人を咬むという癖を有する犬の咬傷により生じた後遺障害について慰謝料を認めた事例(原告が事故を誘発した過失が認められるとして5割の過失相殺を認めた事例)(広島高判松江支部平成15・10・24平成15(ネ)42)
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平成15年10月24日広島高等裁判所 松江支部
平成15(ネ)42 損害賠償請求控訴事件
原審:平成13(ワ)88・松江地方裁判所浜田支部
[判決全文]
主 文
1 原判決中,控訴人A及び同Cに関する部分を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人Cに対し,40万円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人は,控訴人Aに対し,10万2275円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人A及び同Cのその余の請求をいずれも棄却する。
2 控訴人Bの控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人C,控訴人A及び被控訴人に生じた費用の各10分の1を被控訴人の負担とし,控訴人C及び控訴人Aに生じたその余の費用を同控訴人らの負担とし,被控訴人に生じたその余の費用を控訴人らの負担とし,控訴人Bに生じた費用を同控訴人の負担とする。
4 この判決第1項(1),(2)は仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人Cに対し,1042万2431円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は,控訴人Aに対し,200万4550円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は,控訴人Bに対し,100万円及びこれに対する平成13年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6 第2ないし4項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は,当時小学校5年生の控訴人Cが被控訴人の飼犬に咬まれて傷害を負い,後遺障害が残ったとして,被控訴人に対し,控訴人Cが民法718条に基づき,その両親である控訴人A及び控訴人Bが民法709条,710条に基づき,損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。これに対し,被控訴人は,控訴人Cが被控訴人の飼犬に咬まれたことを否認し,仮に被控訴人の飼犬が控訴人Cを咬んだとしても,被控訴人において相当な注意をもって飼犬の保管をなした旨,仮に被控訴人において飼犬の保管につき不注意があったとしても,控訴人Cにも過失が認められるので過失相殺がなされるべきである旨主張する。
その他事案の概要は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決2頁9行目から同17行目までを削除する。
2 原判決3頁2行目の「以下」の前に「当時4歳,」を加え,「飼っていた。」を「飼って占有していた。」と改める。
3 原判決4頁6行目の「主張するが,」の次に「これはせいぜい「犬をいじめるな。」という趣旨にしか理解できないのであり,」を加える。
4 原判決4頁17行目から同20行目までを削除する。
5 原判決5頁1行目の「ない状況であり,」を「状況であり,夜も熟睡できず,」と改める。
6 原判決5頁8行目の「見られる。」を,「見られるもので,美容上違和感のある傷痕が現存している。」と改める。
7 原判決6頁11行目の「原告Aと同様,固有の慰謝料を求める。」を「控訴人Bは,本件咬傷事件の発生により,控訴人Cの治療,看護にあたるとともに,学校等への連絡や告訴等に忙殺され,平成13年度は前年度に比べて大幅な減収となったので,この点も考慮して固有の慰謝料あるいは逸失利益として請求するものである。」と改める。
第3 当裁判所の判断
当裁判所の判断は,次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決7頁17行目から同23行目までを削除する。
2 原判決7頁24行目の「(2)」を「(1)」と,8頁20行目の「(3)」を「(2)」と,「前記2(2)ア」を「前記2(1)ア」と,9頁18行目の「(4)」を「(3)」と,10頁8行目の「(5)」を「(4)」とそれぞれ改める。
3 原判決8頁9行目の「その後,」から同10行目の「至っている。」までを削除する。
4 原判決9頁3行目の「第三者」の次に「特に年少者」を,同7行目の「児童」の次に「等」をそれぞれ加える。
5 原判決9頁9行目の「必要である。」の次に「しかるに,被控訴人は,これらの事故防止措置を講ずることを怠り,本件咬傷事故を引き起こしたものと認められる。」を加える。
6 原判決9頁13行目の「人を咬む」の前に「年少者の接近が十分考えられる場所に繋留されており,」を加える。
7 原判決9頁16行目の「よって,」から同17行目の「理由がない。」までを「そうすると,被控訴人は,本件の犬の種類,性質に従い相当の注意をもってその保管をなしたものとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。よって,被控訴人は控訴人Cに対し,民法718条により同控訴人が本件咬傷事故により被った損害を賠償する責任がある。」と改める。
8 原判決10頁5行目の「より注意深く」の前に「状況いかんによっては本件の犬に咬まれるかもしれないことに用心して」を加え,同6行目の「手を差し出した」を「手を差し出し,顔を近づけるなどした」と改める。
9 原判決10頁8行目の「本件事故」から同9行目の「いなかったこと,」までを削除し,同10行目の「近づいたことであった」から同12行目の「相当である。」までを「近づくなどした行為が本件咬傷事故を誘発したものと認められるので,後記控訴人C及び同Aの損害額から5割を過失相殺として控除すべきである。」と改める。
10 原判決10頁16行目の「原告Cは」の次に「本件咬傷事故により,上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の傷害を負い,」を加え,同17行目の「通院」から「治癒したこと」までを「5針縫うなどの通院治療を受けたこと」と改める。
11 原判決10頁21行目から同24行目までを次のとおり改める。「前記のとおり,控訴人Cは,本件受傷後通院12日間(実日数8日)の治療を余儀なくされたものであるが,特に当時の同控訴人の年齢,性別,傷害の部位・程度を考えると,その間の精神的苦痛は大なるものがあったことが認められ,傷害慰謝料は20万円をもって相当というべきである。」
12 原判決10頁25行目から11頁15行目までを次のとおり改める。
「イ 後遺障害慰謝料
証拠(甲2,9,控訴人B本人)によれば,D病院の医師Eは,傷害保険後遺障害診断書(甲2)において,控訴人Cには上口唇部に7ミリメートル×7ミリメートル大の瘢痕が存在し,隆起があり,知覚障害等はないが,美容上違和感がある旨診断していること,控訴人らは,控訴人Cの成長が止まる20歳ころに再手術をするよう医師に勧められていることが認められ,そうすると,控訴人Cには上記の後遺障害が残っているというべきであるところ,以上に,後記のとおり逸失利益が認められないこと,その他本件にあらわれた諸般の事情を加味すると,後遺障害慰謝料は60万円と認めるのが相当である。
ウ 逸失利益
控訴人Cには上記の後遺障害が残っていることが認められるが,その部位・程度からみて,これが労働能力に影響を与えると認めるのは困難であるから,控訴人Cの逸失利益の主張は理由がない。
エ したがって,控訴人Cの損害額は,上記ア,イの合計額である80万円となる。
オ 過失相殺
前記2(4)のとおり,上記エの損害額80万円から5割の過失相殺をすると,過失相殺後の控訴人Cの損害額は40万円となる。」
13 原判決11頁17行目から同23行目までを次のとおり改める。
「ア 控訴人Cの治療費
前提事実によれば,控訴人Aは,控訴人Cの本件咬傷事故による治療費4550円を負担したことが認められ,この費用は本件咬傷事故と相当因果関係のある控訴人Aの損害と認められる。
イ 慰謝料
直接被害者が生命を害された場合に比肩すべき,またはこれに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けた近親者は,固有の慰謝料請求権を取得するというべきところ,控訴人Cの受傷の部位・程度,顔面醜状の状態等からすると,控訴人Aがいまだこのような程度の精神的苦痛を受けたとは認められな
いので,控訴人A固有の慰謝料請求は理由がない。
ウ 過失相殺
そうすると,控訴人Aの損害額は上記アの4550円となるが,損害の公平なる分担の見地から,前記控訴人Cの過失は控訴人Aに対する賠償額を定めるについても斟酌すべきであるといえるから,上記アの損害額4550円から5割の過失相殺をすると,過失相殺後の控訴人Aの損害額は2275円となる。
エ 弁護士費用
控訴人Aが控訴人ら代理人に本件訴訟追行を委任したことは記録上明らかであり,本件事案の内容,審理経過,控訴人Cの認容額等にかんがみると,控訴人Aが控訴人ら代理人に支払った弁護士費用のうち10万円は本件咬傷事故と相当因果関係にあるものとして被控訴人に負担させるのが相当である。」
14 原判決11頁25行目から同26行目までを次のとおり改める。
「前記のとおり,直接被害者が生命を害された場合に比肩すべき,またはこれに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けた近親者は,固有の慰謝料請求権を取得するというべきところ,控訴人Aについて述べたところと同様に,控訴人Bがこのような程度の精神的苦痛を受けたとは認められないので,控訴人B固有の慰謝料請求は理由がない。なお,控訴人Bは,同請求の中で,本件咬傷事故により控訴人Cの治療,看護にあたるなどして減収となったことによる損害をも主張するが,同事故による控訴人Cの傷害の内容・程度,治療の内容・程度等に照らすと,本件咬傷事故と控訴人B主張の減収(OA機器の販売等)との間に相当因果関係を認めることはできないというべきであるから,控訴人Bのこの点に関する主張は理由がない。」
15 原判決12頁2行目から同9行目までを次のとおり改める。
「以上によると,控訴人らの本訴請求は,控訴人Cにつき40万円及びこれに対する本件不法行為の日である平成13年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し,その余の請求は失当であるから棄却し,控訴人Aにつき10万2275円及びこれに対する上記平成13年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し,その余の請求は失当であるから棄却し,控訴人Bにつき理由がないので棄却すべきである。」
第4 結論
よって,控訴人C及び同Aの本件控訴はいずれも一部理由があるから,原判決中,同控訴人らに関する部分を上記のとおり変更し,控訴人Bの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(平成15年9月12日口頭弁論終結)
広島高等裁判所松江支部
裁判長裁判官 廣 田 聰
裁判官 吉 波 佳 希
裁判官 植 屋 伸 一
(参考 原審判決)
主 文
1 被告は原告Cに対し,7万5000円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告Aに対し,9975円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用はこれを100分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。
5 この判決は,第1及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は原告Cに対し,金1042万2431円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告Aに対し,金200万4550円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は原告Bに対し,金100万円及びこれに対する平成13年4月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告Cが被告の飼う犬に噛まれて傷害を負い後遺障害が残ったとして,被告に対して,原告Cは民法718条に基づき慰謝料等を,その両親は民法709条,710条に基づき固有の慰謝料等を求めているところ,被告は,原告Cの傷害は被告の飼っている犬が咬んだことによるものでないこと,仮に犬が咬んだことによって原告Cの傷害が生じたとしても被告は十分な注意のもと犬を飼っているのであるから損害賠償の責任がないこと,仮に被告の犬の飼い方に不注意があったとしても原告Cが犬に咬まれたことについては同人の過失が認められるので過失相殺を主張している事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,証拠により認定した事実については証拠を挙げる。)
(1) 原告Cは平成2年7月30日生まれの女児で,平成13年4月12日当時D小学校5年生であった。原告Aは原告Cの実父,原告Bは原告Cの実母である(甲第2号証,弁論の全趣旨)。
(2) 平成13年4月12日当時,被告は住所地で理容院を営み,理容院と同一建物内にある車庫(以下「車庫」という。)内で紐に繋いで避妊,狂犬病の予防接種を施した雑種の中型(首までの高さが約50センチメートル)の雌犬(以下「被告犬」という。)を飼っていた。被告は,車庫前面の柱に「犬にさわらないで下さい」と記載した看板を掲げていた(争いのない事実,乙第2号証,被告本人尋問の結果,検証の結果)。
(3) 前同日,原告Cは,救急車で国立E病院(以下「病院」という。)に搬送され,上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の診断を受けた(甲第7号証)。
(4) 原告Cは,同月23日まで(実日数8日)病院で通院治療し,その間の治療費4550円は原告Aが負担した(甲第8号証の1ないし8,弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 原告Cの傷害は,被告犬が咬んだことによって生じたものか。
(原告らの主張)
原告Cは下校途中,通学路沿いにある車庫内に長い紐で繋がれ,道路沿い近くまで出てくることができた被告犬に手を差し出した。被告犬は原告Cの手を一度なめたが,原告Cが立ち上がろうとした際,原告Cの顔面に咬みついた。驚いた原告Cは被告犬から離れようとして立ち上がる際に恐怖のためよろめき再度咬まれた。その結果,原告Cは上口唇部を咬まれ大きな傷害を負い,朦朧とした意識の中血だらけのまま歩き出したところ,通りかかった通行人が驚いて救急車を呼んでくれたため,病院に搬送され,顔面に5針を縫う治療を受けた。
(被告の主張)
被告犬が原告Cを咬んだという証拠は何もなく,原告らが主張しているに過ぎない。
(2) 争点(1)が認められた場合,被告は動物の種類及び性質に従い相当の注意を持ってその保管をなしたといえるか否か。また,原告Cが被告犬に咬まれたことについて同人に過失は認められるか。
(原告らの主張)
被告犬は人を咬む癖があったところ,被告は車庫内で被告犬に約4メートルの長い紐を付けて飼っていたため,被告犬は車庫のシャッターの真下近くまで来ることができ,そこで本件事故が発生した。被告は「犬にさわらないで下さい」という看板を掲げていた旨主張するが,本件現場はD小学校の児童が通う通学路であることからすれば,前記看板を掲げるのみでは被告の責任を回避できるものではない。
(被告の主張)
被告犬は車庫の奥に紐で繋がれているので,車庫内から出ることはできない状態であった。また,被告は車庫の正面壁に目立つように「犬にさわらないで下さい」と警告文を貼付して警告していた。本件事故は,原告Cが警告文を無視して被告敷地内,車庫内に入ったことで生じたのであるから,原告Cの自招行為である。仮に被告に責任があるとしても,原告Cには被告の警告文を無視して被告犬に近づいた過失が認められるので,過失相殺を主張する。
なお,被告は答弁書第2の2(4)で「本件発生後,被告が,犬をつなぐ紐を短くしたり」と記載しているが,本件事件発生後は紐を短くしていないので,前記記載は事実に反する陳述である。よって,錯誤に基づくものとして自白を撤回する。
(3) 原告らの損害
(原告らの主張)
ア 原告Cの損害 1042万2431円
(ア) 傷害慰謝料 150万円
原告Cは鼻を中心に被告犬に咬まれたことにより救急車で病院に搬送され,数日は口唇部が腫れ上がり口も十分に開けられず食事がほとんどとれないない状況であり,2日間で体重が2キログラム減少した。原告Cは治療のため8日間通院し,学校も1日は欠席,5日間は午前中欠席した上,傷害の痛み,将来に対する不安という精神的苦痛を受けた。傷害による慰謝料は150万円が相当である。
(イ) 後遺症慰謝料 290万円
原告Cの傷害は一応治癒したものの,最も人目に付きやすい上唇中央部及び下唇中央部あたりにはケロイド状の瘢痕が明瞭に残り,その他鼻を中心にぽつぽつと斑点が見られる。この外貌の醜状は今後成長に連れ瘢痕が増大し目立ちやすくなることはあっても,自然に目立たない状態に改善されることは期待できない。医師からは,20歳ころになれば再手術を受ければよい旨勧められているものの,十分な改善は必ずしも望めない。このような後遺症は「女子の外貌に醜状を残すもの」として後遺障害等級第12級14号に該当するところ,その慰謝料は290万円を下らない。
なお,原告Cの後遺障害等級が第12級14号に該当しない場合であっても,直ちに後遺障害がないと結論づけるべきではなく,第13級あるいは第14級に該当することを付言する。
(ウ) 後遺症逸失利益 602万2431円
原告Cの後遺障害等級は第12級14号であるから,14%の労働能力を喪失している。原告Cは本件事故当時10歳であったから,18歳に達した時から67歳までの49年間の逸失利益は,平成12年度の賃金センサス産業計,女子労働者学歴計の年収349万8200円,ライプニッツ係数12・297によると,602万2431円となる。
349万8200円×0・14×12・297≒602万2431円
(小数点以下切り捨て)
イ 原告Aの損害 200万4550円
(ア) 原告Cの治療費 4550円
(イ) 慰謝料 100万円
原告Aは原告Cの実父であるところ,10歳という一番大切な成長期に一人娘の容貌に重大な変容が生じたことにより,精神的苦痛を受けた。固有の慰謝料として100万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用 100万円
本件訴訟をなすに当たり弁護士に委任せざるを得なくなったところ,その費用として100万円を支払う旨の約定をした。
ウ 原告Bの損害 100万円
慰謝料 100万円
原告Aと同様,固有の慰謝料を求める。
(被告の主張)
ア 原告Cの傷害は完治している。原告らは著しい醜状が残った旨主張するが,著しい醜状とは鶏卵大以上の瘢痕,長さ5センチメートル以上の線上痕,10円硬貨大以上の組織陥没をいい,単なる醜状は,10円硬貨大以上の瘢痕,長さ3センチメートル以上の線上痕をいう。原告Cの瘢痕は,7ミリメートル×7ミリメートルであり,著しい醜状に該当しないばかりか,単なる醜状にも該当しない。よって,原告Cには何ら損害が発生していない。
イ 原告Cの顔面に著しい醜状がない以上,原告A及び原告Bの精神的苦痛は損害賠償請求が認められるものではない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 前提事実,甲第3号証,第4号証の1ないし3,第5号証の1ないし3,第7号証,第9号証,乙第2号証,原告C,原告B及び被告本人尋問の各結果,検証の結果(平成14年6月12日及び同年8月23日)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 平成13年4月12日,原告Cは学校帰り,いつも通学路として使用している被告方付近に差し掛かったところ,学校で咬む犬という話を聞いていたものの,以前からかわいいので触れてみたいと思っていた被告犬に触ろうと思い,車庫に近づいた。原告Cは,車庫のシャッターが降りる付近にしゃがみ,被告犬に対して肘を軽く伸ばすように手を出した。被告犬は首にしていた紐がいっぱいに伸びた状態で,原告Cの手を2,3度なめた。原告Cは,もう少し被告犬に近づいて撫でようと思い,顔を被告犬に近づけたところ,被告犬は原告Cの鼻部付近に1回噛みついた(以下「本件事故」という。)。原告Cは,その場から下がった際少し倒れたものの,その後は被告犬から攻撃を受けることはなかった。
イ 原告Cは,その後救急車で病院に搬送され,上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の診断を受け,5針縫う治療を受けた。
(2) 前記認定事実によれば,原告Cは被告犬に咬まれたために上口唇部挫創(犬咬傷),鼻部擦過創の傷害を負ったことが認められる。
2 争点(2)について
(1) 被告は,被告犬を繋いでいた紐に関して,答弁書第2の2(4)で「本件発生後,被告が,犬をつなぐ紐を短くしたり」と記載しているが,本件事件発生後は紐を短くしていないので,答弁書の記載は事実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものとして,その自白を撤回する旨主張する。後記(2)ウによれば,本件事故時と検証時の紐は同じものであり,本件事故後に紐の長さを短くしたということはないと認められるので,被告の当初の主張は錯誤に基づくものであるといえる。よって,自白の撤回は有効である。
(2) 甲第3号証,第4号証の1ないし3,乙第2号証,第3号証,証人Dの証言,原告C及び被告本人尋問の各結果,検証の結果(平成14年6月12日及び同年8月23日)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告は,平成9年ころ,まだよちよち歩きの被告犬を拾い,それ以降車庫内で紐に繋いで飼っていた。被告犬は,車庫内で紐に繋がれた状態で被告の妻からお菓子をもらっていたところ,車庫内に入って来た近所の主婦に対して飛びかかり顔面に怪我を負わせたことがあった。
