平成18年09月06日大阪地方裁判所第22民事部[控訴]

平成18年09月06日大阪地方裁判所第22民事部
平成17(ワ)7595損害賠償等請求事件
[控訴]→平成19年09月05日大阪高等裁判所[一部認容]

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[判示事項の要旨]
1 捨てねこの里親募集活動を行っていた原告らからの,里親名下にねこを騙し取った被告に対するねこの引渡を求める訴えにつき,ねこの特定が不十分であるとして却下された事例 
2 捨てねこの里親募集活動を行っていた原告らの,里親名下にねこを騙し取った被告に対する損害賠償請求につき,慰謝料等の支払いを命じた事例

[判決全文]
主文
1 原告らの請求の趣旨第1項(引渡請求)に係る訴えをいずれも却下する。
2 被告は,原告Aに対し金16万0250円,同Bに対し金5万9000円,同Cに対し金6万円,同Dに対し金5万5300円,同Eに対し金12万9990円,同Fに対し金6万5000円,同Gに対し金13万5600円,同Hに対し金5万6600円及びそれぞれに対する平成17年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の,その余を原告らの各負担とする。
5 この判決の第2項は,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1請求
1 被告は,各原告らに対し,別紙被害状況一覧表の「ねこの名前」欄記載の各ねこを引き渡せ。

2 被告は,各原告らに対し,別紙被害状況一覧表の「合計損害額」欄記載の各金員及びそれぞれに対する平成17年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要
本件は,ねこの里親を探すボランティア活動をしている原告らが,被告に対し,被告がねこを適切に飼う意思がないにもかかわらず,里親としてねこを飼養する等虚偽の事実を告知して,その旨誤信した原告らから別紙「ねこの現状飼養状況一覧表」の「猫の名前」欄に記載された各ねこ(以下「本件各ねこ」といい,ねこを個別に摘示する場合,上記一覧表の番号に対応して,「本件ねこ1」などと表示する。)を詐取したこと等を理由として,所有権に基づき,本件各ねこの引渡しを求めるとともに,詐欺を理由とする不法行為に基づき,各原告らが本件各ねこのために要したワクチン代等の費用等,精神的苦痛に対する慰謝料,弁護士費用等の損害の賠償を求めた事案である(附帯請求は,各不法行為の後である平成17年1月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金請求である。)。

第3前提事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
1 原告らは,飼い主のいなくなったねこを引き取って,自分たちの費用や労力で去勢や避妊手術等をしてその世話をしながら,ねこを飼養してくれる里親を探すボランティア活動を行っていた者である。原告らは,上記ボランティア活動として,捨て猫であった本件各ねこを拾って,その世話をしていた。

2 原告らは,インターネット上のねこの里親募集サイト(サイト名「いつでも里親募集中」)や自ら開設するホームページあるいは地域情報紙(紙名「ぱど」)等を通じて,本件各ねこの里親を募集していたところ,被告は,平成16年9月から11月頃までの間に,原告らに対し,本件各ねこの里親になりたい旨の連絡をした(甲A5,甲C3,甲D3,甲E3,甲F6,甲G1,甲H1)。

3 原告らは,平成16年9月から11月頃までの間に,本件各ねこを被告に引き渡した(以下「本件各贈与契約」という。)。

4 原告らは,その後,被告に対し,同人に引き渡した本件各ねこの返還を求めたが,被告はこれに応じなかった。

5 原告らは,被告に対し,平成17年10月26日の本件第2回口頭弁論期日において,詐欺を理由として,本件各贈与契約を取り消す旨の意思表示をした。

第4争点及び当事者の主張
1 本件各ねこの引渡請求の可否
(1) 原告らの主張
原告らの被告に対する本件各ねこの本件各贈与契約は,被告がねこの里親として適切にねこを飼養することを理由としてされたものであるところ,以下のとおり,無効の事由ないしは詐欺取消の事由があり,原告らが本件各贈与契約の意思表示を取り消したから,被告は本件各ねこを占有する権限がないため,本件各ねこを原告らに引き渡すべきである。

