オオクチバス再放流禁止義務不存在確認等請求事件(平成17年02月07日大津地方裁判所)平成14(行ウ)14

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[判事事項]
1 琵琶湖において,レジャー活動としてオオクチバス,ブルーギル等の外来魚を採捕した場合に,これを再び琵琶湖に放流してはならない旨を規定する条例に基づく外来魚を再放流してはならないとの義務のないことの確認を求める訴えが,確認の利益を欠き,不適法であるとして却下された事例 

2 琵琶湖において,レジャー活動としてオオクチバス,ブルーギル等の外来魚を採捕した場合に,これを再び琵琶湖に放流してはならない旨の条例の規定の制定行為の取消し及び無効確認を求める訴えが,同規定は国民の具体的な権利に直接的な影響を及ぼすものではなく,同規定の制定行為は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,却下された事例

[裁判要旨]
1 琵琶湖において,レジャー活動としてオオクチバス,ブルーギル等の外来魚を採捕した場合に,これを再び琵琶湖に放流してはならない旨を規定する滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例(滋賀県条例第52号)に基づく外来魚を再放流してはならないとの義務のないことの確認を求める訴えが,特定の公共用物において特定の魚類を採捕して放流するということまで憲法13条の基本的人権として保障される個人の私的領域に関する事項に含まれるものではなく,外来魚を食せず,殺生することなく再放流するという同法19条及び20条に基づく思想的信条や宗教的信念とその自由が侵害され続けるとの不安,危険は事実上の影響にすぎず,法律上のそれであるとは認められず,確認の利益を欠き,不適法であるとして却下された事例 

2 琵琶湖において,レジャー活動としてオオクチバス,ブルーギル等の外来魚を採捕した場合に,これを再び琵琶湖に放流してはならない旨の条例の規定の制定行為の取消し及び無効確認を求める訴えが,同規定そのものが,その適用によってキャッチ・アンド・リリースによって魚釣りを楽しむという釣り人としての自己決定権や外来魚を殺生することなく再放流するという思想的信条,宗教的信念という憲法上の具体的権利等に直接具体的な影響を及ぼすものではなく,同規定の制定行為は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,却下された事例

[判決全文]

主文
  1 原告らの別紙行為目録1及び2記載の日時場所において採捕した琵琶湖に生息するオオクチバス各1匹を生きたまま再放流したことについて,これを再放流してはならないとの義務がないことの確認を求める訴えをいずれも却下する。
  2 原告らの滋賀県条例第52号滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例のうち「琵琶湖におけるレジャー活動として魚類を採捕する者は,外来魚(ブルーギル,オオクチバス,その他の規則で定める魚類をいう。)を採捕したときは,これを琵琶湖に放流してはならない。」とする規定部分の処分の取消しを求める訴え及び同規定の無効確認を求める訴えをいずれも却下する。
  3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
  4 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判

Ⅰ 原告ら

 1 主位的請求
   (1) 原告らが,別紙行為目録1及び2記載の日時場所において採捕した琵琶湖に生息するオオクチバス各1匹を生きたまま再放流したことについて,原告らには,被告との間においてこれを再放流してはならないとの義務がないことを確認する。
   (2) 被告が制定した滋賀県条例第52号滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例のうち「琵琶湖におけるレジャー活動として魚類を採捕する者は,外来魚(ブルーギル,オオクチバス,その他の規則で定める魚類をいう。)を採捕したときは,これを琵琶湖に放流してはならない。」とする規定部分の処分を取り消す。
   (3) 被告は,原告ら各自に対し,それぞれ金10万円を支払え。

 2 上記1(2)についての予備的請求

   被告が制定した滋賀県条例第52号滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例のうち「琵琶湖におけるレジャー活動として魚類を採捕する者は,外来魚(ブルーギル,オオクチバス,その他の規則で定める魚類をいう。)を採捕したときは,これを琵琶湖に放流してはならない。」とする規定が無効であることを確認する。

Ⅱ 被告
  1 本案前
    原告らの上記1(1),(2)及び2の請求にかかる訴えをいずれも却下する。
  2 本案
    原告らの請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要

 本件は,被告が,条例において,オオクチバス等の外来魚の再放流の禁止の規定を定めたことについて,同規定は,立法事実が存在せず,また,釣り人である原告らの権利を侵害する違憲・違法なものであると主張して,被告に対し,行政事件訴訟法4条の「当事者訴訟」として,原告らが行ったオオクチバスの再放流行為について,オオクチバスを再放流してはならないとの義務がないことの確認を,また,主位的に同法3条2項の「処分の取消しの訴え」として,同規定部分の処分の取消しを,予備的に同条4項の「無効等確認の訴え」として,同規定の無効確認をそれぞれ求めるとともに,上記規定や本件訴訟における被告の応訴態度によって精神的損害を被ったなどと主張して,国家賠償法1条に基づき,上記精神的損害の賠償を求めた事案である。

