散歩させていた犬(ゴールデンレトリーバー)が右下肢に衝突し転倒、顔面、胸背部、四肢外傷及び顔面骨骨折、脛骨高原骨折等の傷害を負ったとして、動物の占有者の責任に基づく損害賠償を請求した事案 [一部認容:約1900万円の損害賠償請求が認められた事例](東京地判平成14・2・15 平成13(ワ)365

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主文
1 被告は,原告に対し,金1903万1968円及びこれに対する平成13年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1,3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,金2720万2975円及びこれに対する平成13年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告が散歩させていた犬が,原告の右下肢に衝突し,原告に傷害を負わせたとして,動物の占有者の責任に基づき,損害賠償を請求している事案である。

1 争いのない事実等
(1)ア 原告(昭和30年3月5日生)は,特殊法人である国際交流基金により研究者として中国から日本に招へいされたAの妻であり,原告とAは,平成12年9月1日,来日した。原告は,中国において,甲大学乙学院に実験師として勤務していた(争いのない事実)。
イ 被告は,ゴールデンレトリーバーの成犬シンボリ(約30キログラム)と幼犬キングを飼育しており,平成12年9月3日,東京都S区ab丁目所在のT公園(以下「本件公園」という。)において,2頭を遊ばせていた(争いのない事実,乙1の1及び2,被告本人)。

(2) 原告は,平成12年9月3日午前6時30分から50分ころの間,本件公園において,転倒し,顔面,胸背部,四肢外傷及び顔面骨骨折,脛骨高原骨折等の傷害を負った(以下「本件事故」という。)(争いのない事実,甲4)。

2 争点
(1) 原告が,前記1(2)のとおり転倒したのは,被告が占有するシンボリが原告に衝突したためであるか。
(2) 原告の損害額

3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
以下の各事実にかんがみると,原告が前記1(2)のとおり転倒して傷害を負ったのは,被告が占有するシンボリが原告の右下肢に衝突したためである。
ア 被告は,本件事故当時,本件公園において,テニスボールを投げてシンボリに取ってこさせていたところ,本件公園には,他にテニスボールを投げていた飼い主はいなかった。
イ 原告は,本件事故により,右膝に,右脛骨高原骨折の傷害を負ったのであり,かかる傷害は,右下肢に強い外力を受けることによって生じると考えられるから,何かが原告の右膝に衝突したと考えられる。
ウ 本件事故後,現場に来た警察官は,周りにいた人から事情を聴取した後,被告を加害者であると判断して,被告にのみ氏名及び住所を紙に書かせ,これをAに対して手渡した。
エ 被告は,本件事故後,救急車に同乗して原告及びA(以下,これらを総称して「原告ら」という。)と共に丙大学医学部附属病院(以下「丙病院」という。)に赴き,また,原告が平成12年9月5日に入院する際,丙病院に対する治療費の支払について,保証人となった。
オ 被告は,本件事故後,Aらと,被害弁償に関する話合いを行い,被告は,その席上で自らの責任を認める発言をしていた。

(被告の主張)
以下の各事実にかんがみると,原告が前記1(2)のとおり傷害を負ったのは,シンボリが原告に衝突したためであるとはいえない。
ア 原告の転倒した位置は,シンボリが被告の投げたテニスボールを取りに走っていた線上から2,3メートル離れていたので,原告は,シンボリと衝突して転倒したのではない。
イ 本件事故当時,本件公園には,シンボリ以外にもゴールデンレトリーバーが数頭いたのであるから,シンボリ以外のゴールデンレトリーバーが原告に衝突したり,原告を驚かせて転倒した可能性がある。
ウ 原告は,後方に宙返りするように一回転してうつ伏せに倒れたが,シンボリの体重は,約30キログラムであったから,原告の横から原告に衝突したとしても,せいぜい原告を横に転倒させられるだけである。
エ 被告は,本件事故当時既に定年退職をしており,時間に余裕があったから,病院に向かう原告らの救急車に同乗したにすぎないし,丙病院に対する治療費の支払についての保証人になったのも,Aから「お父さんになってほしい」と言われたからにすぎず,被告に責任があることを前提としていたためではない。また,被告は,被害弁償について,Aから,原告が傷害保険に加入していると聞いたので,一時的に立て替えてもよいと考えて治療費についてのみ話合いをしたもので,責任を認めた上での話合いをしたわけではない。

