マンションにおけるペット飼育に関して売主である販売業者の説明義務違反及び不法行為責任が否定された事例(平成16年09月22日福岡地方裁判所第5民事部)平成15(ワ)974損害賠償請求事件

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平成16年9月22日判決言渡し 同日原本交付 裁判所書記官
平成15年(ワ)第974号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成16年8月4日

判決

主文
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 請求の趣旨
 (1)被告は,原告に対し,908万5902円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2)訴訟費用は被告の負担とする。
 (3)仮執行宣言
 2 請求の趣旨に対する答弁
 (1)原告の請求を棄却する。
 (2)訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
   本件は,原告が,被告に対し,被告が原告に対してマンションを販売する際,ペットの飼育に関して不適切な説明を行い,原告を同マンションでのペットの飼育が可能であると誤信させてその売買契約を締結させたとして,損害賠償または不当利得の返還を請求している事案である。

 1 争いのない事実及び後掲証拠により容易に認められる事実
 (1)被告は,不動産の売買及び仲介等を目的とする会社であり,平成12年12月ころから平成13年にかけて,福岡市(以下省略)所在のマンション「A」(以下「本件マンション」という。)の販売を行った。

 (2)原告及びその妻B(以下「B」という。)は,平成13年4月から9月にかけて,被告従業員C(以下「C」という。)から,本件マンションの説明を受けたり,本件マンションのモデルルームを見学したりしていた。
    その後,原告は,同月22日に,被告との間で,本件マンション2号室を,3970万円で購入するとの売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,平成14年3月ころ,家族,ペットの犬とともに同室に入居した。

 (3)被告が,購入予定者に提示した本件マンションの管理組合規約案には,以下の規定があり,同案は,本件マンションの管理組合規約として承認され,現在も通用している(乙3)。

   1条 この規約は,Aの管理又は使用に関する事項等について定めることにより,区分所有者の共同の利益を増進し,良好な住環境を確保するとともに,地域社会の健全な発展に資することを目的とする。

   3条1項 区分所有者は,快適な共同生活を維持するため,この規約及び別に定める使用細則を誠実に遵守しなければならない。

   6条1項 区分所有者は,第1条に定める目的を達成するため,区分所有者全員をもってA管理組合(以下「本件管理組合」という。)を構成する。

   17条 区分所有者及び占有者は,本マンション内において,次の行為を行い,又は他人に行わせてはならない。但し,建物等の保存に有害でなく,その他建物等の使用又は管理に関し,区分所有者の共同の利益を損なわず,且つ,他の居住者に迷惑を及ぼしたり,不快感を与えたりしない使用上のやむを得ない行為であって事前に管理組合の承認を受けた事項はこの限りではない。
     10号 その他区分所有者の共同の利益に反し,又は他の居住者に迷惑を及ぼしたり,不快の念を抱かせる行為をすること。

   45条1項 組合員は,その所有する住戸1戸につき各1個の議決権を有する。

   46条3項 次の各号に掲げる事項に関する総会の議事は,前項にかかわらず,組合員総数の4分の3以上及び議決権総数の4分の3以上で決する。
      1号 規約の変更

 (4)被告が,購入予定者に提示した本件マンションの使用細則案には,以下の規定があり,同案は,本件マンションの使用細則として承認され,現在も通用している(乙3。以下,現行の管理組合規約及び使用細則をあわせて「現行管理組合規約等」という。)。

   1条 本マンションの区分所有者または占有者並びにその家族(以下「居住者」という。)は,当該専有部分およびその専用使用部分の使用にあたり次の行為をしてはならない。
     (12)その他,公序良俗に反する行為および他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為をすること。

 2 争点
 (1)債務不履行の成否

   (原告の主張)
   ア 被告は,マンションの売主として,契約を締結しようとする買主に不測の財産的,精神的損害を与えないように共用部分,専有部分の用途その他利用制限等,建物または敷地の使用権に関する規約の定めの内容につき,特に重要事項として説明する信義則上の義務を負っている。

     そして,原告は,ペットの飼育が可能であることをマンション購入の条件としていたから,本件売買契約においては,本件マンションにおいてペットの飼育が許可されていることが売買契約の重要な要素であり,被告は,本件マンションにおいてペットの飼育が許可されているのか,される見込みがあるのかにつき具体的に説明すべき信義則上の義務を負う。

