国立大学の動物実験計画書等に関する公文書非開示決定取消請求事件(平成16年12月24日東京地方裁判所)[棄却]

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国立大学が,実験動物として搬入されるニホンザルを個体管理するために作成したニホンザル戸籍簿中の識別用各個別写真が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条6号ハに掲げるおそれのある事務事業情報に該当するとされた事例等(平成16年12月24日東京地方裁判所)平成15(行ウ)597公文書非開示決定取消請求事件



[判示事項]
1 国立大学の動物実験計画書のうち,申請者氏名欄及び連絡先欄(いずれも講師以上の者を除く。)を記載した文書に記載された情報が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条1号に不開示情報として定める「個人に関する情報」に該当するとされた事例 

2 国立大学の動物実験計画書のうち,実験題目及び実験内容中の研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分を記載した情報並びに同大学が実験動物として搬入されるニホンザルを個体管理するために作成したニホンザル戸籍簿の実験利用記録欄の「処置記録」中,研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分を記載した情報が,いずれも,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条6号ハに掲げるおそれのある事務事業情報に該当するとされた事例 

3 国立大学が,実験動物として搬入されるニホンザルを個体管理するために作成したニホンザル戸籍簿中の識別用各個別写真が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条6号ハに掲げるおそれのある事務事業情報に該当するとされた事例 

4 国立大学で動物実験を行おうとする研究者の請求により,担当職員が,実験動物取扱業者から実験動物を購入するという手続を記載した書類である「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」及び「物品購入等請求書」中の「品名」欄,「規格品質」欄,「納入」又は「相手方」欄に記載された情報が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条2号イに不開示情報として定める法人等情報に該当するとされた事例

[裁判要旨]
1 国立大学の動物実験計画書のうち,申請者氏名欄及び連絡先欄(いずれも講師以上の者を除く。)を記載した文書に記載された情報につき,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条1号本文の個人識別情報に当たるとした上,同計画書に含まれる情報を公開すべきとする法令の定めや事実上の慣習が存在するとは認められず,同情報の開示請求に対する決定がされた当時,前記大学の助手及び大学院生の氏名が同大学のホームページに掲載されることが事実上の慣習になっていたと認めることもできないことなどから,同号ただし書イの場合に該当しないなどとして,前記情報が,同号に不開示情報として定める「個人に関する情報」に該当するとした事例 

2 国立大学の動物実験計画書のうち,実験題目及び実験内容中の研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分の情報並びに同大学が実験動物として搬入されるニホンザルを個体管理するために作成したニホンザル戸籍簿の実験利用記録欄の「処置記録」中,研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分を記載した情報につき,同各部分には,当該研究の重要事項を示す文言が記載されており,当該研究者の専門分野及び研究業績等,その他の情報と照合することによって,どのような目的のために研究を行っているのかやその研究の価値などが推測し得るものであるから,当該研究の独創性や独自性,研究者の着眼点等,研究者の優先権に相当する部分が含まれていることが認められ,このような情報が公になれば,その研究の独創性や独自性,研究者の着眼点等,その研究者の優先権に相当する部分が失われることとなり,結果として,研究者の自由な発想,創意工夫や研究意欲が不当に妨げられるなど,研究の能率的な遂行を不当に阻害するおそれがあると認めることができるから,前記情報は,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条6号ハに掲げるおそれのある事務事業情報に該当するとした事例 

3 国立大学が,実験動物として搬入されるニホンザルを個体管理するために作成したニホンザル戸籍簿中の識別用各個別写真につき,これを開示した場合,そこに写っているニホンザルの写真が動物実験に対する反対活動に用いられることによって,調査研究のために本当に必要な動物実験についても,これを行うことが困難又は不可能となるおそれが客観的にあり,実験動物を用いた研究の「能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」が存在すると認めることができるとして,前記写真が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条6号ハに掲げるおそれのある事務事業情報に該当するとした事例 

4 国立大学で動物実験を行おうとする研究者の請求により,担当職員が,実験動物取扱業者から実験動物を購入するという手続を記載した書類である「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」及び「物品購入等請求書」中の「品名」欄,「規格品質」欄,「納入」又は「相手方」欄に記載された情報につき,前記の大学に対して実験動物を納入している実験動物取扱業者の名称や当該業者の納入した実験動物の種類,品質等が明らかになると,平和的な抗議活動や言論活動だけでなく,これらの業者の営業に不当な圧力をかけたり,営業を妨害するなどの活動が行われる可能性があり,現に,これらの業者はそのおそれを抱いていることを認めることができ,このような妨害活動等が行われると,実験動物取扱業者の営業に不利益な事態が発生する可能性があるということができるとして,前記書類が行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号による改正前)5条2号イに不開示情報して定める法人等情報に該当するとした事例

[判決全文]

主        文

一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一 請求
被告が、平成13年12月12日付けでした下記不開示部分を不開示とする旨の行政文書部分開示決定(ただし、平成15年9月30日付けの「不服申立に対する決定」による一部取消し後のもの)を取り消す。



1 「動物実験計画書」について
① 「申請者氏名」及び「連絡先」(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)
② 「実験題目」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分
③ 「実験内容」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分(ただし、「動物実験計画書」No.2201の「実験内容」のうち倫理的配慮欄の麻酔薬の名称を除く。)

2 「ニホンザル戸籍簿」について
① 「識別用各個別写真」
② 「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)
③ 実験利用記録欄の「処置記録」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分(ただし、「ニホンザル戸籍簿」検査送付番号2000−8の「処置記録」欄における麻酔薬の名称を除く。)

3 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」について
① 「品名」、「規格品質」及び「納入」又は「相手方」
② 「使用場所」における研究者名(ただし、講師以上の者を除く。)

第二 事案の概要
一 事案の骨子
本件は、原告が、平成13年法律第140号による改正前の行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)3条に基づいて動物実験に関する行政文書の開示の請求(以下「本件開示請求」という。)をしたところ、被告(当時は大分医科大学長)が、それぞれ情報公開法5条1号本文、2号イ、4号又は6号柱書・同号ハ所定の不開示情報に該当するとして、一部を不開示とする旨の決定をしたため、原告が、被告に対し、被告が不開示とした部分は情報公開法所定の不開示情報に該当しないので、上記決定は違法である旨主張して、上記決定の取消しを求める事案である。

二 関係法令の定め

情報公開法5条

行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。

1 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

イ 法令の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報

ロ …(略)…

ハ 当該個人が公務員(国家公務員法(昭和22年法律第120号)第2条第1項に規定する国家公務員及び地方公務員法(昭和25年法律第261号)第2条に規定する地方公務員をいう。)である場合において、当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは、当該情報のうち、当該公務員の職及び当該職務遂行の内容に係る部分

2 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。

イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの

ロ …(略)…

…(略)…

4 公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報

5 …(略)…

6 国の機関又は地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの

イ …(略)…

ロ …(略)…

ハ 調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ
…(以下略)…

三 前提事実
証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実は、その旨付記し、その余の事実は当事者間に争いがない。

1 当事者等
(一) 原告は、平成13年12月7日に設立された、動物実験の廃止と動物の権利擁護に関する事業を行うこと等を目的とする特定非営利活動法人であり、本件開示請求当時は、権利能力なき社団であった(弁論の全趣旨)。

(二) 本件開示請求を受けたのは大分医科大学長であったが、平成15年10月1日、大分大学と大分医科大学とが統合して大分大学となり(以下、統合前の大分医科大学についても「大分大学」ということがある。)、大分大学長が、大分医科大学長の事務及び権限を承継した(弁論の全趣旨)。

さらに、平成16年4月1日をもって、国立大学法人法により、国立大学法人である被告が成立した。被告は、大分大学の権利義務を承継し、国立大学である大分大学を設置した。

そして、国立大学法人法施行令附則16条1項によって、平成16年3月31日以前の大分大学長がした情報公開法に関する行政文書の開示、不開示の決定は、独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律の規定に基づき、国立大学法人である被告がしたものとみなされている(以下、大分医科大学長及び大分大学長についても「被告」ということがある。)。

2 本件訴訟に至る経緯

(一) 原告の行政文書開示請求

原告は、平成13年11月9日付けで、被告に対し、開示を請求する文書を「①サル・犬・猫に関する2000年度の実験計画書」及び「②実験に使用している全ての動物の入手について以下の事がわかる2000年度の資料 種類・頭数・購入金額・入手元(業者名、機関名など)・入手元の住所と電話番号」として、本件開示請求をした(甲1)。

(二) 平成13年12月12日付け部分開示決定

被告は、平成13年12月12日付けで、本件開示請求に係る文書を「動物実験計画書」、「ニホンザル戸籍簿」、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」及び「物品購入等請求書」(以下、これらを併せて「本件各行政文書」という。)と特定し、本件各行政文書について、次の各部分を不開示とし、その余の部分を開示する旨の決定をした(以下「本件部分開示決定」という。甲2)。

(1) 「動物実験計画書」の不開示部分
ア 「申請者所属欄の所属・氏名・連絡先・印影」、「講座等責任者欄氏名・連絡先・印影」
イ 「実験場所」(記入部分のみ)
ウ 「実験題目」(不開示部分のみ)
エ 「実験内容」
オ 「動物の飼育、実験、処分における倫理的配慮」欄の薬品名
カ 「動物実験計画承認書」欄の申請者名
キ 「備考」(記入部分のみ)

(2) 「ニホンザル戸籍簿」の不開示部分
ア 「捕獲許可発行自治体名」
イ 「捕獲許可証番号」・「飼養許可証の番号」
ウ 「識別用各個別写真」
エ 「処分者氏名」・「飼育開始届申請者氏名」
オ 実験利用記録の「講座名」・「利用者名」
カ 「処置記録」

(3) 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」の不開示部分
ア 「講座名等」・「使用場所」(動物実験施設を除く。)
イ 「規格品質」
ウ 「納入」
エ 「印影」(研究及び講座に関わる者以外の者の印影は除く。)

(4) 「物品購入等請求書」の不開示部分
ア 「講座名等」・「研究担当者氏名・印」・「受領印」
イ 「印影」(研究及び講座に関わる者以外の者の印影は除く。)
ウ 「規格品質」
エ 「相手方」
オ 「課題番号」

(三) 原告による不服申立て
原告は、本件部分開示決定について、平成14年2月8日付けで、被告に異議申立てをした(甲3)。

(四) 被告による一部開示

被告は、上記異議申立てを受けて、平成15年2月28日、情報公開審査会に諮問したが、諮問に際し、本件各行政文書のうち、次の各部分を開示することとした(甲4、乙5、弁論の全趣旨)。

(1) 「動物実験計画書」について
ア 「申請者所属欄の所属・氏名・連絡先・印影」及び「講座等責任者欄氏名・連絡先・印影」のうち講師以上の者に関するもの
イ 「実験場所」
ウ 「実験題目」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分以外の部分
エ 「実験内容」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分以外の部分
オ 「動物実験計画承認書」欄の申請者名のうち講師以上の者に関するもの

(2) 「ニホンザル戸籍簿」について
ア 「処分者氏名」及び「飼育開始届申請者名」のうち講師以上の者に関するもの
イ 「実験利用記録」欄の「講座名」・「利用者名」のうち講師以上の者に関するもの
ウ 「処置記録」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分以外の部分

(3) 「物品請求、命令書・管理簿(乙)」について
ア 「講座名等」及び「使用場所」(講師以上の者以外の者の氏名に関する部分を除く)
イ 「印影」のうち講師以上の者に関するもの

(4) 「物品購入等請求書」について
ア 「講座名等」、「研究担当者氏名・印」及び「受領印」のうち講師以上の者に関するもの
イ 「印影」のうち講師以上の者に関するもの

(五) 情報公開審査会の答申
情報公開審査会は、平成15年8月6日付けで、本件各行政文書について次の各部分を開示すべき旨の答申をした(甲4、乙5)。

(1) 「動物実験計画書」について
ア 「動物の飼育、実験、処分における倫理的配慮」欄における麻酔薬の名称
イ 「動物実験計画書」No.2201の「実験内容」欄のうち「倫理的配慮」欄の麻酔薬の名称

(2) 「ニホンザル戸籍簿」について
ア 「捕獲許可発行自治体名」
イ 「捕獲許可証の番号」及び「飼養許可証の番号」
ウ 「ニホンザル戸籍簿」検査送付番号2000−8の「処置記録」欄における麻酔薬の名称

(3) 「物品購入等請求書」について
「課題番号」

(六) 平成15年9月30日付け部分開示決定

被告は、上記答申を受けて、平成15年9月30日付けで、本件各行政文書のうち、本件答申で開示すべきとされた部分を開示する旨の「不服申立てに対する決定」をした(甲114)。

したがって、本件各行政文書のうち、次の各部分(以下、総称して「本件不開示部分」という。)が最終的に開示されていない。

(1) 「動物実験計画書」について
① 「申請者氏名」及び「連絡先」(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)
② 「実験題目」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分
③ 「実験内容」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分(ただし、「動物実験計画書」No.2201の「実験内容」のうち倫理的配慮欄の麻酔薬の名称を除く。)

(2) 「ニホンザル戸籍簿」について
① 「識別用各個別写真」
② 「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)
③ 実験利用記録欄の「処置記録」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分(ただし、「ニホンザル戸籍簿」検査送付番号2000−8の「処置記録」欄における麻酔薬の名称を除く。)

(3) 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」について
① 「品名」、「規格品質」及び「納入」又は「相手方」
② 「使用場所」における研究者名(ただし、講師以上の者を除く。)