(2) 争点(2)について
(原告の主張)
ア 原告は,本件事故により,以下のとおり計2720万2975円の損害を被った。
(ア) 入院治療費
 平成12年9月5日から平成13年1月12日まで602万1040円
(イ) 入院雑費
 入院期間132日,1日1500円
 19万8000円
(ウ) 付添看護費
 原告は,日本語を話せなかったので,Aが,入院期間中,毎日原告に付き添っていた。
入院期間132日,1日7800円
  102万9600円
(エ) 付添交通費
 Aは,前記(ウ)のとおり,入院期間中,毎日原告に付き添っていた。1日当たりの交通費は,自宅から高田馬場駅までのバス代170円,高田馬場駅から板橋駅までの電車代150円,板橋駅から丙病院までのバス代210円,丙病院から王子駅までのバス代210円,王子駅から高田馬場駅までの電車代210円,高田馬場駅から自宅までのバス代170円の計1120円であり,入院期間は132日間であった。また,入院当日である9月5日及び原告の手術の日である同月13日には,Aはタクシーを利用し,それぞれ,2850円,3600円を支出した。   
 15万4290円
(オ) 通院治療費
 平成12年9月3日及び平成13年1月25日から8月28日まで計24回70万4360円
(カ) 通院交通費
 24日,1日1120円 2万6880円
(キ) 通院付添費
 原告は,眼球運動障害のため複視が残っており,右脛骨高原骨折のため右膝痛,右膝関節可動域制限が残っていたため,1人で歩くことが不可能であった。そのため,Aが,原告の通院に付き添う必要があった。通院日数24日,1日3900円 9万3600円
(ク) 通院付添交通費 24日,1日1120円 2万6880円
(ケ) リハビリ用品 3万9320円
(コ) 国際通話料
 原告及びAは,原告が入院したため,傷害の回復状況等について,中国在住の原告の両親や,原告らの息子のCと連絡を取り合った。
 3万6622円
(サ) 国際渡航費等
 Cは,原告を見舞うため,東京を訪れたところ,成都上海往復の航空運賃として2600元,上海東京往復の航空運賃として8207元,飛行機保険として合計30元,中国における空港税として230元,日本入国時のビザ手数料として230元,上海における宿泊費として323元,上海における電話代として13元,中国における交通費として1001元,領収書郵送料として120元の総計1万2854元(1元=14.11円として,約18万1370円)と,日本国内において,成田空港の空港税として2100円,国内交通費として1万1610円,宿泊費として4410円の合計1万8120円の費用を支出した。
 19万9490円
(シ) 休業損害
 原告は,日本において,家事に従事する予定であったところ,入院期間である132日と通院した日である24日間は,家事に従事することができなかった。
156日,1日9364円   146万0784円
(ス) 入通院慰謝料  
 345万8000円
(セ) 逸失利益
 原告には,本件事故により,眼球運動障害,眼窩下神経麻痺,左顎関節痛,両咬筋痛,咬合不全,右膝痛,右膝関節可動域制限等の後遺障害が残存している。これらの後遺症は,少なくとも10級に該当し,労働能力喪失率は30パーセントである。他方,原告の中国での収入は年収6万6320元(1元=14.11円として,約93万5775円)であった。そして,労働能力喪失期間は22年間である。
   369万5281円
(ソ) 後遺症慰謝料
 前記(セ)のとおり,原告の後遺症は10級に該当するから,慰謝料は500万円を下らない。 
 500万0000円
(タ) 将来の治療費
 52万5000円
(チ) 弁護士費用  
 453万3828円

イ 保険会社からの支払
 原告は,住友海上火災保険株式会社(以下「住友海上」という。)との間で,海外旅行傷害保険に加入しており,住友海上は,原告に対し,同保険契約に基づき,39万9634円を,丙病院に対し,同保険契約に基づき,195万9590円をそれぞれ支払った。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1)ア まず,本件事故の状況について検討する。
(ア) 原告は,シンボリが原告の右下肢に衝突したため,原告は転倒して傷害を負ったと主張し,原告本人は,本件事故の状況について,目の前を右から左にテニスボールが通り過ぎていき,次に,水で濡れたような犬が通り過ぎていった後,視線を右に戻したところ,黄色い大きな犬が視界に入ってきて,自分に衝突したと陳述(甲20)ないし供述し,証人Aは,本件事故の状況について,目の前を右から左にテニスボールが通り過ぎていき,次に,黄色い大きな犬が,原告の右膝辺りに衝突して,鈍い音がして,犬は一声吠え,原告は足をすくわれるようにして一回転してうつぶせに倒れたと陳述(甲1,19)ないし証言している。

