人を咬むという癖を有する犬の咬傷により生じた後遺障害について慰謝料を認めた事例(原告が事故を誘発した過失が認められるとして5割の過失相殺を認めた事例)(広島高判松江支部平成15・10・24平成15(ネ)42)

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平成15年10月24日広島高等裁判所 松江支部
平成15(ネ)42 損害賠償請求控訴事件

原審:平成13(ワ)88・松江地方裁判所浜田支部

[判決全文]

          主         文
    1 原判決中,控訴人A及び同Cに関する部分を次のとおり変更する。
     (1) 被控訴人は,控訴人Cに対し,40万円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
     (2) 被控訴人は,控訴人Aに対し,10万2275円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
     (3) 控訴人A及び同Cのその余の請求をいずれも棄却する。
    2 控訴人Bの控訴を棄却する。
    3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人C,控訴人A及び被控訴人に生じた費用の各10分の1を被控訴人の負担とし,控訴人C及び控訴人Aに生じたその余の費用を同控訴人らの負担とし,被控訴人に生じたその余の費用を控訴人らの負担とし,控訴人Bに生じた費用を同控訴人の負担とする。
    4 この判決第1項(1),(2)は仮に執行することができる。


          事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
 1 原判決を次のとおり変更する。
 2 被控訴人は,控訴人Cに対し,1042万2431円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被控訴人は,控訴人Aに対し,200万4550円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 4 被控訴人は,控訴人Bに対し,100万円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 5 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
 6 第2ないし4項につき仮執行宣言

第2 事案の概要
   本件は,当時小学校5年生の控訴人Cが被控訴人の飼犬に咬まれて傷害を負い,後遺障害が残ったとして,被控訴人に対し,控訴人Cが民法718条に基づき,その両親である控訴人A及び控訴人Bが民法709条,710条に基づき,損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。これに対し,被控訴人は,控訴人Cが被控訴人の飼犬に咬まれたことを否認し,仮に被控訴人の飼犬が控訴人Cを咬んだとしても,被控訴人において相当な注意をもって飼犬の保管をなした旨,仮に被控訴人において飼犬の保管につき不注意があったとしても,控訴人Cにも過失が認められるので過失相殺がなされるべきである旨主張する。

その他事案の概要は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
 1 原判決2頁9行目から同17行目までを削除する。
 2 原判決3頁2行目の「以下」の前に「当時4歳,」を加え,「飼っていた。」を「飼って占有していた。」と改める。
 3 原判決4頁6行目の「主張するが,」の次に「これはせいぜい「犬をいじめるな。」という趣旨にしか理解できないのであり,」を加える。
 4 原判決4頁17行目から同20行目までを削除する。
 5 原判決5頁1行目の「ない状況であり,」を「状況であり,夜も熟睡できず,」と改める。
 6 原判決5頁8行目の「見られる。」を,「見られるもので,美容上違和感のある傷痕が現存している。」と改める。
 7 原判決6頁11行目の「原告Aと同様,固有の慰謝料を求める。」を「控訴人Bは,本件咬傷事件の発生により,控訴人Cの治療,看護にあたるとともに,学校等への連絡や告訴等に忙殺され,平成13年度は前年度に比べて大幅な減収となったので,この点も考慮して固有の慰謝料あるいは逸失利益として請求するものである。」と改める。