イ 平成11年ころ,被告犬は紐に繋がれて車庫内で飼われていたものの,車庫の外あたりまで出て来ていたところ,D小学校3年生であった男子生徒が被告犬をかわいいと思って手を出した際被告犬は少年の左肘付近を咬んだ。その後,被告は被告犬が車庫内から出ることのないように紐を短くし,現在に至っている。
ウ 本件事故当時,被告犬は紐がいっぱいに伸びた状態でも,車庫の外に出ることはなかった(原告Cの本人尋問の結果)ところ,検証の結果によれば紐は2・7メートルの長さでありそれを被告犬に繋いだ場合被告犬の頭部は車庫のシャッター部分から約43センチメートルのところまで来ることができるので,シャッター付近から手を差し出すことで容易に被告犬に触ることができる状態であった。
エ 車庫と公道との間は,約190ないし220センチメートルの間隔(縦幅)があり,横幅約540センチメートルの範囲の土地(検証見取図)は被告の所有地であるものの,第三者の侵入を遮断するような物はない。
(3) 前提事実,前記1(1)ア及び前記2(2)アないしエの各事実からすれば,被告犬は中型の雌犬で本件事故以前に人に怪我をさせたことが2件あり,そのうちの1件は本件と同様にD小学校の児童が被告犬に近づいて手を出したところ咬まれた事案であったこと,被告犬は外部との境となるシャッターから約43センチメートルの地点まで来ることができるので人はシャッター付近から容易に触ることができること,車庫と公道の間は被告の所有地であるとはいっても,その間には何ら遮蔽はなく,人は自由に車庫付近に近づくことができること,前記公道はD小学校の児童の通学路になっており,多くの児童が通行していることが認められる。このような事実からすれば,被告としては公道との間の私有地部分を通って第三者が車庫に近づき被告犬に手を出すことは十分予見できたといえるところ,被告犬は以前に人を咬んでいることからすれば,飼育するに際しては,単に被告犬を車庫内から出ないようにするだけでは足りず,従前起きた事故が再発しないように,つまり人,特に公道を通学路として使用しているD小学校の児童が,安易に被告犬に近づき咬まれることがないように,遮蔽を施したり,紐を更に短くする等の措置を講ずることが必要である。
ところで,被告は,車庫の外側に「犬にさわらないで下さい」と記載した看板を設置していることや被告犬は被告敷地内で飼っていることを理由に,被告犬の保管としては十分な注意を払っている旨主張する。しかし,前述のとおり,人を咬むという癖を有する犬の管理方法としては,通常以上の注意をもって管理することが求められるものであり,被告敷地内で飼っているということや看板を設置して注意喚起をすることだけでは足りず,人が被告犬に近づかないような措置まで講ずる必要があるといえる。よって,被告の主張は理由がない。
(4) 一方で,前提事実(1)及び(2),前記1(1)アの事実,原告Cの本人尋問の結果によれば,D小学校内では被告犬が人を咬む癖を有しているということは知れ渡っておりD小学校5年生であった原告Cも当然その事実を知っていたこと,車庫前の柱には「犬にさわらないで下さい」と記載のある看板が掲げられていたにもかかわらず原告Cは以前から被告犬をかわいいと思っていたので触ってみたいと思い自発的に車庫に近づきシャッター付近にしゃがんで被告犬に手を差し出したこと,原告Cは被告犬が2,3度手を舐めたのでもう少し近づきたいと思い顔を近づけたところ被告犬に鼻部付近を1回咬まれたことが認められる。このような事実によれば,原告Cは本件事故当時小学校5年生であったのであるから車庫前の柱に掲げてあった犬にさわらないようにという内容の注意書きを注視し,その内容を理解できたといえるし,また,被告犬が人を咬む癖を有する犬であるということも認識していたのであるから,被告犬に近づかないようにするか,近づくに際してはより注意深く行動すべきであったといえる。このように考えると,原告Cが不用意に被告犬に近づいて手を差し出したことが本件事故を招いた一因であったといえる。
(5) 以上によれば,本件事故の原因は,被告が咬む癖を有する被告犬に人が近づかないように遮蔽等の措置を講じていなかったこと,原告Cが咬む癖を有する犬であることを知りながら不用意に被告犬に近づいたことであったと認められるので,本件事故における原告Cと被告の過失割合は50%,50%であると考えることが相当である。
3 争点(3)について
(1) 原告Cの損害について
前提事実(4),甲第2号証,第5号証の1ないし3,第6号証の1及び2によれば,原告Cは平成13年4月12日から同月23日までの間(実日数8日)病院で通院治療を受けて傷害は治癒したこと,上口唇部は7ミリメートル×7ミリメートルの範囲で瘢痕化し隆起があり,知覚障害等はないが美容上異和感がある旨診断されたことが認められる。
ア 傷害慰謝料
治癒までの通院期間は12日(実日数8日)であるところ,傷害部位が顔面であったことを考慮すると,傷害慰謝料は15万円が相当である。原告Cは著しい精神的苦痛を受けその慰謝料は150万円と主張するが,通院実日数から考えるとその主張を認めることはできない。
イ 後遺障害の有無
原告Cの上口唇部は7ミリメートル×7ミリメートルの範囲で瘢痕化し隆起しているものの,後遺障害等級第12級14号として認められる外貌の醜状という程度は,顔面部では,10円硬貨大以上の瘢痕又は長さ3センチメートル以上の線上痕が残った場合で人目に付く程度以上のものをいうところ,原告Cの上口唇の傷はそれに該当する瘢痕とは認められない。
ところで,原告らは,原告Cの上口唇部の傷が後遺障害等級第12級14号に該当しない場合でも,第13級あるいは第14級に該当する旨主張する。しかし,第14級の例として,「1眼のまぶたの一部に欠損を残し又はまつげはげを残すもの」(1号),「局部に神経症状を残すもの」(10号),「男子の外貌に醜状を残すもの」(11号)が挙げられるところ,これと比較した場合,原告Cの傷の程度は軽く,第14級にも該当しないといわざるを得ず,後遺障害が生じていると認めることはできない。
よって,原告Cには後遺障害は認められないので,後遺症慰謝料及び後遺症逸失利益は認められない。
(2) 原告Aの損害について
ア 原告Cの治療費
前提事実によれば,原告Cの本件事故による治療費4550円は実父である原告Aが負担していることが認められる。
イ 慰謝料
実子に重度の後遺障害が生じた場合には,実親にも固有の慰謝料が認められるものの,本件では原告Cに後遺障害が生じていないので,原告Aの固有の慰謝料は認められない。
(3) 原告Bの損害について
原告Cには後遺障害が生じていないので原告Bの固有の慰謝料は認められない。
4 まとめ
以上によれば,原告Cの損害は15万円,原告Aの損害は4550円であるところ,本件事故における原告Cの過失は50%であるから,それぞれの損害額は7万5000円,2275円となる。本件訴訟の弁護士費用については,原告Aが負担している(弁論の全趣旨)ところ,本件事故と因果関係のある損害は認容額7万7275円の10%程度と認められるので,その額は7700円となる。
よって,最終的に原告Cの損害は7万5000円,原告Aの損害は9975円となる。
第4 結論
よって,原告らの請求は,原告Cの請求の内7万5000円,原告Aの請求の内9975円の限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却する。
松江地方裁判所浜田支部
裁判官 横 山 巌
犬のマラソン大会会場の公園で1審被告の飼育する犬にかまれて傷害を負った1審原告の過失割合を2割とした1審判決を維持した事例(名古屋高判平成15・9・4平成15(ネ)362)
原審: 名古屋地方裁判所
原審事件番号:平成13(ワ)4539
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主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は1審原告の負担とする。
事実及び理由
(以下,略語は原判決に準ずる。)
第1 当事者の求めた裁判
1 1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,204万5865円及びこれに対する平成12年3月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも1審被告の負担とする。
2 1審被告
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,1審原告が,1審被告に対し,同人が飼育する本件犬(バーニーズマウンテンドッグ,名はラックス)に右手を咬まれて傷害を負った本件事故につき,民法718条1項本文の不法行為に基づき,1審原告の被った損害の一部及び遅延損害金(不法行為の日から年5分)の支払を求めたのに対し,1審被告が同項但書の免責(相当な注意をもって保管したこと)及び過失相殺を主張し,損害を争った事案である。
原審は,1審被告主張の免責を認めなかったが,1審原告主張の損害のうち後遺障害等を認めず,1審原告に2割の過失を認めて過失相殺をし,その請求の一部を認容するに止めたので,1審原告が主に過失相殺の判断に不服があるとして控訴し,原審で認容されなかった部分のうち後遺障害に基づく損害等にかかる主張を撤回して同部分の訴えを取り下げ,不服の範囲を上記第1の1(2)の限度とした。
なお,原審以来の1審原告主張の損害額,同請求額及び同認容額等は別紙「1審原告主張等の損害額の推移」のとおりである。
2 争いのない事実等及び争点は,次のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1及び2のとおりであるからこれを引用する。
原判決2頁2行目の「午前11時50分ころ,」の次に「愛知県海部郡立田村大字番地所在国営木曽三川公園内において,」を加え,3頁24行目から4頁4行目までを削り,5行目の「キ」を「カ」と,同行と6行目の各「40万円」をいずれも「20万円」とそれぞれ改め,13行目及び14行目を削る。
第3 争点に対する当裁判所の判断
1 当裁判所も,1審被告が主張する民法718条1項但書の免責は認められず,1審原告の損害は原審が認容する範囲で認められ,同人に2割の過失相殺をするのが相当であると判断する。その理由は,当審での主張を踏まえて次のとおり改め,当審での過失相殺に関する主張に対する判断を次項に加えるほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 判断」のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決5頁15行目の「書面」を「書面(甲8)」と,6頁17行目から18行目にかけての「原告は,自宅から持参したフランスパンを渡して挨拶をしていたところ,」を「1審原告は,フランスパン(長さ約25センチメートルのもの約20本)を白い袋3つに入れて持参し,これを知り合いの人達へあいさつ代わりに配って歩いていたところ,」と,7頁11行目の「半径約3メートルの円」を「半径約2メートルの円」と,15行目の「原告には」から16行目までを次のとおり,それぞれ改める。
「大型のパンを多量に携行してこれを配っていた1審原告としては,犬の興味を惹きやすい行動を取っていることを自覚し,犬の行動範囲に入らず,入る場合は細心の注意を払うべきであったのにこれを怠ったものといわねばならないから,同人には本件事故発生につき2割の過失があると認めるのが相当である。」
(2) 原判決7頁26行目から8頁1行目にかけての「この費用と本件事故との間には相当因果関係があるものとは認められないが,」を削り,3行目の「被告は,」から4行目までを「同事実を考慮すれば,上記子犬の預け費用も本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。」と改める。
(3) 原判決8頁18行目から19行目にかけての「かつその間の収入が減少していることは前記のとおりであって,」を「前記のとおり,本件事故の年の所得が前年の所得に比べ101万円減少していること等も踏まえると,」と改め,24行目から9頁21行目までを削り,22行目の「(7)」を「(6)」と,同行の「なるところ,」を「なる。」と,10頁1行目の「(8)」を「(7)」とそれぞれ改める。
2 過失相殺について
(1) 1審原告は,当審において,①本件犬には咬み癖があったから,1審被告は本件犬をゲージに入れるか,口輪をはめるなどして管理すべきであったのに,それを怠ったこと,②1審被告は本件犬が人に咬みつかないよう十分に訓練することを怠っていたこと,③1審被告は,咬み癖のある大型の本件犬を2メートル近いリード線に繋いで直径4メートルの範囲で行動できる自由を与えていたのだから,本件犬の行動に十分な注意を払うべきであったのに,本件犬がAの子供の衣服を咬んで脱がせ,Bの軍手に咬みつこうとしたことに気付いていなかったものであり,本件犬の行動に注意を払っていなかったこと,④1審原告は,1審被告宅を訪問して本件犬の行動圏内へ入ったのではなく,公衆が自由に往来できる公園内を歩いていたに過ぎないこと等に鑑みると,1審原告に2割の過失があるとした原審の判断は不当であると主張する。
(2) しかし,上記①ないし③については,本件犬が人の着衣に咬みついたことはあったが,本件事故以前に人を咬んで傷害を与えた事実を認める証拠はなく,1審被告において,本件犬をゲージに入れて管理すべき義務まであったとはいえない。また,上記④については,1審原告において,公衆が自由に往来できる公園内を歩いていたとはいえ,当日は公園内で犬のマラソン大会が開かれ,本件犬の周囲には犬を連れた参加者や見物人らが20人ほども集っていたのであり,1審原告自身も本件犬と同種の犬を飼う愛犬家として同好会の仲間と共に大会の見物に来ていたのであるから,1審原告は,本件事故時の公園内の多数の犬の状況を認識していたはずであり,単に公園内を散策する公衆とは異なる立場にあったというべきであるし,しかも大型のパンをたくさん入れた白い袋を持ち,パンの匂いを立たせるなどして犬の注意を惹く状況となっていたのであるから,本件犬の行動圏内へ入るには十分注意すべきであったのにそれを怠ったものといわざるを得ない。
1審被告の本件犬に対する訓練が不十分であったことは本件事故の結果から推認されるところであり,本件犬が着衣に咬みつく癖のある大型犬であったことに鑑みると,1審被告としては,本件犬に口輪をはめておくなり,常時その行動に注意を払っておくなりすべきであったのに,これを怠ったものということができるところ,1審被告のこの過失と対比すると,1審原告の上記過失が2割を占めるとするのはやむを得ないものといえる。したがって,この点に関する1審原告の主張は採用できない。
第4 結論
よって,原判決のうち1審原告の請求を棄却した部分(当審で取り下げられた部分を除く。原判決中の同部分は同取下げにより失効した。)は相当であり,1審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴費用を1審原告に負担させることとして,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第1部
裁判長裁判官 田 村 洋 三
裁判官 小 林 克 美
裁判官 佐 藤 真 弘
「犬の放し飼いは禁止」との掲示ある公園内の通路を自転車で走行中に、手綱をつけていなかった大型犬(ゴールデンレトリバー)と衝突し転倒して骨折等の傷害を負った事例(東京地裁平成15・1・24)平成14(ワ)14626
原審:名古屋地方裁判所
原審事件番号:平成13(ワ)4539
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平成15年1月24日判決言渡 同日判決原本交付 裁判所書記官
平成14年(ワ)第14626号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年12月13日
判 決
主 文
1 被告は、原告に対し、金82万2580円及びこれに対する平成13年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し,その1を原告の,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は原告に対し,金111万3046円及びこれに対する平成13年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
第2 当事者の主張
1 請求原因事実
(1) 原告は,平成13年12月2日午後4時15分頃,i 区a丁目にあるb公園(以下「公園」という。)内の通路を自転車に乗って通行していたところ,突然公園内から被告所有の大型犬が飛び出してきて,原告の自転車と衝突した。
(2) 飼い犬を公園内で際歩させる際には,むやみに犬が飛び出さないように手綱を付けるなどの必要な注意を払うべきところ,被告は,公園内で飼い犬に手綱をつけずに公園内を自由に走らせるなど放任した結果,(1)の衝突を起こしたものである。
(3) このため,原告は自転車とともに転倒し,左大腿骨骨折などの傷害を受け,同月3日から平成14年1月22日まで通院して治療を受けた。これにより生じた損害は以下のとおりであり,その合計は,111万3046円であるる。
ア 治療費 1万2270円
イ 慰謝料 50万円
原告は,上記傷害の治療のため,上記期間通院して治療を受けた。この期間中は,痛みから日常の歩行や日常生活の制限を受けた。また,被告は,治療費すら支払おうとせず,原告の請求に対しても誠実に対応していない。これらの事情を考慮すれば,その精神的苦痛に対する慰謝料は,50万円が相当である。
ウ 休業補償 40万0776円
原告は主婦であるが,上記傷害のため上記治療期間中,主婦として満足に家事に従事することはできず,主婦としての労働は著しく制限された。平成12年度の賃金センサス女子労働者65歳以上の平均年収は286万8300円である。
計算式:2868300÷365×51=400776
エ 弁護士費用 20万円
(4) よって,原告は,被告に対して,民法709条及び718条の不法行為に基づく損害賠償請求として,金111万3046円及び不法行為日である平成13年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める。
2 請求原因事実に対する認否・反論
(1) 請求原因(1)のうち,原告が,公園の通路を自転車に乗って通行していたことは認めるが,被告所有の大型犬と衝突したことは否認する。
なお,被告が通行していた通路は,自転車は乗り入れ禁止の通路である。
(2) 請求原因(2)は,否認する。
被告は,直前まで手綱をもっていたが,犬が驚いて逃げ出したものであり,自由に公園内を走らせていたものではない。
(3) 請求原因(3),(4)は,知らない。
第3 証拠
書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。
理 由
1 請求原因(1),(2)について
(1) 甲4号証及び原告本人尋問の結果によれば,平成13年12月2日午後4時15分頃,原告が,公園内の通路を自転車で走行中に,手綱をつけていなかった被告所有の大型犬(ゴールデンレトリバー)が原告の自転車に衝突して,原告が転倒した事実が認められる。
なお,被告は,原告が自転車で走行していた通路は,自転車での通行が禁止されていたと主張するが,甲3,4号証によれば,この通路はサイクリングコースと表示されていたことが認められる。また,甲3,4号証及び原告本人尋問の結果によれば,公園には,被告の他にも犬を連れてきている人が多くいたことが認められるが,公園内には「犬の放し飼いは禁止です」との掲示板があったことが認められる。
(2) 被告は,犬が驚いて逃げ出したので衝突したと主張するが,甲3,4号証及び原告本人尋問の結果によれば,衝突地点は,原告が公園内に進入して間もないところであったと認められ,原告が被告の所有する犬を驚かしたものとは認められないから,仮に被告の主張のとおりとしても,これにより被告の責任が軽減されることはない。また,被告が,その所有する犬を公園内で自由に走り回らせていたかは不明であるが,動物の占有者は,動物の種類及び性質に応じて相当の注意をもって保管したことを証明しない限り,その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を免責されないから,手綱をつけていなかったと認められる以上,本件において被告の責任が免責されることはない。
(3) よって,請求原因(1),(2)は認められる。
2 請求原因(3),(4)について
(1) 甲1,4号証及び原告本人尋問の結果によれば,原告は,上記衝突により転倒して,頸椎捻挫,左大腿骨骨折,左肘挫傷の傷害を負い,これにより,平成13年12月3日からA整形外科に通院し,平成14年1月22日に上記傷害は治癒したことが認められる。
(2) 甲2号証の1ないし9,4号証及び原告本人尋問の結果によれば,事故後約2週間は自宅でゆっくり静養しており,家事は原告の夫が行っていたが,事故後1週間で,通院は病院が自宅に近いこともあり,自転車で行くようになったこと,事故後平成13年12月21日までに7回通院したが,その後は平成14年1月22日及び同年2月28日に通院したのみであること,普通の生活は事故後2週間程度たった後から可能になり,正月明けには家事などを行える程度にまで快復したことが認められる。
この事情に基づき,原告に生じた損害を算定すると以下のとおりであると認められる。
ア 治療費
甲2号証の1ないし9によれば,1万2270円であることが認められる。
イ 休業補償
上記の認定によれば,原告は,平成13年12月3日から平成14年1月22日までの間,この期間全体を通してみれば,その労働能力の4割を喪失したものと認めるのが相当である。よって,休業補償の額は16万0310円であると認められる。
計算式:2868300÷365×51×0.4=160310.4(小数点以下切り捨て)
ウ 慰謝料
上記の認定及び事故後被告が謝罪を十分にしてこなかったことを考慮すれば,慰謝料額としては50万円が相当である。
エ 弁護士費用
本件と相当因果関係のある弁護士費用は,15万円であると認められる。
(3) 以上によれば,被告が原告に賠償すべき金額は82万2580円である。
