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平成17年5月30日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)第297号 損害賠償請求事件(甲事件)
平成16年(ワ)第443号 損害賠償請求事件(乙事件)
口頭弁論終結日 平成17年4月22日
主 文
1 被告は,原告Aに対し,11万円及びこれに対する平成16年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を,原告Bに対し,90万円及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による金員を,それぞれ支払え。
2 原告A及び同Bのその余の請求並びに原告Cの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告Aと被告との間で生じた分はこれを10分し,その9を同原告の負担とし,その余を被告の負担とし,原告Bと被告との間で生じた分はこれを3分し,その1を同原告の負担とし,その余を被告の負担とし,原告Cと被告との間で生じた分は,同原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 甲事件
被告は,原告Aに対し,110万円及びこれに対する平成16年5月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を,原告Bに対し,135万円及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による金員を,それぞれ支払え。
2 乙事件
被告は,原告Cに対し,110万円及びこれに対する平成16年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告からマンションを購入した原告A,同B及び同C(以下「原告ら」という。)が,原告Aにおいては,被告の従業員からペット類の飼育が禁止されるマンションであると説明を受けて購入したにもかかわらず,後にその飼育が許容されるマンションとして販売されていたことなどにより生活の平穏等を害されて精神的苦痛を被ったなどと主張し,原告B及び同Cにおいては,被告の従業員からペット類の飼育が許容されるマンションであると説明を受けて購入したにもかかわらず,従前その飼育が禁止されるマンションとして販売されていたことなどにより犬の飼育ができなくなって精神的苦痛を被ったなどと主張して,被告に対し,不法行為(民法715条)又は債務不履行(415条)に基づく損害賠償請求として,原告A及び同Cについては110万円(慰謝料100万円及び弁護士費用10万円),原告Bについては135万円(慰謝料100万円,犬の購入代金に係る損害23万円及び弁護士費用12万円)並びに上記各金員に対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
1 前提事実(争いがない事実又は掲記の証拠等により容易に認定できる事実)
(1) 当事者及び被告関係者
ア 当事者(争いがない。)
原告らは,いずれもE(以下「本件マンション」ということがある。)を購入して入居している者であり,被告は,本件マンションの販売業者である。なお,Fは原告Aの母親であり,Gは,原告Cの父親である。
イ 被告関係者(乙1,証人H,同I)
Hは,平成5年5月17日から平成15年4月末まで被告に勤務し,被告におけるマンション営業部の営業課長として本件マンションの販売に従事していた者である。Iは,平成14年10月から平成16年5月31日まで被告に勤務し,同人も同部の課長としての地位に就き,本件マンションの販売に関わっていた者である。J(以下「J」という。)は,平成15年5月から被告で勤務を始め,同部に配属された従業員である。
(2) Eの建設等(甲イ2,ロ2,ハ3,乙2,3,証人H)
本件マンションは,平成14年8月20日新築された15階建てのマンション(販売戸数56戸)であり,O市の市街地が徒歩圏内という利便性を有し,1階フロアに共同天然温泉浴場施設を完備している。2階から15階までが居住部分となっているが,各階とも4つの区分所有建物が設置され,東側から1,2,3及び5の順に号室番号が付されている。
(3) マンションの購入
ア 原告Aの購入(甲イ1,2,弁論の全趣旨)
原告Aは,Fとともに,平成14年2月8日,土地付区分建物売買契約書(甲イ1)を交わし,被告から,別紙1物件目録記載のマンションを購入し,同年9月の建物竣工直後に入居した。購入金額は合計2650万円であり,原告Aらは,契約時に手付金として100万円を,同年9月6日に中間金として1000万円を,同年10月24日に残代金として1550万円を支払うこととなった。そして,同月23日売買を原因として,同月24日原告A及びFの共有名義により所有権保存登記が経由された。なお,被告は,売買契約書14条(管理運営)において,買主は所有権取得の日から使用,共用部分の管理並びにEの環境維持について別に定める管理規約を順守し,他の購入者と共同して管理組合を結成することや,引渡後,最初の1年間は被告が管理組合の運営について協力することを規定していた。
イ 原告Bの購入(甲ロ1,2,弁論の全趣旨)
原告Bは,平成15年6月18日,土地付区分建物売買契約書(甲ロ1)を交わし,被告から,別紙1物件目録記載のマンションを購入し,同年7月26日妻と共に入居した。購入金額は合計1950万円であり,契約時に手付金として100万円を,その後,中間金として365万円を,残代金として現金1135万円及び福岡銀行住宅ローンにより350万円を支払うこととなった。そして,原告Bは,被告から,平成15年12月5日売買を原因とする同日付け所有権移転登記を受けた。
ウ 原告Cの購入(甲ハ1ないし3,5,弁論の全趣旨)
原告Cは,平成15年3月24日,同原告名義により土地付区分建物売買契約書(甲ハ1)を交わし,被告から,別紙1物件目録記載のマンションを購入した。購入金額は合計2500万円であり,契約時に手付金として100万円,同月31日に中間金として1120万円を,同年6月24日に残代金として1280万円を支払うこととなった。ただし,残代金については,同原告所有の区分所有建物Kの売却資産から充当するものとし,支払期日までに売却できないときは被告が決済を行うことを内容とする同年3月24日付け覚書(甲ハ2)が交わされた。そして,原告Cは,被告から,平成15年8月29日売買を原因とする同年9月1日付け所有権移転登記を受けた。
(4) 管理規約案におけるペット類飼育に関する定め(甲ニ5,弁論の全趣旨)
販売業者である被告は,購入者との売買契約に当たって管理規約案を用意していたが,同管理規約案には,本件マンションの入居者によるペット類の飼育に関する規定はなかった。
(5) 「管理組合」設立に向けての説明会での決議(甲ニ1,弁論の全趣旨)
本件マンションの入居者は,平成15年8月24日,本件マンションの管理組合設立に向けての説明会(以下「本件説明会」という。)を開催し,議事内容として,①管理組合に関しての説明,②共用施設(温泉・駐車場等)に関しての説明,③ペットの飼育に関しての説明,④その他質疑応答が予定されたが,その際,同日時点でペットを飼育している入居者につきそのペット1代限り飼育を認めることが決議された(以下「本件決議」という。)。
(6) 原告Bのペット死亡と管理組合理事会の対応(争いがない。)
原告Bは,被告の従業員から本件マンションでペット類(犬)の飼育が可能であると説明を受け,入居当初から犬を飼育していたが,間もなくして犬が死亡した。そこで,本件マンションの管理組合理事会は,平成15年10月25日,原告Bについて特例(以下「本件特例」という。)として新たに犬を購入して飼育することを許すことにした。
(7) 第1回総会の議事(甲ハ2,6,8,9,弁論の全趣旨)
本件マンションの管理組合第1回総会(以下「第1回総会」という,)が,平成15年10月19日に開催され,本件決議を前提とする内容の動物飼育の禁止条項(67条)が追加された管理規約(甲ニ8)が承認されるとともに,一の専有部分につき犬もしくは猫一匹の飼育とする旨定めたペット飼育細則(甲ニ9)(以下「本件飼育細則」という。)が承認された。
(8) 第3回総会の議事と原告Bの対応(甲ニ4,弁論の全趣旨)
本件マンションの管理組合第3回総会(以下「第3回総会」という。)が,平成16年2月8日に開催され,ペットの飼育に関する議題の中で本件特例が問題となり,原告Bは,新たに購入した犬の飼育を断念した。
2 当事者の主張
(原告らの主張)
(1) 原告Aの主張
ア 原告Aは,動物,特に犬に対して恐怖心と嫌悪感を有していたが,本件マンションの売買契約に当たってHに確認した際,同女から,「当マンションはペット類を飼育できる造りにはなっていないので,ペット飼育は禁止です。」と確定的な説明を受けたため,購入を決意した。なお,Fも動物嫌いである。
イ ところが,被告は,竣工前から平成15年3月ころまではペット類の飼育が禁止であると説明していたが,販売実績が伸び悩み,これを上げるため,同月ころから,入居者の承諾も得ず,飼育可能と説明するようになった。また,被告の従業員は,ペット類の飼育が最終的に管理組合で決せられるという留保を付けた説明を全くしていなかった。そして,同月以降の購入者には,飼育する者が多かったため,同年8月24日の本件説明会において,入居者らは,管理組合内部に対立が生じるのを避けるため,苦渋の選択としての次善の策として,本件決議をした。
ウ ところで,マンションで動物を飼育できるか否かは,動物の鳴き声や悪臭の可能性,共用部分での動物との遭遇による恐怖や現実の事故の危険性,建物の価値の低下などの点から,マンション購入の判断に当たって重要な要素となる。ところが,Iら被告の従業員が上記のとおり時期的に異なった説明をしたことにより,後の購入者が動物を飼育することとなったため,原告Aは,騒音や悪臭,共用部分で遭遇した際の恐怖感,建物価値の低下などの損害を受けた。こうした被告従業員の行為は,原告Aの生活の平穏や健康,財産価値を侵害する不法行為を構成する。また,ペット類飼育の可否について説明を変更する場合,入居者に対して説明し,承諾を得ることは,販売業者として,契約に付随する信義則上の義務であって,権利侵害をもたらす違法性がある。
エ 原告Aは,本件決議を考慮しても,10年以上にわたって動物が飼育されることに耐えなければならないし,5世帯も飼育していることにより大きな苦痛を受けている。その精神的苦痛に対する慰謝料としては100万円を下らないし,不法行為と相当因果関係のある損害は10万円である。
(2) 原告Bの主張
ア 原告Bは,以前から自宅でイギリス産キャバリアキング・チャールズ・スパニエル犬(以下「スパニエル犬」という。)を飼育し,子供がいないため,妻共々家族の一員のように可愛がり,犬を飼育できるマンションを探していたところ,平成15年5月24日,本件マンション見学した際,Jからペット飼育が可能であるとの説明を受け,購入する気持ちになった。I及びJらは,同月末,同原告の旧自宅を訪れて勧誘した際も,原告Bの確認に対して飼育可能と答えた。
イ 上記(1)イ(原告A)に同じ。
ウ 原告Bは,平成15年9月19日,スパニエル犬を死亡により失ったため新たに購入を希望したところ,同年10月19日開催の管理組合理事会で,本件特例が認められたため,同年11月10日新たにプードル犬を23万円で購入した。ところが,平成16年2月8日の第3回総会で,本件特例承認の報告に対して,一代限りの原則を貫くべきであるとの意見が強く出されたため,原告Bは,管理組合とではなく,被告との間で今後話し合う旨発言し,本件特例は認められないとの決議がされた。そのため,原告Bは,同月10日,販売先のペットショップを通じて,上記プードル犬を第三者に譲渡せざるを得ず,犬を飼育できなくなった。
エ ところで,ペット類を飼育する者にとっては,マンション購入の判断に当たって飼育できるか否かが決定的な要素であり,このことは販売業者の従業員である以上当然認識できる。ところが,Iら被告の従業員は,上記のとおり時期的に異なった説明をし,飼育可能であると説明して本件マンションを販売するに当たって,従前飼育禁止の説明を受けた購入者がいたことから,将来的に問題が発生する可能性があることは予期できたにもかかわらず,飼育できなくなる可能性についての説明を怠った。こうした被告の従業員の行為は,ペット類を飼育する購入者の動物飼育自由を侵害し,売買契約に付随する重要な事項の説明義務違反であって,不法行為又は債務不履行を構成し,被告は,使用者責任(民法715条)又は履行補助者の説明義務違反による債務不履行責任(同法415条)を負う。
オ 子供がいないために長年犬を飼育してきた原告Bは,不法行為又は債務不履行により犬を飼育できない状態に追い込まれ,極めて寂しい生活を余儀なくされた。その精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らないし,前記のとおり新たに購入したプードル犬を手放さざるを得ず,これにより購入代金23万円が無駄となったため,同金額の損害を被った。また,不法行為又は債務不履行と相当因果関係のある損害は12万円である。
(3) 原告Cの主張
ア 原告Cは,幼いころから常時犬を飼育し,実家で居住していた平成13年11月までポメラニアンを飼育していた。原告Cは,同月,仕事の都合によりKを購入して転居したが,同マンションは動物の飼育が禁止されていたため,つらい思いをしていた。平成15年3月上旬ころ,IがGの紹介で原告方を訪れ,本件マンション購入を勧めた際,原告らの確認に対し飼育可能であると説明したため,Kを売却するとともに,本件マンションを購入することとし,転居後しばらくして実家からポメラニアンを本件マンションに引き取る予定でいた。
イ 上記(1)イ(原告A)に同じ。
ウ 原告Cは,被告従業員から住民間の調整を依頼されたGが理事長に就任していたため遠慮し,平成15年8月24日時点でポメラニアンを引き取っていなかったため,飼育できないこととなった。
エ 上記(2)エ(原告B)に同じ。なお,原告Cが,仮にペット類飼育の可否を被告の従業員に対して確認していなかったとしても,被告の従業員が他の入居者に承諾を得ず,飼育の可否という重要問題に関する説明を変更したことにより,ペット類を引き取って飼育する権利を失った。
オ 幼少時から長年犬を飼育してきた原告Cは,Kを売却し,引越費用等相当な金額を掛けて本件マンションを購入したが,不法行為又は債務不履行により犬を飼育できない状態に追い込まれ,引き取る予定のポメラニアンを引き取れず,極めて寂しい生活を余儀なくされた。その精神的苦痛に対する慰謝料は100万円を下らない。また,不法行為又は債務不履行と相当因果関係のある損害は10万円である。
(被告の主張)
(1) 被告は,本件マンションの販売に当たって,当初ペット類の飼育を禁止する説明をしていたが,最終的には管理組合で決められるものであるため,売買条件とはしなかったし,管理規約案にも飼育禁止の規定はなかった。平成15年4月ころまでの購入者のうち,11世帯が入居済みとなり,そのうち2世帯が猫(2匹)とウサギ(1匹)を飼育していたことや,同年5月ころからペット飼育希望者が数名いたことから,飼育禁止の説明を止めて,飼育可能と説明することにした。原告らは,いずれも慰謝料を請求しているが,社会生活上,受忍の程度を超えた精神的,肉体的苦痛を感受した者,金銭で慰謝されるに値する程度に精神的利益を喪失した者については慰謝料を請求できるものの,原告らの主張する権利侵害は,いずれも社会生活上受忍の程度を超えるとは評価できない。
(2) 原告Aの主張について
ア 被告は,原告Aらから,動物嫌いであるため,ペットの飼育の可否により購入を判断するとの意向を示されたことはないし,原告Aに対してペット類の飼育が禁止であることを具体的に説明したことはない。
イ ペット類は,本来屋内で飼育されるから,鳴き声や悪臭の可能性等をもたらすものではない。したがって,説明が時期的に異なってもそれ自体権利侵害をもたらす違法性はない。
ウ 原告Aが主張する平穏や健康という概念はあいまいである上,ペット類の飼育が一代限りとされ,本件マンションでペット類を飼育している数世帯に限られている現状に照らしても,原告Aの生活の平穏や,健康,財産の価値を侵害する状況にはないし,原告Aも日常的に犬を飼育している入居者方を訪れている。したがって,社会生活上の受忍限度を超えるとは評価できないし,ペット類飼育の可否によってマンションの客観的な財産価値を評価できるものでもなく,財産権の侵害が直ちに慰謝料請求権を発生させるものでもない。
(3) 原告Bの主張について
ア ペット類飼育禁止の説明を受けた入居者がいたとしても10名前後であって,うち2名がペットを飼育していたにもかかわらず,異議を唱える者がなかったことに照らし,被告において将来ペット類を飼育できなくなる可能性を予見できるものではないし,一代限りとしたのは,管理組合である。原告Bもこれに同意し,本件特例についても自ら飼わなくて良いと申し出ているのであって,被告の従業員の説明との間に因果関係はないし,原告Bの飼育自由の侵害と評価しうる不法行為及び債務不履行もない。
イ 原告Bが新しい犬を購入したのも理事会決議に従ったに過ぎず,被告が関与したものではないし,被告従業員の説明との間に因果関係はない。
ウ 原告Bは,動物飼育の自由を被侵害利益とするようであるが,ペット類飼育を禁止する管理規約も違法ではなく,飼育できなくなったとしても,直ちに社会生活上受忍限度を超えるとは評価できない。
(4) 原告Cの主張について
ア Iは,原告C名義で契約を締結したものの,Gと交渉したのであって,同原告との間では何ら交渉を持っていない。Gが本件マンションに一人で来場し,その後,IがGに連絡した上,Kを訪問したが,同所には同人とその友人の女性がいたに過ぎないし,犬が飼えるかを聞かれたことや飼えると説明したことはない。
イ 原告Cが購入直後に本件マンションに入居した事実はないし,U号室を同原告及びその父親が利用しているものの,日常的な生活空間として居住していたものではない。
ウ 原告Cも,動物飼育の自由を被侵害利益とするようであるが,ペット類飼育を禁止する管理規約も違法ではなく,飼育できなくなったとしても,直ちに社会生活上受忍限度を超えるとは評価できない。
3 本件の争点
本件の主要な争点は,本件マンションの販売に当たって,被告従業員の原告らに対してペット類の飼育に関してした説明等が,原告らに対する不法行為又は債務不履行を構成するか否か,上記不法行為又は債務不履行により原告らに慰謝料請求権が認められるか否か,その損害の額はいくらかである。
第3 当裁判所の判断
当裁判所は,被告従業員の原告A及び同Bに対する説明等については,不法行為(又は債務不履行)を構成し,慰謝料請求権が発生すると判断し,原告Aにつき慰謝料10万円及び弁護士費用1万円の合計11万円,原告Bにつき慰謝料70万円,犬の購入代金に係る損害11万5000円及び弁護士費用8万5000円の合計90万円の支払いを求める限度で,それぞれその請求の一部につき理由があると判断し,原告Cに対する説明等については,不法行為及び債務不履行を構成しないと判断し,その請求には理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 本件の事実関係
前提事実に加え,証拠(甲イ3,ロ3ないし6,ハ4ないし6,ニ1ないし9,15,乙1ないし4,証人I,同H,原告A,同B,同C)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告Aの購入の経緯
原告Aは,旧宅にFと居住していたが,同女が足を悪くして車いすを利用するようになったため,バリアフリーのマンションを購入しようと考えた。ただし,2人とも犬や猫が嫌いであったため,ペット類の飼育ができないマンションを探して約3軒見学するなどし,その中には飼育可能と聞いて購入を断ったものもあった。原告Aは,旧宅の売却を依頼した不動産業者から被告を紹介され,同不動産業者から,本件マンションのパンフレット上,ペット類の飼育は認められていないようであると聞いていた。原告Aらは,被告から,平成14年2月8日,本件マンションのV号室(以下,本件マンションにおける区分所有建物につき,単に号室のみにより特定する。)を購入し,同年9月1日引渡しを受けて,同月17日入居した。購入代金は旧宅の売却代金と原告Aの貯金を充てた。
(2) 原告Cの購入の経緯
原告Cは,Gの資金によりKを購入し,約1年間居住していた。Iは,Hから,平成15年3月14日,Gが新規に本件マンションに来場した旨を聞き,Gに対して連絡を取った上,翌15日,Kにおいて,同人及びその知人女性と会い,マンション購入の値引額等について話し,同月24日,U号室につき売買契約書を交わした(Gが原告C名義で契約書に署名した。)。同年4月4日に引渡しが行われた際,Iが原告Cと面談したことがあったが,原告Cが入居したのは同年8月26日であった。なお,上記U号室についても,Gが購入資金を準備した。
(3) L・Mに対する販売と被告の対応
Iは,平成15年3月30日,来場したLをW号室に案内するなどし,同年4月13日,来場したL及びMから,犬を飼っているという話を聞いた(なお,両名は,被告の常務との間で,マンション購入を決めたようであった。)。Iは,Hから,ペット類の飼育が禁止であると聞いていたため,被告代表者Dに相談した結果,同人から入居者全員を回って了解を取るよう指示を受けた。そこで,Iは,同月21日,Nの妻及びOの妻に対して問い合わたところ,Nからは,どちらでもよいが,入居者の中で反対があれば良くない旨,Oからは,ペットは嫌いだから反対である旨回答を得た。Iが問い合わせたことは,その翌日ころまでにほとんどの入居者に知れ渡り,Iは,それ以上,他の入居者を回って了解を取ることはなかった。被告の従業員は,このころから,本件マンションをペット類の飼育が可能なマンションとして販売するようになった。そして,被告は,Mとの間で,同年5月11日,X号室の売買契約をした。
(4) 原告Bの購入の経緯
原告Bは,一戸建ての旧宅で妻と2人暮らしをし,子供がいないため,過去20年以上に渡って犬を家族の一員のようにして飼育していたが,旧宅が老朽化したため,リフォーム等も検討した結果,老後に備え,バリアフリーのマンションを購入しようと考えた。原告Bは,犬を飼育できることを大前提としてマンションを探し,平成15年5月下旬,本件マンションを見学した際,Jに対して,犬を飼育していることを伝え,飼育の可否を尋ねたところ,Jから可能であると言われ,本件マンションを購入する気持ちになった。また,原告Bは,同月末ころ,旧宅を訪れたIやJから,飼育が可能であると説明を受けた。Iは,上記旧宅を訪れた際,原告Bが年老いたスパニエル犬を飼育し,家中に犬の写真を飾っていたことから,犬を家族の一員としているものと認識した。そして,原告Bは,被告から,同年6月18日,ペット類(犬)の飼育が可能であることを前提としてY号室を購入し,同年7月26日,上記スパニエル犬を連れて入居した。
(5) M・Lの入居と被告の対応等
M及びLは,平成15年7月7日,シェットランドシープドッグという中型犬を連れてX号室に入居した。原告Aは,同月上旬ころ,Mが犬を飼育しているのに気付き,Iに対して,抗議するなどした。Iは,被告代表者Dから呼び出された上,同年4月に指示した際,入居者の了解を取ったのか聞かれて叱責され,改めて全入居者を回るよう指示を受けたが,個別に回って了解を取ることはなかった。その後も,原告Aは,Iに対し,何度となく,ペット類の飼育に関して苦情を述べていた。原告Aは,同年8月1日,飼育細則を持参した被告の従業員Pから,同細則が同年4月にできていたと言われ,同人に対し,話が違うことや,総会を開いて入居者全員の話を聞いて欲しいことを伝えた。また,原告Aは,このころ被告が販売している別のマンションにおいても,ペット類飼育に関するトラブルが生じていることを知った。
(6) 本件説明会及び被告の対応等
本件説明会は,平成15年8月24日,本件マンション1階の集会所において,ほとんどの入居者の出席の下(ただし,原告Cは出席せず,Gが出席した。),ペット類の飼育を中心的課題として開催された。Iは,入居者らに対して,ペットの件で迷惑を掛けたことを謝罪したが,入居者から,被告及びIに対する怒りから来る発言が相次いだ。そうした中,入居者のNは,先の入居者からペット類の飼育に対する了解を得ていない以上,規約案に67条「動物飼育の禁止」を入れるべきであるが,被告との間で,飼育が可能として契約をした入居者が気の毒であるため,現時点で本件マンションにおいて飼育されている動物に関しては,特例としてその一代限りで許可してはどうかという提案をし,出席者の賛同を得た。原告Aは,本件マンションにおける人間関係を考慮して,一人反対の意見を述べることはできなかった。そして,本件決議が全会一致で可決されるとともに,Iは,今後,ペット類の飼育が禁止されるマンションとして販売する旨言明した。さらに,参加者から管理組合を早急に作るよう意見が出たため,理事を選出することとなり,管理規約案では理事予定人数を5名としていたが,参加者の協議により,飼育者として,犬につきQ及びL並びに猫につきRの3名が,非飼育者として,G,原告A,S及びTの4名が,それぞれ理事に選出された。
その後,Iは,飼育細則等の作成につき,理事から協力を得た上,同年9月28日の理事会において,管理規約の67条に飼育禁止規定を入れることや,飼育細則の内容を討議した上,管理規約(甲ニ8)及び本件飼育細則(甲ニ9)が,同年10月19日の第1回総会で承認された。なお,本件飼育細則4条は,「平成15年8月24日以前に当マンションにて飼育されていた動物は特例として飼育を認める。なお,該当する動物がいなくなった場合は,本条は削除する。」と規定している。
(7) 原告Bのペット死亡と管理組合理事会の対応
原告Bは,平成15年9月19日,スパニエル犬を死亡により失い,その旨をJらに対して伝えた。Iは,原告Bの飼育が短期間であったため,当時の理事に対して,2代目のペットを認めるよう願い出たことから,同年10月25日,理事会が開催され,本件特例を認める決定がされた。もっとも,本件特例については,後に管理組合総会で承認を受けることを予定していた。しかし,原告Bは,Qから,再び飼って良いことになったという連絡を受けるなどしたため,同年11月10日,プードル犬を23万円で購入した。なお,原告Bは,しつけの訓練を受ける必要があったため,上記プードル犬をマンションに引き取らずにいた。
(8) 第2回及び第3回総会の経緯等
管理組合の第2回総会は,平成15年11月16日開催されたが,当時本件マンションの空きが半数を占めていたため,被告において理事7名全員を解任するなどの混乱が生じた。その後,入居者が過半数に達し,上記7名が理事に復帰した。第3回総会は,平成16年2月8日開催され,本件飼育細則について議題となった際,平成15年8月24日以前にモデルルームを見学にきたRについては,被告従業員からペット類の飼育を許可されたとして,飼育が承認されたのに対し,本件特例については,認めてはいけないと発言があり,Bから,分かりました,この問題は管理組合とではなく,被告との間で今後話をしますと発言したことにより,承認されることはなかった。なお,平成16年2月22日の理事会において,Gが理事長を退任し,原告Aが後任の理事長となった。
(9) 原告Bと被告従業員との交渉経緯
原告Bは,平成16年2月10日,ペットショップを通じてプードル犬を手放し,同年3月6日,Iの指示により被告の従業員から品物の提供を受けたところ,これを直ちに返却し,更に同月から4月にかけて35万円を支払うとの提案を受けたのに対し,金額的な納得がいかなかったため,50万円の支払いを要望していた。しかし,原告Bは,Iから,同年5月,被告に支払意思がないことを伝えられた。
(10) 本件マンションの入居者及びペット類飼育の現状等
本件マンションの入居者及びペット類飼育の現状等については,別紙2のとおりである。本件マンションの入居者の中で,犬を置いて外出した際,その鳴き声により隣のマンションからも苦情が出たことや,エレベーターの前で犬が尿をしたことから問題となったことがあったが,現在,入居世帯数45戸のうち,猫を飼育する世帯が2世帯で,犬を飼育する世帯が3世帯となっている。なお,本件マンションは,犬や猫などのペット類が飼育されることを想定した構造として建築されたものではなかった。
2 原告Aの損害賠償請求に対する判断
(1) 不法行為(又は債務不履行)の成否