第3 当裁判所の判断
   当裁判所の判断は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
 1 原判決7頁17行目から同23行目までを削除する。
 2 原判決7頁24行目の「(2)」を「(1)」と,8頁20行目の「(3)」を「(2)」と,「前記2(2)ア」を「前記2(1)ア」と,9頁18行目の「(4)」を「(3)」と,10頁8行目の「(5)」を「(4)」とそれぞれ改める。
 3 原判決8頁9行目の「その後,」から同10行目の「至っている。」までを削除する。
 4 原判決9頁3行目の「第三者」の次に「特に年少者」を,同7行目の「児童」の次に「等」をそれぞれ加える。
 5 原判決9頁9行目の「必要である。」の次に「しかるに,被控訴人は,これらの事故防止措置を講ずることを怠り,本件咬傷事故を引き起こしたものと認められる。」を加える。
 6 原判決9頁13行目の「人を咬む」の前に「年少者の接近が十分考えられる場所に繋留されており,」を加える。
 7 原判決9頁16行目の「よって,」から同17行目の「理由がない。」までを「そうすると,被控訴人は,本件の犬の種類,性質に従い相当の注意をもってその保管をなしたものとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。よって,被控訴人は控訴人Cに対し,民法718条により同控訴人が本件咬傷事故により被った損害を賠償する責任がある。」と改める。
 8 原判決10頁5行目の「より注意深く」の前に「状況いかんによっては本件の犬に咬まれるかもしれないことに用心して」を加え,同6行目の「手を差し出した」を「手を差し出し,顔を近づけるなどした」と改める。
 9 原判決10頁8行目の「本件事故」から同9行目の「いなかったこと,」までを削除し,同10行目の「近づいたことであった」から同12行目の「相当である。」までを「近づくなどした行為が本件咬傷事故を誘発したものと認められるので,後記控訴人C及び同Aの損害額から5割を過失相殺として控除すべきである。」と改める。
 10 原判決10頁16行目の「原告Cは」の次に「本件咬傷事故により,上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の傷害を負い,」を加え,同17行目の「通院」から「治癒したこと」までを「5針縫うなどの通院治療を受けたこと」と改める。
 11 原判決10頁21行目から同24行目までを次のとおり改める。「前記のとおり,控訴人Cは,本件受傷後通院12日間(実日数8日)の治療を余儀なくされたものであるが,特に当時の同控訴人の年齢,性別,傷害の部位・程度を考えると,その間の精神的苦痛は大なるものがあったことが認められ,傷害慰謝料は20万円をもって相当というべきである。」
 12 原判決10頁25行目から11頁15行目までを次のとおり改める。
   「イ 後遺障害慰謝料
      証拠(甲2,9,控訴人B本人)によれば,D病院の医師Eは,傷害保険後遺障害診断書(甲2)において,控訴人Cには上口唇部に7ミリメートル×7ミリメートル大の瘢痕が存在し,隆起があり,知覚障害等はないが,美容上違和感がある旨診断していること,控訴人らは,控訴人Cの成長が止まる20歳ころに再手術をするよう医師に勧められていることが認められ,そうすると,控訴人Cには上記の後遺障害が残っているというべきであるところ,以上に,後記のとおり逸失利益が認められないこと,その他本件にあらわれた諸般の事情を加味すると,後遺障害慰謝料は60万円と認めるのが相当である。
    ウ 逸失利益
控訴人Cには上記の後遺障害が残っていることが認められるが,その部位・程度からみて,これが労働能力に影響を与えると認めるのは困難であるから,控訴人Cの逸失利益の主張は理由がない。
    エ したがって,控訴人Cの損害額は,上記ア,イの合計額である80万円となる。
    オ 過失相殺
      前記2(4)のとおり,上記エの損害額80万円から5割の過失相殺をすると,過失相殺後の控訴人Cの損害額は40万円となる。」
 13 原判決11頁17行目から同23行目までを次のとおり改める。
   「ア 控訴人Cの治療費
      前提事実によれば,控訴人Aは,控訴人Cの本件咬傷事故による治療費4550円を負担したことが認められ,この費用は本件咬傷事故と相当因果関係のある控訴人Aの損害と認められる。
    イ 慰謝料
      直接被害者が生命を害された場合に比肩すべき,またはこれに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けた近親者は,固有の慰謝料請求権を取得するというべきところ,控訴人Cの受傷の部位・程度,顔面醜状の状態等からすると,控訴人Aがいまだこのような程度の精神的苦痛を受けたとは認められな
いので,控訴人A固有の慰謝料請求は理由がない。
    ウ 過失相殺
      そうすると,控訴人Aの損害額は上記アの4550円となるが,損害の公平なる分担の見地から,前記控訴人Cの過失は控訴人Aに対する賠償額を定めるについても斟酌すべきであるといえるから,上記アの損害額4550円から5割の過失相殺をすると,過失相殺後の控訴人Aの損害額は2275円となる。
    エ 弁護士費用
      控訴人Aが控訴人ら代理人に本件訴訟追行を委任したことは記録上明らかであり,本件事案の内容,審理経過,控訴人Cの認容額等にかんがみると,控訴人Aが控訴人ら代理人に支払った弁護士費用のうち10万円は本件咬傷事故と相当因果関係にあるものとして被控訴人に負担させるのが相当である。」
 14 原判決11頁25行目から同26行目までを次のとおり改める。
   「前記のとおり,直接被害者が生命を害された場合に比肩すべき,またはこれに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けた近親者は,固有の慰謝料請求権を取得するというべきところ,控訴人Aについて述べたところと同様に,控訴人Bがこのような程度の精神的苦痛を受けたとは認められないので,控訴人B固有の慰謝料請求は理由がない。なお,控訴人Bは,同請求の中で,本件咬傷事故により控訴人Cの治療,看護にあたるなどして減収となったことによる損害をも主張するが,同事故による控訴人Cの傷害の内容・程度,治療の内容・程度等に照らすと,本件咬傷事故と控訴人B主張の減収(OA機器の販売等)との間に相当因果関係を認めることはできないというべきであるから,控訴人Bのこの点に関する主張は理由がない。」
 15 原判決12頁2行目から同9行目までを次のとおり改める。
   「以上によると,控訴人らの本訴請求は,控訴人Cにつき40万円及びこれに対する本件不法行為の日である平成13年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し,その余の請求は失当であるから棄却し,控訴人Aにつき10万2275円及びこれに対する上記平成13年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し,その余の請求は失当であるから棄却し,控訴人Bにつき理由がないので棄却すべきである。」