     被告が上記義務を負うことは,宅地建物の取引において売主が,権利や利益が制限されることになる事項その他原告の利害に関わる事項については,重要事項として説明する義務を負っていること(宅地建物取引業法施行規則16条の2参照)及び消費者契約法の趣旨に照らしても明らかである。

   イ それにもかかわらず,被告または被告の履行補助者であるC,D(以下「D」という。)は,原告及びBに対し,本件マンションはペット飼育が可能であると説明し,ペット飼育の可否が将来において変更される可能性,他の購入者のペット飼育に関する認識を説明せず,ペット飼育に関する正確な情報を提供しなかった。さらに,被告は,他の購入者に対し,ペット飼育は禁止されていると説明していながら,原告に対しては,他にもペットを飼育している購入者がいると述べるなど,虚偽の説明をしており,被告は,上記説明義務を果たしていない。

   ウ したがって,被告は,原告に対し,債務不履行責任を負う。

   (被告の主張)
   ア(ア)マンションにおけるペット飼育は原則として禁止されているのが通常であり,ペット飼育を全面的に可能とするマンションの場合は,広告で明示されていたり,ペットの足洗い場等の設備が設けられていたりするところ,本件マンションの販売広告にはペット飼育可能との記載はなく,本件マンションにペット飼育のための設備はない。原告は,他のマンションの販売広告,モデルルームを閲覧した上で,本件マンションの現地販売事務所,モデルルーム,建設現場も見学したのであり,本件マンションにおいてペット飼育に何らかの制限が加えられるであろうこと,将来ペット飼育が禁止される可能性があることを認識できたから,それらの点について,被告は説明義務を負わない。

    (イ)そもそも,マンションにおけるペット飼育の可否は,管理組合が決定することであり,売主は,当該マンションに区分所有権を有しない限り,管理組合の意思決定に対し,影響を及ぼすことはできない。売主は,マンションの売買契約時において,管理組合設立総会で制定されるべき管理組合規約及び使用細則(以下「管理組合規約等」という。)を交付し,それについて同意する旨の承諾を得るが,承諾された管理組合規約等も,管理組合員により構成される管理組合総会によりいつでも変更されうるものであるから,売主が,買主に対して,将来制定,改正される管理組合規約等の内容を予想した上で説明することは不可能であり,被告にそのような説明を行う義務はない。また,管理組合設立総会で制定予定の管理組合規約等の内容,管理組合規約等の改正がなされ得ること及びその手続については,本件売買契約時に,被告が交付した制定予定の管理組合規約等に明記されているから,被告は,その内容の詳細について,買主から特に説明を求められない限り,説明する義務はない。

   イ(ア)現行管理組合規約等では,他人に迷惑,危害を及ぼす行為が禁止事項として挙げられているが,ペット飼育に関しては,明確な定めがなされておらず,C及びDが,原告に対し,ペット飼育は原則禁止されているが,他人に危害,迷惑を及ぼさない範囲においては問題ないと思われる旨述べたのは,制定予定の管理組合規約等を忠実に解釈して述べたにすぎない。

    (イ)原告は,本件売買契約締結時に,制定予定の管理組合規約等の交付を受け,また,重要事項説明書の説明によって,管理に関する事項は管理組合規約等を参照すべきことを知らされたにもかかわらず,制定予定の管理組合規約等について,被告に対し,説明を求めなかったのであるから,被告に説明義務違反はない。

 (2)不法行為

   (原告の主張)
   ア 被告は,C及びDをして,原告及びBに対し,本件マンションにおいてペット飼育が可能であると説明し,ペット飼育の可否が将来において変更される可能性,他の居住者のペット飼育に関する認識を説明しなかった。

     他方で,被告は,その従業員をして,原告他数名を除く購入者に対して,ペット飼育が禁止されていると説明し,また,原告宅の隣室をペットアレルギーを持つ家族がいる者に販売し,本件マンションでのペットの飼育を事実上困難な状況にしたのであるから,被告が,原告に対して行った説明は,ペット飼育が将来において禁止される,または困難になる可能性があるにもかかわらず,将来においてもペット飼育が可能であると積極的に原告を欺罔する詐欺行為であり,被告は,不法行為責任を負う。

   イ 仮に,C及びDの上記詐欺行為が被告自身の不法行為にあたらないとしても,C及びDの行為は,本件マンションの販売という被告の業務の執行においてなされたものであるから,被告は,使用者責任に基づき,その責任を負う。