3 以上の次第で,原告の請求は,82万2580円及びこれに対する本件不法行為日である平成13年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があり,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言につき259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所 民事第48部
裁判官 鳥 居 俊 一
散歩させていた犬(ゴールデンレトリーバー)が右下肢に衝突し転倒、顔面、胸背部、四肢外傷及び顔面骨骨折、脛骨高原骨折等の傷害を負ったとして、動物の占有者の責任に基づく損害賠償を請求した事案 [一部認容:約1900万円の損害賠償請求が認められた事例](東京地判平成14・2・15 平成13(ワ)365
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主文
1 被告は,原告に対し,金1903万1968円及びこれに対する平成13年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1,3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,金2720万2975円及びこれに対する平成13年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告が散歩させていた犬が,原告の右下肢に衝突し,原告に傷害を負わせたとして,動物の占有者の責任に基づき,損害賠償を請求している事案である。
1 争いのない事実等
(1)ア 原告(昭和30年3月5日生)は,特殊法人である国際交流基金により研究者として中国から日本に招へいされたAの妻であり,原告とAは,平成12年9月1日,来日した。原告は,中国において,甲大学乙学院に実験師として勤務していた(争いのない事実)。
イ 被告は,ゴールデンレトリーバーの成犬シンボリ(約30キログラム)と幼犬キングを飼育しており,平成12年9月3日,東京都S区ab丁目所在のT公園(以下「本件公園」という。)において,2頭を遊ばせていた(争いのない事実,乙1の1及び2,被告本人)。
(2) 原告は,平成12年9月3日午前6時30分から50分ころの間,本件公園において,転倒し,顔面,胸背部,四肢外傷及び顔面骨骨折,脛骨高原骨折等の傷害を負った(以下「本件事故」という。)(争いのない事実,甲4)。
2 争点
(1) 原告が,前記1(2)のとおり転倒したのは,被告が占有するシンボリが原告に衝突したためであるか。
(2) 原告の損害額
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
以下の各事実にかんがみると,原告が前記1(2)のとおり転倒して傷害を負ったのは,被告が占有するシンボリが原告の右下肢に衝突したためである。
ア 被告は,本件事故当時,本件公園において,テニスボールを投げてシンボリに取ってこさせていたところ,本件公園には,他にテニスボールを投げていた飼い主はいなかった。
イ 原告は,本件事故により,右膝に,右脛骨高原骨折の傷害を負ったのであり,かかる傷害は,右下肢に強い外力を受けることによって生じると考えられるから,何かが原告の右膝に衝突したと考えられる。
ウ 本件事故後,現場に来た警察官は,周りにいた人から事情を聴取した後,被告を加害者であると判断して,被告にのみ氏名及び住所を紙に書かせ,これをAに対して手渡した。
エ 被告は,本件事故後,救急車に同乗して原告及びA(以下,これらを総称して「原告ら」という。)と共に丙大学医学部附属病院(以下「丙病院」という。)に赴き,また,原告が平成12年9月5日に入院する際,丙病院に対する治療費の支払について,保証人となった。
オ 被告は,本件事故後,Aらと,被害弁償に関する話合いを行い,被告は,その席上で自らの責任を認める発言をしていた。
(被告の主張)
以下の各事実にかんがみると,原告が前記1(2)のとおり傷害を負ったのは,シンボリが原告に衝突したためであるとはいえない。
ア 原告の転倒した位置は,シンボリが被告の投げたテニスボールを取りに走っていた線上から2,3メートル離れていたので,原告は,シンボリと衝突して転倒したのではない。
イ 本件事故当時,本件公園には,シンボリ以外にもゴールデンレトリーバーが数頭いたのであるから,シンボリ以外のゴールデンレトリーバーが原告に衝突したり,原告を驚かせて転倒した可能性がある。
ウ 原告は,後方に宙返りするように一回転してうつ伏せに倒れたが,シンボリの体重は,約30キログラムであったから,原告の横から原告に衝突したとしても,せいぜい原告を横に転倒させられるだけである。
エ 被告は,本件事故当時既に定年退職をしており,時間に余裕があったから,病院に向かう原告らの救急車に同乗したにすぎないし,丙病院に対する治療費の支払についての保証人になったのも,Aから「お父さんになってほしい」と言われたからにすぎず,被告に責任があることを前提としていたためではない。また,被告は,被害弁償について,Aから,原告が傷害保険に加入していると聞いたので,一時的に立て替えてもよいと考えて治療費についてのみ話合いをしたもので,責任を認めた上での話合いをしたわけではない。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
ア 原告は,本件事故により,以下のとおり計2720万2975円の損害を被った。
(ア) 入院治療費
平成12年9月5日から平成13年1月12日まで602万1040円
(イ) 入院雑費
入院期間132日,1日1500円
19万8000円
(ウ) 付添看護費
原告は,日本語を話せなかったので,Aが,入院期間中,毎日原告に付き添っていた。
入院期間132日,1日7800円
102万9600円
(エ) 付添交通費
Aは,前記(ウ)のとおり,入院期間中,毎日原告に付き添っていた。1日当たりの交通費は,自宅から高田馬場駅までのバス代170円,高田馬場駅から板橋駅までの電車代150円,板橋駅から丙病院までのバス代210円,丙病院から王子駅までのバス代210円,王子駅から高田馬場駅までの電車代210円,高田馬場駅から自宅までのバス代170円の計1120円であり,入院期間は132日間であった。また,入院当日である9月5日及び原告の手術の日である同月13日には,Aはタクシーを利用し,それぞれ,2850円,3600円を支出した。
15万4290円
(オ) 通院治療費
平成12年9月3日及び平成13年1月25日から8月28日まで計24回70万4360円
(カ) 通院交通費
24日,1日1120円 2万6880円
(キ) 通院付添費
原告は,眼球運動障害のため複視が残っており,右脛骨高原骨折のため右膝痛,右膝関節可動域制限が残っていたため,1人で歩くことが不可能であった。そのため,Aが,原告の通院に付き添う必要があった。通院日数24日,1日3900円 9万3600円
(ク) 通院付添交通費 24日,1日1120円 2万6880円
(ケ) リハビリ用品 3万9320円
(コ) 国際通話料
原告及びAは,原告が入院したため,傷害の回復状況等について,中国在住の原告の両親や,原告らの息子のCと連絡を取り合った。
3万6622円
(サ) 国際渡航費等
Cは,原告を見舞うため,東京を訪れたところ,成都上海往復の航空運賃として2600元,上海東京往復の航空運賃として8207元,飛行機保険として合計30元,中国における空港税として230元,日本入国時のビザ手数料として230元,上海における宿泊費として323元,上海における電話代として13元,中国における交通費として1001元,領収書郵送料として120元の総計1万2854元(1元=14.11円として,約18万1370円)と,日本国内において,成田空港の空港税として2100円,国内交通費として1万1610円,宿泊費として4410円の合計1万8120円の費用を支出した。
19万9490円
(シ) 休業損害
原告は,日本において,家事に従事する予定であったところ,入院期間である132日と通院した日である24日間は,家事に従事することができなかった。
156日,1日9364円 146万0784円
(ス) 入通院慰謝料
345万8000円
(セ) 逸失利益
原告には,本件事故により,眼球運動障害,眼窩下神経麻痺,左顎関節痛,両咬筋痛,咬合不全,右膝痛,右膝関節可動域制限等の後遺障害が残存している。これらの後遺症は,少なくとも10級に該当し,労働能力喪失率は30パーセントである。他方,原告の中国での収入は年収6万6320元(1元=14.11円として,約93万5775円)であった。そして,労働能力喪失期間は22年間である。
369万5281円
(ソ) 後遺症慰謝料
前記(セ)のとおり,原告の後遺症は10級に該当するから,慰謝料は500万円を下らない。
500万0000円
(タ) 将来の治療費
52万5000円
(チ) 弁護士費用
453万3828円
イ 保険会社からの支払
原告は,住友海上火災保険株式会社(以下「住友海上」という。)との間で,海外旅行傷害保険に加入しており,住友海上は,原告に対し,同保険契約に基づき,39万9634円を,丙病院に対し,同保険契約に基づき,195万9590円をそれぞれ支払った。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1)ア まず,本件事故の状況について検討する。
(ア) 原告は,シンボリが原告の右下肢に衝突したため,原告は転倒して傷害を負ったと主張し,原告本人は,本件事故の状況について,目の前を右から左にテニスボールが通り過ぎていき,次に,水で濡れたような犬が通り過ぎていった後,視線を右に戻したところ,黄色い大きな犬が視界に入ってきて,自分に衝突したと陳述(甲20)ないし供述し,証人Aは,本件事故の状況について,目の前を右から左にテニスボールが通り過ぎていき,次に,黄色い大きな犬が,原告の右膝辺りに衝突して,鈍い音がして,犬は一声吠え,原告は足をすくわれるようにして一回転してうつぶせに倒れたと陳述(甲1,19)ないし証言している。
(イ) 他方,被告は,シンボリが被告に衝突したことはないと主張し,被告本人は,テニスボールを投げてシンボリを遊ばせていたが,シンボリに追いかけさせるためのテニスボールは,原告らよりもかなり前を通るように投げ,シンボリは,ボールを追いかけて直線的に走っており,原告が転倒した直後もボールを追いかけていたこと,原告が転倒した地点は,テニスボールが通った線よりも後ろの方であったし,原告が転倒を始めたところは見ていないが,途中から両足をそろえて後ろに宙返りして,うつ伏せに地面に落ちたのは見ており,鈍い音や犬の悲鳴は聞いていないことから,原告は,シンボリと衝突して転倒したものではなく,シンボリが原告の前を走り去るのを見て驚いて転倒したか,故意に転倒したものであると陳述(乙2)ないし供述し,証人Bは,原告が転倒した地点とテニスボールが通った地点は離れており,シンボリが走っていった直線と原告が転倒した地点とは重なるようには見えず,衝突した音や犬の悲鳴は聞こえなかったし,また,原告が転倒を始めたところは見ていないが,後ろ向きに宙返りを始めてうつ伏せに着地したところは見ており,そのとき,原告の周りにはシンボリ以外の犬はいなかったと陳述(乙3)ないし供述している。
イ そこで,以上の供述等を検討する。
(ア) 原告は,両足を高くあげて体が宙に浮いた状態から転倒して顔面を強打した結果,顔面,胸背部,四肢外傷及び顔面骨折,脛骨高原骨折等の重大な傷害を負ったこと(前記第2,1(2)の事実,証人A,同B,被告本人),その受傷状態は「瞬時に下肢(特に軸足)に強い外力を受け防禦反射ができない速度で顔面も打撲したと推定される」旨の医師の意見書が存在すること(甲16)からすると,原告は,その右足に強い外力が加わって足をすくわれた状態になって転倒したことが推認される。
(イ) 原告本人の本件事故状況に関する供述は,原告が他の犬に目をやり直前までシンボリに気付かず歩いていたところ,体重約30キログラムのゴールデンレトリーバーの成犬であるシンボリが勢いよく走りながら原告の右足に側面から衝突したというものであり,上記の受傷状況と合致するものであるし,証人Aは,原告と連れ立って,その右側を1歩下がって歩いている状態の至近距離で本件事故を目撃したものであり(甲19,証人A,同B),その証言内容は,前記(ア)の受傷状況や原告本人の供述とも合致するものであるから,証人Aの証言及び原告本人の供述は,十分信用することができる。
また,原告が転倒した際に,シンボリが被告の投げたテニスボールを追って,原告の側を駆け抜けていったこと自体は,いずれの証言及び供述において合致しており,その事実が認められるところであり,証拠(証人B,被告本人)によれば,原告が転倒した当時,他の犬は原告の周りにはいなかったことが認められ,本件全証拠によるも,他に本件公園内を夫と散歩中だった原告が激しく転倒する原因となる事情も認められない。
(ウ) 一方,被告は,原告から約25メートル離れた位置にいて,原告が本件公園に入ってくるところと,その後原告の体が宙に浮いて転倒するところを見ているが,その間,原告から目をそらして周辺の状況を見ており,原告が転倒を始めた時点の状況を目撃していない(被告本人)ことからすると,シンボリが原告に接触していないことに関する被告本人の供述は,直ちに採用できない。また,証人Bにおいても,原告から10メートルないし15メートル離れた地点で,飼い犬の引き綱を外して足下で遊ばせながら知人と立ち話をしており,原告の転倒状況について,原告が宙に浮いて地面に落ちたところは見ているが,原告が転倒を始めた時点の状況を目撃していないし,シンボリが原告に接触せずに側を駆け抜けるところを目撃したものでもない(証人B)から,シンボリの走行位置と原告との距離等に関する証言は直ちに採用できない。さらに,証人B及び被告本人は,原告が犬とぶつかった衝突音や犬の悲鳴を聞いていないと証言ないし供述するが,前記に認定した,原告と被告及びBとの位置関係,被告やBが原告の方を注視しておらず,また,関心も払っていなかったことからすると,人と犬がぶつかった衝突音やその際の犬の鳴き声などに気付かなかったとしても不自然とはいえず,これらの証言ないし供述も衝突の事実を否定するに足りるものではない。
(エ) 以上の検討によれば,被告の投げたテニスボールを追いかけていたシンボリが,原告の右下肢に衝突したことにより,原告は転倒したと認めることができる。
(2)ア 次に,本件事故後の状況について検討するに,証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件事故後,通報を受けて本件公園に赴いた警察官は,現場にいた人々から本件事故について事情を聴取した上,被告に対してのみ,氏名,住所及び電話番号を書くよう求め,Aに対し,被告が氏名,住所及び電話番号を書いたメモを手渡した(甲1,17,19,証人A,被告本人)。
(イ) 原告らは,本件事故の目撃者が呼んだ救急車に乗り丙病院へ向かったが,被告は,原告とAの乗った救急車に同乗し,一緒に丙病院へ行った(甲1,19,22,乙2,証人A,原告本人,被告本人)。
(ウ) 被告は,丙病院の受付の職員から,事故の原因について質問されて,犬に噛まれたのではなく,足をすくわれた旨を答えた(甲1,19,証人A,被告本人)。
(エ) 原告ら及び被告は,丙病院での診察を終え,被告が呼んだタクシーでAが当時居住していたW大学の宿舎へと向かった。被告は,原告がAに背負われて3階にある原告らの部屋へ階段で戻る際,原告の体を支えるなどして手伝い,また,平成12年9月3日午後4時ころ,被告宅からテレビや炊飯器等をAの部屋に持ってきた(甲1,19,乙2,証人A,被告本人)。
(オ) 被告は,同月5日,原告の容態が悪化したため,原告に同行して,丙病院に行き,原告が同日入院するに際し,丙病院に対して,治療費等の支払について連帯保証をした(甲1,5,19,乙2,証人A,被告本人)。
(カ) 被告は,原告が入院した後,数回,丙病院に原告を見舞った(甲1,14,19,乙2,証人A,原告本人,被告本人)。
(キ) A,国際交流基金のM及び原告が加入していた保険会社の担当者は,被告と,同月26日及び同年10月24日,本件事故に関して話合いを持った。被告は,同年10月24日の話合いの場において,犬の保険(賠償保険)には加入していないこと,原告の損害のうち,原告の保険で填補できない分については,被告が支払うべきこと,原告らが中国に帰る前に支払を済ませたいことなどを述べた。そして,被告は,その話合いの状況について録音し,原告に対し,同年11月11日,同録音を反訳したものを手渡した(甲18,19,21,乙2,証人A,被告本人)。
イ 前記アに認定した事実によれば,被告は,本件事故後,自らの飼い犬であるシンボリが原因で,本件事故が発生したことを前提とする行動をとっていたものと認められる。
ところで,被告本人は,シンボリが原告にぶつかったとは考えておらず,もしかしたら原告を驚かせたために本件事故が発生したのではないかと考えていたから,警察官に対し氏名,住所及び電話番号を渡し,退職していて時間に余裕のあったこともあって,原告らが病院に向かう救急車に同乗したのであり,また,Aから「お父さんになってほしい」と言われて,原告の入院の際にも連帯保証人となったのであるし,本件事故後のAらとの交渉も,決して自分に責任が存在することを前提としたものではなく,原告に保険が下りるまでの間の治療費を立て替えることについて交渉しようとしていたのに,原告の請求が慰謝料等も含む,被告の責任を前提とするものとなっていったために,Aらとの交渉を打ち切ったと陳述(乙2)ないし供述している。
しかし,原告の入院の際に,連帯保証人となった経緯についての被告の陳述ないし供述は不合理であるから信用することはできないし,前記ア(キ)に認定したAらと被告との交渉における被告の発言をみると,被告が,自らが賠償責任を負うことを前提としていることは明らかであり,被告本人の前記供述は信用できず,被告は,当初,シンボリが原因となって本件事故が発生したと考えた上で対応していたのに,原告からの請求額が予想以上に大きくなりそうなことを危惧し,前記(1)イ(ウ)のとおり,自本件事故の状況そのものについては見ていなかったこともあって,シンボリが原因ではないという態度を取るようになったものと推認される。
ウ 以上によれば,本件事故後の状況については,前記(1)のとおりのシンボリが原告に衝突したという認定と矛盾しないばかりか,同認定を裏付けるものと評価することができる。
(3) よって,被告は,原告に対し,動物の占有者の責任に基づき,損害賠償責任を負うものというべきである。
2 争点(2)について
(1) 原告の入通院状況及び後遺症について,証拠によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,本件事故日である平成12年9月3日,丙病院に通院した(甲1,19,20,乙2,証人A,原告本人,被告本人)。
イ 原告は,顔面,胸背部,四肢外傷及び顔面骨骨折,脛骨高原骨折等の傷害により,平成12年9月5日から平成13年1月12日までの130日間,丙病院に入院した(甲6(枝番含む,以下同じ。),23(枝番含む,以下同じ。))。
ウ 原告は,丙病院から退院した後,同月25日,2月8日,同月22日,3月1日,同月8日,同月22日,4月5日,同月16日,同月26日,5月10日,同月24日,6月7日,同月21日,同月28日,7月5日,同月12日,同月19日,同月26日,8月2日,同月8日,同月20日,同月23日,同月27日,同月28日の24日間,丙病院に通院した(甲24,25(枝番含む,以下同じ)。)。
エ 原告は,同年7月12日時点においてその症状が固定し,眼球運動障害による上方視での複視の後遺症,右頬骨及び両上顎骨骨折による外傷性顎関節症に伴い,自覚症状として右頬部のしびれ及び頭痛,他覚所見も伴うものとして咬筋部の疼痛,右眼窩下神経麻痺,左顎関節痛及び咬合不全の後遺症,右脛骨高原骨折に伴う右膝内部の可動域制限(他動で健側160度,患側110度,自動で健側135度,患側80度)の後遺症が,それぞれ残存している。特に,原告は,咬合不全,左顎関節痛及び咬筋部の疼痛により,固い肉や生野菜を食べることができず,御飯は柔らかく炊いて食べている(甲30(枝番含む,以下同じ。),原告本人)。
(2) 以上の事実を基に,原告の損害額について検討する。
ア 入院治療費
証拠(甲6,23,26)によれば,原告は,前記(1)イの入院に際し,計602万1040円の入院治療費を要したことが認められ,同金額は,本件事故による損害となる。
イ 入院雑費
入院雑費は1日1300円が相当であり,前記(1)イのとおり,原告は130日間入院しているから,16万9000円が,本件事故による損害となる。
ウ 付添看護費
本件全証拠によるも,丙病院は完全看護の体制をとっていないことや,原告には付添いを必要とする医師の所見があることは認められないが,証拠(証人A,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は来日してまもなく本件事故によって丙病院に入院することを余儀なくされ,日本語が理解できなかったため,日本語ができるAが,原告の入院期間を通して付添いをしたことが認められる。これらの事情によれば,日本語ができるAの付添看護が必要であったと認められ,以上の事情を考慮してその付添看護費は1日3000円と認めるのが相当であるところ,前記(1)イのとおり,原告の入院日数は130日であるから,39万円が,本件事故による損害となる。
エ 付添交通費
前記ウのとおり,原告の入院に当たって,Aの付添いが必要であった。原告は,平成12年9月5日及び同月13日はタクシーを利用したと主張するが,Aにおいて原告の手術の日である同月13日にタクシーを使う必要があったとは認められないから,タクシー代については原告の入院日である同月5日分のみが,本件事故による損害となる。そして,証拠(甲32の4,6)及び弁論の全趣旨により,1日の交通費は1120円,9月5日のタクシー代は2850円であると認められから,入院日数130日のうち,9月5日分を除いた129日分と,9月5日のタクシー代2850円を併せると,14万7330円が,本件事故による損害となる。
オ 通院治療費
証拠(甲26)によれば,原告は,通院治療費として70万4360円を要したことが認められ,同金額が,本件事故による損害となる。
カ 通院交通費
証拠(甲32の4)及び弁論の全趣旨により,1日の通院交通費は1120円と認められ,前記(1)ウのとおり,原告は,24日間通院しているから,2万6880円が,本件事故による損害となる。