第4 結論
   よって,控訴人C及び同Aの本件控訴はいずれも一部理由があるから,原判決中,同控訴人らに関する部分を上記のとおり変更し,控訴人Bの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(平成15年9月12日口頭弁論終結)
  広島高等裁判所松江支部

    裁判長裁判官       廣   田       聰

       裁判官       吉   波   佳   希

       裁判官       植   屋   伸   一



(参考 原審判決)
          主         文
 1 被告は原告Cに対し,7万5000円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は原告Aに対し,9975円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 4 訴訟費用はこれを100分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。
 5 この判決は,第1及び第2項に限り,仮に執行することができる。

          事 実 及 び 理 由
第1 請求
 1 被告は原告Cに対し,金1042万2431円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告は原告Aに対し,金200万4550円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被告は原告Bに対し,金100万円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
   本件は,原告Cが被告の飼う犬に噛まれて傷害を負い後遺障害が残ったとして,被告に対して,原告Cは民法718条に基づき慰謝料等を,その両親は民法709条,710条に基づき固有の慰謝料等を求めているところ,被告は,原告Cの傷害は被告の飼っている犬が咬んだことによるものでないこと,仮に犬が咬んだことによって原告Cの傷害が生じたとしても被告は十分な注意のもと犬を飼っているのであるから損害賠償の責任がないこと,仮に被告の犬の飼い方に不注意があったとしても原告Cが犬に咬まれたことについては同人の過失が認められるので過失相殺を主張している事案である。
 1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,証拠により認定した事実については証拠を挙げる。)
  (1) 原告Cは平成2年7月30日生まれの女児で,平成13年4月12日当時D小学校5年生であった。原告Aは原告Cの実父,原告Bは原告Cの実母である(甲第2号証,弁論の全趣旨)。
  (2) 平成13年4月12日当時,被告は住所地で理容院を営み,理容院と同一建物内にある車庫(以下「車庫」という。)内で紐に繋いで避妊,狂犬病の予防接種を施した雑種の中型(首までの高さが約50センチメートル)の雌犬(以下「被告犬」という。)を飼っていた。被告は,車庫前面の柱に「犬にさわらないで下さい」と記載した看板を掲げていた(争いのない事実,乙第2号証,被告本人尋問の結果,検証の結果)。
  (3) 前同日,原告Cは,救急車で国立E病院(以下「病院」という。)に搬送され,上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の診断を受けた(甲第7号証)。
  (4) 原告Cは,同月23日まで(実日数8日)病院で通院治療し,その間の治療費4550円は原告Aが負担した(甲第8号証の1ないし8,弁論の全趣旨)。

