* 最高裁判所判例検索による検索結果(PDF)
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主 文
一 被告Y4,同Y1は原告らに対し,各自,各金20万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 被告らは原告らに対し,各自,各金33万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 被告Y3,同Y1は原告らに対し,各自,各金5万円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
四 被告Y3は原告らに対し,各金10万円及び内金5万円に対する平成14年1月11日から,内金5万円に対する平成13年8月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
五 被告Y3,同Y1は原告X1に対し,各自,金10万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
六 被告Y3,同Y4,同Y1は原告らに対し,各自,各金2万円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
七 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
八 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告らの負担とする。
九 この判決の第一項ないし第六項は,仮に執行することができる。
事実及び争点
第一 申立
一 被告らは原告X1に対し,各自,金330万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 被告らは原告X2に対し,各自,金170万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 被告らは,各被告の自宅の公衆の通行する通路に面した壁面,及び神戸市a区b通,同区c通,d通,e通,f通の各自治会の掲示板に隣接する位置で,それぞれ通行人からその全面が見える位置に,縦1メートル,横2メートルの白色板に黒色20ポイント文字で,別紙<省略>の謝罪文を記載して,60日間掲示せよ。
第二 事案の概要
本件は,原告らが被告らに対し,猫の糞尿等による被害を発生させたことや名誉毀損行為等をしたことを理由に,これらが共同不法行為にあたるとして,損害賠償を請求した事件である。
一 前提事実
1 原告X1(昭和8年11月11日出生)は,昭和61年6月,神戸市a区b通c丁目d番地e所在の2階建建物の1階店舗(以下,「本件店舗」という。)を被告Y1(昭和13年9月11日出生。)から賃借し,「甲」の屋号で居酒屋を営んできた。
原告X2(昭和34年8月4日出生)は原告X1の子であり,平成6年2月に3階建建物を,本件店舗から約20メートルの距離の場所に新築し,原告らは以後同建物に居住している。原告X2は,自宅で電子機器の組立業をしている。(<証拠略>)
2 被告Y2(昭和25年9月12日出生。),同Y3(昭和34年12月1日出生。)夫婦は,原告らの自宅の南側に面した2階建の住宅に居住している。同住宅の南側には本件店舗建物が接しており,本件店舗の西隣には被告Y4(昭和6年11月5日出生。)所有の2階建建物が存在し,被告Y4及び同Y1夫婦(以下,併せて「被告Y1ら」ともいう。)が居住している。その西側の南北の通路を挟んだ真向かいには被告Y1の亡実父の所有していた2階建建物がある。
被告Y2は自営業であり,被告Y4はタクシー運転手であり,被告Y3同Y1は主婦である。(<証拠略>)
3 本件店舗賃貸借契約では,賃料月額7万円の約定で,賃借人である原告X1は権利の売買はできないことが約定されていた。賃料は数次の値上げを経て,月額9万5000円に改定されていたが,不況で売上が減少したことを理由に原告X1が減額を申し入れ,被告Y1はこれに応じて,平成13年3月分から月額9万円に減額変更された。(<証拠略>)