   (被告の主張)
    前記(1)記載の被告の主張のとおり,被告に,原告に対する説明義務違反はないから,被告及び被告従業員に不法行為責任は発生しない。

 (3)債務不履行及び不法行為による損害

   (原告の主張)
    原告が被告の説明義務違反または不法行為によって本件売買契約を締結し被った損害は以下のとおりである。

   ア本件建物購入及び居住による財産的損害
     原告は,マンションを購入するにあたっては,ペットの飼育が可能であることを条件としていたのであるから,被告の債務不履行,不法行為がなければ,原告は本件マンションを購入しなかったのであり,本件マンションの購入に関して,原告が支出した以下の費用は,被告の債務不履行,不法行為と相当因果関係のある損害にあたる。
   (ア)本件建物購入代金           3970万0000円
     (但し,本件においては時価相当額3600万円を控除した370万円を請

求する。)
   (イ)ローン保証料・修繕積立金等 153万2752円
   (ウ)内装変更工事代金 91万6650円
   (エ)引越費用                 13万6500円

   イ マンションの買換え及び転居による財産的損害(ア(イ)ないし(エ)と選択的請求)
     被告の債務不履行,不法行為により,原告は,本件マンションからペットの飼育が可能である他のマンションへの転居を余儀なくされるから,本件マンションと同程度の価値を有するマンションの購入費用,転居費用等の以下の費用は,被告の債務不履行,不法行為と相当因果関係にある損害にあたる。なお,別のマンションの購入代金については,本件マンションを売却して一部資金に充てることから,本件訴訟においては請求しない。

   (ア)購入諸費用               153万2752円
   (イ)内装変更工事代金             91万6650円
   (ウ)引越費用                 13万6500円

   ウ 慰謝料
     本件マンションの多数の住民がペット飼育が禁止されることを前提に,本件マンションを購入していることから,原告は,共有部分の通行の度に,他の住民に不快感を与えていないか気にするなど精神的苦痛を被っている。
     また,隣家にペットアレルギーの住民がいることにより,ペットのにおい,毛が隣家に行かないよう極力窓を空けないなど,自宅専用部分にいる際にも精神的苦痛を被っている。
     さらに,被告は,本件売買契約の経緯についての説明,謝罪等を行わない。
     上記一切の事情に照らせば,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は,200万円とするのが相当である。

   エ 弁護士費用                 80万0000円

    (被告の主張)
   (ア)現行管理組合規約等は,本件売買契約時に原告に交付した制定予定の管理組合規約等がそのまま制定されたものであり,現時点で何らの変更もされておらず,今後,どのような管理組合規約等の定めがなされるかもわからないから,原告には損害が発生していない。
      また,仮に現行管理組合規約等の改正がなされたとしても,それは改正の決議がなされる時点における本件管理組合の総会において決められたことであり,入居時点とは,本件マンションの区分所有者も,その考えも異なり得るから,改正によって原告に何らかの損害が発生したとしても,売主である被告の行為とは因果関係がない。

   (イ)本件マンション新築時から現在までの価格下落分は,全ての購入者に当然に発生するものであるから,それを売主である被告に転嫁することはできない。

   (ウ)現在,原告がペットを飼育するに際して払っている注意はペット飼育が全面的に可能なマンションにおいても払うべき,一般的な注意であり,原告に対して特別の義務が課されているわけではないから,原告に精神的苦痛があるとはいえない。

   (エ)原告は,本件マンションから転居するか,居住を続けるかを明らかにしておらず,転居費用が生じるか否かは未確定であるから,現時点では損害として認められない。

 (4)過失相殺
   (被告の主張)
    原告には,本件マンションの販売広告にペット飼育可能と明記されていないこと,本件マンションがペット飼育に適した設備が設けられていないマンションであることを認識していたにもかかわらず,ペット飼育が可能と信じ,制定予定の管理組合規約等を確認せずに本件売買契約を締結したという過失があるから,相当額の過失相殺が認められるべきである。

 (5)錯誤無効
   (原告の主張)
    ペットの飼育が可能であることは,原告がマンションを購入するにあたっての条件であり,また,マンションでペットを飼育するには,他の入居者の理解が不可欠であるから,本件マンションでペットの飼育が可能であること,他の入居者もペットの飼育が可能であると認識していることは,売買契約の締結を左右する重大な事項であり,本件売買契約の要素である。

    原告は,本件マンションでのペット飼育が原則禁止されており,他の購入者もそれを前提に本件マンションを購入し,その中には,ペット飼育を全面的に禁止するべきと考える者もいるにもかかわらず,本件マンションにおいてペットの飼育が可能である,他の入居者もペット飼育が可能であると認識していると誤信して本件売買契約を締結したものであるから,本件売買契約の要素に錯誤がある。

