last update 02 December 1999
□犬猫の飼育を禁止する管理組合の規約が有効とされた事例
犬の飼育禁止等請求事件、東京地裁平三(ワ)一五九六三号、平6・3・31民三二部判決、一部認容、一部棄却(控訴)判例時報1519号101頁。
《参照条文》 建物区分所有法三〇条・六条
原告 p管理組合
右代表者理事 P
右訴訟代理人弁護士 ------
被告 D1
〈ほか一名〉
右訴訟代理人弁護士 ------
主 文
一 被告らは、別紙物件目録記載の物件内で犬を飼育してはならない。
二 被告らは、原告に対し、各自四〇万円及びこれに対する平成四年二月一○日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は原告らの負担とする。
五 この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 主文一項と同旨
二 被告らは、原告に対し、各自六〇万円及びこれに対する平成四年二月一○日(訴状送達の翌日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は、品川区--丁目所在の東京都住宅供給公社から分譲を受けたp一八ないし二一号棟の区分所有者全員で構成する、建物の区分所有等に関する法律 (以下「区分所有法」という。)三条に定める団体として設立された管理組合であり、p管理組合規約(以下「規約」という。)を有し、規約に基づき全組合員 が構成する総会で役員が選任される、民訴法四六条の法人に非ざる社団である。
2 被告らは、p《中略》の所有者であり、原告の組合員である。
3 昭和五八年六月一日の管理組合設立総会で規約が承認され、規約二四条に基づき、「共同生活の秩序維持に関する細則」(以下「細則」という。)を定めた。細則二条(2)は、「小鳥及び魚類以外の動物を飼育すること」を禁止している。
4 ところが、細則の右規定(「本件規定」という。)に反して、住宅及び共用部分内で犬猫を飼育するものが存在していたことから、昭和六一年六月一日の総 会において、当時犬猫を飼育中の組合員により構成されるペットクラブを設立させ、ペットクラブの自主管理の下で、当時飼育中の犬猫一代限りにつきその飼育 を認めるものとすることを決議した。この決議に基づき、同年七月二六日ペットクラブが発足した。
5 被告らは平成二年七月末ころから自宅内で犬を飼育していた。
6 原告は同年八月初めころから被告らに対し犬の飼育を止めるように求め、被告甲野花子(以下「被告D2」という。)は、同月一一日ころ飼育中の犬の貰い手を探す旨の書面を原告に渡したが、その後も被告らは犬の飼育を続けている。
7 本訴の提起については平成三年五月二六日の総会で承認された。
二 争点
1 犬猫の飼育を禁止する本件規定の効力。
2 被告らに対し、本件規定違反を理由に犬の飼育を禁止し得るか。
3 犬を飼育している被告らの行為は原告に対する不法行為といえるか。
4 本訴提起の弁護士費用は右不法行為と相当因果関係にある損害といえるか。損害額はいくらか。
三 被告らの主張
(一) 本件規定の効力は、ペットクラブの会員には及ばないのであるから、ペットクラブの会員とそれ以外のものとを区別する合理的根拠がない以上、平等原則に違反し、その効力を認めることはできない。
(二) ペットクラブは、その設立時を基準時として、当時犬猫を飼育しているものにつき当該犬猫一代限り会員とするとしながら、その後に飼育を始めたものをも会員としている事実があるのに、被告らの加入を認めず、犬の飼育を禁止するのは不合理である。
(三) ペットクラブの設立の趣旨は、共同生活における利害の調整を図り、ペットと共存しようというものである。ペットクラブの自主管理の下で共同利益に 反しない動物の飼育が可能であって、設立時に飼育していた犬猫一代に限る合理的根拠がなく、一律禁止は不合理である。犬猫の飼育を禁止する本件規定の効力 は停止している。
第三 判断
一 本件規定の効力
1 《証拠略》及び前示第二の一3、4の事実を総合すれば、次のとおり認めることができる。
規約二四条に基づく細則(昭和五八年六月三日から施行)の一条には、「この細則は、‥‥住宅及び共用部分の管理及び使用に伴う共同生活の円滑な運営を図 り、もって良好な居住環境を維持するため、組合員及びその組合員が所有する住宅に居住する者(以下「組合員等」という。)が守るべき事項を定めることを目 的とする。」と規定され、同二条本文には、「組合員等は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。」と規定されている。細則二条(2)の本件規定は、組合 員等が小鳥及び魚類以外の動物を飼育することを禁止しているが、これに違反して犬猫を飼育するものが存在し、鳴声及び排泄物の問題や犬が子供にじゃれつい て怯えさせる等の理由により、本件規定を組合員等に遵守させることが取り上げられ、昭和六一年六月一日の総会において、本件規定を遵守させる現実的な妥協 策として、当時犬猫を飼育している者をもって構成するペットクラブを設立させて飼育方法につき自主管理させるとともに、新規加入を認めず、現に飼育し、原 告に登録した犬猫一代に限ってのみ飼育を認めることを決議し、時の経過に伴い、犬猫を飼育する者がいなくなり、ペットクラブが自然消滅するようにした。