4 原告らは,被告Y1らを相手方として,平成13年5月,神戸簡易裁判所に,同被告らが原告らの自宅及び本件店舗からそれぞれ50メートル以内の区域で猫の餌となる物を屋外に留置することの禁止及び同区域内で同被告らの給餌する動物が放尿・排便等により土地ないし工作物等を汚損した場合は,直ちに同被告らの費用で清掃及び脱臭措置をとるべきこと並びに原告らに100万円ずつ,合計200万円の慰謝料を支払うことを求めて,民事調停の申立(以下,「本件調停」という。)をした。(<証拠略>)
二 争点に関する双方の主張
(原告ら)
1 被告Y1らによる猫関係の被害
(1) 被告Y1らは,以前より自宅において猫を飼育するほか,付近に生息している野良猫に自宅周辺で餌を与えてきた。そのため,本件店舗入口やその周辺において,多数の猫が何か所にも放尿・排便し,異臭が頻繁に漂うなどして,本件店舗営業に支障をきたすことがあった。
(2) 原告X1は被告Y1らに対し,昭和62年頃から野良猫に給餌することの中止等の対処を求めたが,被告Y1らは餌をやり続け,野良猫の数も増え続け,平成6年1月以降は原告らの自宅周辺を野良猫が徘徊し,排尿等を繰り返すようになった。
(3) 平成12年春頃からは,原告らの自宅2階の入口踊り場にしばしば猫が排便し,また,自宅敷地内や本件店舗の周囲を猫が徘徊し,排尿・排便を続けた。
(4) 被告Y1らは,付近の路上にプラスチック製容器に猫用の餌と水を入れておいて,公然と猫に給餌したので,原告らは被告Y1らに平成13年初め頃から給餌の中止を求めたが,被告Y1らはこれに応じなかった。
(5) 被告Y3は,平成12年初め頃より,被告Y1らの猫への給餌のための餌の購入を手伝うなどして,これに協力してきた。
(6) 原告らは,猫の排尿・排便等により日々異臭に悩まされ,原告X1は平成10年頃からいらいらがつのって高血圧症等で通院している。また,本件店舗でも,顧客から異臭がするなどの苦情が出て,営業収益も悪化した。
2 被告らによる名誉毀損行為
(1) 被告Y1らは,本件調停期日に出頭しないまま,被告Y2,同Y3(以下,この両名を併せて「被告Y2ら」ともいう。)と共謀して,本件調停申立について,原告らが一方的に訴訟を提起したかのような虚偽の事実,原告らが譲歩や話し合いを拒絶しているかのような虚偽の事実を記載した文書を,大量に広範な地域で配付し,もって,原告らの名誉を毀損した。
すなわち,被告らは,平成13年7月初旬頃,原告らが居住するa区b通のほか,これに隣接するc通,d通,e通,f通の各地域の多数の住民に対し,原告らが裁判手続を行っていることを言いふらした上,「X1,X2氏のY4・Y1氏に対する猫の給餌・糞尿に対する慰謝料料請求について」と記載した嘆願書への署名を求め,その文書の中で,「二百万もの高額な慰謝料請求が一方的になされ」,「その良識を疑われます」と記載して,同事実を多数の地域住民に知らしめるとともに,原告らを誹謗してその名誉を毀損した。
3 その他の違法行為
(1) 被告らは共謀の上,被告Y3において,原告らが深夜まで稼働し,午前中就寝していることを知りながら,平成12年10月頃から,自宅内で飼育している室内犬を,午前9時半頃から路上に放置して1時間余り吠え続けさせて,その結果原告らの睡眠を妨害した。さらに,本訴提起後の平成13年9月末頃からは,犬の放置時間を2時間以上に延長させた。加えて,平成13年9月23日午前9時半頃から午前11時頃までの間,被告Y3において,原告らの自宅との境界に接する同被告宅の2階の窓をわざと全開にし,大音量の音楽を流し続けた。同様の嫌がらせ行為は,同年12月4日,5日,6日,9日,11日,13日,25日,平成14年1月7日,8日,10日,11日にもなされた。また,平成13年12月26日の午前10時前頃,被告Y3において,2度にわたり,必要もないのに,自宅北側の原告ら宅に面した窓を開けて,大声で「おばちゃん,おばちゃん」と叫び,就寝中の原告X1はこの声に驚いて飛び起き,しばらく心臓の動悸が止まらなかった。翌27日午前9時過ぎ頃にも,同被告は同様の行為をした。
(2) 被告Y3は,毎日のように,自宅付近で大声で原告らの本件調停申立を誹謗し,原告らをa通地域に住めないようにしてやるなどの恫喝の言葉を吐き,原告らの名誉を毀損し続けた。
(3) 被告らは共謀の上,平成13年7月6日,被告Y3において,原告X1が本件店舗営業のため10年以上取引してきたa区b通c丁目所在の株式会社乙豆腐店(以下,「乙」という。)に対し,原告X1に以後豆腐を販売しないよう働きかけ,その結果同豆腐店は原告X1に豆腐の販売を中止し,同原告の営業に支障が生じた。
4 法的主張及び損害
(1) 被告らの行為は,いずれも,原告らの人格権,営業権を侵害する不法行為である。