    したがって,本件売買契約は,原告の錯誤により無効であるから,被告は,原告に対し,本件売買契約の代金の一部を不当利得として返還する義務を負う。

   (被告の主張)
    ペット飼育の可否は,マンション購入に際して考慮する一要素であるとしても,マンションの売買契約の主要部分にはあたらないし,その錯誤がなければ,売買契約の意思表示をしないことが社会通念上当然ということはできない。

    また,ペット飼育が可能であるとされているマンションにおいても,ペットを飼育する者は他の入居者のために注意を払って飼育する必要があるし,その後の管理組合規約等の変更により,ペット飼育が制限され,禁止されることもあり得るから,ペット飼育の可否,他の購入者もペット飼育が可能と認識していることは,マンションの売買契約の主要部分にあたらず,ペットの飼育の可否は,契約の要素にはあたらない。

 (6)消費者契約法4条2項に基づく取消し
   (原告の主張)
    本件売買契約は,事業者である被告と消費者である原告との間でなされた消費者契約である。そして,マンションにおけるペット飼育の可否は,マンション購入についての判断に通常影響を及ぼすことが明らかであるから,消費者契約法4条2項に定める重要事項にあたる。
    被告は,本件マンションにおけるペット飼育の可否について,ペット飼育が可能であるとの原告の利益となる説明をしたが,他の入居者の中にペット飼育は禁止であると認識して本件マンションを購入した者がいること,本件マンションの管理規約等でペット飼育が禁止または制限される可能性があることという原告にとって不利益な事実を故意に告げなかった。
    原告は,そのため,本件マンションをペット飼育禁止であると認識している入居者はおらず,将来にわたってもペット飼育が禁止されまたは制限されることはないと誤信して本件マンションを購入するとの意思表示をした。
    したがって,原告は,消費者契約法4条2項に基づいて,本件売買契約を取り消し,本件売買契約の代金の一部を不当利得として返還することを請求する。

   (被告の主張)
    マンションにおけるペット飼育の可否は,売主ではなく管理組合が決定すること,売主は将来制定予定の管理組合規約等に売買契約締結時に買主の同意を得るという方法で関与することができるにすぎないこと,その管理組合規約等は後の管理組合総会で変更がなされ得ることからすれば,売主としては,買主に制定予定の管理組合規約等を交付し,これらが制定されることを説明することで足りるというべきであり,被告が,原告に不利益となる事実を告知しなかったとはいえない。
    仮に,原告が,不利益な事実が存在しないと誤信したとしても,本来マンションにおいては,共同住宅という本質上,ペット飼育に制限があること,ペット飼育可能との広告がなされず,本件マンションには何らペット飼育に適する設備が備えられていないことからすれば,被告の告知あるいは不告知によって,将来にわたってもペット飼育が禁止され又は制限されることはないと誤信をすることは考えられないから,原告の誤認と被告の説明とは因果関係がない。

第3 当裁判所の判断

 1 証拠(甲1,2,8,10,12,13,14,18,乙1,4,5,原告本人,証人B,証人C,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
 (1)原告は,平成13年4月当時,広島県に単身赴任していたが,福岡市(以下省略)所在のマンション(以下「旧原告宅」という。)に,B,翌年に小学校に入学する予定だった娘が住み,パグという種類の小型犬を飼育していた。
    原告及びB(以下「原告ら」という。)は,本件マンション2号室に入居後も同所において,上記犬を飼育しており,その犬は,平成15年7月当時,9歳である。
    原告らは,平成13年4月当時,自宅用にマンションを購入することを検討しており,旧原告宅が所在するX校区内にあり,ペットの飼育が可能なマンションを探していた。

 (2)被告は,平成12年12月ころから,本件マンションの販売を行っていた。
    被告は,マンションの販売にあたって,購入希望者に対し,ペットの飼育は原則禁止されているが,他人に迷惑,危害を及ぼさない範囲であればできると考えられる旨説明するよう,営業担当者に指示しており,本件マンションについて,特段異なる指示はなされていなかった。

