犬のブリーダー(繁殖を目的として飼育を行う者)がペットホテルの経営者に犬の飼育管理を委託したが,経営者の寄託契約上の債務不履行により犬が死亡したとして損害賠償を求めた事案につき,犬の死亡による財産的損害の額を民訴法248条を適用して認定し,犬の死亡による精神的苦痛につき慰謝料を認めた事例

[金150万円を認容・うち慰謝料は70万円](平成17年02月28日千葉地方裁判所) 平成15(ワ)५६५

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主文
1 被告Aは,原告に対し,金150万円及びこれに対する平成15年3月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支 払え。
2 原告の被告Aに対するその余の請求並びに被告B及びCに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを8分し,その7を原告の負担とし,その余は被告Aの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実
第1 請求
 被告らは,原告に対し,連帯して金1200万円及び内金1040万円に対する平成15年3月19日から,内金160万円に対する平成13年8月12日から支払済みまで年6分の割合による各金員を支払え。

第2 当事者の主張
 1 請求原因

(1) 債務不履行に基づく損害賠償請求について
ア 当事者
 (ア) 原告は,主として甲という種類の犬の繁殖を行うブリーダーである。
 (イ)a 被告Aは,住所地において「D」の名称で,乙という種類の犬のブリーディングやペットホテルの事業等を行っている者である。
    b 被告Cは被告Aの実母,被告Bは被告Aの夫であり,被告Aと共に「D」を経営する者である。

イ 原告と被告ら間の契約の締結
 (ア) 原告は,平成11年8月10日,被告らに対し,原告所有の別表1記載
の甲9頭(以下,それぞれの犬を通称名で特定する。)を,期間を定めずに,委託料1か月10万円で預け,犬の飼育管理を委託する旨の寄託契約(以下「本件寄託契約」という。)及び準委任契約(以下「本件準委任契約という。)を口頭で締結し,原告は,9頭の犬を被告らに引き渡した。
 (イ) その後,甲9が死亡したため,原告と被告らは,平成11年12月28
日,以後は本件寄託契約ないし本件準委任契約の委託料を1か月8万円とする旨合意し,残りの8頭(以下,甲9を除いた8頭を「本件犬」ということがある。)は,引き続き被告らに預けることとした。

ウ 犬の死亡等
  ところが,平成13年8月12日までの間に,本件犬のうち,甲1,甲2,甲6,甲7,甲8の5頭が死亡し,甲3は片目失 明及び片耳欠損の傷害を,甲4は片目失明の傷害を負った。

エ 損害
 (ア) 死亡した犬の価値相当額
   死亡した5頭の犬の死亡当時の財産的価値は,以下のとおりであり,合計624万円を下らない。
 a 甲1  344万円
 b 甲2   70万円
 c 甲6   30万円
 d 甲7  150万円
 e 甲8   30万円

 (イ) 慰謝料
   原告は,本件犬に対し,家族同様の深い愛情を注いでおり,本件犬が死亡
し,あるいは,目がつぶされたり耳が引きちぎられる等の死亡にも比肩する傷害を負ったことによって,著しい精神的損害を受けた。死亡した犬の死亡年月日や,骨壺の存在すらわからない状態であること,被告らが,原告に対し,犬の死亡を直ちに報告しなかったことなどを考慮すると,慰謝料は1頭当たり30万円,7頭分の合計210万円は下らない。

 (ウ) 甲1の死亡による逸失利益
   甲1は,種犬として非常に価値があり,現実に年間10件以上の交配希望があった。交配料は1回当たり10万円であり,平均寿命は12,3歳であるから,少なくともあと3年間は交配可能であり,甲1の死亡によって原告に生じた逸失利益は合計300万円を下らない。

(2) 本件寄託契約等の取消しに基づく不当利得返還請求について
ア 請求原因(1)ア及びイと同じ。
イ 被告らは,原告に対し,請求原因(1)イ(イ)の合意に際し,甲2が既に死亡していたことや本件犬の健康状態に関し,真実を告げずに原告を欺き,甲2が生きている等と信じさせた上,上記合意をさせた。
ウ また,被告らは,これ以降にも,本件犬が死亡した際には原告に対してこれを報告すべき義務があったにもかかわらずこれを 秘して,不作為により原告を欺罔した。
エ 原告は,被告らに対し,平成12年1月分から平成13年8月分まで,本件寄託契約ないし本件準委任契約に基づく委託料合 計160万円を支払った。
オ 原告は,平成15年3月18日送達の訴状によって,被告らに対し,平成11年12月28日の変更後の本件寄託契約及び本 件準委任契約を取り消すとの意思表示をした。
(3) よって,原告は,被告らに対し,債務不履行に基づき,損害賠償金1040万円及びこれに対する弁済期の後であり,本訴状送達の日の翌日である平成15年3月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに,不  当利得に基づき,既払の委託料160万円及びこれに対する受益の日の後である平成13年8月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求める。