(2) 損害
① 原告X1の名誉毀損,猫の徘徊,排便,睡眠妨害等による精神的被害につき金100万円
② 原告X1の名誉毀損行為等の営業妨害による売上の減少等による精神的苦痛に対する慰謝料200万円
③ 原告X2の猫の徘徊,排便等による精神的被害に対する慰謝料100万円
④ 原告X2の名誉毀損に対する慰謝料50万円
⑤ 弁護士費用として,原告X1につき30万円,同X2につき20万円
(3) 原告らに対する名誉毀損の原状回復として,別紙の謝罪文を申立三のとおりの方法で掲示することを求める。
(被告ら)
1 被告Y1らによる猫関係の被害について
(1) 被告Y1らは十数年以上前から前記同被告らの自宅の真向かいの2階建建物の中で猫を飼い始めたが,猫を外部に出すことはなかった。
(2) 平成6年に前記原告らの自宅が新築された頃から平成7年1月の阪神・淡路大震災後の頃までの間は,それまで付近にいた野良猫は姿を見せなくなっていた。
(3) 平成12年秋頃,被告Y1らが交通事故で負傷した子猫を介抱し,餌を与えたことがあり,それを契機に数匹の野良猫や飼い猫が集まるようになった。
被告Y1らは,負傷した子猫の糞尿の処理については,近隣に迷惑をかけないよう,砂を入れた箱に排泄させ,1日置きに砂を替えていた。
野良猫は,被告Y1らの占有下にはなく,同被告らには関係がない。
(4) 本件調停申立前に原告らから被告Y1らに猫の関係で苦情が申し入れられたことはない。
(5) 原告ら主張の猫の糞尿等による被害については否認する。原告ら以外の付近の住民が猫の関係で苦情を述べたこともない。原告X1の高血圧症等による通院と猫の被害は無関係である。
(6) 平成13年4月中旬頃,被告Y1が原告らから呼ばれて本件店舗に赴くと,原告X2は,「俺のおふくろも年だし,店を他にやりたい人がいる。」と言って,同被告に本件店舗賃借権の譲渡(売買)の許可を求めた。同被告はこの申し入れを,契約上権利売買が禁止されていることから拒絶した。本件調停は,被告Y1が賃借権売買を認めなかったことに対する意趣返しであると考えられる。
本件訴訟提起も,被告Y1らの味方をし,同被告らを擁護した被告Y2らに対して,事実無根の事件を作り上げて被告Y1らとともに共同被告とするという嫌がらせに出たものであると考えられる。
(7) 原告X1は,深夜まで本件店舗の営業をして,被告らを含む近隣住民に迷惑をかけていた。他にも,顧客の立ち小便や嘔吐物等によっても近隣住民は迷惑を受けてきた。
2 被告らによる名誉毀損行為について
(1) 被告らが共謀して原告らの名誉を毀損したことは否認する。
(2) 被告Y1らが本件調停事件の200万円の支払を求める書面を見て動揺していたところ,被告Y3はこれを見かねて円満な解決のため協力する目的で近隣住民から嘆願書への署名を集めることにしたものであり,原告らの名誉を毀損する目的があったものではない。
嘆願書への署名を求める際に,原告らを誹謗したりもしていない。
3 その他の違法行為について
(1) 被告らが共謀して,被告Y3において室内犬を路上に放置して原告らの睡眠を妨害したこと,大音量の音楽を流し続けて原告らの睡眠を妨害したことは否認する。被告Y3は,朝の掃除の際,犬が掃除機の音を畏れることから20分ないし30分間犬を外に出しているが,知らない人が通りかかった際に吠えることはあっても,犬が吠え続けることはない。また,被告Y3は,掃除の際窓を開けており,同被告や同被告の子が音楽を聴いていることはあるが,原告X1は以前は「あんたええ音楽かけとったなあ。」と述べて抗議はしていなかったものである。
(2) 平成13年12月27日午前9時過ぎに,被告Y3が窓を開けて,大声を張り上げて「おばちゃん,おばちゃん,甲(本件店舗)の前で猫が目むいて死んどうわ。」と叫んだことはあるが,同被告は地声が大きく,悪意をもってした行為ではない。
(3) 被告Y3が自宅付近で本件調停申立を誹謗等したことは否認する。
(4) 被告らが乙に原告X1へ豆腐を販売しないよう働きかけたことは否認する。
4 法的主張及び損害について
(1) 住宅地においては,様々な人々が生活しており,それぞれが互いの多少の生活上の騒音,塵芥等を排出することは不可避であって,その立場の互換性故社会通念上許容される程度のことについては,近隣住民ら相互に寛容の精神をもって許容すべきである。しかも,原告らにおいても,前記1(7)のような迷惑行為をしてきたことを考えると,被告らの行為については,社会通念上許容される行為であって,原告らにおいて受忍すべきものであるから,原告らの請求は,信義則に反し,権利の濫用にあたり,許されない。