 (3)本件マンションの販売を担当していたCは,平成13年4月ころ,旧原告宅に電話して,電話に出たBに対し,本件マンションを販売中であることを伝えた。
    Cは,前記電話において,Bが本件マンションの購入に興味を示したため,その日のうちに,旧原告宅にパンフレットを持参した。
    Cが,旧原告宅を訪問し,Bに会った際,Cは,Bから,本件マンションでペットが飼えるかを尋ねられたので,原則は駄目だが,危害を加えるなど人に迷惑をかけなければ,具体的には,外に出るときには籠に入れるとか,抱く等すれば問題ないと思われる旨返答した。Cは,その際,旧原告宅で飼育されている犬を実際に見た。

 (4)Cは,平成13年5月ころ,数回,旧原告宅を訪問し,原告及びBも,本件マンション付近に開設された現地販売事務所を訪問して,Cから本件マンションの詳細等の説明を受けたが,その間,本件マンションでのペット飼育の可否が話題になることはなかった。
    しかし,原告らは,希望予算を超えること等の理由で,本件マンションの購入を断念することとし,同年5月末ころ,BからCに対し,その旨を伝えた。

 (5)原告らは,さらにX校区内で,ペット飼育が可能なマンションを探していたが,適当な物件が見当たらなかったため,平成13年8月ころには,再度本件マンションの購入を検討するようになった。
    原告らは,平成13年8月下旬以降,数回にわたり,現地販売事務所を訪れ,本件マンションについて説明を受け,同年9月17日ころ,C及び被告営業部長であるDに対し,本件マンション2号室の購入を申し入れた。その際,原告らからCらに対し,本件マンションでのペット飼育に関しての質問はなかった。

 (6)C及びDは,平成13年9月22日,本件売買契約締結のため,旧原告宅を訪問した。
    Dは,原告に対し,「宅地建物取引主任者証」を提示した上,重要事項説明書を読み上げた。同重要事項説明書には,「15.管理に関する事項」の項に,「管理内容等については別途管理規約をご参照願います。」「入居者が一定数となった時点で管理組合を結成して頂きます。」との記載がある。
    また,Dは,原告から前記犬を見せられた上で,本件マンションでペットを飼育できるか尋ねられ,この程度の犬であれば特段問題はないと思う旨述べた。
    その後,原告は,Dから本件マンションの管理組合で制定される予定となっている管理組合規約等及び管理委託契約書の交付を受け,それらについて承認する旨の承認書及び本件売買契約書に署名捺印した。

 (7)原告とその家族は,平成14年3月末ころ,飼育している犬と共に,本件マンション2号室に引っ越してきた。

 (8)平成14年5月ころ,本件管理組合総会が開かれ,組合員の一人から,本件マンションはペット飼育禁止であるはずなのに,ペットを飼っている人がいるとの発言がなされた。
    その後,管理会社が本件マンションの購入者に対して実施したアンケートでは,回答者37名のうち,売買契約当時,被告の販売担当者からペットの飼育が可であると聞いていたと回答した者が原告を含めて2名,飼育は不可であると聞いていたと回答した者が16名,ペットの飼育に関しては何も聞いていないと回答した者が9名であり,その他の者は無回答であり,今後のペット飼育については,条件付でも不可と回答した者は2名,条件付で可とする者32名,無回答3名であった。
    また,ペットアレルギーに関するアンケートを行ったところ,回答のあった入居者35世帯中,7世帯はペットアレルギーを持つ居住者がいると回答している。

 (9)原告が,被告に対し,本件売買契約時のペットに関する説明の状況について説明するよう求めていたところ,原告への販売担当者であったCは,平成14年11月ころに管理会社の担当者とともに,同年12月1日には一人で,原告宅を訪問した。
    Cが一人で原告宅を訪問した際,原告は,Cに対し,本件売買契約締結の際,Dが,原告が飼っている犬を見て,この程度の犬だったら外で飼うわけではないから大丈夫だと言った旨を述べ,Cは,これに対し,問題ないという趣旨のことを述べたことは覚えている旨返答した。

 (10)平成15年4月5日,本件管理組合臨時組合員総会において,ペットの飼育に関し,次の三案が提示されたが,採択には至らなかった。なお,欠席者9名による不在投票の投票結果は,b案5票,c案4票であった。

    a案 ペットの飼育を全面的に禁止する。
    b案 別紙1(省略)の趣旨の規則を定め,それを遵守することを条件に現在飼育中のペットのみ1代限り認める。
    c案 別紙2(省略)の趣旨の規則を定め,それを遵守することを条件にペット飼育可能とする。 