(七) 本件訴訟提起

原告は、平成15年11月5日、本件不開示部分を不開示とする旨の本件部分開示決定(ただし、平成15年9月30日付けの「不服申立に対する決定」による一部取消し後のもの)の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

四 争点

本件不開示部分に含まれる各情報が、それぞれ情報公開法5条1号本文、2号イ、4号又は6号柱書・同号ハ所定の不開示情報に該当するか否か。

五 当事者の主張の要旨

1 「動物実験計画書」中の不開示部分について

(被告の主張)

(一) 「申請者氏名」及び「連絡先」(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)について

(1) 情報公開法5条1号該当性について
ア 情報公開法5条1号本文に該当すること
「動物実験計画書」の「申請者氏名」欄に記載された情報が、情報公開法5条1号本文の「特定の個人を識別することができる」情報に該当することは明らかである。 また、「動物実験計画書」の申請者の「連絡先」欄には、当該申請者の内線電話番号が記載されている。そして、内線電話番号は、被告の職員その他の関係者であれば入手可能な情報である。そうすると、「動物実験計画書」の申請者の「連絡先」欄に記載された情報は、「他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなる」情報(情報公開法5条1号本文)に該当する。

イ 情報公開法5条1号ただし書イ又はハに該当しないこと

(ア) 助手の氏名について

a 本件開示請求当時、被告は国立大学であり、その助手は大学の職員(学校教育法58条1項)として、国家公務員法2条1項に規定する公務員(情報公開法5条1号ただし書ハ)に該当した。

情報公開法5条1号は、公務員の氏名については、公にした場合、公務員の私生活等に影響を及ぼすおそれがあり得ることから、私人の場合と同様に個人情報として保護に値すると位置付けた上で、同号ただし書イに該当する場合には例外的に開示することとしている。

そうすると、公務員の氏名は、情報公開法5条1号ただし書ハに該当する場合についても、同号ただし書イに該当する場合に限り公にされることになる。 b まず、国立大学の助手の氏名を公にするとする法令の規定は存在しない。

次に、人事異動の官報への掲載その他行政機関により職名と氏名とを公表する慣行がある場合や、行政機関により作成され、又は行政機関が公にする意思をもって提供した情報を基に作成され、現に一般に販売されている職員録に職と氏名とが掲載されている場合には、その職にある者の氏名を一般に明らかにしようとする趣旨であると考えられ、「慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている」(情報公開法5条1号ただし書イ)と解される。

しかし、被告の助手は、職員録等の一般に入手又は閲覧することのできる名簿に、その氏名が記載されているものではないから、「慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている」情報(情報公開法5条1号ただし書イ)に該当しない。

c したがって、助手の氏名は、情報公開法5条1号ただし書イに該当しないから、不開示情報の例外に該当しない。

(イ) 学部学生及び大学院生の氏名について

学部学生及び大学院生は、被告の職員録等の一般に入手又は閲覧することのできる名簿にその氏名が記載されている者ではないから、「慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている」情報(情報公開法5条1号ただし書イ)に該当せず、また、国家公務員法2条1項に規定する国家公務員にも地方公務員法2条に規定する地方公務員にも該当しない。

したがって、学部学生及び大学院生の氏名は、情報公開法5条1号ただし書イに該当しないから、不開示情報の例外に該当しない。

(ウ) 原告の主張に対する反論

原告は、動物の愛護及び管理に関する法律(以下「動物愛護法」という。)、実験動物の飼養及び保管等に関する基準(昭和55年総理府告示第6号。以下「実験動物飼養基準」という。)及び動物実験に関する指針(昭和62年社団法人日本実験動物学会発表)を根拠に、「動物実験計画書」は、求められれば何人にも提供することを予定している文書であり、そこに記載された動物実験を実施する者の氏名は、「公にすることが予定されている情報」(情報公開法5条1号ただし書イ)に該当すると主張する。

しかし、そもそも「動物実験計画書」は、第三者に公開することを目的として作成するものではなく、実験者が、動物実験委員会に対して、動物実験の適法性及び遂行方法を明確にし、動物実験の必要性、重要性、倫理性等の審査を行うために作成するものである。

また、動物愛護法及び実験動物飼養基準は、行政文書の開示・不開示を決する基準ではなく、被告に「動物実験計画書」を公にすることを義務付ける法的効力はない。

さらに、動物実験に関する指針は法令ではなく、被告に「動物実験計画書」を公にすることを義務付けるものではないことは明らかである。

したがって、原告の主張は、情報公開法5条1号ただし書イの解釈を誤るものである。

(2) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について
ア 本件開示請求当時、被告は国の機関であり、そこで実施される動物実験は、国の機関が行う研究、教育に関する事務であるから、「国の機関…(中略)…が行う事務又は事業に関する情報」(情報公開法5条6号柱書前段)に該当することは明らかである。

イ 「動物実験計画書」の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報は、被告において、教育、研究目的で実験動物を用いて実験を行う研究者や学生に関する情報である。

そして、後記3(一)(2)のとおり、動物実験に反対する団体のメンバー等により、暴力的な手段を用いて、実験動物取扱業者に対して、過激な抗議活動が行われている。また、日本の大学の研究室に不正な手段を用いて侵入し、動物実験等で用いられる資料、あるいは実験動物を不正に持ち出すという事件が発生している。

これらの事実に照らせば、動物実験を行う研究者や学生に関する情報が公にされた場合、これらの研究者や学生に対して、嫌がらせや暴力的な抗議行動が行われたり、動物実験用の資料や実験動物が不正に持ち出されたりすることにより、これらの研究者や学生の行う動物実験の「公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」(情報公開法5条6号ハ)があることは明らかである。

ウ したがって、「動物実験計画書」の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報が、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当することは明らかである。

(二) 「実験題目」及び「実験内容」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分について

(1) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について
ア 本件開示請求当時、被告は国の機関であり、そこで実施される動物実験は、国の機関が行う研究、教育に関する事務であるから、「国の機関…(中略)…が行う事務又は事業に関する情報」(情報公開法5条6号柱書前段)に該当することは明らかである。

イ 本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」に記載された「実験題目」欄及び「実験内容」欄中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分は、いずれも、当該研究の研究上のキーワード等が記載されている部分であり、当該研究の独創性や独自性、研究者の着眼点等、研究者の優先権に相当する部分が含まれている。

特に、特許や実用新案に関わる研究活動の場合、このような研究上のキーワード等が公になれば、その研究の独創性や独自性、研究者の着眼点等、その研究者の優先権に相当する部分が失われることとなり、当該研究の遂行にとっては致命的な支障を来すものである。

調査研究に関する事務については、その成果を上げるために、研究者が、その発想、創意工夫等を最大限に発揮できるようにすることが重要であり、研究上のキーワード等に関する情報を公にすることは、自由な発想、創意工夫や研究意欲が不当に妨げられ、減退するなどし、ひいては研究活動の停滞や中止といった研究上の致命傷になり得るなど、研究の「能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」(情報公開法5条6号ハ)がある。

ウ したがって、本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」に記載された「実験題目」欄及び「実験内容」欄中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分に記載された情報が、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当することは明らかである。

(2) 原告の主張に対する反論
ア 原告は、「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報を開示すべきであるとの主張の前提として、被告における動物実験の管理態勢等を非難するが、原告の主張は、前提を誤るものである。

すなわち、被告は、近隣住民等への安全管理については、大分医科大学動物実験指針に基づき、特に病原体等を取り扱う動物実験について、病原菌による汚染が生ずることのないよう、検疫や汚染防止措置を十分に施すなど、実験者及び近隣住民の安全を確保している。また、動物実験においては、性別、年齢の特定を必要としないサルを用いた実験もあるので、「動物実験計画書」には、年齢、性別をあえて未記入にしている場合もあり、この点で「動物実験計画書」の記載に不備があるわけではない。なお、被告はBウイルスを用いた動物実験は行っていないし、解剖実習にはサルを用いていない。

イ 原告は、本件開示請求の対象となった「動物実験計画書」に記載された動物実験は、違法飼養のサルを用いて実施されたものであることが疑われるから、情報公開法5条6号によって保護される適正な事務の遂行に該当しない旨主張する。

しかし、本件開示請求の対象となった「動物実験計画書」は、平成12年度のものであって、その対象となる実験動物は、鳥獣保護法に基づき、適法かつ適正に飼養されていたものであるとともに、その「動物実験計画書」は、動物実験委員会の審査と承認を受けた適正なものである。

また、高次脳機能や感染症の研究においてニホンザル等の霊長類を用いた動物実験が不可欠であるように、動物実験に基づく研究は、学問・研究の発展をもたらし、社会に有益な成果を還元するものであるから、こうした研究の前提となる動物実験には、公共の利益があることは明らかである。

したがって、原告の上記主張は、前提となる事実を誤るものである。

ウ 原告は、由来や病歴が不明な動物や野生動物を使用していること等を理由として、不開示となった動物実験のすべてが高い質と機密性を有するものとは考えられず、「動物実験計画書」の「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報を公にしても、研究の遂行に支障を及ぼすことはない旨主張する。

しかし、「動物実験計画書」において、サルの年齢等を記載していない理由は前記1(二)(2)アのとおりであり、開示済みの「動物実験計画書」の記載からも明らかなとおり、解剖実習にはサルは用いられていない。

また、国立大学動物実験施設協議会及び国立大学医学部長会議常置委員会が、環境省自然環境局長及び「動物の愛護管理のあり方検討会」の座長あてに提出した「動物の愛護及び管理に関する法律の改正に対する見解と要望について」では、科学的利用に供する実験動物の範囲を明確にし、野生動物や譲渡犬等実験動物以外の動物も一定の条件下で利用できるようにすることを要望しており、野生動物がすべて実験動物としての適格を欠くということはできない。

さらに、「手掌皮膚に分布するマイスナー小体の三次元微小解剖に関する研究」等、野生由来のニホンザルを動物実験に使用したとみられる研究で、国際学会誌に発表されている論文は多数あり、質の高い研究として評価されている例も少なくない。

したがって、原告の主張は、前提を欠くものである。

エ 原告は、他大学では、被告よりもはるかに詳細に実験内容を公にしているが、公開したことによる研究上の支障は生じていないことからすれば、「動物実験計画書」の「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報を公にしても、研究の遂行に支障を及ぼすことはない旨主張する。

しかし、公開したことにより研究上の支障が生じていないという原告の主張には、何らの根拠もない。

また、大学は、最先端の教育・研究を担っており、学問・研究の分野における国際的競争にもさらされている。基礎的、学問的な研究には高い価値があり、こうした研究におけるプライオリティの重要性は、各種の学術賞の受賞状況をみても、知的財産保護の理由からみても明らかである。そうであるからこそ、研究におけるプライオリティは強く守られてきたのである。研究内容を具体的に公にしている場合は、そのようなプライオリティがないことを前提としていると解すべきである。

(三) 「動物実験計画書」全般に関する原告の主張に対する反論

原告は、「動物実験計画書」は、動物実験計画が適法であるか否かの判断をする根拠となる行政文書であり、密室で行われる動物実験が適法に行われているか否かを知るためには、「動物実験計画書」が開示される必要がある旨主張する。

被告は、動物愛護法及び実験動物飼養基準に基づき、昭和62年9月25日、大分医科大学動物実験指針を制定し、平成7年12月に大分医科大学動物実験委員会を設置して、同委員会において、動物実験の適法性について合議制による審査を行い、動物を用いた各種の動物実験が適正に実施されるよう努めている。しかし、上記の法律及び基準は、行政文書の開示・不開示を決する基準ではなく、行政文書の開示・不開示は、飽くまで情報公開法の定める不開示事由の有無により決められるべきものである。

したがって、「動物実験計画書」は、本来公開されるべきものであるという原告の主張は失当である。

(原告の主張)

(一) 「動物実験計画書」について

(1) 日本において、動物実験は、動物愛護法と、同法に基づいて制定された実験動物飼養基準及び動物実験に関する指針(昭和62年社団法人日本実験動物学会発表)に基づいて実施することが定められている。さらに、文部省は、昭和62年に、動物の福祉にも配慮した動物実験の指針を整備するよう各大学に通知している。これにより、大半の大学等において、指針が策定されるとともに、動物実験倫理委員会が設置され、研究者が動物実験計画書を各大学内部の動物実験倫理委員会等に提出することで、動物実験の承認を受ける方法が採られている。そして、動物実験倫理委員会は、実験動物飼養基準及び動物実験に関する指針に基づいて、申請された動物実験計画書が適法であるかどうかの判断を下している。

以上のとおり、「動物実験計画書」は、計画されている動物実験が適法かつ適正に実施されているかどうかの判断の根拠となるものである。

(2) そもそも、原告が「動物実験計画書」の情報公開請求をしたのは、大分県大分市(以下「大分市」という。)によるニホンザルの違法捕獲とそれに関連した実験用払下げの真相を解明するには、払下げを受けた側の被告の情報を明らかにすることが不可欠であったという理由からであった。 大分市の違法事件報道がきっかけで、被告によって長年行われていた違法飼養の事実が明るみに出たが、それ以外の払下げに関する事実や密室下での動物実験については、その一切が不透明で全く明らかにされていない。これらの事実を知るには情報公開によるしかない。

(3) 被告においては、動物実験委員会が設置されているにもかかわらず、長年の違法飼養を見逃し、「動物実験計画書」の明らかな不備さえも指摘できなかったなどの事実からして、動物実験委員会の承認を得たとしても、動物実験が適正に行われている保証にはならない。現に、動物実験の管理のあり方については、各研究機関における自主管理について、その実効性に大きな疑問が持たれている。