(2) 本件店舗の売上の減少があったとすれば,不況による影響等が原因であり,被告らの不法行為により生じたものではない。
理 由
一 被告Y1らによる猫関係の被害について
1 証拠(<証拠略>)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告Y1らは,猫が好きで,昭和60年以前から野良猫を前記前提事実2の自宅西側真向かいの2階建建物内で飼育するようになり,その数は10匹前後で推移してきた。野良猫を室内で飼育する前の段階で,被告Y1らは野良猫に給餌することがあった。
(2) 昭和63年か平成元年頃,本件店舗に雨漏りが発生し,猫の糞尿によると思われる異臭がしたことから,原告X1は家主の被告Y1に申し入れ,同被告において屋根の修理をした。この以前は,本件店舗の顧客から臭いとの苦情が出ることがあったが,屋根の修理後は苦情はなくなった。
(3) 被告Y2らは,昭和63年に前記前提事実2の自宅に引っ越した。被告Y2は以前に暴力団に所属していたことがあり,原告らもこの事実を知っていた。被告Y2らが引っ越して来てまもなくの頃,被告Y2らの関係者が近くに駐車した際,原告らが駐車違反を警察に通報したものと誤解した被告Y2らが原告らに怒鳴り込んで来て,被告Y2において,「店できんようにしてもたろか。」とか「車のことでごちゃごちゃぬかしやがって。」などと言った。
こうしたことから,原告らと被告Y2らは互いに好感情をもってはいなかったが,被告Y2らの子の入学等の祝賀パーティー等には,原告X1も近所の人達とともに参加はしていた。
(4) 平成12年秋頃,被告Y1らは,交通事故で負傷した子猫を介抱し,餌を与えたりしていたが,その際,他の猫4,5匹も餌を求めて集まるようになった。大半は野良猫であるが,飼い猫も含まれていた可能性がある。そして,少なくともこの頃から,周辺を徘徊する野良猫が増え始め,平成13年には約10匹にまで増加していた。なお,被告Y1らは,負傷した子猫の排泄用に砂を入れた箱を自宅前の通路に用意し,砂を1日置きに取り替えていた。
もっとも,周辺の地域には,被告Y1ら以外にも野良猫に餌を与える者はいた。
(5) 平成13年頃には,原告らの自宅内や敷地内に野良猫が入り込んだり,敷地や建物の周り,あるいは本件店舗周辺に糞尿をしたりして,悪臭が漂うようになった。原告らが猫の糞尿の始末をしなければならないことも度々あった。
(6) 原告らは,被告Y1が本件店舗賃貸人であることから,遠慮もあって,明確に野良猫に給餌することを止めるよう求めたことはないが,猫の糞尿の被害を被告Y1らに指摘することはあり,原告らが猫を嫌がっていることは,被告Y1らや被告Y3において把握していた。
なお,本件調停申立後,原告らは被告Y1らに対し,野良猫に給餌することを止めるよう求めたが,同被告らは拒絶した。
(7) 被告Y1らは,平成13年8月末頃までは野良猫に給餌していたが,本件訴訟提起(平成13年9月1日)後,野良猫に給餌することを中止した。また,野良猫のうち4,5匹を前記自宅建物の西側真向かいの建物内で飼育するようになった。
(8) 原告X1は,精神的ストレスによる血圧上昇により,平成12年6月7日から丙病院で投薬治療を受け,同年10月4日からは不眠が強くなり,抗不安薬を服用している。
2 原告らは猫の糞尿による異臭のため本件店舗営業に支障をきたすことがあったと主張するが,原告X1本人が前記1■のとおり,屋根修理後は顧客からの苦情はなくなったと供述していることに照らして,少なくとも平成13年頃以前には営業に支障が生じていたとまでは認められない。
また,原告らは昭和62年頃から被告Y1らに野良猫への給餌の中止を求めていたと主張し,<証拠略>中にはこれに沿う部分があるが,原告X1が被告Y1から本件店舗を賃借している関係等からすると,原告らが被告Y1らに明確に給餌の中止を要請したとまでは認められない。
3 証拠(<証拠略>)によれば,平成13年4月中頃,原告X1側から被告Y1に対し,本件店舗の賃借権を買ってくれる人がいたら譲ることを考えているという趣旨のことを言ったが,同被告は本件店舗賃貸借契約上権利売買は禁止されていることを理由にこれを拒絶したことが認められる。