(イ) 他方,被告は,シンボリが被告に衝突したことはないと主張し,被告本人は,テニスボールを投げてシンボリを遊ばせていたが,シンボリに追いかけさせるためのテニスボールは,原告らよりもかなり前を通るように投げ,シンボリは,ボールを追いかけて直線的に走っており,原告が転倒した直後もボールを追いかけていたこと,原告が転倒した地点は,テニスボールが通った線よりも後ろの方であったし,原告が転倒を始めたところは見ていないが,途中から両足をそろえて後ろに宙返りして,うつ伏せに地面に落ちたのは見ており,鈍い音や犬の悲鳴は聞いていないことから,原告は,シンボリと衝突して転倒したものではなく,シンボリが原告の前を走り去るのを見て驚いて転倒したか,故意に転倒したものであると陳述(乙2)ないし供述し,証人Bは,原告が転倒した地点とテニスボールが通った地点は離れており,シンボリが走っていった直線と原告が転倒した地点とは重なるようには見えず,衝突した音や犬の悲鳴は聞こえなかったし,また,原告が転倒を始めたところは見ていないが,後ろ向きに宙返りを始めてうつ伏せに着地したところは見ており,そのとき,原告の周りにはシンボリ以外の犬はいなかったと陳述(乙3)ないし供述している。

イ そこで,以上の供述等を検討する。
(ア) 原告は,両足を高くあげて体が宙に浮いた状態から転倒して顔面を強打した結果,顔面,胸背部,四肢外傷及び顔面骨折,脛骨高原骨折等の重大な傷害を負ったこと(前記第2,1(2)の事実,証人A,同B,被告本人),その受傷状態は「瞬時に下肢(特に軸足)に強い外力を受け防禦反射ができない速度で顔面も打撲したと推定される」旨の医師の意見書が存在すること(甲16)からすると,原告は,その右足に強い外力が加わって足をすくわれた状態になって転倒したことが推認される。

(イ) 原告本人の本件事故状況に関する供述は,原告が他の犬に目をやり直前までシンボリに気付かず歩いていたところ,体重約30キログラムのゴールデンレトリーバーの成犬であるシンボリが勢いよく走りながら原告の右足に側面から衝突したというものであり,上記の受傷状況と合致するものであるし,証人Aは,原告と連れ立って,その右側を1歩下がって歩いている状態の至近距離で本件事故を目撃したものであり(甲19,証人A,同B),その証言内容は,前記(ア)の受傷状況や原告本人の供述とも合致するものであるから,証人Aの証言及び原告本人の供述は,十分信用することができる。

  また,原告が転倒した際に,シンボリが被告の投げたテニスボールを追って,原告の側を駆け抜けていったこと自体は,いずれの証言及び供述において合致しており,その事実が認められるところであり,証拠(証人B,被告本人)によれば,原告が転倒した当時,他の犬は原告の周りにはいなかったことが認められ,本件全証拠によるも,他に本件公園内を夫と散歩中だった原告が激しく転倒する原因となる事情も認められない。

(ウ) 一方,被告は,原告から約25メートル離れた位置にいて,原告が本件公園に入ってくるところと,その後原告の体が宙に浮いて転倒するところを見ているが,その間,原告から目をそらして周辺の状況を見ており,原告が転倒を始めた時点の状況を目撃していない(被告本人)ことからすると,シンボリが原告に接触していないことに関する被告本人の供述は,直ちに採用できない。また,証人Bにおいても,原告から10メートルないし15メートル離れた地点で,飼い犬の引き綱を外して足下で遊ばせながら知人と立ち話をしており,原告の転倒状況について,原告が宙に浮いて地面に落ちたところは見ているが,原告が転倒を始めた時点の状況を目撃していないし,シンボリが原告に接触せずに側を駆け抜けるところを目撃したものでもない(証人B)から,シンボリの走行位置と原告との距離等に関する証言は直ちに採用できない。さらに,証人B及び被告本人は,原告が犬とぶつかった衝突音や犬の悲鳴を聞いていないと証言ないし供述するが,前記に認定した,原告と被告及びBとの位置関係,被告やBが原告の方を注視しておらず,また,関心も払っていなかったことからすると,人と犬がぶつかった衝突音やその際の犬の鳴き声などに気付かなかったとしても不自然とはいえず,これらの証言ないし供述も衝突の事実を否定するに足りるものではない。