原告Aは,被告従業員から,ペット類の飼育が禁止されるマンションとして説明,販売を受けたにもかかわらず,原告Aら入居者の了解を取ることなく,後に飼育可能なマンションとして説明,販売し,その結果,犬や猫が嫌いな原告Aの生活の平穏等に対して被害をもたらしたことにより不法行為を構成するなどと主張し,これに対し,被告は,原告Aに対して飼育禁止である旨説明したことはないし,特段受忍限度を超えるような権利侵害がないなどとして,不法行為の成立を争っているところ,被告の従業員が原告Aに対してした説明及び後の購入者に対して原告Aの了解を求めることなく飼育可能として販売した行為に照らすと,次の理由から,被告従業員の行為は,原告Aに対する不法行為を構成するというべきである。
ア 一般にマンション等の集合住宅においては,入居者が同一の建物の中で共用部分を共同利用し,専用部分も相互に隣接する構造で利用するという密着した生活を余儀なくされ,戸建ての相隣関係に比べ,各入居者の生活形態が相互に重大な影響を及ぼす可能性がある。マンション内における動物の飼育は,こうした建物の構造上,ふん尿によるマンションの汚損や臭気,病気の伝染や衛生上の問題,鳴き声による騒音,咬傷事故等,建物の維持管理や他の入居者の生活に影響をもたらすおそれがあるほか,犬や猫などの一般的なペット類であっても,そのしつけの程度が飼育者によって同様ではなく,飼育者のしつけが行き届いていたとしても,動物である以上,行動,生態,習性等が他の入居者に対して不快感を生じさせるなどの影響をもたらすおそれがある。そこで,多くのマンションその他の共同住宅においては,入居者による動物の飼育によって,しばしば住民間に深刻なトラブルを招くことから,こうしたトラブルを回避するため,予め動物の飼育を規約で禁止したり,動物の飼育を認める場合には,飼育方法や飼育が許される動物の定義等について詳細な規定を設け,防音,防臭設備を整えるなどして住宅の構造自体を相当整備するなどし,他の入居者に迷惑が掛からないよう配慮されているところである。そして,マンションにおいてペット類の飼育が禁止されるのか,可能であるのかが,購入者にとって,契約締結の動機を形成するに当たって重要な要素となることもあり得ることである。こうした点に加え,マンション販売業者と購入者との情報の格差や,マンションの管理規約の作成に当たっては,販売業者がその案を準備し,個々の売買契約時に購入者から同意を取得してこれを交付している状況等に照らすと,マンションの販売業者には,購入希望者との売買契約に当たって,少なくとも当該購入希望者がペット類の飼育禁止,飼育可能のいずれを期待しているのかを把握できるときは,こうした期待に配慮して,将来無用なトラブルを招くことがないよう正確な情報を提供するとともに,当初ペット類の飼育を禁止するとして販売し,後に管理規約案に飼育禁止の条項がないなどとしてペット類の飼育を可能として販売する場合には,先の入居者(非飼育者)と後の入居者(飼育者)との間でトラブルとなることが予測できるのであるから,先の入居者に対してその旨を説明して了解を求めるべき信義則上の義務を負っているものと解するのが相当である。
原告Aは,前記1(1)認定のとおりかねてから犬や猫に対して嫌悪感等を有し,ペット類飼育禁止のマンションを探していたところ,同人が供述するとおり,被告との売買契約に当たって,念のため,契約書に署名押印するに先立ち,ペット類の飼育が禁止されるマンションであることを確認していたのであり(その供述の信用性については後述する。),被告の従業員には,ペットの飼育が禁止されているのか,可能であるのか,管理規約案には規定がないため後日管理組合で決せられるものであるのかに関して正確な情報を提供すべき義務がある上,後にペット類の飼育が可能として販売する場合には,原告Aに対してその旨説明して了解を求める義務があったというべきである。
ところが,被告の従業員は,原告Aに対し,単に飼育が禁止である旨説明しただけで,管理規約案に禁止条項がなく,後に管理組合で決められるため,飼育する入居者が出現する危険性があることはもとより,後に飼育可能として販売する可能性(管理規約案にペット類の飼育を禁止する条項がないとか,飼育禁止を売買条件としていなかったなどという被告の主張や,現実に飼育可能として販売していた経過等に照らして,被告においては,当時,飼育禁止としながらも,後の購入者に対してペット類を飼育して販売する余地を残していたことがうかがわれる。)や,販売した場合には現に飼育する入居者が出現し,住民間のトラブルに発展するなどして,結局,管理組合においてその解決を図る必要があることは一切説明していない。また,後に飼育可能として販売するに当たって,原告Aに対して説明すらしていない。飼育禁止のマンションである旨説明を受けていた原告Aは,本件マンションにおいてペット類の飼育が禁止され,後の購入者においても飼育が予定されることはないと信じた上,2500万円という高額な売買代金を支払ったにもかかわらず,前記認定のとおり,平成15年4月以降,原告Aの了解を求めることなく,被告がペット類の飼育を可能として販売した結果,ペット類を飼育している入居者が出現するに至り,その後住民の間で,ペット類の飼育の可否が問題となっているのであって,原告Aの信頼が裏切られたものと認められる。こうした事情に照らせば,被告の従業員は,上記のような事情を説明しなかったことなどにおいて,信義則上の義務に違反したものと認められ,こうした義務に違反して,原告Aの信頼を裏切り,住民間にペット類の飼育に関する問題を生じさせるなどの不利益を与えたのであるから,被告従業員の行為は,不法行為を構成し,これによる原告Aの精神的苦痛に対して慰謝料請求権が発生するというべきである。
なお,被告は,社会生活上の受忍限度を超える権利侵害がないと主張するが,原告Aと被告が契約関係にあり,これに付随する信義則上の義務に違反していると認められる以上,被告の主張は採用できない。
イ 仮に,原告Aが,上記契約の時点で,具体的にペット類の飼育禁止を確認しなかったとしても,本件マンションは,前提事実及び前記1で認定したとおり,1階フロアには,共同温泉浴場が設置されるなど,ペット類の飼育による衛生上の問題もある上,犬や猫などのペット類を飼育できる構造にはなっていないことから,ペット類の飼育に適していないマンションであること,被告作成のパンフレット上,飼育可能である旨は記載されていなかったこと,管理規約案にも飼育に関する規定がなく,飼育細則すら準備されていなかったこと,IやHが証言するとおり,当初飼育禁止のマンションとして販売していたことなどに照らすと,原告Aと被告との売買契約においては,ペットの飼育が禁止されるマンションであることが売買契約の内容となっていたというべきである。そして,H証言を前提としても,同女は,原告Aに対して,契約の際,ペット類の飼育に関して全く説明をしなかったことが認められる上,契約後の本件マンションの建設工事中の段階で,原告Aから,ペット類の飼育が禁止されるマンションであるかを聞かれて禁止である旨回答したが,それ以上の説明がなされたとは認められないところ,未だ手付金しか支払われていなかったことに照らすと,この時点においても原告Aに対して正確な情報を提供すべき義務があったというべきであり,原告Aが正確な情報提供を受けたなら,中間金及び残代金の支払いをせずに済んだ可能性が相当程度あったものというべきである。したがって,いずれにしても,被告の従業員が契約に付随する義務に違反したことにより,不法行為の成立は免れないというべきである。
ウ なお,被告は,原告Aが契約の際にペットの飼育禁止を確認したことや,Hが禁止の説明をしたことはないと主張し,Hも,この点に関して別紙3証人Hの証言要旨のとおり,上記主張に沿う証言をしている。しかしながら,原告Aは,この点に関して別紙3原告Aの供述要旨のとおり供述するところ,同原告は,Hがマンションの構造上ペット類を飼育できる造りになっていないため飼育が禁止であると述べた旨明確かつ具体的に供述しているし,前記1(1)で認定したとおり犬や猫に対して嫌悪感を有しているため,本件マンションに先立ち,他にもマンションを物色して飼育可能なマンションであることから購入を断念したことがあった経緯や,本件マンションで犬を飼育している入居者を把握するや,何度となくIに対して抗議をしていた経過に照らせば,契約の際に念のために飼育禁止を確認していたという同原告の供述は信用できる。被告は,原告Aが被告従業員から契約の場に至るまでペット類の飼育の可否について確認せず,すでに手付金を用意した状況の中で飼育の可否を確認したというのは不自然であるなどと主張するが,上記のとおり本件マンションがペット類を飼育できる構造になかったことや,被告を紹介した不動産業者からも飼育可能ではないようである旨伝えられていたこと(前記1(1))などから,原告Aにおいて飼育が禁止されるマンションであると想定した上,契約書に署名する前に念のために確認したという供述が不自然とまでは認め難い。なお,Hは,契約時に原告Aから確認されたことはなかったと証言するが,本件マンションがペット類の飼育が可能な構造であるか分からないなどとし,飼育の可否についても聞かれれば答える程度で,特段契約の条件として意識しているわけでもなかったというのである上,当時マンション営業部の課長という立場にあった被告との関係に照らすと,原告Aの供述との対比において,必ずしも採用し難い。
(2) 不法行為による損害の額
上記(1)のとおり被告の従業員の行為が不法行為を構成し,被告の販売業務に関連して行われたことは明らかであるから,被告は,原告Aに対し,民法715条により不法行為責任を負うところ,本件決議によりペットが一代限りとなっているものの,原告Aの信頼が損なわれていること,本件決議までの間,ペット類の飼育に関して入居者間で問題が生じ,原告Aが苦情を述べるなどしてその対応を余儀なくされたこと,他方,現在の本件マンションにおけるペット類の飼育状況,原告Aが犬や猫に対して嫌悪感を有するとはいえ,身体的な症状が現れているわけではないこと,ペット類の飼育により本件マンションの客観的な価値が下落したことは認めるに足りないことなどに照らせば,原告Aが受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,10万円と認めるのが相当である。そして,本件訴訟の経過や認容金額等に照らし,不法行為と法律上の因果関係の認められる弁護士費用としては,1万円と認めるのが相当である。
3 原告Bの損害賠償請求に対する判断
(1) 不法行為(又は債務不履行)の成否
原告Bは,Iらからペット類の飼育が可能であると説明を受けたが,従前飼育禁止として購入した入居者がいたことから,飼育できなくなる可能性についての説明を怠ったなどとして,不法行為が成立するなどと主張し,これに対し,被告は,将来ペット類を飼育できなくなる可能性は予見できないとか,原告Bがペット類を飼育できなくなったのは,管理組合の総会や理事会の決議に従ったに過ぎないとして,不法行為の成立を争っている。しかしながら,Iらが原告Bに対してペット飼育可能という説明をして販売した行為については,次の理由から,原告Bに対する不法行為を構成するというべきである。
ア 前記2のとおり,マンションにおいてペット類の飼育を認める場合には,しばしば住民間でトラブルが生じ,こうしたトラブルを防止するため,飼育のルール等を設定したり,マンション自体の構造面でも整備をしたりして,他の入居者に迷惑が掛からないよう配慮されているところである。ところが,前記1(3)ないし(5)及び(10)で認定したとおり,本件マンションでは,こうした特段の配慮がなされておらず,従前ペット類の飼育を禁止するものとして販売されてきた上,原告Bが被告との間で契約した平成15年6月18日に先立つ同年4月段階で,ペット類の飼育を可能として販売することに関して,従前の購入者からIに対して抗議が出ていた状況があったにもかかわらず,従前の購入者全員に対して了解を求めていなかったことが認められる。そうすると,販売業者としては,マンションを販売するに当たって,従前の購入者との間でトラブルが生じる危険性があることや,管理組合の決議により飼育できなくなる危険性があることを具体的に予見でき,ペット類の飼育を希望している購入予定者に対して,こうした危険性を説明すべき信義則上の義務があるというべきである。ところが,IやJは,こうした義務に違反して,漫然飼育できることを販売の条件とする一方,こうした危険性を何ら説明せず,原告Bをしてペット類の飼育ができるものと期待させた上,1950万円で購入させたことが認められる(原告Bは,上記不法行為がなければ契約しなかった可能性も否定できない。)。こうしたIらの行為は,不法行為を構成するというべきであり,これにより原告Bは,本件決議等により犬の飼育ができなくなっているのであって,本件においては,その精神的苦痛に対する慰謝料請求権が発生するものというべきである。
イ これに対し,被告は,被告従業員の行為と原告Bが飼育できなくなったこととの間には因果関係がないと主張する。確かに,本件説明会において,ペット類の飼育をペット一代限りとする本件決議が行われ,原告Bがこれに反対しなかったこと,その後原告Bのペットが死亡したため,理事会の承認を受けて原告Bが新しい犬を購入したが,後の総会で承認されず,原告Bが飼育を断念した経緯が認められることは,前記1(6)ないし(8)のとおりである。しかしながら,こうした事態は,そもそも被告が時期によってペット類の飼育の可否の説明を変更した結果,入居者の間で飼育者と非飼育者との間の利害を調整する必要が生じたことに起因し,本件決議は入居者(飼育者及び非飼育者)による妥協の産物である上,原告Bが,その供述するとおり,マンションにおける区分所有者間の人間関係を考慮して,その決議に従ったからといって,そもそも被告の従業員においてこうした危険があることの説明を欠いたことを不法行為とみる以上,因果関係がないということはできない。
また,被告は,原告Bが新しい犬を購入したことについても因果関係がないと主張する。確かに,理事会の承認のみを前提として原告Bが新しい犬を購入するなどしたことが軽率であった面は否定できないけれども,前記1(4)で認定したとおり,Iは原告Bが犬を家族の一員のように扱っていることを認識していた上,スパニエル犬が死亡したことを受けて理事会に特例を認めるよう願い出ている状況も認められる。そうすると,そもそも飼育可能であるとして販売を受け,家族の一員であったスパニエル犬を失った原告Bが,新しい犬を購入してしまい,後の総会で他の入居者に配慮して再び断念し,購入代金を無駄にしたという本件の経過は,十分な説明を欠いた被告の従業員の予測可能な範囲内の出来事というべきであって,因果関係を否定するのは相当でないというべきである。
(2) 不法行為による損害の額
上記(1)のとおり被告の従業員の行為が不法行為を構成し,被告の販売業務に関連して行われたことは明らかであるから,被告は,原告Bに対し,民法715条により不法行為責任を負うところ,原告Bは,子供がいないため,犬を家族の一員として長年可愛がってきたのであって,新しいマンションの購入に当たって,犬の飼育ができることを重要な条件と位置づけていたこと,被告の従業員もその旨を十分認識していたこと,上記のとおり犬を飼育できない事態に至っていることのほか,本件訴訟に至った経緯等その他一切の事情を考慮すると,原告Bが受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,70万円と認めるのが相当である。
また,新しい犬の購入代金が無駄になったことについては,前記のとおり理事会の承認にとどまり,総会の承認が予定されていたにもかかわらず,これを待たずして購入に至った点において,軽率であったことは否定できず,5割の過失相殺をした上,11万5000円について損害賠償請求を認めるのが相当である。
そして,本件訴訟の経過や認容金額等に照らし,弁護士費用としては,8万5000円を認めるのが相当である。
4 原告Cの損害賠償請求に対する判断
原告Cは,原告Bと同様,従前飼育禁止の説明を受けていた購入者がいたため,ペット類の飼育ができなくなる可能性があることの説明を欠いたことなどを指摘して,不法行為及び債務不履行が成立する旨主張し,これに対し,被告は,原告Cからペット類飼育の可否について尋ねられたことがなく,ペット類の飼育が可能であるとの説明もしていないとして,不法行為等の成立を争っているところ,次の理由から,被告Cに対しては,被告従業員による不法行為及び債務不履行は成立せず,その請求は理由がないというべきである。
(1) 確かに,原告Bの場合には,被告の従業員がペット類の飼育できなくなる可能性があることの説明を欠いた点で,義務違反があることは,前記3のとおりであるが,原告Cについては,次のとおり,そもそもIに対してペット類の飼育を希望したとか,Iから飼育が可能であると説明を受けたなどの事実を認めることができない。
ア 原告Cは,別紙3の供述要旨のとおりKでGとその知人女性の3人で,Iからペット類の飼育が可能であると説明を受けた旨供述している。しかし,原告Cの供述は,その説明を受けた日時において曖昧であるし,後にIに対して苦情を述べたか否かに関してもその時期や経過等につき覚えていないとするなど明確でない。他方,Iは,別紙3の証言要旨のとおりKでは原告Cに会っていない旨証言し,その日時や,後に原告Cと面談した機会等についても具体的に証言している。したがって,上記原告Cの供述は直ちに採用し難い。
イ Gの陳述書(甲ハ6)において,上記原告Cの供述に沿う説明をする部分があり,また,原告Cは,平成15年12月中旬ころにIとGの会話が録音されたテープ及びその反訳録取書(甲ニ15)を提出している。しかしながら,同録音テープにおいても,GがIに対して本件マンション販売時の状況を尋ねたのに対し,Iは,ペット(の問題)が出てきたのは,(同年4月の)L(M)である旨と述べており,G自身に対してペット飼育が可能であるとの説明をしたとか,同人から本件決議等に関して苦情を言われた状況はうかがわれないこと,前記1(6)で認定したとおり,Gは非飼育者として理事に選出されていたことなどに照らし,原告CやGがペット類の飼育を希望していたなどとは認め難い。
ウ 原告は,同席した知人女性の陳述書(甲ハ7)を提出する。しかし,同陳述書には,Gは,本件マンションがペット類を飼育できて温泉もあるので買い換える価値があって条件がよいことを喜んでいたなどとしているところ,同席していたはずの原告Cの供述中では,Gが本件マンションの購入を勧めた動機について明確でなく,供述が整合していないことのほか,その提出時期等に照らし,採用し難い。
(2) 上記(1)のとおり,原告Cがペット類の飼育を特段希望していたとの事実は認めるに足りない。そして,前記のとおり,本件マンションはペット類の飼育が予定されるような構造にはなく,管理規約案においても,飼育が可能であるなどの記載はないから,仮に原告Cが飼育できるマンションを期待していたとしても,その旨の意向が具体的に伝えられない以上,被告の従業員において,飼育に関して説明をしなかったからといって,直ちに説明義務違反であるなどとは認め難い。他方,原告Cは,幼いころから実家で犬を飼育していたなどと主張していること,総会等にも参加していた事実も認められないことなどに照らすと,他の入居者がペット類を飼育しているか否かによって,同原告に特段不利益がもたらされている状況も認められず,原告Cに対する不法行為等の成立を認めることはできない。
5 結語
以上によれば,原告A及び同Bの請求については,主文掲記の金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し,同原告らのその余の請求及び原告Cの請求については,いずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。大分地方裁判所民事第2部
裁判官 瀧 岡 俊 文
(別紙省略)
犬のブリーダー(繁殖を目的として飼育を行う者)がペットホテルの経営者に犬の飼育管理を委託したが,経営者の寄託契約上の債務不履行により犬が死亡したとして損害賠償を求めた事案につき,犬の死亡による財産的損害の額を民訴法248条を適用して認定し,犬の死亡による精神的苦痛につき慰謝料を認めた事例
[金150万円を認容・うち慰謝料は70万円](平成17年02月28日千葉地方裁判所) 平成15(ワ)५६५
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主文
1 被告Aは,原告に対し,金150万円及びこれに対する平成15年3月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支 払え。
2 原告の被告Aに対するその余の請求並びに被告B及びCに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを8分し,その7を原告の負担とし,その余は被告Aの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して金1200万円及び内金1040万円に対する平成15年3月19日から,内金160万円に対する平成13年8月12日から支払済みまで年6分の割合による各金員を支払え。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 債務不履行に基づく損害賠償請求について
ア 当事者
(ア) 原告は,主として甲という種類の犬の繁殖を行うブリーダーである。
(イ)a 被告Aは,住所地において「D」の名称で,乙という種類の犬のブリーディングやペットホテルの事業等を行っている者である。
b 被告Cは被告Aの実母,被告Bは被告Aの夫であり,被告Aと共に「D」を経営する者である。
イ 原告と被告ら間の契約の締結
(ア) 原告は,平成11年8月10日,被告らに対し,原告所有の別表1記載
の甲9頭(以下,それぞれの犬を通称名で特定する。)を,期間を定めずに,委託料1か月10万円で預け,犬の飼育管理を委託する旨の寄託契約(以下「本件寄託契約」という。)及び準委任契約(以下「本件準委任契約という。)を口頭で締結し,原告は,9頭の犬を被告らに引き渡した。
(イ) その後,甲9が死亡したため,原告と被告らは,平成11年12月28
日,以後は本件寄託契約ないし本件準委任契約の委託料を1か月8万円とする旨合意し,残りの8頭(以下,甲9を除いた8頭を「本件犬」ということがある。)は,引き続き被告らに預けることとした。
ウ 犬の死亡等
ところが,平成13年8月12日までの間に,本件犬のうち,甲1,甲2,甲6,甲7,甲8の5頭が死亡し,甲3は片目失 明及び片耳欠損の傷害を,甲4は片目失明の傷害を負った。
エ 損害
(ア) 死亡した犬の価値相当額
死亡した5頭の犬の死亡当時の財産的価値は,以下のとおりであり,合計624万円を下らない。
a 甲1 344万円
b 甲2 70万円
c 甲6 30万円
d 甲7 150万円
e 甲8 30万円
(イ) 慰謝料
原告は,本件犬に対し,家族同様の深い愛情を注いでおり,本件犬が死亡
し,あるいは,目がつぶされたり耳が引きちぎられる等の死亡にも比肩する傷害を負ったことによって,著しい精神的損害を受けた。死亡した犬の死亡年月日や,骨壺の存在すらわからない状態であること,被告らが,原告に対し,犬の死亡を直ちに報告しなかったことなどを考慮すると,慰謝料は1頭当たり30万円,7頭分の合計210万円は下らない。
(ウ) 甲1の死亡による逸失利益
甲1は,種犬として非常に価値があり,現実に年間10件以上の交配希望があった。交配料は1回当たり10万円であり,平均寿命は12,3歳であるから,少なくともあと3年間は交配可能であり,甲1の死亡によって原告に生じた逸失利益は合計300万円を下らない。
(2) 本件寄託契約等の取消しに基づく不当利得返還請求について
ア 請求原因(1)ア及びイと同じ。
イ 被告らは,原告に対し,請求原因(1)イ(イ)の合意に際し,甲2が既に死亡していたことや本件犬の健康状態に関し,真実を告げずに原告を欺き,甲2が生きている等と信じさせた上,上記合意をさせた。
ウ また,被告らは,これ以降にも,本件犬が死亡した際には原告に対してこれを報告すべき義務があったにもかかわらずこれを 秘して,不作為により原告を欺罔した。
エ 原告は,被告らに対し,平成12年1月分から平成13年8月分まで,本件寄託契約ないし本件準委任契約に基づく委託料合 計160万円を支払った。
オ 原告は,平成15年3月18日送達の訴状によって,被告らに対し,平成11年12月28日の変更後の本件寄託契約及び本 件準委任契約を取り消すとの意思表示をした。
(3) よって,原告は,被告らに対し,債務不履行に基づき,損害賠償金1040万円及びこれに対する弁済期の後であり,本訴状送達の日の翌日である平成15年3月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに,不 当利得に基づき,既払の委託料160万円及びこれに対する受益の日の後である平成13年8月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1)ア(ア) 請求原因(1)ア(ア)は認める。
(イ) 同(1)ア(イ)aは認める。
同(1)ア(イ)bのうち,被告Cが被告Aの実母であること及び
被告Bが被告Aの夫であることは認めるが,被告C及び被告Bが,「D」の共同経営者であることは否認する。「D」を経営しているのは,被告Aのみである。
イ(ア) 同(1)イ(ア)のうち,原告と被告Aとの間で,原告所有の甲9頭
を,委託料1か月10万円で預ける旨の寄託契約が締結され,被告Aが犬の引渡しを受けたことは認めるが,被告C及び被告Bが本件寄託契約の当事者であること及び被告らが本件準委任契約を締結したことは否認する。
被告Bは,本件当時,E株式会社に勤務するサラリーマンであり,犬の世話をするような時間もなく,実際に犬の世話を手伝ったこともない。また,被告Cは,本件寄託契約締結後である平成11年10月15日に被告Aが出産したことを機に被告Aと同居したものであり,本件犬の世話を手伝ったことはあるが,あくまでも手伝ったという程度に過ぎず,契約の当事者ではない。
(イ) 同(1)イ(イ)のうち,合意をしたのが被告ら3名であることは否認し,その余は認める。なお,甲9が死亡したのは,平成11年12月28日の朝である。
ウ 同(1)ウは認める。
エ(ア) 同(1)エ(ア)は否認する。5頭の犬は,いずれも老齢であったり,販売には適さない犬であり,また健康状態も悪かったことから,財産的価値のある犬ではなかった。
(イ) 同(1)エ(イ)は否認する。原告は,本件犬を被告Aに預けている
間,一度も本件犬に会いに来たことがなく,原告が本件犬に対して深い愛情を注いでいたことなどあり得ない。
(ウ) 同(1)エ(ウ)は否認する。被告Aが本件犬を預かっている間,交配
の依頼があったのは甲5について一度だけであり,甲1を交配するために原告のもとへ連れて行ったことはない。また,通常,犬の交配適正年齢はおよそ5歳から6歳までであり,預かった当時8歳であった甲1に,交配依頼が多数あることは考えられない。
(2)ア 同(2)アに対する認否は,同(1)ア及びイに対する認否と同じ。
イ 同(2)イは否認する。
ウ 同(2)ウは否認する。
エ 同(2)エのうち,支払を受けたのが被告らであることは否認し,その余は認める。支払を受けたのは,契約当事者である 被告Aのみである。
3 抗弁
(1) 帰責事由の不存在
ア 本件犬のうち5頭が死亡し,2頭が片耳欠損等の傷害を負ったのは,本件犬同士のけんかによるものであるか,もともと本件犬が高齢であったためであるか又は健康状態が悪かったためである。
イ 被告Aは,手間暇を惜しまずに本件犬の面倒をみていたものであり,本件犬が死亡ないし傷害を負うに至ったのは,原告が,被告Aに対し,本件犬の特徴や管理する上での注意事項につき適切な指示をしなかったためである。
ウ 本件寄託契約の委託料は1頭当たり1か月1万円であり,通常,小型犬1頭の1か月のえさ代は約7000円程度かかること,業者として小型犬を1か月預かる場合の相場は6万円以上であることからすると,本件寄託契約の委託料は相場に比して異常に低い金額であり,被告Aが負うべき注意義務は,通常の有償寄託契約に比べて相当低いものというべきであるから,結局,被告Aに過失はない。
(2) 和解
原告は,平成13年8月14日ころ,被告Aに対し,5頭の犬の死亡が発覚した後,「どうせ,おまえ達なんかじゃ金なんて払えないだろう。だったら,お客の犬を返して,ショーで稼ぐようなことはするなよ。」などと謹慎を申し入れ,被告Aはこれを承諾した。このことにより,原告は,被告Aに対する損害賠償請求権を放棄するという内容の和解が成立した。
4 抗弁に対する認否
(1)ア 抗弁(1)アは否認する。本件犬の死亡原因が,本件犬同士のけんかによることはあり得ないし,被告Aは,原告に対し,甲6及び甲8については,被告A所有の丙にかみ殺された旨述べた。また,原告は,被告らに対し,本件犬の様子がおかしいときは,F獣医師のもとに連れて行くよう指示し,治療費については原告負担とする旨伝えていたにもかかわらず,被告らは,F獣医師のもとに本件犬をほとんど連れて行かなかった。