キ 通院付添費
前記ウのとおり,原告は日本語を解さず,Aは理解できること,前記(1)エのとおり原告には後遺症が残存しており,一人で通院するのは困難であることが認められ,これらの事情によれば,原告の通院に際しては,Aが付き添う必要があるところ,1日の通院付添費は1500円が相当であるから,3万6000円が,本件事故による損害となる。
ク 通院付添交通費
前記カキのとおり,原告の通院には,Aの付添いが必要であり,1日の交通費は1120円であるから,2万6880円が,本件事故による損害となる。
ケ リハビリ用品
証拠(甲7(枝番含む,以下同じ。),27)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,リハビリ用品代として,3万9320円を支出したことが認められ,同金額が,本件事故による損害となる。
コ 国際通話料
証拠(甲8(枝番含む,以下同じ。),29)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,国際通話料として3万6622円を支出したことが認められるが,原告には夫であるAが付き添っていたことを考えると,国際通話料の支出が,本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。
サ 国際渡航費等
証拠(甲9ないし13(枝番含む,以下同じ。),19,証人A,原告本人)によれば,原告らの17歳の息子であるCが,原告を見舞うために東京へ訪れたことが認められるが,原告には,夫であるAが付き添っていたこと,前記(1)イに認定した本件事故による原告の傷害は,命にかかわるほどであったとまで認めるに足りる証拠がないことに照らし,Cが原告の見舞のために東京を訪れた渡航費等は,本件事故と相当因果関係がある損害とまでは認められない。
シ 休業損害
原告は,日本において,主婦として稼働する予定であったが,本件事故日である平成12年9月3日から,退院の日である平成13年1月12日までの132日間と,退院後通院した24日間の合計156日間について,休業していたと認められ,平成12年賃金センサス第1巻第1表・産業計・企業規模計・女性労働者・学歴計・全年齢の年収額349万8200円を基礎に156日の休業損害を算定すると149万5121円となる。
3,498,200.365×156=1,495,121(1円未満切捨て)
ス 入通院慰謝料
前記(1)イウに認定したとおり,原告は,130日間入院し,約7箇月半にわたって24日間通院しているから,入通院による慰謝料としては,200万円が相当であり,同金員が,本件事故による損害となる。
セ 逸失利益
原告は,前記(1)エに認定したとおりの後遺障害を有しており,上方視で複視が生ずるのは自動車損害賠償保障法施行令第2条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害等級」という。)14級に,顔面の骨折による外傷性顎関節症に伴い,右頬骨のしびれ,頭痛,咬筋部の疼痛,右眼窩下神経麻痺,右顎関節痛といった神経症状が残存するのは後遺障害等級12級12号に,右膝の関節の可動域が4分の3以下に減じているのは,後遺障害等級12級7号にそれぞれ該当することが認められ,さらに,上記神経症状や外傷性顎関節症に伴う咬合不全の後遺症によって固い肉などの固形物を食べることができない状態にあることを総合考慮すると,原告の後遺障害は,併合で後遺障害等級10級に該当していると認めるのが相当である。また,証拠(甲31,原告本人)によれば,原告は,中国においてS大学新文学與新聞学院に実験師として勤務して,年収6万6320元の収入を得ていたこと(口頭弁論終結日である平成14年1月25日現在において,1元=16.27円であることは当裁判所に顕著であるところ,6万6320元は日本円に換算して約107万9026円となる。),症状固定の日である平成13年7月12日現在46歳であったことが認められ,本件後遺障害により,今後21年間にわたって労働能力を27パーセント喪失したと評価するのが相当であり,ライプニッツ方式による中間利息を控除して21年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると,373万5261円となる。
1,079,026×0.27×12.8211=3,735,261(1円未満切捨て)
ソ 後遺症慰謝料
前記セのとおり,原告の後遺障害は10級に該当するから,後遺症慰謝料は510万円が相当である。
タ 将来の治療費
証拠(甲28)によれば,原告の顎関節症は治癒しておらず,現在もスプリント療法及び内服治療を続行中であることが認められるが,本件全証拠によるも,今後どの程度の治療が必要で,どの程度の費用がかかるかは明確ではない上に,前記(1)エのとおり,原告の症状は既に固定しており,症状固定後の治療費を請求するものであるから,これを損害として認めることはできない。
チ 弁護士費用
上記アないしタに認定した原告の損害額の合計は,1989万1192円であるところ,原告が本訴の提起を弁護士である原告訴訟代理人に委任したことは本件訴訟上明らかであり,本件事故により相当因果関係がある損害として認めるべき弁護士費用は,150万円が相当である。
ツ 合計
以上によれば,原告の本件事故による損害は2139万1192円となる。
(3) 保険会社からの支払について
証拠(甲32(枝番含む。))によれば,住友海上は,原告との間の海外旅行傷害保険契約に基づき,丙病院に対し,195万9590円を支払ったこと,原告に対し,39万9634円を支払ったことが認められる。以上の合計235万9224円は,原告が被告に対して有する損害賠償請求権から差し引かれるべきものである。
(4) よって,原告の損害2139万1192円から,保険によって填補された235万9224円を差し引いた1903万1968円が,被告が賠償するべき損害となる。
3 以上によれば,原告の請求は,1903万1968円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第34部
裁判長裁判官前 田 順 司
裁判官 池 町 知佐子
裁判官 荒 谷 謙 介
犬の咬傷により生じたPTSDの後遺障害等について損害賠償請求が認められた事例 [犬の所有者の家族について連帯責任を認めた事例](京都地判平成14・1・11平成13(ワ)2000
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平成14年1月11日判決言渡
平成13年(ワ)第2000号 損害賠償請求事件
主 文
1 被告は原告に対し,金74万3434円及びこれに対する平成13年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを7分し,その6を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決第1項は仮に執行することが出来る。
事 実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は原告に対し,金493万3127円及びこれに対する平成13年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 被告は,平成13年1月30日当時,「A」と名付けた雄の雑種中型犬(以下「本件飼犬」という)を,京都府 k 郡a町内の被告が代表者を務める訴外株式会社B(以下「B」という)の本店建物(1階が作業場,2階が事務所になっている,以下「本件建物」という)の1階で飼育していた。
(2) 原告は,同日午後3時30分頃,本件建物1階で,左前腕から肘付近を本件飼犬に咬み付かれた(以下「本件事故」という)。
(3) 原告は,本件事故により,左前腕犬咬創等の傷害を負い,本件事故当日から同年6月4日までの間,C病院及びD病院に通院したが,左前腕から同手関節にかけて疼痛及びしびれの,左前腕に醜状瘢痕の各後遺障害が残った。
(4) 原告は,本件事故によって次の損害(合計517万4013円)を被った。
ア 治療費(労災保険給付を受けた) 14万3568円
イ 自宅療養雑費 1万0000円
ウ 診断書作成費用 6000円
エ 付添人交通費等 6万0000円
オ 傷害慰謝料 80万0000円
カ 休業損害(労災保険給付を受けた部分) 9万7318円
キ 休業損害(労災保険給付を受けなかった部分) 6万4878円
ク 後遺障害慰謝料 200万0000円
ケ 後遺症による逸失利益 149万2249円
コ 弁護士費用 50万0000円
(5) よって,原告は被告に対し,不法行為に基く損害賠償(民法718条)として,(4)項のイないしオ及びキないしコの合計金493万3127円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(2)の各事実は認める。
(2) 同(3)(4)の事実は知らない。
(3) 同(5)の主張は争う。
3 抗弁
(1) 免責
被告は,本件飼犬が他人に危害を加えることのないよう,次のとおりの注意を払って飼育していたから,被告は,民法718条1項但し書きによって免責される。
ア 被告は,本件飼犬が通行人やBの来訪者に危害を加えたり,怖がらせたりすることのないように,本件飼犬を,本件建物の1階奥にある2階へ通じる階段の踊り場の下付近で,長さ約1メートルの紐でつないで飼育していた。
イ 被告は,本件飼犬のストレスをためないように,平日は朝約30分,夕方約15分,休日は午前中約30分の散歩を欠かさなかった。
(2) 過失相殺
本件事故が発生したことについては,原告の次の過失もその原因となっているから,損害賠償の額を定めるについては,これが斟酌されるべきである。
ア 原告は,本件飼犬を触る何らの必要がなかったにも拘わらず,本件飼犬を触った。
イ 原告は,本件飼犬との信頼関係が築けていなかったにも拘わらず,不用意に本件飼犬を触った。
ウ 原告は,本件飼犬に対し,右手を差し出して左前足で「お手」をさせた上,さらに左手で本件飼犬の右前足を取りに行き,本件飼犬を怒らせた。
(3) 損益相殺
被告は,本件事故に関し,原告に対し金2万円を支払った。
4 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)に対し
抗弁(1)冒頭の事実は争う。同アの事実中,被告が,本件飼犬を,本件建物の1階奥にある2階へ通じる階段の踊り場の下付近で,紐につないで飼育していたことは認め,その余の事実は否認する。紐の長さは約1.5メートルであった。同イの事実は知らない。
(2) 抗弁(2)について
抗弁(2)冒頭の事実は争う。同アないしウの事実は否認ないし争う。
ア 原告は,保険会社の外交員であり,B事務所へは営業のために訪れていたのであって,営業に支障を生じさせないためには,本件飼犬との信頼関係を築き,維持する必要があった。
イ 原告は,平成10年ころから1か月に数回の頻度でBを訪問し,その都度,帰る際に本件飼犬と遊んでやっており,本件飼犬とは信頼関係が築かれていた。
ウ 原告は,本件飼犬の左前足で「お手」をさせ,続けて右前足で「お手」を誘ったところ,それまで素直そうにしていた本件飼犬が突然咬みついてきたのである。
(3) 抗弁(3)について
認める。
5 再抗弁(抗弁(1)に対し−免責を妨げるべき事情)
本件飼犬は,過去,人を咬んだことが数回あった。本件建物の1階奥で飼育されている本件飼犬が人と接触する機会があることは十分予想されるのに,被告は,本件飼犬が人を咬むことを防止する措置を何らとらなかった。
6 再抗弁に対する認否
再抗弁事実のうち,本件飼犬が本件事故前に人を咬んだことが少なくとも1度あることは認め,その余は否認する。本件飼犬に咬まれたのは,Bの従業員である訴外E(以下「E」という)である。
理 由
第1 被告の責任について
1 請求原因(1)(2)の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで,抗弁(1)について検討する。
(1) 上記争いのない事実に証拠(甲1,7,13の1,甲22,乙1ないし6,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 当事者
原告は,訴外d生命保険相互会社京都支社に勤務する保険外交員である。被告は,Bの代表取締役である。
イ 本件飼犬の管理状況等
(ア) 本件飼犬はシェパード犬の血が混ざった雑種中型犬(雄)であり,気性が荒い。
(イ) 被告は,平成13年1月30日当時,本件建物の1階奥にある2階に向かう階段の踊り場の下で,1メートルないし1.5メートルの長さの紐で繋留して本件飼犬を飼育していた。以前,被告は,本件建物1階の入り口シャッターの外もしくは本件建物内の1階の入り口シャッターに近い場所で飼育していた時期もあったが,本件建物への来訪者から,本件飼犬が吠えて本件建物へ出入りしにくいとの苦情が出たので,上記場所で飼育するようになった。
(ウ) 本件建物の1階部分は資材置き場等として利用されており,資材の搬入,搬出時以外は無人となる時間帯もあった。Bの事務所には,資材の搬入,営業等で毎日10名以上の訪問者があり,これらの訪問者は,本件建物の入り口シャッターから1階奥の階段に達し,階段を上って2階の事務所に至っていたが,本件飼犬の飼育場所はその経路からは離れているので,B事務所への出入りのために本件飼犬に近づく必要はなかった。なお,Bの営業時間中は,入口シャッターが開いており,誰でも本件建物1階部分に立ち入ることができ,本件飼犬に接近することもできた。
(エ) 本件事故当時,本件飼犬の繋留場所に,本件飼犬が人を咬むことを告げる旨あるいは本件飼犬に触らないように注意する旨の表示はなされていなかった。
(オ) 平成10年ころ,Eが本件飼犬の口先を右手で掴んで引っ張ろうとしたところ,本件飼犬がEの右手を咬んだことがあった。また,本件飼犬がBを訪れた営業マンに飛びかかり,その服が破れたこともあった。本件飼犬が人に危害を加えた事実として被告が把握しているのは,この2件で全部である。
(カ) 被告は,平日は朝約30分間及び夕方約15分間,休日は午前中約30分間,本件飼犬を散歩させることを日課としていた。
ウ 本件加害行為及びその前後の状況
(ア) 原告は,平成10年6月11日,Bやその従業員に保険への加入を勧誘するため,初めて本件建物を訪れた。その後原告は,同年中は1か月に2,3回程度,平成11年になってからは2か月に1回程度,平成12年11月以降は月に数回,本件建物を訪れていた。
(イ) 原告は,本件建物を初めて訪問した際に本件飼犬に吠えられたことから,Bやその従業員に対する営業活動を円滑に行うためには,本件飼犬を慣らしておくことが必要だと考え,本件建物を訪れた際に,しばしば本件飼犬をかまっていた。
(ウ) 本件事故当日,本件建物を訪れ,2階事務所での営業活動を終えて1階に降りた原告は,本件飼犬をかまおうと考え,本件飼犬の前にしゃがみ,右手を差し出して「お手」と声をかけたところ,本件飼犬は左前足を原告の右手の上に乗せたので,原告は本件飼犬の左前足を右手で掴んだ。続いて原告は,その状態のまま,「おかわり」と言いつつ,左手で本件飼犬の右前足を掴もうとしたところ,本件飼犬は,突然,原告の左前腕部に1回咬み付いた。
(エ) これにより,原告は,左前腕部に,深い部分で筋膜直前に達する犬咬創を受けた。
(2) 以上の事実に基づいて抗弁(1)について検討する。
ア 被告は,本件飼犬が他人に迷惑をかけないように配慮して本件建物の1階奥で飼育していたのであり,本件建物を訪ねる者は,本件飼犬に近づかなくとも用を足すことが可能であった。また,本件飼犬を散歩させることを日課としていた事実から,被告が本件飼犬のストレスをためないよう配慮して飼育していたということができる。
イ しかし,Bの事務所は2階にあって,被告やBの従業員は1階については充分に目が届かないこと,Bには毎日10人以上の訪問者があり,その中に犬好きの者がいれば,本件飼犬をかまうことも十分予想されること,Bの就業時間中は,本件建物の1階入り口シャッターは開放されていて,誰でも本件建物の1階に立ち入り,本件飼犬に近づくことが可能であったこと,本件飼犬は気性が荒く,以前に人を咬んだことがあること等の事実に鑑みると,被告やBの従業員の目が届かないところで人が本件飼犬に不用意に近づくことがないように,貼り紙をして注意を喚起する等の配慮がなされるべきであって,アの事実だけから,被告が相当の注意をもって本件飼犬の飼育をしたとまでいうことはできない。
ウ よって,被告の免責の抗弁は理由がない。
第2 損害について
1 原告が被った損害額
証拠(甲1ないし5)によると,原告は,本件事故により,左前腕犬咬創等の傷害を負い,本件事故当日及びその翌日の2日間京都市b区内のC病院に,同年2月1日から同年6月4日までの間京都府宇治市内のD病院に(通院実日数は少なくとも20日)それぞれ通院したこと,同年2月2日に左前腕挫創縫合術を受けたこと,同年6月4日症状固定したが,その後も左前腕から同手関節にかけての疼痛及びしびれ,左前腕部の醜状瘢痕の各後遺症が残ったこと,以上の事実が認められる。
そして,原告が主張する各損害項目についての当裁判所の判断は次のとおりであり,当裁判所が認める原告の損害の合計は金226万0800円となる。
ア 治療費 14万3568円(原告の主張額は同額)
これについては,原告は労災保険給付を受けた。(甲14)
イ 自宅療養雑費 1416円(原告の主張額1万円)
証拠(甲19の2ないし4,原告本人)によると,原告は,自宅療養のために消毒セット(194円),ホータイ(204円),ホータイセット(1018円)を購入したことが認められるところ,これら(合計1416円)は本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
なお,証拠(甲18の1ないし6,原告本人)によると,原告は,傷跡の皮膚の回復を良くするために,健康食品であるコラーゲン,スクアラン等を購入したことが認められるが,これは医師の指示によるものではないと認められる(原告本人)から,その購入費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできず,他に,自宅療養雑費として本件事故と相当因果関係がある損害があったことを認めるに足る証拠はない。
ウ 診断書作成費用 6000円(原告の主張額は同額)
証拠(甲20の2,4)によると,原告は,本件事故についての法的手続のためD病院に診断書の交付を請求し,その費用として少なくとも6000円を支出したことが認められ,これは,本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。
エ 付添人交通費等 4万7620円(原告の主張額6万円)
証拠(甲13の3,原告本人)によると,原告は,本件事故直後,原告一人では日常生活が送れないので,仙台市内に居住している母に頼んで原告の自宅に来て貰い,家事や原告の世話をして貰ったこと,母が京都に来るための交通費として,片道2万3810円(往復4万7620円)を要したことが認められ,これは本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。
原告は,母に通院の付き添いをして貰い,その費用を要した旨主張するが,通院の付き添いの必要性を認めるに足る証拠がない。
オ 傷害慰謝料 60万円(原告の主張額80万円)
原告の受傷の程度,治療の内容,通院期間,実通院日数等を総合して勘案し,原告が受傷したことによる慰謝料としては,60万円をもって相当と認める。 カ 休業損害(労災保険給付を受けた部分) 9万7318円(原告の主張額は同額)
証拠(甲15)によると,原告は,平成13年1月30日から同年2月20日まで(22日間)休業し,労災保険から9万7318円の給付を受けたことが認められる。
キ 休業損害(労災保険給付を受けなかった部分) 6万4878円(原告の主張額は同額)
カの金額は原告の平均賃金の6割相当額である(労働基準法76条,労働者災害補償保険法14条)であるから,原告が填補を受けていない休業損害額は,上記金額の6分の4である6万4878円となる。
ク 後遺症による逸失利益 零(原告の主張149万2249円)
原告の後遺症について,証拠(甲4,5,11)によると,原告の左上肢の前腕部から肘付近にかけて,長さ5ミリメートルないし36ミリメートルの縫合痕9本が残存したこと,原告の上腕部から手関節にかけての部分に疼痛としびれがあること,そのため,原告は,腕時計を使用できず,かばんや傘を腕にかけることができないこと等の事実が認められる。
しかしながら,証拠(甲17)によると,平成13年度における症状固定後の原告の年収は,前年同月の年収に比較して顕著な変化がないことが認められるから,後遺症による逸失利益を認めることができない。
もっとも,後遺症を抱えた原告が,本件事故前の収入を下回らない収入を上げるために,後遺症の苦痛に耐えながら,本件事故前以上に努力しているものと推認できるから,そのことは慰謝料算定において斟酌するべきである。
ケ 後遺障害慰謝料 130万円(原告の主張額200万円)
クで認定した原告の後遺障害は,自賠法施行令2条の後遺障害別等級表14級4号(上肢の露出面に手のひらの大きさの醜いあとを残すもの),10号(局部に神経症状を残すもの)に該当し,総合して14級に該当するというべきである。
そして,上記後遺症に対する慰謝料としては,その程度,内容,クで記載した事情等を考慮し,130万円が相当である。
2 過失相殺
本件事故の発生については,原告の軽率な行為が一因をなしている。すなわち原告は,必要もないのにわざわざ本件飼犬をかまいに行き,本件飼犬の左前足を自分の右手に掴んだ状態で,本件飼犬の右前足を自分の左手で掴もうとしたのであって,本件飼犬は,両足を掴まれ,無防備な姿勢を強要されることを警戒して原告を攻撃したものと推認できる。
そうすると,被告に支払いを命じる損害賠償額を定めるについては,原告の上記過失を斟酌するべきである。そして,双方の過失の内容,程度等を比較勘案し,原告が被った損害のうち,6割を過失相殺し,被告に対し,その4割について支払を命じるべきである。その金額は,90万4320円となる。
(計算式)2260800×4/10=904320
3 損益相殺
原告は次の(1)(2)のとおり損害の填補を受けた。2の金額から(1)(2)の金額を控除すると,64万3434円となる。
(1) 労災保険給付(1のアとカの合計額)24万0886円
