マンションの販売業者の従業員が、ペット類飼育の許否につき、販売時期によって異なる説明をして正確な情報提供を怠ったなどとして、販売業者から区分所有建物を購入した原告らのうち2名に対する不法行為の成立を認め、慰謝料請求を認容した事例(大分地判平成17・5・30)平成16(ワ)297

* 最高裁判所判例検索による検索結果(PDF)

--------便宜のためのテキスト表示(改行が不正確となっている箇所あり)------

平成17年5月30日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)第297号 損害賠償請求事件(甲事件)
平成16年(ワ)第443号 損害賠償請求事件(乙事件)
口頭弁論終結日 平成17年4月22日

主      文

1 被告は,原告Aに対し,11万円及びこれに対する平成16年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を,原告Bに対し,90万円及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による金員を,それぞれ支払え。

2 原告A及び同Bのその余の請求並びに原告Cの請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は,原告Aと被告との間で生じた分はこれを10分し,その9を同原告の負担とし,その余を被告の負担とし,原告Bと被告との間で生じた分はこれを3分し,その1を同原告の負担とし,その余を被告の負担とし,原告Cと被告との間で生じた分は,同原告の負担とする。

4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

 1 甲事件

   被告は,原告Aに対し,110万円及びこれに対する平成16年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を,原告Bに対し,135万円及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による金員を,それぞれ支払え。

 2 乙事件

   被告は,原告Cに対し,110万円及びこれに対する平成16年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

   本件は,被告からマンションを購入した原告A,同B及び同C(以下「原告ら」という。)が,原告Aにおいては,被告の従業員からペット類の飼育が禁止されるマンションであると説明を受けて購入したにもかかわらず,後にその飼育が許容されるマンションとして販売されていたことなどにより生活の平穏等を害されて精神的苦痛を被ったなどと主張し,原告B及び同Cにおいては,被告の従業員からペット類の飼育が許容されるマンションであると説明を受けて購入したにもかかわらず,従前その飼育が禁止されるマンションとして販売されていたことなどにより犬の飼育ができなくなって精神的苦痛を被ったなどと主張して,被告に対し,不法行為(民法715条)又は債務不履行(415条)に基づく損害賠償請求として,原告A及び同Cについては110万円(慰謝料100万円及び弁護士費用10万円),原告Bについては135万円(慰謝料100万円,犬の購入代金に係る損害23万円及び弁護士費用12万円)並びに上記各金員に対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

 1 前提事実(争いがない事実又は掲記の証拠等により容易に認定できる事実)

  (1) 当事者及び被告関係者

   ア 当事者(争いがない。)

     原告らは,いずれもE(以下「本件マンション」ということがある。)を購入して入居している者であり,被告は,本件マンションの販売業者である。なお,Fは原告Aの母親であり,Gは,原告Cの父親である。

   イ 被告関係者(乙1,証人H,同I)

     Hは,平成5年5月17日から平成15年4月末まで被告に勤務し,被告におけるマンション営業部の営業課長として本件マンションの販売に従事していた者である。Iは,平成14年10月から平成16年5月31日まで被告に勤務し,同人も同部の課長としての地位に就き,本件マンションの販売に関わっていた者である。J(以下「J」という。)は,平成15年5月から被告で勤務を始め,同部に配属された従業員である。

  (2) Eの建設等(甲イ2,ロ2,ハ3,乙2,3,証人H)

    本件マンションは,平成14年8月20日新築された15階建てのマンション(販売戸数56戸)であり,O市の市街地が徒歩圏内という利便性を有し,1階フロアに共同天然温泉浴場施設を完備している。2階から15階までが居住部分となっているが,各階とも4つの区分所有建物が設置され,東側から1,2,3及び5の順に号室番号が付されている。

  (3) マンションの購入

   ア 原告Aの購入(甲イ1,2,弁論の全趣旨)

     原告Aは,Fとともに,平成14年2月8日,土地付区分建物売買契約書(甲イ1)を交わし,被告から,別紙1物件目録記載のマンションを購入し,同年9月の建物竣工直後に入居した。購入金額は合計2650万円であり,原告Aらは,契約時に手付金として100万円を,同年9月6日に中間金として1000万円を,同年10月24日に残代金として1550万円を支払うこととなった。そして,同月23日売買を原因として,同月24日原告A及びFの共有名義により所有権保存登記が経由された。なお,被告は,売買契約書14条(管理運営)において,買主は所有権取得の日から使用,共用部分の管理並びにEの環境維持について別に定める管理規約を順守し,他の購入者と共同して管理組合を結成することや,引渡後,最初の1年間は被告が管理組合の運営について協力することを規定していた。

   イ 原告Bの購入(甲ロ1,2,弁論の全趣旨)

     原告Bは,平成15年6月18日,土地付区分建物売買契約書(甲ロ1)を交わし,被告から,別紙1物件目録記載のマンションを購入し,同年7月26日妻と共に入居した。購入金額は合計1950万円であり,契約時に手付金として100万円を,その後,中間金として365万円を,残代金として現金1135万円及び福岡銀行住宅ローンにより350万円を支払うこととなった。そして,原告Bは,被告から,平成15年12月5日売買を原因とする同日付け所有権移転登記を受けた。

   ウ 原告Cの購入(甲ハ1ないし3,5,弁論の全趣旨)

     原告Cは,平成15年3月24日,同原告名義により土地付区分建物売買契約書(甲ハ1)を交わし,被告から,別紙1物件目録記載のマンションを購入した。購入金額は合計2500万円であり,契約時に手付金として100万円,同月31日に中間金として1120万円を,同年6月24日に残代金として1280万円を支払うこととなった。ただし,残代金については,同原告所有の区分所有建物Kの売却資産から充当するものとし,支払期日までに売却できないときは被告が決済を行うことを内容とする同年3月24日付け覚書(甲ハ2)が交わされた。そして,原告Cは,被告から,平成15年8月29日売買を原因とする同年9月1日付け所有権移転登記を受けた。