(エ) 以上の検討によれば,被告の投げたテニスボールを追いかけていたシンボリが,原告の右下肢に衝突したことにより,原告は転倒したと認めることができる。

(2)ア 次に,本件事故後の状況について検討するに,証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件事故後,通報を受けて本件公園に赴いた警察官は,現場にいた人々から本件事故について事情を聴取した上,被告に対してのみ,氏名,住所及び電話番号を書くよう求め,Aに対し,被告が氏名,住所及び電話番号を書いたメモを手渡した(甲1,17,19,証人A,被告本人)。

(イ) 原告らは,本件事故の目撃者が呼んだ救急車に乗り丙病院へ向かったが,被告は,原告とAの乗った救急車に同乗し,一緒に丙病院へ行った(甲1,19,22,乙2,証人A,原告本人,被告本人)。

(ウ) 被告は,丙病院の受付の職員から,事故の原因について質問されて,犬に噛まれたのではなく,足をすくわれた旨を答えた(甲1,19,証人A,被告本人)。

(エ) 原告ら及び被告は,丙病院での診察を終え,被告が呼んだタクシーでAが当時居住していたW大学の宿舎へと向かった。被告は,原告がAに背負われて3階にある原告らの部屋へ階段で戻る際,原告の体を支えるなどして手伝い,また,平成12年9月3日午後4時ころ,被告宅からテレビや炊飯器等をAの部屋に持ってきた(甲1,19,乙2,証人A,被告本人)。

(オ) 被告は,同月5日,原告の容態が悪化したため,原告に同行して,丙病院に行き,原告が同日入院するに際し,丙病院に対して,治療費等の支払について連帯保証をした(甲1,5,19,乙2,証人A,被告本人)。

(カ) 被告は,原告が入院した後,数回,丙病院に原告を見舞った(甲1,14,19,乙2,証人A,原告本人,被告本人)。

(キ) A,国際交流基金のM及び原告が加入していた保険会社の担当者は,被告と,同月26日及び同年10月24日,本件事故に関して話合いを持った。被告は,同年10月24日の話合いの場において,犬の保険(賠償保険)には加入していないこと,原告の損害のうち,原告の保険で填補できない分については,被告が支払うべきこと,原告らが中国に帰る前に支払を済ませたいことなどを述べた。そして,被告は,その話合いの状況について録音し,原告に対し,同年11月11日,同録音を反訳したものを手渡した(甲18,19,21,乙2,証人A,被告本人)。

イ 前記アに認定した事実によれば,被告は,本件事故後,自らの飼い犬であるシンボリが原因で,本件事故が発生したことを前提とする行動をとっていたものと認められる。

 ところで,被告本人は,シンボリが原告にぶつかったとは考えておらず,もしかしたら原告を驚かせたために本件事故が発生したのではないかと考えていたから,警察官に対し氏名,住所及び電話番号を渡し,退職していて時間に余裕のあったこともあって,原告らが病院に向かう救急車に同乗したのであり,また,Aから「お父さんになってほしい」と言われて,原告の入院の際にも連帯保証人となったのであるし,本件事故後のAらとの交渉も,決して自分に責任が存在することを前提としたものではなく,原告に保険が下りるまでの間の治療費を立て替えることについて交渉しようとしていたのに,原告の請求が慰謝料等も含む,被告の責任を前提とするものとなっていったために,Aらとの交渉を打ち切ったと陳述(乙2)ないし供述している。

 しかし,原告の入院の際に,連帯保証人となった経緯についての被告の陳述ないし供述は不合理であるから信用することはできないし,前記ア(キ)に認定したAらと被告との交渉における被告の発言をみると,被告が,自らが賠償責任を負うことを前提としていることは明らかであり,被告本人の前記供述は信用できず,被告は,当初,シンボリが原因となって本件事故が発生したと考えた上で対応していたのに,原告からの請求額が予想以上に大きくなりそうなことを危惧し,前記(1)イ(ウ)のとおり,自本件事故の状況そのものについては見ていなかったこともあって,シンボリが原因ではないという態度を取るようになったものと推認される。

ウ 以上によれば,本件事故後の状況については,前記(1)のとおりのシンボリが原告に衝突したという認定と矛盾しないばかりか,同認定を裏付けるものと評価することができる。

(3) よって,被告は,原告に対し,動物の占有者の責任に基づき,損害賠償責任を負うものというべきである。

2 争点(2)について
(1) 原告の入通院状況及び後遺症について,証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,本件事故日である平成12年9月3日,丙病院に通院した(甲1,19,20,乙2,証人A,原告本人,被告本人)。