(4) 動物実験に関する指針は、動物実験計画に際して、動物の犠牲を最小限にすること、慎重かつ厳密に計画を立てることを求めている。ところが、被告においては、「動物実験計画書」における使用動物数が正当な根拠に基づかない数字であった可能性が高く、これは明らかに動物実験に関する指針の趣旨に反するものである。 また、動物実験に関する指針は、野生のニホンザルを安易に動物実験に使用することは避けることを求めている。しかし、被告によって長年行われてきた動物実験は、地方公共団体により違法に捕獲され、被告により違法飼養された野生のニホンザルを使用したものであり、動物実験に関する指針に違反するものであった。

(5) 情報公開の目的は、国民が行政の諸活動を注視し、行政機関に説明を求め、又はその説明を聞いて行政に関する意見を形成し、行政が適切に行われることを促すために、その意見を適宜の形で表現することにある。 「動物実験計画書」の開示を求める目的も、正に行政の適正化にあり、動物実験の適法性を判断する根拠となる「動物実験計画書」は、本来公開されるべきものである。被告の場合は、過去に違法の事実があった上、さらなる違法の強い疑いが生じているのであるから、疑惑を払拭するためにも、自ら進んで情報を開示し、真相を明らかにする責務がある。

(二) 「申請者氏名」及び「連絡先」について

(1) 情報公開法5条1号該当性について
ア 講師以上の者を除いた研究者のうち、公務員とみなされる者について
(ア) 講師以上の者を除いた研究者の中で、助手等、大学から報酬を得ている者については、公務員とみなされる。これらの者の氏名及び連絡先に関する情報は、情報公開法5条1号ただし書ハに該当するので、開示されるべきである。

(イ) 「動物実験計画書」は、実施又は計画されている動物実験の適法性を判断するための文書である。通常、この判断は、大学内の動物実験倫理委員会等にゆだねられているが、仮にその動物実験の適法性に疑いが生じた場合は、大学外の第三者に対して情報を開示し、その適法性を証明する義務が生ずる。

このような「動物実験計画書」の性質からすると、「動物実験計画書」は、求められれば何人にも提供することを予定している文書であって、ここに記載されている「申請者氏名」及び「連絡先」は、情報公開法5条1号ただし書イに該当する。

また、大分大学医学部のホームページには、各講座の紹介として、助手の氏名も掲載されていることからすると、「動物実験計画書」中の助手の氏名は、事実上の慣習として公にされている情報として、情報公開法5条1号ただし書イに該当するというべきである。

(ウ) したがって、「動物実験計画書」中の助手等の「申請者氏名」及び「連絡先」については、情報公開法5条1号ただし書イ及びハに該当するので、開示されるべきである。

イ 講師以上の者を除いた研究者のうち、学部学生及び大学院生について

(ア) 前記のとおり、「動物実験計画書」は、実施又は計画されている動物実験の適法性を判断できる唯一の根拠となる文書であるから、求められれば何人にも提供することを予定している文書であって、ここに記載されている「申請者氏名」及び「連絡先」は、情報公開法5条1号ただし書イに該当する。

また、大分大学医学部のホームページには、各講座の紹介として、学部学生及び大学院生の氏名も掲載されていることからすると、事実上の慣習として公にされている情報として、学部学生及び大学院生の氏名は、情報公開法5条1号ただし書イに該当するというべきである。

(イ) さらに、実験動物飼養基準に定められている実験動物の苦痛の排除等の規定を遵守するにしても、薬品の使用や安楽死等に関する相応の知識と経験を持つ者でなければ、現実には実施することが不可能な場合があるから、「動物実験計画書」において、実験の実施者(申請者)がだれであるかは重要な要素となる。そうすると、動物実験の適法性を判断する上で、「申請者氏名」及び「連絡先」の開示は必要不可欠である。

(ウ) したがって、「動物実験計画書」の学部学生及び大学院生の「申請者氏名」及び「連絡先」については、情報公開法5条1号ただし書イに該当し、開示されるべきである。

(2) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について
「動物実験計画書」の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報は、後記3(二)と同様の理由により、情報公開法5条6号柱書・同号ハには該当せず、開示されるべきである。

(三) 「実験題目」及び「実験内容」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分について

(1) 原告が、平成13年に被告を訪れた際、被告ではピロリ菌やBウイルスを用いた長期にわたる動物実験も行っていると聞いたが、これらの動物実験は、研究者のみならず、近隣住民への健康や安全を確保する上でも、厳重な管理が必要になる。 ところが、被告では、「動物実験計画書」中の最低限記入が必要な事項であるニホンザルの性別や年齢等でさえ未記入であったり、そのように不備な「動物実験計画書」も承認されているなど、その管理体制は実にずさんなものである。細菌やウイルスを用いた危険な動物実験がずさんな管理体制の下で行われていることに対して、国民が強い不安を抱くのは当然であり、情報を広く公開し、国民の理解を求めることが極めて重要である。

(2) 「動物実験計画書」中の「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハには該当せず、開示されるべきものである。 ア 情報公開法5条6号柱書後段の「事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」については、支障の程度は名目的なものでは足りず、実質的なものが要求され、おそれの程度も単なる確率的な可能性ではなく、法的保障に値する蓋然性が要求される。

しかし、被告が主張する不開示の理由は、何ら実質的な根拠がなく、法的保障に値する蓋然性があるとは認められないものである。

イ 由来や病歴が不明な払下げの動物や野生動物を使用した動物実験では正しいデータが得られないことは、研究者間での通説とされており、特許や実用新案に関わるような質の高い研究に、払下げの動物や野生動物が使用されることは、通常あり得ない。

また、「動物実験計画書」には、質の高い動物実験には不可欠なニホンザルの性別や年齢さえ記載されていないこと、実験内容の記載の仕方も他大学の「動物実験計画書」と比べると、見るからにずさんであること、標本を採ることを目的とした解剖実習と思われる動物実験が多いこと等からみても、不開示となった動物実験のすべてが高い質と機密性を有するものとは考えられない。

したがって、「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報を公にすることによって、優先権の喪失の問題が生ずるという被告の主張は、極めて現実性に乏しいものである。

ウ 他大学では、既に「動物実験計画書」中の「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報を情報公開しており、一見したところ、被告よりもはるかに詳細に実験内容が記載されているのであるが、これらの大学の研究において、公開したことにより研究上の支障が生じたという事例は、過去において一件も生じていない。

したがって、被告の研究においてのみ、公開した場合に研究に支障が生ずるという被告の主張は、全く根拠がない。

エ 研究の詳細な方法や過程、研究に基づくデータや研究の成果等を記した研究論文と、動物実験の目的とその概要を記した「動物実験計画書」は、その目的・内容において、全く異なる性質のものであって、同一に考えることができない。

そもそも、「動物実験計画書」が作成される目的は、計画されている動物実験が適正に行われるかどうかを審査するためであるから、「動物実験計画書」の内容が、調査研究の途中段階の情報や試行錯誤の段階の情報として、情報公開法5条6号ハにより保護されるものに該当しないことは明らかである。

オ そもそも、本件開示請求の対象となっている動物実験は、違法飼養のニホンザルを用いて実施されていたのであるから、動物実験が適正であったとは到底いえない。

情報公開法5条6号柱書後段の「事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」については、事務又は事業がその根拠となる規定・趣旨に照らし、公益的な開示の必要性等の種々の利益を衡量した上での「適正な執行」といえるものであることが求められる。このことからすると、当該条項を不開示の理由とするには、その業務自体が適正に遂行されていなければならない。

2 「ニホンザル戸籍簿」中の不開示部分について
(被告の主張)

(一) 「識別用各個別写真」について

(1) 情報公開法5条6号柱書該当性について

ア 本件開示請求当時、被告で実施される動物実験が情報公開法5条6号柱書前段に該当することは、既に主張したとおりである。

イ 本件各行政文書のうちの「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」は、実験動物として、被告に搬入されるニホンザルの個体識別を行うために各個体ごとに撮影した顔写真を掲載したものである。

ウ 「識別用各個別写真」は、写真撮影時に、ニホンザルが暴れるなどして、大学職員、研究者等に危害が及ばないようにするため、当該ニホンザルに深麻酔を施した上で撮影されたものである。そのため、「識別用各個別写真」には、麻酔が施されていない場合と比較して、著しく衰弱しているかのような顔貌が記録されている。
このように著しく衰弱しているかのような顔貌が記録された「識別用各個別写真」を公にすれば、写真としての画像に写し込まれている背景や表情等、文字以外の情報を視覚的に形容することになるため、例えば撮影時の状況に対する憶測や推測を増幅させることになる。

エ また、「ニホンザル戸籍簿」にその顔写真が掲載されたニホンザルは、既に死亡し、あるいは相当期間経過後に死亡することに照らせば、その利用の方法によっては、社会一般に誤解を招き、動物実験に対する評価を不当に左右するおそれがあるとともに、特定の意図の下に使われるおそれがある。

例えば、動物権利保護団体ALIVEの機関誌では、京都大学霊長類研究所内の写真を、高崎山の頭数過剰となったニホンザルを実験動物として供給する新聞記事に重ねて掲載している。また、原告の機関誌である「JAVA NEWS」では、高崎山の観光用ポスターと京都大学霊長類研究所内での実験用の動物写真を並列的に掲載し、あたかも、同研究所内において、高崎山のニホンザルを動物実験に用いているかのような印象を与える掲載の仕方をしている。このように、写真の利用のされ方によっては、それを見る者の誤解を招いたり、誤解の増幅につながるおそれがある。

さらに、研究室内で動物実験に供されている動物の写真を、あたかもその動物が虐待されているかのような説明を付してホームページに掲載すれば、動物実験の目的やその有益性について詳細を知らない者が、動物実験とは単に動物を虐待するにすぎないものであるといった誤った理解をすることも想像に難くない。

こうした誤解等を背景として、私企業に対する過激な暴力活動や研究施設に対する不法な侵入を肯定的にとらえ、動物実験に対していわれのない批判を行う者が現われてくる。これは、単なる懸念や危惧ではなく、犯罪行為が現に行われていることは、動物実験を用いた研究という事務の適正な遂行に支障を来すおそれの蓋然性を示している。

オ 以上のように、実験動物の写真を恣意的に用いれば、その写真を見る者に誤解を与え、いたずらに感情を刺激することにより、このような動物実験の意義についての誤解を招き、動物実験に対する評価を不当に左右するおそれがあることは否定できない。そうすると、「識別用各個別写真」を公にすることは、動物実験に対する誤解や偏見を生じさせ、ひいては、ニホンザルを用いた動物実験に対する評価を不当に誤らせ、社会的にも有用なニホンザルを用いた動物実験の「適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある」(情報公開法5条6号柱書後段)というべきである。

したがって、「識別用各個別写真」欄に記載された情報は、情報公開法5条6号柱書に該当する。

(2) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について
上記2(一)(1)から明らかなとおり、「識別用各個別写真」を開示することによって、実験動物を用いた研究の「能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」(情報公開法5条6号ハ)が生じるおそれがある。

したがって、「識別用各個別写真」欄に記載された情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当する。

(二) 「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)について

(1) 情報公開法5条1号該当性について
「処分者氏名」欄、「飼育開始届申請者名」欄及び実験利用記録欄の「利用者名」欄に記載された情報が、情報公開法5条1号本文の「個人を識別することができる」情報に該当することは明らかである。

また、講師以上の者を除いた者、すなわち、助手、大学院生及び学部学生の氏名が、情報公開法5条1号ただし書イ及びハに該当しないことは、前記1(一)(1)のとおりである。

(2) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について
「処分者氏名」欄、「飼育開始届申請者名」欄及び実験利用記録欄の「利用者名」欄に記載された情報は、前記1(一)(2)と同様の理由により、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当する。

(三) 実験利用記録欄の「処置記録」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分について
 実験利用記録欄の「処置記録」欄中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分に記載された情報は、前記1(二)と同様の理由により、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当する。

(四) 原告の主張に対する反論
 原告は、あたかも平成12年以前は、被告が譲り受けたニホンザルの個体管理を行うための文書も作成せず、検疫も実施していなかったかのような主張をする。
確かに、被告が「ニホンザル戸籍簿」の作成を開始したのは、平成12年4月以降に譲り受けた個体からではあるが、平成11年に大分県知事から厳重注意を受けた後は、関係法令に従い、適法にニホンザルを譲り受けてきたのであり、それ以前から「動物実験計画書」の作成、検疫検査は当然に実施してきた。

原告は、憶測により、現在も被告が不正にニホンザルを取得し、違法に飼養しているかのように主張するが、このような主張には何らの具体的な根拠もない。

(原告の主張)

(一) 「ニホンザル戸籍簿」について
「ニホンザル戸籍簿」に関しては、平成10年、鳥獣保護法違反が発覚し、市民の強い批判を浴びた「大分市と被告との間で行われていたニホンザルの実験用譲渡」に関する情報として、大きな意味を持つ。「ニホンザル戸籍簿」は、鳥獣保護法、動物愛護法等の法律に抵触していなかったかどうかなど、一連の事実関係を知る上で、極めて重要な資料である。
平成9年に山口大学において未検疫のサルを動物実験に使っていたことが発覚して、大きな問題となったように、動物を動物実験に使用する際に、検疫は当然行うべきものである。
ところが、原告が被告を鳥獣保護法違反で刑事告発した際、原告は、大分地方検察庁から、「平成12年1月に被告に出向いて調査を行ったところ、サルは全頭処分されていて一匹もいなかった。また、関係書類も存在していなかったため、個体識別ができない。個体識別ができない以上、立件することは極めて難しい」との報告を受けている。また、原告が被告を訪問した際も、「平成12年以前の書類はない」との話であった。この事実からすると、被告は検疫を行わず、戸籍簿も作らないといった、不適法な動物の管理と極めてずさんな動物実験を長年続けていたことになる。