  (4) 管理規約案におけるペット類飼育に関する定め(甲ニ5,弁論の全趣旨)

    販売業者である被告は,購入者との売買契約に当たって管理規約案を用意していたが,同管理規約案には,本件マンションの入居者によるペット類の飼育に関する規定はなかった。

  (5) 「管理組合」設立に向けての説明会での決議(甲ニ1,弁論の全趣旨)

    本件マンションの入居者は,平成15年8月24日,本件マンションの管理組合設立に向けての説明会(以下「本件説明会」という。)を開催し,議事内容として,①管理組合に関しての説明,②共用施設(温泉・駐車場等)に関しての説明,③ペットの飼育に関しての説明,④その他質疑応答が予定されたが,その際,同日時点でペットを飼育している入居者につきそのペット1代限り飼育を認めることが決議された(以下「本件決議」という。)。

  (6) 原告Bのペット死亡と管理組合理事会の対応(争いがない。)

    原告Bは,被告の従業員から本件マンションでペット類(犬)の飼育が可能であると説明を受け,入居当初から犬を飼育していたが,間もなくして犬が死亡した。そこで,本件マンションの管理組合理事会は,平成15年10月25日,原告Bについて特例(以下「本件特例」という。)として新たに犬を購入して飼育することを許すことにした。


  (7) 第1回総会の議事(甲ハ2,6,8,9,弁論の全趣旨)

    本件マンションの管理組合第1回総会(以下「第1回総会」という,)が,平成15年10月19日に開催され,本件決議を前提とする内容の動物飼育の禁止条項(67条)が追加された管理規約(甲ニ8)が承認されるとともに,一の専有部分につき犬もしくは猫一匹の飼育とする旨定めたペット飼育細則(甲ニ9)(以下「本件飼育細則」という。)が承認された。

  (8) 第3回総会の議事と原告Bの対応(甲ニ4,弁論の全趣旨)

    本件マンションの管理組合第3回総会(以下「第3回総会」という。)が,平成16年2月8日に開催され,ペットの飼育に関する議題の中で本件特例が問題となり,原告Bは,新たに購入した犬の飼育を断念した。

 2 当事者の主張

 (原告らの主張)

  (1) 原告Aの主張

   ア 原告Aは,動物,特に犬に対して恐怖心と嫌悪感を有していたが,本件マンションの売買契約に当たってHに確認した際,同女から,「当マンションはペット類を飼育できる造りにはなっていないので,ペット飼育は禁止です。」と確定的な説明を受けたため,購入を決意した。なお,Fも動物嫌いである。

   イ ところが,被告は,竣工前から平成15年3月ころまではペット類の飼育が禁止であると説明していたが,販売実績が伸び悩み,これを上げるため,同月ころから,入居者の承諾も得ず,飼育可能と説明するようになった。また,被告の従業員は,ペット類の飼育が最終的に管理組合で決せられるという留保を付けた説明を全くしていなかった。そして,同月以降の購入者には,飼育する者が多かったため,同年8月24日の本件説明会において,入居者らは,管理組合内部に対立が生じるのを避けるため,苦渋の選択としての次善の策として,本件決議をした。

   ウ ところで,マンションで動物を飼育できるか否かは,動物の鳴き声や悪臭の可能性,共用部分での動物との遭遇による恐怖や現実の事故の危険性,建物の価値の低下などの点から,マンション購入の判断に当たって重要な要素となる。ところが,Iら被告の従業員が上記のとおり時期的に異なった説明をしたことにより,後の購入者が動物を飼育することとなったため,原告Aは,騒音や悪臭,共用部分で遭遇した際の恐怖感,建物価値の低下などの損害を受けた。こうした被告従業員の行為は,原告Aの生活の平穏や健康,財産価値を侵害する不法行為を構成する。また,ペット類飼育の可否について説明を変更する場合,入居者に対して説明し,承諾を得ることは,販売業者として,契約に付随する信義則上の義務であって,権利侵害をもたらす違法性がある。

   エ 原告Aは,本件決議を考慮しても,10年以上にわたって動物が飼育されることに耐えなければならないし,5世帯も飼育していることにより大きな苦痛を受けている。その精神的苦痛に対する慰謝料としては100万円を下らないし,不法行為と相当因果関係のある損害は10万円である。

  (2) 原告Bの主張

   ア 原告Bは,以前から自宅でイギリス産キャバリアキング・チャールズ・スパニエル犬(以下「スパニエル犬」という。)を飼育し,子供がいないため,妻共々家族の一員のように可愛がり,犬を飼育できるマンションを探していたところ,平成15年5月24日,本件マンション見学した際,Jからペット飼育が可能であるとの説明を受け,購入する気持ちになった。I及びJらは,同月末,同原告の旧自宅を訪れて勧誘した際も,原告Bの確認に対して飼育可能と答えた。

   イ 上記(1)イ(原告A)に同じ。

   ウ 原告Bは,平成15年9月19日,スパニエル犬を死亡により失ったため新たに購入を希望したところ,同年10月19日開催の管理組合理事会で,本件特例が認められたため,同年11月10日新たにプードル犬を23万円で購入した。ところが,平成16年2月8日の第3回総会で,本件特例承認の報告に対して,一代限りの原則を貫くべきであるとの意見が強く出されたため,原告Bは,管理組合とではなく,被告との間で今後話し合う旨発言し,本件特例は認められないとの決議がされた。そのため,原告Bは,同月10日,販売先のペットショップを通じて,上記プードル犬を第三者に譲渡せざるを得ず,犬を飼育できなくなった。