ア被告は,後記イのとおり,本件各ねこをおよそ飼養する意思がないのに,里親希望の名を借りて本件各ねこを詐取したもので,かかる行為は社会的に許容されない犯罪行為というべきであるから,本件各贈与契約は,公序良俗に反し無効である。

イまた,被告は,本件各ねこの里親を募集していた原告らに対し,本件各贈与契約締結以前に,原告らとは別にねこの里親を募集していた者らから数十匹のねこを受け取っていたところ,これを秘した上で,実際にはそのような意思がないにもかかわらず,「子供のころ寝食を共にしてかわいがっていたねこちゃんにとても似て」いる,「終生大切な家族として過ごせるねこちゃんを迎えたい」,「適切な時期に不妊去勢手術を行う」,「完全室内飼いをする」などと虚偽の事実を申し向け,原告らをして,被告が本件各ねこの里親として適切に飼養するものと誤信させて,本件各ねこを引き渡させた。しかるに,被告は,実際には,本件各ねこを飼養するどころか,本件各ねこを原告らから受け取るや直ちに処分してしまった。原告らとしては,被告の上記意図を知っていれば,当然被告に対して本件各ねこを引き渡さなかったし,また,被告がすでに数十匹のねこを受け取っていたことを知っていれば,被告が本件各ねこの里親としては不適格であるとして,被告に対して本件各ねこを引き渡すことはなかった。

このように,被告の上記行為は,原告らに対する詐欺に当たるというべきであるから,原告らは,本件各贈与契約を詐欺を理由として,取り消す。

(2) 被告の主張
原告らの主張は否認する。被告が,原告らに対して,原告らが主張するような詐欺を行った事実はない。被告は,本件各ねこの里親として本件各ねこを飼養するつもりであった。

そして,被告は,原告らから受け取った本件各ねこのうち,本件ねこ3,9が死亡した以外は,現時点においても,現在の被告の居住地において,適切に飼養しているのであるから,被告が原告らから本件各ねこを受け取ったことに何ら問題はない。

2 被告の原告らに対する不法行為責任の存否(被告は原告らから本件各ねこを詐取したか)
(1) 原告らの主張
上記1(1)イで主張したとおり,被告は,本件各ねこの里親を募集していた原告らに対し,本件各贈与契約締結以前に,原告らとは別にねこの里親を募集していた者らから数十匹のねこを受け取っていたことを秘した上で,実際にはそのような意思がないにもかかわらず,「終生飼養する,不妊去勢手術をする,完全室内飼いをする」などと虚偽の事実を申し向け,原告らをして,被告が本件各ねこの里親として適切に飼養するものと誤信させて,本件各ねこを引き渡させた。しかるに,被告は,実際には,本件各ねこを飼養するどころか,本件各ねこを原告らから受け取るや直ちに処分してしまった。原告らとしては,被告の上記意図を知っていれば,当然被告に対して本件各ねこを引き渡さなかったし,また,被告がすでに数十匹のねこを受け取っていたことを知っていれば,被告が本件各ねこの里親としては不適格であるとして,被告に対して本件各ねこを引き渡すことはなかった。

このように,被告の上記行為は,原告らに対する詐欺に当たるというべきであるから,被告は,原告らに対し,詐欺を理由として,不法行為責任を負うことになる。

(2) 被告の主張
原告らの主張は否認する。被告が,原告らに対して,原告らが主張するような詐欺を行った事実はない。

被告は,原告らから受け取った本件各ねこのうち,本件ねこ3,9が死亡した以外は,現在の居住地において,適切に飼育しているものであり,被告が原告らから本件各ねこを受け取ったことに何ら問題はない。

3 仮に,被告が不法行為責任を負うとして,これによる原告らの損害額

(1) 原告の主張
ア経済的損害
原告らは,本件各ねこにつき,別紙「財産的損害の明細表」記載のとおり,治療費,ワクチン代,避妊去勢手術の費用等の金員を支出するとともに,被告に対し,必要な物品を交付している。上記費用等は,本件各ねこの里親となるべき者のために要した費用であり,その里親が本件各ねこを適正に飼えば,上記費用等により増加した価値はその里親に帰属すべきであるが,そうではなく,ねこを適正に飼養しない目的で欺して当該ねこを取得したのであれば,上記価値は加害者には帰属せず,加害者は,上記費用等を支出した者に対し,上記費用等により増加した価値に対する侵害行為を行ったものというべきである。また,被告は,ねこの里親探しをしている原告らが,上記費用を支出したことを予見することができた。