 2 争点
  (1) 原告Cの傷害は,被告犬が咬んだことによって生じたものか。
  (原告らの主張)
    原告Cは下校途中,通学路沿いにある車庫内に長い紐で繋がれ,道路沿い近くまで出てくることができた被告犬に手を差し出した。被告犬は原告Cの手を一度なめたが,原告Cが立ち上がろうとした際,原告Cの顔面に咬みついた。驚いた原告Cは被告犬から離れようとして立ち上がる際に恐怖のためよろめき再度咬まれた。その結果,原告Cは上口唇部を咬まれ大きな傷害を負い,朦朧とした意識の中血だらけのまま歩き出したところ,通りかかった通行人が驚いて救急車を呼んでくれたため,病院に搬送され,顔面に5針を縫う治療を受けた。

  (被告の主張)
    被告犬が原告Cを咬んだという証拠は何もなく,原告らが主張しているに過ぎない。

  (2) 争点(1)が認められた場合,被告は動物の種類及び性質に従い相当の注意を持ってその保管をなしたといえるか否か。また,原告Cが被告犬に咬まれたことについて同人に過失は認められるか。
  (原告らの主張)
    被告犬は人を咬む癖があったところ,被告は車庫内で被告犬に約4メートルの長い紐を付けて飼っていたため,被告犬は車庫のシャッターの真下近くまで来ることができ,そこで本件事故が発生した。被告は「犬にさわらないで下さい」という看板を掲げていた旨主張するが,本件現場はD小学校の児童が通う通学路であることからすれば,前記看板を掲げるのみでは被告の責任を回避できるものではない。
  (被告の主張)
    被告犬は車庫の奥に紐で繋がれているので,車庫内から出ることはできない状態であった。また,被告は車庫の正面壁に目立つように「犬にさわらないで下さい」と警告文を貼付して警告していた。本件事故は,原告Cが警告文を無視して被告敷地内,車庫内に入ったことで生じたのであるから,原告Cの自招行為である。仮に被告に責任があるとしても,原告Cには被告の警告文を無視して被告犬に近づいた過失が認められるので,過失相殺を主張する。
    なお,被告は答弁書第2の2(4)で「本件発生後,被告が,犬をつなぐ紐を短くしたり」と記載しているが,本件事件発生後は紐を短くしていないので,前記記載は事実に反する陳述である。よって,錯誤に基づくものとして自白を撤回する。