   エ ところで,ペット類を飼育する者にとっては,マンション購入の判断に当たって飼育できるか否かが決定的な要素であり,このことは販売業者の従業員である以上当然認識できる。ところが,Iら被告の従業員は,上記のとおり時期的に異なった説明をし,飼育可能であると説明して本件マンションを販売するに当たって,従前飼育禁止の説明を受けた購入者がいたことから,将来的に問題が発生する可能性があることは予期できたにもかかわらず,飼育できなくなる可能性についての説明を怠った。こうした被告の従業員の行為は,ペット類を飼育する購入者の動物飼育自由を侵害し,売買契約に付随する重要な事項の説明義務違反であって,不法行為又は債務不履行を構成し,被告は,使用者責任(民法715条)又は履行補助者の説明義務違反による債務不履行責任(同法415条)を負う。

   オ 子供がいないために長年犬を飼育してきた原告Bは,不法行為又は債務不履行により犬を飼育できない状態に追い込まれ,極めて寂しい生活を余儀なくされた。その精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らないし,前記のとおり新たに購入したプードル犬を手放さざるを得ず,これにより購入代金23万円が無駄となったため,同金額の損害を被った。また,不法行為又は債務不履行と相当因果関係のある損害は12万円である。

  (3) 原告Cの主張

   ア 原告Cは,幼いころから常時犬を飼育し,実家で居住していた平成13年11月までポメラニアンを飼育していた。原告Cは,同月,仕事の都合によりKを購入して転居したが,同マンションは動物の飼育が禁止されていたため,つらい思いをしていた。平成15年3月上旬ころ,IがGの紹介で原告方を訪れ,本件マンション購入を勧めた際,原告らの確認に対し飼育可能であると説明したため,Kを売却するとともに,本件マンションを購入することとし,転居後しばらくして実家からポメラニアンを本件マンションに引き取る予定でいた。

   イ 上記(1)イ(原告A)に同じ。

   ウ 原告Cは,被告従業員から住民間の調整を依頼されたGが理事長に就任していたため遠慮し,平成15年8月24日時点でポメラニアンを引き取っていなかったため,飼育できないこととなった。

   エ 上記(2)エ(原告B)に同じ。なお,原告Cが,仮にペット類飼育の可否を被告の従業員に対して確認していなかったとしても,被告の従業員が他の入居者に承諾を得ず,飼育の可否という重要問題に関する説明を変更したことにより,ペット類を引き取って飼育する権利を失った。

   オ 幼少時から長年犬を飼育してきた原告Cは,Kを売却し,引越費用等相当な金額を掛けて本件マンションを購入したが,不法行為又は債務不履行により犬を飼育できない状態に追い込まれ,引き取る予定のポメラニアンを引き取れず,極めて寂しい生活を余儀なくされた。その精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らない。また,不法行為又は債務不履行と相当因果関係のある損害は10万円である。

 (被告の主張)

  (1) 被告は,本件マンションの販売に当たって,当初ペット類の飼育を禁止する説明をしていたが,最終的には管理組合で決められるものであるため,売買条件とはしなかったし,管理規約案にも飼育禁止の規定はなかった。平成15年4月ころまでの購入者のうち,11世帯が入居済みとなり,そのうち2世帯が猫(2匹)とウサギ(1匹)を飼育していたことや,同年5月ころからペット飼育希望者が数名いたことから,飼育禁止の説明を止めて,飼育可能と説明することにした。原告らは,いずれも慰謝料を請求しているが,社会生活上,受忍の程度を超えた精神的,肉体的苦痛を感受した者,金銭で慰謝されるに値する程度に精神的利益を喪失した者については慰謝料を請求できるものの,原告らの主張する権利侵害は,いずれも社会生活上受忍の程度を超えるとは評価できない。

  (2) 原告Aの主張について

   ア 被告は,原告Aらから,動物嫌いであるため,ペットの飼育の可否により購入を判断するとの意向を示されたことはないし,原告Aに対してペット類の飼育が禁止であることを具体的に説明したことはない。

   イ ペット類は,本来屋内で飼育されるから,鳴き声や悪臭の可能性等をもたらすものではない。したがって,説明が時期的に異なってもそれ自体権利侵害をもたらす違法性はない。

   ウ 原告Aが主張する平穏や健康という概念はあいまいである上,ペット類の飼育が一代限りとされ,本件マンションでペット類を飼育している数世帯に限られている現状に照らしても,原告Aの生活の平穏や,健康,財産の価値を侵害する状況にはないし,原告Aも日常的に犬を飼育している入居者方を訪れている。したがって,社会生活上の受忍限度を超えるとは評価できないし,ペット類飼育の可否によってマンションの客観的な財産価値を評価できるものでもなく,財産権の侵害が直ちに慰謝料請求権を発生させるものでもない。

  (3) 原告Bの主張について

   ア ペット類飼育禁止の説明を受けた入居者がいたとしても10名前後であって,うち2名がペットを飼育していたにもかかわらず,異議を唱える者がなかったことに照らし,被告において将来ペット類を飼育できなくなる可能性を予見できるものではないし,一代限りとしたのは,管理組合である。原告Bもこれに同意し,本件特例についても自ら飼わなくて良いと申し出ているのであって,被告の従業員の説明との間に因果関係はないし,原告Bの飼育自由の侵害と評価しうる不法行為及び債務不履行もない。

   イ 原告Bが新しい犬を購入したのも理事会決議に従ったに過ぎず,被告が関与したものではないし,被告従業員の説明との間に因果関係はない。

   ウ 原告Bは,動物飼育の自由を被侵害利益とするようであるが,ペット類飼育を禁止する管理規約も違法ではなく,飼育できなくなったとしても,直ちに社会生活上受忍限度を超えるとは評価できない。

  (4) 原告Cの主張について

   ア Iは,原告C名義で契約を締結したものの,Gと交渉したのであって,同原告との間では何ら交渉を持っていない。Gが本件マンションに一人で来場し,その後,IがGに連絡した上,Kを訪問したが,同所には同人とその友人の女性がいたに過ぎないし,犬が飼えるかを聞かれたことや飼えると説明したことはない。