そして,上記2(1)で主張したとおり,被告は,原告らから本件各ねこを詐取したのであるから,被告は,原告らが支出した上記費用等によって増加した価値に対しても,侵害行為を行ったものというべきであるから,原告らに対し,それぞれ,その支出に係る別紙「被害状況一覧表」の「損害額」欄記載の金員について,損害賠償責任を負うべきである。

イ 慰謝料
原告らは,上記2(1)で主張したとおり,被告の虚偽的言動により,本件各ねこを奪われ,多大な精神的苦痛を被った。
原告らの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料については,被告から,本件各ねこのうち2匹以上のねこを詐取された原告A,同E,同Gについては100万円,その余の原告については50万円が相当であるというべきである。

ウ弁護士費用
原告らは,被告が一切誠実な対応をしなかったために,やむなく本件訴訟を提起せざるを得なかった。
よって,被告は,原告らに対し,それぞれ,別紙「被害状況一覧表」の「弁護士費用」欄記載の金員について,損害賠償責任を負うべきである。

エ合計
以上より,被告は,原告らに対し,それぞれ,別紙「被害状況一覧表」の「合計損害額」欄記載の金員について,損害賠償責任を負うべきである。

(2) 被告の主張
原告らの主張は争う。

第5当裁判所の判断
1 争点1(本件各ねこの引渡請求の可否)について
原告らは,被告に対し,本件各ねこにつき,各所有権に基づく返還請求権に基づいてその引渡しを求めているところ,引渡しの対象となる本件各ねこを特定するために,別紙「ねこの現状飼養状況一覧表」の「猫の形・特徴」欄記載のとおりに本件各ねこの特徴等を主張するとともに,被告に本件各ねこを引き渡すまでの時点における本件各ねこの写真等を書証として提出する。

しかしながら,上記「猫の形・特徴」欄の各記載内容や上記写真等に照らしても,上記各記載に係る本件各ねこの色,毛の長さ,尻尾の形,目や肉球の色等の記載や上記写真に写っている各ねこの姿態等を基として,当事者以外の第三者が当該ねこを識別すること自体,困難であるといわざるを得ない。また,上記記載等は,原告らが被告に本件各ねこを引き渡した時点までにおける特徴等を記載等したものであるが,その時点での本件各ねこはいずれも生後1か月から6か月の間の子ねこであったところ,現時点においては,少なくとも本件各ねこの引渡しから1年半以上の年月が経過しており,その間に本件各ねこが成長してその特徴等が変化している可能性も十分考えられることからすれば,上記の記載内容や上記写真等を基として,当事者以外の第三者が当該ねこを識別するのは一層困難であり,現時点において,当事者以外の第三者が上記の記載内容や上記写真等を基として当該ねこを特定することは不可能であるというべきである。

このように,上記記載内容等によっては,本件各ねこのいずれの引渡請求についても,当裁判所において審理することが可能な程度に特定されているものとは言い難く,本件各ねこの引渡請求に係る訴えは,そもそも特定が不十分であるから,不適法なものといわざるを得ず,いずれも却下を免れない。

2 争点2(被告の欺罔行為の有無)について
(1) 前記前提事実,証拠(甲1ないし12,甲A1ないし10,甲B1,2,甲C1ないし3,甲D1ないし4,甲E1ないし7,甲F1ないし6,甲G1,甲H1,2,甲I1ないし8,乙1,原告A本人,被告本人〈但し,被告については,後記措信できない部分を除く。また,ここでは,書証について,枝番号のあるものは,枝番号を含む。〉)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。ア原告らは,平成16年8月頃から11月頃までの間,インターネット上のねこの里親募集サイト(サイト名「いつでも里親募集中」)や自ら開設するホームページあるいは地域情報紙(紙名「ぱど」)等を通じて,本件各ねこについて,里親を募集していた(甲A1,甲B1,甲C1,甲D1,甲E1,甲F1,甲G1,甲H1)。

