脈とともに結紮したことが原因であると主張する。そこで,次に左右の尿管が卵巣動脈とともに結紮されたかを検討する。
   ア この点に関して,亡ミューズの解剖を担当したB獣医師は,以下のように証言し
ている。
   亡ミューズは,原告の妻が連れてきたが,連れてきたときには既に死亡していた。原告の妻が死亡原因を知りたいということで解剖することにした。亡ミューズの縫合糸を切り取り,開腹をすると,中には多量の腹水があった。腹水は尿臭がしたので,膀胱に異常があるのではないかと疑い,まず,膀胱を確認した。膀胱には異常がなかったので,尿管をたどり腎臓の方へ,その走行を確認していった。腸をよけながらたどっていった。走行が途中で分からなくなったので確認すると,尿管と血管が絹糸で結紮されていた。反対側も確認したところ,同様に尿管が血管と絹糸で結紮されていた。そして,結紮部位については亡ミューズの体の右側にあったものだけを切り取って,ホルマリンにつけ,保管をすることにした。それが検甲第1号証である。検甲第1号証を保管している間は施錠で
きる棚に入れておき,自分以外誰にも触らせていない。

 イ また,解剖助手を務めた訴外Cは,以下のように証言している。
 亡ミューズを解剖するためにB獣医師が腹筋を切ると黄色い液体がこぼれ落ちそうなくらい大量にあった。この液体は尿臭がしていた。B獣医師は膀胱を確認した後,尿管をたどっていった。そして,B獣医師がたどっているので,自分も尿管と分かったが,黒い血管と尿管が縛ってある状態なのは分かった。次にもう片方の尿管についてもB獣医師は確認していたが,これも縛ってある状態であった。その後,自分の側にある結紮部位を切り取り保存した。ホルマリンに入れて保管していた。それは施錠のできる棚に入っており,B獣医師だけが開けられる状態であった。そして,解剖した後,亡ミューズの解剖について他の者と話したことはない。

   ウ そして,原告が亡ミューズから取り出した結紮部位と主張する検甲第1号証を検証した結果によれば,標本は,猫の卵巣動脈及び尿管とその周辺の脂肪組織であり,卵巣動脈を結紮した絹糸が存し,その結紮糸は,腹膜及び尿管を巻き込んでいることが認められる。

 B獣医師の証言と訴外Cの証言は,細部では異なっている部分があるものの,解剖の手順,尿管の結紮箇所を見つけた経緯,摘出した結紮部位の保管方法などの証言の中核ともいえる部分で一致している。加えて,甲第17号証によれば,原告の妻が,B犬猫病院に亡ミューズを連れて行ったのは,亡ミューズが,両足を突っ張り目が開いたまま横に倒れ,手足が冷たい状態になっていたことから,被告病院に電話をしたが,連絡がつかず,近くにある病院ということでB犬猫病院に診察を受けに行ったことが認められ,B獣医師が解剖を行ったのは偶然であることも考慮すれば,B獣医師及び訴外Cの証言の信用性は高く,かかる証言により,亡ミューズの左右尿管は卵巣動脈とともに結紮されていたこと,検甲第1号証が亡ミューズの右側尿管の結紮部位であることを認定することができる。

 この点,B獣医師の証言には,①卵巣動脈の結紮箇所の個数及び②尿管の結紮部位に卵巣靱帯が付着していたか否かという点について,第9回口頭弁論及び第18回口頭弁論との間で,食い違いとも思われる部分がある。しかしながら,①については,卵巣を切除する際以外に卵巣動脈を結紮する場合を聞かれていると誤解し,かかる証言をした旨の一応首肯できる理由を述べており,②については,卵巣靱帯は半透明で薄くて弱いものであり,結紮の仕方によれば切れる場合もあることから,確認できないという趣旨で述べた旨の合理的な理由を述べており,したがって,①②によっても,証言の信用性が減殺されることはない。

(3) 以上,本件手術により亡ミューズには腎臓を含めた尿の排出経路に何らかの異常が生じたと解するのが相当なこと,亡ミューズを死亡直後に解剖した際に左右の尿管が結紮されていたことが発見されたこと及び検甲第1号証の存在から,亡ミューズの死亡は,本件手術の際,被告が誤って左右の尿管を卵巣動脈とともに結紮したことにより生じたと解するのが相当である。