以上によれば、「ニホンザル戸籍簿」を開示する必要性は極めて高い。

(二) 「識別用各個別写真」について

(1) 情報公開法5条6号柱書後段の「事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」については、支障の程度は名目的なものでは足りず、実質的なものが要求され、おそれの程度も単なる確率的な可能性ではなく、法的保障に値する蓋然性が要求される。

しかし、被告が主張する「支障」は、誤解を招くことや評価を不当に左右すること等、極めて抽象的なものであり、何ら実質的なものではない。

また、支障を及ぼす「おそれ」に関しても、誤解や偏見を生じる可能性があるので、動物実験の遂行に支障を及ぼすおそれがあると主張するのみで、これをもって法的保障に値する蓋然性があるとは認められない。

このように、「識別用各個別写真」欄に記載された情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当せず、開示されるべきである。

(2) 被告の主張は、現在行われている動物実験、あるいは行われようとしている動物実験を全面的に肯定した上で、動物実験への反対意見や批判は、すべて行政の事業を妨げる不当なものとして排除しようとする意図がうかがえる。 しかし、実際には、動物実験にまつわる違法問題が現実に生じており、また、動物権利保護団体だけでなく、医学者や科学者の中にも批判的な見解は数多くみられる。

さらに、動物実験に対する適正な批判は、代替法等優れた科学研究を促してきた歴史があり、最近は日本の研究者の間でも、社会的に認知される動物実験とは何かについて盛んに論じられている。

このような状況からして、動物実験を行政の事務として行う以上、国民による幅広い議論と適正な批判は、必要不可欠なものであるといえる。

(3) 被告は、写真が特定の意図の下に使われると、動物実験に対する誤解を招くおそれがある実例として、原告の機関誌である「JAVA NEWS」の記事を挙げ、写真の使い方や表現の仕方に批判を加えている。

「JAVA NEWS」の当該記事の趣旨は、高崎山のニホンザルを観光の目玉にしておきながら、一方では、市民に知られないようにニホンザルを動物実験用に払い下げていた事実を会員に知らせると同時に、ニホンザルを使った動物実験の実態を知ってもらうことにあった。事実を正確に伝えるために写真は不可欠であるため、それぞれの写真に説明文を付記した上で、高崎山の記事にはポスターの写真を、動物実験の記事にはニホンザルの実験写真をそれぞれ掲載した。事実に反したことは、一切書かれておらず、被告の批判は全く根拠がない。

(三) 「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」について

「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」欄に記載された情報は、前記1(二)と同様の理由により、情報公開法5条1号ただし書イ及びハに該当し、また、後記3(二)と同様の理由により、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当しないから、開示されるべきである。

(四)  実験利用記録欄の「処置記録」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分について

実験利用記録欄の「処置記録」欄に記載された情報は、前記1(三)(2)と同様の理由により、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当せず、開示されるべきである。

3 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の不開示部分について

(被告の主張)
(一) 「品名」、「規格品質」及び「納入」又は「相手方」について
(1) 情報公開法5条1号該当性について
本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「納入」又は「相手方」欄のうち、個人名が記載されたものが、情報公開法5条1号本文の「個人を識別することができる」情報に該当することは明らかである。

(2) 情報公開法5条2号イ該当性について
ア 動物実験に反対する者、あるいはそのような者の所属する団体の中には、動物実験にかかわる企業等に対して極めて過激な反対運動を行い、当該企業の営業等を妨害する例が散見される。

  例えば、平成13年1月19日の日経流通新聞において、「実験動物の英HLS社愛護団体の圧力で経営難 バイオ産業衰退懸念も」との見出しの下に、薬剤や化学品の動物実験を専門に手がける英国のハンティンドン・ライフ・サイエンス社(以下「HLS社」という。)が動物権利保護団体の強い圧力を受けて倒産の危機に直面している旨の報道がされている。

  HLS社がこのような経営上の危機を迎えた背景には、ストップ・ハンティンドン・アニマル・クルエルティ(以下「SHAC」という。)と名乗る団体が、動物実験に反対し、HLS社の従業員を対象に自動車を爆発させる事件やHLS社の役員をバットで殴打する事件を起こしたり、HLS社に投資する投資家等に対して、氏名、住所、電話番号をホームページに掲載するなどの嫌がらせが繰り返され、HLS社に対する投資、資金提供がされなくなったという事実がある。

  また、SHACのように暴力を含めた実力行使による動物実験反対運動を展開する団体に対しては、アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)においても、FBI(連邦捜査局)によって「アメリカ国内最大のテロリスト脅威」とされ、動物実験反対を標榜する戦闘的な団体が現われ、デモ行進等の通常の抗議方法に満足せず、暴力的な活動がエスカレートしているとも報じられている。さらに、こうした団体のリーダーとされる者は、脅迫、不法侵入による実験動物の持ち出し、実験室等への投石、自動車の破壊等の、犯罪と評価し得るような暴力的行為を用いた反対運動を容認する発言をしていることも伝えられている。

  加えて、平成16年5月18日、アメリカの上院司法委員会では、動物権利保護団体についての公聴会が開催され、同委員会の委員長は、動物権利保護団体の一部過激行動者が言論の自由や合法的抗議活動を逸脱した行動に及んでいることに懸念を表明している。同月には、アメリカでも、SHACのメンバーが、HLS社に対する恐喝、脅迫等により起訴されている。

イ 以上のとおり、英国、アメリカ等で暴力を用いた反対運動が発生していることが伝えられているが、日本国内においても、明らかに不法な手段を用いた動物実験反対運動が行われている。

例えば、平成14年7月2日の朝日新聞において、平成13年夏に、SHACのメンバーが、大阪大学等日本の五つの大学の動物実験施設に、虚偽の紹介状等を用いて侵入し、実験施設の内部を撮影したり、資料を持ち出していたことが報道されている。このSHACメンバーによる日本の大学への侵入は、SHACのホームページにも掲載されている。そして、上記朝日新聞によると、SHACは、朝日新聞の取材に対し、「(この侵入事件について)今回は日本の動物実験への攻撃の手始めだ」などとも語ったとされている。

 また、上記の大学への侵入事件等に関与したSHACのメンバーが、日本国内で逮捕され、窃盗罪等により有罪判決を受けた旨の報道もされている。

 さらに、日本国内の団体が、ある製薬会社に多数で抗議に訪れるなどの事例も見られるとともに、こうした抗議活動に参加する団体の中には、SHACの活動を肯定的にとらえている団体も存在する。

ウ このような事実を踏まえれば、日本国内でもSHAC又はそれに同調する団体等が、実験動物を供給する業者に対して、SHACがHLS社に対して行ったと同様の暴力的な活動を行ったり、あるいは動物実験を行う研究施設に不法に侵入し、資料等を不法に持ち出したりするなどの事件が発生する具体的なおそれが存在する。

  そして、このような事件が発生すれば、実験動物を納入する業者に対して、過激な反対運動が展開されることにより、その営業が妨害されたり、業者が保管等する実験動物が不法に持ち出されたりするなどして、実験動物の販売等の事業を継続し難くなったり、あるいは、事業に従事する従業員等が身体、生命の危険にさらされるなどの事態に至るおそれがある。

 なお、被告は、対象となる実験動物取扱業者に対して、情報公開法13条に基づき、第三者に対する意見聴取を行った。その結果、すべての業者が、適正な事業の妨害等に対して強いおそれを抱き、「品名」、「規格品質」及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報の情報の公開を望まない旨の意見書を提出しており、これらの情報の公開を望んでいない。このことからも、これらの情報を公開することによって、実験動物の納入業者の「権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある」(情報公開法5条2号イ)ものと認められる。

エ 本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報を公にすることにより、実験動物を納入等する業者が特定される。そうすると、以上に述べたことからすれば、これらの情報が、情報公開法5条2号イに該当することは明らかである。

(3) 情報公開法5条4号該当性について
前記のとおり、動物実験に反対する団体等が、実験動物を供給する業者に対して、暴力的な活動を行ったり、動物実験を行う研究施設に不法に侵入し、資料等を不法に持ち出したりするなどの事件が現実に発生していることに照らすと、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」、「規格品質」及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報を公にすると、業者の設備の破壊や実験動物の不法な持ち出しなどの犯罪が発生する蓋然性があることは明らかである。

したがって、これらの情報は情報公開法5条4号に該当する。

(4) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について
本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、その内容によって、実験動物を納入する業者を特定することのできる情報である。
このような情報が明らかになれば、動物実験に反対する団体のメンバー等が、実験動物を供給する業者に対して、暴力的な活動を行ったり、あるいは動物実験を行う研究施設に不法に侵入し、資料等を不法に持ち出したりするなどの事件が発生する具体的なおそれが存在する。
そして、このような事件が発生すれば、実験動物を納入する業者が、過激な反対運動等による被害を恐れて、実験動物の取扱いを中止したり、営業を停止したりする事態が生ずることも容易に想定される。そのようなことになれば、被告において、動物実験に必要な動物の入手が著しく困難となり、実験動物を用いた教育、研究に関する事業又は事務の「公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」(情報公開法5条6号ハ)があることは明らかである。

したがって、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当するというべきである。

(二) 「使用場所」における研究者名(ただし、講師以上の者を除く。)について

(1) 情報公開法5条1号該当性について
 本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「使用場所」欄に記載された研究者名が、情報公開法5条1号本文の「個人を識別することができる」情報に該当するというべきである。
また、講師以上の者を除いた者、すなわち、助手、大学院生及び学部学生の氏名が、情報公開法5条1号ただし書イ及びハに該当しないことは、前記1(一)(1)のとおりである。

(2) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について
「使用場所」欄に記載された研究者名は、前記1(一)(2)と同様の理由により、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当する。

(三) 原告の主張に対する反論
 開示請求の対象となった行政文書を保管する行政機関の長は、不開示情報に該当しない情報を開示する義務を負うとともに、不開示情報に該当する情報を開示してはならない義務を負っているものである。

したがって、ある企業が、自らの判断で情報公開法5条2号イの不開示事由に該当する情報を公開しているという事実、あるいは、特定の私人が、何らかの方法で、ある企業の同号イの不開示事由に該当する情報を調査し、それを公開しているという事実が存在しているとしても、ある情報が同号イの不開示事由に該当する場合には、当該情報が記載された行政文書を保有する行政機関の長の当該行政文書を開示してはならない義務を免除することにも、開示すべき義務を負わせることにもならないことは明らかである。

(原告の主張)
(一) 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」について

(1) 昨今、公共機関と民間業者との癒着が社会的に深刻な問題となっているが、実験動物に関しても、同様の事例が多発している。例えば、野生サルの違法捕獲と違法な取引、猫の実験用違法捕獲と横流し、払下げにまつわる違法行為が後を絶たない。これらは、行政機関と民間業者の癒着が招いた事件であり、同じような問題はすべて、公共機関と民間業者との不透明な関係の中で行われているのである。
したがって、国民の税金が投入されている公共の研究機関において、取引業者を公開することは、取引の透明性を高め、違法行為を未然に防ぐ意味でも極めて重要であり、その公開は、公共機関に課せられた義務といえる。

(2) 実験動物取扱業者については、業者自らホームページを作るなどして、広くその情報を公開している。また、原告は、独自に調査を行い、主な実験動物取扱業者についての情報を既に得ており、これらについて随時情報を公開している。したがって、実験動物取扱業者に関する情報は、何人も入手することができる種類の情報であって、何の機密性も存在しない。 さらに、他の国立及び公立の研究機関においては、情報公開請求に応じて実験動物取扱業者名等を公開しているが、業者名を公にしたことで何らかの支障が生じた事例はない。
以上のように、実験動物取扱業者名に関する情報が既に公開されていること、実験動物取扱業者名を公にしたことで支障が生じた事例がないことからすれば、被告の場合にのみ、取引業者名を不開示とする理由は認められない。

(二) 「品名」、「規格品質」及び「納入」又は「相手方」について

(1) 被告は、「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報について、情報公開法5条2号イ、4号、6号柱書・同号ハの不開示情報に該当すると主張し、その理由として、欧米において一部の人間による暴力事件が発生していることや日本においても違法行為があったことを挙げている。

 しかし、事務の適正な遂行等に「支障を及ぼすおそれ」については、支障の程度は名目的なものでは足りず、実質的なものが要求され、おそれの程度も単なる確率的な可能性ではなく、法的保障に値する蓋然性が要求される。
このように、蓋然性が要求される以上、行政文書の中の情報が公になったことに起因して、不法侵入等の違法行為が生ずると判断できる合理的な理由が明らかにされなければならない。

(2) 被告が主張する暴力事件に関する情報の大半は、「医学の進歩を求めるアメリカ人たち」(以下「AMP」という。)というグループのホームページからそのまま引用したものであるが、その根拠となるAMPは、アメリカの一任意団体のようであり、そのホームページの翻訳文が非常に稚拙で曖昧な表現が多く見られることからしても、信頼に足り得る情報でないことは容易に推測することができる。しかも、通常、私的なホームページに掲載されている情報の信頼性は低く、その意味においても、当該ホームページによる情報をそのまま事実とし、それを根拠に論ずるのは不適切である。