イ 被告は,上記ねこの里親募集サイト「いつでも里親募集中」あるいは地域情報紙「ぱど」によって,本件各ねこにつき,里親を募集していることを知り,平成16年9月頃から11月頃までの間に,原告G,同Hに対しては電話により,その余の原告には以下のメール(以下「本件メール」という。)を送信する方法により,本件各ねこの里親になりたい旨の申入れをした(甲A5,甲C3,甲D3,甲E3,甲F6,甲G1,甲H1)。

被告が送信した本件メールで,被告は,自らを「J」,「大阪市内北部でデザイン系のお仕事を自営業で営む24歳」,「大阪市a区(b町c丁目)」在住,「自宅兼事務所にてひとり暮らし」しており,「アルバイト8名程度」を雇っている旨の自己紹介を行うとともに,本件各ねこの里親に応募する動機について,「幼少のころから成人するまで実家で7匹前後のねこちゃんを飼って」いたところ,本件各ねこが「子供のころ寝食を共にしてかわいがっていた猫ちゃんにとても似ている」ため,「終生大切な家族として過ごせるねこちゃんを迎え」たいなどと説明していた(甲A5,甲C3,甲D3,甲E3,甲F6)。

なお,被告は,原告ら以外にも,ねこの里親募集活動を行っている者らに対して,上記メールと同内容のメールを送信して,ねこの里親になりたい旨の申入れを行っていた(甲I2ないし4,6)。

ウ原告らは,別紙「ねこの現状飼養状況一覧表」の「オスメスの別引渡日当時の月齢」欄記載の日時において,当時被告が居住していた大阪市a区d町e−f所在のマンション「g」h号室(地上22階にある広さ40数平米程度のワンルームマンション。以下「本件マンション」という。)を訪れて,被告が本件各ねこを適切に飼養できる状況にあるか確認した上で,とりあえず本件各ねこを試し飼いしてもらうこととして,被告に本件各ねこを引き渡した(甲A1,甲B1,原告A本人・13頁,被告本人・4頁)。

エ原告らは,本件各ねこを被告に引き渡すまでに,同人に対し,本件各ねこを終生責任をもって飼養し,本件各ねこを室内飼いにするとともに,本件各ねこのうち不妊去勢手術を済ませていないねこについては,同手術を受けさせるよう求めたところ,被告はこれを了承した(甲A1,甲B1,甲C1,甲D1,甲E1,甲F1,6,甲G1,甲H1,原告A本人・13頁,被告本人・4頁,弁論の全趣旨)。

オ被告は,原告らから本件各ねこの引渡しを受けた時点で,すでに10匹後半ないし20匹程度のねこを受け取っていたが,このことが原告らの知るところとなると本件各ねこを引き渡してもらえないのではないかと危惧して,上記の事情については,原告らに説明しなかった(甲A1,甲B1,甲C1,甲D1,甲E1,甲F1,甲G1,甲H1,原告A本人・9頁,被告本人・4頁)。

なお,原告らないしは原告らとは別にねこの里親募集活動を行っていた者らが本件マンションを訪れた際には,1匹ないし5匹程度のねこがいたことがあったが,被告が受け取ったとする10匹後半ないし20匹程度のねこが本件マンションにいるわけではなかった。また,原告らが本件マンションを訪れた際,本件マンション内には,ねこ用のトイレが一つしかない等,本件マンションは,十匹単位のねこが飼養されている状況ではなかった(甲5の2,甲A1,甲F1,甲I1,7,8,原告A本人・11頁)。

カ原告らは,本件各ねこを引き渡した際ないしはその後において,被告に対し,本件各ねこに会わせてほしい旨の申入れをしたが,被告はこれに応じなかった(甲A1,9,甲B1,甲C1,甲D1,甲E1,3,甲F1,6,甲G1,甲H1,原告A本人)。

キ平成16年11月21日,ねこの里親募集サイトである「いつでも里親募集中」から,同サイトでねこの里親を募集している者らに対し,下記のメールが送信された(甲D4,E4)。