 2 請求原因に対する認否
(1)ア(ア) 請求原因(1)ア(ア)は認める。
   (イ) 同(1)ア(イ)aは認める。
        同(1)ア(イ)bのうち,被告Cが被告Aの実母であること及び
被告Bが被告Aの夫であることは認めるが,被告C及び被告Bが,「D」の共同経営者であることは否認する。「D」を経営しているのは,被告Aのみである。
 イ(ア) 同(1)イ(ア)のうち,原告と被告Aとの間で,原告所有の甲9頭
を,委託料1か月10万円で預ける旨の寄託契約が締結され,被告Aが犬の引渡しを受けたことは認めるが,被告C及び被告Bが本件寄託契約の当事者であること及び被告らが本件準委任契約を締結したことは否認する。
   被告Bは,本件当時,E株式会社に勤務するサラリーマンであり,犬の世話をするような時間もなく,実際に犬の世話を手伝ったこともない。また,被告Cは,本件寄託契約締結後である平成11年10月15日に被告Aが出産したことを機に被告Aと同居したものであり,本件犬の世話を手伝ったことはあるが,あくまでも手伝ったという程度に過ぎず,契約の当事者ではない。
 (イ) 同(1)イ(イ)のうち,合意をしたのが被告ら3名であることは否認し,その余は認める。なお,甲9が死亡したのは,平成11年12月28日の朝である。
 ウ 同(1)ウは認める。
  エ(ア) 同(1)エ(ア)は否認する。5頭の犬は,いずれも老齢であったり,販売には適さない犬であり,また健康状態も悪かったことから,財産的価値のある犬ではなかった。
 (イ) 同(1)エ(イ)は否認する。原告は,本件犬を被告Aに預けている
間,一度も本件犬に会いに来たことがなく,原告が本件犬に対して深い愛情を注いでいたことなどあり得ない。
 (ウ) 同(1)エ(ウ)は否認する。被告Aが本件犬を預かっている間,交配
の依頼があったのは甲5について一度だけであり,甲1を交配するために原告のもとへ連れて行ったことはない。また,通常,犬の交配適正年齢はおよそ5歳から6歳までであり,預かった当時8歳であった甲1に,交配依頼が多数あることは考えられない。
(2)ア 同(2)アに対する認否は,同(1)ア及びイに対する認否と同じ。
 イ 同(2)イは否認する。
 ウ 同(2)ウは否認する。
 エ 同(2)エのうち,支払を受けたのが被告らであることは否認し,その余は認める。支払を受けたのは,契約当事者である 被告Aのみである。

 3 抗弁
(1) 帰責事由の不存在
ア 本件犬のうち5頭が死亡し,2頭が片耳欠損等の傷害を負ったのは,本件犬同士のけんかによるものであるか,もともと本件犬が高齢であったためであるか又は健康状態が悪かったためである。
イ 被告Aは,手間暇を惜しまずに本件犬の面倒をみていたものであり,本件犬が死亡ないし傷害を負うに至ったのは,原告が,被告Aに対し,本件犬の特徴や管理する上での注意事項につき適切な指示をしなかったためである。
ウ 本件寄託契約の委託料は1頭当たり1か月1万円であり,通常,小型犬1頭の1か月のえさ代は約7000円程度かかること,業者として小型犬を1か月預かる場合の相場は6万円以上であることからすると,本件寄託契約の委託料は相場に比して異常に低い金額であり,被告Aが負うべき注意義務は,通常の有償寄託契約に比べて相当低いものというべきであるから,結局,被告Aに過失はない。

(2) 和解
 原告は,平成13年8月14日ころ,被告Aに対し,5頭の犬の死亡が発覚した後,「どうせ,おまえ達なんかじゃ金なんて払えないだろう。だったら,お客の犬を返して,ショーで稼ぐようなことはするなよ。」などと謹慎を申し入れ,被告Aはこれを承諾した。このことにより,原告は,被告Aに対する損害賠償請求権を放棄するという内容の和解が成立した。