 被告は、平成14年にSHACのメンバーが日本の動物実験施設で犬とビデオを盗んだ疑いで逮捕され、この事件に関連して特定非営利活動法人アニマルライツセンター(以下「ARC」という。)という団体に属する日本人2名が逮捕された事件を取り上げている。この事件に関する詳細が掲載されているARCの会報によると、この事件に関与した2名はARCの理事を辞任して活動から身を引き、違法行為に及んだことを謝罪しており(1名は既に病死している。)、ARCのもう1人のメンバーとSHACのメンバーも深く反省しているとして、既に判決が下されている。

  また、この事件が発生したのは、実験動物取扱業者や動物実験施設の情報が公になったことに起因するものではなく、逆に、動物実験が密室下で行われ、すべてが隠されていることが要因であるともいえる。

(3) さらに、SHACの目的は、世界最大級の動物実験施設であるHLS社を過激な方法で攻撃し、センセーションを引き起こすことにあり、暴力行為の対象としているのは、HLS社と同社に実験を委託している施設であって、実験動物取扱業者ではない。被告と取引している実験動物取扱業者名が明らかにされたとしても、SHACが実験動物取扱業者の施設に不法侵入する理由はなく、違法行為が引き起こされる可能性は全くない。

(4) 被告は、欧米における一部の人間による突出した暴力事件と、日本で発生した一件の違法行為をもって、日本の動物実験に反対する団体等はすべて、同様の犯罪行為に及ぶ潜在的な危険性があるかのように主張する。

 本件における被告の姿勢は、国民を頭から疑ってかかるものであり、不誠実極まりない。日本で動物愛護や動物実験反対の活動をしている団体は、原告が把握しているだけでも100以上あり、それらの活動に参加あるいは賛同協力している人の数は、化粧品の動物実験反対キャンペーンで集まった署名が37万名分、法律改正のときに原告が単独で集めた署名が50万名分だったことからみて、100万人は下らないと推測されるが、これらの団体や個人が、法を遵守し、社会に貢献する活動を行っていることはいうまでもない。

  被告が、たった一件の違法行為をもって、原告等動物実験に反対する団体や個人のすべてを、犯罪のおそれがある者たちと決めつけることは、これらの運動に関わってきた団体及び個人を犯罪者扱いするに等しく、このような誹謗中傷は、原告が社会貢献活動を地道に続けて、20年かけて培ってきた信用と名誉を著しく傷つけるものである。

(三) 「使用場所」における研究者名(ただし、講師以上の者を除く。)について

「使用場所」欄に記載された研究者名は、前記1(二)(1)と同様の理由により、情報公開法5条1号ただし書イ及びハに該当し、また、前記(二)と同様の理由により、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当しないから、開示されるべきである。

第三 当裁判所の判断

一 「動物実験計画書」中の不開示部分について
1 「動物実験計画書」について
前記前提事実に加え、証拠(各事実の後に付記する。)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 被告は、動物愛護法及び実験動物飼養基準に基づき、昭和62年9月25日、大分医科大学動物実験指針を制定し、平成7年12月25日に大分医科大学動物実験委員会を設置した(乙16から19まで)。被告が制定した大分医科大学動物実験指針においては、動物実験を実施する者が動物実験に従事しようとするときには、「動物実験計画書」を動物実験委員会に提出して承認を得なければならないとされている(乙19)。

(二) 本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄には、動物実験を申請する者の氏名及び内線電話番号がそれぞれ記載され、「実験題目」欄及び「実験内容」欄には、動物実験の目的や内容が具体的かつ詳細に記載されている(甲4、115、乙1、5、18)。

(三) 被告は、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報のうち、講師以上の者を除いた者、具体的には助手及び大学院生の氏名及び連絡先を不開示とし、「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報のうち、被告が研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分と判断した部分を不開示としている(甲4、115、乙5)。

2 「申請者氏名」及び「連絡先」(ただし、講師以上の者を除く。)について

(一) 情報公開法5条1号該当性について

(1) 情報公開法5条1号本文該当性について
ア 本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄に記載された情報が、情報公開法5条1号本文にいう「特定の個人を識別することができる」情報に該当することは明らかである。

イ 情報公開法5条1号本文は、「特定の個人を識別することができる」情報には、「他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものも含む」旨規定している(同号本文括弧書)ところ、この規定は、当該情報単独では特定の個人を識別することができないが、他の情報と照合することにより特定の個人を識別することができるものについても不開示情報とする趣旨であると解される。

そして、内線電話番号を記した大分大学の職員名簿や配置表等のように、動物実験の申請者の内線電話番号から当該申請者個人を識別することを可能とする情報は、大分大学の職員その他の関係者であれば容易に入手可能であると考えられる。

そうすると、「動物実験計画書」中の申請者の「連絡先」欄に記載された情報は、情報公開法5条1号本文所定の「他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができる」情報に該当するというべきである。

ウ したがって、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報(ただし、講師以上の者を除く。)は、情報公開法5条1号本文の不開示情報に該当するというべきである。

(2) 情報公開法5条1号ただし書イ又はハ該当性について
ア 処分の取消訴訟において、開示請求に対する不開示決定が適法であることを主張する者は、情報公開法5条1号から6号までに定める不開示情報が記録されていることを主張立証しなければならない。そして、このような不開示情報が開示請求の対象となっている行政文書に記録されている場合には、行政機関の長は当該行政文書を開示してはならない義務を負うが、さらに同条1号ただし書イからハまでのいずれかにも該当する情報は、その例外として不開示情報から除外され、開示禁止の効果を発生させないと解される。

このように、情報公開法5条1号ただし書イからハまでは、同号本文によって不開示とされる情報から例外的に除外されるものを定めたものであるから、開示請求者がその適用を求めるべき規定である。したがって、同号ただし書イからハまでの該当性については、開示を求める原告がこれに該当する事実を主張立証する責任を負うと解される。


イ まず、原告は「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報が情報公開法5条1号ただし書イに該当する旨主張するので検討する。

(ア) 情報公開法5条1号ただし書イは、①法令の規定により公にされている情報、例えば、登記簿に登記されている法人の役員に関する情報や不動産の権利関係に関する情報等や、②慣行として公にされている情報、例えば、叙勲者名簿、中央省庁職員録記載の情報等は、これを開示されることによりプライバシー侵害のおそれがあるとしても受忍すべき範囲にとどまるとして、例外的開示情報として規定したものと解される。

そして、情報公開法5条1号ただし書イにいう「慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている」とは、事実上の慣習として、当該情報が現に公衆が知り得る状態に置かれている、又は将来的に公にする予定の下に保有されていることをいうものと解される。


(イ) 原告は、被告が長年実験動物の違法飼養をしており、更なる疑惑もあるなどと批判した上、「動物実験計画書」は、実施又は計画されている動物実験の適法性を判断するための文書であり、このような「動物実験計画書」の性質からすると、「動物実験計画書」は、求められれば何人にも提供することを予定している文書であって、ここに含まれている情報は、情報公開法5条1号ただし書イに該当する旨主張する。

しかしながら、証拠(乙16、18)及び弁論の全趣旨によると、「動物実験計画書」について規定した大分医科大学動物実験指針にも、同指針の基礎となった動物愛護法及び実験動物飼養基準にも、「動物実験計画書」やこれに類する動物実験に関する書類を一般に公開すべき旨定めた規定は存在しないことが認められ、そのほか、「動物実験計画書」に含まれる情報を公開すべきとする法令の定めや事実上の慣習が存在すると認めるに足りる証拠はない。

そうすると、「動物実験計画書」の性質からして、「動物実験計画書」に含まれる情報が情報公開法5条1号ただし書イに該当する旨の原告の主張には理由がない。


(ウ) また、原告は、大分大学医学部のホームページには、各講座の紹介として、助手及び大学院生の氏名も掲載されており、これらの者の氏名は事実上の慣習として公にされている情報である旨主張する。

確かに、証拠(甲113)によると、現在、大分大学医学部のホームページにおいて、解剖学講座第一及び眼科学講座の紹介のページに両講座の助手及び大学院生の氏名が掲載されていて、これらの者の氏名は、現に公衆が知り得る状態に置かれていることが認められる。

しかしながら、証拠(甲113)によると、上記両講座のページの内容や体裁は大きく異なっていることが認められ、大分大学医学部においては各講座ごとに講座紹介のページを作成しているものと推認される。そうすると、大分大学医学部において、解剖学講座第一及び眼科学講座以外の講座に所属する助手及び大学院生の氏名がホームページに掲載されているか否かは明らかでないというべきである。そして、証拠(甲115)によると、本件開示請求の対象となっている「動物実験計画書」には、上記両講座以外の微生物学講座や解剖学講座第二に所属する助手及び大学院生の申請に係るものも含まれていることが認められ、これらの者の氏名がホームページに掲載されていたことを認めるに足りる証拠はない。

また、大学等がホームページを作成して、講座の紹介等をするようになったのは比較的最近であると考えられるところ、本件部分開示決定がされた平成13年12月当時において、大分大学医学部のホームページに助手や大学院生の氏名が掲載されていたか否かや、今後も継続的にそれらの氏名がホームページに掲載され続けるか否かは明らかでないというべきである。そうすると、被告の助手及び大学院生の氏名がホームページに掲載されることが事実上の慣習になっていると認めることはできない。

そのほか、被告の助手及び大学院生の氏名が公刊されている職員録等に掲載されていることを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、被告の助手及び大学院生の氏名が事実上の慣習として公にされているという原告の主張には理由がない。

(エ) さらに、原告は、被告によって行われてきた動物実験の適法性を判断する上で、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報の開示は必要不可欠であるから、これらの情報は開示されるべきである旨主張する。

しかしながら、行政文書が開示されるべきか否かは、当該行政文書に含まれる情報が情報公開法5条に規定されている不開示情報に該当するか否かによって判断されるべきであって、情報公開法7条が規定する公益上の理由による行政機関の長による裁量的開示の場合を除いて、開示の必要性が高いという理由によって、不開示情報が開示されるべきであるということはできないことは明らかである。そして、本件において、原告は情報公開法7条に基づく裁量的開示に関して何ら主張立証していない。

そうすると、原告の上記主張に理由がないことは明らかである。

(オ) 以上によれば、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報(ただし、講師以上の者を除く。)が情報公開法5条1号ただし書イ所定の例外的開示情報に該当するということはできない。


ウ 次に、原告は、「申請者氏名」及び「連絡先」欄に記載された情報が情報公開法5条1号ただし書ハに該当する旨主張するので検討する。

情報公開法5条1号ただし書イ及びハを読み合わせれば、同号ただし書ハは、公務員の職名と職務遂行の内容につき、政府の諸活動を説明する責務が全うされるようにする観点から、「当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは、当該情報のうち、当該公務員の職及び当該職務遂行の内容に係る部分」を不開示情報から除外して、当該公務員の個人に関する情報としては不開示とはしないとする一方で、当該公務員の氏名は、これとは別に、非公務員の場合と区別することなく、同号ただし書イにより開示の是非を判断することとして規定していると解される。

したがって、「当該公務員の職及び当該職務遂行の内容に係る部分」に公務員の個人名や、他の情報と照合することにより特定の個人を識別することのできるところの個人名に準ずるような情報が含まれないことは明らかである。


そうすると、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」及び「連絡先」に記載された情報が情報公開法5条1号ただし書ハに該当するということはできない。

(3) 以上によれば、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報(ただし、講師以上の者を除く。)は、情報公開法5条1号本文の不開示情報に該当し、その例外を定める同号ただし書イ又はハには該当しないというべきである。


(二) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について

(1) 前示のとおり、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報(ただし、講師以上の者を除く。)は、情報公開法5条1号の不開示情報に該当すると認めることができるので、同条6号柱書・同号ハ該当性の有無にかかわらず、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は適法である。そうすると、本来は、同条6号柱書・同号ハ該当性の有無を判断する必要はないが、訴訟の経緯にかんがみ、これを検討することとする。

(2) 情報公開法5条6号が不開示情報を定めた趣旨は、国の機関又は地方公共団体が行う事務又は事務は、公共の利益のために行われるものであるから、これを公にすることにより、その事務の適正な遂行に支障を及ぼす情報については、これを不開示とすることにより、上記事務又は事業の適正な遂行を確保しようということにあると解される。そして、「当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」(同号柱書後段)や「調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」(同号ハ)の有無は、その事務又は事業の目的、その目的達成のための手法等に応じて判断されるべきであると解される。また、上記要件にいう「おそれ」とは、情報公開法が国民主権の理念から行政文書については公開を原則としていること(情報公開法1条、5条柱書)からすれば、単に行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されるだけではなく、客観的にそのおそれがあると認められることが必要であるというべきである。 もっとも、上記「おそれ」があるか否かの判断に当たり、当該文書の個別具体的な記載文言等から、事務又は事業の遂行が具体的にどのように害される蓋然性があるかが明らかにされなければならないとすることは、結果的に当該行政文書の開示を要求するということに等しく、不開示情報を定めた法の趣旨に反することは明らかである。

そうすると、行政文書に記載された情報につき、情報公開法5条6号柱書・同号ハ所定の「おそれ」があるか否かを判断するに当たっては、当該情報が、どのような事務又は事業に関するどのような種類のものであるかなどといった一般的な性質から、当該事務又は事業の遂行を害するおそれがあるかを否かを客観的に判断することが相当であるというべきである。


(3) 本件開示請求当時、被告は国の機関であり、そこで実施される動物実験は、国の機関が行う研究、教育に関する事務であるから、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報が、情報公開法5条6号柱書前段にいう「国の機関…(中略)…が行う事務又は事業に関する情報」に該当することは明らかである。

(4) 被告は、動物実験を行う研究者や学生に関する情報が公にされた場合、これらの研究者や学生に対して、嫌がらせや暴力的な抗議行動が行われたり、動物実験用の資料や実験動物が不正に持ち出されたりすることにより、これらの研究者や学生の行う動物実験の「公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」(情報公開法5条6号ハ)がある旨主張する。