Ⅰ 争いのない事実等

(1) 平成14年10月16日,被告において,滋賀県条例第52号滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例(以下「本件条例」という。)が成立した。
(2)  本件条例18条は,外来魚の再放流の禁止として「琵琶湖におけるレジャー活動として魚類を採捕する者は,外来魚(ブルーギル,オオクチバスその他規則で定める魚類をいう。)を採捕したときは,これを琵琶湖に放流してはならない。」ことを定めている(以下「本件規定」という。)。
(3) 本件条例は,平成14年10月22日,滋賀県知事により公布され,本件規定の施行日は,平成15年4月1日と定められた(乙1)。

Ⅱ 争点

 1 原告らの別紙行為目録1及び2記載の各再放流行為(以下,同目録1記載の各再放流行為を「各再放流行為1」,同目録2記載のそれらを「各再放流行為2」という。)について,再放流してはならないとの義務のないことの確認を求める訴えの適否(確認の利益の有無)

 2 原告らの本件規定部分の処分の取消し及び本件規定の無効確認を求める訴えの適否(本件規定の制定行為の処分性の有無)

 3 本件規定の適否

 4 被告の国家賠償法1条に基づく責任の有無
 Ⅲ 当事者の主張
  1 争点1について
  (原告ら)
   (1) 原告らの各再放流行為1及び2について,再放流禁止が義務づけられないことの確認を求める訴えは,行政事件訴訟法4条にいう,公法上の法律関係について,本件規定上の禁止義務のないことの確認を求める当事者訴訟である。
   (2) 原告らは,キャッチ・アンド・リリース(魚を釣り上げ,釣り上げた魚をその場所に返すこと。以下「再放流」ということもある。)を行う釣り人であるところ,具体的・現実的に各再放流行為1及び2をした原告らと,釣り人に対してこれを禁ずる本件規定を定めた被告との間の具体的・現実的事件であり法律上の争訟性を満たしている。
   (3) また,本件規定を含む本件条例が存続する限り,原告らの各再放流行為1及び2や将来の同様の再放流行為は,常に違法の評価がされることになり,これによって,外来魚の再放流を続けようとする原告らの釣り人としての憲法13条に基づく自己決定権が否定され,また,オオクチバスを食せず,殺生することなく再放流するという同法19条及び20条に基づく思想的信条や宗教的信念とその自由が侵害され続ける。このような原告らの憲法上の権利又は法的地位に対する不安・危険を除去するためには,各再放流行為1及び2について,本件規定による再放流の禁止が義務づけられないことの確認を求める利益がある。

   (被告)
   (1) 原告らの各再放流行為1及び2について,再放流禁止が義務づけられないことの確認を求める訴えの内容は,実質的には,単に本件条例の違憲・違法の確認を求めるものに他ならない。
     したがって,同訴えは,いずれも具体的・現実的事件としての法律上の争訟の存在を欠き,不適法である。
   (2) 原告らの各再放流行為1は,未だ公布も施行もされていない時点のもので,本件規定は適用されない。したがって,各再放流行為1について,再放流禁止が義務づけられないことの確認を求める原告らの訴えは,訴えの利益を欠き不適法である。

  2 争点2について

(原告ら)

  本件規定は,違反行為に対する行政処分は予定されていない特別な場合であるから,その施行によって,まさに釣り人として反復継続して琵琶湖でオオクチバス釣りを行う原告らの具体的な権利を制限し,再放流を禁止する義務を課すという法律上の効果が生じる。このような規定を制定する行為は,それ自体通常の行政処分と異ならないから,当該規定の制定行為を対象として,直接抗告訴訟を提起することができる。したがって,本件規定の制定行為は,抗告訴訟の対象となる行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」である。よって,原告らの抗告訴訟はいずれも適法である。

  仮に,本件規定の制定行為が処分の取消しの訴えの対象に当たらないとしても,無効等確認の訴えとして認められる。

(被告)

  本件条例は,本件規定を含め,住民の権利義務関係を一般的,抽象的に定めるもので,これを制定する行為は,個人の具体的権利義務関係に直接の効果を及ぼさない。したがって,本件規定の制定行為は,行政事件訴訟法3条2項及び4項にいう「処分」に当たらないから,原告らの抗告訴訟は,いずれも不適法である。

  3 争点3について
  (原告ら)
    本件規定は,以下のとおり違憲・違法である。

   (1) 立法事実の不存在

ア 被告は,外来魚が増加し,在来魚を一方的に捕食して在来魚を減少さているという立法事実に基づいて,在来魚の減少を阻止するという立法目的を実現するために本件規定を制定したが,以下のとおり,上記立法事実には根拠がなく,本件規定は,立法目的の合理性を支える立法事実がない。

     (ア) オオクチバスは減少傾向にあり増加していない。
       琵琶湖では,環境負荷への増大に伴ってオオクチバスも在来魚と共に減少しており,外来魚の絶対数が増加し,在来魚のそれが減少しているという事実はない。
       在来魚とオオクチバスの減少率は比較的高く,ブルーギルの減少率は比較的低いという琵琶湖の現状を踏まえれば,ブルーギルとオオクチバスとを区別して科学的に検討する必要があり,単にオオクチバスとブルーギルを一括りに外来魚に分類して,在来魚の相対的減少と外来魚の相対的増加という概括的な二元的判断を行っても琵琶湖の実態を正確に把握することはできない。
     (イ) 在来魚の減少とオオクチバスの増加には因果関係がない。
       在来魚の減少は,主として,① 人為的な開発行為(琵琶湖総合開発等)による在来魚の産卵場所の急激な減少,② 漁業技術の革新による在来魚の乱獲,③ 開発行為等による汚水,汚物,有害化学物質等の流入による水質悪化,