また,甲は,短吻種といって頭部が短く,顔の長い一般種に噛まれやすいのであるから,運動させる際には,気性の荒い一般種である丙と時間をずらして行うべきことは,犬を預かるプロであれば常識であるところ,被告らは,本件犬を被告ら所有の丙と一緒に運動させるなど,適切な管理を怠った。
イ 同(1)イは否認する。原告は,被告らに対し,本件契約に際し,被告らに預ける犬を厳密に選別するとともに,預ける犬1頭ごとにその特徴,既往症や飼育する上での注意点等を紙に書いて渡しており,犬を管理する上での適切な指示を行った。
ウ 同(1)ウは否認ないし争う。
(2) 同(2)は否認する。
理由
第1 請求原因について
1 請求原因(1)について
(1) 請求原因(1)ア(ア)の事実,同(1)ア(イ)aの事実,同(1)イ(ア)のうち,原告と被告Aとの間で,本件寄託契約が締結された事実,同(1)イ(イ)の事実のうち,原告と被告Aとの間で,本件寄託契約の委託料を1か月8万円に変更する旨の合意をした事実及び同(1)ウの事実は,いずれも当事者間に争いがない。
(2)ア そこで,請求原因(1)イ(ア)のうち,被告C及び被告Bが,本件寄託契約の当事者であるかについて,検討する。
イ 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(ア) 被告Aは,平成10年の秋ころ,原告の内縁の夫であるGに対し,丁のアメリカチャンピオンの輸入を依頼したことをきっかけとして,原告と付き合うようになった。
(イ) 被告Aは,平成6年12月ころから,東京都S区に居住して,ペットショップを営んでおり,そのころ,被告Bは,サラリーマンとして働いていた。
(ウ) 被告A及び被告Bは,平成11年8月ころ,原告から物件の紹介を受けて,現住所へ引っ越した。
現住所への引っ越しに先立ち,被告B,被告A世帯の収入を確保するため,原告が,その所有する犬を預けて報酬を支払うという話がなされた。
これに関し,原告は,本人尋問において,被告Bが,本件寄託契約の話を持ちかけてきた旨供述するが,証拠には,被告Aが,本件寄託契約の話を持ちかけてきた旨の原告の供述記載部分があり,矛盾していることなどから,原告の上記供述は,採用できない。
(エ) 被告Bは,平成11年9月ころから,株式会社Eにアルバイトとして勤務しており,平成12年2月1日ころから,正社員となった。
(オ) 被告Cは,平成11年10月ころ,被告Aの出産を機に,被告A及び被告Bと同居した。
(カ) 原告は,平成12年3月14日,同年11月16日,平成13年6月27日,7月11日の4回,被告に対し,本件寄託契約に基づく委託料を,被告B名義の預金口座に送金する方法により支払った。
その余の委託料については,被告Aが,原告の自宅に赴き,受領していた。
(キ) 被告Cと被告Aは,平成13年8月14日ころ,原告の自宅において,原告に対し,犬を死亡させたこと等について謝罪をした。その後も,被告Aは,数回,原告に対して謝罪をした。
(ク) Dのホームページには,代表者として,被告Aのみが記載されている。
ウ 上記認定の事実によれば,本件寄託契約の当事者は,原告と被告Aであったものと認められる。
エ これに対し,原告は,被告Aのみならず,被告B及び被告Cも,本件寄託契約の当事者であると主張し,本人尋問において,これに沿う供述をする。
しかし,上記事実認定によれば,Dの経営者が被告ら3名であると認めることはできず,かえって,ホームページの記載などから,被告Aのみが経営しているものと認めるのが相当である。
また,本件寄託契約の委託料が被告Bの預貯金口座に数回振り込まれた事実は認められるものの,被告Bの預金口座は,被告Bが株式会社Eに勤務している期間中も,子犬の売却代金等が振り込まれていることなどを考慮すると,このことから直ちに,被告Bが本件契約の当事者と認められるものではなく,他に被告Bが,原告に対し,本件寄託契約の当事者として,本件犬を預かる旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はない。
被告Cは,本件契約締結後の平成11年10月ころ,被告Aの出産を機に,被告Aと同居するに至ったものであるから,本件寄託契約の当事者として,本件犬を預かる旨の意思表示をしたとは到底認められない。
したがって,原告本人の前記供述は,これを採用することができず,他に原告の主張を認めるに足りる証拠はなく,本件寄託契約の当事者が被告ら3名であるとする原告の主張は,理由がない。
オ なお,原告は,本件寄託契約と同時に,同契約とは別に,準委任契約を締結した旨主張するようであるが,預かった犬について飼育管理を行うことは,寄託に付随する当然の事務というべきであるから,寄託契約の他に,準委任契約が成立したと認めることはできない。
(3) 請求原因(1)エについて
ア 死亡した犬に係る財産的損害について
(ア) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
a 甲は,一般にペットとして市場で売られている小売価格が約30万円前後であり,ペットショップで売られるのは,生後45日から50日前後くらいの子犬であることが一般的であるが,ドッグショーに出陳するような犬については,価格はより高額になる。
b 甲1,甲2,及び甲5は,原告がアメリカで購入した輸入犬であるが,甲1は原告の犬舎の看板犬であった。輸入甲の一般的な価格は,約80万円程度である。
c 甲3,甲6,甲4及び甲8は,国産の犬であり,原告がその顧客から,甲3,甲6及び甲8をそれぞれ30万円で,甲4を100万円で購入したものである。また,甲7は,原告が生産した犬であり,原告は,自家生産した犬を売却する場合には,子犬で30万円から50万円,成犬で100万円から150万円で売却することとしていた。
(イ) 上記認定事実によれば,原告の所有する本件犬のうち5頭が,被告Aによる保管中に死亡したのであるから,これにより原告に死亡した犬の財産的価値に相当する損害が生じたことは明らかである。
そこでこれを検討するに,原告は,購入価格等を根拠として,死亡した犬の,死亡当時の財産的価値は,合計624万円を下らない旨主張し,証拠中にも,これに沿う供述記載部分があるが,犬の財産的価値(取引価格)は,一般的に高齢になることによって低下するものであることは明らかというべきであり,購入価格をもって,死亡当時の価値とみることはできない。そして,犬の死亡時の価格は,性質上その額を立証することが極めて困難であると認められるから,民訴法248条により,死亡した犬の購入時及びその価額,死亡時の年齢,その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮し,本件犬のうち5頭が死亡したことによる犬の財産的価値の損害額は,別表2のとおり,合計80万円と認めるのが相当である。
(ウ) これに対し,被告らは,本件犬が,いずれも,不用犬であるか又は高齢であったことから,取引の対象としての価値はないと主張するが,本件犬の財産的価値が全くないとは認められないから,被告らの主張は採用できない。
イ 慰謝料について
債務不履行によって,動産が毀損等した場合において,当該動産に係る財産的損害が填補されるとしても,これによって特段の精神的苦痛を被ったと認められるときは,財産的損害の賠償のほかに,精神的苦痛を慰謝するための慰謝料を請求することができると解するのが相当である。
本件では,ブリーディングに用いていた犬であり,飼い犬と同様ということはできないものの,証拠によれば,原告としては,努力して入手したり,愛情を持って育てたりしたことから,それぞれに愛着を持っていた本件犬を失ったものである上,死亡時に直ちに報告を受けられず,骨壺も一部について受け取ることができていないなどの事実が認められ,これらは上記特段の事情に当たるというべきである。
そして,その慰謝料額は,上記認定の諸事情を考慮すると,合計70万円が相当である。
ウ 甲1の死亡による逸失利益について
原告は,甲1について,年間10件以上の交配希望があったことを前提として,その死亡によって原告に逸失利益が発生した旨の主張をしているが,被告Aに預けている間,現実に交配が行われた事実及び甲1に対する交配希望があった事実を認めるに足りる証拠はないから,原告の前記主張は,その前提を欠くというべきである。
したがって,逸失利益に関する原告の主張は,採用できない。
2 請求原因(2)について
(1) 原告は,甲2が平成11年12月28日よりも前に死亡していたことないしは本件犬の健康状態が悪化していたことを前提に,同日にされた委託料を毎月8万円とする旨の意思表示が詐欺に該当すると主張する。
しかし,そもそも,甲2が12月28日より以前に死亡したと認めるに足りる証拠はなく,また,本件犬について,原告に報告すべき程度に健康状態が悪化していたとの証拠もないから,原告の前記主張は,その前提を欠き,失当である。
(2) また,原告は,被告らが,本件犬の死亡等を原告に秘匿することによって,不作為により原告を欺罔したとも主張する。
(3) したがって,請求原因(2)は,理由がない。
第2 抗弁について
1 抗弁(1)について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア 原告は,平成11年8月10日の本件寄託契約の際に,被告Aとの間で,本件犬が病気等になったときには,F獣医師のもとへ連れて行き,治療を受けさせることとし,その費用は原告の負担とするとの合意をした。
イ(ア) 被告Aは,平成11年8月27日,甲2の陰部から出血があったため,原告の指示によって,F獣医師の診察を受けさせたところ,子宮がんであることが判明し,手術が行われた。
(イ) 同年9月30日,F獣医師は,甲1及び甲2に対し,薬剤を処方した。
(ウ) 同年12月9日,F獣医師は,甲1及び甲4に対し,薬剤を処方した。
(エ) 平成12年4月4日,F獣医師は,甲1及び甲2に対し,薬剤を処方した。
(オ) 被告Aは,本件犬を預かっている間,1度,甲5を繁殖のために,原告のもとへ連れて行った。
(カ) 甲1は,平成13年2月ころに死亡し,甲6,甲7及び甲8は,同年5月ないし6月ころに死亡した。なお,甲2の死亡時期は,明らかでない。
ウ 被告Aは,平成13年8月14日ころ,原告に対し,本件犬のうち,甲1,甲2,甲6,甲7及び甲8の5頭が死亡したことを初めて告げた。
エ 原告は,本件犬を預けている間,本件犬に会うために被告らの自宅を訪れたことはない。
オ 被告Aは,原告に対し,死亡した犬のうち,一部の犬の骨壺を引き渡した。
(2) 被告らは,原告が,本件犬の飼育方法等について適切な指示をしなかったこと,本件犬がもともと病弱であったかあるいは高齢であったことなどが原因で,本件犬が死亡ないし傷害したものであること,本件寄託契約の委託料が相場と比較して安いものであり,そもそも被告Aが負うべき義務の程度は低いことなどから被告らに責任はない旨主張し,被告Aもこれに沿う供述をする。
しかし,被告Aは,他人の犬を預かることを業としている者であり,丙のブリーディングをするなど,いわば犬を扱うプロであるといえることからすると,仮に,本件寄託契約の委託料が相場と比較して安いものであったとしても,善管注意義務の程度が低くなると解することはできない。
また,同じく犬を扱うプロである原告が個別の指示を行い,これに従った管理を行ったというのであればともかく,特段の指示を行わなかった場合には,被告Aが,プロとしての適切な管理を行うべき義務があることは当然であるから,仮に,原告が適切な指示をしなかったとしても,これによって,直ちに被告Aが免責されるものではないと解するのが相当である。
かえって,被告Aは甲9が死亡した際には,直ちに原告に報告しているのに対し,他の5頭が死亡した際には,直ちに原告に報告していないこと,比較的短期間のうちに複数の犬が死亡していること,詳細な死亡原因及び死亡年月日が明らかではないものの,5頭の死亡が老齢による自然死であったことを裏付ける証拠はなく,その原因は犬同士のけんかによる傷害又は病気によるものと推察されることなどからすると,被告Aの管理は不十分なものであったと認めることができ,被告Aには善管注意義務違反があったというべきである。
したがって,抗弁(1)は,理由がない。
2 抗弁(2)について
被告らは,原告が,被告Aに対し,本件犬の死亡が明らかになった後に,謹慎を命じ,被告Aがこれを受け入れたことによって,原告の被告Aに対する損害賠償請求権を放棄する旨の和解契約が成立した旨主張し,被告Aも,これに沿う供述をする。
しかし,仮に,原告が,被告Aに対し,顧客から預かっている犬を返し,ドッグショーに出て利益を得る行為を禁止する旨を申し向け,被告Aがこれに異議を述べることなく承諾したとしても,その発言の趣旨は,発言の時期及び内容などからすると,被告Aが犬を死亡させるなどしたことに対する怒りの気持ちなどからなされたものと考えるのが自然であって,少なくとも,被告らに対し,本件犬の死亡等に関し,金銭的な請求を一切しないとの意思を含む趣旨の発言と見ることはできない。
したがって,原告の上記発言によって,原告が被告Aに対する損害賠償請求権を放棄する意思表示をしたと認めることはできず,抗弁(2)は,理由がない。
第3 結論
よって,原告の請求は,被告Aに対し,債務不履行に基づく損害賠償金150万円及びこれに対する弁済期の後である平成15年3月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
千葉地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 小 磯 武 男
裁判官 見 米 正
裁判官 吉 野 内 謙 志
別表(省略)
--------便宜のためのテキスト表示(改行が不正確となっている箇所あり)------
主文
1 被告Aは,原告に対し,金150万円及びこれに対する平成15年3月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支 払え。
2 原告の被告Aに対するその余の請求並びに被告B及びCに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを8分し,その7を原告の負担とし,その余は被告Aの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して金1200万円及び内金1040万円に対する平成15年3月19日から,内金160万円に対する平成13年8月12日から支払済みまで年6分の割合による各金員を支払え。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 債務不履行に基づく損害賠償請求について
ア 当事者
(ア) 原告は,主として甲という種類の犬の繁殖を行うブリーダーである。
(イ)a 被告Aは,住所地において「D」の名称で,乙という種類の犬のブリーディングやペットホテルの事業等を行っている者である。
b 被告Cは被告Aの実母,被告Bは被告Aの夫であり,被告Aと共に「D」を経営する者である。
イ 原告と被告ら間の契約の締結
(ア) 原告は,平成11年8月10日,被告らに対し,原告所有の別表1記載
の甲9頭(以下,それぞれの犬を通称名で特定する。)を,期間を定めずに,委託料1か月10万円で預け,犬の飼育管理を委託する旨の寄託契約(以下「本件寄託契約」という。)及び準委任契約(以下「本件準委任契約という。)を口頭で締結し,原告は,9頭の犬を被告らに引き渡した。
(イ) その後,甲9が死亡したため,原告と被告らは,平成11年12月28
日,以後は本件寄託契約ないし本件準委任契約の委託料を1か月8万円とする旨合意し,残りの8頭(以下,甲9を除いた8頭を「本件犬」ということがある。)は,引き続き被告らに預けることとした。
ウ 犬の死亡等
ところが,平成13年8月12日までの間に,本件犬のうち,甲1,甲2,甲6,甲7,甲8の5頭が死亡し,甲3は片目失 明及び片耳欠損の傷害を,甲4は片目失明の傷害を負った。
エ 損害
(ア) 死亡した犬の価値相当額
死亡した5頭の犬の死亡当時の財産的価値は,以下のとおりであり,合計624万円を下らない。
a 甲1 344万円
b 甲2 70万円
c 甲6 30万円
d 甲7 150万円
e 甲8 30万円
(イ) 慰謝料
原告は,本件犬に対し,家族同様の深い愛情を注いでおり,本件犬が死亡
し,あるいは,目がつぶされたり耳が引きちぎられる等の死亡にも比肩する傷害を負ったことによって,著しい精神的損害を受けた。死亡した犬の死亡年月日や,骨壺の存在すらわからない状態であること,被告らが,原告に対し,犬の死亡を直ちに報告しなかったことなどを考慮すると,慰謝料は1頭当たり30万円,7頭分の合計210万円は下らない。
(ウ) 甲1の死亡による逸失利益
甲1は,種犬として非常に価値があり,現実に年間10件以上の交配希望があった。交配料は1回当たり10万円であり,平均寿命は12,3歳であるから,少なくともあと3年間は交配可能であり,甲1の死亡によって原告に生じた逸失利益は合計300万円を下らない。
(2) 本件寄託契約等の取消しに基づく不当利得返還請求について
ア 請求原因(1)ア及びイと同じ。
イ 被告らは,原告に対し,請求原因(1)イ(イ)の合意に際し,甲2が既に死亡していたことや本件犬の健康状態に関し,真実を告げずに原告を欺き,甲2が生きている等と信じさせた上,上記合意をさせた。
ウ また,被告らは,これ以降にも,本件犬が死亡した際には原告に対してこれを報告すべき義務があったにもかかわらずこれを 秘して,不作為により原告を欺罔した。
エ 原告は,被告らに対し,平成12年1月分から平成13年8月分まで,本件寄託契約ないし本件準委任契約に基づく委託料合 計160万円を支払った。
オ 原告は,平成15年3月18日送達の訴状によって,被告らに対し,平成11年12月28日の変更後の本件寄託契約及び本 件準委任契約を取り消すとの意思表示をした。
(3) よって,原告は,被告らに対し,債務不履行に基づき,損害賠償金1040万円及びこれに対する弁済期の後であり,本訴状送達の日の翌日である平成15年3月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに,不 当利得に基づき,既払の委託料160万円及びこれに対する受益の日の後である平成13年8月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1)ア(ア) 請求原因(1)ア(ア)は認める。
(イ) 同(1)ア(イ)aは認める。
同(1)ア(イ)bのうち,被告Cが被告Aの実母であること及び
被告Bが被告Aの夫であることは認めるが,被告C及び被告Bが,「D」の共同経営者であることは否認する。「D」を経営しているのは,被告Aのみである。
イ(ア) 同(1)イ(ア)のうち,原告と被告Aとの間で,原告所有の甲9頭
を,委託料1か月10万円で預ける旨の寄託契約が締結され,被告Aが犬の引渡しを受けたことは認めるが,被告C及び被告Bが本件寄託契約の当事者であること及び被告らが本件準委任契約を締結したことは否認する。
被告Bは,本件当時,E株式会社に勤務するサラリーマンであり,犬の世話をするような時間もなく,実際に犬の世話を手伝ったこともない。また,被告Cは,本件寄託契約締結後である平成11年10月15日に被告Aが出産したことを機に被告Aと同居したものであり,本件犬の世話を手伝ったことはあるが,あくまでも手伝ったという程度に過ぎず,契約の当事者ではない。
(イ) 同(1)イ(イ)のうち,合意をしたのが被告ら3名であることは否認し,その余は認める。なお,甲9が死亡したのは,平成11年12月28日の朝である。
ウ 同(1)ウは認める。
エ(ア) 同(1)エ(ア)は否認する。5頭の犬は,いずれも老齢であったり,販売には適さない犬であり,また健康状態も悪かったことから,財産的価値のある犬ではなかった。
(イ) 同(1)エ(イ)は否認する。原告は,本件犬を被告Aに預けている
間,一度も本件犬に会いに来たことがなく,原告が本件犬に対して深い愛情を注いでいたことなどあり得ない。
(ウ) 同(1)エ(ウ)は否認する。被告Aが本件犬を預かっている間,交配
の依頼があったのは甲5について一度だけであり,甲1を交配するために原告のもとへ連れて行ったことはない。また,通常,犬の交配適正年齢はおよそ5歳から6歳までであり,預かった当時8歳であった甲1に,交配依頼が多数あることは考えられない。
(2)ア 同(2)アに対する認否は,同(1)ア及びイに対する認否と同じ。
イ 同(2)イは否認する。
ウ 同(2)ウは否認する。
エ 同(2)エのうち,支払を受けたのが被告らであることは否認し,その余は認める。支払を受けたのは,契約当事者である 被告Aのみである。
3 抗弁
(1) 帰責事由の不存在
ア 本件犬のうち5頭が死亡し,2頭が片耳欠損等の傷害を負ったのは,本件犬同士のけんかによるものであるか,もともと本件犬が高齢であったためであるか又は健康状態が悪かったためである。
イ 被告Aは,手間暇を惜しまずに本件犬の面倒をみていたものであり,本件犬が死亡ないし傷害を負うに至ったのは,原告が,被告Aに対し,本件犬の特徴や管理する上での注意事項につき適切な指示をしなかったためである。
ウ 本件寄託契約の委託料は1頭当たり1か月1万円であり,通常,小型犬1頭の1か月のえさ代は約7000円程度かかること,業者として小型犬を1か月預かる場合の相場は6万円以上であることからすると,本件寄託契約の委託料は相場に比して異常に低い金額であり,被告Aが負うべき注意義務は,通常の有償寄託契約に比べて相当低いものというべきであるから,結局,被告Aに過失はない。
(2) 和解
原告は,平成13年8月14日ころ,被告Aに対し,5頭の犬の死亡が発覚した後,「どうせ,おまえ達なんかじゃ金なんて払えないだろう。だったら,お客の犬を返して,ショーで稼ぐようなことはするなよ。」などと謹慎を申し入れ,被告Aはこれを承諾した。このことにより,原告は,被告Aに対する損害賠償請求権を放棄するという内容の和解が成立した。
4 抗弁に対する認否
(1)ア 抗弁(1)アは否認する。本件犬の死亡原因が,本件犬同士のけんかによることはあり得ないし,被告Aは,原告に対し,甲6及び甲8については,被告A所有の丙にかみ殺された旨述べた。また,原告は,被告らに対し,本件犬の様子がおかしいときは,F獣医師のもとに連れて行くよう指示し,治療費については原告負担とする旨伝えていたにもかかわらず,被告らは,F獣医師のもとに本件犬をほとんど連れて行かなかった。
また,甲は,短吻種といって頭部が短く,顔の長い一般種に噛まれやすいのであるから,運動させる際には,気性の荒い一般種である丙と時間をずらして行うべきことは,犬を預かるプロであれば常識であるところ,被告らは,本件犬を被告ら所有の丙と一緒に運動させるなど,適切な管理を怠った。
イ 同(1)イは否認する。原告は,被告らに対し,本件契約に際し,被告らに預ける犬を厳密に選別するとともに,預ける犬1頭ごとにその特徴,既往症や飼育する上での注意点等を紙に書いて渡しており,犬を管理する上での適切な指示を行った。
ウ 同(1)ウは否認ないし争う。
(2) 同(2)は否認する。
理由
第1 請求原因について
1 請求原因(1)について
(1) 請求原因(1)ア(ア)の事実,同(1)ア(イ)aの事実,同(1)イ(ア)のうち,原告と被告Aとの間で,本件寄託契約が締結された事実,同(1)イ(イ)の事実のうち,原告と被告Aとの間で,本件寄託契約の委託料を1か月8万円に変更する旨の合意をした事実及び同(1)ウの事実は,いずれも当事者間に争いがない。
(2)ア そこで,請求原因(1)イ(ア)のうち,被告C及び被告Bが,本件寄託契約の当事者であるかについて,検討する。
イ 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(ア) 被告Aは,平成10年の秋ころ,原告の内縁の夫であるGに対し,丁のアメリカチャンピオンの輸入を依頼したことをきっかけとして,原告と付き合うようになった。
(イ) 被告Aは,平成6年12月ころから,東京都S区に居住して,ペットショップを営んでおり,そのころ,被告Bは,サラリーマンとして働いていた。
(ウ) 被告A及び被告Bは,平成11年8月ころ,原告から物件の紹介を受けて,現住所へ引っ越した。
現住所への引っ越しに先立ち,被告B,被告A世帯の収入を確保するため,原告が,その所有する犬を預けて報酬を支払うという話がなされた。
これに関し,原告は,本人尋問において,被告Bが,本件寄託契約の話を持ちかけてきた旨供述するが,証拠には,被告Aが,本件寄託契約の話を持ちかけてきた旨の原告の供述記載部分があり,矛盾していることなどから,原告の上記供述は,採用できない。
(エ) 被告Bは,平成11年9月ころから,株式会社Eにアルバイトとして勤務しており,平成12年2月1日ころから,正社員となった。
(オ) 被告Cは,平成11年10月ころ,被告Aの出産を機に,被告A及び被告Bと同居した。
(カ) 原告は,平成12年3月14日,同年11月16日,平成13年6月27日,7月11日の4回,被告に対し,本件寄託契約に基づく委託料を,被告B名義の預金口座に送金する方法により支払った。
その余の委託料については,被告Aが,原告の自宅に赴き,受領していた。
(キ) 被告Cと被告Aは,平成13年8月14日ころ,原告の自宅において,原告に対し,犬を死亡させたこと等について謝罪をした。その後も,被告Aは,数回,原告に対して謝罪をした。
(ク) Dのホームページには,代表者として,被告Aのみが記載されている。
ウ 上記認定の事実によれば,本件寄託契約の当事者は,原告と被告Aであったものと認められる。
エ これに対し,原告は,被告Aのみならず,被告B及び被告Cも,本件寄託契約の当事者であると主張し,本人尋問において,これに沿う供述をする。
しかし,上記事実認定によれば,Dの経営者が被告ら3名であると認めることはできず,かえって,ホームページの記載などから,被告Aのみが経営しているものと認めるのが相当である。
また,本件寄託契約の委託料が被告Bの預貯金口座に数回振り込まれた事実は認められるものの,被告Bの預金口座は,被告Bが株式会社Eに勤務している期間中も,子犬の売却代金等が振り込まれていることなどを考慮すると,このことから直ちに,被告Bが本件契約の当事者と認められるものではなく,他に被告Bが,原告に対し,本件寄託契約の当事者として,本件犬を預かる旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はない。
被告Cは,本件契約締結後の平成11年10月ころ,被告Aの出産を機に,被告Aと同居するに至ったものであるから,本件寄託契約の当事者として,本件犬を預かる旨の意思表示をしたとは到底認められない。
したがって,原告本人の前記供述は,これを採用することができず,他に原告の主張を認めるに足りる証拠はなく,本件寄託契約の当事者が被告ら3名であるとする原告の主張は,理由がない。
オ なお,原告は,本件寄託契約と同時に,同契約とは別に,準委任契約を締結した旨主張するようであるが,預かった犬について飼育管理を行うことは,寄託に付随する当然の事務というべきであるから,寄託契約の他に,準委任契約が成立したと認めることはできない。
(3) 請求原因(1)エについて
ア 死亡した犬に係る財産的損害について
(ア) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
a 甲は,一般にペットとして市場で売られている小売価格が約30万円前後であり,ペットショップで売られるのは,生後45日から50日前後くらいの子犬であることが一般的であるが,ドッグショーに出陳するような犬については,価格はより高額になる。
b 甲1,甲2,及び甲5は,原告がアメリカで購入した輸入犬であるが,甲1は原告の犬舎の看板犬であった。輸入甲の一般的な価格は,約80万円程度である。
c 甲3,甲6,甲4及び甲8は,国産の犬であり,原告がその顧客から,甲3,甲6及び甲8をそれぞれ30万円で,甲4を100万円で購入したものである。また,甲7は,原告が生産した犬であり,原告は,自家生産した犬を売却する場合には,子犬で30万円から50万円,成犬で100万円から150万円で売却することとしていた。
(イ) 上記認定事実によれば,原告の所有する本件犬のうち5頭が,被告Aによる保管中に死亡したのであるから,これにより原告に死亡した犬の財産的価値に相当する損害が生じたことは明らかである。
そこでこれを検討するに,原告は,購入価格等を根拠として,死亡した犬の,死亡当時の財産的価値は,合計624万円を下らない旨主張し,証拠中にも,これに沿う供述記載部分があるが,犬の財産的価値(取引価格)は,一般的に高齢になることによって低下するものであることは明らかというべきであり,購入価格をもって,死亡当時の価値とみることはできない。そして,犬の死亡時の価格は,性質上その額を立証することが極めて困難であると認められるから,民訴法248条により,死亡した犬の購入時及びその価額,死亡時の年齢,その他本件審理に顕れた一切の事情を考慮し,本件犬のうち5頭が死亡したことによる犬の財産的価値の損害額は,別表2のとおり,合計80万円と認めるのが相当である。