   イ 原告Cが購入直後に本件マンションに入居した事実はないし,U号室を同原告及びその父親が利用しているものの,日常的な生活空間として居住していたものではない。

   ウ 原告Cも,動物飼育の自由を被侵害利益とするようであるが,ペット類飼育を禁止する管理規約も違法ではなく,飼育できなくなったとしても,直ちに社会生活上受忍限度を超えるとは評価できない。

 3 本件の争点

   本件の主要な争点は,本件マンションの販売に当たって,被告従業員の原告らに対してペット類の飼育に関してした説明等が,原告らに対する不法行為又は債務不履行を構成するか否か,上記不法行為又は債務不履行により原告らに慰謝料請求権が認められるか否か,その損害の額はいくらかである。

第3 当裁判所の判断

   当裁判所は,被告従業員の原告A及び同Bに対する説明等については,不法行為(又は債務不履行)を構成し,慰謝料請求権が発生すると判断し,原告Aにつき慰謝料10万円及び弁護士費用1万円の合計11万円,原告Bにつき慰謝料70万円,犬の購入代金に係る損害11万5000円及び弁護士費用8万5000円の合計90万円の支払いを求める限度で,それぞれその請求の一部につき理由があると判断し,原告Cに対する説明等については,不法行為及び債務不履行を構成しないと判断し,その請求には理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。

 1 本件の事実関係

   前提事実に加え,証拠(甲イ3,ロ3ないし6,ハ4ないし6,ニ1ないし9,15,乙1ないし4,証人I,同H,原告A,同B,同C)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

  (1) 原告Aの購入の経緯

    原告Aは,旧宅にFと居住していたが,同女が足を悪くして車いすを利用するようになったため,バリアフリーのマンションを購入しようと考えた。ただし,2人とも犬や猫が嫌いであったため,ペット類の飼育ができないマンションを探して約3軒見学するなどし,その中には飼育可能と聞いて購入を断ったものもあった。原告Aは,旧宅の売却を依頼した不動産業者から被告を紹介され,同不動産業者から,本件マンションのパンフレット上,ペット類の飼育は認められていないようであると聞いていた。原告Aらは,被告から,平成14年2月8日,本件マンションのV号室(以下,本件マンションにおける区分所有建物につき,単に号室のみにより特定する。)を購入し,同年9月1日引渡しを受けて,同月17日入居した。購入代金は旧宅の売却代金と原告Aの貯金を充てた。

  (2) 原告Cの購入の経緯

    原告Cは,Gの資金によりKを購入し,約1年間居住していた。Iは,Hから,平成15年3月14日,Gが新規に本件マンションに来場した旨を聞き,Gに対して連絡を取った上,翌15日,Kにおいて,同人及びその知人女性と会い,マンション購入の値引額等について話し,同月24日,U号室につき売買契約書を交わした(Gが原告C名義で契約書に署名した。)。同年4月4日に引渡しが行われた際,Iが原告Cと面談したことがあったが,原告Cが入居したのは同年8月26日であった。なお,上記U号室についても,Gが購入資金を準備した。

  (3) L・Mに対する販売と被告の対応

    Iは,平成15年3月30日,来場したLをW号室に案内するなどし,同年4月13日,来場したL及びMから,犬を飼っているという話を聞いた(なお,両名は,被告の常務との間で,マンション購入を決めたようであった。)。Iは,Hから,ペット類の飼育が禁止であると聞いていたため,被告代表者Dに相談した結果,同人から入居者全員を回って了解を取るよう指示を受けた。そこで,Iは,同月21日,Nの妻及びOの妻に対して問い合わたところ,Nからは,どちらでもよいが,入居者の中で反対があれば良くない旨,Oからは,ペットは嫌いだから反対である旨回答を得た。Iが問い合わせたことは,その翌日ころまでにほとんどの入居者に知れ渡り,Iは,それ以上,他の入居者を回って了解を取ることはなかった。被告の従業員は,このころから,本件マンションをペット類の飼育が可能なマンションとして販売するようになった。そして,被告は,Mとの間で,同年5月11日,X号室の売買契約をした。

  (4) 原告Bの購入の経緯

    原告Bは,一戸建ての旧宅で妻と2人暮らしをし,子供がいないため,過去20年以上に渡って犬を家族の一員のようにして飼育していたが,旧宅が老朽化したため,リフォーム等も検討した結果,老後に備え,バリアフリーのマンションを購入しようと考えた。原告Bは,犬を飼育できることを大前提としてマンションを探し,平成15年5月下旬,本件マンションを見学した際,Jに対して,犬を飼育していることを伝え,飼育の可否を尋ねたところ,Jから可能であると言われ,本件マンションを購入する気持ちになった。また,原告Bは,同月末ころ,旧宅を訪れたIやJから,飼育が可能であると説明を受けた。Iは,上記旧宅を訪れた際,原告Bが年老いたスパニエル犬を飼育し,家中に犬の写真を飾っていたことから,犬を家族の一員としているものと認識した。そして,原告Bは,被告から,同年6月18日,ペット類(犬)の飼育が可能であることを前提としてY号室を購入し,同年7月26日,上記スパニエル犬を連れて入居した。

  (5) M・Lの入居と被告の対応等

    M及びLは,平成15年7月7日,シェットランドシープドッグという中型犬を連れてX号室に入居した。原告Aは,同月上旬ころ,Mが犬を飼育しているのに気付き,Iに対して,抗議するなどした。Iは,被告代表者Dから呼び出された上,同年4月に指示した際,入居者の了解を取ったのか聞かれて叱責され,改めて全入居者を回るよう指示を受けたが,個別に回って了解を取ることはなかった。その後も,原告Aは,Iに対し,何度となく,ペット類の飼育に関して苦情を述べていた。原告Aは,同年8月1日,飼育細則を持参した被告の従業員Pから,同細則が同年4月にできていたと言われ,同人に対し,話が違うことや,総会を開いて入居者全員の話を聞いて欲しいことを伝えた。また,原告Aは,このころ被告が販売している別のマンションにおいても,ペット類飼育に関するトラブルが生じていることを知った。