そこで検討するに、研究者や学生による貴重な実験動物を用いた調査研究は、成果が上がれば、通常、論文や学会発表等の手段により公表されることによって、その成果が国民に還元され、公共の利益につながるものである。そして、このような研究結果の公表の際には、研究者や学生は、氏名を自ら公表しているのが通常であり、その公表内容を見れば、調査研究が動物実験に基づくものであることも必然的に明らかになるものである。

そうすると、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報は、調査研究のために動物実験を行うという事務に関して、その動物実験を行おうとしている特定の研究者や学生の氏名を明らかにする情報であるが、そもそも、その性質上、動物実験を行う者の氏名については、後に公開されることもあることが想定されているものというべきである。

また、前記前提事実のとおり、被告が、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報のうち、講師以上の者に関する情報を開示していることからすると、被告は、これらの者については、その氏名を公開しても、動物実験の「公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」がないと判断しているものと解される。そして、講師以上の者と、助手以下の者で、その氏名を公開した場合に、動物実験を「公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」があるか否かという点に大きな違いがあるとは考え難い。そうすると、助手以下の者についても、氏名を公開した場合に、動物実験の「公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」はないと解する方が自然である。

このように考えると、過去に被告の主張するような動物実験に対する嫌がらせや妨害行動の例が存在したとしても、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報を開示することにより、情報公開法5条6号ハ所定の「公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」があると認めることはできない。

(5) 以上によれば、「動物実験計画書」中の「申請者氏名」欄及び「連絡先」欄に記載された情報(ただし、講師以上の者を除く。)が、情報公開法5条6号柱書・同号ハの不開示情報に該当するということはできない。

(三) 以上のとおり、本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」中の「申請者氏名」及び「連絡先」欄に記載された情報(ただし、講師以上の者を除く。)は、情報公開法5条6号柱書・同号ハの不開示情報に該当すると認めることはできないものの、情報公開法5条1号の不開示情報に該当すると認めることができるから、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は、適法というべきである。

3 「実験題目」及び「実験内容」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分について

(一) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について

(1) 情報公開法5条6号ハが「国の機関又は地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報」であって、公にすることにより「調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」があるものを不開示情報とした趣旨は、国の機関又は地方公共団体が行う調査研究の成果については、社会、国民等にあまねく還元することが原則であるが、成果を上げるためには、従事する職員が、その発想、創意工夫等を最大限に発揮できるようにすることが重要であり、調査研究に関する事務の中には、①知的財産権に関する情報、調査研究の途中段階の情報などで、一定の期日以前に公にすることにより成果を広く国民に適正に提供する目的を損ね、特定の者に不当な利益や不利益を及ぼすおそれがあるもの、②試行錯誤の段階のものについて、公にすることにより、自由な発想、創意工夫や研究意欲が不当に妨げられ、減退するなど、能率的な遂行を不当に阻害するおそれがある場合があるため、このような情報を不開示情報としたものであると解される。

(2) 証拠(甲4、乙5)及び弁論の全趣旨によると、本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」中の「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報のうち、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分であるとして被告が不開示とした部分は、いずれも、当該研究のキーワード等が記載されている部分であって、当該研究者の専門分野及び研究業績等、その他の情報と照合することによって、どのような目的のために研究を行っているのかやその研究の価値などが推測し得るものであり、当該研究の独創性や独自性、研究者の着眼点等、研究者の優先権に相当する部分が含まれていることが認められる。 そうすると、このような研究上のキーワード等が公になれば、その研究の独創性や独自性、研究者の着眼点等、その研究者の優先権に相当する部分が失われることとなり、結果として、研究者の自由な発想、創意工夫や研究意欲が不当に妨げられるなど、研究の能率的な遂行を不当に阻害するおそれがあると認めることができる。

(3) したがって、「動物実験計画書」に記載された「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報のうち、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分に含まれる情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当するというべきである。


(二) これに対し、原告は、特許や実用新案に関わるような質の高い研究に、払下げの動物や野生動物が使用されることは通常あり得ず、本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」の記載がずさんであること等からすると、不開示となった動物実験のすべてが高い質と機密性を有するものとは考えられない旨主張する。

確かに、証拠(甲109、115)及び弁論の全趣旨によると、本件開示請求の対象となった「動物実験計画書」の中には、「性・週齢・体重」欄に記載がないものが存在することが認められる。

しかしながら、このような記載が存在しないことのみで、当該研究の質が低いものであって、そこに研究者の優先権に相当する部分が含まれることはないと認めることはできない。また、被告の「動物実験計画書」の記載がずさんであることをうかがわせる証拠はない。さらに、証拠(乙22)によると、野生動物を使用した動物実験に基づく研究についても、研究者の優先権に相当する部分が含まれるようなものが存在することが認められる。

そうすると、原告の上記主張によっては、「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報のうち被告が不開示とした部分に研究者の優先権に相当する部分が含まれているという前記認定は左右されるものではないというべきである。

したがって、原告の上記主張には理由がないというべきである。

(三) また、原告は、他の大学では、既に「動物実験計画書」中の「実験題目」及び「実験内容」を情報公開しているが、公開したことにより研究上の支障が生じたという事例は、過去において一件も生じていない旨主張する。

確かに、証拠(甲83の1から4まで、84の1から3まで)によると、滋賀医科大学は、「動物実験計画書」中の「実験題目」欄並びに「実験目的及び内容」欄に記載された動物実験の目的や内容に関する情報を開示しており、神戸大学医学部も、「動物譲渡願(実験用)」中の「実験の目的」欄及び「実験の内容」欄に記載された動物実験の目的及び内容に関する情報を開示したことがあることが認められる。

しかしながら、本件開示請求の対象となった「動物実験計画書」中の「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報のうち被告が開示した部分(甲115)と、滋賀医科大学の「動物実験計画書」中の「実験題目」欄並びに「実験目的及び内容」欄の記載(甲83の1から3まで)や神戸大学医学部の「動物譲渡願(実験用)」中「実験の目的」欄及び「実験の内容」欄の記載(甲84の1から3まで)を読み比べると、滋賀医科大学及び神戸大学医学部が開示した動物実験の目的及び内容に関する情報は、被告が開示した情報とその内容において大差なく、これらの情報に当該研究の独創性や独自性、研究者の着眼点等、研究者の優先権に相当する部分が含まれていたとは認め難い。

また、滋賀医科大学及び神戸大学医学部において、動物実験の目的及び内容に関する情報を開示したことにより、その後の研究上の支障が生じたか否かも明らかでない。

したがって、原告の上記主張はその前提を欠いているものといわざるを得ず、これを採用することはできない。

(四) 原告は、研究の詳細な方法や過程、研究に基づくデータや研究の成果等を記した研究論文と、動物実験の目的とその概要を記した「動物実験計画書」とは、その目的・内容において、全く異なる性質のものであるし、「動物実験計画書」が作成される目的は、計画されている動物実験が適正に行われるかどうかを審査するためであるから、「動物実験計画書」の内容は、情報公開法5条6号ハにより保護される情報に該当しない旨主張する。

確かに、前記のとおり、「動物実験計画書」は、大分医科大学動物実験指針に基づき、動物実験委員会による動物実験の承認を得るため、動物実験を行おうとする研究者によって作成、提出されるものである。

しかし、証拠(甲4、115、乙5、18)及び弁論の全趣旨によると、「動物実験計画書」は、動物実験委員会において、動物実験の必要性、重要性とともに、実験動物に与える無用な苦痛の除去等の動物福祉の観点から、動物実験の適否を判断するために作成・提出されるものであり、動物実験の手順、方法、動物の使用数や苦痛軽減の方法等を詳細に記述することが求められているものであることが認められる。

そうすると、「動物実験計画書」中の「実験題目」欄及び「実験内容」欄に記載された情報は、当該研究の独創性や独自性、研究者の着眼点等、研究者の優先権に相当する部分が含まれ得るものであって、情報公開法5条6号ハにより保護される情報に該当することがあるものというべきである。したがって、原告の上記主張には理由がない。

(五) 原告は、本件開示請求の対象となっている動物実験は、違法飼養のニホンザルを使用して実施されていたのであるから、動物実験が適正であったとはいえず、被告における動物実験は事務の「適正な遂行」に該当しない旨主張する。

確かに、証拠(甲69から74まで、77、乙14)及び弁論の全趣旨によると、平成14年法律第88号により改正される前の鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(以下「旧鳥獣保護法」という。)1条の4に定める狩猟鳥獣以外のものについて、旧鳥獣保護法12条1項の規定により学術研究又は有害鳥獣駆除のため捕獲したものを飼養し、譲渡し、又は譲り受けようとするときは、旧鳥獣保護法13条の規定により飼養許可証と共にこれを行わなければならないとされているにもかかわらず、被告の動物実験施設においては、昭和55年ころから、高崎山周辺で捕獲されたサルを飼養許可証がないまま譲り受けており、旧鳥獣保護法13条に違反していたため、被告は、平成11年に大分県知事から厳重注意を受け、その後は、旧鳥獣保護法等の関係法令に従った適正な手続により実験動物を譲り受けるようにしていることが認められる。

しかしながら、本件各行政文書が上述したように旧鳥獣保護法に定める手続に違反して譲り受けたニホンザルを用いた動物実験に関するものであることを認めるに足りる証拠はない上、そもそも、仮にそのようなニホンザルを実験に用いたからといって、その動物実験自体が直ちに違法なものとなり、その動物実験を行う研究者の優先権に相当する部分が保護されないことになるわけではないというべきである。

したがって、原告の上記主張は、いずれにせよ理由がない。

(六) 以上のとおり、本件各行政文書のうちの「動物実験計画書」中の「実験題目」欄及び「実験内容」欄のうち、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分として被告が不開示とした部分に含まれる情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハ所定の不開示情報に該当すると認めることができるから、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は適法というべきである。

二 「ニホンザル戸籍簿」中の不開示部分について
1 「ニホンザル戸籍簿」について
前記前提事実に加え、証拠(各事実の後に付記する。)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件各行政文書のうちの「ニホンザル戸籍簿」は、実験動物として被告に搬入されるニホンザルを個体管理するために作成されるものであり、個体識別のための写真を貼付して管理されているものである(甲4、115、乙2、5、18)。

(二) 「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」欄には、実験動物であるニホンザルの写真が貼付され、「処分者氏名」欄、「飼育開始届申請者名」欄及び実験利用記録欄の「利用者名」欄には、動物実験を実施する者の氏名が記載されている(甲4、115、乙2、5、18)。そして、「識別用各個別写真」欄に貼付する写真が撮影される際には、ニホンザルに麻酔を施しているため、写真では、ニホンザルの表情が、麻酔を施されていない場合と比較して、著しく衰弱しているかのように見える(甲4、乙5)。

(三) 被告は、「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」を不開示とするとともに、「処分者氏名」欄、「飼育開始届申請者名」欄及び実験利用記録欄の「利用者名」欄に記載されている氏名のうち、講師以上の者を除いた者、具体的には助手及び大学院生の氏名を不開示としている(甲4、115、乙5、弁論の全趣旨)。

2 「識別用各個別写真」について

(一) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について

(1) 本件開示請求当時、被告は国の機関であり、そこで実施される動物実験は、国の機関が行う研究、教育に関する事務であるから、「国の機関…(中略)…が行う事務又は事業に関する情報」(情報公開法5条6号柱書前段)に該当することは明らかである。
(2) 前示のとおり、行政文書に記載された情報につき、情報公開法5条6号柱書・同号ハ所定の「おそれ」があるか否かを判断するに当たっては、当該情報が、どのような事務又は事業に関するどのような種類のものであるかなどといった一般的な性質から、当該事務又は事業の遂行を害するおそれがあるかを否かを客観的に判断することが相当であるというべきである。
(3) そこで検討するに、証拠(甲5、6、11、13から30まで、42から54まで、56、57、61から64まで、67、68、77、88、99から106まで、乙9の2、10から12まで)及び弁論の全趣旨によると、動物実験に関して、原告やARC等の団体は、市民への広報活動、地方公共団体や製薬会社への働きかけ、動物愛護法の改正への働きかけ等を通じて、動物実験の廃止を求める運動を広く行っていて、相当数の市民がその運動に参加しており、特に霊長類であるニホンザルを用いた動物実験に対しては強い反対運動が行われていることが認められる。 また、証拠(甲37から39まで、85から88まで、乙13、21)によると、研究者の間では、実験動物を用いない代替法の開発、使用動物数の削減及び実験動物の苦痛削減等の動物に対する倫理的配慮が必要であるという見解が有力となっているが、これらの見解は、動物実験が全く不要であるとするのではなく、必要な見直しをすべきであるというものであることが認められる。

以上のとおり、動物実験については、研究者の間では動物実験の必要性は一定程度認められているが、他方で、動物権利保護団体等によって動物実験の廃止を目指す反対運動が広く行われていることが認められる。


(4) 前記のとおり、「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」は、麻酔を施されているため、著しく衰弱しているかのように見えるものであって、かつ、「識別用各個別写真」に写っているニホンザルは、動物実験に使用され、いずれ死亡するものであるという特異性がある。そして、写真は、文字による情報よりも人間の感覚に訴えかける力が強いだけでなく、その表示方法や説明文の付け方等によって、事実とは異なる印象、ないしは過剰な印象を与えることも可能なものである。 そうすると、「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」を開示した場合、そこに写っているニホンザルの写真が動物実験に対する反対活動に用いられることによって、調査研究のために本当に必要な動物実験についても、これを行うことが困難又は不可能となるおそれが客観的にあり、実験動物を用いた研究の「能率的な遂行を不当に阻害するおそれ」(情報公開法5条6号ハ)が存在すると認めることができる。