被告らは,本件調停申立や本件訴訟提起はこの権利売買申出拒絶に対する意趣返しであると主張するが,原告X1の申出自体が具体的なものでなく被告Y1に打診した程度のものであること,前記1で認定のとおり原告らは猫の糞尿等による被害を現実に受けていたことからすると,被告ら主張のように解することはできない。
4 違法性等について
(1) 前記1で認定の事実によれば,平成12年秋頃以降被告Y1らが野良猫への給餌を続け,その結果平成13年には多数の野良猫が原告らの自宅や本件店舗付近を徘徊し糞尿による悪臭が漂うようになったものであり,原告らが猫嫌いであることを前提とすれば,受忍限度を超えるに至っていたと認めることができる。
(2) 被告Y1らは,明確に野良猫への給餌の中止を求められたことはないものの,原告らが猫嫌いであり,野良猫の糞尿等を苦痛に感じていることを知っていたのであるから,野良猫への給餌を続行することが原告らの迷惑になることは認識できたものであり,給餌を続行したことにつき過失がある。
(3) 世の中には様々な嗜好の人々が存在し,猫等の小動物を好む人も多く存在する。こうした嗜好に基づく行動の自由はできる限り尊重されるべきではあるが,一方で猫,特にその糞尿等による臭いを嫌う人も多く存在し,現代社会,特に都会においては,このような他人に不快感を与えないようにする配慮も当然要請される。したがって,近くに猫嫌いの人がおり,自分が野良猫に餌を与えることにより付近に野良猫が集まるようになり,その結果,野良猫の糞尿により猫嫌いの人が大きな不快感を味わっていることを認識できる場合には,野良猫への給餌を中止すべきであり,給餌を続ける行為は,野良猫による被害が受忍限度を超えるものである以上は違法であるというべきである。
(4) なお,<証拠略>中には,被告Y3が平成12年頃から猫の餌の購入を手伝ったりして,被告Y1らの野良猫への給餌に協力してきたとする部分があるが,これを裏付ける的確な証拠はないし,仮にそれに類した事実があったとしても,給餌の主体は被告Y1らであるということができるから,被告Y3に対し,その不法行為責任を問うことはできない。被告Y2が被告Y1らと共同して野良猫に給餌したことを認めるに足りる証拠はない。
二 被告らによる名誉毀損行為について
1 証拠(<証拠略>)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件調停申立書(<証拠略>)の送達と第1回期日の呼出を受けた被告Y1らは,これに驚いて,被告Y2らに同申立書を見せた上対処方法を相談した。これに対し,被告Y2らは被告Y1らに同情し,特に被告Y3は,事前の話し合いもなく突如弁護士に依頼して裁判を起こしたとの考えから,原告らに立腹した。被告らは,いずれも調停と訴訟との相違を正確に理解していなかった。
そして,平成13年6月21日,被告Y3は本件店舗に来て,原告X1に対し,被告Y1らから被告Y2らが依頼を受けたことを告げた上,「家1軒2軒売ってでも甲(本件店舗)と闘ってくれとうちの人(被告Y2)に頼みに来たので,最後まで責任をもってやらなあかんな。」などと言った。
(2) 被告Y3と被告Y1は,平成13年7月頃,「Y4・Y1氏に対する訴え取下げの嘆願書」と題し,以下のような記述のある文書をもって,嘆願書への署名押印を求め,a区b通,c通,d通,e通,f等の住民に依頼して回った。その結果,200名を超える住民らが嘆願書に署名押印した。被告Y4と同Y2も嘆願書の内容は承知していた。
① X1・X2氏のY4・Y1氏に対する猫の給餌・糞尿に対する慰謝料請求について私たちは以下の理由でその訴えを取り下げることを嘆願します。
ア X1氏の訴えるような猫による被害は近隣住民は受けていません。
イ 近隣隣保で今まで温厚な交流のあった人間関係が,二百万もの高額な慰謝料請求が一方的になされることにより,歪められることが近隣住民として,納得できずその良識が疑われます。
ウ 本来このような事柄は,近隣住民が互いに譲歩し,話し合うことでその解決が図られることが一番望ましいと考えられます。
② 以上の理由により,私はY4・Y1氏に対する慰謝料請求の訴えが取り下げられることを切望しここにその趣旨に賛同の上,署名捺印致します。
(3) 被告Y1らは本件調停の第1,2回期日には出頭せず,第3回期日からは,被告Y2らの知人が代理人として出頭したが,結局調停は成立しなかった。
(4) 原告らは被告らを名誉毀損罪で神戸地方検察庁に告訴したが,平成13年12月27日,同検察庁はいずれも不起訴とした。