  (6) 本件説明会及び被告の対応等

    本件説明会は,平成15年8月24日,本件マンション1階の集会所において,ほとんどの入居者の出席の下(ただし,原告Cは出席せず,Gが出席した。),ペット類の飼育を中心的課題として開催された。Iは,入居者らに対して,ペットの件で迷惑を掛けたことを謝罪したが,入居者から,被告及びIに対する怒りから来る発言が相次いだ。そうした中,入居者のNは,先の入居者からペット類の飼育に対する了解を得ていない以上,規約案に67条「動物飼育の禁止」を入れるべきであるが,被告との間で,飼育が可能として契約をした入居者が気の毒であるため,現時点で本件マンションにおいて飼育されている動物に関しては,特例としてその一代限りで許可してはどうかという提案をし,出席者の賛同を得た。原告Aは,本件マンションにおける人間関係を考慮して,一人反対の意見を述べることはできなかった。そして,本件決議が全会一致で可決されるとともに,Iは,今後,ペット類の飼育が禁止されるマンションとして販売する旨言明した。さらに,参加者から管理組合を早急に作るよう意見が出たため,理事を選出することとなり,管理規約案では理事予定人数を5名としていたが,参加者の協議により,飼育者として,犬につきQ及びL並びに猫につきRの3名が,非飼育者として,G,原告A,S及びTの4名が,それぞれ理事に選出された。

    その後,Iは,飼育細則等の作成につき,理事から協力を得た上,同年9月28日の理事会において,管理規約の67条に飼育禁止規定を入れることや,飼育細則の内容を討議した上,管理規約(甲ニ8)及び本件飼育細則(甲ニ9)が,同年10月19日の第1回総会で承認された。なお,本件飼育細則4条は,「平成15年8月24日以前に当マンションにて飼育されていた動物は特例として飼育を認める。なお,該当する動物がいなくなった場合は,本条は削除する。」と規定している。

  (7) 原告Bのペット死亡と管理組合理事会の対応

    原告Bは,平成15年9月19日,スパニエル犬を死亡により失い,その旨をJらに対して伝えた。Iは,原告Bの飼育が短期間であったため,当時の理事に対して,2代目のペットを認めるよう願い出たことから,同年10月25日,理事会が開催され,本件特例を認める決定がされた。もっとも,本件特例については,後に管理組合総会で承認を受けることを予定していた。しかし,原告Bは,Qから,再び飼って良いことになったという連絡を受けるなどしたため,同年11月10日,プードル犬を23万円で購入した。なお,原告Bは,しつけの訓練を受ける必要があったため,上記プードル犬をマンションに引き取らずにいた。

  (8) 第2回及び第3回総会の経緯等

    管理組合の第2回総会は,平成15年11月16日開催されたが,当時本件マンションの空きが半数を占めていたため,被告において理事7名全員を解任するなどの混乱が生じた。その後,入居者が過半数に達し,上記7名が理事に復帰した。第3回総会は,平成16年2月8日開催され,本件飼育細則について議題となった際,平成15年8月24日以前にモデルルームを見学にきたRについては,被告従業員からペット類の飼育を許可されたとして,飼育が承認されたのに対し,本件特例については,認めてはいけないと発言があり,Bから,分かりました,この問題は管理組合とではなく,被告との間で今後話をしますと発言したことにより,承認されることはなかった。なお,平成16年2月22日の理事会において,Gが理事長を退任し,原告Aが後任の理事長となった。

  (9) 原告Bと被告従業員との交渉経緯

    原告Bは,平成16年2月10日,ペットショップを通じてプードル犬を手放し,同年3月6日,Iの指示により被告の従業員から品物の提供を受けたところ,これを直ちに返却し,更に同月から4月にかけて35万円を支払うとの提案を受けたのに対し,金額的な納得がいかなかったため,50万円の支払いを要望していた。しかし,原告Bは,Iから,同年5月,被告に支払意思がないことを伝えられた。

  (10) 本件マンションの入居者及びペット類飼育の現状等

    本件マンションの入居者及びペット類飼育の現状等については,別紙2のとおりである。本件マンションの入居者の中で,犬を置いて外出した際,その鳴き声により隣のマンションからも苦情が出たことや,エレベーターの前で犬が尿をしたことから問題となったことがあったが,現在,入居世帯数45戸のうち,猫を飼育する世帯が2世帯で,犬を飼育する世帯が3世帯となっている。なお,本件マンションは,犬や猫などのペット類が飼育されることを想定した構造として建築されたものではなかった。

 2 原告Aの損害賠償請求に対する判断

  (1) 不法行為(又は債務不履行)の成否

    原告Aは,被告従業員から,ペット類の飼育が禁止されるマンションとして説明,販売を受けたにもかかわらず,原告Aら入居者の了解を取ることなく,後に飼育可能なマンションとして説明,販売し,その結果,犬や猫が嫌いな原告Aの生活の平穏等に対して被害をもたらしたことにより不法行為を構成するなどと主張し,これに対し,被告は,原告Aに対して飼育禁止である旨説明したことはないし,特段受忍限度を超えるような権利侵害がないなどとして,不法行為の成立を争っているところ,被告の従業員が原告Aに対してした説明及び後の購入者に対して原告Aの了解を求めることなく飼育可能として販売した行為に照らすと,次の理由から,被告従業員の行為は,原告Aに対する不法行為を構成するというべきである。