(2) 被告の既払金 2万円(争いがない)
4 弁護士費用
本件訴訟の内容,審理経過,認容額等に照らし,本件事故と因果関係のある弁護士費用は金10万円をもって相当と認める。
第3 結論
以上の事実によれば,原告の本訴請求は,金74万3434円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年8月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容するべきであり,その余は失当として棄却するべきである。
京都地方裁判所第1民事部
裁 判 官 井 戸 謙 一
駅構内の券売機前において、突然背後から盲導犬を連れて歩行してきた完全視覚障害者に右肩部付近を強く衝突され、その場に転倒し、左大腿骨頸部骨折の傷害を負ったとして損害賠償を請求した事例 [棄却]横浜地裁川崎支部平成13・12・13 平成11(ワ)190
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は,原告に対し,金845万3701円及びこれに対する平成10年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,切符を購入するために駅構内の券売機付近で立っていた原告が,完全視覚障害者である被告に衝突されて転倒し,左大腿骨頸部骨折の傷害を負ったとして,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を求めたのに対し,被告が,原告に衝突したのは自分ではないなどと主張して争っている事案である。
1 争いのない事実等(証拠を摘示した部分以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告(大正14年○月○日生)は,平成10年4月30日(以下「当日」という。)午後0時30分ころ,東急電鉄田園都市線f駅(以下単に「駅」ということがある。)で下車し,改札口を出て,帰りの切符を購入するため,同駅構内の券売機付近に立って,小銭入れから硬貨を取り出していた。そのとき,原告は,突然通行人に衝突されて転倒し,その結果,左大腿骨頸部骨折の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。(甲1,原告)。
(2) 被告(昭和17年○月○日生)は,33歳のときに失明し,現在は完全視覚障害者である(乙7,被告)。
被告は,温水プールに行くため,当日午後0時30分ころ,f駅で下車し,改札口を出た後,障害者のためのガイドヘルパーであるCとの待ち合わせ場所に向かって,盲導犬を連れ,白杖を用いながら歩行していた(証人C,被告)。
2 争点
(1) 原告に衝突した者は被告か否か。
(原告の主張)
原告は,駅構内の券売機前において,突然背後から盲導犬を連れて歩行してきた被告に右肩部付近を強く衝突され,その場に転倒した。
(被告の主張)
ア 被告が当日左手に盲導犬を伴い,右手に白杖を持って,駅構内の誘導ブロック上を歩行していた際,すれ違いざまに被告の右肩に接触した者がいたが,原告と衝突したことはない。被告の右肩が接触して原告が倒れたのであれば,倒れた位置が被告の右側でなければならないが,原告は,被告の前方1メートルくらいの所に,被告に背を向け,足を前方に投げ出して座るような体勢で倒れていたのであるから,原告と接触したのは被告ではない。
イ 被告は,当日,白杖で自己の約50センチメートル前方に障害物がないことを確認しながら誘導ブロック上を歩行していたのであり,また,盲導犬は前方に障害物があるときは直ちに立ち止まるように訓練されているのであるから,前方に佇立している人と接触するということはあり得ない。また,盲導犬が被告を引っ張って歩くことなどあり得ない。
(2) 被告の過失の有無
(原告の主張)
視覚障害者においても,歩行の際には,人との衝突を避けるため,白杖や盲導犬を適切に使用するなどして,前方を確認する義務がある。また,白杖や盲導犬が適切に使用されていても,他人との衝突の危険が増すことが予想される混雑した場所においては,前方に声を掛けるなどの方法により,自らの存在を示し,前方にいる人に停止や回避を促す義務がある。さらに,視覚障害者が盲導犬を連れて歩行する場合には,盲導犬を適切に用い,衝突を避ける安全な歩行が行われるように盲導犬を指導する義務がある。
ところが,本件事故当時,被告は,白杖や盲導犬を適切に使用せず,前方確認義務を怠り,また,声掛け等により前方にいた原告に回避を促すことを怠った。さらに,被告は,盲導犬を適切に使用せず,盲導犬の指導を怠った結果,盲導犬に引っ張られたことが原因で原告と衝突したものである。
(被告の主張)
視覚障害者にも前方確認義務があること,前方に人の存在が認められた場合は,停止するか相手方の回避を促す行動を採るべきであることは争わないが,視覚障害者が歩行する際には,白杖や盲導犬を用いて前方を確認するほか,健常者の注意を喚起するために声掛け等の義務があるとの主張は,視覚障害者に不可能を強いるものであり,ひいては視覚障害者を社会生活から排除することにつながりかねず,不相当である。
また,被告は,白杖や盲導犬を適切に使用していたものであって,前方確認義務を怠っていないし,盲導犬の指導を怠り,盲導犬に引っ張られたことが原因で原告と衝突したことはない。
(3) 損害
(原告の主張)
原告は,左大腿骨頸部骨折の傷害により左下肢機能障害が現れ,身体障害者第4級となり,現在も両足首から先が常時痺れ,床に座ることもできない状態である。原告が本件事故により被った損害は,以下のとおりである。
ア 入院治療費 149万4980円
(平成10年4月30日から同年7月4日までの66日間)
イ 通院治療費 2万1670円
(平成10年8月4日から平成11年2月9日までの14日間)
ウ 通院交通費 7万7310円
エ 介護用品費 25万2343円
オ 入院雑費 13万2000円(1日当たり2000円)
カ 介護者交通費 7万9700円
キ 介護者労務費 58万5698円
(平成10年4月30日から同年7月31日までの間)
ク 入通院慰謝料 120万円
ケ 後遺症慰謝料 461万円
(左大腿骨頸部骨折による左下肢機能障害の第10級11号相当)
(被告の主張)
原告主張の損害は争う。
第3 当裁判所の判断
1 原告に衝突した者は被告か否か(争点1)。
(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲1,2,3の1ないし3の8,4の1,4の2,9ないし13,15ないし20,乙1,2の1ないし2の7,3,4の1,4の2,5,6の1,6の2,7,8,証人C,証人D,原告,被告)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 本件事故現場付近の状況は別紙「f駅前縮尺図」記載のとおりであり,f駅の改札口及び券売機の前部には,誘導ブロックが敷設されており,また,駅前にバス停留所があり,バス待合椅子が置かれていた。なお,当日,駅構内の通行人は多かった。
イ 原告は,当日午後0時25分ころ,「高島屋」へ行くためにf駅で下車し,あらかじめ帰りの切符を購入しておこうと考え,改札口を出た後,券売機の方へ行った。そして,原告は,券売機の方向に身体を向けて立ち,券売機の上方に設置された運賃表を見てから,うつむき加減で小銭入れから硬貨を取り出していた。その最中に,通行人に右肩の背中に近い位置(腕の付け根辺り)を横から衝突され,その場に身体の左側を下にした状態で転倒したため,左大腿骨付近を強打するとともに,左肘に擦り傷を負った(なお,Cは,その際,原告がしりもちをついていた旨証言するが,原告の傷害の部位及び救急隊員に対して後記のとおり事故状況を説明していることに照らし,採用できない。)。
ウ 被告は,当日,温水プールまでガイドヘルパーのCに誘導してもらうため,Cとf駅前のバス停留所で待ち合わせをし,午後0時39分発のバスに乗車する約束をしていた。被告は,当日午後0時28分ころ,f駅で下車し,右手に白杖,左手に盲導犬に付けたハーネス(ひものついた革具)を持ち,階段を下りて,誘導ブロックを伝って改札口を出た。そして,誘導ブロックに沿って右折し,待ち合わせ場所のバス停留所に向かってそのまま誘導ブロック上を歩行していた。
被告は,自分の1歩から1歩半先を白杖で確認しながら歩行していた。また,被告の連れていた盲導犬は,被告の盲導犬になって5年目であった。
被告は,誘導ブロック上を歩いていたとき,すれ違いざまに誰かと被告の右肩が接触したため,その場に立ち止まった。そのとき,接触の衝撃で被告自身が,ふらついたり,よろけたりしたことはなかった。
エ Cは,当日午後0時15分ころf駅に到着し,待ち合わせ場所のバス停留所で被告を待っていた。午後0時30分ころになり,Cは,盲導犬に誘導されながら歩いてくる被告を発見し,被告を迎えるために改札口方向へ歩き始めたところ,前方で原告が倒れているのを発見した。そこで,Cは,急いで原告の傍らに行き,足元に散らばっていた硬貨を拾って原告に渡しながら,「大丈夫ですか。」と声を掛けた。なお,原告が転倒した際,周囲にいた人から,原告を転倒させて現場から逃走する者を非難あるいは追跡するような声などは出なかった。
その後,Cは,立ち止まっていた被告のところへ行き,被告の左肩を押さえて,「前に人が倒れているのでここで待っててね。」と告げ,再び,倒れている原告のところに戻り,周りの人と共に原告の両肩を支えながら,数メートル先のバス待合椅子のところまで原告を運んだ。
Cは,原告から救急車の手配を頼まれたため,近くの派出所へ行き,救急車を依頼し(通報時刻は午後0時37分),救急車を待っている間,原告に対し,視覚障害者である被告とプールへ行くために待ち合わせをしていたことや,衝突したところは見ていないことなどを話した。
救急車が到着すると,Cは,被告に対し,救急車に同行するので一人で家に帰るよう指示して,その後,原告を搬送する救急車に乗り込み,t病院へ同行した。
オ 原告は,救急車でt病院に搬送される際,救急隊員に対し,「駅の自動切符売場で切符を買おうと立ち止まったところ,後ろから押され転倒した際,左足の付け根あたりを打ち,動けなくなった。」と説明した。そして,t病院での診察及びレントゲン撮影の結果,左大腿骨頸部骨折との診断を受けて入院した。原告は,バス待合椅子で救急車を待っている間,Cから,目の見えない被告と待ち合わせをしていたことや,被告は先に帰宅させたとの話を聞き,しかも,Cが病院まで同行してくれたことから,直感的に衝突した者は被告であると考え,医師や看護婦に対し,「キップ売場で後方から盲導犬を連れている人と接触転倒した。」旨説明した。
カ Cは,t病院でおよそ3時間にわたり原告に付き添った後,帰り際,自分の住所と電話番号を書いたメモを原告に渡した(なお,原告は,Cのメモには,被告の名字も記載されていた旨証言するが,Cはこれを否定しており,メモが現存しない以上,原告の供述をそのまま採用することはできない。)。
Cは,病院を出た後,f駅近くの派出所に寄り,本件事故の事後報告をし,帰宅後,被告に電話をかけて,原告が入院したことを告げた。その際,被告から,「私が肩にぶつかっているので,もしかしたら私がぶつかった相手かもしれないので,病院まで一緒に行ってください。」と頼まれ,見舞いに行く必要はないのではないかと言ったものの,結局,被告に同行することになった。
キ 被告とCは,本件事故翌日の平成10年5月1日,t病院に入院している原告を訪ねた。被告は,原告に対し,自分の右肩が誰かと当たっていることを話したが,原告は,「自分は後ろを向いていたためあなたが来るのは気が付きませんでした。」などと言うのみで,それ以外に本件事故に関する具体的な話には至らなかった。被告は,原告に対し,盲導犬の本を持ってきたから読んでみてほしいと言って,盲導犬の本2冊を渡した後,病室を出た(なお,原告に付き添っていたDは,被告が病院を訪れた際,盲導犬の指示を間違えたので犬が走り,それに引っ張られてぶつかったと話していた旨証言する。しかしながら,本件事故の被害者である原告自身が,病院で被告のこの言葉を聞いていないこと,被告に同行したCもこのような言葉を聞いていない旨証言していることに照らすと,Dの証言をそのまま採用できない。)。
(2) 以上の認定事実によれば,①当日,被告は,f駅構内を盲導犬を連れて,原告の右側方向から原告の立っていた方向に向かって誘導ブロック上を歩行中,被告の右肩が通行人に接触したのでその場に立ち止まったが,同時刻ころ,被告の進路前方に立っていた原告は通行人に衝突されて転倒し,負傷したこと,②原告が転倒した際,周囲にいた人から,原告を転倒させて現場から逃走する者を非難あるいは追跡するような声などは出なかったこと,③Cは,被告のためのガイドヘルパーの仕事を中断して,被告に帰宅するよう指示した後,原告を搬送する救急車に同乗し,t病院でおよそ3時間もの間原告に付き添ったこと,④原告は,病院で治療を受けた際,医師等に対し,「切符売場で後方から盲導犬をつれている人と接触転倒した。」旨説明していること,⑤Cが,病院において,原告に対し,自発的に自分の住所と電話番号を書いたメモを渡したこと,⑥被告は,「私が肩にぶつかっているので,もしかしたら私がぶつかった相手かもしれないので,病院まで一緒に行ってください。」と言って,Cに同行してもらい,本件事故の翌日に入院している原告をわざわざ訪問していること,⑦その訪問の際,被告は,原告に対し,衝突の状況などを積極的に質問して自己が原告に衝突したかどうかを確認するような言動をとっていないことが認められ,これらを併せ考えると,盲導犬を連れて歩行中の被告が券売機の前に立っていた原告に衝突し,原告がその場に転倒して傷害を負ったため,Cが救急車で搬送された原告に付き添い,その翌日,責任を感じた被告が入院中の原告を見舞ったのでないかと考えられないでもない。
(3) しかしながら,被告が原告に衝突したとの点については,次のとおり疑問ないし不自然な事情が存在する。
ア 原告が転倒した地点について当事者間に争いがあるところ,証拠(乙1,2の1,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,原告が倒れていた地点と被告が通行人と接触したため立ち止まった地点との間の距離は2メートル以上あったことが認められる(なお,乙4の2には,被告は,原告の2ないし3歩後ろに立っていた旨の記載部分があるが,採用できない。)。そうすると,被告の右肩が通行人に接触した衝撃により,通行人がかなり強く突き飛ばされるなどの事情があればともかく,本件においてはこのような事情はうかがわれないから,接触地点から2メートル以上離れた地点に転倒するということは不自然である。
イ 前記認定のとおり,原告は,本件事故の直前から直後にかけて,盲導犬を連れて歩行していた被告の存在には気付いていなかったが,本件事故後にバス待合椅子で救急車を待っていた間に,Cから,目の見えない被告と待ち合わせをしていたことや,被告は先に帰宅させたなどという話を聞き,その後,Cが搬送先の病院まで同行してくれたことなどから,直感的に盲導犬を連れていた被告に衝突されたため転倒したと考えるに至ったことが認められる。しかしながら,原告の供述によれば,Cは,原告に対し,ぶつかったのは見ていないと言ったのであって,被告が原告に衝突したという話は一切せず,被告に代わって原告に謝罪もしていないこと,また,Cが供述するように,駅構内で転倒して歩けなくなった原告に同情し,救急車を呼び,病院まで同行して,原告の親族が来るまで付き添っていたということもあながち不自然なことではないと思われることに照らすと,Cの原告に対する上記発言内容及びCが病院まで同行したという本件事故後の事情のみでは,盲導犬を連れていた被告が原告に衝突したと判断する根拠としては薄弱である。
ウ 前記認定のとおり,被告は,本件事故の翌日,原告の入院先の病院を訪問し,原告と面談しているが,被告の供述によれば,被告は,当日,自分の右肩が誰かと接触していたので,原告を転倒させたのは自分ではないかとの思いを払拭できず,そのことを確認するために原告の入院先の病院を訪問したこと,その際,原告が,後ろを向いていたので被告には気付かなかったと言ったので,原告が立っていたのであればすれ違いざまに接触した相手ではないと思い,盲導犬の本2冊を渡した後病院を出たことが認められる。このような経過に照らすと,被告がわざわざ入院中の原告を訪問したからといって,被告が加害者としての責任を果たすため被害者である原告を見舞ったと推認することには疑問がある。
(4) 本件においては,盲導犬を連れて歩行中の被告が券売機の前で立っていた原告に衝突したため,原告がその場に転倒し,左大腿骨頸部骨折等の傷害を負ったのでないかと考えられないでもないが,上記(3)に記載したような疑問ないし不自然な点に加えて,原告及びCは,盲導犬を連れて歩行中の被告が券売機の前に立っていた原告に衝突したかどうかについて目撃しておらず,しかも,他にこれを目撃した者も存在せず,また,これを裏付ける客観的証拠もないことに照らすと,盲導犬を連れて歩行中の被告が券売機の前で立っていた原告に衝突したと認定することはできないといわざるを得ない。
2 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所川崎支部民事部
裁判長裁判官 打 越 康 雄
裁判官 八 木 貴 美 子
裁判官 角 谷 比 呂 美
(別 紙) f駅前縮尺図は省略
原告に咬傷を負わせた犬が原告と被告のいずれのものであるか特定できない場合であっても、犬を放し飼いにしていた被告に過失があるとされた事例(東京地判平成4・1・24)判時1421・93
last update 06 December 1999
□原告に咬傷を負わせた犬が原告と被告のいずれのものであるか特定できない場合であっても、犬を放し飼いにしていた被告に過失があるとされた事例
損害賠償請求事件、東京地裁平三(ワ)一〇五六七号、平4・1・24民五部判決、一部認容、一部棄却(確定)。判時1421・93 。
《参照条文》 民法七〇九条・七一八条
原告 P
右訴訟代理人弁護士 ------
同 ------
被告 D
右訴訟代理人弁護士 ------
主 文
一 被告は原告に対し、金二三万四二六〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は原告に対し、金二九六万四二六〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二 事件の概要
本件は、まず「被告の犬」が原告に噛みついた傷害を負わせたことを理由に民法七一八条一項に基づき損害賠償を請求し、次いで原告に噛みついた犬が原告の犬 か被告の犬かいずれか判明しない場合には、予備的に、被告が犬を放しておいたために被告の犬が原告の犬に襲いかかったので、原告が自分の飼犬を庇おうとし て手を出したところ噛まれたのであるから、いずれにしそ公共の場所において、被告が犬を放していたことが原因であるとして、民法七〇九条に基づき損害賠償 を求めるものである。
一 争いのない事実及び容易に認められる事実
1 平成三年一月一三日午前一一時頃、東京都港区北青山一丁目明治神宮外苑内において、原告が飼犬(柴犬四歳雄体重約一三・五キログラム)を鎖でつないで 連れて散歩中、被告が放して遊ばせていたその飼犬(雑種雄大きさは原告の飼犬とほぼ同程度)が駆け寄って原告犬に挑みかかったので、原告が原告犬を抱き上 げたが、その際いずれかの犬が原告の右前腕部噛みつき、約一か月間の治療を要する咬傷を負わせた(傷害の程度を除き当事者間に争いがない。傷害の程度につ いては、《証拠略》によって認める)。
2 原告は、平成三年一月一三日から同年二月一四日までの間に合計一七回にわたり、A外科病院に通院して、右の咬傷の治療を受け、治療代として合計金一万四二六〇円を支払った。
二 主な争点
右に認定した以外の争点は次のとおりである。
1 噛みついたのは被告の犬か、それとも原告の犬か。
2 被告は民法七一八条一項あるいは民法七〇九条による損害賠償責任を負うか。
3 原告にも過失があったか。原告にも過失があったとして、原告被告の過失割合。
4 後遺症の有無と程度。
5 損害額。
第三 争点に対する判断
《証拠略》により次のとおり認める。
一 被告の損害賠償義務の有無
本件全証拠によっても、果たしていずれの犬が原告の右前腕に噛みついたのかを知ることはできない。つまり原告の犬ではなく、被告の犬が原告の腕に噛みつい たことを認めるに足りる証拠は存在しない。しかし放して遊ばせておいた被告の犬が激しく吠えながら原告の犬に向かって突進してきたために、原告が原告の飼 犬を庇おうとして腕を出したときに、どちらかの犬が原告の腕に噛みついたことは争いがない。公衆が通行し散策し集い憩う場所である明治神宮外苑において、 幼児を含む人や他の動物に危害を加えるおそれが全くないとは言えない犬を放してはならないことは当然のことであり、これを放した場合には本件のような事故 が起こることがあり得ることを予測すべきであった。しかるに被告はその飼犬を漫然と放していたのであるから、被告に過失があったことは否定できない。
二 過失相殺
被告は仮定的に原告にも過失があったとして、過失相殺を主張した。被告の主張する原告の過失とは、喧嘩争闘中の複数の犬の間に腕を出すときは、犬はその腕 を逃走相手と誤解して攻撃する習性があるから、争闘を制止するためには犬を蹴る等の方法によるべきであったにもかかわらず、漫然と原告が腕を出したため に、どちらかの犬に噛まれたのであったが、犬の飼い主としては当然に犬のこの習性を知るべきであったのに、原告は過失によりその習性を知らず、又は知って いたのに不注意にも腕を出したというものである。犬には被告主張のような習性があるから、その主張のような方法により犬を引き離すべきであるけれども、犬 の飼主であればそのような犬の習性を知っているとは認められないし、又知るべきであったということもできない。原告は、原告の犬を抱えようとして咄嗟に手 を出したのであって、たしかに適当な方法とは言えず迂闊ではあったが、公共の場所で犬を放していたという被告の過失お重大さに比すれば、取るに足らない程 度のものであって未だ過失相殺の対象として考慮すべきものということはできない。
三 後遺症
《証拠略》によれば、原告の右前腕部の手首から約四センチメートルの箇所に、長さ三・三センチメートルの傷痕があり、この傷痕は将来にわたって消えないも のと思われるが、既に赤みがとれて次第に色褪せつつあり、いずれ年月の経過によりかなり薄らぐものと推認されるから、この程度の傷痕を以て女子の外貌に醜 状を残すものとは言い難い。
四 損害額