(ウ) これに対し,被告らは,本件犬が,いずれも,不用犬であるか又は高齢であったことから,取引の対象としての価値はないと主張するが,本件犬の財産的価値が全くないとは認められないから,被告らの主張は採用できない。
イ 慰謝料について
債務不履行によって,動産が毀損等した場合において,当該動産に係る財産的損害が填補されるとしても,これによって特段の精神的苦痛を被ったと認められるときは,財産的損害の賠償のほかに,精神的苦痛を慰謝するための慰謝料を請求することができると解するのが相当である。
本件では,ブリーディングに用いていた犬であり,飼い犬と同様ということはできないものの,証拠によれば,原告としては,努力して入手したり,愛情を持って育てたりしたことから,それぞれに愛着を持っていた本件犬を失ったものである上,死亡時に直ちに報告を受けられず,骨壺も一部について受け取ることができていないなどの事実が認められ,これらは上記特段の事情に当たるというべきである。
そして,その慰謝料額は,上記認定の諸事情を考慮すると,合計70万円が相当である。
ウ 甲1の死亡による逸失利益について
原告は,甲1について,年間10件以上の交配希望があったことを前提として,その死亡によって原告に逸失利益が発生した旨の主張をしているが,被告Aに預けている間,現実に交配が行われた事実及び甲1に対する交配希望があった事実を認めるに足りる証拠はないから,原告の前記主張は,その前提を欠くというべきである。
したがって,逸失利益に関する原告の主張は,採用できない。
2 請求原因(2)について
(1) 原告は,甲2が平成11年12月28日よりも前に死亡していたことないしは本件犬の健康状態が悪化していたことを前提に,同日にされた委託料を毎月8万円とする旨の意思表示が詐欺に該当すると主張する。
しかし,そもそも,甲2が12月28日より以前に死亡したと認めるに足りる証拠はなく,また,本件犬について,原告に報告すべき程度に健康状態が悪化していたとの証拠もないから,原告の前記主張は,その前提を欠き,失当である。
(2) また,原告は,被告らが,本件犬の死亡等を原告に秘匿することによって,不作為により原告を欺罔したとも主張する。
(3) したがって,請求原因(2)は,理由がない。
第2 抗弁について
1 抗弁(1)について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア 原告は,平成11年8月10日の本件寄託契約の際に,被告Aとの間で,本件犬が病気等になったときには,F獣医師のもとへ連れて行き,治療を受けさせることとし,その費用は原告の負担とするとの合意をした。
イ(ア) 被告Aは,平成11年8月27日,甲2の陰部から出血があったため,原告の指示によって,F獣医師の診察を受けさせたところ,子宮がんであることが判明し,手術が行われた。
(イ) 同年9月30日,F獣医師は,甲1及び甲2に対し,薬剤を処方した。
(ウ) 同年12月9日,F獣医師は,甲1及び甲4に対し,薬剤を処方した。
(エ) 平成12年4月4日,F獣医師は,甲1及び甲2に対し,薬剤を処方した。
(オ) 被告Aは,本件犬を預かっている間,1度,甲5を繁殖のために,原告のもとへ連れて行った。
(カ) 甲1は,平成13年2月ころに死亡し,甲6,甲7及び甲8は,同年5月ないし6月ころに死亡した。なお,甲2の死亡時期は,明らかでない。
ウ 被告Aは,平成13年8月14日ころ,原告に対し,本件犬のうち,甲1,甲2,甲6,甲7及び甲8の5頭が死亡したことを初めて告げた。
エ 原告は,本件犬を預けている間,本件犬に会うために被告らの自宅を訪れたことはない。
オ 被告Aは,原告に対し,死亡した犬のうち,一部の犬の骨壺を引き渡した。
(2) 被告らは,原告が,本件犬の飼育方法等について適切な指示をしなかったこと,本件犬がもともと病弱であったかあるいは高齢であったことなどが原因で,本件犬が死亡ないし傷害したものであること,本件寄託契約の委託料が相場と比較して安いものであり,そもそも被告Aが負うべき義務の程度は低いことなどから被告らに責任はない旨主張し,被告Aもこれに沿う供述をする。
しかし,被告Aは,他人の犬を預かることを業としている者であり,丙のブリーディングをするなど,いわば犬を扱うプロであるといえることからすると,仮に,本件寄託契約の委託料が相場と比較して安いものであったとしても,善管注意義務の程度が低くなると解することはできない。
また,同じく犬を扱うプロである原告が個別の指示を行い,これに従った管理を行ったというのであればともかく,特段の指示を行わなかった場合には,被告Aが,プロとしての適切な管理を行うべき義務があることは当然であるから,仮に,原告が適切な指示をしなかったとしても,これによって,直ちに被告Aが免責されるものではないと解するのが相当である。
かえって,被告Aは甲9が死亡した際には,直ちに原告に報告しているのに対し,他の5頭が死亡した際には,直ちに原告に報告していないこと,比較的短期間のうちに複数の犬が死亡していること,詳細な死亡原因及び死亡年月日が明らかではないものの,5頭の死亡が老齢による自然死であったことを裏付ける証拠はなく,その原因は犬同士のけんかによる傷害又は病気によるものと推察されることなどからすると,被告Aの管理は不十分なものであったと認めることができ,被告Aには善管注意義務違反があったというべきである。
したがって,抗弁(1)は,理由がない。
2 抗弁(2)について
被告らは,原告が,被告Aに対し,本件犬の死亡が明らかになった後に,謹慎を命じ,被告Aがこれを受け入れたことによって,原告の被告Aに対する損害賠償請求権を放棄する旨の和解契約が成立した旨主張し,被告Aも,これに沿う供述をする。
しかし,仮に,原告が,被告Aに対し,顧客から預かっている犬を返し,ドッグショーに出て利益を得る行為を禁止する旨を申し向け,被告Aがこれに異議を述べることなく承諾したとしても,その発言の趣旨は,発言の時期及び内容などからすると,被告Aが犬を死亡させるなどしたことに対する怒りの気持ちなどからなされたものと考えるのが自然であって,少なくとも,被告らに対し,本件犬の死亡等に関し,金銭的な請求を一切しないとの意思を含む趣旨の発言と見ることはできない。
したがって,原告の上記発言によって,原告が被告Aに対する損害賠償請求権を放棄する意思表示をしたと認めることはできず,抗弁(2)は,理由がない。
第3 結論
よって,原告の請求は,被告Aに対し,債務不履行に基づく損害賠償金150万円及びこれに対する弁済期の後である平成15年3月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
千葉地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 小 磯 武 男
裁判官 見 米 正
裁判官 吉 野 内 謙 志
別表(省略)
マンションにおけるペット飼育に関して売主である販売業者の説明義務違反及び不法行為責任が否定された事例(平成16年09月22日福岡地方裁判所第5民事部)平成15(ワ)974損害賠償請求事件
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平成16年9月22日判決言渡し 同日原本交付 裁判所書記官
平成15年(ワ)第974号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成16年8月4日
判決
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1)被告は,原告に対し,908万5902円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
(3)仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)原告の請求を棄却する。
(2)訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告が原告に対してマンションを販売する際,ペットの飼育に関して不適切な説明を行い,原告を同マンションでのペットの飼育が可能であると誤信させてその売買契約を締結させたとして,損害賠償または不当利得の返還を請求している事案である。
1 争いのない事実及び後掲証拠により容易に認められる事実
(1)被告は,不動産の売買及び仲介等を目的とする会社であり,平成12年12月ころから平成13年にかけて,福岡市(以下省略)所在のマンション「A」(以下「本件マンション」という。)の販売を行った。
(2)原告及びその妻B(以下「B」という。)は,平成13年4月から9月にかけて,被告従業員C(以下「C」という。)から,本件マンションの説明を受けたり,本件マンションのモデルルームを見学したりしていた。
その後,原告は,同月22日に,被告との間で,本件マンション2号室を,3970万円で購入するとの売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,平成14年3月ころ,家族,ペットの犬とともに同室に入居した。
(3)被告が,購入予定者に提示した本件マンションの管理組合規約案には,以下の規定があり,同案は,本件マンションの管理組合規約として承認され,現在も通用している(乙3)。
1条 この規約は,Aの管理又は使用に関する事項等について定めることにより,区分所有者の共同の利益を増進し,良好な住環境を確保するとともに,地域社会の健全な発展に資することを目的とする。
3条1項 区分所有者は,快適な共同生活を維持するため,この規約及び別に定める使用細則を誠実に遵守しなければならない。
6条1項 区分所有者は,第1条に定める目的を達成するため,区分所有者全員をもってA管理組合(以下「本件管理組合」という。)を構成する。
17条 区分所有者及び占有者は,本マンション内において,次の行為を行い,又は他人に行わせてはならない。但し,建物等の保存に有害でなく,その他建物等の使用又は管理に関し,区分所有者の共同の利益を損なわず,且つ,他の居住者に迷惑を及ぼしたり,不快感を与えたりしない使用上のやむを得ない行為であって事前に管理組合の承認を受けた事項はこの限りではない。
10号 その他区分所有者の共同の利益に反し,又は他の居住者に迷惑を及ぼしたり,不快の念を抱かせる行為をすること。
45条1項 組合員は,その所有する住戸1戸につき各1個の議決権を有する。
46条3項 次の各号に掲げる事項に関する総会の議事は,前項にかかわらず,組合員総数の4分の3以上及び議決権総数の4分の3以上で決する。
1号 規約の変更
(4)被告が,購入予定者に提示した本件マンションの使用細則案には,以下の規定があり,同案は,本件マンションの使用細則として承認され,現在も通用している(乙3。以下,現行の管理組合規約及び使用細則をあわせて「現行管理組合規約等」という。)。
1条 本マンションの区分所有者または占有者並びにその家族(以下「居住者」という。)は,当該専有部分およびその専用使用部分の使用にあたり次の行為をしてはならない。
(12)その他,公序良俗に反する行為および他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為をすること。
2 争点
(1)債務不履行の成否
(原告の主張)
ア 被告は,マンションの売主として,契約を締結しようとする買主に不測の財産的,精神的損害を与えないように共用部分,専有部分の用途その他利用制限等,建物または敷地の使用権に関する規約の定めの内容につき,特に重要事項として説明する信義則上の義務を負っている。
そして,原告は,ペットの飼育が可能であることをマンション購入の条件としていたから,本件売買契約においては,本件マンションにおいてペットの飼育が許可されていることが売買契約の重要な要素であり,被告は,本件マンションにおいてペットの飼育が許可されているのか,される見込みがあるのかにつき具体的に説明すべき信義則上の義務を負う。
被告が上記義務を負うことは,宅地建物の取引において売主が,権利や利益が制限されることになる事項その他原告の利害に関わる事項については,重要事項として説明する義務を負っていること(宅地建物取引業法施行規則16条の2参照)及び消費者契約法の趣旨に照らしても明らかである。
イ それにもかかわらず,被告または被告の履行補助者であるC,D(以下「D」という。)は,原告及びBに対し,本件マンションはペット飼育が可能であると説明し,ペット飼育の可否が将来において変更される可能性,他の購入者のペット飼育に関する認識を説明せず,ペット飼育に関する正確な情報を提供しなかった。さらに,被告は,他の購入者に対し,ペット飼育は禁止されていると説明していながら,原告に対しては,他にもペットを飼育している購入者がいると述べるなど,虚偽の説明をしており,被告は,上記説明義務を果たしていない。
ウ したがって,被告は,原告に対し,債務不履行責任を負う。
(被告の主張)
ア(ア)マンションにおけるペット飼育は原則として禁止されているのが通常であり,ペット飼育を全面的に可能とするマンションの場合は,広告で明示されていたり,ペットの足洗い場等の設備が設けられていたりするところ,本件マンションの販売広告にはペット飼育可能との記載はなく,本件マンションにペット飼育のための設備はない。原告は,他のマンションの販売広告,モデルルームを閲覧した上で,本件マンションの現地販売事務所,モデルルーム,建設現場も見学したのであり,本件マンションにおいてペット飼育に何らかの制限が加えられるであろうこと,将来ペット飼育が禁止される可能性があることを認識できたから,それらの点について,被告は説明義務を負わない。
(イ)そもそも,マンションにおけるペット飼育の可否は,管理組合が決定することであり,売主は,当該マンションに区分所有権を有しない限り,管理組合の意思決定に対し,影響を及ぼすことはできない。売主は,マンションの売買契約時において,管理組合設立総会で制定されるべき管理組合規約及び使用細則(以下「管理組合規約等」という。)を交付し,それについて同意する旨の承諾を得るが,承諾された管理組合規約等も,管理組合員により構成される管理組合総会によりいつでも変更されうるものであるから,売主が,買主に対して,将来制定,改正される管理組合規約等の内容を予想した上で説明することは不可能であり,被告にそのような説明を行う義務はない。また,管理組合設立総会で制定予定の管理組合規約等の内容,管理組合規約等の改正がなされ得ること及びその手続については,本件売買契約時に,被告が交付した制定予定の管理組合規約等に明記されているから,被告は,その内容の詳細について,買主から特に説明を求められない限り,説明する義務はない。
イ(ア)現行管理組合規約等では,他人に迷惑,危害を及ぼす行為が禁止事項として挙げられているが,ペット飼育に関しては,明確な定めがなされておらず,C及びDが,原告に対し,ペット飼育は原則禁止されているが,他人に危害,迷惑を及ぼさない範囲においては問題ないと思われる旨述べたのは,制定予定の管理組合規約等を忠実に解釈して述べたにすぎない。
(イ)原告は,本件売買契約締結時に,制定予定の管理組合規約等の交付を受け,また,重要事項説明書の説明によって,管理に関する事項は管理組合規約等を参照すべきことを知らされたにもかかわらず,制定予定の管理組合規約等について,被告に対し,説明を求めなかったのであるから,被告に説明義務違反はない。
(2)不法行為
(原告の主張)
ア 被告は,C及びDをして,原告及びBに対し,本件マンションにおいてペット飼育が可能であると説明し,ペット飼育の可否が将来において変更される可能性,他の居住者のペット飼育に関する認識を説明しなかった。
他方で,被告は,その従業員をして,原告他数名を除く購入者に対して,ペット飼育が禁止されていると説明し,また,原告宅の隣室をペットアレルギーを持つ家族がいる者に販売し,本件マンションでのペットの飼育を事実上困難な状況にしたのであるから,被告が,原告に対して行った説明は,ペット飼育が将来において禁止される,または困難になる可能性があるにもかかわらず,将来においてもペット飼育が可能であると積極的に原告を欺罔する詐欺行為であり,被告は,不法行為責任を負う。
イ 仮に,C及びDの上記詐欺行為が被告自身の不法行為にあたらないとしても,C及びDの行為は,本件マンションの販売という被告の業務の執行においてなされたものであるから,被告は,使用者責任に基づき,その責任を負う。
(被告の主張)
前記(1)記載の被告の主張のとおり,被告に,原告に対する説明義務違反はないから,被告及び被告従業員に不法行為責任は発生しない。
(3)債務不履行及び不法行為による損害
(原告の主張)
原告が被告の説明義務違反または不法行為によって本件売買契約を締結し被った損害は以下のとおりである。
ア本件建物購入及び居住による財産的損害
原告は,マンションを購入するにあたっては,ペットの飼育が可能であることを条件としていたのであるから,被告の債務不履行,不法行為がなければ,原告は本件マンションを購入しなかったのであり,本件マンションの購入に関して,原告が支出した以下の費用は,被告の債務不履行,不法行為と相当因果関係のある損害にあたる。
(ア)本件建物購入代金 3970万0000円
(但し,本件においては時価相当額3600万円を控除した370万円を請
求する。)
(イ)ローン保証料・修繕積立金等 153万2752円
(ウ)内装変更工事代金 91万6650円
(エ)引越費用 13万6500円
イ マンションの買換え及び転居による財産的損害(ア(イ)ないし(エ)と選択的請求)
被告の債務不履行,不法行為により,原告は,本件マンションからペットの飼育が可能である他のマンションへの転居を余儀なくされるから,本件マンションと同程度の価値を有するマンションの購入費用,転居費用等の以下の費用は,被告の債務不履行,不法行為と相当因果関係にある損害にあたる。なお,別のマンションの購入代金については,本件マンションを売却して一部資金に充てることから,本件訴訟においては請求しない。
(ア)購入諸費用 153万2752円
(イ)内装変更工事代金 91万6650円
(ウ)引越費用 13万6500円
ウ 慰謝料
本件マンションの多数の住民がペット飼育が禁止されることを前提に,本件マンションを購入していることから,原告は,共有部分の通行の度に,他の住民に不快感を与えていないか気にするなど精神的苦痛を被っている。
また,隣家にペットアレルギーの住民がいることにより,ペットのにおい,毛が隣家に行かないよう極力窓を空けないなど,自宅専用部分にいる際にも精神的苦痛を被っている。
さらに,被告は,本件売買契約の経緯についての説明,謝罪等を行わない。
上記一切の事情に照らせば,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は,200万円とするのが相当である。
エ 弁護士費用 80万0000円
(被告の主張)
(ア)現行管理組合規約等は,本件売買契約時に原告に交付した制定予定の管理組合規約等がそのまま制定されたものであり,現時点で何らの変更もされておらず,今後,どのような管理組合規約等の定めがなされるかもわからないから,原告には損害が発生していない。
また,仮に現行管理組合規約等の改正がなされたとしても,それは改正の決議がなされる時点における本件管理組合の総会において決められたことであり,入居時点とは,本件マンションの区分所有者も,その考えも異なり得るから,改正によって原告に何らかの損害が発生したとしても,売主である被告の行為とは因果関係がない。
(イ)本件マンション新築時から現在までの価格下落分は,全ての購入者に当然に発生するものであるから,それを売主である被告に転嫁することはできない。
(ウ)現在,原告がペットを飼育するに際して払っている注意はペット飼育が全面的に可能なマンションにおいても払うべき,一般的な注意であり,原告に対して特別の義務が課されているわけではないから,原告に精神的苦痛があるとはいえない。
(エ)原告は,本件マンションから転居するか,居住を続けるかを明らかにしておらず,転居費用が生じるか否かは未確定であるから,現時点では損害として認められない。
(4)過失相殺
(被告の主張)
原告には,本件マンションの販売広告にペット飼育可能と明記されていないこと,本件マンションがペット飼育に適した設備が設けられていないマンションであることを認識していたにもかかわらず,ペット飼育が可能と信じ,制定予定の管理組合規約等を確認せずに本件売買契約を締結したという過失があるから,相当額の過失相殺が認められるべきである。
(5)錯誤無効
(原告の主張)
ペットの飼育が可能であることは,原告がマンションを購入するにあたっての条件であり,また,マンションでペットを飼育するには,他の入居者の理解が不可欠であるから,本件マンションでペットの飼育が可能であること,他の入居者もペットの飼育が可能であると認識していることは,売買契約の締結を左右する重大な事項であり,本件売買契約の要素である。
原告は,本件マンションでのペット飼育が原則禁止されており,他の購入者もそれを前提に本件マンションを購入し,その中には,ペット飼育を全面的に禁止するべきと考える者もいるにもかかわらず,本件マンションにおいてペットの飼育が可能である,他の入居者もペット飼育が可能であると認識していると誤信して本件売買契約を締結したものであるから,本件売買契約の要素に錯誤がある。
したがって,本件売買契約は,原告の錯誤により無効であるから,被告は,原告に対し,本件売買契約の代金の一部を不当利得として返還する義務を負う。
(被告の主張)
ペット飼育の可否は,マンション購入に際して考慮する一要素であるとしても,マンションの売買契約の主要部分にはあたらないし,その錯誤がなければ,売買契約の意思表示をしないことが社会通念上当然ということはできない。
また,ペット飼育が可能であるとされているマンションにおいても,ペットを飼育する者は他の入居者のために注意を払って飼育する必要があるし,その後の管理組合規約等の変更により,ペット飼育が制限され,禁止されることもあり得るから,ペット飼育の可否,他の購入者もペット飼育が可能と認識していることは,マンションの売買契約の主要部分にあたらず,ペットの飼育の可否は,契約の要素にはあたらない。
(6)消費者契約法4条2項に基づく取消し
(原告の主張)
本件売買契約は,事業者である被告と消費者である原告との間でなされた消費者契約である。そして,マンションにおけるペット飼育の可否は,マンション購入についての判断に通常影響を及ぼすことが明らかであるから,消費者契約法4条2項に定める重要事項にあたる。
被告は,本件マンションにおけるペット飼育の可否について,ペット飼育が可能であるとの原告の利益となる説明をしたが,他の入居者の中にペット飼育は禁止であると認識して本件マンションを購入した者がいること,本件マンションの管理規約等でペット飼育が禁止または制限される可能性があることという原告にとって不利益な事実を故意に告げなかった。
原告は,そのため,本件マンションをペット飼育禁止であると認識している入居者はおらず,将来にわたってもペット飼育が禁止されまたは制限されることはないと誤信して本件マンションを購入するとの意思表示をした。
したがって,原告は,消費者契約法4条2項に基づいて,本件売買契約を取り消し,本件売買契約の代金の一部を不当利得として返還することを請求する。
(被告の主張)
マンションにおけるペット飼育の可否は,売主ではなく管理組合が決定すること,売主は将来制定予定の管理組合規約等に売買契約締結時に買主の同意を得るという方法で関与することができるにすぎないこと,その管理組合規約等は後の管理組合総会で変更がなされ得ることからすれば,売主としては,買主に制定予定の管理組合規約等を交付し,これらが制定されることを説明することで足りるというべきであり,被告が,原告に不利益となる事実を告知しなかったとはいえない。
仮に,原告が,不利益な事実が存在しないと誤信したとしても,本来マンションにおいては,共同住宅という本質上,ペット飼育に制限があること,ペット飼育可能との広告がなされず,本件マンションには何らペット飼育に適する設備が備えられていないことからすれば,被告の告知あるいは不告知によって,将来にわたってもペット飼育が禁止され又は制限されることはないと誤信をすることは考えられないから,原告の誤認と被告の説明とは因果関係がない。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1,2,8,10,12,13,14,18,乙1,4,5,原告本人,証人B,証人C,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告は,平成13年4月当時,広島県に単身赴任していたが,福岡市(以下省略)所在のマンション(以下「旧原告宅」という。)に,B,翌年に小学校に入学する予定だった娘が住み,パグという種類の小型犬を飼育していた。
原告及びB(以下「原告ら」という。)は,本件マンション2号室に入居後も同所において,上記犬を飼育しており,その犬は,平成15年7月当時,9歳である。
原告らは,平成13年4月当時,自宅用にマンションを購入することを検討しており,旧原告宅が所在するX校区内にあり,ペットの飼育が可能なマンションを探していた。
(2)被告は,平成12年12月ころから,本件マンションの販売を行っていた。
被告は,マンションの販売にあたって,購入希望者に対し,ペットの飼育は原則禁止されているが,他人に迷惑,危害を及ぼさない範囲であればできると考えられる旨説明するよう,営業担当者に指示しており,本件マンションについて,特段異なる指示はなされていなかった。
(3)本件マンションの販売を担当していたCは,平成13年4月ころ,旧原告宅に電話して,電話に出たBに対し,本件マンションを販売中であることを伝えた。
Cは,前記電話において,Bが本件マンションの購入に興味を示したため,その日のうちに,旧原告宅にパンフレットを持参した。
Cが,旧原告宅を訪問し,Bに会った際,Cは,Bから,本件マンションでペットが飼えるかを尋ねられたので,原則は駄目だが,危害を加えるなど人に迷惑をかけなければ,具体的には,外に出るときには籠に入れるとか,抱く等すれば問題ないと思われる旨返答した。Cは,その際,旧原告宅で飼育されている犬を実際に見た。
(4)Cは,平成13年5月ころ,数回,旧原告宅を訪問し,原告及びBも,本件マンション付近に開設された現地販売事務所を訪問して,Cから本件マンションの詳細等の説明を受けたが,その間,本件マンションでのペット飼育の可否が話題になることはなかった。
しかし,原告らは,希望予算を超えること等の理由で,本件マンションの購入を断念することとし,同年5月末ころ,BからCに対し,その旨を伝えた。
(5)原告らは,さらにX校区内で,ペット飼育が可能なマンションを探していたが,適当な物件が見当たらなかったため,平成13年8月ころには,再度本件マンションの購入を検討するようになった。
原告らは,平成13年8月下旬以降,数回にわたり,現地販売事務所を訪れ,本件マンションについて説明を受け,同年9月17日ころ,C及び被告営業部長であるDに対し,本件マンション2号室の購入を申し入れた。その際,原告らからCらに対し,本件マンションでのペット飼育に関しての質問はなかった。
(6)C及びDは,平成13年9月22日,本件売買契約締結のため,旧原告宅を訪問した。
Dは,原告に対し,「宅地建物取引主任者証」を提示した上,重要事項説明書を読み上げた。同重要事項説明書には,「15.管理に関する事項」の項に,「管理内容等については別途管理規約をご参照願います。」「入居者が一定数となった時点で管理組合を結成して頂きます。」との記載がある。
また,Dは,原告から前記犬を見せられた上で,本件マンションでペットを飼育できるか尋ねられ,この程度の犬であれば特段問題はないと思う旨述べた。
その後,原告は,Dから本件マンションの管理組合で制定される予定となっている管理組合規約等及び管理委託契約書の交付を受け,それらについて承認する旨の承認書及び本件売買契約書に署名捺印した。
(7)原告とその家族は,平成14年3月末ころ,飼育している犬と共に,本件マンション2号室に引っ越してきた。
(8)平成14年5月ころ,本件管理組合総会が開かれ,組合員の一人から,本件マンションはペット飼育禁止であるはずなのに,ペットを飼っている人がいるとの発言がなされた。
その後,管理会社が本件マンションの購入者に対して実施したアンケートでは,回答者37名のうち,売買契約当時,被告の販売担当者からペットの飼育が可であると聞いていたと回答した者が原告を含めて2名,飼育は不可であると聞いていたと回答した者が16名,ペットの飼育に関しては何も聞いていないと回答した者が9名であり,その他の者は無回答であり,今後のペット飼育については,条件付でも不可と回答した者は2名,条件付で可とする者32名,無回答3名であった。