大阪市中央区で猫を大量に集めている人物がいます。
・20代の女性(被告のイニシャル)
・一度に複数匹欲しがる
・ネット以外の里親募集にも応募している
・ペット可の高層マンションで,自宅と事務所が兼用
・ペット可を証明するマンション規約の提示や写真撮影は嫌がる
・訪ねると外で5〜10分待たされる
・主に白猫,茶トラ,ミケをほしがる
引き取られた猫のその後は不明です。
十分ご注意ください。

ク原告らは,被告から本件各ねこを騙し取られたとの疑いを抱き,同人に対して,再三にわたって本件各ねこを返してくれるよう求めたが,被告はこれに応じなかった(甲A1,9,甲B1,甲C1,甲D1,甲E1,3,甲F1,甲G1,甲H1,原告A本人)。

ケ被告は,原告らから本件各ねこを受け取った以外にも,原告らとは別にねこの里親募集活動を行っている者ないしはペットショップ等から合計30匹ないし40匹程度のねこを受け取っていた(被告本人・3頁,弁論の全趣旨)。

コ被告は,現在,本件マンションを退去して,別の住居に居住している
(被告本人,弁論の全趣旨)。

サ 被告は,平成17年9月28日の本件第1回口頭弁論期日から,平成18年6月21日の本件第6回口頭弁論期日に至るまでの間,同年4月12日の本件第5回口頭弁論期日において,「猫画像と飼育状況」と題する書面(乙1)を提出したものの,本件各ねこの現在までの飼養状況を具体的には明らかにしなかった。

(2) 以上の認定事実を前提として,争点2(欺罔行為の有無)について判断する。
ア被告は,原告らから本件各ねこを詐取した事実はなく,本件各ねこのうち,本件ねこ3,9が死亡した以外は,本件マンション及び現在の居住地において,本件各ねこを適切に飼育している旨主張するとともに,これに沿う供述をする。

しかしながら,被告は,現在の本件各ねこの飼養状況を客観的に明らかにすることは簡単なはずであるのに,平成17年9月28日の本件第1回口頭弁論期日から,平成18年6月21日の本件第6回口頭弁論期日に至るまでの間,裁判所が本件各ねこの飼養状況について釈明を求めても,同年4月12日の本件第5回口頭弁論期日において,極めて概括的な内容にすぎない「猫画像と飼育状況」と題する書面(乙1)を提出する程度であって,本件各ねこの現在までの飼養状況を何ら具体的に明らかにしようとしない。また,被告の提出する乙1に掲載されたねこの写真は,いずれもねこの遠景ないしは近景を撮影したものにすぎず,同写真に撮影されたねこが本件各ねこと同一であるということは必ずしも明らかではない上,同書面に記載されたねこの飼育状況は,「食欲旺盛」,「飼育場所の庭や近隣の竹やぶ」等を「好む」,「とても人なつっこく」等,いずれも抽象的な記載に止まるものであって,同書面をもって,被告が現在本件各ねこを適切に飼養していることを明らかにするものとはいえない。

むしろ,上記(1)の認定事実で記載したとおり,被告は,原告ら及び同人らとは別にねこの里親募集活動を行っている者らから,合計30匹ないし40匹以上のねこを里親名下に受け取っていたことが認められるが,このような多数のねこを,地上22階の広さ40数平米程度のワンルームマンションである本件マンションあるいは現在の被告の住居地(被告の供述によれば,20ないし30平米ぐらいの庭がついている70平米のマンションの1階,被告本人・42頁)において,里親として飼養することは通常考えられないものといわざるを得ない。被告は,本件マンションに居住していた当時には,本件マンションに10匹ないし20匹程度のねこを飼っていたほかに,本件マンションとは別に「箕面のほう」でも同数程度のねこを飼っていた旨供述するが〈被告本人・39.40頁〉,これを裏付ける的確な証拠はないし,上記認定事実記載のとおり,原告らが本件マンションを訪れた際には,1匹ないし数匹のねこがいたほかには,その余のねこの姿はなく,本件マンション内には,ねこ用のトイレが一つしかないなど,十匹単位のねこが飼養されている状況ではなかったことからすれば,被告の上記供述は信用することができない。