2 前記嘆願書の内容のうち,「訴え取下げ」や「二百万もの高額な慰謝料請求」という表現は,被告らが調停と訴訟との相違を正しく理解せず,あたかも通常の訴訟のように,当事者間の合意によるのではなく判決等の裁判により決着をみる手続を原告らがとったことを表現したものであり,嘆願書への署名押印を求められた住民らもそのように理解したであろうと容易に推認できる。「互いに譲歩し,話し合うことでその解決が図られることが一番望ましい」という表現は,一つの見識ではあるが,これも,調停が話し合いのための手続であることを無視したものであり,住民らに誤った印象を与えるものである。さらに,「X1氏の訴えるような猫による被害は近隣住民は受けていません。」という表現と相俟って,原告らは根拠もなく一方的に裁判に訴えたという印象を与える。
以上のような表現は,原告らが一方的に近隣住民を裁判に訴えるような人物であるという悪印象を与え,原告らの社会的評価を低下させる性質を有するものであり,原告らの名誉を毀損するものであるということができる。
3 裁判等について,その当事者や支持者が広く広報活動等をして多くの人の賛同を得ようとする行為は,もとより違法ではないが,嘆願書への署名押印を広く求めるにあたり,調停と通常の訴訟とを区別せず,同様の性質を有するものであるとの前提で,原告らが近隣住民を一方的に裁判に訴えたという内容の嘆願書をもって署名捺印を依頼して回る行為は,原告らの名誉を毀損する違法な行為であるというべきである。被告Y4及び同Y2も被告Y3及び被告Y1の嘆願書への署名押印を求めて住民らに依頼して回る行為を容認していたものであるから,被告らは共同不法行為責任を負うべきである。
なお,被告らが調停と通常の訴訟の相違を正確に理解していなかったとしても,調停期日に出頭するなどして調停の性質を知ることは容易であったといえるから,この点について過失がある。
三 その他の違法行為について
1 証拠(<証拠略>)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告Y3は,少なくとも平成12年10月頃以降,雨の日などを除いて,午前10時前後頃から室内の掃除をする際,室内犬(ヨークシャーテリア)を自宅前の通路上のゲージの中に入れて外に出し,犬が鳴いて就寝中の原告ら(原告らは仕事が深夜に及ぶ関係で就寝時刻,起床時刻とも一般より遅い。)がその鳴き声に驚かされて目覚めたりすることがあった。原告らはこのことで被告Y3に抗議等をしなかった。
原告らは被告Y3に平成13年9月13日に送達された本件訴状で犬の鳴き声による被害にも触れていた。しかし,その後も被告Y3は同様の行為を続け,犬を外に出している時間が1時間を超えることも多くなった。また,被告Y1も犬を外に出す行為を手伝うようになった。
犬の鳴き声は相当大きく,70メガヘルツに達することもあった。
(2) 被告Y3は,平成13年9月23日,同年12月4ないし6日,9日,11日,13日,25日,平成14年1月7日,8日,10日,11日の午前中,掃除の際に自宅の窓を開け放して,ラジカセ等から大音量(時には80メガヘルツを超える)の音楽を流し,そのため原告らの睡眠が妨害されることがあった。
(3) 被告Y3は,平成13年12月26日午前10時前頃,2度にわたり,自宅の窓を開けて,大声で「おばちゃん,おばちゃん。」と叫んだ。また, 同月27日午前9時過ぎ頃,被告Y3は,同じく自宅の窓を開けて,「おばちゃん,おばちゃん,甲(本件店舗)の前で猫が目むいて死んどうわ。」と叫び,原告X1はその声に驚き,血圧が上昇した。
(4) 原告らは警察署に以上の騒音による被害を訴え,平成13年12月頃には警察官が被告Y3に対し迷惑をかけないよう注意したこともあったが,被告Y3による犬や音楽による騒音発生は継続された。原告らは平成13年末頃には自宅の窓を二重サッシに改造する工事をし,その結果耳に届く音量は相当低下した。
(5) 被告Y3は,原告らが本件調停を申し立てた後,原告らの自宅付近の道路上で大きな声で原告らの本件調停申立を非難するようなことを叫び,原告らがこれを聞きつけることが何度かあった。