④  外来魚駆除事業等による巻き添え死滅という複合的要因による。因果関係は,多様かつ複雑に形成されており,オオクチバスが在来魚を捕食するという単線的な因果関係ではない。食物連鎖とは小型種から中型種,さらに大型種というような単線的かつ一方的な捕食の連鎖ではなく,小型種の成魚が中型種や大型種の卵や稚魚を捕食したり,在来魚と外来魚の異種間同士の捕食や,飽和絶滅を回避するために外来魚同士が共喰いするなどの複合的な構造を有しており,昭和61年から同63年ころにはオオクチバスがモロコやフナと共生していたこと,採捕したオオクチバスを開腹してもケイ藻類しか出てこなかったという漁業関係者の証言も存することからして,オオクチバスが一方的に在来魚を捕食するという単純な食物連鎖論は成立しない。
       ブルーギルの増加は,ブルーギルが環境負荷に強い種であり,他の魚類と比較して強い繁殖力を有していることの結果にすぎず,オオクチバスが在来魚を捕食するという食物連鎖論とは何ら関係がない。
       被告は,本件条例成立の約1年前から滋賀県琵琶湖生態系検討会(以下「生態系検討会」という。)や滋賀県琵琶湖生態系研究会(以下「生態系研究会」という。)を諮問機関として設置したが,これらにおいても,琵琶湖の生態系変化を推測する多種多様にわたる要因が指摘されるにとどまっており,その因果関係を総合的に究明し,断定するまでの成果はなく,オオクチバス以外の考えられるべき諸要因に対する科学的な調査,分析は全く行われていない。
       また,被告が提出したオオクチバスの生息状況等に関する学術論文等は,いずれも,オオクチバスの増加に関する科学的なデータがないなど,オオクチバスの増加と在来魚の減少の因果関係を科学的に基礎づける資料とはいえない。
       漁獲量から魚の個体数や現在量を推定することはできないし,被告が提出した近畿農政局滋賀統計情報事務所作成の漁獲量に関する統計資料(乙21の1)は,漁獲量の定義が明らかでないなど,在来魚及び外来魚の生息数の増減を判断する資料足りえない。
     (ウ) 外来魚を「害魚」と断定する被告の思想自体が問題である。特定の生物の生存自体については,その生態と生息環境等を科学的に検証し,生物学,生態学,病理学などにより,共生不能かどうかを十分に検討する必要があり,外来魚が在来魚を捕食するという一局面から,安易に善悪を判断するべきではない。上記(イ)のとおり,オオクチバスはモロコ,フナと共生していた時期があり,共生不能生物ではない。被告の思想は,外来魚を新たな資源とし,在来魚と外来魚を共生させようとする人類の叡智と努力を否定する。

    イ 規制手段の不合理性

   本件規定は,以下のとおり,在来魚の減少を阻止するという立法目的を達成するために選択した規制手段としての合理性を支える立法事実がない。

   本件規定は,費用対効果の面で極めて不経済である。被告は,補助金を支出して外来魚駆除事業を行っているが,これによる外来魚の回収量は多い年で年間40トンにすぎず,他方,キャッチ・アンド・リリースをする釣り人がリリースを失敗した場合のオオクチバスの死亡量はその2倍強の年間80トンである。本件規定は,湖岸に死魚を放置させ,湖岸の環境と衛生に大きな問題をもたらすことになるが,このような問題を回避するためには,回収箱,いけす,その他の施設や設備,多数の監視員や指導員の配置などを整備する必要があり多額の予算措置を講じなければならない。これは,駆除の効率からして極めて不経済で財政的に破綻する。

   また,釣り人の動向調査によると,本件条例の施行により,約8割の釣り人が,琵琶湖にオオクチバス釣りに行くことはしないとしている。釣り人のうちでブルーギル釣りを目的とする人は極めて稀で,ほとんどがオオクチバスのキャッチ・アンド・リリースを目的としている。被告としては,補助金を支出せずに,釣り人の協力を得て,駆除効果を上げる方策をとることが十分に考えられ,かつ可能であるにもかかわらず,あえて釣り人の文化を否定して敵対することによって,釣り人を琵琶湖から遠ざけ,リリースによる駆除効果を激減させている。

   琵琶湖適正利用懇話会(以下「懇話会」という。)は,「琵琶湖におけるレジャー利用のあり方」の提言において,バスフィッシングへの対応についてリリースを明確に禁止する方向を打ち出すべきとするのが懇話会の大勢の見解であるとしているが,これは議会慣れした県職員や学者の会議運営の技術によるもので琵琶湖利用者や関係者の意見を正当に反映したものではない。