また,被告は,現在,本件各ねこ等の飼養状況につき,20匹ないし30匹程度のねこに対するえさ代が月に1,2万円であるとか,ペット禁止マンションの1階の庭付き建物であるという現在の住居において,夜でもベランダへの出入り窓を開けっ放しにして,20匹ないし30匹のねこを室内外を自由に出入りすることができる状態で飼育しているなどと供述するが,その供述内容自体,不自然,不合理なものであるし,このような飼養状況はまさに放し飼いあるいは室外飼いであってねこを捨てねこ同然に扱うものであり,本件各ねこについて,ねこの里親として適切に飼養しているものとは到底認められないものである。さらに,ねこの里親としてねこを飼養するに当たって不可欠な不妊去勢手術の実施についても,知人に任せた,場所は分からないと供述するなど,あいまいな供述に終始している。以上によれば,本件各ねこを含め,里親名下に受け取ったねこを本件マンションないしは被告の現在の住居地で適切に飼養している旨の被告の供述は信用することができない。

このように,本件マンションないしは被告の現在の居住地において,本件各ねこを含めて30匹ないし40匹以上のねこを里親として飼養することは通常考えられないこと,被告が本当に本件各ねこを飼養しているのであれば,その具体的飼養状況を明らかにすることは容易であるにもかかわらず,そうしようとしないこと,更には,被告の供述する本件各ねこの飼養状況には,多々不自然,不合理な点があり,信用することができず,仮に,被告の供述するような態様でねこを飼っているとしても,それは,ねこを捨て猫同然の状態で放置しているにすぎないことからすれば,被告は,本件各ねこを含め,里親名下に受け取ったねこを本件マンションないしは被告の現在の住居において適切に飼養してはいないものというべきである。

イそして,上記(1)のとおり,①被告が,平成16年9月から11月の間に,原告ら及び原告らとは別にねこの里親募集活動を行っている者らに対し,本件メールの送信又電話で本件メールと同趣旨の話をする等の方法により,「子供のころ寝食を共にしてかわいがっていた猫ちゃんにとても似ている」ため,「終生の家族としてねこちゃんを迎え」たいなどと述べて,里親名下にねこを30匹から40匹程度受け取っていたこと,②被告は,原告らから本件各ねこの引渡しを受ける時点までに10匹後半から20匹程度のねこを受け取っていながら,このことが原告らに知れると本件各ねこを引き渡してもらえないのではないかと危惧して,このことを原告らに告げていないこと,③被告は,原告らから,あくまでも試し飼いとして本件各ねこを受け取っていながら,本件各ねこの引渡しを受けた後,原告らから本件各ねこに会わせてくれるよう再三求められたにもかかわらず,一度としてこれに応じなかったことがそれぞれ認められる。このように,同一内容のメール等を送付する等して,すでに数十匹ものねこを受け取っていながら,これを秘して,更に数十匹ものねこを里親名下に受け取り,しかも,ねこの引渡後に原告らを本件各ねこに会わせていないということは,ねこの里親として,ねこを飼養しようと考えている者の行動としては余りにも不自然であり,それ以外の何らかの不当な意図を有しているのではないかと推認せざるを得ない。

これらの事実及び上記(2)アで説示したとおり,被告は本件マンションないしは被告の現在の住居地で本件各ねこを含めたねこを適切に飼養しておらず,また,客観的に見ても,本件マンションないしは現在の居住地においては,本件各ねこを含め,30匹ないし40匹程度のねこを飼養するのは極めて困難な状況にあることからすれば,被告としては,原告らに対し,本件各ねこの里親になりたい旨申入れをし,本件各ねこを受け取った時点において,具体的にどのような意図を有していたかは定かではないが,少なくとも,本件各ねこの里親として適切に飼養する意思はなかったものといわざるを得ない。