傷痕は右に認定した程度であるから、本件の傷害による慰謝料は総額で金一五万円が相当であり、これに前認定の治療費実費を加えた金一六万四二六〇円を原告の蒙った損害と認定する。
原告はさらに弁護士報酬を損害額として主張しているが、訴え提起前の原告被告間の交渉の経過その他の諸般の事情を考慮すると、被告に負担させるべき弁護士報酬は金七万円とするのが相当である。
さすれば、損害額の合計は金二三万四二六〇円である。
以上の次第で、原告の請求は右損害額とその付帯請求を求める限度では理由があるが、これを超える請求は理由がない。
(裁判官 高木新二郎)
畜犬の飼主に保管上の過失が認められた事例(昭和56・11・5一小法廷判決)[上告棄却]
last update 02 December 1999
□畜犬の飼主に保管上の過失が認められた事例
損害賠償請求事件、最高裁昭和五六(オ)五二三号、昭和56・11・5一小法廷判決、上告棄却一審長野地裁上田支部五二(ワ)四九号、昭和55・5・15判決、二審東京高裁昭和五五(ネ)一二九四号、昭和56・2・17判決。
判例時報1024号49頁。
《参照条文》七一八条
上告人 D
右訴訟代理人弁護士 ------
被上告人 P
右訴訟代理人弁護士 ------
主文 本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由 上告人及び上告代理人------の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし肯認することができ、右事実関係のもとにおいて、原審が上告認に民法七一八条による損害 賠償責任を認めたことは正当であり、また、上告人の過失を六割、被上告人の過失を四割として過失相殺した原審の判断を違法とすべき理由もない。論旨は、い ずれも採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)
---------------------
上告人の上告理由 《略》
上告代理人------の上告理由
一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかなる法令の違背があるから破棄を免れないものである。
原判決は、「民法七一八条に則り、本件事故により控訴人(被上告人)の被った損害の賠償責任があるものというべきである。」旨判示しているが、民法七一八 条の規定は、動物がその有する危険な性質の発現行動にもとづいて加害した場合において、動物の占有者が損害につき賠償責任を負担する趣旨のものであると解 すべきところ、本件事故は、上告人の占有する動物(本件犬)がその有する危険な性質の発現行動にもとづいて加害したものではなく、もっぱら被上告人が本件 犬の動静を注視しないで、漫然とその至近した後側方を通過しようとしたために運転姿勢を誤り、その結果自らバランスを崩して転倒して発生した自損行為にも とづくものであって、本件犬の行動と被上告人の事故との間に何らの因果関係はないものである。
二、即ち、被上告人は、巾員五・三五メートルの県道上を第二種原動機付自転車に乗って毎時約四〇キロメートルのスピードで運転していたところ、約四一メー トル前方で本件犬をすでに目撃していたこと、さらに約二五メートル進行したさい歩行者に向って吠えかけている本件犬を認めたこと、それにも拘らずこれに特 段の注意を払うことなく漫然と本件犬の極めて近接した後側方を高い排気音を立てながらかなりのスピードで通過しようとしたことが認められ、これらは第一審 ないし第二審の各判決において判示のあるとおりである。
このよう な場合、被上告人としては、本件犬の動静を注視しながら安全を十分確認して運行する方法をとるべきであり、例えば本件犬の手前で一旦停車してその動向を見 きわめたうえで運転を再開するとか、最徐行して何時でも停車できる状態にしておくとかの措置を講ずること、さらには本件犬をいたづらに刺激することなくで きるだけ本件犬との間隔を保ちつつその側方を通過すること等に配慮すべきであった。もし被上告人がこれらの注意を怠らないで車両を運行していたならば、本 件事故が発生しなかったであろうことは容易に推量できるところである。
しかるに、被上告人はその注意を怠り、前記の通り運行したため、本件犬を刺激驚愕させたこと、そして本件犬をして被上告人運転車両と衝突する危険を感得さ せ逃避行動に出させたことについては同じく既に判示されている通りである。これはとりもなおさず、本件犬が被上告人に対し加害する行動をとったものでない ことを意味する。(高い排気音を立てながらかなりのスピード(毎時四〇キロメートル前後)で被上告人と一体となり至近距離にせまって突進してきた被上告人 運転車両は、体重約一五キログラムの本件犬にとっては、生命の危険を感じる恐怖の物体に等しく、従って加害されようとしていたのは本件犬のほうであり、む しろ本件犬が被害者だとも言えるのである。これが本件犬ではなく他の動物例えば猫であった場合を想定するとなお一層動物側が被害者的立場に置かれるもので あることが歴然とするであろうし、本ケースでは、これが猫であろうと犬であろうと同じである。)
ところが被上告人は、本件犬の至近距離を通過[し]ようとしたため、本件犬の逃避行動に対応できず、誤ってハンドル操作もしくは急ブレーキ措置を講じ、被 上告人が車体とのバランスをとることができず、自ら転倒したものである。(本件犬が被上告人運転車両と衝突すべくあえて自殺的行動に出たものでないし、本 件犬が右車両を押し倒したものでもない。)
そうであれば、本件事故は被上告人の自ら招いた行為によって損害を生ぜしめたものであり、上告人の占有する本件犬が被上告人に加えた損害と言うべきではない。
三、然るに原判決はこれを看過して民法七一八条を適用した法令の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄されるべきであり、被上告人の請求はすべて棄却されるよう裁判を求める次第である。
動物の占有者が保管者を選任して動物の保管をさせた場合における民法第七一八条の責任。
原審: 福岡高等裁判所
<<参照法条>> 民法718条
* 最高裁判所判例検索による検索結果(PDF)
--------便宜のためのテキスト表示(改行が不正確となっている箇所あり)------
[裁判要旨]
動物の占有者は、自己に代つて動物を保管する者を選任してこれに保管をさせた場合において、「動物ノ種類及ビ性質ニ従ヒ相当ノ注意ヲ以テ」その保管者を選任・監督したときは、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を免れるものと解するのが相当である。
[判決全文]
主 文
原判決を破棄し、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人---の上告理由第三点について。
論旨は、Aの選任監督について上告人には全然過失がないのに、上告人に損害賠償責任を負わせた原判決は、法令違背の違法がある、という。
上告人は、原審において、上告人は被用者たるAの選任およびその事業の監督につき相当の注意をしたものであるから、上告人に本件損害賠償の義務はない、と主張していること、原判決事実摘示に照らし明らかである。しかるに、原判決は、運送人たるAは占有者たる上告人に代つて本件馬を保管するものに該当すべきことは当然である、としながら、本件事故はAの過失によつて発生した以上、上告人は民法七一八条一項の規定により本件損害賠償の義務を免れない、と判断し、前記上告人の主張については、なんら判断を示していないのである。
しかし、 民法七一八条一、二項を比較対照すれば、動物の占有者と保管者とが併存する場合には、両者の責任は重複して発生しうるが、占有者が、自己に代りて動物を保管する者を選任して、これに保管をさせた場合には、占有者は「動物ノ種類及ヒ性質ニ従ヒ相当ノ注意ヲ以テ其保管」者を選任・監督したことを挙証しうれば、その責任を負わないものと解するのが相当である。 従つて、Aの選任監督について上告人に過失があつたかどうかが上告人の責任の有無を決定するものであるに拘らず、この点に関する上告人の主張について判断を加えてない原判決は、民法の解釈を誤つたか、または審理不尽の違法があるといわなければならない。論旨は理由があり、原判決を破棄し、右の点を審理させるため原審に差し戻すべきものとする。
よつて、その余の上告理由についての判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 奥 野 健 一
裁判官 草 鹿 浅 之 介
裁判官 城 戸 芳 彦
裁判官 石 田 和 外
裁判官山田作之助は外国出張につき署名押印することができない。
裁判長裁判官 奥 野 健 一
裁判官 田 中 二 郎
畜犬の飼主に保管上の過失を認めた事例(昭和37年02月01日最高裁判所第一小法廷判決)[棄却]第16巻2号143頁
原審:東京高等裁判所
<<参照法条>> 民法718条1項
* 最高裁判所判例検索による検索結果(PDF)
--------便宜のためのテキスト表示(改行が不正確となっている箇所あり)------
[裁判要旨]畜犬の占有機関がその操作制御方法を十分会得していなかつたにもかかわらず、公道上を、二頭一諸に運動させ、畜犬が被害者に跳びついた際その力に負けて制御できなかつたなど原判示のような事情(原判決引用の第一審判決理由参照)があるときは、飼主に畜犬保管上の過失がある。
[全文]
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人弁護士---の上告理由第一点について。
原判決が所論1摘示のとおり判示したこと並びに民法七一八条一項但書の注意義務は所論2のごとく通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものでないと解すべきことは、所論のとおりである。しかし、原判決の是認、引用する第一審判決は、本件グレートデン種の牝犬二頭は比較的性質が温順で、よく家族には馴れており、内一頭のりりーは被告がS区aに居住していた頃附近の学童に挑発され塀を飛び越えて追掛け一名に擦過傷を与えたこと、一般に犬はかん高い声をきらい本件二頭の犬もその例外ではないこと、右二頭の犬は本件事故当時判示のごとく大きくかつ力の強い犬であつたこと、並びに、かん高い声の衝撃によつて驚けば事故を起すこともあることが推認されこれに反する証拠がないこと(所論3の(2)ないし(4)の事実は原判決の認めなかつたところである)、および、訴外Aは判示のごとく小柄な男で、被告に雇われてから本件事故当日まで僅か半月を経過したばかりで、本件二頭の犬を取り扱つた期間も短く、まだ右犬の操作制禦方法を会得していなかつたにもかかわらず、右二頭の犬を一緒に判示公道を運動させたため右犬が原告Bに跳びついた際その力に負けてこれを制禦することができなかつた等の事実を認定しているのであつて、その認定は挙示の証拠関係に照らしこれを肯認することができる。されば、原判決の所論判示は、通常の注意義務を認めた正当な判示であつて、所論の違法は認められない。
同第二点について。
しかし、原判決の是認、引用する第一審判決の事実認定は、挙示の証拠関係に照らしこれを肯認することができる。所論2の事実は、原審の認定しなかつたところである。されば、所論は、結局原審の適法になした証拠の取捨、判断ないし事実認定を非難し、所論の違法あるがごとく主張するに帰し、採ることができない。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 斎 藤 悠 輔
裁判官 入 江 俊 郎
裁判官 下 飯 坂 潤 夫
裁判官 高 木 常 七
街路上を巨大な体躯の犬を連れ歩く場合の注意義務(名古屋高裁昭和36・7・20)判時282・26
last update 02 December 1999
□街路上を巨大な体躯の犬を連れ歩く場合の注意義務とされた事例
昭和36(う)271号・過失傷害、狂犬病予防法違反被告事件(昭和36年7月20日名古屋高裁第四部判決、控訴棄却、原審、一宮簡裁)高検速報267号、判時282号26頁。
《参照条文》 刑法二○九条
主 文 本件控訴を棄却する。
理 由
本件控訴の趣意は、弁護人----の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここにこれを引用するが、当裁判所はこれに対し次ぎのように判断する。
所論は要するに、本件の秋田犬はなんら凶暴性のない人によく馴れた犬であって、被告人としてはこのような温順な犬が突如、被害者におどりかかって噛みつくなどということはとうてい予見しえないから、被告人にとってはまさに不可抗力で過失はないというのである。
原判決の認定によると、被告人はマルという身長約八九糎、体重四五瓩もある大きな秋田犬をつれて原判示街路上に差し蒐つたのであるが、その綱を右手のみで 握りその端を三回くらい右手首にまいていただけであったため、偶々おでんをしゃぶりながらその附近を歩いていたA(当時九年)に右のマルが突如飛びつき同 女を地上に転倒せしめて咬みつき同女の顔面部等に約一ヶ月の加療を要する傷害を負わせたのであるが、おもうに街路上を巨大な体躯の犬を連れあるくよ うな場合にはそれが飼主に対しどのような温順な犬であっても、畜犬の性質上どうしたことから通行人に危害を加えないとも限らないし、ことに児童などは巨大 な体躯の犬が近ずけばつよい恐怖心からつい警戒的な姿勢をとりやすく、そのようなとき犬が自己に対する加害を虞れ、本能的に突然先制的な加害行為にでるこ とのあることも日常往々にして経験されるところであって、それは犬の飼主の予見しないことでないことはいうまでもない。したがってかような場合、犬による 加害を未然に防止するには、飼主としては犬の首輪を握るとか、またはその綱を両手で、しかも首輪にごく近く持つとかして犬の動作をじゅうぶん制禦体勢をと るべきことは当然のことといわねばならない。しかるに、本件において被告人が街路上を連れ歩いていたその飼犬マルは前記のように身長約八九糎、体 重四五瓩もある巨大な体躯の犬であるのに、それがたとえ所論のように飼主たる被告人に馴れた平素温順な犬であっても、おでんをしゃぶりながら無心に歩いて いた当時九才の被害者の後方にその犬が接近していったとき、被告人が前記の如くその綱の先端を片手にもっただけで漫然これに追随し、叙上のような犬の動作 を十分制禦しうる態勢をとっていなかったことは明であって、そのため不意に巨大な犬の接近してきたことに驚愕した被害者に対し、マルが突如飛びかかり、同 女を路上に転倒せしめて咬みつき、前記のような傷害を負わせたのであるから、被告人が過失の責めを負うべきはもちろんであって、所論のように不可抗力とは とうてい認めがたい。論旨は採用できない。
よって本件控訴はその理由がないので刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし主文のとおり判決する。
(裁判長 判事 小林登一 判事 成田薫 判事 布谷 憲治)
他人を使用して動物を飼育占有する者が被用者の選任監督につき過失がない場合と民法718条の責任の有無(積極)(昭和36・2・1東京地裁)判時248・15、判タ115・92、下民集12・2・203
last update 02 December 1999
□飼い猫を殺害されたことによる慰謝料請求を認めた事例
昭和33年(ワ)3678号・慰謝料請求事件(昭和36・2・1東京地裁民11部判決、一部認容)下民12巻2号203頁、判時248号15頁、判タ115号91頁、ジュリ225号3頁。
《参照条文》 民法七一〇条・七一八条
判 決東京都練馬区--番地
原 告 P1
同所
原 告 P2
右原告両名訴訟代理人弁護士 ------
東京都中野区--番地
被 告 D
右訴訟代理人弁護士 ------
同 ------
主 文
被告は原告P1に対し金一万六百円を支払え。
被告は原告P2に対し金一万円を支払え。
原告らその余の請求を棄却する。訴訟費用は二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余は被告の負担とする。
事 実
第一、当事者の求める裁判
一、原告らの求める裁判
被告は原告P1に対し金六万三千六百円を、原告P2に対し金五万円を支払え。訴訟費用は披告の負担とする。
との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言。
二、被告の求める裁判
原告らの請求は棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二、原告らの請求原因
一、原告両名は、昭和三十一年--月--日結婚して東京都練馬区--番地に居をかまえたが、同月末頃生後二週間くらいのめすの三毛猫一ぴきを結婚の祝としてもらいうけ「チイコ」と名をつけて、飼育して愛撫していた。
二、ところが、昭和三十二年十月十五日午前十時半頃、被告の被用人Aが、被告の所有で被告が飼育しているおすのシェパード、エル号を被告の飼育するドーベ ルマン、エミー号と共に原告住宅附近に連れてきて、エル号はけい留をしていなかったためエル号はひとりで、右住宅地をうろつき、折から原告方六畳の間で、 布ひもにつながれて、日なたぼつこをしていた「チイコ」を発見するや、同家の垣根を飛越え、畳の上に足をかけて、チイコをかみ殺して逃げた。
三、当時原告らの間には子がなく、チイコを自分の子のように愛していた。常に家の中で飼い、便所も家の中に作り、たれか見張っている時のほかは、戸外へ出 したことがなかった。食事も原告らと共にし、寝るのも原告らといつしよであった。チイコがむごたらしくも被告の飼犬によって殺害されたときは、原告らの悲 しみは親が子を失った場合と全く同様で、二日間は死骸の前に花と食物を三度三度そなえて嘆き悲しんだ。そしてかたみを残すために三日後に剥製を依頼し、同 年十一月三十日それが完成した。また、昭和三十二年十二月七日東京都--番地町E寺で仏式で葬式をすませ、練馬区F霊園動物慰霊墓地に墓地を求めて埋葬し た。しかしその間原告らは悲しみの余り、食事もすすまず、原告P1は勤務を休んで家に引きこもり、原告P2は家事を忘れてほんやり日を過した。
四、そこで原告らは被告に対し犬の占有者として、右チイコの殺害により原告らが受けた損害の賠償を求める。すなわち、原告P1については慰謝料として金五 万円、剥製料金一万三千円、慰霊埋葬料金六百円計六万三千六百円を、原告P2については慰謝料として金五万円の支払いを求める。
第三、被告らの答弁
一、請求原因に対する認否
第一項の事案中、原告らが原告主張の所に居住していることは認めるが、その余の事実は知らない。
第二項の事実中、Aが原告の被用者あること、シェバード、エル号は被告所有飼育に係るものであること、エルが「チイコ」をかみ殺したことは認めが、その余 の事実は否認する。エル号ひとり広場で遊んでいるとき、突然附近の章むらからチイコがとび出してきたので、エル号がチイコを追いかけていつたものである。
第三項の事実は知らない。
第四項の事実は否認する。猫の殺害にする慰謝料請求自体が失当である。本慰謝料は人的利盛の侵害により精神上苦痛を豪つた場合に認められるのであつて、例 外として財産権を侵害された場合にも認められるが、この場合には、特にその物が一般的に見て精神的価値があり、その物の取引の価額を賠償しただけでは、そ の損害が償われない場合でなけれぱならない。しかし、猫は一般的に精神的価値ありとはいえず、本件のチイコも原告らがほかから貰いうけて飼育していたもの で、通常の猫と変りなく、一般的に見て、特に精神的価値あるものとは考えられないから、その殺害に対して慰謝料の請求はできない。また猫の剥製料や埋葬料 も不法行為に基づく通常の損害ではないから賠償する義務がない。
二、被告の主張
被告はエル号の種類性質にしたがい次のとおり相当の注意をもって保管していたものであるから責任はない。すなわち、(1)エル号は優秀な犬にまで訓練して あって、過去において人畜に危害を加えたことはなかった。(2)被告は医者であるが稀な愛犬家であり、当時四頭の犬を飼育していたが、エル号のためには りっぱな犬舎を作り、金網張りの小屋の内に運動場を作り、更にその外側に二重に金網を張り、その飼育保管をしていたほどで、犬の飼育に経験のある右Aを専 属に雇い入れて飼育にあたらせていた。(3)被告は右Aに対し「常にどんな場合でも犬を草ひもから放してはならない」と厳重に注意していた。(4)たまた ま、この事故のあった当日は、飼育係のAが工ル号をつないで事故の起った東京都練馬区--番地原告住宅附近の広場につれていって、運動のためエル号のひも を解いたが、その場所は人家も人通りも全くない広場であって、このような場所で飼い犬を訓棟し移動しまたは運動させることは、東京都飼い犬取締条例第二条 第二項でも認められているところである。ところが突然草むらからチイコが飛び出したので、Aはエル号を制止したが、エル号は制止をきかす、前述のようにチ イコを追っかけて行って、何れかへ姿を消し、これを殺したのであるから被告に責任はない。
第四、被告の主張に対する原告らの答弁
被告主張の(1)の事実中、過去において人畜に危害を加えたことのないとの事実は否認する。その余の事実は知らない。(2)ないし(4)の事実は否認する。
エル号は今まで次のように人畜に害を与えている。すなわち昭和三十一年十一月十九日午後四時頃中野電報局員訴外Hはエル号により右腕関節を咬みつかれた。 またAは被告宅で飼育しているオームを猫がねらうので、このオームを守るためエル号に猫を殺す訓練をさせ、昭和三十一年十月頃中野区--番地附近に三毛猫 を発見するや直ちにエル号にその捕獲を命じ、これを咬み殺させた。その他中野区--番地の道路上でも飼猫一匹を咬み殺させたことがあり、このことを被告は 熟知していた。
また右広場は住宅地に連なる場所て東京都飼い犬条例第二条第二項にいう「人畜その他に害を加えるおそれのない場所」にあたらない。しかも最初からエル号はけい留されておらず、これらの点で管理につき注意義務を怠っていた。
第五、証拠関係(省略)
理 由
一 不法行為の成立
本件シェパード、エル号が披告の飼育する犬であって、被害に雇われていた訴外Aが、昭和三二年一○月一五日午前一○時半頃、右エル号を運動のため練馬区- -番地原告居宅附近の広場に連れて行き、つなを解いて運動させていたところ、右エル号が原告らの飼っていた「チイコ」と名づけられている猫をかみ殺したこ とは当事者間に争がない。そして右チイコは原告らが結婚記念に貰いうけて、原告らで飼っていたもので、原告らの所有であることは、原告ら各本人証人尋問の 結果によって認めることができる。被告はエル号の飼育者であり、Aは、単に被告の被用者として犬を運動のため連れていたものてあるから、被告は犬の占有者 として、民法第七一八条により、動物の種類及ぴ性質に従い相当の注意を以って保管をしたことを立証しない限り、猫が殺されたことにより、猫の所有者である 原告らが蒙った損害を賠償しなければならないことはいうまでもない。そこで、被告ならびにその被用者であるAが、右の犬の種類及ぴ性質に従って、相当の注 意を以って保管したかどうかについて判断する。