  (3) 原告らの損害
  (原告らの主張)
   ア 原告Cの損害          1042万2431円
    (ア) 傷害慰謝料   150万円
      原告Cは鼻を中心に被告犬に咬まれたことにより救急車で病院に搬送され,数日は口唇部が腫れ上がり口も十分に開けられず食事がほとんどとれないない状況であり,2日間で体重が2キログラム減少した。原告Cは治療のため8日間通院し,学校も1日は欠席,5日間は午前中欠席した上,傷害の痛み,将来に対する不安という精神的苦痛を受けた。傷害による慰謝料は150万円が相当である。
    (イ) 後遺症慰謝料   290万円
      原告Cの傷害は一応治癒したものの,最も人目に付きやすい上唇中央部及び下唇中央部あたりにはケロイド状の瘢痕が明瞭に残り,その他鼻を中心にぽつぽつと斑点が見られる。この外貌の醜状は今後成長に連れ瘢痕が増大し目立ちやすくなることはあっても,自然に目立たない状態に改善されることは期待できない。医師からは,20歳ころになれば再手術を受ければよい旨勧められているものの,十分な改善は必ずしも望めない。このような後遺症は「女子の外貌に醜状を残すもの」として後遺障害等級第12級14号に該当するところ,その慰謝料は290万円を下らない。
      なお,原告Cの後遺障害等級が第12級14号に該当しない場合であっても,直ちに後遺障害がないと結論づけるべきではなく,第13級あるいは第14級に該当することを付言する。
    (ウ) 後遺症逸失利益   602万2431円
      原告Cの後遺障害等級は第12級14号であるから,14%の労働能力を喪失している。原告Cは本件事故当時10歳であったから,18歳に達した時から67歳までの49年間の逸失利益は,平成12年度の賃金センサス産業計,女子労働者学歴計の年収349万8200円,ライプニッツ係数12・297によると,602万2431円となる。
      349万8200円×0・14×12・297≒602万2431円
(小数点以下切り捨て)
   イ 原告Aの損害            200万4550円
    (ア) 原告Cの治療費   4550円
    (イ) 慰謝料   100万円
      原告Aは原告Cの実父であるところ,10歳という一番大切な成長期に一人娘の容貌に重大な変容が生じたことにより,精神的苦痛を受けた。固有の慰謝料として100万円が相当である。
    (ウ) 弁護士費用   100万円
      本件訴訟をなすに当たり弁護士に委任せざるを得なくなったところ,その費用として100万円を支払う旨の約定をした。
   ウ 原告Bの損害      100万円
      慰謝料   100万円
      原告Aと同様,固有の慰謝料を求める。
  (被告の主張)
   ア 原告Cの傷害は完治している。原告らは著しい醜状が残った旨主張するが,著しい醜状とは鶏卵大以上の瘢痕,長さ5センチメートル以上の線上痕,10円硬貨大以上の組織陥没をいい,単なる醜状は,10円硬貨大以上の瘢痕,長さ3センチメートル以上の線上痕をいう。原告Cの瘢痕は,7ミリメートル×7ミリメートルであり,著しい醜状に該当しないばかりか,単なる醜状にも該当しない。よって,原告Cには何ら損害が発生していない。
   イ 原告Cの顔面に著しい醜状がない以上,原告A及び原告Bの精神的苦痛は損害賠償請求が認められるものではない。

第3 争点に対する判断
 1 争点(1)について
  (1) 前提事実,甲第3号証,第4号証の1ないし3,第5号証の1ないし3,第7号証,第9号証,乙第2号証,原告C,原告B及び被告本人尋問の各結果,検証の結果(平成14年6月12日及び同年8月23日)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
   ア 平成13年4月12日,原告Cは学校帰り,いつも通学路として使用している被告方付近に差し掛かったところ,学校で咬む犬という話を聞いていたものの,以前からかわいいので触れてみたいと思っていた被告犬に触ろうと思い,車庫に近づいた。原告Cは,車庫のシャッターが降りる付近にしゃがみ,被告犬に対して肘を軽く伸ばすように手を出した。被告犬は首にしていた紐がいっぱいに伸びた状態で,原告Cの手を2,3度なめた。原告Cは,もう少し被告犬に近づいて撫でようと思い,顔を被告犬に近づけたところ,被告犬は原告Cの鼻部付近に1回噛みついた(以下「本件事故」という。)。原告Cは,その場から下がった際少し倒れたものの,その後は被告犬から攻撃を受けることはなかった。
   イ 原告Cは,その後救急車で病院に搬送され,上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の診断を受け,5針縫う治療を受けた。
  (2) 前記認定事実によれば,原告Cは被告犬に咬まれたために上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の傷害を負ったことが認められる。

 2 争点(2)について
  (1) 被告は,被告犬を繋いでいた紐に関して,答弁書第2の2(4)で「本件発生後,被告が,犬をつなぐ紐を短くしたり」と記載しているが,本件事件発生後は紐を短くしていないので,答弁書の記載は事実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものとして,その自白を撤回する旨主張する。後記(2)ウによれば,本件事故時と検証時の紐は同じものであり,本件事故後に紐の長さを短くしたということはないと認められるので,被告の当初の主張は錯誤に基づくものであるといえる。よって,自白の撤回は有効である。