   したがって,釣り人が本件規定に従うことによって,外来魚駆除の効果が見込まれるという被告の認識は誤っており,本件規定には,立法目的を達成するための実効性や効率性がない。

(2) 法令違反等
ア 憲法13条違反
  キャッチ・アンド・リリースは,環境保全を重視し,魚類の棲み分けと生息分布による生存調整に配慮して魚類資源の枯渇を防止するためのものとして,欧米では当然のこととされ,我が国でも定着されつつある。原告らは,この世界的潮流に賛同して,キャッチ・アンド・リリースを自己の信条として魚釣りを楽しむという幸福追求権,自己決定権(憲法13条)という人格権を有している。本件規定は,原告らの人格権を侵害する。

イ 憲法14条違反
  被告は,在来魚の減少の主たる原因である琵琶湖の環境負荷の増大に対して,その除却及び改善措置を講じ,また,外来魚駆除事業等による大量の在来魚の死滅に対して,同時に採捕した在来魚の再放流を行わせるなどの是正措置を講じて,自己の行為責任及び監督責任を果たすべきである。しかるに,本件規定は,再放流禁止のみを定めて,釣り人の権利を侵害している。本件規定は,原告ら釣り人を不当に差別するものであり,憲法14条に違反する。

ウ 憲法19条及び20条違反
  原告らは,オオクチバスを殺生せず生きたまま再放流することを思想的信条及び宗教的信念として,釣りをしている。本件規定は,原告らのその思想的信条及び宗教的信念を否定して,その行動を規制するものであり,憲法19条及び20条に違反する。

エ 憲法26条及び13条違反
  全国の小学校においては,水槽で飼育される魚類を含む動物の飼育が行われ,魚の虐待を禁止する教育がされている。外来魚を殺すことになる本件規定は,教育理念の矛盾と退廃を生む結果となり,子供の学習権,幸福追求権,親の教育権を侵害するものであり,憲法26条及び13条に違反する。

オ 公布行為の違憲・違法
  滋賀県知事は,地方自治法176条1項の付再議権を有しており,独自の判断で,議会が成立させた違憲,違法な本件条例の問題点を検討して,本件規定を含む本件条例の違憲・違法性を認識し得たはずである。しかるに,同知事は,これを看過して本件条例を公布した。したがって,本件条例の公布行為は,違憲・違法である。

カ 「動物の愛護及び管理に関する法律」違反
   被告は,「動物の愛護及び管理に関する法律」3条に基づき,外来魚をみだりに殺すことを回避するための施策を本件条例に盛り込む義務があるにもかかわらず,これを怠った。本件条例には,再放流禁止を釣り人に義務づけるだけで,再放流に代わる措置が全く規定されていない。本件規定は,釣り人が外来魚を湖畔に放置することを予測あるいは奨励するものである。また,被告は,同法23条1項にいう採捕した外来魚の安楽死処理に関する規定も定めておらず,そのための予算措置も講じていない。本件規定は,上記各条項に違反する。

キ 「漁業資源保護法」違反
  オオクチバスは食糧源として,ブルーギルは真珠養殖の宿主として,いずれも漁業資源保護法に基づいて琵琶湖に移植された水産資源であり,漁業資源保護法の保護を受ける。被告は,同法に基づき,オオクチバス及びブルーギルを水産資源として保護培養し続ける義務があるにもかかわらず,これに違反して長年にわたって駆除の対象とし,釣り人に対して水産資源を活用せずに殺して破棄することを奨励する本件規定を制定した。また,被告は,外来魚の安楽死措置の施設を設置するなどを怠っている。本件規定は,同法5条及び6条等に違反する。

ク 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」及び「動物の愛護及び管理に関する法律」違反
   上記各法律によれば,野生傷病動物保護のための傷病野生鳥獣救護事業について,国から日本獣医師会へ補助金が拠出され,傷ついた動物の保護がされている。本件規定は,同じ生物の命を差別する結果となり違法である。

ケ 「生物の多様性に関する条約」違反
  被告は,国と共同して,主権的権利に基づき,生物の多様性に関する条約の生物資源としてオオクチバス及びブルーギルを琵琶湖に移植した以上,その後も国と協力して外来魚を水産資源の保全及び持続可能な利用方法の開発を推進しなければならない責任を負い,駆除のみを行うことは同条約に違反する。キャッチ・アンド・リリースは,同条約のいう生物資源の保全に貢献する行為である。これを規制する本件規定は同条約に違反する。

コ 概念の不明確性
  本件規定は,卵から稚魚へ,稚魚から成魚へという魚の成長過程のどの段階を規制の対象としているのかについて言及されておらず,不明確である。また,外来魚の名称だけを特定しているが,その名称と稚魚・成魚の写真を図解的に示さなければ,禁止規範を遵守させる前提としての概念の明確性を欠く。本件規定は,いわゆる「漠然性の故に無効の理論」により無効である。