4 抗弁に対する認否
(1)ア 抗弁(1)アは否認する。本件犬の死亡原因が,本件犬同士のけんかによることはあり得ないし,被告Aは,原告に対し,甲6及び甲8については,被告A所有の丙にかみ殺された旨述べた。また,原告は,被告らに対し,本件犬の様子がおかしいときは,F獣医師のもとに連れて行くよう指示し,治療費については原告負担とする旨伝えていたにもかかわらず,被告らは,F獣医師のもとに本件犬をほとんど連れて行かなかった。
    また,甲は,短吻種といって頭部が短く,顔の長い一般種に噛まれやすいのであるから,運動させる際には,気性の荒い一般種である丙と時間をずらして行うべきことは,犬を預かるプロであれば常識であるところ,被告らは,本件犬を被告ら所有の丙と一緒に運動させるなど,適切な管理を怠った。
     イ 同(1)イは否認する。原告は,被告らに対し,本件契約に際し,被告らに預ける犬を厳密に選別するとともに,預ける犬1頭ごとにその特徴,既往症や飼育する上での注意点等を紙に書いて渡しており,犬を管理する上での適切な指示を行った。
     ウ 同(1)ウは否認ないし争う。
  (2) 同(2)は否認する。

理由
第1 請求原因について
 1 請求原因(1)について
  (1) 請求原因(1)ア(ア)の事実,同(1)ア(イ)aの事実,同(1)イ(ア)のうち,原告と被告Aとの間で,本件寄託契約が締結された事実,同(1)イ(イ)の事実のうち,原告と被告Aとの間で,本件寄託契約の委託料を1か月8万円に変更する旨の合意をした事実及び同(1)ウの事実は,いずれも当事者間に争いがない。
  (2)ア そこで,請求原因(1)イ(ア)のうち,被告C及び被告Bが,本件寄託契約の当事者であるかについて,検討する。
     イ 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
      (ア) 被告Aは,平成10年の秋ころ,原告の内縁の夫であるGに対し,丁のアメリカチャンピオンの輸入を依頼したことをきっかけとして,原告と付き合うようになった。
      (イ) 被告Aは,平成6年12月ころから,東京都S区に居住して,ペットショップを営んでおり,そのころ,被告Bは,サラリーマンとして働いていた。
      (ウ) 被告A及び被告Bは,平成11年8月ころ,原告から物件の紹介を受けて,現住所へ引っ越した。
          現住所への引っ越しに先立ち,被告B,被告A世帯の収入を確保するため,原告が,その所有する犬を預けて報酬を支払うという話がなされた。
          これに関し,原告は,本人尋問において,被告Bが,本件寄託契約の話を持ちかけてきた旨供述するが,証拠には,被告Aが,本件寄託契約の話を持ちかけてきた旨の原告の供述記載部分があり,矛盾していることなどから,原告の上記供述は,採用できない。
      (エ) 被告Bは,平成11年9月ころから,株式会社Eにアルバイトとして勤務しており,平成12年2月1日ころから,正社員となった。
      (オ) 被告Cは,平成11年10月ころ,被告Aの出産を機に,被告A及び被告Bと同居した。
      (カ) 原告は,平成12年3月14日,同年11月16日,平成13年6月27日,7月11日の4回,被告に対し,本件寄託契約に基づく委託料を,被告B名義の預金口座に送金する方法により支払った。
         その余の委託料については,被告Aが,原告の自宅に赴き,受領していた。
      (キ) 被告Cと被告Aは,平成13年8月14日ころ,原告の自宅において,原告に対し,犬を死亡させたこと等について謝罪をした。その後も,被告Aは,数回,原告に対して謝罪をした。
      (ク) Dのホームページには,代表者として,被告Aのみが記載されている。
     ウ 上記認定の事実によれば,本件寄託契約の当事者は,原告と被告Aであったものと認められる。
     エ これに対し,原告は,被告Aのみならず,被告B及び被告Cも,本件寄託契約の当事者であると主張し,本人尋問において,これに沿う供述をする。
       しかし,上記事実認定によれば,Dの経営者が被告ら3名であると認めることはできず,かえって,ホームページの記載などから,被告Aのみが経営しているものと認めるのが相当である。
       また,本件寄託契約の委託料が被告Bの預貯金口座に数回振り込まれた事実は認められるものの,被告Bの預金口座は,被告Bが株式会社Eに勤務している期間中も,子犬の売却代金等が振り込まれていることなどを考慮すると,このことから直ちに,被告Bが本件契約の当事者と認められるものではなく,他に被告Bが,原告に対し,本件寄託契約の当事者として,本件犬を預かる旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はない。
       被告Cは,本件契約締結後の平成11年10月ころ,被告Aの出産を機に,被告Aと同居するに至ったものであるから,本件寄託契約の当事者として,本件犬を預かる旨の意思表示をしたとは到底認められない。
       したがって,原告本人の前記供述は,これを採用することができず,他に原告の主張を認めるに足りる証拠はなく,本件寄託契約の当事者が被告ら3名であるとする原告の主張は,理由がない。
     オ なお,原告は,本件寄託契約と同時に,同契約とは別に,準委任契約を締結した旨主張するようであるが,預かった犬について飼育管理を行うことは,寄託に付随する当然の事務というべきであるから,寄託契約の他に,準委任契約が成立したと認めることはできない。