   ア 一般にマンション等の集合住宅においては,入居者が同一の建物の中で共用部分を共同利用し,専用部分も相互に隣接する構造で利用するという密着した生活を余儀なくされ,戸建ての相隣関係に比べ,各入居者の生活形態が相互に重大な影響を及ぼす可能性がある。マンション内における動物の飼育は,こうした建物の構造上,ふん尿によるマンションの汚損や臭気,病気の伝染や衛生上の問題,鳴き声による騒音,咬傷事故等,建物の維持管理や他の入居者の生活に影響をもたらすおそれがあるほか,犬や猫などの一般的なペット類であっても,そのしつけの程度が飼育者によって同様ではなく,飼育者のしつけが行き届いていたとしても,動物である以上,行動,生態,習性等が他の入居者に対して不快感を生じさせるなどの影響をもたらすおそれがある。そこで,多くのマンションその他の共同住宅においては,入居者による動物の飼育によって,しばしば住民間に深刻なトラブルを招くことから,こうしたトラブルを回避するため,予め動物の飼育を規約で禁止したり,動物の飼育を認める場合には,飼育方法や飼育が許される動物の定義等について詳細な規定を設け,防音,防臭設備を整えるなどして住宅の構造自体を相当整備するなどし,他の入居者に迷惑が掛からないよう配慮されているところである。そして,マンションにおいてペット類の飼育が禁止されるのか,可能であるのかが,購入者にとって,契約締結の動機を形成するに当たって重要な要素となることもあり得ることである。こうした点に加え,マンション販売業者と購入者との情報の格差や,マンションの管理規約の作成に当たっては,販売業者がその案を準備し,個々の売買契約時に購入者から同意を取得してこれを交付している状況等に照らすと,マンションの販売業者には,購入希望者との売買契約に当たって,少なくとも当該購入希望者がペット類の飼育禁止,飼育可能のいずれを期待しているのかを把握できるときは,こうした期待に配慮して,将来無用なトラブルを招くことがないよう正確な情報を提供するとともに,当初ペット類の飼育を禁止するとして販売し,後に管理規約案に飼育禁止の条項がないなどとしてペット類の飼育を可能として販売する場合には,先の入居者(非飼育者)と後の入居者(飼育者)との間でトラブルとなることが予測できるのであるから,先の入居者に対してその旨を説明して了解を求めるべき信義則上の義務を負っているものと解するのが相当である。

     原告Aは,前記1(1)認定のとおりかねてから犬や猫に対して嫌悪感等を有し,ペット類飼育禁止のマンションを探していたところ,同人が供述するとおり,被告との売買契約に当たって,念のため,契約書に署名押印するに先立ち,ペット類の飼育が禁止されるマンションであることを確認していたのであり(その供述の信用性については後述する。),被告の従業員には,ペットの飼育が禁止されているのか,可能であるのか,管理規約案には規定がないため後日管理組合で決せられるものであるのかに関して正確な情報を提供すべき義務がある上,後にペット類の飼育が可能として販売する場合には,原告Aに対してその旨説明して了解を求める義務があったというべきである。

     ところが,被告の従業員は,原告Aに対し,単に飼育が禁止である旨説明しただけで,管理規約案に禁止条項がなく,後に管理組合で決められるため,飼育する入居者が出現する危険性があることはもとより,後に飼育可能として販売する可能性(管理規約案にペット類の飼育を禁止する条項がないとか,飼育禁止を売買条件としていなかったなどという被告の主張や,現実に飼育可能として販売していた経過等に照らして,被告においては,当時,飼育禁止としながらも,後の購入者に対してペット類を飼育して販売する余地を残していたことがうかがわれる。)や,販売した場合には現に飼育する入居者が出現し,住民間のトラブルに発展するなどして,結局,管理組合においてその解決を図る必要があることは一切説明していない。また,後に飼育可能として販売するに当たって,原告Aに対して説明すらしていない。飼育禁止のマンションである旨説明を受けていた原告Aは,本件マンションにおいてペット類の飼育が禁止され,後の購入者においても飼育が予定されることはないと信じた上,2500万円という高額な売買代金を支払ったにもかかわらず,前記認定のとおり,平成15年4月以降,原告Aの了解を求めることなく,被告がペット類の飼育を可能として販売した結果,ペット類を飼育している入居者が出現するに至り,その後住民の間で,ペット類の飼育の可否が問題となっているのであって,原告Aの信頼が裏切られたものと認められる。こうした事情に照らせば,被告の従業員は,上記のような事情を説明しなかったことなどにおいて,信義則上の義務に違反したものと認められ,こうした義務に違反して,原告Aの信頼を裏切り,住民間にペット類の飼育に関する問題を生じさせるなどの不利益を与えたのであるから,被告従業員の行為は,不法行為を構成し,これによる原告Aの精神的苦痛に対して慰謝料請求権が発生するというべきである。

     なお,被告は,社会生活上の受忍限度を超える権利侵害がないと主張するが,原告Aと被告が契約関係にあり,これに付随する信義則上の義務に違反していると認められる以上,被告の主張は採用できない。

   イ 仮に,原告Aが,上記契約の時点で,具体的にペット類の飼育禁止を確認しなかったとしても,本件マンションは,前提事実及び前記1で認定したとおり,1階フロアには,共同温泉浴場が設置されるなど,ペット類の飼育による衛生上の問題もある上,犬や猫などのペット類を飼育できる構造にはなっていないことから,ペット類の飼育に適していないマンションであること,被告作成のパンフレット上,飼育可能である旨は記載されていなかったこと,管理規約案にも飼育に関する規定がなく,飼育細則すら準備されていなかったこと,IやHが証言するとおり,当初飼育禁止のマンションとして販売していたことなどに照らすと,原告Aと被告との売買契約においては,ペットの飼育が禁止されるマンションであることが売買契約の内容となっていたというべきである。そして,H証言を前提としても,同女は,原告Aに対して,契約の際,ペット類の飼育に関して全く説明をしなかったことが認められる上,契約後の本件マンションの建設工事中の段階で,原告Aから,ペット類の飼育が禁止されるマンションであるかを聞かれて禁止である旨回答したが,それ以上の説明がなされたとは認められないところ,未だ手付金しか支払われていなかったことに照らすと,この時点においても原告Aに対して正確な情報を提供すべき義務があったというべきであり,原告Aが正確な情報提供を受けたなら,中間金及び残代金の支払いをせずに済んだ可能性が相当程度あったものというべきである。したがって,いずれにしても,被告の従業員が契約に付随する義務に違反したことにより,不法行為の成立は免れないというべきである。