(4) この点,被告は,①子宮角,卵巣を鉤で引き上げる操作に際しては,卵巣は卵巣靱帯で支持されているものの,腹腔内で遊離した状態で腹部切開創から比較的浅い部位に存在しており,他方,尿管は背筋に接して後腹膜下を走行しており,腹部切開創から最も奥の底部に存在しているのであるから,後腹膜下を走行する尿管が鉤で引っ掛けられて子宮角,卵巣と一緒に引き上げられることはなく,卵巣を切除する際の結紮により,尿管が卵巣動脈とともに結紮されることはない,②結紮された卵巣動脈(および一緒に結紮された組織)は,一体として切断されるのであり,尿管が広間膜と一緒に結紮されている場合には,尿管は卵巣動脈と一緒に結紮され,広間膜を切断する操作により尿管も切断され,尿管及び卵巣動脈は切断された状態で腹腔内に残るはずであるところ,B獣医師は,結紮部位摘出の際に,結紮部位に近いところで尿管2か所と卵巣動脈2か所を切断したと証言しており,これは前述の尿管が卵巣動脈とともに結紮された場合に想定される状況とはかけ離れている,③検甲第1号証を肉眼的に観察しただけでは,尿管が卵巣動脈と一緒に結紮されていることを確認することはできない上,B獣医師は,最も重要な証言部分ともいえる結紮状況について,結紮されていたと証言するのみで,その形状等の所見について具体的な説明をしていないのであるから,その証言は全く信用できないと主張し,尿管が結紮されていたとの事実を認めることはできないと反論する。そして,亡ミューズは,解剖時の腹腔内血管内血液のGOT及びGPTの数値がいずれも100単位を超えていること,腎実質の扁平化が進行していることから,亡ミューズは,本件手術前から存在した肝不全及び腎不全が本件手術あるいは本件手術の麻酔を契機として急速に悪化し,死亡したと主張す
る。
  しかし,①について,B獣医師の証言によれば,卵巣動脈と尿管は近接した位置関係にあり,卵巣を十分に体外に出さない場合には結紮部位と尿管とは接近していること,尿管は背筋に接着されているわけではなく,しょう膜という薄い膜に覆われているにすぎないことが認められること,前記認定のように,本件手術後,被告が卵巣を捜すのに手間取ったと原告の妻に告げていることから,被告は卵巣の探索のために,亡ミューズの体内を鉤でさぐったことが推測され,その際に,尿管を引っかけた可能性があることからして,被告の主張を直ちに採用することはできない。

  ②については,B獣医師も証言するように,卵巣切除の際は卵巣をできるだけ引っ張り上げようとするのであるから,尿管を巻き込んだ時には尿管もともに引っ張られ,その結果,尿管が結紮部位よりも体内側にあり,切除箇所が結紮部位よりは幾分離れることから,卵巣動脈のみを切断することもあり得ることであり,B獣医師の証言が,尿管が結紮されてしまった場合に通常想定される状況とかけ離れているとはいえない。

  また,③について,証人Bは,結紮部位周辺の状況について,結紮部から体側に向かって血管が一本見え,1センチメートルほど確認した,結紮部位から腎臓に至る尿管は,膀胱方向の尿管よりも膨れていた,膀胱から腎臓方向へ尿管の走行をたどっていったが,走行が途中で分からなくなり,結紮されていたのが分かったと,その状況について具体的に証言しており,結紮状況に関する証言が曖昧であるということはできない。

  さらに,亡ミューズは,肥満気味ではあったが,本件手術前は健康な状態であったこと,それが本件手術後の短期間に死亡するに至ったこと,被告の主張する死亡原因では,本件手術後,尿がほとんど排出されていないことを説明するのが困難で,被告の主張を裏付けるに足りる間接状況等は示されていないことから,亡ミューズの死亡原因に対する被告の主張は理由がない。

  したがって,被告の主張はいずれも採用することはできない。

  (5) よって,本件手術に際して,被告が尿管を卵巣動脈とともに誤って結紮したことが亡ミューズ死亡の原因であることが認められ,これは診療契約上の注意義務に違反する行為であり,かつ,過失ある行為であるから,被告は債務不履行責任及び不法行為責任として,原告に対し,亡ミューズの死亡に対して損害賠償義務を負う。

 2 争点2について

   証拠(甲1,2,16,17,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,亡ミューズは,原告が子猫の時に30万円で猫のブリーダーから譲り受けた雌猫であること,優秀な血統を持つショーキャットであり,原告の下で,平成4年度の年間総合成績がアメリカンショートヘアー種1位,全種でも5位に入賞した実績があること,しかし,原告は,繁殖については考えておらず,実際,避妊手術を行おうとして本件手術を受け,5歳で死亡するに至ったこと,原告は,亡ミューズに対し,単なるショキャットとしてだけではなく,ペットとして家族の一員ともいうべき愛情を注いでいたことが認められる。

   以上,原告が亡ミューズを30万円で譲り受けたこと,その後入賞した実績を有すること,亡ミューズによる繁殖は考えていなかったこと,その他弁論の全趣旨を総合すれば,亡ミューズの財産的価値は,金銭に換算した場合,本件手術時点で50万円と解するのが相当である。

   そして,慰謝料については,証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告がペットとして家族の一員ともいうべき愛情を注いでいた亡ミューズが,被告の医療ミスにより,突如命を奪われたことに対する精神的苦痛は小さくなく,20万円をもって相当と認める。

   また,医療費については,証拠(甲7の1)及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,被告に対し,本件手術及びその後の治療費として2万5500円を支払ったこと,亡ミューズの解剖費用として7000円をB犬猫病院に支払ったことが認められる。これらの本件手術後の治療費及び亡ミューズの解剖費用も因果関係の範囲内の損害といえ,また,本件手術の費用は,被告の医療ミスにより亡ミューズが死亡し,避妊手術の目的を達することができなかったというべきであるから,結局,これについても被告が返還すべきものである。したがって,医療費等として3万2500円が損害として認められる。
 そして,弁論の全趣旨を総合すれば,被告の過失ある行為との間で相当因果関係が認められる弁護士費用は20万円をもって相当と認める。
 よって,亡ミューズの死亡により原告に生じた損害は,合計93万2500円である。

第4 結語
 よって,原告の請求は,被告に対し,損害賠償金93万2500円及びこれに対する平成8年11月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余については理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。

宇都宮地方裁判所第1民事部

裁判長裁判官 永田誠一
裁判官    林 正宏
裁判官 宮田祥次