 (11)本件管理組合は,上記臨時組合員総会において,上記三案の採択までの間,ペットの飼育について,以下の規定によることを決議した。
   ア 現在飼育しているペット以外の飼育は禁止する。来客のペット持ち込みも禁止する。
   イ ペットと外出する際は,籠に入れて移動する。
   ウ エレベーターにペットを同乗させる場合,他の同乗者に告知する。    
     エレベーターをおりる際には,除菌剤を使用する。
   エ 管理人の日常清掃の範囲で,ペットを飼っている住戸・アレルギー体質の家族のいる住戸の前の清掃は特に念入りに行う。 

 (12)原告は,現在,本件マンション2号室の原告宅で,ペットである小型犬の飼育を続けている。Bは,同犬を散歩のために室外に出す際には,できる限りエレベーターに乗らないようにしている。また,隣家にペットアレルギーを持つ子供がいるため,室内にいてもできるだけ窓を開けない,バルコニーの隣家寄り部分には洗濯物を干さない等の配慮をしている。

 2 争点(1)について

 (1)ア マンションにおいて管理上必要な事項は,居住者を組合員とする管理組合が制定した管理組合規約等により定められるところ,管理組合規約等は,当該マンションの居住者の生活に直接影響を及ぼすものであるから,マンションの販売業者は,購入者に対して,管理組合規約の内容等について説明する義務を負う。そして,ペット飼育の可否についても,ペットは鳴き声,におい,糞尿,毛等によって,他の居住者に迷惑を及ぼすおそれがあるから,多数の者が居住するマンションにおいては,管理組合規約等により禁止または制限されるのが通常であって,マンション販売業者は,購入者に対して,制定予定の管理規約等の内容を説明する限りにおいては,ペット飼育の可否ないしその制限等についても説明する義務を負うといえる。

      ところで,管理組合規約等は,管理組合総会によって制定,改正されるものであり,現行管理組合規約46条3項1号においても,組合員総数の4分の3以上及び議決権総数の4分の3以上の賛成により,管理規約の変更がなされる旨規定されているところ,本件管理組合は,マンションの区分所有者により構成されるから(本件管理組合規約6条1項),販売会社である被告は,販売終了後は,本件マンションに対して何らの権利義務を持たない(証人D)。被告は,本件マンションの販売時に,購入希望者に対して,制定予定の管理組合規約等を交付し,承認をとっているが(乙1),それは,管理組合設立総会において,円滑に管理組合規約等が制定されるようにするために行っているにすぎない。

      そうであるとすれば,被告は,将来制定される管理組合規約等の内容については,これを確定的に説明することはできないから,被告が,本件マンションを販売するにあたって購入予定者に対して説明し得るのは,制定予定の管理組合規約等の内容に限られるものであり,ペット飼育の可否を含む管理に関する事項に関しても,被告は,制定予定の管理組合規約等の内容を説明する義務を負うに止まり,それを超えてペット飼育の可否についての説明義務までは負わない。

    イ また,原告は,被告は原告に対し,被告が他の購入者に対して,本件マンションではペットの飼育が禁止されている旨説明し,他の購入者の中に,ペットの飼育が禁止されているとの認識のもとに本件マンションの各居室を購入した者がいるという事情について説明する義務を負うと主張する。

      しかしながら,被告が他の購入者に対して行った説明の内容それ自体が,本件マンションにおけるペットの飼育の可否に影響するものでないことはいうまでもない。また,他の購入者が本件マンションにおいてペットの飼育が禁止されていると認識していたとしても,管理組合規約等を改正して,ペット飼育を可能とすることもあり得るし,逆に,全ての居住者がペット飼育可能と認識して入居したとしても,その後,管理組合規約等を改正してペットの飼育を禁止することが求められることもあり得ること,ペット飼育にあたって,他の居住者に対する配慮は,他の居住者が,ペット飼育が可能であると認識していたとしても必要なものであることからすれば,他の購入者の認識は,本件マンションにおけるペットの飼育の可否に,事実上の影響も含めて,結びつくものではない。

      そもそも,購入者が,被告の説明以外の情報により,ペット飼育に関して被告から受けた説明と異なる認識をすることもあり得るのであるから,購入者の認識という内心に関わる事項を,被告が正確に把握することは不可能である。

      したがって,被告が,原告に対し,被告が他の購入者に対して行った説明の内容,他の購入者の中にペットの飼育が禁止であるとの認識のもとに本件マンションを購入した者がいるという事情を説明する義務があるとはいえない。