(6) 平成13年7月6日,被告Y3は被告Y1とともに,原告X1が本件店舗営業のため10年以上豆腐購入の取引をしてきた乙のAに会い,被告Y3において,被告Y2らと長い付き合いがあり,同被告らに恩義を感じているAに対し,本件店舗に納入している豆腐は全部被告Y3が購入するから,本件店舗との取引を中止するよう要請した。その結果,乙は本件店舗との取引を中止し,原告X1は他から豆腐を購入しなければならなくなった。<証拠略>中には,上記■の認定に反する部分があるが,採用できない。<証拠略>によれば,被告Y3のAに対する働きかけを優に認定できる上,被告Y3本人も,原告X1に納入していた分を自分が買うという発言をしたかとの質問に対し,「冗談で甲(本件店舗)に入れておる分やったら,何ぼぐらい入れとったか知らんけどというて,そういう話はしました。」と答えて,事実上自分が本件店舗への納入分を購入するという話をしたことを認めており,さらに,乙から豆腐を5,60丁購入して近所に配ったことが何度もあるとも供述していることに照らして,上記認定は覆らない。
2 違法性等について
(1) 1(1)犬による被告Y3の騒音を発生させた行為のうち,本件訴状送達後,原告らがこれにより睡眠を妨害されるなどの迷惑を被っていることを知った以降の分は,違法である。また,1(2)の被告Y3の音楽による騒音を発生させた行為及び同(3)の同被告の言葉による騒音を発生させた行為も違法である。
いずれの騒音も時には相当大きく,受忍限度を超える場合もあること,前記二で認定のとおり,被告Y3は原告らの本件調停申立に立腹しており,1(6)の行為までしたことに照らすと,上記の騒音を発生させた行為は原告らに対する悪感情から嫌がらせのためになされた行為であると推認できること等を総合すると,元々は掃除の際に窓を開放して犬を外に出すという日常生活の習慣から発したことであるとしても,違法という評価は免れないというべきである。
上記のうち,犬による騒音を発生させた行為については,被告Y1も被告Y3に加担していたと評価できるから,共同不法行為責任を免れない。他の行為について被告Y1が,また上記の各行為について被告Y4,同Y2が加担したと評価できる事情は,証拠上認められない。
(2) 1(5)被告Y3による近隣路上での原告らを非難する行為は,前記二の名誉毀損行為と相俟って,原告らの社会的評価を低下させる違法な行為であるということができる。
この点についても,被告Y3以外の被告らが加担したことは証拠上認められない。
(3) 1(6)の被告Y3及び被告Y1の行為は,原告X1の本件店舗営業を妨害する意図の下になされたことは明白であり,違法である。
この点について,被告Y4,同Y2が加担したことは証拠上認められない。
四 被告らの信義則違反,権利の濫用の主張について
被告らが主張するように,現代社会,特に都会においては,様々な人達が相接する形で生活しており,それぞれの日常生活における行動が,他人には迷惑と感じられる場合も多く存在する。したがって,その全てを当然に違法視することが相当でないことは明らかである。しかし,本件の,猫の糞尿等による被害,本件調停申立に端を発する名誉毀損行為及び騒音を発生させる行為等は,そのいずれもが被害の程度が受忍限度内のものとはいえず,関係被告において原告らの被害を知り,または少なくとも知ることができる状況の下でなされており,乙関係の営業妨害行為に至っては,明らかに原告らに対する悪意から出たものであり,これらを違法というを妨げない。
原告X1本人と弁論の全趣旨によれば,本件店舗営業が深夜に及ぶことがあることや,顧客の立小便等により近隣住民が迷惑を被ったことがあることを認めることができるが,このような事実があるからといって,以上で認定した被告らによる違法行為の責任を追及することが,信義則違反や権利の濫用にあたると解することはできない。
五 損害
1 猫の糞尿等による被害(原告ら)
(1) 原告の主張,特に遅延損害金の起算日を平成13年8月1日としていること及び前記一の認定のとおり,本訴提起後は被告Y1らによる野良猫への給餌は中止したことに照らし,同日までの被告Y1らによる違法行為を対象として,損害を認定する。
(2) <証拠略>と弁論の全趣旨によれば,原告X1は平成15年2月頃本件店舗営業を断念して本件店舗を被告Y1に明け渡す予定であることが認められ,この営業継続断念は,不況による顧客減少も影響したと考えられる一方,被告らとの本件の紛争により原告X1が心身とも疲労した影響も大きいものと推認でき,この点も斟酌するのが相当である。
(3) 一で認定の各事情,本件店舗営業に対する猫の糞尿被害の影響に関する的確な証拠はないこと,原告X1の高血圧症に対する影響についても,加齢による影響もあったであろうといえなくはないこと,被告Y1らは本訴提起後は野良猫への給餌を停止したこと,被告Y1ら以外の者の給餌による影響も皆無とはいえないこと等本件に現れた諸般の事情を考慮すると,原告らに対する慰謝料は各20万円をもって相当と認める。