また,ペットアレルギーに関するアンケートを行ったところ,回答のあった入居者35世帯中,7世帯はペットアレルギーを持つ居住者がいると回答している。
(9)原告が,被告に対し,本件売買契約時のペットに関する説明の状況について説明するよう求めていたところ,原告への販売担当者であったCは,平成14年11月ころに管理会社の担当者とともに,同年12月1日には一人で,原告宅を訪問した。
Cが一人で原告宅を訪問した際,原告は,Cに対し,本件売買契約締結の際,Dが,原告が飼っている犬を見て,この程度の犬だったら外で飼うわけではないから大丈夫だと言った旨を述べ,Cは,これに対し,問題ないという趣旨のことを述べたことは覚えている旨返答した。
(10)平成15年4月5日,本件管理組合臨時組合員総会において,ペットの飼育に関し,次の三案が提示されたが,採択には至らなかった。なお,欠席者9名による不在投票の投票結果は,b案5票,c案4票であった。
a案 ペットの飼育を全面的に禁止する。
b案 別紙1(省略)の趣旨の規則を定め,それを遵守することを条件に現在飼育中のペットのみ1代限り認める。
c案 別紙2(省略)の趣旨の規則を定め,それを遵守することを条件にペット飼育可能とする。
(11)本件管理組合は,上記臨時組合員総会において,上記三案の採択までの間,ペットの飼育について,以下の規定によることを決議した。
ア 現在飼育しているペット以外の飼育は禁止する。来客のペット持ち込みも禁止する。
イ ペットと外出する際は,籠に入れて移動する。
ウ エレベーターにペットを同乗させる場合,他の同乗者に告知する。
エレベーターをおりる際には,除菌剤を使用する。
エ 管理人の日常清掃の範囲で,ペットを飼っている住戸・アレルギー体質の家族のいる住戸の前の清掃は特に念入りに行う。
(12)原告は,現在,本件マンション2号室の原告宅で,ペットである小型犬の飼育を続けている。Bは,同犬を散歩のために室外に出す際には,できる限りエレベーターに乗らないようにしている。また,隣家にペットアレルギーを持つ子供がいるため,室内にいてもできるだけ窓を開けない,バルコニーの隣家寄り部分には洗濯物を干さない等の配慮をしている。
2 争点(1)について
(1)ア マンションにおいて管理上必要な事項は,居住者を組合員とする管理組合が制定した管理組合規約等により定められるところ,管理組合規約等は,当該マンションの居住者の生活に直接影響を及ぼすものであるから,マンションの販売業者は,購入者に対して,管理組合規約の内容等について説明する義務を負う。そして,ペット飼育の可否についても,ペットは鳴き声,におい,糞尿,毛等によって,他の居住者に迷惑を及ぼすおそれがあるから,多数の者が居住するマンションにおいては,管理組合規約等により禁止または制限されるのが通常であって,マンション販売業者は,購入者に対して,制定予定の管理規約等の内容を説明する限りにおいては,ペット飼育の可否ないしその制限等についても説明する義務を負うといえる。
ところで,管理組合規約等は,管理組合総会によって制定,改正されるものであり,現行管理組合規約46条3項1号においても,組合員総数の4分の3以上及び議決権総数の4分の3以上の賛成により,管理規約の変更がなされる旨規定されているところ,本件管理組合は,マンションの区分所有者により構成されるから(本件管理組合規約6条1項),販売会社である被告は,販売終了後は,本件マンションに対して何らの権利義務を持たない(証人D)。被告は,本件マンションの販売時に,購入希望者に対して,制定予定の管理組合規約等を交付し,承認をとっているが(乙1),それは,管理組合設立総会において,円滑に管理組合規約等が制定されるようにするために行っているにすぎない。
そうであるとすれば,被告は,将来制定される管理組合規約等の内容については,これを確定的に説明することはできないから,被告が,本件マンションを販売するにあたって購入予定者に対して説明し得るのは,制定予定の管理組合規約等の内容に限られるものであり,ペット飼育の可否を含む管理に関する事項に関しても,被告は,制定予定の管理組合規約等の内容を説明する義務を負うに止まり,それを超えてペット飼育の可否についての説明義務までは負わない。
イ また,原告は,被告は原告に対し,被告が他の購入者に対して,本件マンションではペットの飼育が禁止されている旨説明し,他の購入者の中に,ペットの飼育が禁止されているとの認識のもとに本件マンションの各居室を購入した者がいるという事情について説明する義務を負うと主張する。
しかしながら,被告が他の購入者に対して行った説明の内容それ自体が,本件マンションにおけるペットの飼育の可否に影響するものでないことはいうまでもない。また,他の購入者が本件マンションにおいてペットの飼育が禁止されていると認識していたとしても,管理組合規約等を改正して,ペット飼育を可能とすることもあり得るし,逆に,全ての居住者がペット飼育可能と認識して入居したとしても,その後,管理組合規約等を改正してペットの飼育を禁止することが求められることもあり得ること,ペット飼育にあたって,他の居住者に対する配慮は,他の居住者が,ペット飼育が可能であると認識していたとしても必要なものであることからすれば,他の購入者の認識は,本件マンションにおけるペットの飼育の可否に,事実上の影響も含めて,結びつくものではない。
そもそも,購入者が,被告の説明以外の情報により,ペット飼育に関して被告から受けた説明と異なる認識をすることもあり得るのであるから,購入者の認識という内心に関わる事項を,被告が正確に把握することは不可能である。
したがって,被告が,原告に対し,被告が他の購入者に対して行った説明の内容,他の購入者の中にペットの飼育が禁止であるとの認識のもとに本件マンションを購入した者がいるという事情を説明する義務があるとはいえない。
(2)以下,被告が,ペット飼育の可否ないしその制限に関し,制定予定の管理組合規約等の内容を説明する義務を果たしたかを検討するに,原告は,C及びDが,ペット飼育が可能であると断定する虚偽の説明したと主張し,それに沿う供述をする(原告本人)。
しかし,Bの証言によっても,Cは,ペットを飼育するに関して,他人に危害を加えたり,迷惑をかけないこと,外に出るときは籠に入れるか,抱く必要がある旨述べたと認められること(証人B),原告も,Cが平成14年12月に原告宅を訪れた際,同人に対し,本件売買契約締結の際,Dが,原告が飼っている犬を見て,この程度の犬だったら外で飼うわけではないから大丈夫だと言ったと述べていること(甲18),C及びDは,原告が飼っている犬を見た上で,その犬について飼育が可能と思われる旨述べているにすぎないこと(証人B)からすれば,C及びDが,本件マンションにおいてペット飼育が一般的に可能であると断定する説明したとの原告の供述は直ちには採用できず,むしろ,C及びDは,本件マンションにおけるペット飼育に制約があることを説明したと認められる。
そして,本件売買契約時に制定予定とされていた管理規約等によれば,ペット飼育は,他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為に該当する場合に禁止されることになるから,危害を加えるなど人に迷惑をかけなければ,具体的には,外に出るときには籠に入れる,抱く等すれば,問題ないと思われる旨の被告の説明は,制定予定の管理組合規約等の解釈として不適切とはいえず,C及びDの説明をもって,説明義務に違反する虚偽または不正確な説明であったということはできない。
(3)以上から,ペットの飼育の可否について,被告に説明義務違反があったとはいえず,被告は,原告に対し,債務不履行責任を負わない。
3 争点(2)について
(1)前記2のとおり,被告が原告に対して行った説明は,制定予定の管理組合規約等の規定に従ったもので,説明義務違反があったということはできないから,被告が原告を欺罔したということはできず,また,被告が行った説明が,不十分,不適切だったともいえないから,被告の説明が不法行為にあたるとはいえない。
(2)ア 原告は,被告が,原告とその他の購入者に対し,相反する説明を行ったため,ペット飼育が不可能になる可能性が高くなり,また,事実上ペット飼育は困難な状況になったと主張する。
確かに,本件マンションの購入者の中には,本件マンションではペット飼育が禁止されているとの説明を受けたと陳述したり(甲19ないし21),管理会社が行ったアンケートにおいても,16名がペット飼育は禁止されていると説明を受けたと回答している(甲2)ことが認められる。
イ しかし,制定予定の管理組合規約等では「他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為をすること」が規定されているのみであり,被告が前記のとおり,ペット飼育について制約があることを説明したことに対し,その受取り方につき,購入者間に,認識の差が生じたとしても,これをもって,被告が相反する説明をしたということはできない。そして,他の居住者が,被告からペット飼育は原則禁止されているとの説明を受け,ペット飼育は一切禁止されていると認識して入居していたとしても,前記のとおり,それによってただちに本件マンションにおけるペット飼育が禁止されるに至るものではなく,また,他の居住者の認識が,本件マンションにおけるペット飼育の可否に直接結びつくものでもない。
したがって,被告が他の購入者に対して行った説明が,原告に対する不法行為になると解することはできない。
(3)さらに,原告は,被告が,原告の隣室3号室を販売したE(以下「E」という。)の子供はペットアレルギーを持っており,そのため,原告のペット飼育は困難になったと主張する。
しかし,原告が供述するとおり,Dが,本件マンションにおいて原告がペットを飼育することをすでに承知の上で,Eに対して,本件マンションではペット飼育は一切禁止されている,他の購入者にペットを飼っている人がいないと説明していたとしても(原告本人,甲18),それがEに対する関係で不法行為になり得るかはともかく,原告との関係でみれば,Eは,ペットの飼育に関して,一代限りであれば可能としてよいと考えており(甲2,原告本人,証人D),また,管理組合規約の改正には組合員の4分の3以上の決議が必要であり,E一人の意見でペット飼育の可否が決まるものではないことからすれば,原告の隣の居室を同人に販売したことにより,原告がペットを飼育することが不可能になるとはいえないし,原告が,Eに対しての配慮として行っていることは,ペットの飼育が可能なマンションであっても,当然に必要とされるものであるから,特段,原告のペットの飼育を困難にするものとはいえず,被告がEに対して,原告が主張するとおりの説明を行ったとしても,それは,原告に対する不法行為とはなり得ない。
4 争点(5)について
(1)原告が,本件売買契約の要素であると主張する点のうち,本件マンションにおけるペット飼育の可否については,原告が本件売買契約に至る過程で,数回にわたり,C及びDに対し,ペット飼育の可否について尋ねていること,本件売買契約当時,原告が現に犬を飼育していたことから,本件売買契約を締結するにあたって,重要な事項であったと考えられ,契約の要素となっていたといえる。
しかしながら,他の購入者がペット飼育が可能であると認識していたかどうかは,前記のとおり,他の購入者の中にペット飼育が禁止されていると認識する者がいたとしても,現行管理組合規約等が改正されない限りペット飼育が不可能になるものではないこと,現に,本件マンションの購入時にペット飼育が禁止されていると認識していた者の相当数が,規則を定めた上でペットを飼育することに否定的ではないこと(甲2)からすれば,他の購入者がペット飼育が可能であると認識していたかどうかは,ペットの飼育の可否に直接結びつくものではないし,共同住宅であれば,ペット飼育が可能であるとの理解が得られていたとしても,他の居住者への気遣いが必要になることは当然であるから,他の購入者がペットの飼育が可能であると認識していたことが,本件売買契約を締結するにあたって重要な事項であったということはできない。
(2)そこで,本件マンションのペットの飼育の可否について原告に錯誤があったかを検討するに,本件売買契約の当時,制定予定の管理組合規約等によれば,ペット飼育は,他人に危害を加えない,迷惑をかけない範囲では禁止されていない,同管理組合規約等は,管理組合の議決により変更し得るという状況にあったところ,原告も,全面的にペット飼育が可能というわけではないが,他人に危害を加えない,迷惑をかけない範囲では禁止されていない旨の説明を受け,そのとおり認識していたのであるから,この点について,原告に錯誤があったということはできない。
(3)ところで,原告は,将来にわたってペットの飼育が可能であると信じていた旨主張し,ペットの飼育の可否が管理組合規約で決まるのであれば,本件マンションを購入しなかったと供述する(原告本人)が,前記のとおり,一般にマンションにおけるペットの飼育の可否は,管理組合規約で定められるものであり,管理組合規約は管理組合の議決により変更され得ること,原告は,本件売買契約以前からマンションに住んでいたことからすれば,原告は,管理組合規約の変更がされ得ることは認識していたというべきであり,将来にわたってペットの飼育が可能であると信じていたとの原告の供述は直ちには採用できない。
(4)したがって,本件マンションにおけるペットの飼育の可否について,原告に錯誤があったとはいえず,本件売買契約は有効といえるから,本件売買契約が無効であることを前提とした原告の不当利得返還請求は理由がない。
5 争点(6)について
(1)上記認定事実によれば,原告は,本件売買契約に至るまでの間,C及びDに対して,ペットとして犬を飼育していることを示し,本件マンションにおけるペットの可否について尋ねていたのであるから,原告にとって,本件マンションにおけるペット飼育の可否は,本件売買契約において重要な事項であったといえる。
しかしながら,被告が,ペット飼育の可否に関して,原告に告げたのは,制定予定の本件管理組合規約等によれば,危害迷惑をかける行為に該当しない場合に限り,ペット飼育が可能であること,同管理組合規約等に照らせば,原告が飼育している犬の飼育は可能と思われるところ,特にペット飼育可能ということを広告しているマンションでない限り,被告が原告に対して告げた制定予定の管理組合規約の内容はマンションにおいて制定予定の管理組合規約としては通常のものであり,また,原告が現に飼っているペットの飼育に関しても,その管理組合規約の解釈を述べたにすぎないこと,原告は,本件マンションに入居する以前もマンションにおいて管理上一定の制限を受けつつペットを飼っていたことからすれば,被告が,原告に利益になることを述べたとはいえない。
(2)したがって,不利益事実の不告知があったかを検討するまでもなく,消費者契約法4条2項に基づく取消しは認められない。
6 以上より,本件売買契約に関し,被告に債務不履行及び不法行為があったとは認められず,また,本件売買契約は有効に成立しており,原告による取消しも認められないから,被告は,原告に対し,損害賠償義務及び不当利得返還義務を負わない。
7 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官 亀 川 清 長
裁判官 板 野 俊 哉
裁判官 山 口 幸 恵
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平成16年9月22日判決言渡し 同日原本交付 裁判所書記官
平成15年(ワ)第974号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成16年8月4日
判決
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1)被告は,原告に対し,908万5902円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
(3)仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)原告の請求を棄却する。
(2)訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告が原告に対してマンションを販売する際,ペットの飼育に関して不適切な説明を行い,原告を同マンションでのペットの飼育が可能であると誤信させてその売買契約を締結させたとして,損害賠償または不当利得の返還を請求している事案である。
1 争いのない事実及び後掲証拠により容易に認められる事実
(1)被告は,不動産の売買及び仲介等を目的とする会社であり,平成12年12月ころから平成13年にかけて,福岡市(以下省略)所在のマンション「A」(以下「本件マンション」という。)の販売を行った。
(2)原告及びその妻B(以下「B」という。)は,平成13年4月から9月にかけて,被告従業員C(以下「C」という。)から,本件マンションの説明を受けたり,本件マンションのモデルルームを見学したりしていた。
その後,原告は,同月22日に,被告との間で,本件マンション2号室を,3970万円で購入するとの売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,平成14年3月ころ,家族,ペットの犬とともに同室に入居した。
(3)被告が,購入予定者に提示した本件マンションの管理組合規約案には,以下の規定があり,同案は,本件マンションの管理組合規約として承認され,現在も通用している(乙3)。
1条 この規約は,Aの管理又は使用に関する事項等について定めることにより,区分所有者の共同の利益を増進し,良好な住環境を確保するとともに,地域社会の健全な発展に資することを目的とする。
3条1項 区分所有者は,快適な共同生活を維持するため,この規約及び別に定める使用細則を誠実に遵守しなければならない。
6条1項 区分所有者は,第1条に定める目的を達成するため,区分所有者全員をもってA管理組合(以下「本件管理組合」という。)を構成する。
17条 区分所有者及び占有者は,本マンション内において,次の行為を行い,又は他人に行わせてはならない。但し,建物等の保存に有害でなく,その他建物等の使用又は管理に関し,区分所有者の共同の利益を損なわず,且つ,他の居住者に迷惑を及ぼしたり,不快感を与えたりしない使用上のやむを得ない行為であって事前に管理組合の承認を受けた事項はこの限りではない。
10号 その他区分所有者の共同の利益に反し,又は他の居住者に迷惑を及ぼしたり,不快の念を抱かせる行為をすること。
45条1項 組合員は,その所有する住戸1戸につき各1個の議決権を有する。
46条3項 次の各号に掲げる事項に関する総会の議事は,前項にかかわらず,組合員総数の4分の3以上及び議決権総数の4分の3以上で決する。
1号 規約の変更
(4)被告が,購入予定者に提示した本件マンションの使用細則案には,以下の規定があり,同案は,本件マンションの使用細則として承認され,現在も通用している(乙3。以下,現行の管理組合規約及び使用細則をあわせて「現行管理組合規約等」という。)。
1条 本マンションの区分所有者または占有者並びにその家族(以下「居住者」という。)は,当該専有部分およびその専用使用部分の使用にあたり次の行為をしてはならない。
(12)その他,公序良俗に反する行為および他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為をすること。
2 争点
(1)債務不履行の成否
(原告の主張)
ア 被告は,マンションの売主として,契約を締結しようとする買主に不測の財産的,精神的損害を与えないように共用部分,専有部分の用途その他利用制限等,建物または敷地の使用権に関する規約の定めの内容につき,特に重要事項として説明する信義則上の義務を負っている。
そして,原告は,ペットの飼育が可能であることをマンション購入の条件としていたから,本件売買契約においては,本件マンションにおいてペットの飼育が許可されていることが売買契約の重要な要素であり,被告は,本件マンションにおいてペットの飼育が許可されているのか,される見込みがあるのかにつき具体的に説明すべき信義則上の義務を負う。
被告が上記義務を負うことは,宅地建物の取引において売主が,権利や利益が制限されることになる事項その他原告の利害に関わる事項については,重要事項として説明する義務を負っていること(宅地建物取引業法施行規則16条の2参照)及び消費者契約法の趣旨に照らしても明らかである。
イ それにもかかわらず,被告または被告の履行補助者であるC,D(以下「D」という。)は,原告及びBに対し,本件マンションはペット飼育が可能であると説明し,ペット飼育の可否が将来において変更される可能性,他の購入者のペット飼育に関する認識を説明せず,ペット飼育に関する正確な情報を提供しなかった。さらに,被告は,他の購入者に対し,ペット飼育は禁止されていると説明していながら,原告に対しては,他にもペットを飼育している購入者がいると述べるなど,虚偽の説明をしており,被告は,上記説明義務を果たしていない。
ウ したがって,被告は,原告に対し,債務不履行責任を負う。
(被告の主張)
ア(ア)マンションにおけるペット飼育は原則として禁止されているのが通常であり,ペット飼育を全面的に可能とするマンションの場合は,広告で明示されていたり,ペットの足洗い場等の設備が設けられていたりするところ,本件マンションの販売広告にはペット飼育可能との記載はなく,本件マンションにペット飼育のための設備はない。原告は,他のマンションの販売広告,モデルルームを閲覧した上で,本件マンションの現地販売事務所,モデルルーム,建設現場も見学したのであり,本件マンションにおいてペット飼育に何らかの制限が加えられるであろうこと,将来ペット飼育が禁止される可能性があることを認識できたから,それらの点について,被告は説明義務を負わない。
(イ)そもそも,マンションにおけるペット飼育の可否は,管理組合が決定することであり,売主は,当該マンションに区分所有権を有しない限り,管理組合の意思決定に対し,影響を及ぼすことはできない。売主は,マンションの売買契約時において,管理組合設立総会で制定されるべき管理組合規約及び使用細則(以下「管理組合規約等」という。)を交付し,それについて同意する旨の承諾を得るが,承諾された管理組合規約等も,管理組合員により構成される管理組合総会によりいつでも変更されうるものであるから,売主が,買主に対して,将来制定,改正される管理組合規約等の内容を予想した上で説明することは不可能であり,被告にそのような説明を行う義務はない。また,管理組合設立総会で制定予定の管理組合規約等の内容,管理組合規約等の改正がなされ得ること及びその手続については,本件売買契約時に,被告が交付した制定予定の管理組合規約等に明記されているから,被告は,その内容の詳細について,買主から特に説明を求められない限り,説明する義務はない。
イ(ア)現行管理組合規約等では,他人に迷惑,危害を及ぼす行為が禁止事項として挙げられているが,ペット飼育に関しては,明確な定めがなされておらず,C及びDが,原告に対し,ペット飼育は原則禁止されているが,他人に危害,迷惑を及ぼさない範囲においては問題ないと思われる旨述べたのは,制定予定の管理組合規約等を忠実に解釈して述べたにすぎない。
(イ)原告は,本件売買契約締結時に,制定予定の管理組合規約等の交付を受け,また,重要事項説明書の説明によって,管理に関する事項は管理組合規約等を参照すべきことを知らされたにもかかわらず,制定予定の管理組合規約等について,被告に対し,説明を求めなかったのであるから,被告に説明義務違反はない。
(2)不法行為
(原告の主張)
ア 被告は,C及びDをして,原告及びBに対し,本件マンションにおいてペット飼育が可能であると説明し,ペット飼育の可否が将来において変更される可能性,他の居住者のペット飼育に関する認識を説明しなかった。
他方で,被告は,その従業員をして,原告他数名を除く購入者に対して,ペット飼育が禁止されていると説明し,また,原告宅の隣室をペットアレルギーを持つ家族がいる者に販売し,本件マンションでのペットの飼育を事実上困難な状況にしたのであるから,被告が,原告に対して行った説明は,ペット飼育が将来において禁止される,または困難になる可能性があるにもかかわらず,将来においてもペット飼育が可能であると積極的に原告を欺罔する詐欺行為であり,被告は,不法行為責任を負う。
イ 仮に,C及びDの上記詐欺行為が被告自身の不法行為にあたらないとしても,C及びDの行為は,本件マンションの販売という被告の業務の執行においてなされたものであるから,被告は,使用者責任に基づき,その責任を負う。
(被告の主張)
前記(1)記載の被告の主張のとおり,被告に,原告に対する説明義務違反はないから,被告及び被告従業員に不法行為責任は発生しない。
(3)債務不履行及び不法行為による損害
(原告の主張)
原告が被告の説明義務違反または不法行為によって本件売買契約を締結し被った損害は以下のとおりである。
ア本件建物購入及び居住による財産的損害
原告は,マンションを購入するにあたっては,ペットの飼育が可能であることを条件としていたのであるから,被告の債務不履行,不法行為がなければ,原告は本件マンションを購入しなかったのであり,本件マンションの購入に関して,原告が支出した以下の費用は,被告の債務不履行,不法行為と相当因果関係のある損害にあたる。
(ア)本件建物購入代金 3970万0000円
(但し,本件においては時価相当額3600万円を控除した370万円を請
求する。)
(イ)ローン保証料・修繕積立金等 153万2752円
(ウ)内装変更工事代金 91万6650円
(エ)引越費用 13万6500円
イ マンションの買換え及び転居による財産的損害(ア(イ)ないし(エ)と選択的請求)
被告の債務不履行,不法行為により,原告は,本件マンションからペットの飼育が可能である他のマンションへの転居を余儀なくされるから,本件マンションと同程度の価値を有するマンションの購入費用,転居費用等の以下の費用は,被告の債務不履行,不法行為と相当因果関係にある損害にあたる。なお,別のマンションの購入代金については,本件マンションを売却して一部資金に充てることから,本件訴訟においては請求しない。
(ア)購入諸費用 153万2752円
(イ)内装変更工事代金 91万6650円
(ウ)引越費用 13万6500円
ウ 慰謝料
本件マンションの多数の住民がペット飼育が禁止されることを前提に,本件マンションを購入していることから,原告は,共有部分の通行の度に,他の住民に不快感を与えていないか気にするなど精神的苦痛を被っている。
また,隣家にペットアレルギーの住民がいることにより,ペットのにおい,毛が隣家に行かないよう極力窓を空けないなど,自宅専用部分にいる際にも精神的苦痛を被っている。
さらに,被告は,本件売買契約の経緯についての説明,謝罪等を行わない。
上記一切の事情に照らせば,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は,200万円とするのが相当である。
エ 弁護士費用 80万0000円
(被告の主張)
(ア)現行管理組合規約等は,本件売買契約時に原告に交付した制定予定の管理組合規約等がそのまま制定されたものであり,現時点で何らの変更もされておらず,今後,どのような管理組合規約等の定めがなされるかもわからないから,原告には損害が発生していない。
また,仮に現行管理組合規約等の改正がなされたとしても,それは改正の決議がなされる時点における本件管理組合の総会において決められたことであり,入居時点とは,本件マンションの区分所有者も,その考えも異なり得るから,改正によって原告に何らかの損害が発生したとしても,売主である被告の行為とは因果関係がない。
(イ)本件マンション新築時から現在までの価格下落分は,全ての購入者に当然に発生するものであるから,それを売主である被告に転嫁することはできない。
(ウ)現在,原告がペットを飼育するに際して払っている注意はペット飼育が全面的に可能なマンションにおいても払うべき,一般的な注意であり,原告に対して特別の義務が課されているわけではないから,原告に精神的苦痛があるとはいえない。
(エ)原告は,本件マンションから転居するか,居住を続けるかを明らかにしておらず,転居費用が生じるか否かは未確定であるから,現時点では損害として認められない。
(4)過失相殺
(被告の主張)
原告には,本件マンションの販売広告にペット飼育可能と明記されていないこと,本件マンションがペット飼育に適した設備が設けられていないマンションであることを認識していたにもかかわらず,ペット飼育が可能と信じ,制定予定の管理組合規約等を確認せずに本件売買契約を締結したという過失があるから,相当額の過失相殺が認められるべきである。
(5)錯誤無効
(原告の主張)