(1) 被告は エル号は優秀な犬で、過去において人畜に危害を加えたことはないと主張する。しかし、原告本人P1、P2の尋問の結果によれば、右エル号はセパード種に属 するどう猛な犬で、かつて郵便配達人をかんだこともあり、また、被告の家のオウムを猫がねらうので、被告はこの犬に猫をとるよう訓練し、今まで猫を殺した ことが二、三回あることが認められる。これに反する被告本人尋問の結果は採用しない。したがって、このような種類のまたこのような習性をもつエル号を運動 に連れて行くときは、人畜に危害を加えることのないよう特に注意する必要があるといわなければならない。
(2) 次に被告は犬の飼育に経験のある右Aを専属に雇い入れて飼育にあたらせ、運動の際犬を革ひもから放さないよう厳重に注意をしていたと主張する。 およそ他人を使用し、占有機関として動物を飼育占有する者は、その被用者に適当な者を選任するとともに、人畜に被害を加えることのないよう、占有機関であ る被用者に適切な指示を与えるなど監督すべき責任のあることはもち論であるけれども、その責任監督に何らの過失がなかったとしても、占有機関である被用者 に動物の保管につき過失があれば、その使用者である飼育占有者はその過失についても自己の過失として、民法七一八条により、責めに任ずべきものと解すべきである。本件の場合Aが被告の被用者としてエル号を飼育保管していたことは前に述ぺたとおりてあるから、猫がエル号にかみ殺されたことについて、Aに過失のある限り、犬の飼育占有者である被告は責を免れることはできない。
(3) 次に被告は、Aが運動のためエル号のひもを解いた場所は、人家も人通りもない広場であって、このような場所で飼い犬を連動させることは、東京都 飼い犬取締条例でも認められているところで、チイコが突然草むらから飛び出したため、これを追っかけてかみ殺したのであると主張する。しかし成立に争いの ない甲第五号証の二、証人B、Cの各証言及び原告P2本人尋問ならびに検証の結果によれば次の事実を認めることができる。被告に雇われているAが前記の日 時、右のエル号のほかグレードデン種の犬一ぴきを運動のため連れて、原告住宅附近の広場におもむき、エル号のけい留をといたため、エル号は原告方附近の住 宅地におもむき、そのまわりをうろつき、原告方六畳間でひもにつながれて日なたぼつこをしていたチイコを見つけて、さくを飛び越えて庭にはいり、これに襲 いかかり、これをかんで庭にくわえ出して殺したものであること、けい留をといた場所は当時は畑てあったけれども、すぐ原告らの二十戸ばかりある住宅地に連 なる場所であり、東京都飼い犬取締条例第二条第二号にいう「人畜その他に害を加えるおそれのない場所」に当らないこと、また現場附近で犬を運動させるなら ば、犬をけい留するか、犬を人家附近に立寄らせないよう、行動を制止しうるような位置に連れて行くなどの方法を構ずぺぎであるのに、このような措置をとら ず野放しにしたこと、これがためエル号が原告住宅方面をうろつき、チイコをかみ殺したものであることを認めることができる。右認定に反する証人Aの証言及 び被告本人尋問の結果は信用し難く、ほかに右認定を覆すにたる証拠はない。
(4) してみれば、Aは動物の種類及ぴ性質に従い相当の注意をもって、動物を保管したものとはいえないから、Aを占有機関として使用していた被告は、犬の加えた損害につき賠償の責を免れることができないものといわなければならない。
二 損害の賠償
(1) 慰謝料
そこで猫の死に対しまず被告に慰謝料を支払う義務があるかどうかについて判断する。
民法第七一○条は、 他人の身体、自由または名誉を害した場合と財産権を害した場合とを問わず、損害賠償の責に任ずる者は、財産以外の損害に対しても賠償をすることを要する旨 を規定し、財産権侵害の場合にも慰謝料の請求が許される旨を規定している。そして財産権侵害の場合も多かれ少なかれ精神上の苦痛を伴うのは普通であるが、 精神上の苦痛を蒙つ場合には常に慰謝料の請求が許されるものと解すべきではない。それは徒に訴訟を繁くするばかりでなく、多くの場合は、財産上の損害が賠 償されれば精神上の苦痛も慰謝されるから、財産上の損害賠償のほかに特に精神上の損害賠償を認める必要はないからである。しかし侵害された財産と被害者と が精神的に特殊なつながりがあって、通常財産上の価格の賠償だけでは、被害者の精神上の苦痛が慰謝されないと認められるような場合には、財産上の揖害賠償 とは別に精神上の損害賠償が許されるとかいさねばならない。ことに家庭に飼われている猫のように、その財産的価値はいうにたりなくとも、飼育者との間に高 度の愛情関係を有することを普通とする愛がん用の動物の侵害に対しては、動物に対する財産の価額の賠償だけでは、どうてい精神上の損害が償われない。もし この場合に、精神上の損害賠償を否定するならば、その動物の財産的価値が皆無に等しいときは、たとえこれを長年愛撫飼育し、その間に高度の愛情関係があっ ても、被害者は裁判上何らの救済も得られないことになり、公平の観念に反する。俗に「猫かわいがり」というこどばのあるとおり、家庭に飼われている猫が、 飼い主との問に高度の愛情関係にあることは通常のことがらであるから、加害動物の占有者がその間の事情を知ったと知らないにかかわらず、これがため猫の飼 主が精神上蒙った損害を賠償する義務があるといわなければならない。したがって、本件犬の占有者である被告は、猫の所有者である原告らに対して、犬が猫を かみ殺したことによって、原告らが精神上蒙った苦痛に対して慰謝料を支払う義務がある。
そこで慰謝料の額について判断する。証人Bの証言、原告P1、並びにP2の各本人尋問の結果によれば次の事実を認めることができる。原告らは昭和三一年結 婚の記念に知人から生後間もない本件の猫を貰い受け、当時原告らの間には子がなかったので「チイコ」と名づけて、自分の子のように愛撫し、牛乳、チーズ、 力ツオブシ、ニボシなどを常食として与え、寝るときも原告らといつしように寝ていた。したがってチイコは原告らによくなついており、原告P1が帰宅すると 足音を聞いて同原告を玄関まで迎えにくるほどになっていた。病気の時は医者にみせまた他人の家に迷惑をかけたり、ドブネズミやつまらぬ物を拾い食いして病 気にかからないように、いつも家の中で飼い、戸を開けておく時は外に出ないようにひもでつなぎ、用便も家の中でできるように用意しておき、こうして一年余 り飼っていた。事件当日原告P2は勝手で洗物をしていたところ、物音に驚いて六畳の間の方を見ると大きな犬にチイコがかまれていた。大きな声で救を求めた が、犬はチイコをくわえて走り去り、猫を口から放したときは、猫は血だらけで、むごたらしい死に方をしていた。犬を連れてきたAは謝りもせず、行ってし まったので、追っかけて住所を聞いたが、これに答えず、悪態をいって、いずれへか姿を消してしまい、同原告はチイコのむごたらしい死に方を見ていたく悲し むとともに、Aのし打ちに対しいたく憤激した。原告P1は勤めに出て漸く役所に着いた頃、原告P2からチイコが殺されたことを知らせられるや、急いで車で 帰宅し、調査の結果、漸くその犬は被告の飼っている犬であることが分つたが、チイコが前記のように原告らの住宅の六畳の間でかみ殺され、あまりにも惨虐な 殺され方をしているのを見聞するに及んで、原告P2とともに、あたかも親が子を失ったかのようにいたくその死を悲しみその夜は二人で泣き、一日中食事もす すまず、家の中で炊事をしても食べる気にもならないので、一週間ほどは夫婦で外食をした。チイコが死んで二日間はチイコの死骸の前に花と食物を三度三度供 えてその霊を慰さめ、二人相談の結果チイコを剥製にして家に残し、文京区--番地所在のE寺に依頼して仏式で葬式をすませ、その死骸をE寺の犬猫の墓地に 手厚く埋葬してその霊を慰めたほどであって、猫の死によって相当精神上の打撃を受けたこと、原告P1は昭和二九年--大学を卒業して、当時--省に勤めて おり、被告は相当大きく医師を開業しており、エル号のほかにも犬を四匹ぐらいも飼っておる身分であること、事件後、被告も原告方に行き一応謝罪の意を表し たこと、以上のことを認めることができる。これらの各種の事情を斟酌して、被告の原告らに対して支払うべき慰謝料の額はそれぞれ一万円をもって相当と認 め、その余は過当であると認める。
(2) 剥製料
原告P1本人尋問の結果及び右尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証ならびにチイコの写真であることにつき当事者間に争いのない甲第一号 証によれば、原告らはチイコをしのぷため千代田区--番地のG剥製所に依頼してこれを刻製にし、昭和三二年二月三○日その費用として一万三千円を支払った ことが認められる。しかし、猫が殺された場合に剥製にして保存することは特別の事情であって、通常の事情によるものではなく、右は通常生ずべき損害という ことはできないから、この点についての損害賠償請求は許されない。
(3) 埋葬料
原告P1本人の尋問の結果及び同尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三号証ならびにチイコの墓の写真であることについて争いのない甲第四号証によれ ば、次の事実を認めることができる。原告らは猫の供養のため前に述べたようにE寺の坊さんに拝んでもらい、練馬区--番地にあるFの動物慰霊墓地に埋葬 し、原告P1は供養料埋葬手数料として六百円をE寺に支払ったほか、続経料として千円、墓守に五百円渡して管理を頼み、昭和三三年、三四年の彼岸と盆に寺 に供養のため三百円ずつ寄附している。原告P1は右のうち供養料埋葬手数料として支払った六百円の賠償を被告に求めているのであるが、可愛がっていた動物 の死について本件のように供養をして墓地に埋葬することは異例のことでなく、犬猫などの動物を供養し埋葬する寺や、犬猫等の埋葬のために設けられた広い基 地があり、多くの愛犬家や愛描家が死んだ犬や猫をその墓地に埋葬していることを考えあわせると、右のような供養や埋葬をして、右の程度の費用を支払うこと は特異のことではなく、したがって右の支出は不法行為により通常生ずる損害であるということができる。よって被告は右の損害を原告に賠償する義務がある。
三 結論
よって、原告らの請求中、原告らに対し、それぞれ慰謝料として一万円、原告P1に対し埋葬料として六百円の支払を求める限度で原告の請求を理由ありと認 め、その余の請求は失当であるとして棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項ただし書を適用し、仮執行の宣 言はその必要のないものと認めて、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第十一部
裁判官 千 種 達 夫
犬がかみ殺されたことによる慰藉料請求をみとめた事例
last update 02 DEcember 1999
□犬がかみ殺されたことによる慰藉料請求をみとめた事例
損害賠償請求事件、東京高裁昭和三五年(ネ)一、八〇一号、昭和36・9・11民一二部判決、控訴棄却、原審東京地裁。判時283号21頁。
《参照条文》 民法七一〇条
判 決
東京都台東区--番地
控訴人 D
右訴訟代理人弁護士 ------
同都江戸川区--番地
被控訴人 P
右訴訟代理人弁護士 ------
右当事者間の昭和三十五年(ネ)第一、八〇一号損害賠償請求控訴事件につき、当裁判所は左のとおり判決する。
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
被控訴代理人の主張する請求原因事実は、原判決事実摘示と同一につき、これを引用する。
控訴代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として「控訴人が被控訴人の飼育するボクサー種の犬ジミーオブサトウ号を散歩に連れ出した際、同犬が他犬と咬み合 い負傷した結果死亡したことは認めるが、右犬の価値が被控訴人主張のとおりであること、その他被控訴人主張の事実は否認する。控訴人は昭和三十四年八月十 八日親しい友達である被控訴人の子と夜遅くまで飲食し、控訴人の運転する自動車に同人を乗せて被控訴人宅まで送り届けた上、路上で暫時休息したところ、翌 十九日未明頃被控訴人方の庭先で、予て控訴人を見知りなついているジミーが、控訴人を見て喜び愛嬌吠きをしたので、控訴人も可愛さの余り、思はず庭内に入 り、ジミーを引き出した。ジミーはなおも控訴人にじゃれつき、飛びつくので、つい散歩に連れて行く気になり、右犬を誘導しながら自動車を運転して荒川放水 路辺に出た。その際放ち飼になっていた他犬と本件犬とがいきなり咬み合いの喧嘩をなし両犬咬み合ったまま土手下まで転げ落ちた。控訴人は驚きあわてて自動 車より飛び下り、ジミーを自動車に助け乗せて被控訴人方に連れ戻った。控訴人が本件犬を散歩に連れ歩いたことにつき、不注意があり、右のような結果を生じ たことは間違いないが、これも決して悪意あってのことではなく、ただジミーが可愛くて、散歩させて喜ばせてやろうとの単純な考えから出たことが不測の事態 を招くに至ったものである。
と述べた。
証拠として、被控訴代理人は甲、第一号証の一、二、第二号証第三号証第四号証の一ないし十第五ないし第七号証第八号証の一二第九号証(ジミーの写真)を提 出し、当審証人A、B、C、Dの各証言を援用し、控訴代理人は甲第九号証の成立を認めるも、その余の甲号各証は不知と述べた。
理 由
本件の犬ジミーオブサトウ号が被控訴人の所有であること、昭和三十四年八月十九日朝控訴人が被控訴人方の庭先に立ち入り、同所に繋いであった右犬を勝手に 引き出し、自身は自動車を運転しながら、同犬を誘導して荒川放水路辺に至ったところ、突然他犬と咬合って負傷し、その結果遂にジミーば死亡するに至ったこ と(ジミーは右負傷のため肺気腫症を起し、獣医師の手当を受けたが、それが原因となって死亡したものである。当審証人Bの証言及び同証言により成立を認め うる甲第四号証の十参照)は、控訴人の認めるところであるから、控訴人が同犬を闘犬の用に供する悪意によって負傷に至らしめたのでないとしても、右の事実 自体から知り得るように無断で他人所有の犬を引出し、しかもその危害防止のため万全の手段を講ぜず、これを連れ歩いていた以上、その途中に生じたジミーの 負傷並びにこれに基づく死亡の結果につき少くも過失の責めあることは明らかであって(控訴人も事故の不注意を自認している)、控訴人はそのため所有者たる 被控訴人に蒙らしめた一切の損害を賠償する義務あるものというべきである。
然るところ、当審証人Bの証言により成立を認めうる甲第一ないし第七号証成立に争いのない同第九号証と当審証人A、B、C、Dの各証言によると、ジミーは 昭和三十一年九月二十九日生れた血統正しいボクサー種の牡犬で、被控訴人は同年十二月十日訴外Aより代金五万円で仔犬を買受け、爾来その飼育、訓練(訓練 費三万四千円を投じて専門の訓練士に委託して訓練した)断耳整形、病気の予防並に治療等に多額の費用を支出し、子供同様深い愛情と注意を持って育てて来た ので、社団法人日本警備犬協会同全日本畜犬登録協会より家庭犬中等訓練試験合格証(総評優)を授与され、また昭和三十三年二月十六日には国際畜犬連盟主催 の愛犬綜合大展覧会において優秀犬として受賞された程で、昭和三十四年七、八月頃代金二十七万円で買受の希望者があったが、それでも被控訴人はジミーを惜 しんで手放さなかったこと、当時はボクサー種の血統正しい犬であれば二、三十万円の値段は普通であったこと及び犬の生命は普通七、八年であるが、牡犬なら ば三、四年才の頃が一番値段の高いこと等の事実が認められる。以上によれば本件の犬ジミーは右事故当時他に売却すれば金二十七万円位の価値を有していたも のと認めるのを相当とすべく、従って控訴人は被控訴人に対し右同額の財産上の損害を賠償すべき義務がある。
一般に財産権侵害の場合に、これに伴って精神的損害を生じたとしても、前者に対する損害の賠償によって後者も一応回復されたものと解するのが相当であるけ れども、時として単に財産的損害の賠償だけでは到底慰謝され得ない精神上の損害を生ずる特別の場合もあり得べく、他人が深い愛情を以て大切に育て上げて来 た高価な畜犬の類を死にいたらしめたようなときは正にこの例であって、被害者は仮令畜犬の価格相当の賠償を得たとしてもなお払拭し難い精神上の苦痛を受け るのは当然であり、これはもとより当事者の予見しうべきところであるから、控訴人は被控訴人がジミーの死亡により蒙った精神上の損害に対する慰藉料をも支 払うべき義務ありといわなければならない。当審証人Bの証言及び同証言により成立を認めうる甲第四号証の十、第八号証の一、二によれば、被控訴人はジミー 負傷後直ちに治療費九千円を支出して獣医師の許で十分の手当を尽くし、その死亡後埋葬料三千円を支払って手厚く回向院に埋葬した事実を認めうべく、これと 前記の如きジミー死亡に至るまでの経過を参酌すれば、控訴人の支払うべき慰藉料額は金三万円を以て相当と認めうる。
よって、控訴人は被控訴人に対しジミー死亡による損害の賠償として、以上合計金三十万円及びこれに対する訴状送達の翌日(昭和三十五年三月十六日)以降完 済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものとして、被控訴人の請求全部を認容した原判決を相当とし、本件控訴を棄却するべく、訴訟費用 の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第十二民事部
裁判長判事 二宮 節二郎
判事 奥野 利一
判事 渡辺 一雄
飼犬の暴行と飼主の損害賠償義務(横浜地判昭和33・5・20)下民集9・5・864、判タ80・85 [近隣]
last update 28 November 1999
□飼犬の暴行と飼主の損害賠償義務
横浜地裁昭和三一年(ワ)第八〇三号、昭和33・5・20言渡。下民集9・5・864、判タ80・85。
判 決
横浜市中区--町--C(日本における最後の住所)
原告 P1
同所(同)
原告 P2
右原告等両名訴訟代理人弁護士 ------
同市同区同町--B
被告 D1
同所
被告 D2
右被告等両名訴訟代理人弁護士 ------
右当事者間の昭和昭和三一年(ワ)第八〇三号損害賠償請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主 文
被告D1は原告P2に対し、金十万円及びこれに対する昭和三十二年二月十五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を被告D1その余を原告等両名の各負担とする。
この判決は原告D1勝訴の部分に限り、同原告において金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事 実
原告等訴訟代理人は「被告等は連帯して、原告P1に対し金二十七万円、原告D2に対し金百三万円及びそれぞれ右各金額に対する昭和三十二年二月十五日以降 完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
「原 告P1、その妻P2及び被告D1は米国人被告D1の妻D2は日本人で原告等夫妻と被告等夫妻はともに横浜市の米人特設区域内に居住し、隣人の関係にあった ものであるところ、たまたま被告等の飼犬により左記のとおり原告等の飼犬が襲撃せられ、かつ原告P2が咬傷を受け、これがため原告等は左記のような精神的 並びに物質的損害を蒙った。すなわち、
(一)昭和三十一年五月四日被告等の飼犬は原告家の塀を跳び越えて邸内に侵入し、原告等の愛玩するダッチスハンド種の小犬を襲い、負傷せしめたので獣医による手当を必要とした。
(二)同年同月十三日被告等の右飼犬は再び原告家の塀を乗り越えて邸内に侵入し、原告等の右飼犬を襲って重傷を負わせた。
(三)同年同月二十一日午前七時三十分頃原告P2が被告家の附近の空地を散策中被告等の右飼犬は同原告の背後より突然襲いかかって同原告の左足首の上部に 咬みつき、これがため同原告は多量の出血と激痛を伴い、陸軍診療所において応急措置を受けたが、その際伝染病毒ありとして破傷風の注射と手当とがなされ た。しかも傷みは続き治癒に二カ月以上を要し、治癒後も深さ半インチの醜悪な青黒い傷痕を止め、物に触れたり、ブラシをかけたりするとなお疼傷を感ずる。
以上の次第で、被告等は動物の占有者として、その飼犬が加えた前記(一)乃至(三)の損害につき原告等に対し賠償をなすべき責任がある。而してその賠償責任は次のとおりである。
(1)原告等の被害飼犬は原告等の所有犬であるから右(一)、(二)による加害は原告等の所有権に対する侵害であり、右侵害に対する物的損害の賠償として、とりあえず原告P1は金五万円を請求する。
(2)原告等は右(一)、(二)による愛犬の負傷により精神的苦痛を蒙ったから慰藉料として各金二万五千円を請求する。殊に原告P2は婦人として、かつ愛犬家として右負傷を目撃した瞬間の恐怖が特に大きかったから右に加えてさらに慰藉料金五万円を請求する。
(3)前記(三)の原告P2の負傷については前記のとおり多量の出血と激痛が伴ったのみならず医師より伝染病毒に冒され破傷風になるおそれがあると告げら れたため、その精神的苦痛は大きく、この点に関する慰藉料は金二十万円を以て相当とする。なお原告P1も原告P2の夫として妻の病状を憂慮するの余り多大 の精神的苦痛を蒙ったから慰藉料金十万円を請求する。さらに原告P2の負傷は二カ月以上も治癒を必要とし、その間絶えず痛みが続き、傷が一応治癒した後 も、傷痕は依然として青黒く残り、婦人としては耐え難いものであるばかりでなく、現在なお物に接触すると疼痛を感ずるから、同原告としては、右の外治療が 延引したための苦痛に対する慰藉料として金三十万円、醜悪な傷痕となお続く疼痛に対する慰藉料として金三十五万円及び右通院加療に要したタクシー代金五千 円を請求する。
さらに被告等は前記(一)乃至(三)の事故発生後 もその飼犬を繋留することなく放飼を続けており、右飼犬は前記事故発生以前にも昭和三十年十月A方の女中Bに咬傷を負わせたことのある咬癖のある犬であっ て、被告家と住居を接する原告等としては何時被告等の右飼犬に襲撃されるやもはかられず、絶えず恐怖感に襲われていたものであるが、被告等は右の事情を十 分知悉しながら敢えて放飼を続けていたものであるから、右もまた被告等の不法行為というに妨げず、従って原告等は被告等に対し右恐怖感に対する慰藉料とし て各金十万円を請求する。