2 名誉毀損行為による被害(原告ら)
前記二の被告らによる名誉毀損行為について認定した各事情,その他諸般の事情を考慮すると,原告らに対する慰謝料は各30万円をもって相当と認める。
3 被告Y3,被告Y1の犬による騒音を発生させた行為による被害(原告ら)
前記三1(1),(4)及び2(1)の犬による騒音を発生させた行為について認定した各事情,その他諸般の事情を考慮すると,原告らに対する慰謝料は各5万円をもって相当と認める。
なお,弁論の全趣旨によれば,上記行為について,原告らは本訴係属後も継続してなされていると主張していると認められるので,この関係の損害については,遅延損害金の起算日を口頭弁論終結の日である平成15年4月16日とする。
4 被告Y3の音楽による騒音を発生させた行為及び言葉による騒音を発生させた行為による被害(原告ら)
前記三1(2),(3),(4)及び2(1)の騒音を発生させた行為について認定した各事情,その他諸般の事情を考慮すると,原告らに対する慰謝料は各5万円をもって相当と認める。
なお,この関係の損害については,平成14年1月11日までの不法行為を原告らは主張しているので,同日を遅延損害金の起算日とする。
5 被告Y3の路上での非難行為による被害(原告ら)
前記三1(5)及び2(2)で認定した各事情及びこの関係の被告Y3の具体的行為の態様,発した言葉,回数等が不明確であること等諸般の事情を考慮すると,原告らに対する慰謝料は各5万円をもって相当と認める。
6 被告Y3,被告Y1の乙関係の営業妨害行為による被害(原告X1)
前記三1(6)及び2(3)で認定した各事情,その他諸般の事情を考慮すると,原告X1に対する慰謝料は10万円をもって相当と認める。
7 弁護士費用(原告ら)
以上の被告らの不法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は,原告らそれぞれにつき各5万円(嘆願書関係の名誉毀損行為につき各3万円,その余につき各2万円)をもって相当と認める。そして,各被告に対する上記の認容額からすると,被告ら全員に各内金3万円につき賠償義務を負わせ,被告Y2を除く被告らに各内金2万円につき賠償義務を負わせるのが相当である。なお,各内金2万円に対する遅延損害金の起算日は最も遅い平成15年4月16日に統一することとする。
六 原状回復措置の請求について
前記のとおり,被告らによる嘆願書関係の名誉毀損行為は,原告らの社会的信用を損なうものであるが,本件における名誉毀損行為の態様,嘆願書の全内容,本件調停申立に引き続き本訴が提起されたこと等を前提に,本訴において金銭賠償が認められることを考慮すると,原告らが求める原状回復措置をしなければ原告らの人格的価値に対する社会的,客観的な評価を回復できないとまではいえない。
よって,本件において原告らの原状回復を求める請求は理由がない。
七 結論
以上によれば,原告らの請求は以下の限度で理由があり,その余は理由がない。
1 原告らの被告Y1らに対する各金20万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求
2 原告らの被告らに対する各金33万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求
3 原告らの被告Y3,被告Y1に対する各金5万円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求
4 原告らの被告Y3に対する各金10万円及び内金5万円に対する平成14年1月11日から,内金5万円に対する平成13年8月1日から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求
5 原告X1の被告Y3に対する金10万円及びこれに対する平成13年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求
6 原告らの被告Y3及び同Y1らに対する金2万円及びこれに対する平成15年4月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求
神戸地方裁判所第5民事部
裁判官 前 坂 光 雄