ウ以上からすれば,被告は,原告らに対し,そもそも,本件各ねこの里親として,本件各ねこを飼養する意思がなかったにもかかわらず,「終生の家族としてねこちゃんを迎え」たいなどと虚偽の事実を告げて,その旨原告らを誤信させて,本件各ねこを詐取したものであるから,原告らに対し,詐欺を理由とする不法行為責任を負うべきである。

これに反する被告の供述は,前記のとおり信用することができず,これに基づく被告の主張は採用できない。

3 争点3(原告らの損害額)について
(1) 原告らの慰謝料
原告らは,それぞれ,ねこを保護して幸せにしてやりたいとの思いから,ボランティア活動としてねこの飼養をしてくれる里親の募集をしてきたものであり,本件各ねこについても,その活動の一環として,ねこの里親になりたいと申し出た被告に対し,本件各ねこの飼養を託してこれらを引き渡したものである。これに対し,被告は,前記認定の欺罔行為によって,このような原告らの純粋な心情を踏みにじったというべきであり,証拠(甲A1,甲B1,甲C1,甲D1,甲E1,甲F1,甲G1,甲H1,原告A本人)によれば,原告らは,被告の上記加害行為によって,いずれも深く心を傷つけられたものと認められる。

そして,上記被告の加害行為の態様,本件各ねこを被告に引き渡した後の被告との交渉経緯その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,原告らの被った精神的苦痛を慰謝すべき金額は,ねこ一匹の場合は5万円,ねこ2匹以上の場合は10万円と認めるのが相当である。

(2) 各原告の損害額
ア原告Aについて
(ア)財産的損害
証拠(甲A1,A6,A7,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは,本件ねこ1につき,三種混合(4000円)及び五種混合(5800円)のワクチン代,去勢手術費用(5000円),回虫駆除費用(1回。2000円)を支出し,本件ねこ2につき,三種混合(4000円)及び五種混合(5800円)のワクチン代,去勢手術費用(5000円),回虫(1回)・コクシジウム(2回)の駆除費用(1回当たり2000円×3回=6000円)を支出するとともに,被告に対して,本件ねこ1,2のために,①ねこのトイレ(1000円),②ねこ用食器3個(750円),③ドライフード(200円),④かつおの真空パック(1000円),⑤缶詰5,6缶(500円),⑥もろみ酢1本(2200円),⑦モンプチキャット缶ダンボール詰め1ケース(2000円),⑧ワクチン接種証明書等の物品(合計7650円相当)を渡したことがそれぞれ認められる。原告Aは,被告に,本件ねこ1,2の里親として適切に飼養してもらうために,上記ねこらに上記費用を費やしたり,被告に上記物品を送付したりしたところ,上記のとおり,被告に本件ねこ1,2を詐取されたことにより,本件ねこ1,2に費やした費用等が無駄になってしまった(なお,被告が利用していたねこの里親募集サイトからは,里親に引き渡すねこには不妊去勢手術やワクチン接種が必要であることが明らかである(甲5の4)から,原告Aがワクチン代や去勢手術費用を支出したことを被告が予見することはできたものと認められる。)のであるから,上記費用及び物品相当額(合計4万5250円)は,被告による上記詐欺行為と相当因果関係のある損害というべきである。

(イ)慰謝料10万円

(ウ)弁護士費用
本件事案の難易,審理経過,請求額及び認容額を考慮すると,1万5000円を被告による上記詐欺行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(エ)合計16万0250円

イ原告Bについて
(ア)財産的損害
証拠(甲B1)及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは,本件ねこ3につき,三種混合(4000円)のワクチン代を支払ったことが認められるところ,上記同様,上記費用(4000円)は,被告による上記詐欺行為と相当因果関係のある損害というべきである。
(イ)慰謝料5万円
(ウ)弁護士費用
上記(2)アと同様の事情により,5000円と認めるのが相当である。
(エ)合計5万9000円

ウ原告Cについて
(ア)証拠(甲C1)及び弁論の全趣旨によれば,原告Cは,本件ねこ4につき,三種混合(5000円)のワクチン代を支払ったことが認められるところ,上記同様,上記費用(5000円)は,被告による上記詐欺行為と相当因果関係のある損害と認められる。
(イ)慰謝料5万円
(ウ)弁護士費用
上記(2)アと同様の事情により,5000円と認めるのが相当である。
(エ)合計6万円