イ 原告は,顔面,胸背部,四肢外傷及び顔面骨骨折,脛骨高原骨折等の傷害により,平成12年9月5日から平成13年1月12日までの130日間,丙病院に入院した(甲6(枝番含む,以下同じ。),23(枝番含む,以下同じ。))。

ウ 原告は,丙病院から退院した後,同月25日,2月8日,同月22日,3月1日,同月8日,同月22日,4月5日,同月16日,同月26日,5月10日,同月24日,6月7日,同月21日,同月28日,7月5日,同月12日,同月19日,同月26日,8月2日,同月8日,同月20日,同月23日,同月27日,同月28日の24日間,丙病院に通院した(甲24,25(枝番含む,以下同じ)。)。

エ 原告は,同年7月12日時点においてその症状が固定し,眼球運動障害による上方視での複視の後遺症,右頬骨及び両上顎骨骨折による外傷性顎関節症に伴い,自覚症状として右頬部のしびれ及び頭痛,他覚所見も伴うものとして咬筋部の疼痛,右眼窩下神経麻痺,左顎関節痛及び咬合不全の後遺症,右脛骨高原骨折に伴う右膝内部の可動域制限(他動で健側160度,患側110度,自動で健側135度,患側80度)の後遺症が,それぞれ残存している。特に,原告は,咬合不全,左顎関節痛及び咬筋部の疼痛により,固い肉や生野菜を食べることができず,御飯は柔らかく炊いて食べている(甲30(枝番含む,以下同じ。),原告本人)。

(2) 以上の事実を基に,原告の損害額について検討する。
ア 入院治療費
証拠(甲6,23,26)によれば,原告は,前記(1)イの入院に際し,計602万1040円の入院治療費を要したことが認められ,同金額は,本件事故による損害となる。

イ 入院雑費
入院雑費は1日1300円が相当であり,前記(1)イのとおり,原告は130日間入院しているから,16万9000円が,本件事故による損害となる。

ウ 付添看護費
本件全証拠によるも,丙病院は完全看護の体制をとっていないことや,原告には付添いを必要とする医師の所見があることは認められないが,証拠(証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は来日してまもなく本件事故によって丙病院に入院することを余儀なくされ,日本語が理解できなかったため,日本語ができるAが,原告の入院期間を通して付添いをしたことが認められる。これらの事情によれば,日本語ができるAの付添看護が必要であったと認められ,以上の事情を考慮してその付添看護費は1日3000円と認めるのが相当であるところ,前記(1)イのとおり,原告の入院日数は130日であるから,39万円が,本件事故による損害となる。

エ 付添交通費
前記ウのとおり,原告の入院に当たって,Aの付添いが必要であった。原告は,平成12年9月5日及び同月13日はタクシーを利用したと主張するが,Aにおいて原告の手術の日である同月13日にタクシーを使う必要があったとは認められないから,タクシー代については原告の入院日である同月5日分のみが,本件事故による損害となる。そして,証拠(甲32の4,6)及び弁論の全趣旨により,1日の交通費は1120円,9月5日のタクシー代は2850円であると認められから,入院日数130日のうち,9月5日分を除いた129日分と,9月5日のタクシー代2850円を併せると,14万7330円が,本件事故による損害となる。

オ 通院治療費
証拠(甲26)によれば,原告は,通院治療費として70万4360円を要したことが認められ,同金額が,本件事故による損害となる。

カ 通院交通費
証拠(甲32の4)及び弁論の全趣旨により,1日の通院交通費は1120円と認められ,前記(1)ウのとおり,原告は,24日間通院しているから,2万6880円が,本件事故による損害となる。

キ 通院付添費
前記ウのとおり,原告は日本語を解さず,Aは理解できること,前記(1)エのとおり原告には後遺症が残存しており,一人で通院するのは困難であることが認められ,これらの事情によれば,原告の通院に際しては,Aが付き添う必要があるところ,1日の通院付添費は1500円が相当であるから,3万6000円が,本件事故による損害となる。

ク 通院付添交通費
前記カキのとおり,原告の通院には,Aの付添いが必要であり,1日の交通費は1120円であるから,2万6880円が,本件事故による損害となる。

ケ リハビリ用品
証拠(甲7(枝番含む,以下同じ。),27)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,リハビリ用品代として,3万9320円を支出したことが認められ,同金額が,本件事故による損害となる。

コ 国際通話料
証拠(甲8(枝番含む,以下同じ。),29)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,国際通話料として3万6622円を支出したことが認められるが,原告には夫であるAが付き添っていたことを考えると,国際通話料の支出が,本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。