 (2)以下,被告が,ペット飼育の可否ないしその制限に関し,制定予定の管理組合規約等の内容を説明する義務を果たしたかを検討するに,原告は,C及びDが,ペット飼育が可能であると断定する虚偽の説明したと主張し,それに沿う供述をする(原告本人)。

    しかし,Bの証言によっても,Cは,ペットを飼育するに関して,他人に危害を加えたり,迷惑をかけないこと,外に出るときは籠に入れるか,抱く必要がある旨述べたと認められること(証人B),原告も,Cが平成14年12月に原告宅を訪れた際,同人に対し,本件売買契約締結の際,Dが,原告が飼っている犬を見て,この程度の犬だったら外で飼うわけではないから大丈夫だと言ったと述べていること(甲18),C及びDは,原告が飼っている犬を見た上で,その犬について飼育が可能と思われる旨述べているにすぎないこと(証人B)からすれば,C及びDが,本件マンションにおいてペット飼育が一般的に可能であると断定する説明したとの原告の供述は直ちには採用できず,むしろ,C及びDは,本件マンションにおけるペット飼育に制約があることを説明したと認められる。

    そして,本件売買契約時に制定予定とされていた管理規約等によれば,ペット飼育は,他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為に該当する場合に禁止されることになるから,危害を加えるなど人に迷惑をかけなければ,具体的には,外に出るときには籠に入れる,抱く等すれば,問題ないと思われる旨の被告の説明は,制定予定の管理組合規約等の解釈として不適切とはいえず,C及びDの説明をもって,説明義務に違反する虚偽または不正確な説明であったということはできない。

 (3)以上から,ペットの飼育の可否について,被告に説明義務違反があったとはいえず,被告は,原告に対し,債務不履行責任を負わない。

 3 争点(2)について

 (1)前記2のとおり,被告が原告に対して行った説明は,制定予定の管理組合規約等の規定に従ったもので,説明義務違反があったということはできないから,被告が原告を欺罔したということはできず,また,被告が行った説明が,不十分,不適切だったともいえないから,被告の説明が不法行為にあたるとはいえない。

 (2)ア 原告は,被告が,原告とその他の購入者に対し,相反する説明を行ったため,ペット飼育が不可能になる可能性が高くなり,また,事実上ペット飼育は困難な状況になったと主張する。
      確かに,本件マンションの購入者の中には,本件マンションではペット飼育が禁止されているとの説明を受けたと陳述したり(甲19ないし21),管理会社が行ったアンケートにおいても,16名がペット飼育は禁止されていると説明を受けたと回答している(甲2)ことが認められる。
  イ しかし,制定予定の管理組合規約等では「他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為をすること」が規定されているのみであり,被告が前記のとおり,ペット飼育について制約があることを説明したことに対し,その受取り方につき,購入者間に,認識の差が生じたとしても,これをもって,被告が相反する説明をしたということはできない。そして,他の居住者が,被告からペット飼育は原則禁止されているとの説明を受け,ペット飼育は一切禁止されていると認識して入居していたとしても,前記のとおり,それによってただちに本件マンションにおけるペット飼育が禁止されるに至るものではなく,また,他の居住者の認識が,本件マンションにおけるペット飼育の可否に直接結びつくものでもない。
      したがって,被告が他の購入者に対して行った説明が,原告に対する不法行為になると解することはできない。

 (3)さらに,原告は,被告が,原告の隣室3号室を販売したE(以下「E」という。)の子供はペットアレルギーを持っており,そのため,原告のペット飼育は困難になったと主張する。
    しかし,原告が供述するとおり,Dが,本件マンションにおいて原告がペットを飼育することをすでに承知の上で,Eに対して,本件マンションではペット飼育は一切禁止されている,他の購入者にペットを飼っている人がいないと説明していたとしても(原告本人,甲18),それがEに対する関係で不法行為になり得るかはともかく,原告との関係でみれば,Eは,ペットの飼育に関して,一代限りであれば可能としてよいと考えており(甲2,原告本人,証人D),また,管理組合規約の改正には組合員の4分の3以上の決議が必要であり,E一人の意見でペット飼育の可否が決まるものではないことからすれば,原告の隣の居室を同人に販売したことにより,原告がペットを飼育することが不可能になるとはいえないし,原告が,Eに対しての配慮として行っていることは,ペットの飼育が可能なマンションであっても,当然に必要とされるものであるから,特段,原告のペットの飼育を困難にするものとはいえず,被告がEに対して,原告が主張するとおりの説明を行ったとしても,それは,原告に対する不法行為とはなり得ない。