   (3) 立法裁量の濫用
     上記(1)イのとおり,被告は,行政政策上の前提事実の認識を誤ったまま立法裁量を濫用して本件規定を制定した。

   (被告)
   (1) 本件規定の適法性
     琵琶湖は,古琵琶湖の誕生から400万年,現在の場所で深い湖となってからでも30数万年の歴史を有する世界でも有数の古代湖で,その長い歴史の中で琵琶湖にしか生息しない50種を超える固有種をはじめとする多様な生物で構成される豊かで貴重な生態系が育くまれてきた。
     しかしながら,現在の琵琶湖は,沿岸域にブルーギル,オオクチバス等の外来魚が在来種に優先して生息するようになり,生態系も外来魚優占のそれへと変化し,琵琶湖固有の生態系を前提とした漁業や食文化等の存続すら危ぶまれる状況になっている。外来魚の食性が在来種の生息に与える影響は極めて大きく,琵琶湖固有の生態系を保全するためには,外来魚を駆除し,その生息量をできる限り少なくする取組みが必要である。
     オオクチバスなどの外来魚の食害が在来種の減少に大きな影響を与えていることは,オオクチバスが在来種を一方的に捕食するという食性,オオクチバスが体重1キログラム増長するために約10キログラムの魚介類を捕食するという食害の程度,フナやコイ等のオオクチバスの食害を受けやすい魚種の漁獲量がオオクチバスが急増した昭和58年ころから,スジエビやホンモロコというブルーギルの食害を受けやすい魚種の漁獲量がブルーギルが急増した平成2年ころから急減している事実から明らかである。

  本件規定は,琵琶湖固有の生態系の保全という目的に明らかに反する外来魚の再放流を禁止するもので,琵琶湖の在来種の保護を図るための様々な取組の一環として,必要かつ合理的な規定であって,何ら,違法違憲の点はない。

 (2) 原告らの主張に対する反論

ア 立法事実について

  被告は,外来魚が琵琶湖の固有の生態系に与える影響の大きさについて,学術的な調査等の科学的根拠に基づいて判断している。オオクチバスとブルーギルとを一括りに外来魚に分類して,概括的に判断したことはない。

  オオクチバスの食害性は,ブルーギルと比較しても格段に大きく,仮にオオクチバスが減少しているとしても,引き続き駆除の対象とする必要がある。オオクチバスは,オオクチバスの食害性が在来種に与える影響の大きさ,すなわち,オオクチバスは,親が自らの卵や稚魚を強く守るためこれらが在来魚介類に捕食されることはないが,外来魚は一方的に在来魚介類を捕食するという偏った関係が存することが問題であり,その生息数が減少したからといって,その問題が解決するわけではない。

  原告らが在来魚の減少の主たる要因とする事項は,科学的根拠に乏しい独自の見解である。外来魚駆除事業は,古くから営まれてきた漁業の中で混獲された外来魚を駆除の対象として実施してきたものであり,これによって在来種が死滅することはない。琵琶湖の漁業は伝統的な漁法により実施され,在来種の生息に大きな影響を与えるおそれのある漁法等は滋賀県漁業調整規則等で制限されているのであって,琵琶湖漁業の漁法が在来種の減少に大きな影響を与えることはない。被告は,外来魚の増加のみを在来魚の減少の原因と考えているわけではなく,ヨシ帯等の産卵,繁殖場所の減少や水質自浄能力の低下等の要因もあると考えており,これらの要因に対する様々な取組を行っている。

  被告は,近畿農政局の統計の外来魚の漁獲量を用いて,外来魚の増加を主張したことはない。フナ・コイ・ホンモロコ・スジエビ・アユ・ビワマスは一定の社会的な影響を受けながらも根強い需要があり漁獲努力が続けられてきた魚種であり,これらの魚種については,漁獲量の増減が生息数の増減を反映している。

  琵琶湖の在来種と外来魚は,進化の歴史を全く共にしておらず,外来魚が琵琶湖固有の生態系に大きな影響を与えることなく共生することは困難である。

  被告は,釣り人に対する啓発活動等を通じて,本件規定の実効性及び効果を高める努力を行っており,立法事実の認識に誤りはない。

イ 原告らの法令違反等の主張,立法裁量の濫用の主張については,いずれも争う。


  4 争点4について

(原告ら)

   前記3の原告らの主張のとおり,被告において制定された本件規定は,違憲・違法である。また,被告は,本件訴訟の公開法廷において,本件規定が違憲・違法であるにもかかわらず,本件条例は合憲かつ合法であり,原告らの各再放流行為1及び2は違法である旨を主張し続けた。

   原告らは,これらの被告の行為により,自らの各再放流行為1及び2が違法であるという公的な評価を受け,それぞれ精神的苦痛を被った。

   原告らが被った精神的苦痛に対する損害は,それぞれ10万円を下らない。 したがって,原告らは,国家賠償法1条に基づき,上記損害の賠償を求める。

(被告)
いずれも争う。


第3 判断
Ⅰ 争点1について

1 原告らの各再放流行為1及び2は,いずれも過去の行為であり,当該行為時点における義務の不存在確認を求めることは訴えの利益を欠くといわざるを得ない。なお,各再放流行為1については,施行日前の行為であり本件規定による禁止義務がないことは当然である。