  (2) 甲第3号証,第4号証の1ないし3,乙第2号証,第3号証,証人Dの証言,原告C及び被告本人尋問の各結果,検証の結果(平成14年6月12日及び同年8月23日)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
   ア 被告は,平成9年ころ,まだよちよち歩きの被告犬を拾い,それ以降車庫内で紐に繋いで飼っていた。被告犬は,車庫内で紐に繋がれた状態で被告の妻からお菓子をもらっていたところ,車庫内に入って来た近所の主婦に対して飛びかかり顔面に怪我を負わせたことがあった。
   イ 平成11年ころ,被告犬は紐に繋がれて車庫内で飼われていたものの,車庫の外あたりまで出て来ていたところ,D小学校3年生であった男子生徒が被告犬をかわいいと思って手を出した際被告犬は少年の左肘付近を咬んだ。その後,被告は被告犬が車庫内から出ることのないように紐を短くし,現在に至っている。
   ウ 本件事故当時,被告犬は紐がいっぱいに伸びた状態でも,車庫の外に出ることはなかった(原告Cの本人尋問の結果)ところ,検証の結果によれば紐は2・7メートルの長さでありそれを被告犬に繋いだ場合被告犬の頭部は車庫のシャッター部分から約43センチメートルのところまで来ることができるので,シャッター付近から手を差し出すことで容易に被告犬に触ることができる状態であった。
   エ 車庫と公道との間は,約190ないし220センチメートルの間隔(縦幅)があり,横幅約540センチメートルの範囲の土地(検証見取図)は被告の所有地であるものの,第三者の侵入を遮断するような物はない。

  (3) 前提事実,前記1(1)ア及び前記2(2)アないしエの各事実からすれば,被告犬は中型の雌犬で本件事故以前に人に怪我をさせたことが2件あり,そのうちの1件は本件と同様にD小学校の児童が被告犬に近づいて手を出したところ咬まれた事案であったこと,被告犬は外部との境となるシャッターから約43センチメートルの地点まで来ることができるので人はシャッター付近から容易に触ることができること,車庫と公道の間は被告の所有地であるとはいっても,その間には何ら遮蔽はなく,人は自由に車庫付近に近づくことができること,前記公道はD小学校の児童の通学路になっており,多くの児童が通行していることが認められる。このような事実からすれば,被告としては公道との間の私有地部分を通って第三者が車庫に近づき被告犬に手を出すことは十分予見できたといえるところ,被告犬は以前に人を咬んでいることからすれば,飼育するに際しては,単に被告犬を車庫内から出ないようにするだけでは足りず,従前起きた事故が再発しないように,つまり人,特に公道を通学路として使用しているD小学校の児童が,安易に被告犬に近づき咬まれることがないように,遮蔽を施したり,紐を更に短くする等の措置を講ずることが必要である。
    ところで,被告は,車庫の外側に「犬にさわらないで下さい」と記載した看板を設置していることや被告犬は被告敷地内で飼っていることを理由に,被告犬の保管としては十分な注意を払っている旨主張する。しかし,前述のとおり,人を咬むという癖を有する犬の管理方法としては,通常以上の注意をもって管理することが求められるものであり,被告敷地内で飼っているということや看板を設置して注意喚起をすることだけでは足りず,人が被告犬に近づかないような措置まで講ずる必要があるといえる。よって,被告の主張は理由がない。

  (4) 一方で,前提事実(1)及び(2),前記1(1)アの事実,原告Cの本人尋問の結果によれば,D小学校内では被告犬が人を咬む癖を有しているということは知れ渡っておりD小学校5年生であった原告Cも当然その事実を知っていたこと,車庫前の柱には「犬にさわらないで下さい」と記載のある看板が掲げられていたにもかかわらず原告Cは以前から被告犬をかわいいと思っていたので触ってみたいと思い自発的に車庫に近づきシャッター付近にしゃがんで被告犬に手を差し出したこと,原告Cは被告犬が2,3度手を舐めたのでもう少し近づきたいと思い顔を近づけたところ被告犬に鼻部付近を1回咬まれたことが認められる。このような事実によれば,原告Cは本件事故当時小学校5年生であったのであるから車庫前の柱に掲げてあった犬にさわらないようにという内容の注意書きを注視し,その内容を理解できたといえるし,また,被告犬が人を咬む癖を有する犬であるということも認識していたのであるから,被告犬に近づかないようにするか,近づくに際してはより注意深く行動すべきであったといえる。このように考えると,原告Cが不用意に被告犬に近づいて手を差し出したことが本件事故を招いた一因であったといえる。