 4 争点(5)について 

 (1)原告が,本件売買契約の要素であると主張する点のうち,本件マンションにおけるペット飼育の可否については,原告が本件売買契約に至る過程で,数回にわたり,C及びDに対し,ペット飼育の可否について尋ねていること,本件売買契約当時,原告が現に犬を飼育していたことから,本件売買契約を締結するにあたって,重要な事項であったと考えられ,契約の要素となっていたといえる。
    しかしながら,他の購入者がペット飼育が可能であると認識していたかどうかは,前記のとおり,他の購入者の中にペット飼育が禁止されていると認識する者がいたとしても,現行管理組合規約等が改正されない限りペット飼育が不可能になるものではないこと,現に,本件マンションの購入時にペット飼育が禁止されていると認識していた者の相当数が,規則を定めた上でペットを飼育することに否定的ではないこと(甲2)からすれば,他の購入者がペット飼育が可能であると認識していたかどうかは,ペットの飼育の可否に直接結びつくものではないし,共同住宅であれば,ペット飼育が可能であるとの理解が得られていたとしても,他の居住者への気遣いが必要になることは当然であるから,他の購入者がペットの飼育が可能であると認識していたことが,本件売買契約を締結するにあたって重要な事項であったということはできない。

 (2)そこで,本件マンションのペットの飼育の可否について原告に錯誤があったかを検討するに,本件売買契約の当時,制定予定の管理組合規約等によれば,ペット飼育は,他人に危害を加えない,迷惑をかけない範囲では禁止されていない,同管理組合規約等は,管理組合の議決により変更し得るという状況にあったところ,原告も,全面的にペット飼育が可能というわけではないが,他人に危害を加えない,迷惑をかけない範囲では禁止されていない旨の説明を受け,そのとおり認識していたのであるから,この点について,原告に錯誤があったということはできない。

 (3)ところで,原告は,将来にわたってペットの飼育が可能であると信じていた旨主張し,ペットの飼育の可否が管理組合規約で決まるのであれば,本件マンションを購入しなかったと供述する(原告本人)が,前記のとおり,一般にマンションにおけるペットの飼育の可否は,管理組合規約で定められるものであり,管理組合規約は管理組合の議決により変更され得ること,原告は,本件売買契約以前からマンションに住んでいたことからすれば,原告は,管理組合規約の変更がされ得ることは認識していたというべきであり,将来にわたってペットの飼育が可能であると信じていたとの原告の供述は直ちには採用できない。

 (4)したがって,本件マンションにおけるペットの飼育の可否について,原告に錯誤があったとはいえず,本件売買契約は有効といえるから,本件売買契約が無効であることを前提とした原告の不当利得返還請求は理由がない。

 5 争点(6)について

 (1)上記認定事実によれば,原告は,本件売買契約に至るまでの間,C及びDに対して,ペットとして犬を飼育していることを示し,本件マンションにおけるペットの可否について尋ねていたのであるから,原告にとって,本件マンションにおけるペット飼育の可否は,本件売買契約において重要な事項であったといえる。
    しかしながら,被告が,ペット飼育の可否に関して,原告に告げたのは,制定予定の本件管理組合規約等によれば,危害迷惑をかける行為に該当しない場合に限り,ペット飼育が可能であること,同管理組合規約等に照らせば,原告が飼育している犬の飼育は可能と思われるところ,特にペット飼育可能ということを広告しているマンションでない限り,被告が原告に対して告げた制定予定の管理組合規約の内容はマンションにおいて制定予定の管理組合規約としては通常のものであり,また,原告が現に飼っているペットの飼育に関しても,その管理組合規約の解釈を述べたにすぎないこと,原告は,本件マンションに入居する以前もマンションにおいて管理上一定の制限を受けつつペットを飼っていたことからすれば,被告が,原告に利益になることを述べたとはいえない。

 (2)したがって,不利益事実の不告知があったかを検討するまでもなく,消費者契約法4条2項に基づく取消しは認められない。

 6 以上より,本件売買契約に関し,被告に債務不履行及び不法行為があったとは認められず,また,本件売買契約は有効に成立しており,原告による取消しも認められないから,被告は,原告に対し,損害賠償義務及び不当利得返還義務を負わない。

 7 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

    福岡地方裁判所第5民事部

     裁判長裁判官   亀  川  清  長
     裁判官   板  野  俊  哉
     裁判官   山  口  幸  恵