ペットの飼育が可能であることは,原告がマンションを購入するにあたっての条件であり,また,マンションでペットを飼育するには,他の入居者の理解が不可欠であるから,本件マンションでペットの飼育が可能であること,他の入居者もペットの飼育が可能であると認識していることは,売買契約の締結を左右する重大な事項であり,本件売買契約の要素である。
原告は,本件マンションでのペット飼育が原則禁止されており,他の購入者もそれを前提に本件マンションを購入し,その中には,ペット飼育を全面的に禁止するべきと考える者もいるにもかかわらず,本件マンションにおいてペットの飼育が可能である,他の入居者もペット飼育が可能であると認識していると誤信して本件売買契約を締結したものであるから,本件売買契約の要素に錯誤がある。
したがって,本件売買契約は,原告の錯誤により無効であるから,被告は,原告に対し,本件売買契約の代金の一部を不当利得として返還する義務を負う。
(被告の主張)
ペット飼育の可否は,マンション購入に際して考慮する一要素であるとしても,マンションの売買契約の主要部分にはあたらないし,その錯誤がなければ,売買契約の意思表示をしないことが社会通念上当然ということはできない。
また,ペット飼育が可能であるとされているマンションにおいても,ペットを飼育する者は他の入居者のために注意を払って飼育する必要があるし,その後の管理組合規約等の変更により,ペット飼育が制限され,禁止されることもあり得るから,ペット飼育の可否,他の購入者もペット飼育が可能と認識していることは,マンションの売買契約の主要部分にあたらず,ペットの飼育の可否は,契約の要素にはあたらない。
(6)消費者契約法4条2項に基づく取消し
(原告の主張)
本件売買契約は,事業者である被告と消費者である原告との間でなされた消費者契約である。そして,マンションにおけるペット飼育の可否は,マンション購入についての判断に通常影響を及ぼすことが明らかであるから,消費者契約法4条2項に定める重要事項にあたる。
被告は,本件マンションにおけるペット飼育の可否について,ペット飼育が可能であるとの原告の利益となる説明をしたが,他の入居者の中にペット飼育は禁止であると認識して本件マンションを購入した者がいること,本件マンションの管理規約等でペット飼育が禁止または制限される可能性があることという原告にとって不利益な事実を故意に告げなかった。
原告は,そのため,本件マンションをペット飼育禁止であると認識している入居者はおらず,将来にわたってもペット飼育が禁止されまたは制限されることはないと誤信して本件マンションを購入するとの意思表示をした。
したがって,原告は,消費者契約法4条2項に基づいて,本件売買契約を取り消し,本件売買契約の代金の一部を不当利得として返還することを請求する。
(被告の主張)
マンションにおけるペット飼育の可否は,売主ではなく管理組合が決定すること,売主は将来制定予定の管理組合規約等に売買契約締結時に買主の同意を得るという方法で関与することができるにすぎないこと,その管理組合規約等は後の管理組合総会で変更がなされ得ることからすれば,売主としては,買主に制定予定の管理組合規約等を交付し,これらが制定されることを説明することで足りるというべきであり,被告が,原告に不利益となる事実を告知しなかったとはいえない。
仮に,原告が,不利益な事実が存在しないと誤信したとしても,本来マンションにおいては,共同住宅という本質上,ペット飼育に制限があること,ペット飼育可能との広告がなされず,本件マンションには何らペット飼育に適する設備が備えられていないことからすれば,被告の告知あるいは不告知によって,将来にわたってもペット飼育が禁止され又は制限されることはないと誤信をすることは考えられないから,原告の誤認と被告の説明とは因果関係がない。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1,2,8,10,12,13,14,18,乙1,4,5,原告本人,証人B,証人C,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告は,平成13年4月当時,広島県に単身赴任していたが,福岡市(以下省略)所在のマンション(以下「旧原告宅」という。)に,B,翌年に小学校に入学する予定だった娘が住み,パグという種類の小型犬を飼育していた。
原告及びB(以下「原告ら」という。)は,本件マンション2号室に入居後も同所において,上記犬を飼育しており,その犬は,平成15年7月当時,9歳である。
原告らは,平成13年4月当時,自宅用にマンションを購入することを検討しており,旧原告宅が所在するX校区内にあり,ペットの飼育が可能なマンションを探していた。
(2)被告は,平成12年12月ころから,本件マンションの販売を行っていた。
被告は,マンションの販売にあたって,購入希望者に対し,ペットの飼育は原則禁止されているが,他人に迷惑,危害を及ぼさない範囲であればできると考えられる旨説明するよう,営業担当者に指示しており,本件マンションについて,特段異なる指示はなされていなかった。
(3)本件マンションの販売を担当していたCは,平成13年4月ころ,旧原告宅に電話して,電話に出たBに対し,本件マンションを販売中であることを伝えた。
Cは,前記電話において,Bが本件マンションの購入に興味を示したため,その日のうちに,旧原告宅にパンフレットを持参した。
Cが,旧原告宅を訪問し,Bに会った際,Cは,Bから,本件マンションでペットが飼えるかを尋ねられたので,原則は駄目だが,危害を加えるなど人に迷惑をかけなければ,具体的には,外に出るときには籠に入れるとか,抱く等すれば問題ないと思われる旨返答した。Cは,その際,旧原告宅で飼育されている犬を実際に見た。
(4)Cは,平成13年5月ころ,数回,旧原告宅を訪問し,原告及びBも,本件マンション付近に開設された現地販売事務所を訪問して,Cから本件マンションの詳細等の説明を受けたが,その間,本件マンションでのペット飼育の可否が話題になることはなかった。
しかし,原告らは,希望予算を超えること等の理由で,本件マンションの購入を断念することとし,同年5月末ころ,BからCに対し,その旨を伝えた。
(5)原告らは,さらにX校区内で,ペット飼育が可能なマンションを探していたが,適当な物件が見当たらなかったため,平成13年8月ころには,再度本件マンションの購入を検討するようになった。
原告らは,平成13年8月下旬以降,数回にわたり,現地販売事務所を訪れ,本件マンションについて説明を受け,同年9月17日ころ,C及び被告営業部長であるDに対し,本件マンション2号室の購入を申し入れた。その際,原告らからCらに対し,本件マンションでのペット飼育に関しての質問はなかった。
(6)C及びDは,平成13年9月22日,本件売買契約締結のため,旧原告宅を訪問した。
Dは,原告に対し,「宅地建物取引主任者証」を提示した上,重要事項説明書を読み上げた。同重要事項説明書には,「15.管理に関する事項」の項に,「管理内容等については別途管理規約をご参照願います。」「入居者が一定数となった時点で管理組合を結成して頂きます。」との記載がある。
また,Dは,原告から前記犬を見せられた上で,本件マンションでペットを飼育できるか尋ねられ,この程度の犬であれば特段問題はないと思う旨述べた。
その後,原告は,Dから本件マンションの管理組合で制定される予定となっている管理組合規約等及び管理委託契約書の交付を受け,それらについて承認する旨の承認書及び本件売買契約書に署名捺印した。
(7)原告とその家族は,平成14年3月末ころ,飼育している犬と共に,本件マンション2号室に引っ越してきた。
(8)平成14年5月ころ,本件管理組合総会が開かれ,組合員の一人から,本件マンションはペット飼育禁止であるはずなのに,ペットを飼っている人がいるとの発言がなされた。
その後,管理会社が本件マンションの購入者に対して実施したアンケートでは,回答者37名のうち,売買契約当時,被告の販売担当者からペットの飼育が可であると聞いていたと回答した者が原告を含めて2名,飼育は不可であると聞いていたと回答した者が16名,ペットの飼育に関しては何も聞いていないと回答した者が9名であり,その他の者は無回答であり,今後のペット飼育については,条件付でも不可と回答した者は2名,条件付で可とする者32名,無回答3名であった。
また,ペットアレルギーに関するアンケートを行ったところ,回答のあった入居者35世帯中,7世帯はペットアレルギーを持つ居住者がいると回答している。
(9)原告が,被告に対し,本件売買契約時のペットに関する説明の状況について説明するよう求めていたところ,原告への販売担当者であったCは,平成14年11月ころに管理会社の担当者とともに,同年12月1日には一人で,原告宅を訪問した。
Cが一人で原告宅を訪問した際,原告は,Cに対し,本件売買契約締結の際,Dが,原告が飼っている犬を見て,この程度の犬だったら外で飼うわけではないから大丈夫だと言った旨を述べ,Cは,これに対し,問題ないという趣旨のことを述べたことは覚えている旨返答した。
(10)平成15年4月5日,本件管理組合臨時組合員総会において,ペットの飼育に関し,次の三案が提示されたが,採択には至らなかった。なお,欠席者9名による不在投票の投票結果は,b案5票,c案4票であった。
a案 ペットの飼育を全面的に禁止する。
b案 別紙1(省略)の趣旨の規則を定め,それを遵守することを条件に現在飼育中のペットのみ1代限り認める。
c案 別紙2(省略)の趣旨の規則を定め,それを遵守することを条件にペット飼育可能とする。
(11)本件管理組合は,上記臨時組合員総会において,上記三案の採択までの間,ペットの飼育について,以下の規定によることを決議した。
ア 現在飼育しているペット以外の飼育は禁止する。来客のペット持ち込みも禁止する。
イ ペットと外出する際は,籠に入れて移動する。
ウ エレベーターにペットを同乗させる場合,他の同乗者に告知する。
エレベーターをおりる際には,除菌剤を使用する。
エ 管理人の日常清掃の範囲で,ペットを飼っている住戸・アレルギー体質の家族のいる住戸の前の清掃は特に念入りに行う。
(12)原告は,現在,本件マンション2号室の原告宅で,ペットである小型犬の飼育を続けている。Bは,同犬を散歩のために室外に出す際には,できる限りエレベーターに乗らないようにしている。また,隣家にペットアレルギーを持つ子供がいるため,室内にいてもできるだけ窓を開けない,バルコニーの隣家寄り部分には洗濯物を干さない等の配慮をしている。
2 争点(1)について
(1)ア マンションにおいて管理上必要な事項は,居住者を組合員とする管理組合が制定した管理組合規約等により定められるところ,管理組合規約等は,当該マンションの居住者の生活に直接影響を及ぼすものであるから,マンションの販売業者は,購入者に対して,管理組合規約の内容等について説明する義務を負う。そして,ペット飼育の可否についても,ペットは鳴き声,におい,糞尿,毛等によって,他の居住者に迷惑を及ぼすおそれがあるから,多数の者が居住するマンションにおいては,管理組合規約等により禁止または制限されるのが通常であって,マンション販売業者は,購入者に対して,制定予定の管理規約等の内容を説明する限りにおいては,ペット飼育の可否ないしその制限等についても説明する義務を負うといえる。
ところで,管理組合規約等は,管理組合総会によって制定,改正されるものであり,現行管理組合規約46条3項1号においても,組合員総数の4分の3以上及び議決権総数の4分の3以上の賛成により,管理規約の変更がなされる旨規定されているところ,本件管理組合は,マンションの区分所有者により構成されるから(本件管理組合規約6条1項),販売会社である被告は,販売終了後は,本件マンションに対して何らの権利義務を持たない(証人D)。被告は,本件マンションの販売時に,購入希望者に対して,制定予定の管理組合規約等を交付し,承認をとっているが(乙1),それは,管理組合設立総会において,円滑に管理組合規約等が制定されるようにするために行っているにすぎない。
そうであるとすれば,被告は,将来制定される管理組合規約等の内容については,これを確定的に説明することはできないから,被告が,本件マンションを販売するにあたって購入予定者に対して説明し得るのは,制定予定の管理組合規約等の内容に限られるものであり,ペット飼育の可否を含む管理に関する事項に関しても,被告は,制定予定の管理組合規約等の内容を説明する義務を負うに止まり,それを超えてペット飼育の可否についての説明義務までは負わない。
イ また,原告は,被告は原告に対し,被告が他の購入者に対して,本件マンションではペットの飼育が禁止されている旨説明し,他の購入者の中に,ペットの飼育が禁止されているとの認識のもとに本件マンションの各居室を購入した者がいるという事情について説明する義務を負うと主張する。
しかしながら,被告が他の購入者に対して行った説明の内容それ自体が,本件マンションにおけるペットの飼育の可否に影響するものでないことはいうまでもない。また,他の購入者が本件マンションにおいてペットの飼育が禁止されていると認識していたとしても,管理組合規約等を改正して,ペット飼育を可能とすることもあり得るし,逆に,全ての居住者がペット飼育可能と認識して入居したとしても,その後,管理組合規約等を改正してペットの飼育を禁止することが求められることもあり得ること,ペット飼育にあたって,他の居住者に対する配慮は,他の居住者が,ペット飼育が可能であると認識していたとしても必要なものであることからすれば,他の購入者の認識は,本件マンションにおけるペットの飼育の可否に,事実上の影響も含めて,結びつくものではない。
そもそも,購入者が,被告の説明以外の情報により,ペット飼育に関して被告から受けた説明と異なる認識をすることもあり得るのであるから,購入者の認識という内心に関わる事項を,被告が正確に把握することは不可能である。
したがって,被告が,原告に対し,被告が他の購入者に対して行った説明の内容,他の購入者の中にペットの飼育が禁止であるとの認識のもとに本件マンションを購入した者がいるという事情を説明する義務があるとはいえない。
(2)以下,被告が,ペット飼育の可否ないしその制限に関し,制定予定の管理組合規約等の内容を説明する義務を果たしたかを検討するに,原告は,C及びDが,ペット飼育が可能であると断定する虚偽の説明したと主張し,それに沿う供述をする(原告本人)。
しかし,Bの証言によっても,Cは,ペットを飼育するに関して,他人に危害を加えたり,迷惑をかけないこと,外に出るときは籠に入れるか,抱く必要がある旨述べたと認められること(証人B),原告も,Cが平成14年12月に原告宅を訪れた際,同人に対し,本件売買契約締結の際,Dが,原告が飼っている犬を見て,この程度の犬だったら外で飼うわけではないから大丈夫だと言ったと述べていること(甲18),C及びDは,原告が飼っている犬を見た上で,その犬について飼育が可能と思われる旨述べているにすぎないこと(証人B)からすれば,C及びDが,本件マンションにおいてペット飼育が一般的に可能であると断定する説明したとの原告の供述は直ちには採用できず,むしろ,C及びDは,本件マンションにおけるペット飼育に制約があることを説明したと認められる。
そして,本件売買契約時に制定予定とされていた管理規約等によれば,ペット飼育は,他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為に該当する場合に禁止されることになるから,危害を加えるなど人に迷惑をかけなければ,具体的には,外に出るときには籠に入れる,抱く等すれば,問題ないと思われる旨の被告の説明は,制定予定の管理組合規約等の解釈として不適切とはいえず,C及びDの説明をもって,説明義務に違反する虚偽または不正確な説明であったということはできない。
(3)以上から,ペットの飼育の可否について,被告に説明義務違反があったとはいえず,被告は,原告に対し,債務不履行責任を負わない。
3 争点(2)について
(1)前記2のとおり,被告が原告に対して行った説明は,制定予定の管理組合規約等の規定に従ったもので,説明義務違反があったということはできないから,被告が原告を欺罔したということはできず,また,被告が行った説明が,不十分,不適切だったともいえないから,被告の説明が不法行為にあたるとはいえない。
(2)ア 原告は,被告が,原告とその他の購入者に対し,相反する説明を行ったため,ペット飼育が不可能になる可能性が高くなり,また,事実上ペット飼育は困難な状況になったと主張する。
確かに,本件マンションの購入者の中には,本件マンションではペット飼育が禁止されているとの説明を受けたと陳述したり(甲19ないし21),管理会社が行ったアンケートにおいても,16名がペット飼育は禁止されていると説明を受けたと回答している(甲2)ことが認められる。
イ しかし,制定予定の管理組合規約等では「他の居住者に迷惑・危害を及ぼす行為をすること」が規定されているのみであり,被告が前記のとおり,ペット飼育について制約があることを説明したことに対し,その受取り方につき,購入者間に,認識の差が生じたとしても,これをもって,被告が相反する説明をしたということはできない。そして,他の居住者が,被告からペット飼育は原則禁止されているとの説明を受け,ペット飼育は一切禁止されていると認識して入居していたとしても,前記のとおり,それによってただちに本件マンションにおけるペット飼育が禁止されるに至るものではなく,また,他の居住者の認識が,本件マンションにおけるペット飼育の可否に直接結びつくものでもない。
したがって,被告が他の購入者に対して行った説明が,原告に対する不法行為になると解することはできない。
(3)さらに,原告は,被告が,原告の隣室3号室を販売したE(以下「E」という。)の子供はペットアレルギーを持っており,そのため,原告のペット飼育は困難になったと主張する。
しかし,原告が供述するとおり,Dが,本件マンションにおいて原告がペットを飼育することをすでに承知の上で,Eに対して,本件マンションではペット飼育は一切禁止されている,他の購入者にペットを飼っている人がいないと説明していたとしても(原告本人,甲18),それがEに対する関係で不法行為になり得るかはともかく,原告との関係でみれば,Eは,ペットの飼育に関して,一代限りであれば可能としてよいと考えており(甲2,原告本人,証人D),また,管理組合規約の改正には組合員の4分の3以上の決議が必要であり,E一人の意見でペット飼育の可否が決まるものではないことからすれば,原告の隣の居室を同人に販売したことにより,原告がペットを飼育することが不可能になるとはいえないし,原告が,Eに対しての配慮として行っていることは,ペットの飼育が可能なマンションであっても,当然に必要とされるものであるから,特段,原告のペットの飼育を困難にするものとはいえず,被告がEに対して,原告が主張するとおりの説明を行ったとしても,それは,原告に対する不法行為とはなり得ない。
4 争点(5)について
(1)原告が,本件売買契約の要素であると主張する点のうち,本件マンションにおけるペット飼育の可否については,原告が本件売買契約に至る過程で,数回にわたり,C及びDに対し,ペット飼育の可否について尋ねていること,本件売買契約当時,原告が現に犬を飼育していたことから,本件売買契約を締結するにあたって,重要な事項であったと考えられ,契約の要素となっていたといえる。
しかしながら,他の購入者がペット飼育が可能であると認識していたかどうかは,前記のとおり,他の購入者の中にペット飼育が禁止されていると認識する者がいたとしても,現行管理組合規約等が改正されない限りペット飼育が不可能になるものではないこと,現に,本件マンションの購入時にペット飼育が禁止されていると認識していた者の相当数が,規則を定めた上でペットを飼育することに否定的ではないこと(甲2)からすれば,他の購入者がペット飼育が可能であると認識していたかどうかは,ペットの飼育の可否に直接結びつくものではないし,共同住宅であれば,ペット飼育が可能であるとの理解が得られていたとしても,他の居住者への気遣いが必要になることは当然であるから,他の購入者がペットの飼育が可能であると認識していたことが,本件売買契約を締結するにあたって重要な事項であったということはできない。
(2)そこで,本件マンションのペットの飼育の可否について原告に錯誤があったかを検討するに,本件売買契約の当時,制定予定の管理組合規約等によれば,ペット飼育は,他人に危害を加えない,迷惑をかけない範囲では禁止されていない,同管理組合規約等は,管理組合の議決により変更し得るという状況にあったところ,原告も,全面的にペット飼育が可能というわけではないが,他人に危害を加えない,迷惑をかけない範囲では禁止されていない旨の説明を受け,そのとおり認識していたのであるから,この点について,原告に錯誤があったということはできない。
(3)ところで,原告は,将来にわたってペットの飼育が可能であると信じていた旨主張し,ペットの飼育の可否が管理組合規約で決まるのであれば,本件マンションを購入しなかったと供述する(原告本人)が,前記のとおり,一般にマンションにおけるペットの飼育の可否は,管理組合規約で定められるものであり,管理組合規約は管理組合の議決により変更され得ること,原告は,本件売買契約以前からマンションに住んでいたことからすれば,原告は,管理組合規約の変更がされ得ることは認識していたというべきであり,将来にわたってペットの飼育が可能であると信じていたとの原告の供述は直ちには採用できない。
(4)したがって,本件マンションにおけるペットの飼育の可否について,原告に錯誤があったとはいえず,本件売買契約は有効といえるから,本件売買契約が無効であることを前提とした原告の不当利得返還請求は理由がない。
5 争点(6)について
(1)上記認定事実によれば,原告は,本件売買契約に至るまでの間,C及びDに対して,ペットとして犬を飼育していることを示し,本件マンションにおけるペットの可否について尋ねていたのであるから,原告にとって,本件マンションにおけるペット飼育の可否は,本件売買契約において重要な事項であったといえる。
しかしながら,被告が,ペット飼育の可否に関して,原告に告げたのは,制定予定の本件管理組合規約等によれば,危害迷惑をかける行為に該当しない場合に限り,ペット飼育が可能であること,同管理組合規約等に照らせば,原告が飼育している犬の飼育は可能と思われるところ,特にペット飼育可能ということを広告しているマンションでない限り,被告が原告に対して告げた制定予定の管理組合規約の内容はマンションにおいて制定予定の管理組合規約としては通常のものであり,また,原告が現に飼っているペットの飼育に関しても,その管理組合規約の解釈を述べたにすぎないこと,原告は,本件マンションに入居する以前もマンションにおいて管理上一定の制限を受けつつペットを飼っていたことからすれば,被告が,原告に利益になることを述べたとはいえない。
(2)したがって,不利益事実の不告知があったかを検討するまでもなく,消費者契約法4条2項に基づく取消しは認められない。
6 以上より,本件売買契約に関し,被告に債務不履行及び不法行為があったとは認められず,また,本件売買契約は有効に成立しており,原告による取消しも認められないから,被告は,原告に対し,損害賠償義務及び不当利得返還義務を負わない。
7 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官 亀 川 清 長
裁判官 板 野 俊 哉
裁判官 山 口 幸 恵
平成15年3月18日青梅簡易裁判所判決・平成15(ハ)34[診察費・診断書費用として約7万円、慰謝料として3万、合計約10万円を認容]
* 最高裁判所判例検索による検索結果(PDF)
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主 文
1 被告は原告に対し,金10万1600円及びこれに対する平成14年8月5日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は原告に対し,金20万円及びこれに対する平成14年8月5日から支払済みに至るまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
一 請求の原因
1 原告が,平成14年8月4日昼の12時頃,F市内のペットセンターW代表B氏に愛犬プーちゃんを預け,翌5日15時頃引き取りに行ったところ,犬が右前足を痛がり,地面に着くことができない状態になっていた。
預ける前は,そのような状態なっておらず,B氏に過失があると思われる。
その後,数回B氏に電話をしたが,まったく話し合いにならず,すぐ切られてしまい,誠意がなく,いっこうに支払おうとしない。
2 損害の内訳
T動物総合病院 8月5日 5000円
F動物病院 8月10〜16日 5万4400円
O犬猫病院 8月20日,25日,9月4日 1万0200円
同診断書料 2000円
以上計 7万1600円
慰謝料 12万8400円
二 被告の主張
平成14年8月4日午後12時ころ,原告と他男性1人がペットを預けに来店した。初めての客なので総体をチェックしてゲージに入れようとしたところ,前足を床につかなかったので不思議に思い,2人聞こうとしたが,既に自動車で出ていってしまっていた。
次の日に話をするつもりでいたが,翌5日に2人が来店した時は,昨日の今日なのでリードをつけて犬を歩かせたところ,ピョンピョンはねて20m位走り,痛みは感じないようであった。(犬は深爪や骨折,打撲がある場合はオーバーで騒いだり,動かない場合が多い)それ故,痛みが無いということは古傷だと思った。心ある獣医は分かる筈である。
預かったペットは,ゲージに入れ,出し入れすることなく,ゲージと通路の間は60cm位しかなく,被告が立ってゲージを開けてもペットを落とすようなことはないし,落とした覚えもない。
電話に関しては,上記の様な状態を話しても話し合いにならないので,電話はいやがらせと思い,切ったものである。
三 争いのない事実
原告が被告に平成14年8月4日から5日までペットの犬を預けた事実
四 争点
1 被告の責任の有無
2 原告の損害額
第3 争点に対する判断
一 争点1について
弁論の全趣旨及び証拠(原告本人の供述及び甲1乃至3号証)によると,下記の事実が認められる。
原告は,本件の犬(ミニチュアダックスフンド)1頭を平成11年12月頃ブリーダーから8万円で購入した。
原告は,被告の営業をタウンページで探して,電話で料金等を問い合わせたところ,1日2500円,日曜日も預かるということであったので,預けることとし,最初は1日だけの約束で,本件の犬を,平成14年8月4日の昼の12時に被告に預けた。ところが,被告の所が,5時か6時で閉まってしまうため,原告は,都合により引き取りに行けなくなり,電話で被告に連絡をして,翌5日の午後3時まで被告に本件の犬を預けた。原告は被告に対し,その料金5000円を支払った。
本件の犬は,被告に預けるまでは,何の異常がなかった。しかるに,5日に原告が被告から本件の犬を受け取る時は,右前足を地面に着くことができず,3本の足でしか歩くことはできなかった。
被告が原告に「前に骨折したことはないか」と聞いたので,原告が「したことはない」と答えると,被告は「このおかしいのは,昔の骨折のせいである」と言っていた。
原告は,動物病院を知らなかったところ,被告から,被告がよく利用しているし,安いと,教えられたT動物総合病院に行くことを決め,即日,車で10分位のところにあるT動物総合病院に行き,本件の犬の診察をして貰った。T動物総合病院で,通しという方法で診察をした結果,打撲傷と診断され,注射を2本打たれ,2,3日で良くなるから,しばらくの間様子を見ているようにとの指示をされた。原告は,T動物総合病院にその料金5000円を支払った。
原告は,しばらく本件の犬の様子を見ていたが,ずっと3本足で歩く状態で,良くならないので,8月10にF病院で診察して貰うと右前肢上腕骨遠位部骨折と診断され,8月10日から16日まで本件の犬を入院させた。原告は,その料金5万4400円をF病院に支払った。
F病院では,この怪我は最近のものである。昔のものならば,固まってしまっていると言われた。
原告は,F病院で本件の犬が骨折との診断を受け,その入院中に,被告に対して電話でその様子を連絡したが,被告は「前からそうなっていたので,うちとは関係ない」と言って,話し合いに応じることなく,直ぐ電話を切ってしまった。本件の犬の退院後に,原告が被告に対して電話をした時も同様であった。
原告は,実家のあるT市に行き,8月20日,26日,9月4日の3回O犬猫病院で診察して貰った。原告は,O犬猫病院にその料金1万0200円と診断書料金2000円を支払った。
前記認定の事実によると,本件の犬の骨折した時期は,被告が本件の犬を預かっていた間であるとの事実が推認でき,また,被告は,犬を預かることを営業としており,その業務に関しては,一般人よりも高度の注意義務を負っていると認められ,被告は,その業務に関して注意義務を怠ったとの事実が推認できる。