  (3) 請求原因(1)エについて
     ア 死亡した犬に係る財産的損害について
      (ア) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
        a 甲は,一般にペットとして市場で売られている小売価格が約30万円前後であり,ペットショップで売られるのは,生後45日から50日前後くらいの子犬であることが一般的であるが,ドッグショーに出陳するような犬については,価格はより高額になる。
        b 甲1,甲2,及び甲5は,原告がアメリカで購入した輸入犬であるが,甲1は原告の犬舎の看板犬であった。輸入甲の一般的な価格は,約80万円程度である。
        c 甲3,甲6,甲4及び甲8は,国産の犬であり,原告がその顧客から,甲3,甲6及び甲8をそれぞれ30万円で,甲4を100万円で購入したものである。また,甲7は,原告が生産した犬であり,原告は,自家生産した犬を売却する場合には,子犬で30万円から50万円,成犬で100万円から150万円で売却することとしていた。
      (イ) 上記認定事実によれば,原告の所有する本件犬のうち5頭が,被告Aによる保管中に死亡したのであるから,これにより原告に死亡した犬の財産的価値に相当する損害が生じたことは明らかである。
          そこでこれを検討するに,原告は,購入価格等を根拠として,死亡した犬の,死亡当時の財産的価値は,合計624万円を下らない旨主張し,証拠中にも,これに沿う供述記載部分があるが,犬の財産的価値(取引価格)は,一般的に高齢になることによって低下するものであることは明らかというべきであり,購入価格をもって,死亡当時の価値とみることはできない。そして,犬の死亡時の価格は,性質上その額を立証することが極めて困難であると認められるから,民訴法248条により,死亡した犬の購入時及びその価額,死亡時の年齢,その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮し,本件犬のうち5頭が死亡したことによる犬の財産的価値の損害額は,別表2のとおり,合計80万円と認めるのが相当である。
      (ウ) これに対し,被告らは,本件犬が,いずれも,不用犬であるか又は高齢であったことから,取引の対象としての価値はないと主張するが,本件犬の財産的価値が全くないとは認められないから,被告らの主張は採用できない。

     イ 慰謝料について
       債務不履行によって,動産が毀損等した場合において,当該動産に係る財産的損害が填補されるとしても,これによって特段の精神的苦痛を被ったと認められるときは,財産的損害の賠償のほかに,精神的苦痛を慰謝するための慰謝料を請求することができると解するのが相当である。
       本件では,ブリーディングに用いていた犬であり,飼い犬と同様ということはできないものの,証拠によれば,原告としては,努力して入手したり,愛情を持って育てたりしたことから,それぞれに愛着を持っていた本件犬を失ったものである上,死亡時に直ちに報告を受けられず,骨壺も一部について受け取ることができていないなどの事実が認められ,これらは上記特段の事情に当たるというべきである。
       そして,その慰謝料額は,上記認定の諸事情を考慮すると,合計70万円が相当である。

     ウ 甲1の死亡による逸失利益について
       原告は,甲1について,年間10件以上の交配希望があったことを前提として,その死亡によって原告に逸失利益が発生した旨の主張をしているが,被告Aに預けている間,現実に交配が行われた事実及び甲1に対する交配希望があった事実を認めるに足りる証拠はないから,原告の前記主張は,その前提を欠くというべきである。
       したがって,逸失利益に関する原告の主張は,採用できない。

 2 請求原因(2)について
  (1) 原告は,甲2が平成11年12月28日よりも前に死亡していたことないしは本件犬の健康状態が悪化していたことを前提に,同日にされた委託料を毎月8万円とする旨の意思表示が詐欺に該当すると主張する。
      しかし,そもそも,甲2が12月28日より以前に死亡したと認めるに足りる証拠はなく,また,本件犬について,原告に報告すべき程度に健康状態が悪化していたとの証拠もないから,原告の前記主張は,その前提を欠き,失当である。
  (2) また,原告は,被告らが,本件犬の死亡等を原告に秘匿することによって,不作為により原告を欺罔したとも主張する。
  (3) したがって,請求原因(2)は,理由がない。

