last update 06 December 1999
□原告に咬傷を負わせた犬が原告と被告のいずれのものであるか特定できない場合であっても、犬を放し飼いにしていた被告に過失があるとされた事例
損害賠償請求事件、東京地裁平三(ワ)一〇五六七号、平4・1・24民五部判決、一部認容、一部棄却(確定)。判時1421・93 。
《参照条文》 民法七〇九条・七一八条
原告 P
右訴訟代理人弁護士 ------
同 ------
被告 D
右訴訟代理人弁護士 ------
主 文
一 被告は原告に対し、金二三万四二六〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は原告に対し、金二九六万四二六〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二 事件の概要
本件は、まず「被告の犬」が原告に噛みついた傷害を負わせたことを理由に民法七一八条一項に基づき損害賠償を請求し、次いで原告に噛みついた犬が原告の犬 か被告の犬かいずれか判明しない場合には、予備的に、被告が犬を放しておいたために被告の犬が原告の犬に襲いかかったので、原告が自分の飼犬を庇おうとし て手を出したところ噛まれたのであるから、いずれにしそ公共の場所において、被告が犬を放していたことが原因であるとして、民法七〇九条に基づき損害賠償 を求めるものである。
一 争いのない事実及び容易に認められる事実
1 平成三年一月一三日午前一一時頃、東京都港区北青山一丁目明治神宮外苑内において、原告が飼犬(柴犬四歳雄体重約一三・五キログラム)を鎖でつないで 連れて散歩中、被告が放して遊ばせていたその飼犬(雑種雄大きさは原告の飼犬とほぼ同程度)が駆け寄って原告犬に挑みかかったので、原告が原告犬を抱き上 げたが、その際いずれかの犬が原告の右前腕部噛みつき、約一か月間の治療を要する咬傷を負わせた(傷害の程度を除き当事者間に争いがない。傷害の程度につ いては、《証拠略》によって認める)。
2 原告は、平成三年一月一三日から同年二月一四日までの間に合計一七回にわたり、A外科病院に通院して、右の咬傷の治療を受け、治療代として合計金一万四二六〇円を支払った。
二 主な争点
右に認定した以外の争点は次のとおりである。
1 噛みついたのは被告の犬か、それとも原告の犬か。
2 被告は民法七一八条一項あるいは民法七〇九条による損害賠償責任を負うか。
3 原告にも過失があったか。原告にも過失があったとして、原告被告の過失割合。
4 後遺症の有無と程度。
5 損害額。
第三 争点に対する判断
《証拠略》により次のとおり認める。
一 被告の損害賠償義務の有無
本件全証拠によっても、果たしていずれの犬が原告の右前腕に噛みついたのかを知ることはできない。つまり原告の犬ではなく、被告の犬が原告の腕に噛みつい たことを認めるに足りる証拠は存在しない。しかし放して遊ばせておいた被告の犬が激しく吠えながら原告の犬に向かって突進してきたために、原告が原告の飼 犬を庇おうとして腕を出したときに、どちらかの犬が原告の腕に噛みついたことは争いがない。公衆が通行し散策し集い憩う場所である明治神宮外苑において、 幼児を含む人や他の動物に危害を加えるおそれが全くないとは言えない犬を放してはならないことは当然のことであり、これを放した場合には本件のような事故 が起こることがあり得ることを予測すべきであった。しかるに被告はその飼犬を漫然と放していたのであるから、被告に過失があったことは否定できない。
二 過失相殺
被告は仮定的に原告にも過失があったとして、過失相殺を主張した。被告の主張する原告の過失とは、喧嘩争闘中の複数の犬の間に腕を出すときは、犬はその腕 を逃走相手と誤解して攻撃する習性があるから、争闘を制止するためには犬を蹴る等の方法によるべきであったにもかかわらず、漫然と原告が腕を出したため に、どちらかの犬に噛まれたのであったが、犬の飼い主としては当然に犬のこの習性を知るべきであったのに、原告は過失によりその習性を知らず、又は知って いたのに不注意にも腕を出したというものである。犬には被告主張のような習性があるから、その主張のような方法により犬を引き離すべきであるけれども、犬 の飼主であればそのような犬の習性を知っているとは認められないし、又知るべきであったということもできない。原告は、原告の犬を抱えようとして咄嗟に手 を出したのであって、たしかに適当な方法とは言えず迂闊ではあったが、公共の場所で犬を放していたという被告の過失お重大さに比すれば、取るに足らない程 度のものであって未だ過失相殺の対象として考慮すべきものということはできない。
三 後遺症
《証拠略》によれば、原告の右前腕部の手首から約四センチメートルの箇所に、長さ三・三センチメートルの傷痕があり、この傷痕は将来にわたって消えないも のと思われるが、既に赤みがとれて次第に色褪せつつあり、いずれ年月の経過によりかなり薄らぐものと推認されるから、この程度の傷痕を以て女子の外貌に醜 状を残すものとは言い難い。
四 損害額
傷痕は右に認定した程度であるから、本件の傷害による慰謝料は総額で金一五万円が相当であり、これに前認定の治療費実費を加えた金一六万四二六〇円を原告の蒙った損害と認定する。
原告はさらに弁護士報酬を損害額として主張しているが、訴え提起前の原告被告間の交渉の経過その他の諸般の事情を考慮すると、被告に負担させるべき弁護士報酬は金七万円とするのが相当である。
さすれば、損害額の合計は金二三万四二六〇円である。
以上の次第で、原告の請求は右損害額とその付帯請求を求める限度では理由があるが、これを超える請求は理由がない。
(裁判官 高木新二郎)