してみると,被告は,本件の犬の骨折につき責任を有するものと認められる。
二 争点2について
前記認定の事実によると,原告は病院での費用及び診断書料として,計金7万1600円の損害を被った事実が認められる。
また,前記認定の事実よりすると,本件の慰謝料の額は金3万円をもって相当と認められる。
第4 結論
以上によると,原告の本件請求は金10万1600円及びこれに対する遅延損害金の範囲で理由があり,その余は理由がないので,主文のとおり判決する。
青 梅 簡 易 裁 判 所
裁 判 官 栗 林 道 昌
スーパーマーケットに出店しているテナントと買物客との取引に関して商法二三条の類推適用によりスーパーマーケットの経営会社が名板貸人と同様の責任を負うとされた事例--オウム病インコ事件(最一小判平成7・11・30)民集49・9・2972→破棄差戻
平成4年(ォ)1119、民集49・9・2972、判タ901・121、判時1557・136、金判989・21
原審:平成4年03月11日東京高等裁判所
<<参照条文>>商法23条
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[裁判要旨]
甲の経営するスーパーマーケットの店舗の外部には、甲の商標を表示した大きな看板が掲げられ、テナントである乙の店名は表示されておらず、乙の出店してい る屋上への階段の登り口に設置された屋上案内板や右階段の踊り場の壁には「ペットショップ」とだけ表示され、その営業主体が甲又は乙のいずれであるかが明 らかにされていないなど判示の事実関係の下においては、乙の売場では、甲の売場と異なった販売方式が採られ、従業員の制服、レシート、包装紙等も甲とは異 なったものが使用され、乙のテナント名を書いた看板がつり下げられており、右店舗内の数箇所に設けられた館内表示板にはテナント名も記載されていたなど判 示の事情が存するとしても、一般の買物客が乙の経営するペットショップの営業主体は甲であると誤認するのもやむを得ないような外観が存在したというべきで あって、右外観を作出し又はその作出に関与した甲は、商法二三条の類推適用により、買物客と乙との取引に関して名板貸人と同様の責任を負う。
[判決全文]
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人---、---、同---の上告理由について
一 本件訴訟は、上告人aが、株式会社I屋(承継前の被上告人、以下「I屋」という。)の経営するスーパーマーケットI屋小田急相S店(以下「本件店舗」という。)の屋上においてペットショップを経営する被上告補助参加人から、手乗りインコ二羽を購入して飼育していたところ、右インコがオウム病クラミジアを保有していたため、上告人ら家族がオウム病性肺炎にかかり、上告人bの妻であり、その余の上告人らの母であるcが死亡したとして、上告人らがI屋の承継人である被上告人に対し、商法二三条、民法四一五条等に基づき損害賠償を請求するものであるが、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 I屋は、チェーンストア形式による総合小売業などを営む株式会社であり、神奈川県Z市において、地上四階建て(屋上あり)の本件店舗でスーパーマーケットを営んでいた。I屋は、本件店舗内に直営の売場を設けるほか、いわゆるテナントに出店させていた。被上告補助参加人は、右テナントとして、昭和五三年三月一日、I屋との間で出店及び店舗使用に関する契約を締結し、当初は「Y宮ペットコーナー」、後には「ペットショップH島」ないし「H島ペット」の店名又は屋号で、本件店舗屋上の一部においてペットショップを営んでいた。
2 本件店舗の外部には、I屋の商標を表示した大きな看板が掲げられており、テナント名は表示されていなかった。
3 右1の出店及び店舗使用に関する契約においては、(1) 被上告補助参加人は、店舗の統一的営業方針及び出店者間の合理的均衡を維持するため、I屋の承諾した取扱品目(ペット)について営業するものとし、I屋の承諾なしにこれを変更することができないこと、(2) 賃料は、一定額の固定賃料と売上額を基準とした変動賃料とから成り、その支払方法は、I屋が被上告補助参加人の売上金を毎日管理し、これから賃料、共益費その他の諸経費を控除して被上告補助参加人に返還するというものであること、(3) 被上告補助参加人は、営業時間、休業日、商品物品の搬入搬出、清掃、従業員の就業等、日常の営業行為又はその付随行為につき、I屋が定める店内規則を遵守し、店内規則に定めのない事項についてはI屋の指示に従うこと、などが定められていた。
4 ところで、昭和五八年二月当時、本件店舗には被上告補助参加人を含めて約一二のテナントが入っていたが、店内数箇所に設けられた顧客案内用の館内表示板には、I屋が販売する商品の種類が黒文字で、その右横にテナント名が青文字で表示され、RF(屋上)の部分には、青文字で「プレイランド」及び「ペットショップH島」と表示されていた。
5 また、被上告補助参加人を含む各テナントの貸借部分の前には、天井から横約四〇センチメートル、縦約三〇センチメートルのテナント名を書いた看板がつり下げられていた。
6 本件店舗のI屋直営の売場では、原則として、いわゆるスーパーマーケット販売方式(顧客が、スーパー専用の買物かごを持ち、購入する商品を買物かごに入れ、その階のレジで代金を一括して支払う方式)で営業されていたが、被上告補助参加人などテナントの売場では、それぞれ独自のレジを設け、対面販売方式で営業を行っていた。
7 本件店舗のI屋直営の売場では、原則として従業員が制服と名札を着用していたのに対し、被上告補助参加人においては、I屋の制服や名札を着用せず、また、「H島ペット」と表示されたレシートを発行し、包装紙や代済みテープもI屋のものとは異なるものを使用していた。ただし、被上告補助参加人は、右レシートの発行のほかには、自己の名称を積極的に表示することはしていなかった。
8 本件店舗の屋上では、被上告補助参加人がペットショップを営業していたほかは、テナントである秋坂商会が経営するプレイランドと称する子供用遊戯施設が設けられていただけであり、I屋直営の売場はなかった。そして、店内の四階から屋上に上がる階段の登り口に設置されたプラスチック製屋上案内板には、比較的大きな赤文字で「屋上遊園地、ペットショップ」と表示され、また、右階段の踊り場正面の壁には、樹木を型取った模様の中に比較的大きな青文字で同様の表示がされており、いずれもテナント名の表示はなかった。
9 被上告補助参加人は、I屋から賃借していた契約場所をはみ出し、四階から屋上に上がる階段の踊り場等に値札を付けた商品を置き、また、契約場所以外の壁に「大売出し」と大書した紙を何枚も張りつけるなどしていたが、I屋は、これを黙認していた。
二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判示して、本件につき商法二三条の類推適用を否定し、上告人らの本件請求を棄却した。
すなわち、右一の4ないし7の事実によれば、営業主体の識別のために基本的にして重要な事項であるテナントの店名表示、本件店舗の館内表示、I屋とテナント店の従業員の外観上の識別、代金支払方法の独自性、領収書の発行名義の明記、包装紙等の区別などについて、I屋は、被上告補助参加人の店の前に、他のテナント店と同様にテナント名を記載したつり看板を設け、館内表示板には、直営売場とテナント名とを区別して表示し、また、被上告補助参加人においても、I屋の制服や名札を着用することなく、独自に代金の支払を受けて自己の店名を表示した領収書を発行し、包装紙や代済みテープもI屋のものとは異なるものを使用していたことを総合勘案すれば、I屋の直営売場とテナント店との営業主体の識別のための措置は一応講じられていたということができるから、被上告補助参加人の営業について、I屋が自己の商号使用を許諾したのと同視できる程度の外観を作出したものと認めるに足りない。
三 しかしながら、原審の右の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
1 原審の確定した事実関係によれば、I屋は、チェーンストア形式による総合小売業などを営む株式会社で、地上四階建て(屋上あり)の本件店舗でスーパーマーケットを営んでいたものであり、被上告補助参加人は、そのテナントとして、本件店舗屋上の一部においてペットショップを営んでいたものであるところ、本件店舗の外部には、I屋の商標を表示した大きな看板が掲げられていたが、テナント名は表示されていなかったというのであり、本件店舗の内部においても、本件店舗の四階から屋上に上がる階段の登り口に設置された屋上案内板や右階段の踊り場の壁には、「ペットショップ」とだけ表示されていて、その営業主体がI屋であるか被上告補助参加人であるかは明らかにされておらず、そのほか、被上告補助参加人は、I屋の黙認の下に、契約場所を大きくはみ出し、四階から屋上に上がる階段の踊り場等に値札を付けた商品を置き、契約場所以外の壁に「大売出し」と大書した紙を何枚も張りつけるなどして、営業をしていたというのである。これら事実は、買物客に対し、被上告補助参加人の営業があたかもI屋の営業の一部門であるかのような外観を与える事実ということができる。
2 他方、本件においては、前記一の4ないし7の事実も存在するというのであるから、これら事実が、買物客が営業主体を外観上認識するにつき、どのような影響を与えるかについて検討する。
(一) 被上告補助参加人の売場では、I屋直営の売場と異なり、独自のレジが設けられて対面販売方式が採られていたが、被上告補助参加人の取扱商品であるペットは、その性質上、スーパーマーケット販売方式になじまないものであって、仮にI屋がそれを販売するにしても、対面販売の方式が採られてもしかるべきものといえるから、このことから買物客が営業主体を外観上区別することができるとはいえない。
(二) 被上告補助参加人の従業員はI屋の制服等を着用していなかったが、営業主体が同一の売場であっても、その売場で取り扱う商品の種類や性質によっては、他の売場の従業員と同一の制服等を着用していないことは、世上ままあり得ることであって、このことも買物客にとって営業主体を外観上区別するに足りるものとはいえない。
(三) 被上告補助参加人の発行するレシートには被上告補助参加人の名称が記載されていたが、レシート上の名称は、目立ちにくい上、買物客も大きな注意を払わないのが一般であって、営業主体を区別する外観としての意味はほとんどない。
(四) 被上告補助参加人はI屋と異なる包装紙や代済みテープを使用していたが、これらは買物客にとってはI屋の包装紙等と比較して初めて判明する事柄であって、両者の営業を外観上区別するに足りるものとはいい難い。
(五) 被上告補助参加人の売場の天井からはテナント名を書いた看板がつり下げられており、また、本件店舗内数箇所に設けられた館内表示板には、テナント名も記載され、I屋の販売する商品は黒文字で、テナント名は青文字で表示されていたが、天井からの看板は、横約四〇センチメートル、縦約三〇センチメートルという大きさからして、比較的目立ちにくいものといえるし、館内表示板は、テナント名のみを色で区別して記載しているにすぎないから、買物客に対し営業主体の区別を外観上明らかにしているものとまではいい得ない。
してみれば、これら事実は、これを個々的にみても、また総合してみても、買物客にとって、被上告補助参加人の売場の営業主体がI屋でないことを外観上認識するに足りる事実ということはできない。
3 以上によれば、本件においては、一般の買物客が被上告補助参加人の経営するペットショップの営業主体はI屋であると誤認するのもやむを得ないような外観が存在したというべきである。そして、I屋は、前記一の2のように本件店舗の外部にIの商標を表示し、被上告補助参加人との間において、同3の内容の出店及び店舗使用に関する契約を締結することなどにより、右外観を作出し、又はその作出に関与していたのであるから、I屋は、商法二三条の類推適用により、買物客と被上告補助参加人との取引に関して名板貸人と同様の責任を負わなければならない。
四 以上と異なる原審の判断には商法二三条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れず、その余の争点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一頃に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 高 橋 久 子
裁判官 小 野 幹 雄
裁判官 三 好 達
裁判官 遠 藤 光 男
原審:平成4年03月11日東京高等裁判所
<<参照条文>>商法23条
--------便宜のためのテキスト表示(改行が不正確となっている箇所あり)------
[裁判要旨]
甲の経営するスーパーマーケットの店舗の外部には、甲の商標を表示した大きな看板が掲げられ、テナントである乙の店名は表示されておらず、乙の出店してい る屋上への階段の登り口に設置された屋上案内板や右階段の踊り場の壁には「ペットショップ」とだけ表示され、その営業主体が甲又は乙のいずれであるかが明 らかにされていないなど判示の事実関係の下においては、乙の売場では、甲の売場と異なった販売方式が採られ、従業員の制服、レシート、包装紙等も甲とは異 なったものが使用され、乙のテナント名を書いた看板がつり下げられており、右店舗内の数箇所に設けられた館内表示板にはテナント名も記載されていたなど判 示の事情が存するとしても、一般の買物客が乙の経営するペットショップの営業主体は甲であると誤認するのもやむを得ないような外観が存在したというべきで あって、右外観を作出し又はその作出に関与した甲は、商法二三条の類推適用により、買物客と乙との取引に関して名板貸人と同様の責任を負う。
[判決全文]
主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人---、---、同---の上告理由について
一 本件訴訟は、上告人aが、株式会社I屋(承継前の被上告人、以下「I屋」という。)の経営するスーパーマーケットI屋小田急相S店(以下「本件店舗」という。)の屋上においてペットショップを経営する被上告補助参加人から、手乗りインコ二羽を購入して飼育していたところ、右インコがオウム病クラミジアを保有していたため、上告人ら家族がオウム病性肺炎にかかり、上告人bの妻であり、その余の上告人らの母であるcが死亡したとして、上告人らがI屋の承継人である被上告人に対し、商法二三条、民法四一五条等に基づき損害賠償を請求するものであるが、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 I屋は、チェーンストア形式による総合小売業などを営む株式会社であり、神奈川県Z市において、地上四階建て(屋上あり)の本件店舗でスーパーマーケットを営んでいた。I屋は、本件店舗内に直営の売場を設けるほか、いわゆるテナントに出店させていた。被上告補助参加人は、右テナントとして、昭和五三年三月一日、I屋との間で出店及び店舗使用に関する契約を締結し、当初は「Y宮ペットコーナー」、後には「ペットショップH島」ないし「H島ペット」の店名又は屋号で、本件店舗屋上の一部においてペットショップを営んでいた。
2 本件店舗の外部には、I屋の商標を表示した大きな看板が掲げられており、テナント名は表示されていなかった。
3 右1の出店及び店舗使用に関する契約においては、(1) 被上告補助参加人は、店舗の統一的営業方針及び出店者間の合理的均衡を維持するため、I屋の承諾した取扱品目(ペット)について営業するものとし、I屋の承諾なしにこれを変更することができないこと、(2) 賃料は、一定額の固定賃料と売上額を基準とした変動賃料とから成り、その支払方法は、I屋が被上告補助参加人の売上金を毎日管理し、これから賃料、共益費その他の諸経費を控除して被上告補助参加人に返還するというものであること、(3) 被上告補助参加人は、営業時間、休業日、商品物品の搬入搬出、清掃、従業員の就業等、日常の営業行為又はその付随行為につき、I屋が定める店内規則を遵守し、店内規則に定めのない事項についてはI屋の指示に従うこと、などが定められていた。
4 ところで、昭和五八年二月当時、本件店舗には被上告補助参加人を含めて約一二のテナントが入っていたが、店内数箇所に設けられた顧客案内用の館内表示板には、I屋が販売する商品の種類が黒文字で、その右横にテナント名が青文字で表示され、RF(屋上)の部分には、青文字で「プレイランド」及び「ペットショップH島」と表示されていた。
5 また、被上告補助参加人を含む各テナントの貸借部分の前には、天井から横約四〇センチメートル、縦約三〇センチメートルのテナント名を書いた看板がつり下げられていた。
6 本件店舗のI屋直営の売場では、原則として、いわゆるスーパーマーケット販売方式(顧客が、スーパー専用の買物かごを持ち、購入する商品を買物かごに入れ、その階のレジで代金を一括して支払う方式)で営業されていたが、被上告補助参加人などテナントの売場では、それぞれ独自のレジを設け、対面販売方式で営業を行っていた。
7 本件店舗のI屋直営の売場では、原則として従業員が制服と名札を着用していたのに対し、被上告補助参加人においては、I屋の制服や名札を着用せず、また、「H島ペット」と表示されたレシートを発行し、包装紙や代済みテープもI屋のものとは異なるものを使用していた。ただし、被上告補助参加人は、右レシートの発行のほかには、自己の名称を積極的に表示することはしていなかった。
8 本件店舗の屋上では、被上告補助参加人がペットショップを営業していたほかは、テナントである秋坂商会が経営するプレイランドと称する子供用遊戯施設が設けられていただけであり、I屋直営の売場はなかった。そして、店内の四階から屋上に上がる階段の登り口に設置されたプラスチック製屋上案内板には、比較的大きな赤文字で「屋上遊園地、ペットショップ」と表示され、また、右階段の踊り場正面の壁には、樹木を型取った模様の中に比較的大きな青文字で同様の表示がされており、いずれもテナント名の表示はなかった。
9 被上告補助参加人は、I屋から賃借していた契約場所をはみ出し、四階から屋上に上がる階段の踊り場等に値札を付けた商品を置き、また、契約場所以外の壁に「大売出し」と大書した紙を何枚も張りつけるなどしていたが、I屋は、これを黙認していた。
二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判示して、本件につき商法二三条の類推適用を否定し、上告人らの本件請求を棄却した。
すなわち、右一の4ないし7の事実によれば、営業主体の識別のために基本的にして重要な事項であるテナントの店名表示、本件店舗の館内表示、I屋とテナント店の従業員の外観上の識別、代金支払方法の独自性、領収書の発行名義の明記、包装紙等の区別などについて、I屋は、被上告補助参加人の店の前に、他のテナント店と同様にテナント名を記載したつり看板を設け、館内表示板には、直営売場とテナント名とを区別して表示し、また、被上告補助参加人においても、I屋の制服や名札を着用することなく、独自に代金の支払を受けて自己の店名を表示した領収書を発行し、包装紙や代済みテープもI屋のものとは異なるものを使用していたことを総合勘案すれば、I屋の直営売場とテナント店との営業主体の識別のための措置は一応講じられていたということができるから、被上告補助参加人の営業について、I屋が自己の商号使用を許諾したのと同視できる程度の外観を作出したものと認めるに足りない。
三 しかしながら、原審の右の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
1 原審の確定した事実関係によれば、I屋は、チェーンストア形式による総合小売業などを営む株式会社で、地上四階建て(屋上あり)の本件店舗でスーパーマーケットを営んでいたものであり、被上告補助参加人は、そのテナントとして、本件店舗屋上の一部においてペットショップを営んでいたものであるところ、本件店舗の外部には、I屋の商標を表示した大きな看板が掲げられていたが、テナント名は表示されていなかったというのであり、本件店舗の内部においても、本件店舗の四階から屋上に上がる階段の登り口に設置された屋上案内板や右階段の踊り場の壁には、「ペットショップ」とだけ表示されていて、その営業主体がI屋であるか被上告補助参加人であるかは明らかにされておらず、そのほか、被上告補助参加人は、I屋の黙認の下に、契約場所を大きくはみ出し、四階から屋上に上がる階段の踊り場等に値札を付けた商品を置き、契約場所以外の壁に「大売出し」と大書した紙を何枚も張りつけるなどして、営業をしていたというのである。これら事実は、買物客に対し、被上告補助参加人の営業があたかもI屋の営業の一部門であるかのような外観を与える事実ということができる。
2 他方、本件においては、前記一の4ないし7の事実も存在するというのであるから、これら事実が、買物客が営業主体を外観上認識するにつき、どのような影響を与えるかについて検討する。
(一) 被上告補助参加人の売場では、I屋直営の売場と異なり、独自のレジが設けられて対面販売方式が採られていたが、被上告補助参加人の取扱商品であるペットは、その性質上、スーパーマーケット販売方式になじまないものであって、仮にI屋がそれを販売するにしても、対面販売の方式が採られてもしかるべきものといえるから、このことから買物客が営業主体を外観上区別することができるとはいえない。
(二) 被上告補助参加人の従業員はI屋の制服等を着用していなかったが、営業主体が同一の売場であっても、その売場で取り扱う商品の種類や性質によっては、他の売場の従業員と同一の制服等を着用していないことは、世上ままあり得ることであって、このことも買物客にとって営業主体を外観上区別するに足りるものとはいえない。
(三) 被上告補助参加人の発行するレシートには被上告補助参加人の名称が記載されていたが、レシート上の名称は、目立ちにくい上、買物客も大きな注意を払わないのが一般であって、営業主体を区別する外観としての意味はほとんどない。
(四) 被上告補助参加人はI屋と異なる包装紙や代済みテープを使用していたが、これらは買物客にとってはI屋の包装紙等と比較して初めて判明する事柄であって、両者の営業を外観上区別するに足りるものとはいい難い。
(五) 被上告補助参加人の売場の天井からはテナント名を書いた看板がつり下げられており、また、本件店舗内数箇所に設けられた館内表示板には、テナント名も記載され、I屋の販売する商品は黒文字で、テナント名は青文字で表示されていたが、天井からの看板は、横約四〇センチメートル、縦約三〇センチメートルという大きさからして、比較的目立ちにくいものといえるし、館内表示板は、テナント名のみを色で区別して記載しているにすぎないから、買物客に対し営業主体の区別を外観上明らかにしているものとまではいい得ない。
してみれば、これら事実は、これを個々的にみても、また総合してみても、買物客にとって、被上告補助参加人の売場の営業主体がI屋でないことを外観上認識するに足りる事実ということはできない。
3 以上によれば、本件においては、一般の買物客が被上告補助参加人の経営するペットショップの営業主体はI屋であると誤認するのもやむを得ないような外観が存在したというべきである。そして、I屋は、前記一の2のように本件店舗の外部にIの商標を表示し、被上告補助参加人との間において、同3の内容の出店及び店舗使用に関する契約を締結することなどにより、右外観を作出し、又はその作出に関与していたのであるから、I屋は、商法二三条の類推適用により、買物客と被上告補助参加人との取引に関して名板貸人と同様の責任を負わなければならない。
四 以上と異なる原審の判断には商法二三条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があるから、原判決は破棄を免れず、その余の争点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一頃に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 高 橋 久 子
裁判官 小 野 幹 雄
裁判官 三 好 達
裁判官 遠 藤 光 男
家畜飼料中にトキソプラズマの原虫が混入していたため飼育中の母豚にトキソプラズマ病が集団発生した事故につき、右飼料の製造業者及び販売業者に損害賠償責任が認められた事例(岐阜地高山支判平4・3・17、判時1448・155)→ (一部)控訴
last update 02 December 1999
□家畜飼料中にトキソプラズマの原虫が混入していたため飼育中の母豚にトキソプラズマ病が集団発生した事故につき、右飼料の製造業者及び販売業者に損害賠償責任が認められた事例
損害賠償請求、売掛代金請求事件、岐阜地裁高山支部昭和63(ワ)一一号事件(甲事件)・二九号(乙事件)、平4・3・17判決、甲事件一部認容・一部棄却、乙事件棄却(控訴)
判例時報1448号155頁。
《参照条文》民法四一五条・四一六条・七〇九条
甲事件原告、乙事件被告 P
右訴訟代理人弁護士 ------
甲事件被告、乙事件原告 株式会社d1商店
右代表者代表取締役 D1
右訴訟代理人弁護士 ------
甲事件被告 d2株式会社
右代表者代表取締役 D2
右訴訟代理人弁護士 ------
主 文
一 甲事件被告らは、甲事件原告に対し、連帯して金四三七万八一一〇円とこれに対する昭和六三年四月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 甲事件原告のその余の請求を棄却する。
三 乙事件原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件・乙事件を通じ、これを十分し、その七を甲事件原告(乙事件被告)の、その三を甲事件被告d2株式会社及び甲事件被告(乙事件原告)d1商店の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
・ 甲事件
一 甲事件原告(甲事件請求の趣旨)
1 甲事件被告らは、連帯して甲事件原告に対し、金一九九〇万九八五〇円とこれに対する昭和六三年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする
3 仮執行宣言
二 甲事件被告ら(請求の趣旨に対する答弁)
1 甲事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。
・ 乙事件
一 乙事件原告(乙事件請求の趣旨)
1 乙事件被告は乙事件原告に対し、金一九八万一二〇〇円とこれに対する昭和六三年三月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は乙事件被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 乙事件被告(乙事件請求の趣旨に対する答弁)
1 主文第三項と同旨の判決
2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。
第二 事案の概要
甲事件は、肉用豚の繁殖・飼育を業とする甲事件原告が、甲事件被告d2株式会社製造、甲事件被告株式会社d1商店販売にかかる商品名天然ミネラルなる飼料中にトキソプラズマ原虫が混入していたため、その給与を受けた原告飼育にかかる母豚一三頭が死亡し、一六頭が流産するなどの被害を受けたとして、被告d2株式会社に対し、不法行為に基づき、被告株式会社d1商店に対し、不法行為、不完全履行責任、売主の瑕疵担保責任、又は製造者責任に基づき、その損害賠償を求めた事案である。
乙事件は乙事件原告(甲事件被告株式会社d1商店)の乙事件被告(甲事件原告)に対する売掛金請求事件であって、売掛金の存在・金額等の事実関係については当事者間に争いがないのであるが、乙事件被告が甲事件の損害賠償を反対債権とする相殺を主張する関係で甲事件と争点が同一の事件である。
第三 証拠上比較的容易に認定できる事実(争いのない事実を含む)
・ 甲事件
一 当事者
甲事件原告(乙事件被告。以下「原告」という)は、p畜産の商号で肉用豚の繁殖・飼育を業とするものである。その生産した子豚はすべて自らが代表者である有限会社A畜産(ただし、同会社は後記株式会社B畜販の代表者と半額ずつ出資して設立された会社である)に販売し、販売された子豚は同会社で飼育されて株式会社B畜販に販売されていた。
甲事件被告株式会社d1商店(乙事件原告。以下、「被告d1商店」という)は肥料及び家畜等の飼料の製造・加工・販売を業とする株式会社であって、昭和五四年四月ころから原告に対し継続して各種飼料を販売していたもの、甲事件被告d2株式会社(以下「被告d2」という)は肥料・家畜飼料等の製造・販売を業とする株式会社であって、自らが採掘して商品化した本件商品(後記のとおり)を被告d1商店に卸し販売していたものである。
二 本件売買契約