右のとおり被告等は動物の共同占有者と して或いは自ら共同不法行為者としてその責任を免れ得ないものであるから、被告等に対し、原告P1は前記損害賠償金合計金二十七万五千円のうち金二十七万 円、原告P2は前記損害賠償金合計百三万円及び右各金額に対する昭和三十二年二月四日附原告等訴状訂正申立書が被告等訴訟代理人に送達された日の翌日であ る昭和三十二年二月十五日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるため本訴に及んだ。」
と陳述し、被告等の主張に対し
「仮 に被告等の飼犬の占有者が被告D1であって、被告D2は占有者でないとしても、同被告は被告D1の妻であっ夫の不在中は夫に代って自ら保管の責に任じなけ ればならないしそうでない時でも社会通念上日常家事に準じ夫と同様保管の責を負わなければならないものであるから、いずれにしても占有者に代る保管者とし ての責任を免れ得ない。なお原告P2は被告等の飼犬の襲撃を挑発するような行動をとったことはない。」と延べ、
(立証略)
被告等訴訟代理人「は原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として
「原 告等主張の事実中原告等及び被告等がそれぞれ原告等主張のとおりの国籍を有すること、原告等夫妻と被告等夫妻とが原告等主張のとおり隣人の関係にあったこ と、原告等夫妻及び被告等夫妻がそれぞれ犬を飼育していたこと、昭和三十一年五月二十一日午前七時三十分頃被告等の飼犬が原告等主張の場所で原告P2の左 足首の上部に咬傷を与え、同原告が陸軍診療所で手当を受け、その後治療のため通院したこと、右飼犬が昭和三十年十月A方の女中Bを咬んだことがあることは 認めるが、その余の事実はすべて否認する。昭和三十一年五月四日及び同月十三日の原告等の飼犬に対する襲撃は、仮にかかる事実ありとするも、右は他家の飼 犬によってなされたものであって、被告等の飼犬によってなされたものではない。また原告P2の傷は軽微なものであって間もなく治癒し、現在何等の傷痕も止 めていない。被告等の飼犬がBを咬んだのは、当時同女が道路掃除のため長柄の箒を操っており、間近を通り過ぎようとした右飼犬に対し、あたかも武器を以て 攻撃するが如く見受けられたので、動物の習性として身に危険を感じて咬みついたまでであって、平素右飼犬に咬癖があったわけではない。なお右飼犬は原告 P2を咬んだ後直ちに米軍の病院に収容され、二週間に亘って厳密な検査を受けたが、無害の認定を得て返還され、爾後は邸内に繋留して置いた。
以上の次第で原告等の本訴損害賠償請求中原告P2の傷害に関する以外の部分に理由なきことが明らかであり、右傷害に対する慰藉料請求も過額に失する。なん となれば原告P2の傷害は前記の如く極めて軽微なもので、現在は傷痕も止めず、しかも同原告は右傷害の発生につき被告等の飼犬の襲撃を挑発するが如き態度 をとった点に過失が認められるからである。
ところで本件で問題と なっている犬は被告D1の所有犬で同被告名義を以て畜犬登録がなされており、従ってその占有者も被告D1であって、被告D2はその占有補助者の地位にある に過ぎない。されば少なくとも被告D2に関する限りは如何なる意味においても動物の占有者乃至保管者としての責任を負うものではない。」と述べ、
(立証略)
理 由
原告等夫妻と被告等夫妻が横浜市の米人特設区域内に居住し、両家が至近距離にあり、両夫妻ともそれぞれ犬を飼育していたことは当事者間に争いなく、原告等 各本人尋問の結果によれば、昭和三十一年五月四日及び同月十三日の二回に亘り原告等の邸内において原告等の飼犬が被告等の飼犬によって襲撃を受け、右第一 回襲撃の際には負傷して獣医の手当を求めたことを認めることができ、該鑑定に反する証人C及び被告等各本人の供述部分はたやすく措信し得ず、他に右認定を 左右するに足る証拠はない。しかしながら原告等の飼犬が原告等の主張するように重傷を受けたと認むべき証拠はさらになく、却って本件口頭弁論の全趣旨によ れば右傷も軽微なもので間もなく治癒していることを窺うに難くない。次に同年同月二十一日午前七時三十分頃原告P2が被告家の附近の空地を散策中被告等の 飼犬によってその左足首の上部に咬傷を受けたことは当事者間に争いなく、〈証拠〉によれば原告P2は右咬傷により相当の出血を見かつ苦痛を感じたので陸軍 診療所において応急手当を受けたところその傷は長さ二、三糎で相当深く、かつその際破傷風罹患のおそれありとしてその注射と手当がなされたが、その後同年 五月二十三日、同月三十一日、同年六月二日、同月五日及び同年七月二日の五回に亘り通院加療を受けその結果一応治癒したけれども、当時なお傷の周囲の皮膚 に傷痕と硬化とを示していたことを認めることができる。しかしながら〈また証拠〉によれば、右傷痕はその後に次第に薄れ最近に至っては外見上殆ど察知し得 られないのみならず、靴下を穿けば全く常態と異ならない程度に快癒し、日常の挙措動作においてはもとより社交場の応接等にも何等支障を来さない常態に立ち 至っていることが認められる。
よって次に右認定の事実を基礎にして、被告等の動物占有者としての責任について判断する。
まず原告等は被告等両名を右加害犬の共同占有者であると主張するのに対し、被告等はその占有者は被告D1のみであって被告D2は占有補助者に過ぎない旨抗 争するから、この点について考えてみるに、被告等各本人尋問の結果によれば、被告等の右飼犬は被告D1の所有犬として同被告名義を以て昭和三十一年三月頃 畜犬登録がなされていることが明かであり、右事実によれば法律上被告D1を以て右畜犬の占有者と目するを妥当とすべく、被告D2は被告D1の妻として事実 上右畜犬の保管に任ずることあるとするも、独自の占有権限はなく、従って夫の占有補助者たる地位を有するに過ぎないものと解すべく、民法第七百十八条第二 項に所謂「占有者に代わる保管者」の観念には占有補助者乃至占有機関は含まないものと解すべきであるから、原告等の本訴請求中被告D2に対して動物占有者 乃至保管者としての責任を追求する部分はいずれにしても失当として排斥を免れない。
そこで進んで被告D1の動物占有者としての責任について検討を加えることとする。
(1)原告等の飼犬の被害について
原告等各本人尋問の供述によれば、右飼犬は原告等の所有犬と停められるから、その被害につき、原告等が所有者として所有権の侵害を理由に治療費その他の物 的損害の賠償を求め得ることはいうまでもないが、さらに進んで精神的損害の賠償すなわち慰藉料を求め得るかについてはいささか疑いなきを得ない。もっとも 民法第七百十条は財産権の侵害に対しても慰藉料の成立を否定してはいないが、一般に財産権の侵害の場合には、精神的損害は財産的損害の裏に隠れ、財産的損 害が賠償されればこれに伴う精神的損害も一応治癒されたとみるべきであって、特に財産的損害を越える精神的損害がある場合には、特別事情による損害として 当事者が予見し得た場合に限りその賠償を命ずるを妥当と考える。ところで本件の場合、原告等が畜犬家として自己の飼犬が他人の飼犬によって襲撃を受ける負 傷を受けたとすれば、これによって精神的打撃を受くべきことは推測に難くなく、また被告D1も畜犬家として自己の飼犬が他人の飼犬を襲撃し傷害を与えたと すればその他人が精神上の苦痛を受くべきことを想像し得たであろうこともこれを臆測するに難くないが、前記認定のように原告等の飼犬の被害は至って軽微な もので、物的損害の外にさらに賠償に値するだけの精神的損害があったとは認められないから、この部分に対する原告等の慰藉料請求は認容し得ない。
なお原告P1は物的損害の賠償として金五万円を請求しているが、前記認定のとおり、原告等の飼犬の負傷は至って軽微なものであって、しかも既に治癒してお り、従って獣医に対する治療費もそう多額なものとは認められないから、右請求額は到底認容し得ないのみならず、右治療費の額もこれを特定すべき何等の根拠 がないから、その限度においてすらこれを認容するに由ない。
(2)原告P2の負傷について
原告P2は被告等の飼犬に咬まれ負傷したものであるから、右犬の占有者たる被告D1に対し、精神上の苦痛に対する損害賠償として慰藉料請求権を有すること はいうまでもない。そこでその慰藉料額について考えてみるに、一方前記認定にかかる傷害の部位、程度並びに治療経過を勘案するとともに、他方最近に至り、 原告P2の傷痕は外見上殆ど察し得られず、靴下を穿けば全く常態と異ならない程度に快癒し、日常の挙動動作においてはもとより社交上の応対等にも何等支障 を来さない状態に立至っているとの前記認定事実を斟酌し、なお原告P1、被告D1各本人の供述によって認められる「原告P2は米軍中佐夫人、被告D1は米 軍々属である事実」、その他諸般の事情を綜合考察すれば、右慰藉料額は金十万円を以て相当とする。(被告等の主張する原告P2が犬の襲撃を挑発したとの事 実についてはこれを肯認すべき何等の証拠もない。)なお、原告P2は通院加療のために要したタクシー代として金五千円を請求しており、同原告が通院のため にタクシーを用いたであろうことはこれを想像するに難くないが、そのタクシー代が幾何の額となるかについては何等の証拠がないから、結局この請求は認容し 得ない。
次に原告P2の右負傷に対する原告P1の夫としての慰藉料請求について考察する。
学説には、民法第七百十一条を限定的規定と解し、その反対解釈から傷害の場合には近親者の慰藉料請求権を否定する見解が多いが同法第七百九条、第七百十条 は必ずしも賠償請求権を直接の被害者に限定する趣旨ではないと解すべきであり、もし、しかりとすればこれらの法条によって被害者の近親者は生命侵害の場合 に限らず身体障害の場合にもなお慰藉料請求権を取得し得るものというべきである。ただこの場合現実に如何なる範囲まで賠償を認むべきかは、近親者として賠 償に値するだけの損害があるか、また、その損害が相当因果関係の範囲内にあるか否かによって決すべきである。かように考えるとき民法第七百十一条は生命侵 害の場合の特則として、被害者の父母、配偶者、子につき、かかる関係の立証を免脱し、当然賠償請求権者たり得ることを明らかにしたに止まるものといい得 る。
今本件について考えてみるに、原告P1は被害者原告P2の夫で あり、夫として妻の傷害に対し精神上の苦痛を感ずべきことはいうまでもないが、既に認定のとおり原告P1の精神上の苦痛も、もはや治癒せられたものという べく、しかる以上は妻たる原告P2の慰藉料の取得を以て満足すべきであって、右以外にさらに夫としての慰藉料を請求することは社会常識に照し好ましくない ものと認められるから、原告P1の本請求は排斥すべきである。
最 後に被告等の飼犬の襲撃に対する原告等の恐怖感を理由とする慰藉料請求については、原告P2の負傷事件発生後被告等はその飼犬を放飼することなく、邸内に 留置し、運動または散歩等のために外部に連れ出すときは常に鎖をつけていたことが証人B証言及び被告等各本人の供述に徴して認められるのみならず、原告等 の危惧する程度を以ては未だ慰藉料を発生せしめる要件となすに足りないから、この点に関する原告等の請求は理由がない。
以上説示のとおりとすれば、原告等の本訴請求中、原告P2が被告D1に対し前示咬傷に基く慰藉料として金十万円及びこれに対する昭和三十二年二月四日附原 告等訴状訂正申立書が被告等訴訟代理人に送達された日の翌日だえること本件記録に徴して明かなる昭和三十二年二月十五日以降完済に至るまで民法所定の年五 分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由あることが明かであるから、これを認容すべきも、その余の請求はすべて失当として棄却を免れない。よっ て訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第四民事部
裁 判 官 古 山 宏
動物占有者の責任(長崎控判年月日不詳(明治四十五年(ネ)129))新聞849・23[大正2・3・20]、評論2巻民法68頁
last update 02 December 1999
□動物占有者の責任
長崎控判年月日不詳(明治四十五年(ネ)129))新聞849・23 (大正二年三月二十日発行)
動物の占有者はその動物の種類及び性質に従ひ相當の注意を以て其保管を為したることを證明するにあらざれば動物が他人に損害を加へたる事実のみにより常に過失あるものと推定せらるべきものとす
家畜の犬は狂性又は獰猛性を有せざる以上は之を放飼するも普通其保管につき相當の注意を缺きたるものと認むることを得ざるも飼養者は其犬の行動に付ては常に他人に損害を加へざるやう相當之を監視すべき責あるものとす
民法第七百十八条に基く損害賠償の責任は他人の財産権を害したる場合にのみ限らるるものにあらず
(明治四十五年(ネ)第一二九号)
佐賀県--郡--町大字----番地控訴人 D
右訴訟代理人弁護士 ------
同県--郡--村大字----番地
被控訴人 P
右訴訟代理人弁護士 ------
右當事者間の損害賠償請求控訴事件に付當院は判決すること左の如し
主 文
第一審判決中被告に対し金六圓を支払ふべし訴訟費用は其四分の三を被告の負担とすとの部分を左の如く変更す。控訴人は被控訴人に対し金三百圓を支払ふべ き、其余の被控訴人の請求は之を棄却す。訴訟費用は第一審に於て確定したる部分を除き第一、二審を通し其二分の二を控訴人の負担としその他を被控訴人の負 担とす
事 実
控訴代理人は第一審判決中被告は原告に対し金六百圓を支払ふべしとある部分並に訴訟費用は其四分の三を被告の負担とすとの部分を廃棄しさらに被控訴人の請 求は之を棄却す訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とすとの判決を求め被控訴人代理人は本件控訴は之を棄却すとの判決を求めたり而して當事者双方の陳 述したる事実関係は控訴代理人に於て(一)控訴人は以前犬を飼養し其届出を為したることあるも明治四十三年中其犬は控訴人方より逃走し其後A方に飼養せら れ居りしことを聞知せしに過ぎず従って逃走後は控訴人の飼養犬に非ざるを以て何等の関係なし其逃走又は飼養廃しに付ては届出を為し居らず又加害犬が右の飼 養せしことある犬に該當することは之を認めず而して控訴人方に於て飼養せし犬の毛色は赤黒白の斑なりし旨、且本件加害場所と控訴人の住宅とは七里以上離れ 居れりと釈明し仮りに(二)控訴人の飼犬が本件の咬傷を為したりとするも控訴人は該犬の性質に従ひ保管上相當の注意を缺きたるをなし則ち控訴人の地方は咬 傷當時地方行政上狂犬病の流行区域なりとの事を知り又は知らざるべからざう事情も之なし飼犬は特に繋鎖又は篏口具を附すべき法令あるにあらず該犬の當時の 性質が特に凶暴の勢性ありしにあらず且咬傷の癖ありしにもあらず至極温順なる普通の犬なりしを以て之を放飼せしは保管上の注意を缺きたるものにあらず従て 賠償の責任ありとするも被控訴人は本件咬傷の生じたる當時被害者に対して注射其他相當の治療を盡さざりし過失に因り被害者は死亡するに至りたるものなれば 其死亡の為に生じたる被控訴人に対する慰藉金を請求するは不法なり被控訴代理人に於て本件加害犬がA方に居りし事実を認めず又咬傷當時被害者に対し狂犬病 予防の為め注射療法を為さしめざりしことは相違なきも直ちに相當医師の診断治療を受けしめたるものにして被害者の死亡は控訴人の過失に起因するものにあら ず殊に加害犬の狂犬なりしことは明治四十四年五月十一日より十二日に至り始めて聞知したりとの点を附加したるの外第一審判決の事実摘示と同一なるを以て並 に之を引用立證として被控訴代理人は甲第一号乃至七号證の一、二を提出し原審明治四十四年十一月二十五日の口頭弁論調書中被控訴人の申立として「本年三月 二十八日以前に被告の飼犬として届出を為したることはある旨の記載を援用し原審證人BACの證言を援用し證人Bの喚問を申請し控訴代理人は甲第一号乃至四 号、六、七号證の一、二の成立を認め甲第五号證に対しては不知の陳述をなし甲第二三号證及び原審證人B、A、Cの證言を利益に援用し原審鑑定人Eの鑑定を 援用し尚ほ鑑定の申出を為し證人Fの喚問を申請したり
理 由
案ずるに本件につき、被控訴人の二女たる被害者G齢七歳が明治四十四年三月二十七日午後三時頃居宅裏庭に於て遊戯中突然狂犬の為に右唇より頬に掛け咬傷せ られたる事実は甲第一、二号證及びBの當審並に原審の證言により之を認め得べし而して控訴代理人は加害犬は嘗て犬を飼養し其届出を為したることあるも該犬 は逃走して近隣のA方に居りたるものにして自己の占有中にあらざる旨抗争するも證人Aは明治四十三年二月頃他親犬を預り居りたるに生後三四箇月の牡子犬其 親犬を慕ひ来れり而して親犬は同月中に死し該子犬は居残りて同年四、五、六月の頃迄は居りたり而して其毛色は赤黒白の斑なりしが其後突然姿をみざる様なり たる旨證人Cは當時H警察署よりの照会に基づき職務上取り調べたるに加害犬はD方の飼犬なるも其當時温泉側の酢鮨屋某方に居りたる形迹ありたるを以て酢鮨 屋の主人を呼出し取調を為したるに其犬は自分方の飼犬にはあらざるも娘が犬を愛する為食物を与え居りたりと陳述したる旨證人Fは明治四十四年三月下旬頃自 分がD方に行き居たりし際酢鮨屋のAが来りD方の家人に自分方の犬は来り居らざるやを問ひたるにDの妻は来ては居らぬと思へど念の為め裏の邊を見て呉れよ と云ひたるにAは裏の邊を見廻し居らぬと云ひ帰りたることありたる旨を供述せり尚ほ甲第二号證たる獣医の疑狂犬撲殺死体剖検書には犬の毛色は虎毛前頭及頸 無に徴線状の白毛、胸腹四肢及尾尖に白毛ありとの記載ありて是等の證拠を綜合参酌するときはAの證言中に所謂子犬は其毛色が解剖したる犬と同様なるの点に 於て本件の加害犬に該當し加害犬は控訴人方より一時A方に行き居たる事実は之を認め得られざるにあらざるも證人Aは該狂犬解剖の際其犬には--町J飼犬と 彫せる首環の嵌めありし旨を供述しJと云ふは控訴人妻のK名義なるも妻に於て犬を飼養し其届出を為したることなきは控訴代理人の争はざる所なれば該狂犬は 咬傷當時依然控訴人の飼犬にして其占有中のものなりしことを認むるに足る然り而して該狂犬が一時A方に行き居りたる事実は同人に於て之を飼養し占有し居り たるものとは認め難きを以て夫等の事実は未だ以て該狂犬が控訴人の占有を離脱したる事実を確かむるに足らず
而 して動物の占有者は其動物の種類及び性質に従ひ相當の注意を以て其保管を為したることを證明するにあらざれば動物が他人に損害を加へたる事実のみにより占 有者は常に過失あるものと推定すべきものなることは民法第七百十八条の注意に依り明らかなり故に占有者が加害の事実に付き其責を免れんとするには先づ其動 物に付き保管上相當の注意を為したることを證明せざるべからず然らざれば被害者に対し損害賠償の責を免がるることを得ざるものとす而して家畜の犬は狂性又 は獰猛性を有せざる以上は之を放飼するも普通其保管につき相當の注意を缺きたるものと認むることは得ざるも飼養者は該犬の行動に付いては常に他人に損害を 加へざる様相當に之を監視すべき責あるものとす依て控訴人は本訴加害犬を占有するに付き保管上相當の注意を為したるや否やを審案するに本訴加害犬が頭初控 訴人方に於て飼養せらるるに當り狂性及獰猛性を有せざりしことは證人Aの證言に依り之を認め得べきを以て控訴人が本訴加害犬を放飼したるは未だ以て相當の 注意を缺きたるものと謂ふことを得ざるも本訴加害犬は明治四十三年中控訴人方を出て帰り来らざることは控訴人の自ら主張する所にして控訴人は其後数箇月間 其儘放擲し其間本訴加害犬の行動につき何等監視の責を蓋したる形蹟なく而して本訴加害犬が狂犬病に罹りたる日時は證人Aの供述に依れば明治四十四年三月十 七日前後なりとのことを認め得べきを以て控訴人が常に本訴加害犬の行動を監視したるに於て其狂犬病に罹りたることを知り又は少とも其性質の狂的に変じたる ことを知り得べき状態に在りしものなれば控訴人は本訴加害犬の保管上相當の注意を為したるものと認むることを得ず然らば控訴人は本訴加害犬が被控訴人の二 女Gを咬傷したるに因りて生じたる損害を賠償する責あるや勿論なり
控 訴代理人はGの死亡は咬傷の當時被控訴人に於て予防注射其他適當の治療を施さざりしが為めにして被控訴人の過失に基因するものなれば「G」の死亡に関し控 訴人は慰謝金を支払ふの義務なし殊に飼養犬が他人に加へたる損害を賠償すべき責任あるは其財産権を侵害せられたる場合に限る旨主張すれども甲第四号證たる 診断書に依ればGは本件咬傷の為め恐水病を惹起し為めに明治四十四年五月十二日死亡したる者にして控訴人飼養の狂犬に咬傷せられたるが為め死亡したるもの なること明瞭なり鑑定人Lの鑑定に依れば甲第四号證記載の治療方法は近時医学上の見地よりして不適當のものなりと云ふに在りて此鑑定は採用し得べきも甲第 四号證記載の治療を為したるは医師にして被控訴人は被害者が咬傷せられたる當時直に医師の診断治療を求め恐水病を致したる後も引続き同医師の治療を受けた ることは甲第四号證に依り之を認め得べく然らば同医師の治療方法が近時医学上不適當のものなりしとするも被控訴人の過失に因りて被害者は死亡したるものと は認むるを得ず又民法第七百十一条には他人の生命を害したるものは被害者の父母背部得者及び子に対しては其財産権を害せられざりし場合に於ても損害の賠償 を為すことを要すと規定し同第七百十八条には動物の占有者は其動物が他人に加へたる損害を賠償する責に任ず云々と規定しありて第七百十八条に基づく損害賠 償の責任は他人の財産権を害したる場合に限るべき理由なきを以て此点に関する控訴代理人の抗弁は理由なし
然 らば即ち上来説明する所により被控訴人が控訴人に対する本訴請求の原因あること寔に明瞭なり依て進んで其数額に付き案ずるに被害者は年齢七歳の少女にして 被控訴人は米穀販売業を営み家族は被害者の外両親、妻及び妹一名並に二女一男を有し之を扶養し居ることは被控訴人の認むる所のみならず甲第六、七号證に依 れば僅少の土地家屋を有すれども孰れも負債の抵當に供しあるを以て是等の事情を参酌するときは其の数額は三百圓を以て適當なるを以てこれを排斥せざる何か らず仍て第一審判決が被控訴人の請求原因を認容したるは相當なり控訴人に対して六百圓の賠償を命じたるは失當なるを以て本件控訴は理由ありとし訴訟費用の 負担に付ては民事訴訟法第七十八条第七十二条に則り主文の如く判決す
長崎控訴院第一民事部
裁判長判事 富田祐太郎* 判事 栗本 武三
判 事 遠藤 柾治 判事 村部 権蔵
判 事 中根要次郎
[NB]旧字体表記のままにいたしました。一部旧漢字表記が難しく、現在の字体になっています。*祐のへんは、「示」が正しい表記です。
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