  (5) 以上によれば,本件事故の原因は,被告が咬む癖を有する被告犬に人が近づかないように遮蔽等の措置を講じていなかったこと,原告Cが咬む癖を有する犬であることを知りながら不用意に被告犬に近づいたことであったと認められるので,本件事故における原告Cと被告の過失割合は50%,50%であると考えることが相当である。

 3 争点(3)について
  (1) 原告Cの損害について
    前提事実(4),甲第2号証,第5号証の1ないし3,第6号証の1及び2によれば,原告Cは平成13年4月12日から同月23日までの間(実日数8日)病院で通院治療を受けて傷害は治癒したこと,上口唇部は7ミリメートル×7ミリメートルの範囲で瘢痕化し隆起があり,知覚障害等はないが美容上異和感がある旨診断されたことが認められる。
   ア 傷害慰謝料
     治癒までの通院期間は12日(実日数8日)であるところ,傷害部位が顔面であったことを考慮すると,傷害慰謝料は15万円が相当である。原告Cは著しい精神的苦痛を受けその慰謝料は150万円と主張するが,通院実日数から考えるとその主張を認めることはできない。
   イ 後遺障害の有無
     原告Cの上口唇部は7ミリメートル×7ミリメートルの範囲で瘢痕化し隆起しているものの,後遺障害等級第12級14号として認められる外貌の醜状という程度は,顔面部では,10円硬貨大以上の瘢痕又は長さ3センチメートル以上の線上痕が残った場合で人目に付く程度以上のものをいうところ,原告Cの上口唇の傷はそれに該当する瘢痕とは認められない。
     ところで,原告らは,原告Cの上口唇部の傷が後遺障害等級第12級14号に該当しない場合でも,第13級あるいは第14級に該当する旨主張する。しかし,第14級の例として,「1眼のまぶたの一部に欠損を残し又はまつげはげを残すもの」(1号),「局部に神経症状を残すもの」(10号),「男子の外貌に醜状を残すもの」(11号)が挙げられるところ,これと比較した場合,原告Cの傷の程度は軽く,第14級にも該当しないといわざるを得ず,後遺障害が生じていると認めることはできない。
     よって,原告Cには後遺障害は認められないので,後遺症慰謝料及び後遺症逸失利益は認められない。

  (2) 原告Aの損害について
   ア 原告Cの治療費
     前提事実によれば,原告Cの本件事故による治療費4550円は実父である原告Aが負担していることが認められる。
   イ 慰謝料
     実子に重度の後遺障害が生じた場合には,実親にも固有の慰謝料が認められるものの,本件では原告Cに後遺障害が生じていないので,原告Aの固有の慰謝料は認められない。
  (3) 原告Bの損害について
    原告Cには後遺障害が生じていないので原告Bの固有の慰謝料は認められない。

 4 まとめ
   以上によれば,原告Cの損害は15万円,原告Aの損害は4550円であるところ,本件事故における原告Cの過失は50%であるから,それぞれの損害額は7万5000円,2275円となる。本件訴訟の弁護士費用については,原告Aが負担している(弁論の全趣旨)ところ,本件事故と因果関係のある損害は認容額7万7275円の10%程度と認められるので,その額は7700円となる。
   よって,最終的に原告Cの損害は7万5000円,原告Aの損害は9975円となる。

第4 結論
   よって,原告らの請求は,原告Cの請求の内7万5000円,原告Aの請求の内9975円の限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却する。

         松江地方裁判所浜田支部

                   裁判官   横  山     巌