2 原告らは,本件規定が存続する限り,原告らの各再放流行為1及び2や将来の再放流行為について,常に違法の評価を受けることになり,原告らのキャッチ・アンド・リリースによって魚釣りを楽しむという釣り人としての自己決定権(憲法13条)やオオクチバスを殺生することなく再放流するという思想的信条,宗教的信念の自由(憲法19条,20条)が否定され続けるから,このような原告らの憲法上の権利又は法的地位に対する不安・危険を除去するために,各再放流行為1及び2について,再放流禁止の義務がないことを確認する利益があると主張する。

  以上によれば,原告らは,過去のオオクチバスの再放流行為について,本件規定による禁止義務を負わないことが確認されれば,今後も同様の義務を負わないことになるから,過去の事実であっても確認を求める利益があると考えるようである。これを前提とすれば,原告らの主位的請求(1)は,現在本件規定による禁止義務がないことの確認を求めるものとも解することができ,その確認の利益の有無については,通常の民事訴訟と同様,本件規定により原告らのどのような権利や法的利益がどの程度制約され,その危険・不安を排除する必要性があるのかによって,判断されることになる。

  前記第2のⅠのとおり,本件規定は,滋賀県内に存し,一般公衆の共同使用に供される公共用物(自然公物)である琵琶湖において,レジャー活動として,オオクチバス及びブルーギル等の外来魚を採捕した場合に,これを再び琵琶湖に放流してはならない旨を定めたものである。このような個人のレジャー活動という私的領域に関する事柄一般について,憲法13条の基本的人権として保障される場合があり,魚釣りを楽しむことがこれに含まれると解する余地があるとしても,それ以上に,特定の公共用物において特定の魚類を採捕して放流するということまでをも含むものではないし,また,同様に原告らの主張する憲法19条及び20条によって保障される具体的な権利又は法的利益であるということもできず,原告らの主張する不安や危険は,事実上の影響にすぎず,法律上のそれであるとは認められない。

3 したがって,原告らの主位的請求(1)は,いずれにしろ,いずれも確認の利益を欠き,不適法である。


 Ⅱ 争点2について
   原告らは,被告に対し,主位的に本件条例のうちの本件規定部分の処分の取消しを,予備的に本件規定の無効確認をそれぞれ求めている。

   これらの訴えは,いずれも,被告が行った本件規定の制定行為に対する抗告訴訟(行政事件訴訟法3条2項及び4項)であるところ,このような地方公共団体の条例の制定行為は,通常は,一般的・抽象的な規範を定立する立法作用の性質を有しており,原則として,個人の具体的な権利義務や法的利益に直接影響を及ぼすものではなく,抗告訴訟の対象となる処分(同条2項及び4項)ということはできない。もっとも,条例の形式をとっていても,他に行政庁の具体的な処分をまつまでもなく,当該条例そのものによって,その適用を受ける特定個人の具体的な権利義務や法的利益に直接具体的な影響を及ぼすという事情が認められる場合には,条例の制定行為自体をもって,抗告訴訟の対象となる処分と解する余地もないではない。


   原告らは,本件規定は,それ自体によってキャッチ・アンド・リリースによって魚釣りを楽しむという釣り人としての自己決定権(憲法13条)やオオクチバスを殺生することなく再放流するという思想的信条,宗教的信念(憲法19条,20条)という憲法上の具体的権利を直接侵害するから,抗告訴訟の対象となると主張する。

   しかしながら,前記Ⅰで示した本件規定の内容に照らせば,本件規定そのものが,原告らの主張する憲法上の権利等に重大な関わり合いをもつものとして,その適用によって,これらの権利等に直接具体的な影響を及ぼすという事情は認められない。

   したがって,本件規定の制定行為は,通常の立法作用として,抗告訴訟の対象となる処分に当たらないから,原告らの上記主位的請求及び予備的請求は,いずれも不適法である。

   なお,原告らは,本件規定の制定行為について,仮に,処分の取消しの訴えの対象に当たらないとしても,無効等確認の訴えとして認められると主張するが,抗告訴訟の対象となる処分といえるか否かについては,処分の取消しの訴えにおけるそれと無効等確認の訴えにおけるそれとに差異はなく,同主張を採用することはできない。


 Ⅲ 以上のとおり,原告らの前記第1のⅠ1(1)及び(2),2の請求にかかる各訴えは,いずれも不適法であるから,却下を免れない。

 Ⅳ 争点3及び4について
  1 被告の本件規定の制定行為について

   (1) 本件条例は,琵琶湖におけるレジャー活動に伴う環境の負荷を低減し,琵琶湖の自然環境およびその周辺における生活環境の保全に資することを目的とするもの(乙1)であり,このような地方公共団体が制定する条例において,その地域に存し,一般公衆の共同使用に供されてる自然公用のレジャー利用に関し,自然環境等を保全するため,当該地方公共団体が行う施策として,いかなる基本方針や規制,措置等を定めるかという事柄は,当該自然環境等の変化の状況,保全の必要性やその程度,当該地方公共団体の諸施策との関係,利用者の動向,国などの環境政策の情勢等を総合的に考慮して決定される極めて専門的,政策的な事柄であり,被告の合理的な裁量判断に委ねられているというべきである。