サ 国際渡航費等
証拠(甲9ないし13(枝番含む,以下同じ。),19,証人A,原告本人)によれば,原告らの17歳の息子であるCが,原告を見舞うために東京へ訪れたことが認められるが,原告には,夫であるAが付き添っていたこと,前記(1)イに認定した本件事故による原告の傷害は,命にかかわるほどであったとまで認めるに足りる証拠がないことに照らし,Cが原告の見舞のために東京を訪れた渡航費等は,本件事故と相当因果関係がある損害とまでは認められない。

シ 休業損害
原告は,日本において,主婦として稼働する予定であったが,本件事故日である平成12年9月3日から,退院の日である平成13年1月12日までの132日間と,退院後通院した24日間の合計156日間について,休業していたと認められ,平成12年賃金センサス第1巻第1表・産業計・企業規模計・女性労働者・学歴計・全年齢の年収額349万8200円を基礎に156日の休業損害を算定すると149万5121円となる。
 3,498,200.365×156=1,495,121(1円未満切捨て)

ス 入通院慰謝料
前記(1)イウに認定したとおり,原告は,130日間入院し,約7箇月半にわたって24日間通院しているから,入通院による慰謝料としては,200万円が相当であり,同金員が,本件事故による損害となる。

セ 逸失利益
原告は,前記(1)エに認定したとおりの後遺障害を有しており,上方視で複視が生ずるのは自動車損害賠償保障法施行令第2条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害等級」という。)14級に,顔面の骨折による外傷性顎関節症に伴い,右頬骨のしびれ,頭痛,咬筋部の疼痛,右眼窩下神経麻痺,右顎関節痛といった神経症状が残存するのは後遺障害等級12級12号に,右膝の関節の可動域が4分の3以下に減じているのは,後遺障害等級12級7号にそれぞれ該当することが認められ,さらに,上記神経症状や外傷性顎関節症に伴う咬合不全の後遺症によって固い肉などの固形物を食べることができない状態にあることを総合考慮すると,原告の後遺障害は,併合で後遺障害等級10級に該当していると認めるのが相当である。また,証拠(甲31,原告本人)によれば,原告は,中国においてS大学新文学與新聞学院に実験師として勤務して,年収6万6320元の収入を得ていたこと(口頭弁論終結日である平成14年1月25日現在において,1元=16.27円であることは当裁判所に顕著であるところ,6万6320元は日本円に換算して約107万9026円となる。),症状固定の日である平成13年7月12日現在46歳であったことが認められ,本件後遺障害により,今後21年間にわたって労働能力を27パーセント喪失したと評価するのが相当であり,ライプニッツ方式による中間利息を控除して21年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると,373万5261円となる。

1,079,026×0.27×12.8211=3,735,261(1円未満切捨て)

ソ 後遺症慰謝料
前記セのとおり,原告の後遺障害は10級に該当するから,後遺症慰謝料は510万円が相当である。

タ 将来の治療費
証拠(甲28)によれば,原告の顎関節症は治癒しておらず,現在もスプリント療法及び内服治療を続行中であることが認められるが,本件全証拠によるも,今後どの程度の治療が必要で,どの程度の費用がかかるかは明確ではない上に,前記(1)エのとおり,原告の症状は既に固定しており,症状固定後の治療費を請求するものであるから,これを損害として認めることはできない。

チ 弁護士費用
上記アないしタに認定した原告の損害額の合計は,1989万1192円であるところ,原告が本訴の提起を弁護士である原告訴訟代理人に委任したことは本件訴訟上明らかであり,本件事故により相当因果関係がある損害として認めるべき弁護士費用は,150万円が相当である。

ツ 合計
以上によれば,原告の本件事故による損害は2139万1192円となる。

(3) 保険会社からの支払について
証拠(甲32(枝番含む。))によれば,住友海上は,原告との間の海外旅行傷害保険契約に基づき,丙病院に対し,195万9590円を支払ったこと,原告に対し,39万9634円を支払ったことが認められる。以上の合計235万9224円は,原告が被告に対して有する損害賠償請求権から差し引かれるべきものである。

(4) よって,原告の損害2139万1192円から,保険によって填補された235万9224円を差し引いた1903万1968円が,被告が賠償するべき損害となる。

3 以上によれば,原告の請求は,1903万1968円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第34部

裁判長裁判官前 田 順 司
裁判官     池 町 知佐子
裁判官     荒 谷 謙 介