   ウ なお,被告は,原告Aが契約の際にペットの飼育禁止を確認したことや,Hが禁止の説明をしたことはないと主張し,Hも,この点に関して別紙3証人Hの証言要旨のとおり,上記主張に沿う証言をしている。しかしながら,原告Aは,この点に関して別紙3原告Aの供述要旨のとおり供述するところ,同原告は,Hがマンションの構造上ペット類を飼育できる造りになっていないため飼育が禁止であると述べた旨明確かつ具体的に供述しているし,前記1(1)で認定したとおり犬や猫に対して嫌悪感を有しているため,本件マンションに先立ち,他にもマンションを物色して飼育可能なマンションであることから購入を断念したことがあった経緯や,本件マンションで犬を飼育している入居者を把握するや,何度となくIに対して抗議をしていた経過に照らせば,契約の際に念のために飼育禁止を確認していたという同原告の供述は信用できる。被告は,原告Aが被告従業員から契約の場に至るまでペット類の飼育の可否について確認せず,すでに手付金を用意した状況の中で飼育の可否を確認したというのは不自然であるなどと主張するが,上記のとおり本件マンションがペット類を飼育できる構造になかったことや,被告を紹介した不動産業者からも飼育可能ではないようである旨伝えられていたこと(前記1(1))などから,原告Aにおいて飼育が禁止されるマンションであると想定した上,契約書に署名する前に念のために確認したという供述が不自然とまでは認め難い。なお,Hは,契約時に原告Aから確認されたことはなかったと証言するが,本件マンションがペット類の飼育が可能な構造であるか分からないなどとし,飼育の可否についても聞かれれば答える程度で,特段契約の条件として意識しているわけでもなかったというのである上,当時マンション営業部の課長という立場にあった被告との関係に照らすと,原告Aの供述との対比において,必ずしも採用し難い。

  (2) 不法行為による損害の額

    上記(1)のとおり被告の従業員の行為が不法行為を構成し,被告の販売業務に関連して行われたことは明らかであるから,被告は,原告Aに対し,民法715条により不法行為責任を負うところ,本件決議によりペットが一代限りとなっているものの,原告Aの信頼が損なわれていること,本件決議までの間,ペット類の飼育に関して入居者間で問題が生じ,原告Aが苦情を述べるなどしてその対応を余儀なくされたこと,他方,現在の本件マンションにおけるペット類の飼育状況,原告Aが犬や猫に対して嫌悪感を有するとはいえ,身体的な症状が現れているわけではないこと,ペット類の飼育により本件マンションの客観的な価値が下落したことは認めるに足りないことなどに照らせば,原告Aが受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,10万円と認めるのが相当である。そして,本件訴訟の経過や認容金額等に照らし,不法行為と法律上の因果関係の認められる弁護士費用としては,1万円と認めるのが相当である。

 3 原告Bの損害賠償請求に対する判断

  (1) 不法行為(又は債務不履行)の成否

    原告Bは,Iらからペット類の飼育が可能であると説明を受けたが,従前飼育禁止として購入した入居者がいたことから,飼育できなくなる可能性についての説明を怠ったなどとして,不法行為が成立するなどと主張し,これに対し,被告は,将来ペット類を飼育できなくなる可能性は予見できないとか,原告Bがペット類を飼育できなくなったのは,管理組合の総会や理事会の決議に従ったに過ぎないとして,不法行為の成立を争っている。しかしながら,Iらが原告Bに対してペット飼育可能という説明をして販売した行為については,次の理由から,原告Bに対する不法行為を構成するというべきである。

   ア 前記2のとおり,マンションにおいてペット類の飼育を認める場合には,しばしば住民間でトラブルが生じ,こうしたトラブルを防止するため,飼育のルール等を設定したり,マンション自体の構造面でも整備をしたりして,他の入居者に迷惑が掛からないよう配慮されているところである。ところが,前記1(3)ないし(5)及び(10)で認定したとおり,本件マンションでは,こうした特段の配慮がなされておらず,従前ペット類の飼育を禁止するものとして販売されてきた上,原告Bが被告との間で契約した平成15年6月18日に先立つ同年4月段階で,ペット類の飼育を可能として販売することに関して,従前の購入者からIに対して抗議が出ていた状況があったにもかかわらず,従前の購入者全員に対して了解を求めていなかったことが認められる。そうすると,販売業者としては,マンションを販売するに当たって,従前の購入者との間でトラブルが生じる危険性があることや,管理組合の決議により飼育できなくなる危険性があることを具体的に予見でき,ペット類の飼育を希望している購入予定者に対して,こうした危険性を説明すべき信義則上の義務があるというべきである。ところが,IやJは,こうした義務に違反して,漫然飼育できることを販売の条件とする一方,こうした危険性を何ら説明せず,原告Bをしてペット類の飼育ができるものと期待させた上,1950万円で購入させたことが認められる(原告Bは,上記不法行為がなければ契約しなかった可能性も否定できない。)。こうしたIらの行為は,不法行為を構成するというべきであり,これにより原告Bは,本件決議等により犬の飼育ができなくなっているのであって,本件においては,その精神的苦痛に対する慰謝料請求権が発生するものというべきである。

   イ これに対し,被告は,被告従業員の行為と原告Bが飼育できなくなったこととの間には因果関係がないと主張する。確かに,本件説明会において,ペット類の飼育をペット一代限りとする本件決議が行われ,原告Bがこれに反対しなかったこと,その後原告Bのペットが死亡したため,理事会の承認を受けて原告Bが新しい犬を購入したが,後の総会で承認されず,原告Bが飼育を断念した経緯が認められることは,前記1(6)ないし(8)のとおりである。しかしながら,こうした事態は,そもそも被告が時期によってペット類の飼育の可否の説明を変更した結果,入居者の間で飼育者と非飼育者との間の利害を調整する必要が生じたことに起因し,本件決議は入居者(飼育者及び非飼育者)による妥協の産物である上,原告Bが,その供述するとおり,マンションにおける区分所有者間の人間関係を考慮して,その決議に従ったからといって,そもそも被告の従業員においてこうした危険があることの説明を欠いたことを不法行為とみる以上,因果関係がないということはできない。