第2 抗弁について
 1 抗弁(1)について
  (1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
     ア 原告は,平成11年8月10日の本件寄託契約の際に,被告Aとの間で,本件犬が病気等になったときには,F獣医師のもとへ連れて行き,治療を受けさせることとし,その費用は原告の負担とするとの合意をした。
     イ(ア) 被告Aは,平成11年8月27日,甲2の陰部から出血があったため,原告の指示によって,F獣医師の診察を受けさせたところ,子宮がんであることが判明し,手術が行われた。
      (イ) 同年9月30日,F獣医師は,甲1及び甲2に対し,薬剤を処方した。
      (ウ) 同年12月9日,F獣医師は,甲1及び甲4に対し,薬剤を処方した。
      (エ) 平成12年4月4日,F獣医師は,甲1及び甲2に対し,薬剤を処方した。
      (オ) 被告Aは,本件犬を預かっている間,1度,甲5を繁殖のために,原告のもとへ連れて行った。
      (カ) 甲1は,平成13年2月ころに死亡し,甲6,甲7及び甲8は,同年5月ないし6月ころに死亡した。なお,甲2の死亡時期は,明らかでない。
     ウ 被告Aは,平成13年8月14日ころ,原告に対し,本件犬のうち,甲1,甲2,甲6,甲7及び甲8の5頭が死亡したことを初めて告げた。
     エ 原告は,本件犬を預けている間,本件犬に会うために被告らの自宅を訪れたことはない。
     オ 被告Aは,原告に対し,死亡した犬のうち,一部の犬の骨壺を引き渡した。

  (2) 被告らは,原告が,本件犬の飼育方法等について適切な指示をしなかったこと,本件犬がもともと病弱であったかあるいは高齢であったことなどが原因で,本件犬が死亡ないし傷害したものであること,本件寄託契約の委託料が相場と比較して安いものであり,そもそも被告Aが負うべき義務の程度は低いことなどから被告らに責任はない旨主張し,被告Aもこれに沿う供述をする。
     しかし,被告Aは,他人の犬を預かることを業としている者であり,丙のブリーディングをするなど,いわば犬を扱うプロであるといえることからすると,仮に,本件寄託契約の委託料が相場と比較して安いものであったとしても,善管注意義務の程度が低くなると解することはできない。
    また,同じく犬を扱うプロである原告が個別の指示を行い,これに従った管理を行ったというのであればともかく,特段の指示を行わなかった場合には,被告Aが,プロとしての適切な管理を行うべき義務があることは当然であるから,仮に,原告が適切な指示をしなかったとしても,これによって,直ちに被告Aが免責されるものではないと解するのが相当である。
    かえって,被告Aは甲9が死亡した際には,直ちに原告に報告しているのに対し,他の5頭が死亡した際には,直ちに原告に報告していないこと,比較的短期間のうちに複数の犬が死亡していること,詳細な死亡原因及び死亡年月日が明らかではないものの,5頭の死亡が老齢による自然死であったことを裏付ける証拠はなく,その原因は犬同士のけんかによる傷害又は病気によるものと推察されることなどからすると,被告Aの管理は不十分なものであったと認めることができ,被告Aには善管注意義務違反があったというべきである。
    したがって,抗弁(1)は,理由がない。

 2 抗弁(2)について
   被告らは,原告が,被告Aに対し,本件犬の死亡が明らかになった後に,謹慎を命じ,被告Aがこれを受け入れたことによって,原告の被告Aに対する損害賠償請求権を放棄する旨の和解契約が成立した旨主張し,被告Aも,これに沿う供述をする。
   しかし,仮に,原告が,被告Aに対し,顧客から預かっている犬を返し,ドッグショーに出て利益を得る行為を禁止する旨を申し向け,被告Aがこれに異議を述べることなく承諾したとしても,その発言の趣旨は,発言の時期及び内容などからすると,被告Aが犬を死亡させるなどしたことに対する怒りの気持ちなどからなされたものと考えるのが自然であって,少なくとも,被告らに対し,本件犬の死亡等に関し,金銭的な請求を一切しないとの意思を含む趣旨の発言と見ることはできない。
   したがって,原告の上記発言によって,原告が被告Aに対する損害賠償請求権を放棄する意思表示をしたと認めることはできず,抗弁(2)は,理由がない。

第3 結論
 よって,原告の請求は,被告Aに対し,債務不履行に基づく損害賠償金150万円及びこれに対する弁済期の後である平成15年3月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

千葉地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官 小   磯   武   男
裁判官     見   米       正
裁判官    吉 野 内   謙   志
 
別表(省略)