   (2) 括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ
る。
    ア 琵琶湖は,50種以上の固有種を含む多様な動植物による豊かな生物相を有し,これらの豊かな魚類等を対象に伝統的な漁具,漁法による漁業が営まれ,また,滋賀県の伝統的な食文化を支えていたが,昭和58年ころからオオクチバスの,平成2年ころからブルーギルの生息数が急増し始め,平成6年及び同7年に沿岸域でオオクチバス及びブルーギルの優占が,平成12年及び同13年ころにもそれらの優占がそれぞれ確認され,また,平成12年には,固有種を含む全53種の魚類が絶滅危惧種,絶滅危機増大種,希少種などの「滋賀県で大切にすべき野生生物」に選定され,さらに,琵琶湖漁業においても在来種の漁獲量の低迷状態が続くなど,本件条例が制定された平成14年当時,琵琶湖は,在来種の生息数が極端に減少し,沿岸域はオオクチバス及びブルーギルが優占し,特に南湖では魚類相の単純化の進行が懸念されるという,豊かで多様であった従来の生態系が危機的な状況に陥っていた。(甲9,80,90,99,乙2,11,12,14,16,21の1,22ないし24,33,36,43ないし46,81,調査嘱託の結果)

    イ 琵琶湖におけるオオクチバス及びブルーギルの食性等の調査結果,オオクチバスの稚魚期から成魚期の食性や環境順応能力等の特性,ブルーギルの稚魚期から成魚期の食性,仔稚魚の初期減耗率やその生命力等の特性及び生態系検討会の中間報告や生態系研究会の琵琶湖における魚介類の生息状況の変化とその要因に関する報告からして,オオクチバス及びブルーギルによる在来種の捕食が在来種の生息数の減少という琵琶湖の生態系の変化に大きな影響を与えていることは明らかである。(甲101ないし108,乙11,12,14,16ないし18)

    ウ 上記調査においてオオクチバスによる捕食が認められた魚類の中には「滋賀県で大切にすべき野生生物」で絶滅危惧種に選定されたシロヒレタビラ,希少種に選定されたビワヒガイ,要注目種に選定されたニゴロブナ,ホンモロコなど,分布上重要種に選定されたアユ,ハスが含まれている。(乙36)

    エ 被告は,外来魚の生息数を減少させ,琵琶湖の生態系を保全するため,昭和60年から県漁連が行っている外来魚駆除事業に対する補助や,外来魚の持ち帰りのための啓発活動などを行うとともに,在来種の繁殖環境の整備や水質保全の観点からの規制や対策を講じるなど,琵琶湖の生態系の保全について,種々の観点からの施策を実施している。(甲2,乙25,41,42,52)

    オ 政府は,国の環境政策について,生物多様性の保全に関する外来種問題を重点的取組事項とし,地域の実態に応じ外来魚の生息域・量の抑制を推進する必要があるなどの,水産基本計画において,水域の生態系の保全の観点からオオクチバスなどの外来魚の移植の制限やその駆除の推進等の措置を講じることなどの各方針を示し,また,被告を含む多くの地方公共団体は,漁業調整規則によりオオクチバスやブルーギルの移植の原則禁止を定めている。さらに,ユネスコの支援により政府機関関係者及びNGOの協力を目的として設立された自然環境保全に関する活動を行う国際団体である国際自然保護連合(IUCN)の種の保全委員会は,平成12年「世界の侵略的外来種ワースト100」を発表し,オオクチバスをこれに選定している。(乙6ないし8,9の1・2,37,48,67,68)

    カ 本件条例の要綱案について実施された滋賀県民政策コメント制度よる意見募集においては,オオクチバス及びブルーギルの再放流禁止規定に対し,県民等から賛否両論の意見が提出され,琵琶湖の利用実態を踏まえ,その適正な利活用のあり方を検討するために設置された琵琶湖の利活用者を含む24名の委員からなる懇話会においては,外来魚の再放流につき,明確に禁止の方向を打ち出すべきであるとの意見が大勢であったなどを含む「琵琶湖におけるレジャー利用のあり方」の提言が滋賀県知事に提出された。また,平成12年度の滋賀県政世論調査においては,外来魚対策に関する質問に対し,1位が「琵琶湖の生態系に関わる問題なので駆除すべきだ。」とする回答で60.7パーセントを,2位が「釣り上げた外来魚を回収する体制を整えるべきだ。」で42パーセント,3位が「外来魚の密放流防止の啓発を強化すべきだ。」で40.5パーセントをそれぞれ占めていた。

      本件条例は,上記滋賀県民政策コメント制度による意見等の募集を経て,平成14年9月県議会定例会において可決成立し,被告は,本件規定の施行に向けて,琵琶湖ルールの推進活動や外来魚回収施設の設置等の本件規定の実効性,効率性を向上させるための準備を行った。(以上につき,甲113ないし118,乙32,50,76)