(5) 原告は、「ニホンザル戸籍簿」は、鳥獣保護法、動物愛護法等の法律に抵触していなかったかどうかなど、一連の事実関係を知る上で、極めて重要な資料であり、被告が不適法な動物の管理と極めてずさんな動物実験を長年続けていたことからすれば、「ニホンザル戸籍簿」を開示する必要性は極めて高い旨主張する。 しかし、行政文書が開示されるべきか否かは、当該行政文書に含まれる情報が情報公開法5条に規定されている不開示情報に該当するか否かによって判断されるべきであって、情報公開法7条が規定する公益上の理由による行政機関の長による裁量的開示の場合を除いて、開示の必要性が高いという理由によって、不開示情報が開示されるべきであるということはできず、本件において、原告は情報公開法7条に基づく裁量的開示に関して何ら主張立証していないことは、前記一2(一)(2)イ(エ)で判示したところと同様である。したがって、原告の主張には理由がない。

(6) 以上によれば、「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」は、情報公開法5条6号柱書前段・同号ハに該当する情報というべきである

(二) 情報公開法5条6号柱書後段該当性について

前示のとおり、「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」は情報公開法5条6号柱書前段・同号ハに該当するというべきである。そして、情報公開法5条6号は、同号柱書後段の「当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」の典型的なものとして、同号イからホまでを挙げたものであるから、「識別用各個別写真」が同号ハに該当する場合、同号柱書後段に該当することは当然であって、同号柱書後段に該当するか否かを改めて検討する必要はないというべきである。

(三) 以上によれば、「ニホンザル戸籍簿」中の「識別用各個別写真」は、情報公開法5条6号柱書・同号ハの不開示情報に該当すると認めることができるから、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は適法というべきである。

3 「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)について

(一) 情報公開法5条1号該当性について

前記のとおり、本件各行政文書のうちの「ニホンザル戸籍簿」中の「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」は、ニホンザルを用いた動物実験を実施する者の氏名を記載したものであるから、これらの情報が情報公開法5条1号本文の「個人を識別することができる」情報に該当することは明らかである。

また、講師以上の者を除いた者、すなわち助手及び大学院生の氏名が情報公開法5条1号ただし書イ及びハに該当しないことは、前記一2(一)で判示したところと同様である。

したがって、「ニホンザル戸籍簿」中の「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」欄に記載された情報(ただし、いずれも講師以上の者を除く。)は、情報公開法5条1号に該当する。

(二) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について

「処分者氏名」、「飼育開始届申請者名」及び実験利用記録欄の「利用者名」が情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当すると認められないことは、前記一2(二)で判示したところと同様である。

(三) 以上のとおり、本件各行政文書のうちの「ニホンザル戸籍簿」中の「処分者氏名」欄、「飼育開始届申請者名」欄及び実験利用記録欄の「利用者名」欄に記載された情報は、情報公開法5条1号の不開示情報に該当すると認めることができるから、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は適法というべきである。

4 実験利用記録欄の「処置記録」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分について

(一) 証拠(甲4、乙5)及び弁論の全趣旨によると、「ニホンザル戸籍簿」のうち、実験利用記録欄の「処置記録」中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分であるとして被告が不開示とした部分は、いずれも、当該研究における重要事項を示す文言が記載されている部分であって、当該研究者の専門分野及び研究業績など、その他の情報と照合することによって、どのような目的のために研究を行っているのかやその研究の価値などが判明するものであり、当該研究の独創性や独自性、研究者の着眼点等、研究者の優先権に相当する部分が含まれていることが認められる。

そして、このような情報が開示された場合、研究者の自由な発想、創意工夫や研究意欲が不当に妨げられるなど、研究の能率的な遂行を不当に阻害するおそれがあると認めることができることは、前記一3(一)(2)で判示したところと同様である。

(二) したがって、「ニホンザル戸籍簿」のうち、実験利用記録欄の「処置記録」欄中、研究者にとって研究のプライオリティ等を示す最も重要な部分として被告が不開示とした部分に記載された情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当すると認めることができるから、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は適法というべきである。

三 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の不開示部分について 

1 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」について 前記前提事実に加え、証拠(各事実の後に付記する。)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。
(一) 「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」は、動物実験を行おうとしている研究者が、動物実験に必要な実験動物について品名(動物名)、規格品質(性別・年齢等)、数量等を特定して請求し、契約等の担当職員が、「納入」又は「相手方」欄に記載されている実験動物取扱業者から、実験動物を購入するという手続を記載した書類である(甲4、115、乙5、弁論の全趣旨)。
(二) 被告は、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の
①「品名」欄に記載された実験動物の品名、②「規格品質」欄に記載された実験動物の品質、③「納入」又は「相手方」欄に記載された実験動物取扱業者の名称、④「使用場所」欄に記載されている研究者名のうち、講師以上の者を除いた者、具体的には助手及び大学院生の氏名を不開示としている(甲4、115、乙5、弁論の全趣旨)。

2 「品名」、「規格品質」及び「納入」又は「相手方」について

(一) 情報公開法5条1号該当性について

被告は、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「納入」又は「相手方」欄のうち、個人名が記載されたものが、情報公開法5条1号本文の「個人を識別することができる」情報に該当する旨主張する。

しかし、証拠(甲2、4、乙5)及び弁論の全趣旨によると、被告は、本件部分開示決定や情報公開審査会に対する不開示理由の説明においても、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」中の「納入」欄並びに「物品購入等請求書」中の「相手方」欄に記載された情報が情報公開法5条1号に該当することや、「納入」又は「相手方」欄の記載のうち個人名が記載されたものが存在することについて何ら主張していなかったことが認められる。そして、被告は、本件訴訟においても、「納入」又は「相手方」欄に記載された個人名とはいかなるものであるかについて、主張立証していない。

そうすると、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「納入」又は「相手方」欄に記載された名称については、その名称が、実験動物取扱業者の担当者等の氏名(それならば情報公開法5条1号本文に該当し得る。)であるのか、それとも実験動物取扱業を営む個人の氏名であって、「事業を営む個人の当該事業に関する情報」(情報公開法5条1号本文括弧書により除外されている。)に該当するものであるか、あるいは実験動物取扱業を営む法人等の名称(その場合は、同号の問題ではない。)であるのかも明らかでないといわざるを得ない。

そうだとすれば、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「納入」又は「相手方」欄の記載について、個人名が記載されたものがあり得るとして、当該欄を特定しないまま、「納入」又は「相手方」欄記載の情報が、情報公開法5条1号本文の「個人を識別することができる」情報に該当すると認めることは相当ではないといわざるを得ない。

(二) 情報公開法5条2号イ該当性について

(1) 情報公開法5条2号柱書本文・同号イは、不開示情報として、「法人…(中略)…に関する情報」であって、「公にすることにより、当該法人等…(中略)…の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの」を規定している。

これは、法人等に関する情報には、営業秘密等のように、それが公開されると当該法人等の権利利益を害するおそれのあるものがあり、原則として法人等が有する正当な権利利益は、行政庁による情報の開示によって害されるべきではないという考え方に基づき規定されたものであり、「権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」の有無は、その情報の性質や法人等の性格、権利利益の内容等に応じて判断されるべきであると解される。そして、上記要件にいう「おそれ」とは、情報公開法が国民主権の理念から行政文書については公開を原則としていること(1条、5条柱書)からすれば、単に行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されるだけではなく、客観的にそのおそれがあると認められることが必要であるというべきである。

もっとも、上記「おそれ」があるか否かの判断に当たり、当該文書の個別具体的な記載文言等から当該法人等の権利が具体的にどのように害される蓋然性があるかが明らかにされなければならないとすることは、結果的に当該行政文書の開示を要求するということに等しく、不開示情報を定めた情報公開法の趣旨に反することは明らかである。

そうすると、行政文書に記載された情報につき、情報公開法5条2号イ所定の「おそれ」があるか否かを判断するに当たっては、当該情報が、どのような法人等に関するどのような種類のものであるかなどといった一般的な性質から、当該法人等の権利利益等を害するおそれがあるかを否か客観的に判断することが相当であるというべきである。


(2) そこで、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄、「納入」又は「相手方」欄に記載された情報が情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当するか否かについて検討する。

ア 証拠(各事実の後に付記する。)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。
(ア) SHAC等の活動に関する新聞報道
a 平成13年1月19日付けの日経産業新聞には、動物権利保護団体が薬剤や化学品の動物実験を専門に手掛ける英国のHLS社の役員、株主、取引銀行等のHLS社に関係する個人を標的に爆弾の脅しをかけたり、実際に従業員の自動車を爆破するなどして、HLS社に圧力をかけたため、HLS社の株価が急落するなどし、銀行が融資延長を拒否すれば倒産を免れない状況にある旨の記事が掲載された(乙6)。

b 平成14年7月2日の朝日新聞には、①欧米で違法手段も使って過激な動物愛護運動を展開している英国の団体であるSHACが、平成13年夏に大阪大学等日本の5大学の動物実験施設に侵入して内部を撮影したり、資料等を持ち出したりした上、ホームページで、実験動物が虐待されているなどと批判したこと、②SHACは、動物実験に反対し、世界有数の動物実験請負会社であるHLS社を閉鎖に追い込むために平成11年に設立された団体であり、幹部がHLS社の社員に殺人予告をして懲役刑を受けたり、HLS社の取引銀行を脅迫するなどしており、その過激な活動が英国で社会問題化していること、③HLS社は、日本の大手製薬会社の大半と取引があり、売上の約2割を日本で占めており、SHACは、朝日新聞の取材に対して、今回は日本の動物実験への攻撃の手始めであり、今後も多くの施設に入り、HLS社とかかわるとマイナスになるという警告を送るというコメントをしていること等を内容とする記事が掲載された(乙8の1)。

c 平成15年6月30日の毎日新聞には、英国の動物権利運動団体であるSHACの女性活動家と東京都内のNPOであるARCの代表が順天堂大学医学部の施設に侵入して、実験に使用された犬を盗んだ疑いで逮捕状が出された旨の記事が掲載された(乙8の2)。

d 平成15年7月1日の毎日新聞には、SHACの女性活動家とARCの代表が、順天堂大学医学部に侵入し、実験に使われた犬を盗んだという窃盗の被疑事実で逮捕された旨の記事が掲載された(乙8の3)。

e 平成15年8月25日の読売新聞には、平成14年4月に大阪大学医学部から動物実験のビデオテープを盗んだという窃盗の容疑で、SHACの活動家に対して、懲役3年執行猶予5年の刑が宣告された旨の記事が掲載された(乙8の4)。

(イ) AMPが公表している情報

a アメリカの団体であるAMP(Americans for Medical Progress)のホームページには、①SHACは、平成12年から、HLS社の経済的後援者に対する脅迫や嫌がらせ、HLS社の従業員を対象とする11の自動車爆発事件、2人のHLS社重役に対する暴行等を行い、SHACのメンバーが逮捕、投獄されたこと、②アニマルライツ団体であるALF(動物解放前線)やELF(地球解放前線)は、平成8年以来アメリカ国内で600件以上の暴力行為を行い、4300万ドル以上の損害を与え、FBIは、両団体をアメリカ国内の最大のテロリスト脅威と指定していること等の記事が掲載されている(乙7の1及び2)。

b AMPの会員レポートでは、アメリカ上院司法委員会において開催された動物権利保護団体についての公聴会において、SHAC、ALF、ELF等の動物権利保護団体の過激主義に関して、この種のテロリズムが近年エスカレートしており、FBIの調査最優先事項となっている旨の報告がされた旨伝えられている(乙24)。

c AMPの会員のレポートでは、アメリカにおいて、SHACの活動家リーダー7人がHLS社従業員の日常業務を妨害するための電話や電子メール攻撃、FAX攻撃、コンピュータ遮断を行ったなどとして、テロの陰謀、動物関連企業保護法及びストーカー行為禁止法違反により、平成16年5月26日に逮捕・起訴された旨伝えられている(乙25)。

(ウ)a 被告が不開示としている「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄に記載された実験動物の品名、並びに「規格品質」欄に記載された実験動物の品質は、これらを開示すると、実験動物取扱業者についての一般的情報と照らし合わせることにより、被告が実験動物を購入した相手方である実験動物取扱業者を特定することができる可能性が高い情報である(甲4、115、乙5、弁論の全趣旨)。

b 被告が、本件開示請求の対象となった「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」に記載された実験動物取扱業者に対して、情報公開法13条に基づき、意見聴取を行った結果、すべての業者が、適正な事業の妨害等に対して強いおそれを抱いているとして、業者名等の情報の公開を望まない旨の意見書を提出している(甲4、乙5、弁論の全趣旨)。

イ 以上の事実によると、英国及びアメリカでは、SHAC等の過激な動物権利保護団体によって、特定の動物実験請負会社の営業を妨害したり、動物実験を廃止させたりする手段として、動物実験請負会社の役員や従業員に対する自動車爆破事件や暴行、脅迫等の犯罪行為が組織的に行われていることが認められる。

また、日本国内においても、大学の動物実験施設にSHAC及び日本国内の動物権利保護団体の活動家が不法に侵入し、実験動物や動物実験の資料を盗み出し、活動家が有罪判決を受けるという事件が発生したことが認められる。