     また,被告は,原告Bが新しい犬を購入したことについても因果関係がないと主張する。確かに,理事会の承認のみを前提として原告Bが新しい犬を購入するなどしたことが軽率であった面は否定できないけれども,前記1(4)で認定したとおり,Iは原告Bが犬を家族の一員のように扱っていることを認識していた上,スパニエル犬が死亡したことを受けて理事会に特例を認めるよう願い出ている状況も認められる。そうすると,そもそも飼育可能であるとして販売を受け,家族の一員であったスパニエル犬を失った原告Bが,新しい犬を購入してしまい,後の総会で他の入居者に配慮して再び断念し,購入代金を無駄にしたという本件の経過は,十分な説明を欠いた被告の従業員の予測可能な範囲内の出来事というべきであって,因果関係を否定するのは相当でないというべきである。

  (2) 不法行為による損害の額

    上記(1)のとおり被告の従業員の行為が不法行為を構成し,被告の販売業務に関連して行われたことは明らかであるから,被告は,原告Bに対し,民法715条により不法行為責任を負うところ,原告Bは,子供がいないため,犬を家族の一員として長年可愛がってきたのであって,新しいマンションの購入に当たって,犬の飼育ができることを重要な条件と位置づけていたこと,被告の従業員もその旨を十分認識していたこと,上記のとおり犬を飼育できない事態に至っていることのほか,本件訴訟に至った経緯等その他一切の事情を考慮すると,原告Bが受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,70万円と認めるのが相当である。

    また,新しい犬の購入代金が無駄になったことについては,前記のとおり理事会の承認にとどまり,総会の承認が予定されていたにもかかわらず,これを待たずして購入に至った点において,軽率であったことは否定できず,5割の過失相殺をした上,11万5000円について損害賠償請求を認めるのが相当である。

    そして,本件訴訟の経過や認容金額等に照らし,弁護士費用としては,8万5000円を認めるのが相当である。

 4 原告Cの損害賠償請求に対する判断

   原告Cは,原告Bと同様,従前飼育禁止の説明を受けていた購入者がいたため,ペット類の飼育ができなくなる可能性があることの説明を欠いたことなどを指摘して,不法行為及び債務不履行が成立する旨主張し,これに対し,被告は,原告Cからペット類飼育の可否について尋ねられたことがなく,ペット類の飼育が可能であるとの説明もしていないとして,不法行為等の成立を争っているところ,次の理由から,被告Cに対しては,被告従業員による不法行為及び債務不履行は成立せず,その請求は理由がないというべきである。

  (1) 確かに,原告Bの場合には,被告の従業員がペット類の飼育できなくなる可能性があることの説明を欠いた点で,義務違反があることは,前記3のとおりであるが,原告Cについては,次のとおり,そもそもIに対してペット類の飼育を希望したとか,Iから飼育が可能であると説明を受けたなどの事実を認めることができない。

   ア 原告Cは,別紙3の供述要旨のとおりKでGとその知人女性の3人で,Iからペット類の飼育が可能であると説明を受けた旨供述している。しかし,原告Cの供述は,その説明を受けた日時において曖昧であるし,後にIに対して苦情を述べたか否かに関してもその時期や経過等につき覚えていないとするなど明確でない。他方,Iは,別紙3の証言要旨のとおりKでは原告Cに会っていない旨証言し,その日時や,後に原告Cと面談した機会等についても具体的に証言している。したがって,上記原告Cの供述は直ちに採用し難い。

   イ Gの陳述書(甲ハ6)において,上記原告Cの供述に沿う説明をする部分があり,また,原告Cは,平成15年12月中旬ころにIとGの会話が録音されたテープ及びその反訳録取書(甲ニ15)を提出している。しかしながら,同録音テープにおいても,GがIに対して本件マンション販売時の状況を尋ねたのに対し,Iは,ペット(の問題)が出てきたのは,(同年4月の)L(M)である旨と述べており,G自身に対してペット飼育が可能であるとの説明をしたとか,同人から本件決議等に関して苦情を言われた状況はうかがわれないこと,前記1(6)で認定したとおり,Gは非飼育者として理事に選出されていたことなどに照らし,原告CやGがペット類の飼育を希望していたなどとは認め難い。

   ウ 原告は,同席した知人女性の陳述書(甲ハ7)を提出する。しかし,同陳述書には,Gは,本件マンションがペット類を飼育できて温泉もあるので買い換える価値があって条件がよいことを喜んでいたなどとしているところ,同席していたはずの原告Cの供述中では,Gが本件マンションの購入を勧めた動機について明確でなく,供述が整合していないことのほか,その提出時期等に照らし,採用し難い。

  (2) 上記(1)のとおり,原告Cがペット類の飼育を特段希望していたとの事実は認めるに足りない。そして,前記のとおり,本件マンションはペット類の飼育が予定されるような構造にはなく,管理規約案においても,飼育が可能であるなどの記載はないから,仮に原告Cが飼育できるマンションを期待していたとしても,その旨の意向が具体的に伝えられない以上,被告の従業員において,飼育に関して説明をしなかったからといって,直ちに説明義務違反であるなどとは認め難い。他方,原告Cは,幼いころから実家で犬を飼育していたなどと主張していること,総会等にも参加していた事実も認められないことなどに照らすと,他の入居者がペット類を飼育しているか否かによって,同原告に特段不利益がもたらされている状況も認められず,原告Cに対する不法行為等の成立を認めることはできない。

 5 結語

   以上によれば,原告A及び同Bの請求については,主文掲記の金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し,同原告らのその余の請求及び原告Cの請求については,いずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。大分地方裁判所民事第2部

裁判官   瀧  岡  俊  文

(別紙省略)