last update 02 DEcember 1999
□犬がかみ殺されたことによる慰藉料請求をみとめた事例
損害賠償請求事件、東京高裁昭和三五年(ネ)一、八〇一号、昭和36・9・11民一二部判決、控訴棄却、原審東京地裁。判時283号21頁。
《参照条文》 民法七一〇条
判 決
東京都台東区--番地
控訴人 D
右訴訟代理人弁護士 ------
同都江戸川区--番地
被控訴人 P
右訴訟代理人弁護士 ------
右当事者間の昭和三十五年(ネ)第一、八〇一号損害賠償請求控訴事件につき、当裁判所は左のとおり判決する。
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
被控訴代理人の主張する請求原因事実は、原判決事実摘示と同一につき、これを引用する。
控訴代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として「控訴人が被控訴人の飼育するボクサー種の犬ジミーオブサトウ号を散歩に連れ出した際、同犬が他犬と咬み合 い負傷した結果死亡したことは認めるが、右犬の価値が被控訴人主張のとおりであること、その他被控訴人主張の事実は否認する。控訴人は昭和三十四年八月十 八日親しい友達である被控訴人の子と夜遅くまで飲食し、控訴人の運転する自動車に同人を乗せて被控訴人宅まで送り届けた上、路上で暫時休息したところ、翌 十九日未明頃被控訴人方の庭先で、予て控訴人を見知りなついているジミーが、控訴人を見て喜び愛嬌吠きをしたので、控訴人も可愛さの余り、思はず庭内に入 り、ジミーを引き出した。ジミーはなおも控訴人にじゃれつき、飛びつくので、つい散歩に連れて行く気になり、右犬を誘導しながら自動車を運転して荒川放水 路辺に出た。その際放ち飼になっていた他犬と本件犬とがいきなり咬み合いの喧嘩をなし両犬咬み合ったまま土手下まで転げ落ちた。控訴人は驚きあわてて自動 車より飛び下り、ジミーを自動車に助け乗せて被控訴人方に連れ戻った。控訴人が本件犬を散歩に連れ歩いたことにつき、不注意があり、右のような結果を生じ たことは間違いないが、これも決して悪意あってのことではなく、ただジミーが可愛くて、散歩させて喜ばせてやろうとの単純な考えから出たことが不測の事態 を招くに至ったものである。
と述べた。
証拠として、被控訴代理人は甲、第一号証の一、二、第二号証第三号証第四号証の一ないし十第五ないし第七号証第八号証の一二第九号証(ジミーの写真)を提 出し、当審証人A、B、C、Dの各証言を援用し、控訴代理人は甲第九号証の成立を認めるも、その余の甲号各証は不知と述べた。
理 由
本件の犬ジミーオブサトウ号が被控訴人の所有であること、昭和三十四年八月十九日朝控訴人が被控訴人方の庭先に立ち入り、同所に繋いであった右犬を勝手に 引き出し、自身は自動車を運転しながら、同犬を誘導して荒川放水路辺に至ったところ、突然他犬と咬合って負傷し、その結果遂にジミーば死亡するに至ったこ と(ジミーは右負傷のため肺気腫症を起し、獣医師の手当を受けたが、それが原因となって死亡したものである。当審証人Bの証言及び同証言により成立を認め うる甲第四号証の十参照)は、控訴人の認めるところであるから、控訴人が同犬を闘犬の用に供する悪意によって負傷に至らしめたのでないとしても、右の事実 自体から知り得るように無断で他人所有の犬を引出し、しかもその危害防止のため万全の手段を講ぜず、これを連れ歩いていた以上、その途中に生じたジミーの 負傷並びにこれに基づく死亡の結果につき少くも過失の責めあることは明らかであって(控訴人も事故の不注意を自認している)、控訴人はそのため所有者たる 被控訴人に蒙らしめた一切の損害を賠償する義務あるものというべきである。
然るところ、当審証人Bの証言により成立を認めうる甲第一ないし第七号証成立に争いのない同第九号証と当審証人A、B、C、Dの各証言によると、ジミーは 昭和三十一年九月二十九日生れた血統正しいボクサー種の牡犬で、被控訴人は同年十二月十日訴外Aより代金五万円で仔犬を買受け、爾来その飼育、訓練(訓練 費三万四千円を投じて専門の訓練士に委託して訓練した)断耳整形、病気の予防並に治療等に多額の費用を支出し、子供同様深い愛情と注意を持って育てて来た ので、社団法人日本警備犬協会同全日本畜犬登録協会より家庭犬中等訓練試験合格証(総評優)を授与され、また昭和三十三年二月十六日には国際畜犬連盟主催 の愛犬綜合大展覧会において優秀犬として受賞された程で、昭和三十四年七、八月頃代金二十七万円で買受の希望者があったが、それでも被控訴人はジミーを惜 しんで手放さなかったこと、当時はボクサー種の血統正しい犬であれば二、三十万円の値段は普通であったこと及び犬の生命は普通七、八年であるが、牡犬なら ば三、四年才の頃が一番値段の高いこと等の事実が認められる。以上によれば本件の犬ジミーは右事故当時他に売却すれば金二十七万円位の価値を有していたも のと認めるのを相当とすべく、従って控訴人は被控訴人に対し右同額の財産上の損害を賠償すべき義務がある。
一般に財産権侵害の場合に、これに伴って精神的損害を生じたとしても、前者に対する損害の賠償によって後者も一応回復されたものと解するのが相当であるけ れども、時として単に財産的損害の賠償だけでは到底慰謝され得ない精神上の損害を生ずる特別の場合もあり得べく、他人が深い愛情を以て大切に育て上げて来 た高価な畜犬の類を死にいたらしめたようなときは正にこの例であって、被害者は仮令畜犬の価格相当の賠償を得たとしてもなお払拭し難い精神上の苦痛を受け るのは当然であり、これはもとより当事者の予見しうべきところであるから、控訴人は被控訴人がジミーの死亡により蒙った精神上の損害に対する慰藉料をも支 払うべき義務ありといわなければならない。当審証人Bの証言及び同証言により成立を認めうる甲第四号証の十、第八号証の一、二によれば、被控訴人はジミー 負傷後直ちに治療費九千円を支出して獣医師の許で十分の手当を尽くし、その死亡後埋葬料三千円を支払って手厚く回向院に埋葬した事実を認めうべく、これと 前記の如きジミー死亡に至るまでの経過を参酌すれば、控訴人の支払うべき慰藉料額は金三万円を以て相当と認めうる。
よって、控訴人は被控訴人に対しジミー死亡による損害の賠償として、以上合計金三十万円及びこれに対する訴状送達の翌日(昭和三十五年三月十六日)以降完 済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものとして、被控訴人の請求全部を認容した原判決を相当とし、本件控訴を棄却するべく、訴訟費用 の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第十二民事部
裁判長判事 二宮 節二郎
判事 奥野 利一
判事 渡辺 一雄