そして、前記のとおり、日本国内の動物権利保護団体により動物実験に反対する活動が広く行われており、それらの活動には相当数の者が参加している。

以上を総合考慮すると、被告に対して実験動物を納入している実験動物取扱業者の名称や当該業者の納入した実験動物の種類・品質等が明らかになると、平和的な抗議活動や言論活動だけでなく、これらの業者の営業に不当な圧力をかけたり、営業を妨害するなどの活動が行われる可能性があり、現に、これらの業者はそのおそれを抱いていることを認めることができる。

そして、このような妨害活動等が行われると、実験動物取扱業者の営業に不利益な事態が発生する可能性があるということができる。

したがって、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報が公開されると、情報公開法5条2号イにいう「権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」があると認めることができる。

(3) これに対し、原告は、国民の税金が投入されている公共の研究機関の取引業者名を公開することは、取引の透明性を高め、違法行為を未然に防ぐ意味でも極めて重要であり、その公開は公共機関に課せられた義務であることからすれば、「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は開示されるべきである旨主張する。 しかしながら、行政文書が開示されるべきか否かは、当該行政文書に含まれる情報が情報公開法5条に規定されている不開示情報に該当するか否かによって判断されるべきであって、情報公開法7条が規定する公益上の理由による行政機関の長による裁量的開示の場合を除いて、開示の必要性が高いという理由によって、不開示情報が開示されるべきであるということはできず、本件において、原告は情報公開法7条に基づく裁量的開示に関して何ら主張立証していないことは、前記一2(一)(2)イ(エ)で判示したところと同様である。したがって、原告の主張には理由がない。

(4) また、原告は、実験動物取扱業者名に関する情報が既に公開されていること、他の行政機関が実験動物取扱業者名を公にしたことで支障が生じた事例がないことからすれば、被告についてのみ、取引業者名を不開示とする理由は認められない旨主張する。 確かに、証拠(甲93の1から5まで、94から97まで)によると、実験動物取扱業者の中には、自社のホームページ内において、実験動物を取り扱っていることを宣伝し、会社所在地や電話番号等を明記している業者が存在していること、奈良県は、平成13年6月19日に開示した「動物実験に関する集計」の中で、講座研究費一覧表中の「債権者」欄に記載された実験動物取扱業者と推測される名称を開示していること、岡山大学医学部においては、「動物実験計画書」中の「使用動物」欄に記載された「入手先」の名称についても、これを開示したことがあること、財団法人東京都医学研究機構は、ニホンザルの購入契約における相手方の団体の名称を開示したことがあることを認めることができる。

しかしながら、情報公開法5条及び公益上の裁量開示を規定した情報公開法7条の規定に照らすと、情報公開法は、行政機関の長に対して、情報公開法5条に規定する不開示情報に該当しない情報については開示することを義務付けている一方、不開示情報については、情報公開法7条に該当しない限り、その開示を禁止しているものと解される。

したがって、ある企業が、自らの判断で情報公開法5条2号イの不開示事由に該当する情報を公開することは自由であるが、そのような公開の事実があったとしても、当該情報が不開示事由に該当する場合は、行政機関の長としては、情報公開法7条に該当しない限り、当該行政文書を開示することはできないというべきである。

また、地方公共団体等や他の国立大学において、実験動物取扱業者の名称を開示した例があるとしても、地方公共団体等の場合には、情報公開の根拠法令が異なる上、これらの事例においては、開示の対象となった実験動物取扱業者がその開示に反対していなかったため、当該業者の名称が開示されたことも考えられ、さらに、当該各事案において、開示した判断が正しかったのか否かも不分明である。そうすると、これらの機関において実験動物取扱業者の名称が開示された例があるというだけでは、被告が本件において実験動物取扱業者の名称を開示した場合に「権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれ」があるとする前記判断を覆すことはできないというべきである。

したがって、原告の主張には理由がない。

(5) 以上によれば、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、情報公開法5条2号イの不開示情報に該当するというべきである。

(三) 情報公開法5条4号該当性について

(1) 前示のとおり、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、情報公開法5条2号イの不開示情報に該当すると認めることができるので、同条4号該当性の有無にかかわらず、本件部分開示決定のうち上記情報を不開示とした部分は適法である。そうすると、本来は、同条4号該当性の有無を判断する必要はないが、訴訟の経緯にかんがみ、これを検討することとする。

(2) 情報公開法5条4号は、「公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」を不開示情報として規定している。この規定は、公共の安全と秩序を維持することは、国民全体の基本的利益を擁護するために政府に課された重要な責務であり、これらの利益は十分に保護する必要があることから設けられた規定と解される。

そして、情報公開法5条4号のこのような立法趣旨及び「…支障を及ぼすおそれがある情報」という規定の仕方ではなく、「…支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」という規定の仕方をしていることからすると、このような情報の開示・不開示の判断には、その性質上、犯罪等に関する将来予測等についての専門的・技術的な情報と経験に基づく判断を要し、公共の安全と秩序の維持という国民全体の基本的利益を守るための高度の政策的判断を伴うこと等の特殊性があることから、同号は、行政庁に比較的広範な裁量権を付与したものと解される。

そうすると、情報公開法5条4号該当性の司法審査の場面においては、裁判所は、同号に該当する情報が記録されているかどうかについての行政機関の長の第一次的な判断が合理性を持つものとして許容される限度のものであるかどうか、すなわち、当該処分に社会通念上著しく妥当性を欠くなどの裁量権の範囲の逸脱又は濫用があると認められる点があるかを判断するという審査方法によるべきであると解される。そして、処分の取消訴訟においては、同号の該当性を否定する原告が、上記のような裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったことを基礎付ける具体的事実を主張立証する責任を負うというべきである。


(3)ア 証拠(甲2、4、乙5)及び弁論の全趣旨によると、被告は、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報を公にすることにより、実験動物取扱業者の設備の破壊や実験動物等の不法な持ち出しなどの犯罪を引き起こす蓋然性があると判断して、情報公開法5条4号に該当すると判断していることが認められる。

イ 前記のとおり、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」に記載された「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、被告に実験動物を納入する業者を特定することができる情報である。そして、前記のとおり、英国及びアメリカでは、SHAC等の過激な動物権利保護団体によって、特定の動物実験請負会社の動物実験を廃止させる手段として、動物実験請負会社の役員や従業員に対する自動車爆破事件や暴行等の犯罪行為が組織的に行われており、日本国内においても、大学の動物実験施設に動物権利保護団体の活動家が不法に侵入し、実験動物や動物実験の資料を盗み出すという事件が発生していること、また、日本国内の動物権利保護団体により動物実験に反対する活動が広く行われ、それらの活動には相当数の者が参加していることを認めることができる。

ウ これらの事実によると、前示のとおり、実験動物取扱業者の名称と実験に提供した動物の種類、品質等が明らかになれば、動物実験に反対する団体等によって、特定の業者の営業活動に対する妨害活動等が行われるおそれがあることを認めることができる。

しかしながら、前記のとおり、英国やアメリカにおいては、上記のSHAC等の過激な動物権利保護団体によって実験動物取扱業者の役員や従業員に対する脅迫、自動車爆破、暴行等の多数の犯罪行為が行われているのに対し、日本においては、上記事例一件以外に、動物権利保護団体によって実験動物取扱業者や動物実験施設に対して犯罪行為が行われた事例があることをうかがわせる証拠は見当たらない。そして、日本国内において活発に活動している動物権利保護団体の一つであると考えられるところの原告について見ても、原告が上述したSHAC等の過激な動物権利保護団体と同列の団体であることをうかがわせる証拠は見当たらず、そのほか、英国やアメリカに存在するような過激な動物権利保護団体が日本で活発に活動していることを認めるに足りる証拠もない。

また、被告が本件部分開示決定を行う際に、原告が上述したSHAC等の過激な動物権利保護団体と同列の団体であると認定していたことや、動物権利保護という目的のために犯罪行為も辞さないような団体が日本国内に存在しており、そのような団体による犯罪行為が発生するおそれが存在すると判断していたと認めるに足りる証拠もない。そして、このような点以外に、被告が情報公開法5条4号該当性を認めるにつき他の根拠があったことをうかがわせる証拠もない。

そうすると、実験動物取扱業者の名称と実験に提供した動物の種類、品質が明らかになったとしても、特定の実験動物取扱業者の営業活動に対する抗議、妨害活動等のように必ずしも犯罪行為に該当するとはいえない行為を超えて、動物権利保護団体等によって、実験動物取扱業者の設備の破壊や実験動物等の不法な持ち出し等の犯罪行為が行われるおそれがあると判断することは、根拠を欠き、社会通念上妥当ではないものといわざるを得ない。

このように見てくると、被告は、実験動物納入業者の営業に対する上記妨害活動等のおそれが存在することから、直ちに、実験動物納入業者の名称等が開示されると、動物実験に反対する団体等によって、これらの業者に対して、施設への不法侵入や破壊行為などの犯罪が行われる可能性が存在すると認めたものと考えられ、このような認定判断は、社会通念上著しく妥当性を欠くものであって、裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるというべきである。

エ そうすると、被告が、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報を公にすることにより、犯罪を引き起こす蓋然性があると判断したことは、被告の有する裁量権を逸脱又は濫用したものというべきである。

(4) 以上によれば、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、情報公開法5条4号の不開示情報に該当するということはできない。

(四) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について

(1) 前示のとおり、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、情報公開法5条2号イの不開示情報に該当すると認めることができるので、同条6号柱書・同号ハ該当性の有無にかかわらず、本件部分開示決定のうち上記情報を不開示とした部分は適法である。そうすると、本来は、同条6号柱書・同号ハ該当性の有無を判断する必要はないが、訴訟の経緯にかんがみ、これを検討することとする。

(2) 本件開示請求当時、被告は国の機関であり、そこで実施される動物実験は、国の機関が行う研究、教育に関する事務であるから、「国の機関…(中略)…が行う事務又は事業に関する情報」(情報公開法5条6号柱書前段)に該当することは明らかである。

(3) 前示のとおり、行政文書に記載された情報につき、情報公開法5条6号柱書・同号ハ所定の「おそれ」があるか否かを判断するに当たっては、当該情報が、どのような事務又は事業に関するどのような種類のものであるかなどといった一般的な性質から、当該事務又は事業の遂行を害するおそれがあるかを否かを客観的に判断することが相当であるというべきである。

(4) 前記のとおり、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、被告に実験動物を納入する業者を特定することができる情報である。 そして、前記のとおり、英国及びアメリカでは、SHAC等の過激な動物権利保護団体によって、動物実験請負会社の役員や従業員に対する自動車爆破事件や暴行等の犯罪行為が組織的に行われており、日本国内においても、大学の動物実験施設に動物権利保護団体の活動家が不法に侵入し、実験動物や動物実験の資料を盗み出すという事件が発生していること、また、日本国内の動物権利保護団体により動物実験に反対する活動が広く行われ、それらの活動には相当数の者が参加していること、さらに、被告が、被告に実験動物を納入する業者に対して、意見聴取を行った結果、すべての業者が、適正な事業の妨害等に対して強いおそれを抱いているとして、業者名等の情報の公開を望まない旨の意見書を提出していることを認めることができる。

これらの事実によると、実験動物取扱業者の名称や、実験に提供した動物の種類、品質等が明らかになれば、動物実験に反対する団体等によって、特定の業者に対して、その営業に不当な圧力をかけたりするなどの様々な妨害活動が行われるおそれがあり、かつ、被告に実験動物を納入する業者がそのような事態が生ずることを恐れて、被告に対して実験動物を納入しなくなるなどの影響が生ずるおそれがあることを認めることができる。

そうすると、実験動物取扱業者の名称や、実験に提供した動物の種類、品質等を明らかにすることによって、被告が調査研究のために動物実験を行おうとしても、実験動物を入手することが困難になるなどして、調査研究の「能率的な遂行を不当に阻害するおそれおそれ」が客観的に存在すると認められる。

したがって、「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、情報公開法5条6号柱書・同号ハの不開示情報に該当すると認めることができる。

(五) 以上のとおり、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「品名」欄、「規格品質」欄及び「納入」又は「相手方」欄に記載された情報は、情報公開法5条1号又は同条4号に該当すると認めることはできないものの、同条2号イ、及び同条6号柱書・同号ハの各不開示情報に該当すると認めることができる。したがって、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は適法というべきである。

3 「使用場所」における研究者名について

(一) 情報公開法5条1号該当性について

本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「使用場所」欄に記載された研究者名が、情報公開法5条1号本文の「個人を識別することができる」情報に該当することは明らかである。

また、講師以上の者を除いた者、すなわち、助手及び大学院生の氏名が、情報公開法5条1号ただし書イ又はハに該当しないことは、前記一2(一)で判示したところと同様である。

したがって、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「使用場所」欄に記載された研究者名は、情報公開法5条1号に該当する。

(二) 情報公開法5条6号柱書・同号ハ該当性について

本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「使用場所」欄に記載された研究者名が情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当するとは認められないことは、前記一2(二)で判示したところと同様である。

(三) 以上のとおり、本件各行政文書のうちの「物品請求及び命令書・管理簿(乙)」並びに「物品購入等請求書」中の「使用場所」欄に記載された研究者名は、情報公開法5条6号柱書・同号ハに該当すると認めることはできないものの、情報公開法5条1号の不開示情報に該当すると認めることができるから、本件部分開示決定のうち、上記情報を不開示とした部分は適法というべきである。

四 結論
以上によれば、本件不開示部分を開示しないとした本件部分開示決定は適法というべきである。
したがって、本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

     東京地方裁判所民事第38部

         裁判長裁判官   菅  野  博  之
             裁判官   鈴  木  正  紀
             裁判官   馬  場  俊  宏