原告は、被告d1商店から、昭和六二年一一月三日、ミネラル分を含有する飼料一袋二〇キログラム入り一〇〇袋(商品名「天然ミネラル」。以下「本件商品」という)を代金一二万円で買い受けた。
三 本件商品
本件商品は、被告d2製造にかかる飼料ないし飼料添加物であり、被告d1商店が被告d2から仕入れてこれを原告に販売したりん鉱石灰石を原料とする商品である。同飼料のほとんどは訴外C微生物販売株式会社(以下「C微生物販売」という)に納入され、同社を総販売元として、ニューソフト・ミネラル(有効菌活性化ミネラル材)の商品名で右C微生物販売が販売していたが、従前から取引のあった被告d1商店は被告d2と協議のうえ、右C微生物販売への配慮から、商品名を変え、袋には「発売元E産業有限会社」と表示して本件商品を販売していた。
E 産業有限会社(以下「E産業」という)は被告d1商店の代表者がその代表者を兼ねるいわゆる休眠会社であって、営業活動は行っていない。前記のとおり、C 微生物販売との関係で被告d1商店の名を出せないため、被告d1商店が単に便宜上その名義を使用して、本件商品を販売したものであった。
四 被告d2による本件商品の生産及びトキソプラズマ病集団発生以降の対応
・ 同被告はパートを含め従業員数六名の飼料及び肥料の生産販売を目的とする会社であって、特殊飼料(商品名ニューソフトミネラル)及び特殊肥料(商品名貝化石)がその主力商品である。
・ 本件商品の製造工程の概要は次のとおり
人家より約一・五キロメートル離れた鉱山の貝化石層から右各商品の共通の原料であるリン鉱石灰石(カキの化石)を採取し、工場に隣接する約一五〇坪の乾燥場で約四、五時間天日乾燥しながら粗砕撹はんした上、ホッパーに搬入し、粉砕、ふるい、乾燥、冷却の工程(約一五分)を経て、袋詰めされる。
・ 本件トキソプラズマ病の集団発生に伴い、昭和六二年一二月一九日以降、本件商品と同一の飼料の返品が相次ぎ、被告d2において、返品された飼料を埋立処分した。
・ 従前、本件商品につき肉眼で検査する以外の品質管理は行われておらず、加熱処理をすることもなかったが、C微生物販売からの指示により、本件トキソプラズマ病の集団発生後である昭和六二年一二月中旬から、原虫駆除目的のため、摂氏一二〇度ないし一五〇度で加熱処理したうえで出荷するようになった。
五 トキソプラズマ病の発生
・ 原告は、昭和六二年一一月五日ころから同年一二月二〇日ころまでの間、飼育していた母豚(種雌豚)約七〇頭に本件商品(総量約八〇〇キログラム)を給与したところ、発熱、食欲不振などの症状が発現し、同年一一月一八日から同年一二月一五日までの間に、母豚一三頭が病死し(ただし、淘汰殺一頭を含む)、一六頭が流産した(以下、「本件事故」という)。そして、同年一一月二四日に行われた淘汰豚の臨床所見及び剖検所見により、右病気はトキソプラズマ病と確定診断された。そして、獣医によるフリートミン(薬剤)の投与等の治療により、同月二八日、右トキソプラズマ病集団発生は終息した。
・ トキソプラズマ病は、原虫の一種であるトキソプラズマが寄生して発生する人畜共通の病気である。豚への感染経路は、体内感染・感染豚との同居・経口感染等多岐にわたるが、感染した猫等の糞便中のオーシスト(トキソプラズマの一形態)の経口感染が最も一般的なものであるとされ、豚のトキソプラズマ抗体保有率と豚舎付近で捕獲した猫の抗体保有率との間には有意な正関係がある旨の報告もあり、豚の感染に猫が関与していることは疫学的にも証明されている。オーシストは抵抗性が強く、一般の消毒薬は全く無効であるが、熱に対する抵抗は弱く、摂氏七〇度で二分、摂氏八〇度で一分で死滅する。
六 各地における同時期のトキソプラズマ病の集団発生
・ 北海道外全国七県において、昭和六二年一二月一か月間に、一一月までの発生件数一三〇頭を大きく上回る二一三〇頭の豚にトキソプラズマ病が発生したが、石川県及び徳島県を除くほとんどの発生県において、特定の飼料を給与した豚に限局的に発生しており、治療に加え、原因として疑われた飼料の給与を中止したことにより右疾病は終息した(農林水産省畜産局衛生課発行にかかる家畜衛生週報昭和六三年二月二九日号掲載記事。甲第七号証)。なお、右記事につき、同年三月一四日号に、「しかし、本病と飼料との関連は不明であり、原因は究明中である」旨追加訂正の記事が掲載された。
・ 昭和六三年五月一九日に開催された第二九回全国家畜保健衛生業績発表会において、三重県中勢家畜保健衛生所所員が、管内五養豚場において、昭和六二年一〇月から一二月にかけて市販飼料添加物質(発酵生成物+鉱物・以下「M」という)の給与に起因するトキソプラズマ病が発生し、再現試験(以下「再現試験」という)で原因物質がMであることを確認した旨の報告がなされた。M物質とは、バイオプレミックス《C微生物販売のクリナップエースと被告d2製造の商品(ニューソフトミネラル)とを一対三の割合で養豚業者側で混合した飼料》である(三重県庁農林水産部畜産課に対する調査委託の結果)。
・ 岐阜県飛騨家畜保健衛生所管内で、原告以外に、昭和六二年一一月下旬から同年一二月上旬にかけて、高山市--所在の養豚家F豚舎および益田郡--町所在のG豚舎において、トキソプラズマ病の集団発生が生じた。いずれの養豚家も本件商品をトキソプラズマ病になった豚に給与していた。
・ 乙事件
乙事件原告は乙事件被告に対し、昭和六二年一一月二日から昭和六三年二月一〇日までに飼料等を代金一九八万一二〇〇円で売り渡した。乙事件被告は乙事件原告に対し、昭和六三年四月二八日の口頭弁論期日において、甲事件の損害賠償請求権をもって、本件売掛債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした(すべて争いがない)。
第四 争点及び当事者の主張
一 本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたため生じた事故であるか否か。
1 原告の主張
本件事故が本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じた事故であることは明らかである。
・ 本件事故と同一時期に全国的に本件商品と同一の飼料の給与を受けた豚につきトキソプラズマ病が集団発生しているところ、いずれの場合も、本件商品と同一の飼料の給与を中止することにより終息した。また、三重県及び静岡県の家畜保健衛生所は、本件商品と同一の飼料を無菌豚に給与して経過観察をする再現試験を行った結果、右トキソプラズマ病の集団発生の原因は、右飼料中に混入していたトキソプラズマ原虫にある旨断定した。
・ 飼料の製造・加工・販売過程で飼料中にトキソプラズマ原虫が混入し、これを経口摂取した豚がトキソプラズマに感染する型の感染を仮に人工感染(以下「人工感染」という)と呼び、人工感染を除く、豚飼育そのものの過程で何らかの形で原虫が豚の体内に侵入する型の感染を野外感染(以下「野外感染」という)と定義するならば、野外感染によって、本件被害豚のごとき体重六〇キログラムを優に越える母豚にトキソプラズマ病が集団発生することはありえないというのあ異論のない定説といってよい。本件の場合、本件商品の給与を受けた母豚のみにトキソプラズマ病が発生している。
・ 同種事故に対して、本件商品と同一の飼料を被告d2から仕入れ養豚家に販売したC微生物販売は、見舞金名下に相当数の養豚家に損害賠償金を支払っている。
・ 原告は、購入した飼料を当座必要な分量のみ開封して、ミキサー内で配合した上、密封状態の製品タンクに貯蔵しており、少量であっても飼料を開封したまま放置したことはなく、製品タンクから当日給与すべき飼料を取り出した場合は、ただちに豚舎の給与箱で給与しており、原告の支配領域で猫の糞が飼料に混入する余地は全くない。
2 被告d2の主張
本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じた事故ではない。
・ 原告主張の全国的なトキソプラズマ病の集団発生について、本件商品(ニューソフトミネラルなる商品名そのものを含む)がその発生源ではないかと疑われたことは事実であるが、各機関の調査の結果、その旨断定できないとされて現在に至っている。
・ 同被告は、昭和六三年一月二七日、農林水産省仙台肥料検査所の飼料立入検査(飼料の安全性及び品質の改善に関する法律二一条五項に基づくもの)を受けたが、検査結果に異常はなく(飼料検査昭和六三年六月号、丙第二号証の一)、その後なんらの行政処分も受けていない。また、その後の立入検査(販売会社であるH商店から昭和六三年一月から三月にかけて収去したニューソフトミネラルを検体とするものであって、本件事故前の検体である可能性が濃い)でも同様であった。右事実は、本件商品が右トキソプラズマ病集団発生の発生源であると断定できなかったことを示すものである。
・ 同被告がC微生物販売を介して、社団法人日本科学飼料協会に対し本件飼料につき依頼した急性毒性試験の結果によっても、異常はなかった。
・ トキソプラズマ病の最大の感染源は猫の糞であるところ、同被告の本件商品採掘現場(人家から離れた山中にある)に猫が寄り付くことはおよそ考えられない点からも本件商品が発生源であるとは考えられない。
・ 原告主張の再現試験については、次の二点に注意すべきである。第一は、右試験により原因物質とされた物質Mはバイオプレミックスであること、従って、本件商品あるいはクリナップエースのいずれかが原因物質であるとされたにすぎないことである。そして、原告がクリナップエースを購入していたことは明らかであるから、本件事故についても、少なくとも、クリナップエースが原因物質か、本件商品がそうなのかは不明といわねばならない。第二に、トキソプラズマ病の発生した養豚場に残っていた物質Mを試験材料としていること、従って、開封された物質Mの残が試験材料にされた可能性が強く、すでにトキソプラズマ病に汚染された養豚場に残された飼料は事後的にトキソプラズマ病に汚染されているであろうから、このような試験は無意味であることである。
・ トキソプラズマ原虫は汚染された豚舎周辺の土中に常に存在し、豚がこれをなめるためにその体内に摂取される。豚舎をコンクリート敷にするなどの衛生管理をしても豚の体内にトキソプラズマ原虫がいない状態にするのは困難である。豚の体内にトキソプラズマ原虫が潜伏していても、通常は発病せず、体力が落ちると一挙に原虫が繁殖して顕在化しトキソプラズマ病の集団発生の事態となる。本件もこのような野外感染によるものであった可能性が強いのである。
3 被告d1商店の主張
本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じた事故ではない。野外感染による事故の可能性が大である。
二 被告d2の責任原因
1 原告の主張
同被告は、究極的には消費者の食事に供される豚など食肉用家畜飼料の製造業者として、飼料購入者に対し、安全な飼料を供給するため、その製造の過程において、トキソプラズマ原虫などの有害な生物が混入しないように、万全の管理をなし、あるいは原虫の混入した場合に備え、原虫駆除目的の加熱処理をするなどし、もって、本件のごとき事故の発生を防止すべき高度の注意義務があったのにこれを怠った。
従って、同被告は、民法七一九条一項、七〇九条により、販売業者である共同不法行為者被告d1商店と連帯して後記損害を賠償する責任がある。
2 被告d2の主張
争う。
三 被告d1商店の責任原因
1 原告の主張
・ 不法行為責任
同被告は、家畜飼料の販売業者として、飼料購入者に対し、安全な飼料を供給するため、その販売の過程において、出荷前には安全性を確認するに足りる十分な点検を行うなどして、商品をして、トキソプラズマ原虫などの有害な生物の混入しない状態で購入者に販売できるように、万全の管理をなし、もって、本件のごとき事故の発生を防止すべき高度の注意義務があったのにこれを怠った(民法七〇九条)。
・ 不完全履行
同被告は、売主として、原告に対し、トキソプラズマ原虫の混入していない安全な飼料を給付すべき注意義務があるのにこれを怠った(民法四一五条)。
・ 原告は、本件売買契約により、本件商品の引渡を受け、これを履行として認容して受領したところ、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していた。右瑕疵は、一般取引において、通常払われる注意をもってしては、容易に知ることができない瑕疵である(民法五七〇条)。
・ 製造物責任
E 産業有限会社こと同被告は、包装された本件商品にE産業有限会社という自らの商号を表示してこれを流通させていたから、社会的・法的にその製造主体として認識されるべき地位にあった。従って、同被告は、本件商品を、総発売元として、被告d2に製造させて原告に販売していたともいうべきであるから、被告d2と同一の責任がある(民法七〇九条)。
2 被告d1商店の主張
同被告は、他から仕入れた飼料販売を目的とする会社であるから、個々の商品について、トキソプラズマ原虫が混入していることをも予測して、販売業者において、専門家に調査を依頼してその安全を確認してから商品を販売することは不可能というべきである。原告主張の注意義務は同被告にはない。
また、原告は本件商品の製造者が被告d2であることを熟知していたから、同被告に製造者と同一の責任があるとの原告の主張には理由がない。
四 損害
1 原告の主張 金一九九〇万九八五〇円
・ 死亡母豚の損害金 一〇四万円
母豚一頭の損害八万円の一三頭分
・ 母豚死亡・流産に伴う損害 金七九四万七〇〇〇円
死亡豚及び流産豚は一分娩あたり少なくとも九頭の子豚を出産し、その後、少なくとも三回の分娩が見込まれる。子豚一頭の当時の売却利益は、一万七〇〇〇円を下回らないから、流産豚の子豚流産による損害は二四四万八〇〇〇円(一六頭×九頭×一・七万円=)となり、死亡豚の子豚分娩不能に伴う損害金は五四九万九〇〇〇円《一回目の分娩子豚一頭につき一万七〇〇〇円、その後の分娩子豚一頭につき一万円として計算。(一三頭×九頭×一・七万円)+(一三頭×九頭× 三回×一万円)=》となる。
・ 医薬品代 金九二万二八〇五〇円
・ その他の損害 金一〇〇〇万円
原告は、本件事故発生五、約一か月間にわたり、発病豚の看護・治療等に奔走し、同時にトキソプラズマ病に汚染された養豚場として経営が破綻する恐怖心に襲われた。また、病死・流産を免れた母豚七六頭について、家畜保健衛生所から保菌豚の認定を受け、現在もなお発病防止のための薬剤投与を続けており、さらに、トキソプラズマ病は人間にも感染するため、原告及びその家族は、保健所から移動制限を受けた。原告は、トキソプラズマ病汚染農家として、今後長期にわたりトキソプラズマ病と苦闘せねばならない。右のとおり、原告が本件事故により被った肉体的・精神的そのた無形の損害は、金一〇〇〇万円を下回ることはない。
2 被告両名
仮に乙事件で原告の相殺の抗弁が認められた場合は、同額の損害てんぽとして斟酌されるべきである。
第五 争点に対する判断
一 本件事故は、本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたために生じたものかいなか(争点一)。
前記第三・・・五・・(本件事故の発生、トキソプラズマ病の感染経路等)、六・・・(同時期の全国的トキソプラズマ病の集団発生、再現試験結果、飛騨地区における同時期のトキソプラズマ病の集団発生)の事実に加えて、原告豚舎は管理衛生面では高山市内でも優秀な豚舎であったこと(昭和六二年九月一七日に行われたトキソプラズマ病抗体検査では、検査をうけた豚七六頭中、抗体価陽性豚はなく、擬陽性豚が四頭いたのみであった。)、本件トキソプラズマ病は生育した豚にものみ集団的に発生しており、なんらかの形(経口的又は経皮的)で相当量のトキソプラズマ原虫が急激に豚の体内に入り込んだため発生したと推定されることを考慮すると、本件事故は、当時、原告飼育豚に給与した本件商品中にトキソプラズマ原虫が混入していたため発生した本件事故と認めるのが相当である。
被告d2は、原告が給与した飼料(ないし飼料添加物、以下同じ)は、バイオプレミックスであり、再現試験によって原因物質であるとされた物質もバイオプレミックスであるから、仮に原告が給与した飼料により本件事故が発生したものとしても、原因物質がクリナップエースか本件商品かは不明であると主張する。原告はクリナップエースを給与したことはないと供述するが、被告d1商店作成の売上日誌によれば、昭和六二年四月二五日原告がクリナップエース一〇袋を購入したことが認められるから、本件証拠上、その可能性は少ないとはいうものの、本件事故発生直前に原告が豚に給与した飼料がクリナップエースを含むバイオプレミックスでなかったと断定するまでには至らない。しかしながら、本件商品を購入し、その給与開始後約二週間たって本件事故が発生していること、同一商品を購入《同一のトラックで運搬された。》した前記F養豚場でもほぼ同一時期にトキソプラズマ病の集団発生があったことを考慮すると、原因物質は本件商品と認めるのが相当である。
また、被告d2は再現試験は汚染された飼料を検体とした可能性があると主張するところ、残存飼料が事後的に汚染される状態で放置されていた可能性は少ないと考えられるうえ、専門家である検査者がこのような検体選択上の初歩的な注意を怠るものとは考えにくいから、その可能性は少ないものと認められるが、その可能性を完全には否定できない点で右再現試験には自然科学的意味で厳密さが欠けることは否めない。しかしながら、「訴訟上の因果関係の立証は一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らした高度の蓋然性の証明で足りるもの」と解される。本件においては、クリナップエースは発酵生成物であり、その製造工程におけるトキソプラズマ原虫の混入は考えにくいこと、本件事故と同時期に全国的に発生したトキソプラズマ病の集団発生事故につき、C微生物販売はトキソプラズマ病でお騒がせしたこをお詫びする旨関係者各位あて書面で明らかにしあるいは被害農家に見舞金を支給したが、被告d2はその一部負担を求められ、金五〇〇万円を負担したこと、被告d2は同時期に返品された大量の商品を埋立して廃棄処分したことが認められるところ、右各事実は、いずれも本件商品が本件事故の原因物質であったことを疑わせる補助資料となるものというべきである(なお、前掲丙第四号証によれば、本件商品を含む被告d2が出荷した飼料には、製造年月日、製造業者の名称などの表示がなかったことが認められるところ、飼料の製造年月日が不明であったことが、事後的な厳密な意味での原因物質検査を困難にした一つの理由であった)。
二 被告d2の責任原因(争点二)
同被告には、家畜の飼料製造業者として、飼料購入者に対し、安全な飼料を供給するため、商品の品質管理に万全を尽くす義務があったものと解すべきであり、本件に即して、トキソプラズマ病関係についていえば、トキソプラズマ原虫は製造工程における熱処理により駆除可能であるから、飼料製造業者である被告d2は、トキソプラズマ原虫が商品たる飼料中に混入したまま出荷することのないよう商品製造工程で加熱処理するなどし、もって、購入者たる養豚農家に本件事故のごときトキソプラズマ病の集団発生事故が生じないようにする注意義務があったものと解すべきである。
前記第三・・・四のとおり、被告被告d2は、同一原料から本件商品と肥料「貝化石」を製造していたが、その品質管理は全く同一で、家畜飼料たる本件商品につき、肥料とは異なった格別の品質管理をすることは全くなかったうえ、本件事故まで、同被告代表者にはトキソプラズマ原虫が加熱処理により死滅するとの知識はなく、加熱処理をしないで本件商品を出荷していたから(《証拠略》によれば、本件事故後、C微生物販売からの指示により新たに加熱処理工程を加えたことが認められる)、同被告には右注意義務に違反した過失がある。
三 被告d1商店の責任原因(争点三)
1 前記第三・・・三の事実のほか、《証拠略》によれば、
遅くとも、昭和四〇年ころから、被告d1商店は、被告d2から、強化ミネラルの商品名で本件商品と同一の商品を仕入れて販売していたこと、昭和五三年ころから、被告d2は、本件商品と同一の飼料をニューソフトミネラルとの商品名で、C微生物販売を総販売元として、同社に納入するようになり、C微生物販売は、同社の製造部門である株式会社C微生物研究所製造にかかるクリナップエースとセットでクリナップエースとニューソフトミネラルとの混合飼料給与を「バイオプレミックス養豚法」と名付けて全国的に販売したこと、その間、被告d1商店は、従前どおり、本件商品と同一の商品を、被告d2から仕入れて販売していたが、昭和五六年ころから、被告d2の要請により、商品の袋を無地のものとするなど、総発売元であるC微生物販売に隠れて販売を続けていたこと、昭和六二年春ころから、C微生物販売が右無地袋の商品についても疑いを抱くようになったため、無地袋のままでは販売継続が困難となったこと、被告d2代表者と被告d1商店の代表者は、協議により、『発売元の表示としては、「E産業有限会社」とする(E産業はもともと被告d1商店が販売する特殊肥料を製造する会社であったが当時はいわゆる休眠株式会社であって実体のない会社であった)、商品名は「天然ミネラル」とする、養豚家への販売価格は一袋一二〇〇円(C微生物販売を介して販売する場合の約半値)とする』と取決めたこと、右取決めは、被告d1商店において、販売シェアーの拡大をめざすにはやむを得ない措置と考えたためであること、そして、被告d2において、商品名として「天然ミネラル」と表示し、「発売元E産業有限会社」と表示した包装袋を製作・使用して、本件商品を袋詰めして出荷し、被告d1商店において販売していたこと、被告d1商店は昭和六二年一〇月一六日、被告d2から右商品名天然ミネラルの飼料を初めて仕入れ、これを原告に販売したこと
以上の事実が認められる。
2 右事実関係を前提に被告d1商店の責任について検討する。
前記のとおり、本件売買契約当時、本件商品中にはトキソプラズマ原虫が混入していたものと認めるべきところ、被告d1商店には、本件売買契約の売主として、本件商品の納入義務のほか、抽象的には、契約当事者間の信義則上の付随義務として、商品である食肉用家畜飼料にトキソプラズマ原虫のごとき病気の原因体が混入しない状態でこれを買主に引き渡すべき注意義務があったものと解するのが相当であり、売主において、右注意義務違反のなかったことを主張・立証しない限り、不完全履行として、民法四一五条により買主に対し損害賠償義務があると解するのが相当である。他方、商品に本件のごとき欠陥のあった場合であっても、民法の過失責任の原則からすると、売主が、商品の安全性を点検できる立場にない単なる小売業者にすぎない場合には、その結果回避可能性がないから、具体的には右注意義務は発生せず、その責任を認めるのは相当でない。
これを本件につき検討するに、本件のごとき、本件商品に総発売元として自己の名を表示した販売業者である被告d1商店は、前記1認定の事実によれば、製造者である被告d2との間において、本件商品の流通を支配する契約関係を締結していたものと認められ、従って、買い手に対しては、その商品につき、製造業者とともにその製造・販売の過程で生じた商品の瑕疵につき、責任を負う立場にあったものというべきであり、他方、製造者である被告d2に対しては、製造過程において欠陥商品が生産されることのないよう、指示・監督する立場にあったものと解するのが相当である。
もっとも、本件はやや特殊であって、元来、本件商品と同一の商品であるニューソフトミネラルについては、C微生物販売が、総発売元としてその商品につき欠陥があった場合には、その賠償をなすべき立場にあったものであり(現にC微生物販売は見舞金を各養豚農家に支払っていることは前認定のとおり)、かつ、C 微生物販売がニューソフトミネラルの品質管理等について被告d2を指揮・監督しうる立場にあったものであるが、被告d1商店は、右C微生物販売に隠れて本件商品を総発売元として販売していたのであるから、具体的な指揮・監督関係の存否に拘わりなく、損害賠償については、右C微生物販売と同様の地位にあったものというべきである。従って、その余の責任原因について判断するまでもなく、被告d1商店は本件損害につき損害賠償責任がある。
なお、個々の商品について、その安全性を専門家に委託して検査するなどして販売する義務はない旨被告d1商店は主張するが、被告d1商店は、単なる流通業者ではなく、総発売元として、本件商品の製造・販売の過程に包括的に関与しうる立場にあったもの、あるいはこれと同視すべき立場にあったものというべきであるから、右被告d1商店の主張には理由がない。
四 損害(争点四)
1・ 死亡した母豚の損害 金一〇四万〇〇〇〇円
前認定のとおり、本件事故により死亡した母豚は一三頭である。その補充をするため原告が購入した同数の母豚購入費用は本件事故と相当因果関係のある損害というべきところ、その一頭あたりの購入価格は金八万円であると認められるから、その一三頭分は金一〇四万円となる。
・ 母豚流産による損害 金二三〇万四〇〇〇円
前認定のとおり、本件事故により流産した母豚は一六頭である。母豚一頭あたり一分娩につき出産する子豚の数は平均九頭であると認められるから、本件事故がなかったならば出産したであろう子豚は合計一四四頭となる。そして、右子豚の得べかりし売却利益は本件事故と相当因果関係のある損害というべきところ、当時の子豚一頭あたりの平均売却利益は金一万六〇〇〇円を下回らないことが認められるから、その一四四頭分は、金二三〇万円四〇〇〇円となる。
・ 医薬品代 金九二万二八五〇円
本件事故により、原告が、昭和六二年一一月二三日から平成二年一月一九日までの間、その飼育する豚に投与した薬品購入費用及び治療費の合計は、金九二万二八五〇円であると認められるところ、右は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる(甲第一四号証)。
・ その余の損害 金二〇〇万〇〇〇〇円
トキソプラズマ病は、その生体内のシストに対する処置法が不明であるため(シストを殺滅する薬剤は現在のところない)、いったんこれに汚染された養豚場は、事後、相当期間保菌豚を抱え、トキソプラズマ病の予防・治療を続けなければならないこと、原告は子豚を生産し、そのすべてを原告が代表者である有限会社A畜産に販売し、同会社で肥育して、そのすべての食用豚を株式会社B畜販に納入していたが、本件事故により、原告養豚場は、トキソプラズマ原虫に汚染された養豚場として、消費者等の評価を落としたこと、原告が本件事故によって被った精神的苦痛その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある原告の無形損害としては、金二〇〇万円をもって相当であると認める。
・ 原告主張のその余の損害は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるに足りない。
・ 以上合計は金六二六万六八五〇円となる。
1040000+2304000+922850+2000000=6266850
2 相殺(損害てんぽ) 金一九九万〇六一九円
乙事件において、本件損害賠償債権と乙事件売掛債権との相殺がなされたので、本件損害てんぽ額は、次の計算式のとおり、金一九九万〇六一九円となる(ただし、損害てんぽ額は、乙事件売掛金元本に損害金請求日だえる昭和六三年三月三一日から相殺日である昭和六三年四月二八日までの二九日間の年六分の割合による遅延損害金を合算した金額となる)。
1981200+1981200×29÷366×0.06=1990619(円未満四捨五入。以下同じ)
3 損害てんぽ後の損害額
従って、損害てんぽ後の損害額は、金四三七万八一一〇円となる。
6368729-1990619=4378110
《ただし、六三六万八七二九円は、右損害金元本に昭和六三年一月一日から同年四月二八日(相殺日)までの一一九日間の年五分の割合の遅延損害金を合算した金額。
6266850+6266850×119÷366×0.05=6368729》
第五 乙事件
乙事件原告の乙事件被告に対する売掛金債権の存在は当事者間に争いがない。そして、右売掛金元本とその相殺日までの遅延損害金一九九万〇六一九円について、昭和六三年四月二八日、乙事件被告は乙事件原告に対し、本件口頭弁論期日において、甲事件の損害金債権と対当額で相殺する旨意思表示した(本件記録上明らかである)から、乙事件原告の乙事件被告に対する乙事件請求は理由がない。
第六 結論
よって、甲事件原告の甲事件被告各自に対する甲事件請求は、金四三七万八一一〇円とこれに対する本件事故後である昭和六三年四月二九日(相殺日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、乙事件原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九三条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 杉森 研二
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