エ原告Dについて
(ア)証拠(甲D1)及び弁論の全趣旨によれば,原告Dは,被告に対して,本件ねこ5のために,缶詰3缶(300円),トイレ砂を渡したことが認められるところ,上記物品相当額(300円)は,上記被告の詐欺行為と相当因果関係のある損害と認められる。
(イ)慰謝料5万円
(ウ)弁護士費用
上記(2)アと同様の事情により,5000円と認めるのが相当である。
(エ)合計5万5300円

オ原告Eについて
(ア)証拠(甲E1,E6)及び弁論の全趣旨によれば,原告Eは,被告に対して,本件ねこ6ないし8について,それぞれ,害虫駆除薬代として合計1万9990円を支払ったことが認められるところ,上記費用(合計1万9990円)は,被告による上記詐欺行為と相当因果関係のある損害と認められる。
(イ)慰謝料10万円
(ウ)弁護士費用
上記(2)アと同様の事情により,1万円と認めるのが相当である。
(エ)合計12万9990円

カ原告Fについて
(ア)財産的損害
証拠(甲F1)及び弁論の全趣旨によれば,原告Fは,本件ねこ11につき,ノミ駆除費用(3000円)を支出するとともに,被告に対し,同ねこのために,ワクチン代として現金5000円,ドライフード(1000円),菓子折(1000円)等の物品等(合計7000円相当)を渡したことがそれぞれ認められるところ,上記同様,菓子折(1000円)を除いた上記費用及び物品相当額(合計9000円)は,被告による上記詐欺行為と相当因果関係のある損害と認められる(なお,菓子折は,原告Fが被告に対し,社交辞令として渡したものにすぎず,被告による詐欺行為と因果関係のある損害とは認められない。)。
(イ)慰謝料5万円
(ウ)弁護士費用
上記(2)アと同様の事情により,6000円と認めるのが相当である。
(エ)合計6万5000円

キ原告Gについて
(ア)財産的損害
証拠(甲G1)及び弁論の全趣旨によれば,原告Gは,本件ねこ12,13につき,情報誌「ぱど」への掲載料(3000円×3=9000円),ワクチン代(5000円),健康食品「キトミクロン」(1万5000円)を支出するとともに,被告に対し,上記ねこらのために,ドライフード1袋(600円),目薬・抗生物質(5000円)等の物品(合計5600円)を渡したことがそれぞれ認められるところ,上記同様,情報誌「ぱど」への掲載料(合計9000円)を除いた上記費用及び物品相当額(合計2万5600円)は,被告による上記詐欺行為と相当因果関係のある損害と認められる(なお,情報誌「ぱど」への掲載は,被告による詐欺行為の以前から行われ,被告の行為と直接の関係があるものではないから,同掲載料は,被告の詐欺行為と相当因果関係のある損害とは認められない。)。
(イ)慰謝料10万円
(ウ)弁護士費用
上記(2)アと同様の事情により,1万円と認めるのが相当である。
(エ)合計13万5600円

ク原告Hについて
(ア)証拠(甲H1)及び弁論の全趣旨によれば,原告Hは,被告に対して,本件ねこ14のために,ねこ用缶詰16缶(合計1600円)を渡したことが認められるところ,上記同様,上記物品相当額(1600円)は,上記被告の詐欺行為と相当因果関係のある損害と認められる。
(イ)慰謝料5万円
(ウ)弁護士費用
上記(2)アと同様の事情により,5000円と認めるのが相当である。
(エ)合計5万6600円

4 以上によれば,原告らの各訴えのうち,本件各ねこの引渡請求に係る訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし,損害賠償請求に係る訴えは,原告Aが16万0250円,同Bが5万9000円,同Cが6万円,同Dが5万5300円,同Eが12万9990円,同Fが6万5000円,同Gが13万5600円,同Hが5万6600円及びそれぞれに対する各不法行為の後である平成17年1月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し,原告らのその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第22民事部

裁判長裁判官小西義博
裁判官岡山忠広
裁判官高見進太郎