右総会の決議に従い、同年七月二六日現に犬猫を飼育している者の参加による広聴会において、ペットクラブが結成され、役員を選出し、会員名簿を原告の理事 会に提出した。原告は、管理組合ニュースをもって、ペットクラブの会員の住所、氏名、電話番号、犬猫の種類、匹数を全組合員に公表するとともに、「もしも 今回公表した以外に犬猫を飼っている方がありましたら管理事務所に届けて下さい。お互いに良い生活環境をつくるために努力しましょう。」と呼びかけた。
右管理組合ニュースで公表されたペットクラブの会員は二〇名であったが、同年八月に犬を飼育していた者一名の追加加入が認められた。その後ペットクラブへ の新規加入を認めた例はなく、ペットクラブは毎年各会員が飼育している犬猫の写真を添付(犬については狂犬病予防注射済証票等も添付)した会員名簿を原告 の理事会に提出し、犬猫の同一性に疑義を生じないようにしている。
2(一) 区分所有法は、区分所有者及び区分所有者以外の専有部分の占有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の 利益に反する行為をしてはならない旨規定し(六条一、三項)、建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項は、この法 律に定めるもののほか、規約で定める事ができると規定して(三〇条一項)、同法三条所定の区分所有者の団体が定める規約に法的な効力を賦与し、かつ、「区 分所有者の共同の利益に反する行為」として、具体的にどのような事項を盛り込むかについて、右団体の自治に委ねる態度をとっている。
(二) 原告においては、規約二四条に基づく細則の本件規定により、犬猫の飼育を禁止しているが、前記1に認定の事実によれば、原告の構成員の多数が今な お本件規定の遵守を組合員等に求めていることが容易に認められるものであって、ペットクラブの自然消滅を期し、厳格な管理の下に、ペットクラブ発足時の犬 猫一代限りの飼育のみを承認するものとしている原告の構成員の多数の意思に反し、それ以外の犬猫を飼育する行為は、区分所有法六条一項所定の「区分所有者 の共同の利益に反する行為」に該当するものとして、同法五七条一項により差止(飼育禁止)請求の対象となるものというべきである。
(三)被告らは、ペットクラブの会員による犬猫の飼育との対比において、本件規定の効力を否定するが、ペットクラブを設立させることとした昭和六一年六月 一日の総会の決議の趣旨は前示1に認定したとおりであり、ペットクラブの会員でも、新たな犬猫を飼育することは禁止されているのであるから、本件規定の効 力が及ぶものであることは明らかである。また、ペットクラブ設立後の原告の運用において右決議の趣旨に反する措置があったものと認めることはできない。平 成二年七月末ころから始めた被告らの犬の飼育に対し、本件規定の遵守を求め、飼育を止めるように要求することは共同生活の秩序維持を図る原告の自治的活動 として、なんら不合理なものということはできない。
犬猫等のペッ トをかけがえのないパートナーとして求める人がいることは否定できないとしても、原告の総会において本件訴訟の提起が決議されていることからすれば、原告 の構成員の多数が心情的にせよ、犬猫の飼育を是認しているとまで認めることはできない。本件規定の効力を否定する被告らの主張はいずれも理由がない。
二 被告らに対する犬の飼育の禁止請求について
以上のとおりであるから、本訴請求中被告らに対し、本件規定違反を理由に犬の飼育の禁止を求める部分は理由がある。
三 損害賠償請求について
1(一) 《証拠略》及び前示第二の一6、7の事実によれば、次のとおり認めることができ(る。)《証拠判断略》
平成二年七月組合員から原告に、被告らが犬を飼っており、ドアのところまで犬が来て吠えるので迷惑を受けているという苦情があったため、同年八月初めころ 原告の理事であったAが、電話で被告D2に対し、犬を飼うことは規約及び細則で禁止されているので同月二五日までに飼育を止めるように申し入れた。
被告D2は同月一一日ころなるべく早いうちに犬を貰ってくれる人を捜す旨の書面を書いて原告に差し入れたが、被告らは同月二五日を過ぎても犬の飼育を続け ていたので、原告は、同月二九日被告ら宅の郵便受けに犬の処分を促す文書を入れ、同年九月八日の理事会に被告D2の出席を求めて犬を処分するように求め た。しかし、その後も被告らは、犬の飼育を続け、同年一〇月末ころから原告からの電話や文書の受領を拒否するようになったので、原告は、再度犬の飼育を止 めるように勧告する書面を被告らの郵便受けに差し入れ、平成三年五月二六日の総会で被告らに対し訴えを提起することを決議し、さらに被告らと話し合いの機 会を持つことを図ったが、被告らがこれに応じなかったため、同年一一月一二日本訴を提起するに至った。
(二) 右事実関係の下においては、本件規定に違反し犬を飼育し続けている被告らの行為は、原告を構成する区分所有者の共同の利益に反する違法な行為によ り、原告をして共同生活の秩序維持のために金銭的負担を伴う措置をとることを余儀なくさせるものであって、原告に対する不法行為を構成するというべきであ る。
2 損害について
前示のとおり、被告らは、本件規定に違反して犬の飼育を続け、原告の再三の飼育禁止の申し入れに応じなかった。そのために、原告は、弁護士に依頼して、本 訴を提起せざるを得ず、原告は、弁護士に訴訟の提起、追行を委任し、着手金として二七万円、諸費用三万円、成功報酬として、三〇万円を支払うことを約した ことが認められる。
そして、本件事案の難易、訴え提起に至る経過、被告らの応訴の状況、その他諸般の事情を斟酌すると、右弁護士費用のうち四〇万円は被告らの不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 石川善則)