   (3) 以上の事実関係に照らせば,琵琶湖の本来の生態系を回復するために,琵琶湖に生息する外来魚の絶対数を減らしていくことが不可欠であり,釣りというレジャー活動の側面からも,本件規定を制定してオオクチバス及びブルーギルの再放流を禁止する必要があるとした被告の判断は,十分な合理性があり,本件規定を含む本件条例の制定にかかる被告の行為は,立法裁量の濫用などの事情もなく,適法であると認められる。

  2 原告らの主張について
   (1)ア 原告らは,ブルーギルと異なりオオクチバスは減少しているし,また,在来魚の減少は,開発行為等による産卵場所の急激な減少,水質悪化などの複合的な要因に基づくもので,オオクチバスの食害との間には因果関係がないとして,本件規定について立法事実が存在しないと主張する。

      しかしながら,平成14年当時,オオクチバスがブルーギルと共に琵琶湖沿岸において在来種に優占して生息していたことは前記1(2)ア認定のとおりであり,オオクチバスが減少傾向にあることをもって,オオクチバスの琵琶湖の生態系に与える影響を否定することはできない。また,原告らが主張する各要因のうち,在来種の減少に重要な関わり合いを有する事柄が含まれているとしても,前記1(2)イ認定のオオクチバスの食性の調査の結果等に鑑みれば,オオクチバスの捕食が在来種の減少に与える影響は大きく,この事実に本件条例制定当時の琵琶湖の生態系の危機的状況や前記1(2)ウのオオクチバスの捕食が認められた在来種の生息状況を併せ考えれば,オオクチバスの捕食による影響を軽視することは相当でない。

      原告らは,オオクチバスと在来魚との共生は不可能ではないと主張するが,前記認定の本件条例制定当時の琵琶湖におけるオオクチバスと在来種の生息状況からして,琵琶湖において,オオクチバスが在来種と共生して,従来の生態系を維持,回復しうると認めることはできない。

      原告らは,本件規定は琵琶湖から釣り人を遠ざけることになるから,本件規定の制定により外来魚駆除の効果を見込めるという被告の認識は誤っており,また,費用対効果の面からも極めて不経済であるなどとして,本件規定は規制手段として不合理であると主張するが,被告の本件条例の施行に向けた琵琶湖ルールの推進活動や外来魚の回収施設の設置,施行後の外来魚の回収状況(乙32,50)からして,同主張は採用できない。

    イ 原告らは,オオクチバスの生息状況等に関して被告が提出した学術論文は,科学的なデータを欠きオオクチバスの増加と在来魚の減少との間の因果関係を基礎づけるものではない,また,生態検討会及び生態研究会の各報告は科学的な調査・分析を欠いている,懇話会の提言は琵琶湖利用者の意見を正当に反映したものではないなどと主張するが,上記各論文に引用されたオオクチバスの生息状況や食性等に関する調査結果や生態検討会及び生態研究会の各報告内容について,その採集データの客観性や信憑性を疑う事情は認められないし,また,懇話会の協議経過(甲116ないし117)からしても,提言に示された意見の正当性を疑う事情は認められない。

      また,原告らは,近畿農政局滋賀統計情報事務所作成の漁獲量に関する統計資料(乙21の1)は,漁獲量の定義が明らかでないなど,これによって在来魚及び外来魚の生息数の増減を判断することはできないなどとするが,在来種に関する漁獲量の全体的な推移を把握する上では,同資料における漁獲量の定義に不明な点はなく(調査嘱託の結果),同資料に関する原告ら主張の諸事情は前記認定を左右しない。

   (2) また,本件規定が憲法13条,19条,20条に違反しないことは前記Ⅰ判示のとおりであり,この点に関する原告らの主張は認められない。原告らのその余の法令違反等の主張は,いずれも的確な裏付けがなく採用できない。

     原告らは,被告が本件規定によって外来魚駆除の効果が見込まれるなどの誤った認識を前提として,本件規定を制定しているなどとして,立法裁量の濫用を主張するが,上記1(ア)のとおり,同主張は採用できない。

   (3) 原告らは,本件規定が違憲・違法であるにもかかわらず,被告が本件訴訟において,本件条例を合憲かつ合法であり,原告らの各再放流行為1及び2は違法である旨を主張し続けたことにより精神的苦痛を被ったと主張するが,本件規定が適法であることは前記1判示のとおりであって,本件規定が違憲・違法であることを前提とする原告らの主張は,その前提において採用できない。

 Ⅴ 結論
   以上によれば,原告らの各再放流行為1及び2についてオオクチバスを再放流してはならないとの義務がないことの確認を,主位的に外来魚再放流禁止規定部分の処分の取消しを,予備的に同規定の無効確認を求める訴えはいずれも不適法であるから,これらをいずれも却下し,原告らのその余の請求は,いずれも理由がないから,これらをいずれも棄却することとして,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民訴法61条及び65条1項を適用して,主文のとおり判決する。

大津地方裁判所民事部

  裁判長裁判官   稻  葉  重  子
   裁判官   岡  野  典  章
   裁判官   本  多  智  子